教国の都6 虎のアジト2
次は11月22日の投稿を予定してます。
俺は立て付けの悪そうな扉に手をかけて力を入れた。だが、扉は驚くほど滑らかに動いたのでスパーンッと大きな音を立てて開くことになった。力が入りすぎたのである。
音に驚いてゼノンとラヴィの二人は飛び上がって臨戦態勢になっていた。
「シル兄ちゃん……」「シルヴァーさん……」
「すまない」
両隣からの視線が痛かった。しかし、悪いのは俺なので文句も言えない。
「これじゃ押し入りかと思われるって。道場破りに来たわけじゃないんだからさぁ……」
「どうじょうやぶり、ってなんだ?」
ゼノンが聞き慣れない単語を呟いて溜息をついた。俺は首を傾げてゼノンを見下ろした。『道場破り』とは、一体どのようなものだろうかと思ったのだ。どこか俺をわくわくさせる印象を受ける言葉だった。
「ああ、これって教国の人にしか通じない言葉だっけ…道場破りっていうのはさ……」
何かに気が付いたかのようにポンと手を打って頷くとゼノンは俺に説明し始める。その時、奥の方から急いで駆けてくる音が聞こえてきた。ついでに少しばかり殺気立っているようだったので俺とゼノンは会話を止めて奥を見据えた。ラヴィも見た目ほど崩れていない内装に気を取られていたのだが、気配に気付くと雰囲気を変えていた。
「誰だぁ! 乱暴に開けた奴ぁ!」
そんな言葉を叫びながらやって来たのはゆったりとした服を着た男だった。抜き身の刀を手にしていて、物騒なことこの上ない。
「お前らか! 道場破りにでも来たのか!? ああん?」
「いや、違うと思うぞ」
俺は斬りかかられる前にと思って、武器を持っていない様子を見せた。どうせ向こうは俺が素手の戦闘を得意としていることを知らないのだから、これで大丈夫だろうと判断した。目論見通り、彼は止まって俺達のことをじろりと見るに留まった。
いきなり戦闘にならなくて良かったとホッとする。
だが、向こうはまだ警戒を解いていないらしく、俺は睨まれていた。
「違うのか? 微妙な言い方だな」
そう言うと、とりあえず刃を向けるのは止めてくれた。そして俺達を無遠慮に見て特に敵意を感じなかったからか、頭を振るとまっすぐに立っていた。
「まぁ、確かに敵意はないようだからいいか。んで、何であんな音を立てたんだ」
「あー、見た目から立て付け悪そうだと思っていたのだが、そうじゃなかったというか……」
「はっきり言え」
正直に言えなくて遠回しに話したら、やはり意味が分からなかったのか明言しろと言われた。言ってもいいのだが、怒らないでくれよ…と心の中で呟きつつ、キッパリはっきり言うことにした。
どうせ俺が悪い。
「そこの扉の見た目に騙されて力を入れすぎたんだ。驚かせたようで済まなかった」
「ああ、そっか…まぁ、騙されるよなぁあれには……」
どうやら理由に納得してくれたようで、彼は頭を掻きつつ苦笑いで頷いていた。ひょっとして、彼もまた俺と似たようなことをやらかしたのだろうか?
「昔からあんな見た目だったのか?」
「まぁ、そうだな。一時この道場が有名になったんだ。そのときにいろいろあって廃墟然とした見た目に変えたらしい。お前らはここに用があってきたんだろ? 茶を淹れるから入ってくれ」
「いや、別に構わない。今日は話をするだけでいいから」
俺が遠慮してそんなことを言うと、彼の目が据わった。
「話をすると喉が渇く。だから茶を淹れる。いいな?」
「はは…分かった」
きっと、ただ喉が渇いているからではなく俺達の事を考えてそんな提案をしてくれたのだろう。そう思うことにして俺は虎のアジトへ踏み込んだ。
中は本当に見た目を裏切るような綺麗さだった。少しばかり古く感じるのはここが建てられてからの年数故だろう。本当に今泊まっている宿のようだ。そして、通されたのは広い部屋だった。鍛錬場なのだと思う。
「えーっと、こっちの道場は立派な椅子とかないんだ。二階に行くのも面倒だし、その辺に座っていてくれるか。体を動かしたいってんなら茶が入るまでここを使っていて構わねぇから。あ、でも魔法は勘弁な。専用の魔道具がないし」
そう言われて俺は立ち上がった。少し体を動かしたいと思ったからだ。相手が居るのが一番良いが…と考えていたからか、つい視線がゼノンに向かってしまった。
「何、シル兄ちゃん」
壁にもたれながらあくびをしていたゼノンがそう尋ねてきた。どう見ても目が開いていなかったのだが…気配でも察知したのか。
「いや、何でも無い」
「うーん…相手しようか? 一応武器持っているし」
そう言いながらのんびりと俺の方へ歩いてきたゼノンの手にはいつの間に取りだしたのか、短剣があった。
もともとこういったことが得意なのだと知っている。だが、最近は全く動きを察知出来なくなっていた。
もう少し気配察知の精度を上げていかなくてはならないかもしれないと思う。まぁ、闘技大会に必要になるかは分からないが。
「短剣一本縛りで頼めるか」
「えー、二本でも大丈夫だって。もっと言えば投擲加えても何とか出来るでしょ」
「この場所で、魔法なしという条件をよく考えてくれ」
俺は真顔でそう言った。冗談でも頷けるはずがない。
武器自由にさせたら俺の命が危うくなる。少し体を動かすどころではなくなるだろう。
「はいはい。でも闘技大会の出場者なのにそんなに軟弱なことを言っていて良いの? 情けないって思われるよ?」
