調停より乱闘
次は12月27日の投稿を予定してます。
体内時計では――今現在の時間は真夜中を少し越えた辺りだ。俺は「真夜中」という言葉と自分の上に広がる色の差異に頭痛を覚えながら歩いていた。
「まったく…この眠気は正常なはずなのに自分が間違っているかのように感じるな」
俺は今、デュクレスの城下町にいる。そこを練り歩きつつ、襲いかかってくるアンデッドや妖精を撃破していた。
たまにゾンビ同士、スケルトン同士で戦っているところに出くわすのだが、俺に気付くとすぐさま標的をこちらに変えてくる。
奴等は戦いに餓えた狂戦士か何かだろうか?
「ふんがー!」
「もう聞き飽きたっ! 寝てろ」
アンデッドの面倒くさいことは止めを刺さないと自己回復することだろうな。だが、止めを刺してはまずい事情もあったりする。この街を維持する人員が減るのは少し困るらしい。
だから俺は止めを刺さない程度に対処している。
「あれ? シルヴァー様ですよね?」
「ん?」
「うわわわわ……【ウィンドアーマー】」
声を掛けられた俺は反射的に構えて拳を振るっていた。ここまでずっと戦闘続きだったので体がつい反応してしまったのだ。
「あ、悪い」
「り、理由は何となく分かるのでいいです」
「フィルは正気なんだな」
「はい。私に限らず妖精は王の影響を受けません。それに、これでも私は時期妖精の長ですから、魔法には自信があります」
俺に声を掛けてきたのは少し前に知り合ったフィルという名の妖精だった。彼はするりと俺の拳を避けて文句を言わずに普通に接してくれた。体が軽いから風の力と俺の拳の風圧を利用して当たらないようにしたのだろうな。自信があると言うだけあって咄嗟の判断も無駄のなさも見習うところがある。
それはともかく、まともな奴がいるのは助かったかもしれない。いくつか聞きたいこともある。
「少し質問しても良いか?」
「はい!」
「妖精が正気であるならここに来るまでに襲ってきた奴らは一体何だったんだ?」
俺はこの町にいる奴等には種族にかかわらず襲われたと記憶している。そう、妖精にも襲われているのだ。
フィルはそれを聞いて頭が痛いというように額を押さえた。
「ああ…そうですね……何と言いますか妖精は基本的に享楽主義でして、面白ければ何でも良いとばかりに参加するので、恐らくその流れで襲ったのでしょう。後でしめておきます」
そう言ったフィルの目は冷え切っていた。普段から苦労している節があるから、今回のことも頭にきているのだろうな。
「ああ、シルヴァー様、一匹くらいかってみますか?」
「どちらの意味なのか知らないが、遠慮しておこう」
うるさい荷物は流石にいらない。
俺はしばらくの間フィルと一緒に街を歩いた。襲ってくる奴等への対処はもう慣れたものだ。妖精はフィルが何かして郷へ送り返していた。
「ところで、フィルはゾンビやスケルトン達に影響を与えている『王』というのは一体どういった存在なのか知っているのか?」
「王ですか? 私が知っているのはヘヴン様だけですね。不死の種族と言われるゾンビやスケルトン達の王なんですよ。王はその配下の種族を管理できます。えーっと、この性質は不死の『王』だけでしたっけ」
……何というか俺がわざわざここに来てまで喧嘩を買っている意味が分からなくなったな。ヘヴンの一令でこのバカ騒ぎは収まるのではないだろうか。
「「ふんがー!」」
学習せずに襲ってくるゾンビ達を俺は一息に蹴り飛ばした。そして大きく溜息を吐く。
「面倒くさくなってきたな……あとそろそろ朝食の時間になるのだがっ! ヘヴンの作業はいつ終わるんだ。いつ帰れるんだ俺はっ!」
「付与【聖火】……ヘヴン様の作業待ちですか? 場合によっては年単位で待つことになりますよ!?」
フィルが神々しく炎を上げる槍で襲ってきたスケルトンをなぎ払いつつそんな衝撃の言葉を叫んだ。
