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虎は旅する  作者: しまもよう
クナッスス王国編
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ドルメン14 町へ帰ろう




 森を大分戻ると、奥でのような魔物の襲撃はなくなり、入り口付近で襲って来たエイプが多くなった。後少しで森を抜けられると言うことだろう。



「ああ、酷い目にあった」


「うん。特にあの奥での魔物の襲撃の連鎖はね……。トレントとか、何なのあれ。身を潜めていた木が突然襲ってくるとか、心臓が止まるかと思ったよ!」


 俺とゼノン、二人の感想は『酷い目にあった』、これに一致している。心なしか足も重たい。


「まぁ、その代わり素材はたくさん取れたから良かったじゃないか。それに、傷塞草も魔復草も十分採取出来たしな」


 キキッ


 殴りかかってきたエイプを殴り返す。こんなんじゃ当たらないぞ! あの格闘師範様を見習え!


「兄ちゃんも流石だよね。ここって普通、Dランクじゃあキツイ所だって聞いたもん。……でも、今何か変なこと考えなかった?」


 スチャッとゼノンの手にハリセンが現れる。


「いや? 変なことは何も考えてないぞ。それより、ここがDランクではキツイところなんだな……。今日、ヨシズたちに聞いてみよう」


 この状況を絵にすれば、俺の後頭部にでっかい水滴が伝っているように描かれていることだろう。そらとぼけたが、また叩かれそうでヒヤヒヤする。


「絶対常識を疑われる羽目になると思う(ボソッ)……」



 キキッ キキッ キキッ


 ドスッ ドカッ ドンッ


 3体まとめてかかって来たが、相手にもならない。1体はゼノンのナイフで撃退し、他の2体は俺の拳とかかと落としで散った。複数人で相手すれば楽でいいが、もうちょっと緊迫感が欲しいよなぁ。単純作業化しているようでつまらん。


「それにしても、太陽が出てないのか? 暗いままだな」


 そう、エイプが出て来ているのだ。ここは森の入り口付近のはずだが、太陽が出ていた行きにはそれなりに明るかったが、今は真っ暗だ。


「……何か忘れている気がするんだけど。今一瞬何かが思い出せそうだったような……」


 うーん……。俺も何か忘れている気がするんだよな。何だろうか。


 思い出せないまま数分経ったところで俺達は正面のピギー、背後のエイプでちょっとした窮地に陥った。その時になって思い出す。ゼノンも気付いたのか、背中合わせに同じことを呟いた。


「「魔獣切り替えか」」


 迂闊だった……。昼夜では魔獣の行動が変わるのだ。黄昏時を境に、ほとんどの魔獣は集団行動を取り始め、中にはより強くなるものもいる。これを魔獣(・・)の行動の切り替え(・・・・)、縮めて魔獣切り替えなどと呼んでいる。


「「……っ! やばい!」」


 二人の呟きがこの硬直を瓦解させたのか、前方後方ともに襲いかかって来た。

 俺はエイプと戦い、ゼノンはピギーを倒して行く。幸い、他の魔獣はまだ来ていないようだ。だが、二人は背中合わせに戦っているのだ。どちらも撃ち漏らしは許されない。


 キキッ


「くっ……!」


 腕を噛まれるが噛んで来たそいつを掴み振り回して他の奴らを牽制する。ああ、エイプの鳴き声がこちらをバカにしているように聞こえてくる。


「ああもうっ! 【ブリザード】」


 それを受けてエイプ達は凍りつく。しばらくは動けないはずなのでゼノンの援護に入る。魔法を使うとアイテムボックスの空き容量が減るため、あまり使いたくはないのだが。


 ブモォオオ……ドカッ


 突っ込んで来たピギーは足で迎撃する。


「ゼノン、こっちを先に倒すぞ」


「了解!」


 ピギーだけが襲ってくるのみのこの状況なら二人でギリギリいける。時間が少しばかりかかったが十数体を倒しきった。そこで一息ついてなどいられない。すぐさま反転してエイプに止めを刺していく。ピギー、エイプ、合わせて30体だった。討伐証明部位を取るのも面倒でまとめてアイテムボックスへ入れる。


「夜になっていたんだな」


「そうだね。早く町に戻らないと。ずっとここにいるわけにはいかないよ」


「そうだな。今日はもう遅いから明日マチルダさんの工房へ行こうか」


 ピギーとエイプを蹴散らしてようやく森を出れた。だが、まだ草原と言う関門がある。




「……よし、行くぞ」


 ゼノンの言う通り、ずっとここにいる訳にはいかない。気を取り直して、草むらに潜って行く。この時間にここへ潜るのは初めてだ。魔獣切り替えの後だと言うことも加えて、おそらく群れで襲いかかって来るだろう。全方位を警戒する必要がある。


