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虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
161/450

教国の都1

次は10月18日の投稿を予定してます。


 セイジョーの町を出てから二日目の夜。都まであと少しという場所で日が落ちてしまい、俺達は二回目の野営の準備に入る。

 ここまでいくつか町や村を通ったのだが、食料の補充のためにしか立ち寄っていない。泊まることもしていない。日がある内に進めるだけ進み、夜は野営になった。別に慣れているからいいのだが、何故こんなに急いでいるのかは俺も含めてこちらのメンバーはさっぱり分かっていない。


「ねぇ、シル兄ちゃん。アリウムさんって変じゃない? 依頼者の割に姿現さないし。ここまでで見たのってマリとシリルの空中追いかけっこ、ゼアのバルーンネズミジャグリング、ミスティアの魔法によるゼアの火の輪くぐり、アウリのナイフ投げ…だっけ。アリウムさんの演目だけなかったよね」


 夕食のスープを冷ましつつゼノンがそう言った。ちなみにこのスープはセイジョーの町でマリに連れられて入った【即席料理食堂】の大将からもらったものだ。

 だが、今回ばかりは味わう余裕が無かった。


「ブフッ…ゴホッ…演目て……」


 スープをうっかり食道ではなく気管に流し込んでしまい、咽せることになったからだ。

 せっかくゼノンが話題に出したのだから、俺もここまでの出来事をいくつか思い出してみることにした。マリたちは曲芸師ではないので演目とは言わないだろうが…なかなか愉快な道中ではあった。


 『マリとシリルの空中追いかけっこ』はシリルの失言でマリがキレたことから起こったもので、驚いたことに走っている馬車とほぼ同じ速さで木から木へと飛び回りつつ軽く戦闘していた。

 一体どこの特殊部隊だ、と言いたくなったが…よく考えてみると洒落になっていない。


 『ゼアのバルーンネズミジャグリング』は襲いかかってきたバルーンネズミという魔獣をひっつかんで攻撃させる暇を与えずにジャグリングして見せたことを指している。バルーンネズミは危険を感じたら身を膨らませて威嚇するのだ。人には通じないが。

 実はバルーンネズミを投げて警戒させるのは割と一般的な対処法である。ぶん回して目を回したところを仕留める、というのが一番楽なのだ。ただ、それでも魔獣なので普通はおもちゃにしない。


 『ミスティアの魔法によるゼアの火の輪くぐり』も文字通りの事件だった。恐らく原因はゼアのジャグリングだ。それを見てしまったミスティアが魔力操作に失敗して発動途中だった【フレアチェーン】を彼に向けてしまったのだ。半端な魔法となってしまい、ゼアには火の輪が向かうことになった。

 彼は慌てつつもジャグリングしながら真ん中を通り抜けたのだが…少し髪が焦げたらしい。


 それと、言いたいのは……森の中で火魔法、ダメ、絶対。

 あのあとミスティアはアリウムに叱られたらしいが…その様子を俺達は見ていない。


 『アウリのナイフ投げ』は…ゼアのえんも…じゃなくて技に対抗心が沸いたのか、フルーツトレントの実をナイフで落としたことだろうな。

 トレントの亜種でフルーツトレントというものがいるのだが、この魔物は実を全て落とされると枯れてしまう。弱点が露わになっている珍しい魔物だ。

 アウリは寄ってきたそれを見てナイフを投げ、全ての実を落としていた。十個はあったと思うのだが、一本のナイフで二、三個は落としていた。

 大した技だとは思ったが、それを一体どこで披露するのか、と問いたい。普通に生活していて必要になるような技術じゃないだろう。


「まぁ、姿を現したくない理由か何かあるんじゃねぇか」


 ヨシズがちらりとこちらを見てからそう言った。意味ありげにこちらを見ないでもらいたい。確かに俺は他のメンバーよりもアリウムの事情を知っているかもしれない。だが、全てが分かっているわけではないのだ。


「気になるなら聞いてみたらどうだ、ヨシズ」


「……聞くって誰にだ。シルヴァーにか?」


 俺に聞いてどうする。


「俺は大して知らないぞ。聞くとしたらアリウム側のマリ達だろう」


 アリウムの側に居る面々に聞いた方が早いだろうと思ってそう言ったのだが、ヨシズはスッと視線を逸らした。


「オレは追いかけっこが苦手なんだ」


 ……いや、マリだって相手は選んでいると思うが。少し質問しただけで追いかけられるなどということはない、はずだ。

 というか、魔獣とは追いかけっこ出来るのに苦手とはこれ如何に。

 恐らく、ただマリが怖いだけなのだろうな。気持ちは良く分かる。


「マリがダメなら他のメンバーに聞いてみたらどうだ。後の保証はしかねるが」


 ほんの少し興味を持っただけでも尋問に発展しそうだ。

 そんな俺の心の声が聞こえたのか、ヨシズはサッと顔を青ざめさせた。


「笑えない冗談だぜ、シルヴァー……」



*******



 そして翌日の昼頃、俺達は都へ着いた。闘技大会が行われるからか、並びたくないと思う程度には行列が出来ている。一時間かそこらでは入れないだろうな。

 待ち時間を思って溜息を吐いた俺はマリが自分達の馬車を離れてこちらへやって来るのを見て嫌な予感がした。例によって彼女の姿を見た者達から「死神だ……」とかいう呟きが聞こえてきて微妙に火に油を注いでいる。

