教国の都4
次は11月8日の投稿を予定してます。
10月の最終日は嬉しいのですが(お菓子)嬉しくなかったり(体重)……
闘技大会まであと二週間ほどある。それまでにどれほど自分の力を高めることが出来るか。それが俺の課題だろう。そう考えて俺は軽装に着替える。虎紋を四六時中背負う気は無い。ついでにある程度アイテムボックスを整理した後、部屋を出た。
「ゼノン、いるか?」
とりあえず、俺が消えたと騒がれないように誰かに話しておくべきだろうと判断して一番近くの部屋をノックした。
「はーい、どうしたの、シル兄ちゃん」
「少し出掛けてくる。夕飯時には戻れるはずだ」
「……出掛けてくるって、どこへ?」
そう言って首をかしげたゼノンにつられるようにして俺もつい首を傾けながら目的地を言う。
「虎道場だ」
「……はい?」
どうやら俺の端的な言葉では通じなかったらしい。この様子を見るに、もしかしたら忘れているのかもしれない。
「虎人族の里を出るときにこの都に【虎のアジト】という道場があるという話を聞いただろう。少し探してみようと思ったのだが…ゼノンも行くか?」
「あれ、そんな話あったっけ? でも、何か面白そうだから行くよ」
「ああ、それじゃあまた誰かに話しておかないと」
ゼノンも行くならまた別の誰かに話さなくてはならないと思ってそう言ったのだが、返ってきたのは「別に良いんじゃない」という気楽なものだった。
「別に良いって……」
「そんなに心配なら宿の子に言付けておけば? それくらいならしてくれるでしょ」
「俺が心配しているというわけではなくて、ヨシズか誰かが心配するんじゃないかと思っただけなのだが」
「えー、心配性になっているのはシル兄ちゃんの方だと思うよ。ヨシズさんやラヴィさんは心配しないって。ここまで旅してきてこっちは理解したから。シル兄ちゃんは余程のことがあっても平然として戻ってくるだろうなってことをさ」
一体いつの間に俺はそこまでの信頼を得ていたのだろうか?
ゼノンの言葉の端々から全幅の信頼を感じ取った俺はそんな疑問を浮かべた。確かに俺達はここまでずっと旅してきた。俺は彼等の実力を疑ったことはない。だが、俺自身はそこまで信頼されるような何かをした記憶が無いのだ。普通に戦い、過ごしてきた。
「シル兄ちゃんは分からなくていいよ。でも、俺等はシル兄ちゃんを信頼しているってことだけは知っていて欲しいかな」
「信頼か……」
実感のないまま言葉にしてみる。どちらかというと流れるままに生きてきた俺にそれを向けられているのだと思うと少し複雑だ。これからはもう少し信頼されている自覚を持って行動しよう。
「信頼はあって困る物じゃないからさ」
「ああ、そうだな。俺だってゼノンやヨシズ、アル、ラヴィにロウのことは信頼しているぞ」
俺もゼノン達を認めているのだと…『信頼』は一方通行ではないと言いたくて気付けばそんな言葉が口をついて出ていた。
「へ…シル兄ちゃんにそう言われるとは…改めてそう言われるとくすぐったいかも」
ゼノンは足を止めてポカンとしたかと思うと俺から視線を逸らしてそう呟いた。小さな声だったがバッチリ聞き取ったぞ。
かなり今更なやりとりだと思うが、こうして言葉に出すことは案外大切なのかもしれない。
「とりあえず、行くか。この宿の人が虎のアジトの場所を知っているかもしれない。聞くついでに伝言も頼もう」
俺はさっさと一階に降りる。誰もいないように見えて周りを見回した。途中でふっと影が見えた。
「あれ? ええと、確かシルヴァーさんでしたよね! 何か問題でもありましたか?」
厨房からリリが顔を出してそう言ってきた。俺がここに姿を現してすぐのことだ。なかなか目敏いと言えるだろう。
「いや、部屋に問題はなかった。少し出掛けてこようと思うのだが、その旨をもし俺のパーティメンバーが聞いてきたら俺達が出掛けたと言ってもらいたい」
「言伝ってことですね! かしこまりました。シルヴァーさんのパーティメンバーは……」
「ヨシズにラヴィ、ロウ、それと狼のアルだな」
「お、狼さんもですか」