 ブモォオオ


「……!」


 ドカッ


 背後から不意をつく様に襲って来たピギーを振り向き様に蹴り飛ばす。


 出来るだけ戦闘数を減らしたいため、昨日の様に歩くことはしない。気配を潜めて素早く突っ切って行く。ゼノンも同じ様に動いている様だ。時折近くの草が微かに揺れる。しかし、気配はほとんど感じられない。


 草原を囲む森に着いた。ここまでくればもうピギーは追っては来ない。


「ゼノン、居るか」


「居るよ。今抜けたところ」


 すぐ横からゼノンが現れた。俺達を追ってこれたピギーはいないようだ。一呼吸して周りを見渡してみる。


 風は凪ぎ、昼間の騒がしさも感じられない。月明かり、星明かりはあるが、昼とは比べ物にならないくらいの暗闇が広がっている。


「大分時間が経っているようだな。少し急いで帰るか? ゼノン」


「そうだね……」


 ゼノンは返事はしたが何処か浮かない顔をしている。何か不安なことでもあるのだろうか。


「どうした? やけに浮かない顔をしているじゃないか」


「うん……。ちょっとね。ここまで遅くなったことはないからシスターに怒られるかも、と思うと戻りたくない様な……」


 そういえば、教会で話題に出したら思い出したくもないといった顔をしていたな。……と言うか、思い出しちゃったと実際に文句を言われたな。


「シスターみたいに普段温厚な人が怒るととても恐いんだよね……。まさに雷が落ちるといった感じでね」


 俺の脳裏にあのほんわかとしたシスターが雷を背負ってあのふんわりした笑顔のままこちらに説教をしてくるイメージが浮かんだ。……ああ。確かに恐いな。


   俺達は互いに顔を見合わせてため息をついた。ゼノンも叱られるだろうが、俺も怒られそうだ。具体的理由としては、大人として引率の管理不十分とか、な。


「「……ハァ」」




 *******




「止まれ! どこから来た」


 町の正門に着くと衛兵から鋭い声で聞かれた。俺達は冒険者だと伝える。


「冒険者? この時間まで狩りをしていたというのか? ギルドカードを見せてもらおう」


 ここで抵抗する必要もないので大人しくカードを渡す。そして、二人いた衛兵の一人がカードを持って奥へと向かっていく。ちなみに、昼間のあの笑顔が眩しい衛兵がうきうきと言ったことには、門にもカード情報を確認する魔道具が置かれたそうだ。きっとそこに行ったのだろう。



 少しして、俺達が盗賊などの類いではないと証明されたからか、衛兵が謝って来た。


「すまなかったな。これも仕事の内なんだ」


「分かっているさ。俺達が怒る筋合いはない」


 特に夜にやってくる人は大抵が怪しさでいっぱいだろう。夜担当の衛兵は気が抜けないはずだ。本当にお疲れ様です。




「さて、ギルドに向かうか、帰るか。ゼノンはどうする?」


「教会へ行ってからギルドへ向かってもらってもいいかな。今日狩った物を売りたい。それに、シスターに会わずにいると後が恐いし」


「……分かった。潔く怒られに教会へ向かおう」


「そこは回避策を出してほしいな……。無理だろうけど」


 今は7時は回っている。早いとも遅いとも言えないが辺りは真っ暗である。きっとゼノンの『保護者』であるシスターは大変怒っていることだろう。

 回避策など出し様が無い。ゼノンの雰囲気から言ってここまで遅くなるとは思っていなかったのだろう。シスターにも特に言ってはいないはずだ。俺自身もまさかこんな時間までかかるとは思ってもいなかった。



 視線の先には明かりのついた教会がある。ゼノンを遅くまで連れていた後ろめたさがあるからか、神聖な場所なのにどことなくおどろおどろしく感じる。自業自得……。ああ、その通りだよ! ちゃんと反省しているぞ。


「ただいま……」


 ゼノンは恐る恐る帰省の挨拶をする。それにつられて、俺も少しビクついている感じになってしまった。


「おかえりなさい。遅かったわね」


 出迎えてくれたシスターは昼間の様なおっとりとした言葉遣いはなりを潜めており、さらに、笑顔だが怒りが滲み出ている。大変お怒りの様だ。


「どこまで行っていたのかしら?」


 般若の笑顔が問いかけてきた。背中に嫌な汗が流れる。

 きた。どう答えようか。


「「ちょっと森まで……」」


 シスターはにっこりと笑って言った。


「誤魔化さず、詳しく話してちょうだい」


「「はい……」」


 言葉を濁そうとも通用しないようだ。俺達は包み隠さず話した。


 森での出来事をかいつまんで話したら、シスターは顔に呆れを滲ませた。


「まったく。森は何が起こるか分からないのよ。今度からはちゃんと対策をしてから行きなさい。野営の道具を揃えたり、ね」


「「ハイ、ソノトオリデス。スミマセンデシタ」」


 あの時、下手したら迷って一晩を森で過ごす羽目になっていたかもしれないのだ。もし、そうなっていたらと思うとゾッとする。魔獣除けの結界は使えるが、日が上らないうちにその効果は切れるだろう。俺は魔力が多い方だが流石に一晩はもたせられない。アイテムボックス分を足してもそれは変わらない。