「年単位って…流石にそんなに長くは居られないぞ!? フィル、今回奴等がこうして襲ってくるのは新しい王が生まれたからかもしれないらしい。何か…そういった存在に心当たりはないのか!? あるなら教えてくれ。さっさと話をつけてヘヴンを引きずり出す……!!」
そう決意して拳を振るったところで今回襲ってきた奴等を制圧しきった。そのままこの場所にいると襲われ続けることになりかねないのでフィルを伴って建物の上へ駆け上って腰を下ろした。
「う~ん…そうですね……あっ!」
俺の傍でフラフラ飛びつつフィルは考え込んでいたが、突然ピタリと止まるとパッと顔を明るくした。
「最近ここにやって来て街に弾かれて結局外で過ごしている人物なら知っています。彼はなかなか化物じみた魔力を持っていましたね」
「へぇ、そうなのか。いや、待て。どうやって弾いた?」
「ブレインさんの都市魔法とヘヴン様の結界でしょうか。そのおかげで今この街は許可制になっています」
「そう言えば俺もヨシズが来られるようにこっちへ行ったんだったな」
「そうですね。それで、あの時はちょうど私が責任者として対応したんです。まぁ、受け入れるには胡散臭すぎて許可を出せませんでした。それに、ブレインさんは陛下の判断が必要だと言っていて。今まで忘れていました。どうして忘れていたのでしょうか……」
「そういったこともあるんだろうな。名前とか、特徴とか分かるか? そいつが原因だったら話は早い。原因でなくてもそれだけ力があるならこの街への滞在を対価に手伝って貰うことも可能だろう」
フィルは頷いてその人物の特徴を思い出す。
「確か…基本的には幽霊だったんです。ヘヴン様とよく似た。けれど、人だったり、虎だったりして良く分からなかったんですよね」
……ん?
俺は何かが引っ掛かって考え込んだ。だが、思い浮かびそうで思い浮かばない。
「ヘヴンのような幽霊だとしたらかなり面倒な生態をしていそうだな」
まぁ、逆に考えればヘヴンと相対するのにちょうどいい人材かもしれない。
「そうかもしれませんね。それで、一応名前も聞いたんです。確か…ラプラタと言っていました」
「ラプラタ?」
思い出した。帝国で知り合ったあの幽霊だ。
「シルヴァー様、ご存知なんですか?」
「……まぁ、正直に言うとヘヴンよりも信頼できそうな奴だったな」
あいつよりはまともな感じがした。
「そうなんですか?」
「まぁ、俺の主観だからな。だが、ヘヴンとも面識があるようだった。弾かれたということはどうせ単に許可を得ていなかっただけだろう。少し様子を見に行ってみるか。まだ居るようなら許可を出してヘヴンへの対応を頼むとしよう。フィル、ラプラタが現れた場所を教えてもらえるか?」
「はい。といってもシルヴァー様なら言えば分かると思います。果てなき草原への入口ですよ」
「なるほど、あそこか」
俺はスッと立つとそのまま勢いよく道の反対側の建物目がけて飛んだ。果てなき草原の入口は現在位置からそこまで離れていないので下を歩いても良いのだが、上を行く方が早いのだ。何より邪魔をする者が少ない。
「フィル! そう言えば、俺はちゃんと許可を出す側で間違いないか?」
「はい。シルヴァー様はここの頂点ですから。仮にヘヴン様が許可を出さなかったとしてもシルヴァー様ならそれを覆せます」
何だそれは、と飛びながら思う。頂点というのは聞いていない。だが、よく考えてみなくとも国王という存在は普通その国の頂点だ。何をしても良いとは言わないが、それなりに権限があり、それを使うことが許されているようだな。
流石は国王ということか。
ほとんど外出していて直接の配下はブレインのみ、住民はオール人外という訳の分からないことになっているが権力は本物らしい。
「見えたぞ、果てなき草原! そしてその入口!」
見たところ、ラプラタの姿はない。これは当てが外れたか。
早く宿へ戻らなくてはならないのに自分から時間が掛かる方へ向かってしまった気がするな。
さて、どうやって探そうか。