アルは大人サイズの狼姿でここに来たのだろうか。リリに少し怯えが見えた。
「話は通じるから心配はいらないぞ」
「そうですか。他に何か知りたいことはありませんか? 都のことならだいたい知っていますから何でも聞いて下さい」
宿は意外と情報が集まるから従業員も分かっているようだな。これなら虎道場のことも知っているかもしれない。
「それなら一つ聞きたい。虎道場…【虎のアジト】という名前の道場がどこにあるか分かるか?」
「虎のアジトですか…ええっと…少し父に確認します!」
どうやら彼女の知っている内にはなかったらしい。知らなければ知らないで別に良かったのだが、俺がそう言う前にさっと厨房の奥へ引っ込んでしまった。
「虎のアジトに行きたいってのはお客さんか?」
少しばかり機嫌の悪そうな顔をして厨房から男が出てきた。その少し後ろにリリが控えている。
「そうよ、父さん」
「リリ……お前に聞いたわけじゃないんだが。まぁいい。虎のアジトの場所は俺が知っているから場所を教えよう」
そうして教えてもらったことによれば、虎道場はこの宿から大分離れたところにあるらしい。【骸に潜む蛇亭】はこの見た目で貴族街に近い場所にある。都の中央区北だな。だが、虎道場は南の方にあるそうだ。意外と距離がある。
「まぁ、辻馬車が通っているからそこまで時間はかからないはずだ」
辻馬車とは道端で客待ちをしている馬車のことで、頼めば馬車が通れる場所なら都内のどこへでも行ってくれる。大都市にはたいていこういったものがある。便利なのだが俺は街の端から端へと行くような用事でもない限りは利用しない。
歩いていけない距離でなければ俺は自分の足を使うぞ。
「分かった。夕飯までには戻るつもりだから、誰かに聞かれたらそう言ってくれ」
「あいよ。気を付けろよ。お客さんは虎人族だが、普通のとは毛並みが違うことで難癖つけられるかもしれない。ちっこいのも腕試しくらいはさせられるだろう」
「それは本当か?」
少し看過できない情報だ。突然襲い掛かられるということはないと願いたいが……以前にアルが恐ろしいことを言っていた覚えがある。戦闘特化系種族だから強者と判断されたら次々に対戦を挑まれるとかなんとか。
あれは虎人族の里だったからだと思いたい。
「あー、どうだろうなぁ。人族の師範代がいればそんな心配はないが、師範がいるとたぶん対戦することになると思う」
つまり、師範は虎人族で戦闘狂気味だということか。あまり良い予感がしないな。嫌な予感しかしない。そのあたりは行ってみないと分からないだろうが……。
「特に魔法が得意なラヴィも連れて行ったら問答無用で対戦させられるかもしれないな」
戦闘方法の違いを感じる良い機会だぞ、かかれ! ……とか叫ばれそうだ。
「シルヴァーさん、私がどうかしたのかしら?」
「ん?」
名前を呼ばれて俺は振り向いた。そして驚く。意外と近くにラヴィが来ていたからだ。全く接近に気がつけなかったのだが、一体いつの間に近付いたのか。
「ら、ラヴィ……いつの間に」
「ちょうど今近付いたのよ。シルヴァーさんに気付かれないほどって…私の気配隠蔽も随分上達したように感じるわ」
「俺を基準にしていいのか?」
「シルヴァーさんは意外と気配に敏感でしょう?」
そうだろうか? と首を傾げた。まぁ確かに魔獣に関して言えばそれなりに気配察知が出来るかも知れない。だが、人の気配に関しては普段そこまで気を張っていないから気付けないことがあるのだろう。ラヴィに気が付けなかったのも恐らくは……。
「それで、話を戻すけれど私の名前を呼ばなかった? 呼んでいないにしても私に関する何かを話していたんじゃないのかしら?」
「ああ、実は今から俺達は虎のアジトへ行こうと思っているのだが、どうやら戦闘狂集団の疑いがあってな…ラヴィも一緒に行ったら確実に対戦を申し込まれるのではないかと話していたんだ」
「あら、そうだったの…面白そうね。私も行くわ」
俺達が行こうとしている先を聞くとラヴィはあっさり同行を申し出てきた。戦闘になる可能性が高いのだが、良いのだろうか?
