長い一日
新年最初の話になりますね。皆さん、あけましておめでとうございます。
この挨拶をしたいがために頑張りました。
次は1月10日の投稿を予定してます。
人の温度はさっぱりと失せていたその部屋に突然人影が現れる。獣の耳と尻尾が特徴的な獣人のシルエットに大きな杖を持っている。
俺だ。シルヴァーだ。
「間に合った…か?」
俺はゆっくりと周りを見回し、気配を伺う。階下が少し騒がしいが、俺の部屋の周辺は静かなものだ。
時計がなくても太陽の位置で代替の時間が分かる。今の時間はぎりぎり朝食を出してもらえるくらいの時間だ。残念ながら早朝という意味ではない。
「ヨシズが察して誤魔化していてくれれば良いのだがな」
そう呟きつつ食堂へと向かう。今日はもう十分戦った気がするが俺はまだこれから大事な戦闘が待っている。新・虎のアジトへ行かなくてはならないのだ。正直に言うと今余計な興味を抱かれて時間を取られたくない。むしろその時間を睡眠に当てたい。
……許すまじ、ヘヴン。
勝手に湧き上がる怒りはとりあえずあいつに向けておくことにした。
「……この時間だと全員起きているはずだが」
階段を一歩一歩降りながら次第に緊張で冷や汗が流れる。
「えーっと…いない?」
おそるおそる食堂を覗いたのだが俺のパーティメンバーの姿は見えなかった。ヨシズもゼノンもアルもラヴィもロウもいない。拍子抜けしたが考えてみればチャンスだ。
「おはよーございます! あれっシルヴァーさん。他の皆さんが探していましたよー?」
朝から元気なリリがおれに気付いて声を掛けてきた。どうやら今ここにはいないがヨシズ達は俺を探していたらしい。これは合流したら問い詰められそうだ。
「ああ、少しな……ところで、朝食を頼んで良いか?」
今のうちに英気を養っておこう。
「はーい。ルル、朝食一つおねがーい!」
「ん、分かった」
そうして持ってきてもらった朝食を俺は勢いよく食べる。こちらの時間で日が昇る前から動いていただけあって腹の減りが激しい。
「良い食べっぷりですねー」
俺が座っている席の向かいにリリが「休憩!」と自分で宣言してから座っていた。ちらりと周りを見てみれば騒がしかった食堂ももうすかすかになっている。確かに休憩してもいい頃合いだなと勝手に納得する。
「むぐ…今日はやけに腹が減っていたからな。ああ、そうだ。うまいぞ」
「わーありがとうございますー。付け足しっぽいけど」
「こら、リリ。褒め言葉は素直に受け取るべき」
リリを押しのけてルルも座った。厨房も休憩になったらしい。
「……それで、朝はどこに居たの」
ルルから無表情にそう聞かれて俺の心臓が跳ねる。普段と変わらない態度なのだろうがその表情のない顔は俺のやましさを映しているように感じた。何となく責められているように思ったのだ。
「ムグッ!? ……ど、どこってドウイウコトダロウカ?」
「あははっ。動揺しすぎー。別に本気で答えを求めてはいないよ。そうだよね、ルル?」
リリは俺の返答がツボにはまったのかテーブルをバンバン叩いて笑っていた。
「ん。別に嘘でも構わない。けど、あなたのパーティメンバーは可哀想なほどうろたえていたから後でちゃんと埋め合わせをするといい」
「ああ、そうしよう。ところで、その俺のパーティメンバーがどこに行ったのか知っているか?」
「……うーん。ごめん、分からない」
「だね。ちょうど忙しくなるころだったから……」
二人は顔を見合わせると申し訳なさそうな顔を向けてきた。俺はそれに軽く手を振ると立ち上がる。
「いや、だめで元々だったから。目的地はどうせ知っているだろうし、最悪はそちらで合流できるだろう」
もうすでに一日が経った気分だが、今日は新・虎のアジトへ行かなくてはならないのだ。戦いが俺を待ち構えている!
