長い一日2
次は1月17日の投稿を予定してます。
猜疑心に満ちた視線を受け続けながら俺達はとりあえず道場主の所まで通されることになった。それを可能にしてくれた婦人は急かされつつこの場を去っていった。
俺達と関わらせたくないような様子だったな。
そう思って俺はちらりと男を見た。
「何だ。言っておくが、あの方は冒険者ごときが会えるような存在ではない。早々に忘れることだな」
「……しかし、貴族の婦人が何故この道場に来ていたのかは……」
「それを聞いてどうする? 詮索も止めておけ」
「まぁ確かに冒険者が貴族と関わるとろくなことにならないだろうしな」
俺がそう言って婦人が去った方向から視線を戻すとようやく納得したかのように彼からの警戒を多分に含んだ感覚が消えた。このまま俺達が無害だと判断してくれれば精神的に楽になるのだが、そう上手くは行かないのだろうな。
そして少し歩くと騒がしさが大きくなる。ついでに何やら暴れているような音も聞こえてきた。
「ここにお前達の目的の人物がいる。入れ」
「やばそげな怒号が聞こえるんだけど、大丈夫なんだよね?」
ゼノンが扉を指さして心なし引き攣った顔でそう言った。俺もまったく同じ事を尋ねようと思った。何せ、今聞こえているのは殺し合いでもしているのかと聞きたくなるような酷い言葉のやりとりなのだ。誰だって避けられるものなら避けるような罵り合いだ。そんな場所にずかずかと踏み込む勇気はなかなか出ないだろう。
「流れで襲われてもお前達なら逆にやり込められるだろう。私はその手の見極めは得意だからな。……全く、そこのお嬢さんにさえ負ける奴が出るかもしれないということには気付きたくなかったものだ」
今はそうでもないようだが、初めは彼女を侮っていたのだろう。苦々しげに小さくつけたされた言葉を聞いて悟った。そう気付いた途端に俺の中に怒りがわき上がる。理不尽な怒りだろうが、何故か押しとどめることが出来なかった。
「ラヴィは俺が背中を預けるに足る人物だと認めている女性だ。侮られては困る」
こうして俺について来ることを良しとしたのも彼女の実力を認めているからだ。その彼女が侮られるということがどうにも許しがたく思えた。だが、初対面で狂いなく力量をはかれる人がいったいどれほどいるだろうか。だから俺が抱いた怒りは理不尽なのだ。
そんな俺をどう思ったのか、彼は少し呆れを瞳に覗かせて首を振った。
「分かっている。私に睨まれようが終始冷静に状況を見ていたのだからな」
「……ふぅ、当たって悪かったな。眠気覚ましに少し気合いを入れて暴れるか」
「いや、気合いって…シル兄ちゃ……っ!」
ツッコミを入れようとしたゼノンは俺が目の前の扉を開けたことで表情を変えて口を閉じて戦闘態勢に入った。
「やんのかオラァ!」
「ああん? 手ぇ出してきたのはてめぇだろうがぁ!」
「もういい、全員倒して私がすべての権利をもらいますっ」
「てめぇからやってやらぁ!」
扉の先は人が荒っぽく舞う戦場だった。俺達の方にも数人飛ばされてきた。だがこの程度、避けることは容易い。俺は体をずらして避けたが、ゼノンは叩き落としていた。良いのだろうか、と少し思ったが……
「ああ、奴等は多少手荒に扱っても構わない。良い薬だ」
何故かそのような許可が下りたのでここからは遠慮無くこの馬鹿騒ぎを静めようと思う。こうむさ苦しく暑苦しい状況では誰が道場主なのかも分からないからな。
「さて、やるか」
俺が戦闘時の意識に切り替えた途端、部屋の中の数人から殺気が飛んできた。なかなか鋭く、程々にこちらを刺激してくる。俺はそれらに気圧されずに堂々と立ったままで笑って見せた。
「へぇ…良いじゃねぇか」
「乱入者がいるとか聞いてねぇぞ!」
「ぶっ飛ばす対象が増えたってこった」
戦う気満々の彼等を見て俺は諦めた。まぁ、こちらもその気になっておいて何を言っているのかと言われそうではあるがな。
「戦闘は避けられそうにないか。俺としては道場主に会わせてもらいたいだけなんだが」