 とばっちりが俺にきそうだから止めてもらいたい。


「ねぇ、シルヴァー。今日はこのまま突っ切ろうと思うの」


 やけに可愛らしくそう言って小首を傾げて見せたマリに俺は自分の勘が正しかったことを知り、目元に手を当てて項垂れた。


「俺はそこまで目立たなくていいのだが」


 闘技大会まで目立たずに修行していたいと思っている。手の内がバレては困るからな。


「あたし達と一緒に来た時点で目立っているからいまさらよ~」


「そう、か……一応聞くが、拒否権は?」


「ないに決まっているわよね~」


 俺は「だろうな……」と呟くことしかできなかった。他のメンバーも苦笑いをしている。ここは潔く覚悟を決めるか。


「あ、そうそう。闘技大会は皆結構凝った衣装を着るんだけど、シルヴァー達は持ってる? 持っていなければこちらで用意するけど」


「大丈夫だ。持っている」


 戦闘に使える凝った衣装は二種類ある。虎紋付きの服とイロモノ装備だな。選択肢は無いに等しい。


「それじゃあ、急いで着替えてね~」


「ちょっと待て」


 俺は慌ててマリを呼び止める。聞き捨てならないことを今言われた気がするのだが、俺の勘違いだろうか。


「急いで着替えてって…今なのか!?」


 つまり、アリウムの威光で突っ切る中、虎紋付きの服を着ていろと。この上なく目立つことが予想できる。それに、ただの冒険者である俺達が行列をすっ飛ばしてみろ。身バレと共に嫉妬・やっかみを携えた者共が襲いかかってくるぞ。


「大丈夫大丈夫」


「どこが」


 全く大丈夫だと思えなかった俺は即座に突っ込む。マリは気を悪くすることなく笑っていた。


「襲われない宿を紹介するし、都じゃ闘技場以外での乱闘は出来ないから。門の外は別だけどね~」


 襲われない宿ということはそれなりに高い宿だろう。冒険者が襲撃を躊躇うような。セイジョーの町での事も考えると良いところを紹介してもらえそうだから嬉しい気持ちはある。それは問題ないんだ。

 だが一つ分からない。闘技場以外での乱闘は出来ない、とはどういう意味だろうか。


「……どういうことだ?」


「襲われない宿の方? それとも闘技場以外での乱闘はできないことの方?」


「乱闘のほうだ」


「うーん…何と言えばいいのかしら。あのね~、都は結構厳重に守られているのよ。国の騎士団による巡回に加えて教会も聖騎士を見回らせているのね。その聖騎士が強くてね~、そこらの冒険者は太刀打ち出来ないの。だから中に入っちゃえば平穏よ? ……路地裏とか行かなければね」


 だから目立っても問題ないと言いたいのか?

 しかし、闘技場は別だという。闘技大会はそこでやるのだから、俺が不利になりかねない気がする。


「まぁ、拒否権がないらしいからな……」


「じゃ、どんな衣装を見せてくれるのか、楽しみにしているわね~」


 そう言いながらラヴィを連れていったマリを見送って俺は黙々と着替え始めた。この衣装を見ればこの中で誰がリーダーなのかがはっきりと分かってしまう。

 腹をくくったからもう気にしないけどな。

 

 少ししてラヴィが戻ってきたので俺は御者席へ移る。

 さぁ、アリウム効果を体験しようではないか。野郎共の嫉妬つきで。


 やけくそ? まぁ、その通りだが。目立つなら、闘技大会が良かった……。



「さて、行くか……」


 気のせいかもしれないがマリ達の馬車の後ろを行く俺達に妙な視線が向けられているように感じる。

 俺が向けられる視線に緊張していたとき、マリは門兵と何やら話していたが、すぐにこちらへ合図して都へ入っていった。俺もそれを追う。ギルドカードの提示などは要求されなかった。アリウムによる保証があるから必要ないのだそうだ。


「俺達が下手な手を打つとアリウムにも迷惑がかかるという仕組みだな」


 こうまで目立ってから闘技大会で負けてしまったら後が恐ろしいことになりそうだ。

 負けることなど許さないと言わんばかりに追い詰められているのだが、大丈夫だろうか。


 俺の心の中ではそんな不安が渦巻いていた。


 

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