「あ、そうだ。これ……持って行って」
宿を出ようとしていたとき、ルルが追いかけてきて俺を引き留め、大きな袋を差し出してきた。
「何だ?」
「お父さんからのお詫びだよー。ほら、昨日は結構あやふやな情報しかなかったのに自信満々に教えちゃってさー」
「案の定混同していたと分かって『このままじゃ気が済まねぇ』だって。だから、これお弁当。……持てる?」
俺としては先に新・虎のアジトへ向かわなくて良かったと思っているのだが、宿の主人的にはあれは気遣いでも何でも無く、ただの勘違いだったことが悔しかったらしい。それならばこちらに悪い話でもないのだし受け取っても大丈夫だろう
「ああ、問題ない。だが、本当に良いのか?」
弁当を受け取るとずっしりと重たかった。これはかなり作るのが大変だったのではないだろうか。
少し間違った情報を渡してしまっただけでここまでのお詫びは必要ない気がする。事前の情報収集が甘かったこちらも悪いからな……。
「もう作っちゃったから持って行ってー。あ、そうだ。もしヨシズさんとか他のメンバーの方がこっちに来たら『目的地』に向かったって言っておくねー」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
***
俺は大きなあくびをしながら道を歩いていた。
新・虎のアジトは中央西側にあるという。十分歩いて行ける距離なのだ。
「まずいな…眠気が収まらない」
溜息を吐きつつ俺は呟いた。朝食を食べて少し目が覚めたと思ったのだがまた眠気が襲ってきていた。
ふと顔を上げると登りやすそうな塀が目に入る。デュクレスではこういった塀を登ってから屋根へ上がり、追いかけてくる奴らを振り切ったのだったか。あれくらいの運動ができれば目も覚めそうな気がする。
「流石に人の居るここじゃ無理だろうな。本格的な眠気が来る前にさっさと行くか」
今いる通りはそれなりに人は居るのだが、昼のピーク時ほどの混雑はない。少しくらい慌ただしくしても許されるだろう。
そう判断した俺は足を早めて道を急いだ。
「おはよう、シルヴァーさん」
「探したよ」
「ん? ラヴィにゼノンか」
目立っていたとは思わないが、ラヴィとゼノンに見つかった。だが、探したと言いつつも俺がいなくなった理由などを聞いてくることはない。
良い仲間だと喜ぶべきかドライな仲間だと笑うべきか。
今は正直に言うと助かる。
「今日は新・虎のアジトへ行くのよね」
「ああ」
「シル兄ちゃん、出会い頭の戦闘頑張ってね」
「まだ確定はしていないんじゃないか。カイルが話してくれているはずだ。それに、道場を利用するためにはゼノンもどうせ戦闘することになるぞ」
「分かっているって。準備は万端だよ。眠気もないし」
やはり気付かれているのではないかと思ってしまう。
「……さて、ここだな」
狙ったようにザァッと風が吹き埃を巻き上げる。
新・虎のアジトはあの廃墟から見事なほど転身を遂げたものだと感心するほど立派な門構えだった。
「ここって、少し裏に入ったところだけど…皇宮の真横とも言うよね」
「ああ、そう、だな……」
皇宮というのは教皇が住まう場所だ。それなりに距離はあるのだが恐らくこの道場と皇宮までの間に何かの建物は建てられていないので真横といっても間違いではない。
「絶対場違いだよね」
「いや、それはどうなんだろうな。確か、ここに出入りしているジンは貴族だという。その人物の肝煎りだとしたらこの場所もおかしくはない気がするな」
そう言いながら俺は門を通り、建物の入口へと向かう。そこにちょうど中から一人の婦人が現れた。芯のある優雅さと言えば良いのだろうか。貴族の手本のような雰囲気をまとっていた。このような人まで利用しているというならば皇宮の横にあるのもおかしいことではないと図らずも照明されたようなものだ。
しかし、俺達の来訪を知ってやってきたという様子ではないので、現れたのは偶然なのだろうな。
「少し尋ねたいのだが、ここは新・虎のアジトで間違いないか?」
「はい、そうですよ。あらあら、お客様ですか。珍しいですねぇ。どうぞ、何もないところですが」
こんなにあっさりと入れて良いのか? と客分であるこちらが心配になってしまうほど彼女は警戒を見せずに通してくれた。
「リ、リディ…様! その者達は!?」
俺達に気付いたのだろうか、奥からバタバタと一人の男が走って来た。鍛錬途中だったのだろうか、派手に息切れしている。そんな彼は婦人を背後に庇うようにして俺達との間に立ち、睨んでくる。
「あら、お客様だそうよ?」
「客、ですか。ここの? ……おい、そこの。名前とここに来た理由を言え」
疑い深くこちらを見ながら男は命令口調でそう言ってきた。少し癪に障ったが聞かれていることは別に秘密にするようなことではないので苛立ちを押し込める。
「ああ、俺はシルヴァーという冒険者だ。この二人はゼノンとラヴィ。俺達は闘技大会に向けた鍛錬のためにここを利用することは出来ないか尋ねに来たところだ」
だが、疑いの目は晴れぬままだった。
「まぁまぁ、今日は確かに特別な日だけどせっかくここまで来た方を追い返すのは気が引けるわ。通してあげなさいな」
「しかし……」
「大丈夫よ。私はもう帰りますし、あとは戦うのが好きなおばかさん達だけでしょう? 万が一のこともありませんよ。私が良いと言っているのだから良いのです」
「……分かりました」
婦人の言葉に彼が折れてその場はおさまった。分かっていたことだが、このご婦人は貴族としてもかなり上の地位にいるのではないだろうか。
俺は緊張度合いが高まりそうな展開はこれっきりにしてもらいたいと溜息を吐いた。