「乱入者が何かをほざいているぜぇ」
「会いたいなら、俺達を超えていけってな」
「交渉決裂だね」
ゼノンのからっとした声が呼び水だったのか殺気とまでは言わないが闘志が俺達に襲いかかってきた。いけ好かないことにラヴィにまでそれを向けているやつもいる。
「遠慮は必要なさそうだな」
俺はそう呟くと男の風上にも置けない奴を最初に狙うことにした。だが奴はラヴィが俺の地雷だと気付いていたらしく、嫌な笑みを浮かべつつも俺に対する警戒を緩めずにいる。虎視眈々と俺の油断を狙っているのか。
「全く…根性の悪い……」
「ここに居るのはそういう奴ばかりだ。まぁ、頑張れ」
「魔法は使えないみたいだから、私は見学しているね。頑張って」
二人がそう言って壁側に陣取ったのを確認すると俺は戦いに身を投じた。四方八方から攻撃が飛んでくるが、その僅かな差を見逃さずにいなす。
思い返すのは南方諸国での戦いだ。あのときは樹上を行くことによって可能な限り戦闘を減らしたが、全く戦わなかったわけではない。下手を打てばフルボッコにされる。そんな緊張感があった。
今も同じだ。
リズムを崩せば末路はあれだ。
俺は飛ばされていく奴をちらりと見る。一度浮いてしまってもダメだろうな。俺が相手しているこいつらは、戦闘技術は粗いが隙を見逃すような甘さはない。
だから、完全に空中に浮くことなく……攻撃・防御の体勢への移動は素早く行うことが肝心だ。
相変わらず密度の高い攻撃だが、一つ一つを見据えた。
まず、力の乗った拳は受け流し、他のものと相討ちにさせる。
「ハァッ!」
「ぐっ…うっ!?」
力が乗っていなければ大したダメージにならないので放っておく。
そしてちょうどよい具合に体勢を崩して倒れてきた奴に対しては止めとして鳩尾に膝蹴りをすると襟元を掴み盾代わりに使いつつ投げ捨てた。
「容赦ねぇ……」
「鬼かこいつ……」
荒っぽい? 知らんな。許可は得ている。
蹴りを放ってくる奴は力が乗っている時とそうではない時がある。前者の場合は拳と同じように対処する。後者の場合は掴んで引き倒せばあとは勝手に自滅してくれる。
「足癖の悪い奴がいるな……まぁ、いいカモだが」
「げっ…しまっ……グァアア!!」
倒れた奴は蹴られて践まれて壁際へご案内……となる。
「シル兄ちゃん…っと、あぶね……」
「あ、悪い」
いつの間にかそばに来ていたゼノンには反射的に攻撃してしまったが、向こうも慣れたもので適当にいなされてしまった。だが俺もすぐに拳を引いて背中合わせになる。
「で、これで減っているのか?」
「こっちも結構減らしたけどね」
「うーん……」
背中合わせになると背後への注意はそれほど払わなくていいのでだいぶ楽になる。思考にも余裕が出て来たので少し考えてみる。こうして戦いの中に入って分かるのだが、中心にいるのだ。
壮年の手練れが
「真ん中のと戦いたいな」
並みいる雑魚よりも余程戦いがいがありそうだった。俺が確認できたところだと二・三人まとめて相手してまとめて飛ばしていた。どれだけの時間戦っているのかは分からないが、服は少し着崩れているがよれよれにはなっていないことからほとんど反撃を許していないのではないだろうか。
あれは本当に強い。案外彼がここの道場主だったりするのかもしれない。
好戦的な自分が顔を出すのを感じ取る。
ゼノンは俺の気配を察してか額に手を当てていた。俺が言うことではないだろうが、余裕だな。
「あー、来たよ…シル兄ちゃんの狂戦士病」
「とりあえず好戦的なのを優先的に排除していくか。その方が近付けそうだ」
「シル兄ちゃん…巻き込まないで欲しいな……」
だが、背中を安全地帯にしておきたいのならば俺とは一蓮托生となるしかない。巻き込まれるのは諦めて欲しい。
目標を定めた俺は先程とは比べものにならない勢いで群がる野郎共をちぎっては投げちぎっては投げ、次第に中心へ近付いていった。
ぺろりと舌なめずりをする。
そのとき
中心の彼とぱちりと目が合った。