「今後、気を付けなさいね〜」


 シスターがいつもの状態に戻ったと思ったが、目は笑っていなかった。


「「分かった(よ)」」


 格闘師範様にはまた会いたいがあの魔獣ラッシュはもうこりごりだ。


「ところで、狩った魔獣はもう売ったのかしら〜?」


「まだだよ。これからギルドに行って来るつもり」


「それなら何処かで夕食を食べて来てもらえるかしら〜? あなたの分を今から作るのは時間がかかるのよ」


「分かった! シルヴァー兄ちゃんと食べて来るよ。……いいよね?」


 文句があるわけでもなし、別にいいだろう。


「では、お邪魔しました」


 教会を出て、ギルドへ向かう。ギルドは一応朝から晩まで開いているが、依頼の受諾はBランク以上の実力者がいるパーティのみ許可されている。

 ギルドに行く道すがら、俺はゼノンに提案する。


「先に夕飯にしよう。あれだけ戦闘したからもう腹の減りも限界だ」


「うん。俺も腹ペコだよ。どこかいい食堂が開いてないかな」


 ゼノンも空腹だったようで、すぐさま首肯してきた。しかし、この時間じゃあ大抵の食堂はもう開いてはいないだろう。あったとしても、どれだけ待たされることになるか分からない。だが、一部の宿はその限りではない。


「いっそのこと、食堂を探さずに俺が滞在している宿にでも行くか?」


「どこに泊まっているの?」


 当然、疑問が返ってくる。俺が【ネコ居つく亭】だと言うと小躍りするほど喜んだ。前にも言ったが、あそこはボリュームがある料理を出してくれることで人気なんだ。戦闘後のこの空腹を抱える身としては大変助かる。


「決定だな」



 *******



 宿に着いた。ここに来るまでにどちらが何の獲物を出すか決めておいた。俺がピギーを一頭、ゼノンが蜂蜜を出してデザートを頼むことになった。正直に言うと、蜂蜜は売値が高いから少しもったいない気もしたが、ゼノンに絶対モチベーションが上がるから! とまで言われたので、蜂蜜のデザートというものを食べてみる運びになった。たまにはこんな贅沢もいいだろう。


「おや、シルヴァー! こんな時間まで外にいたんだね。珍しいね。何かあったのかい?」


 丁度、女将はテーブルの整頓をしていたようだ。宿に入るとすぐに声を掛けられた。


「ちょっと森まで行って来たんだ。こんな時間で申し訳ないが、このピギーとゼノンの蜂蜜で何か夕飯を頼む。蜂蜜はデザートを作るのに使ってくれ」


「なかなか贅沢言うじゃないか。ま、疲れているみたいだし、あの人に言ってみよう。ただ、凝ったものは出せないからね?」


「「いいよ」」


 近くの席に着き、待つこと十数分。漂って来る匂いに腹の虫が音楽を奏で始めたところで、待ちわびた夕飯がやって来た。ピギーの生姜焼きだ。


「デザートは食べ終わったくらいに出すから、先にそれを食べな」


 俺とゼノンは夢中になって食べた。一頭分だから皿にうず高く積まれており、平時であれば、食べきれなかったかもしれない。しかし、それほどあった生姜焼きも見る見る減っていく。そして、デザートへ。


「ラーナさん、デザートお願い出来るか」


「はいよ!」


 そうして、持って来られたのはパンケーキだ。蜂蜜が使われているからハニーパンケーキとでも呼ぼうか。


「……美味いな。確かに食う価値がある」


「ん……。ここの料理人の腕も良いんだろうね。すごく美味しい」




「「ああ、美味しかった。ごちそうさま」」


「ふふ。お粗末様。……ああ! そうだった。シルヴァーに夕方に客が来ていてね。 夜12時までギルドにいるから、出来れば顔を出して欲しいとの事だよ。ヨシズが待っているそうだ」


「……忘れてた! ラーナさん助かった。今からギルドに行って来る。ゼノン、いいか?」


「大丈夫だよ」


 ヨシズとの約束をすっかり忘れてた。森での戦闘のインパクトが強過ぎて思い出しもしなかった。今はもう8時過ぎだ。大分遅れてしまったな。俺は急いでギルドへ向かった。



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