「ラヴィさん、本当にいいの? たぶん戦闘になるよ」
ゼノンも俺と同じように思ったのかそう尋ねていた。
「別に良いわ。今はそんなに疲れていないし、大怪我をするような戦いにはならないんじゃないかしら。街中なのだし」
ラヴィの言葉に俺は少しだけ納得した。確かに虎道場は街中にあるから全力での戦闘は難しいだろう。それなりに制限が掛かるはずだ。だとすると適度な運動の範囲内に収まるかもしれない。
「まぁ、いいか。三人で行こう」
俺はわざわざ厨房から出て来て虎のアジトの場所を教えてくれたことに対する礼を言ってからゼノンとラヴィの二人を促して辻馬車を探しに向かった。
一抹の不安があるのだが…頑張って何とかしようと思う。
以下季節のイベントに浮かれて
(つまり本編にはほとんど関係ありません)
カッと光って魔術陣が広がった。白い光に包み込まれながら俺は何となく既視感を覚えていた。以前にも似たようなことがあった気がする。そう、あれは……
???「メタ的に言えば3年前のことだよね~」
覚えのある白い空間に立って…いや、浮かんで? 俺は聞こえてきた声に頷いた。そう、メタという意味は知らないが、随分と前にこんな夢を見たのだ。
そこで声の主が誰なのかに気が付いた。後ろを振り向けば何度か会った幽霊が浮いている。
「あ、ヘヴン。相変わらず幽霊やっているんだな」
「ふふふふ…実は幽霊以外にもやることがあったりするのさ」
「仕事でもしているのか? 幽霊になってまで仕事か……」
「何故断定するのさ!?」
「? 仕事じゃないのか? じゃあ何だ?」
「それはね~…おっと、これは秘密だった。シルヴァー、君は話の誘導が得意なのかい」
「さぁ? どうだろうな」
えーっと、二人の漫才はこれくらいにして……
「作者か」
「漫才じゃないけどね~」
なるほど。日常が漫才なんですね。さてさて、早速ですが仮装した華を喚びましょうかね。
「あー、もしかして……」
ご想像の通り! かもしれませんね。カモン、猫耳娘に死神娘に魔女っ娘!
「こ、こんばんは…お久しぶりです、シルヴァーさん。ヘレナです。覚えていますか?」(猫耳尻尾)
「アンです。死神娘って…ひどいですね」(髑髏の仮面に大鎌)
「魔女って…生前は聖女って言われていたのに」(スケルトン+ローブに杖)
謎の声が高らかに叫んだその次の瞬間、懐かしい姿が現れたのである……
「作者。紛らわしいから急にナレーターにならないでくれ」
はいはい。でもシルヴァーはもう少し再会の喜びを表すべきだと思う。
「ええと…この空気で、か?」
ヘヴンは得意なんじゃないの。
「もちろん。シルヴァー、こういうときは褒めれば良いんだよ。『ナイス猫耳、萌え姿!』飴ちゃん食べる?」
「うぅ…ごめんなさい!」(真っ赤になってどこかへ走り去る)
「あれ? 何か私が振られたみたいな……」
やーいやーい
「うるさいです。謎の声」(大鎌を振り回して)
ひぃっ。しばらく黙っていますので……
「よろしい。久しぶりです、シルヴァーさん。王都はもう完全に復興しています。余裕があったら見に来てくださいね」
「へぇ、そうなのか。俺達は今教国にいるからな。だいぶ遠い」
「森を突っ切ればすぐですけどね」
「いや、流石に無理がないか? 竜峰を街道とは逆方向に回り込むんだったか……」
「まぁ、すぐに会えるかもしれないということは知っておいてくださいね。私も会いたいですから」(謎の煙のエフェクトを残して消える)
あれ~? おっかしいなぁ…勝手にいなくなれるとは
「謎の声…作者だったかしら。結構抜けているのよね……。シルヴァー、私のことは覚えているかしら」
「ジェルメーヌだろう。久しぶりだな」
「本当にね。また会えるとは思わなかったわ。貴方達は今教国にいるとか?」
「ああ」
「あの国はころころ名前は変わっていてもきちんと歴史を残しているのよ。他と比べればね」
「へぇ。歴史を探るのも面白そうだな」
「面白いと思うわよ。じゃあ、随分と短い滞在だったけど、私も帰るわ」
あれあれあれれ~?
まぁ、いいか。じゃあ、私もどろんしま~す
「……で、また俺だけ帰り道が分からないと」
「今回は私もだね」