「軟弱…情けない……」
かなりグサッとささる言葉だった。俺はつい観客になっているラヴィを見てしまう。
「大丈夫よ、軽く運動する程度ならシルヴァーさんの言う条件が一番でしょう」
「うわーえこひいきだー」
ラヴィの言葉を聞いてゼノンは棒読みでそう言う。流石に依怙贔屓ではないだろう。ゼノンが嫌われている訳でもないのだ。二人とも笑っているのだから、ゼノンも本気で非難したいわけではなさそうだ。
「ゼノンの戦闘スタイルを知っていれば、俺の提案は至極当然だということだろう?」
「うー、そこでそれかぁ……依怙贔屓って絶対間違っていないのにね」
ゼノンが何やらもごもご言っていたが、聞き取れなかった。どうせ聞かせる気はないのだろう。それよりも俺は茶が入るまでの時間が気になった。下手したら三分もない。
「時間はそう無さそうだし、さっさと始めよう」
そう言って構えた俺とほぼ同じタイミングでゼノンは距離を詰めてきた。俺が付けた条件ではそうするしかないから当たり前なのだが、気持ち悪いくらい唐突な加速だった。
そして、当然なのかは分からないが、狙いは急所だ。
視線だけで判断するなら心臓部分を迷いなく狙ってる。だが、そう思わせることがゼノンの作戦である可能性もあった。本当に面倒な相手だ。
「ッ!」
俺も自分からあえて接近して隙を探ろうとしたのだが、これがなかなか見つからない。腕を取ろうとしても逃げられる。短剣を持つ手首を狙っても持ち替えられて終わりだ。ゼノンは両手利きだった。それを忘れていたせいで危うく仕留められるところだった。
しかし、それにしても流れるように斬りつけられる。こいつは本当に俺を殺す気がないのだろうか。
思わず真顔になってそう考えてしまう。
「くそ…これで!」
俺は全身のバネをフルに使って連続で攻撃する。そうしながら機会を待つのだ。もはやゼノン相手にはこういった戦法しかない。
そしてついにゼノンの手から短剣が落ちる。
「あーっ! 負けたっ!」
ゼノンが潔く降参して俺の勝ちということになった。どうやら時間内に終わらせられたか……? と思って鍛錬場を見回すと、隅の方でラヴィとお茶を淹れに行った男が和やかに会話していた。どうやら小さめのテーブルを持ち出してきたらしい。
彼がいるということは時間内に終わらせられていなかったということだ。
「おっ。終わったか。なかなか見応えのある試合だったぜ」
道場主が俺の視線に気付くと手を振ってそう言った。いつから見ていたのかさっぱり分からない。それだけゼノンとの対戦に集中していたということだろう。気配に気付けなかったことに少し落ち込む。これは本格的に鍛え直すべきかもしれない。
「いつからそこに?」
「ついさっきだ。お前達の分もあるからそこに座ってくれ。で、ここに来た理由を聞かせてくれるか」
俺が近付くとラヴィが正面を譲ってくれたのでそこに座る。ゼノンも俺の隣に座った。それを確認してから男が俺達の訪問理由を尋ねてきた。
俺は肩をすくめつつそれに答える。
「そこまで大層な理由はない。ただ、以前に一晩世話になったところで教国に行くのならこの虎のアジトを訪ねてみると良いと言われたんだ。ザックという名前を出せと言われたのだが…思い当たることはあるか?」
俺自身としては興味本位でここまで来た。ただ、ジンという名の元冒険が出入りしていて、士合ってみるといいとまで言われては興味を抱かないはずがないだろう。ちょうど闘技大会が近いことだし、良い相手になるのではないかと思っている。
俺は少し期待を込めた目で道場主を見た。
「ザック? うーん…聞き覚えはねぇなぁ…もしかして、爺さんの知り居合いか?」
「そう聞かれてもな…俺達はここに来たばかりだから誰がいるのかさっぱり分からない」
どうやら彼自身にはザックという名前に思い当たるものはないらしい。虎人族の長の情報が古かったのではないだろうか。いつの話か詳しく聞いていなかったので、目的の人物もとっくに没している可能性もある。
だが、彼は考え込んでいた顔を上げて俺達を見るとニヤリと笑った。
「けど、ジンって名前については結構思い当たるぜ。その中で元冒険者であってウチに出入りしているとなると結構限られてくる」
「本当か!? その人物と対戦することは可能か?」
俺は内心で少しだけ没している可能性を考えてしまったことを申し訳なく思った。だが、あの長が勧める人物が実在するらしい。一度何とかして戦ってみたいという気持ちが強くなっていた。
俺の質問に彼は苦笑いを返してくる。
「さあ…どうだろうな。元冒険者でかなり強いジンさんと言えば、ジン・エヴァンスという人しか居ない。あの人は実は国のお偉いさんになっているんだ。今は騎士達の教官をしているはずだ」
「元冒険者が国のお偉いさんになっている? 貴族、ということか?」
それならばそう簡単に会うことは出来ないだろう、と意気消沈する。
「彼の奥方が貴族なんだ。けど、騎士達の教官という立場は彼自身が実力で手に入れたものだ。どのみちお偉いさんになっているだろうさ。それで、彼と戦いたいというなら…うーん…こっちの廃墟じゃなくて中央西側にある【新・虎のアジト】に行ってみたら良いんじゃねぇの?」
思わぬ提案に俺はついゼノンやラヴィと顔を見合わせた。