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虎は旅する  作者: しまもよう
アヴェスタ教国編
158/451

セイジョーの町9

次は9月27日の投稿を予定してます。


 見ようと思えば一日中だって見ていられそうなクルイハナの花畑を後にして俺達はようやく森から出ることが出来た。シリルを見つけた時点でマリがあらかじめ決めていた合図の光球を打ち上げていたので他の捜索メンバーは既に森を出ているだろう。


「ところで、シリルは何故最初に別の道の方にいたんだ?」


 花畑へ行くつもりだったのならどうして別の方へ進む道にいたのだろうか。


「ああ、迷っていたんだよ。ここ数日でだいぶ先に行っていたんだけどクルイハナどころか普通の花さえも見つからなくてねー。これは道を間違えたかと思って引き返したんだ。その途中で出会ったのが君達というわけ。助かったよ、本当に」


 何のことはない、ただの迷子であっただけのようだ。これは、マリではないがはっ倒したくなるな。


「ところで、何人で捜索してくれたんだい? 我ながら心配させていることは分かっていたんだけども」


「……あたしの隊は、全員よ。ゼアやミスティアに至っては昨日も探していたわよ」


 森の浅いところではあったが、時間を割いて探しに向かったのは間違いない。ご苦労なことだと思う。


「それは申し訳ないことをしたね。今度都で奢るよ。もちろん、味の濃い食事処でね!」


 味の濃い~というのは教国特有の冗談か何かなのだろうか。

 教会の近くはたいてい味の薄い食事を出すとは聞いた覚えがあるな。それでも味の濃い物を出してくれるのは高級な店・宿になるだろう。つまり、味の濃い云々は『高いところでも奢るよ!』という意味でも持っているのではないだろうか。


 そして、俺達もようやく森の入口が見えてきた。森を出た先に他のメンバーのほとんどがいるのが分かる。


「あっ! シル兄ちゃん。その人がシリルさん?」


「隊長! シリルをぶちのめしたんすかー?」


 頭の上から聞こえがその声にギョッとする。ゼノンとゼアだった。この二人、一体何をしていたのか分からないが、頭上の茂みから逆さまににょきっと生えてきたのだ。そして俺達が真下に来る前にスタッと降り立った。身軽なものだ。


「ひどいなー、ゼア。……本気で殺されかけたんだけど?」


 少しは慰めてくれても…と続けて泣き真似をするシリル。その様子をゼアは白けた目で見ていた。


「自業自得だ」


「分かった。ゼアには奢らないことにする」


「ええっ! それはないだろうよ!」


 一回分の食費が浮く機会を逃しかけて慌てるゼア。みみっちい。というか、彼等は貴族と関わりがあるのだから普通の冒険者よりも高い収入を得ているだろうにな。まぁ、ゼアはいろいろと無駄遣いしていそうな感じはあるが。ヨシズなんかもお金があれば酒につぎ込んでいるからな……。


 シリルとゼアのコントはまだ続いている。


「ん? だったらどうしてくれるのかな?」


「あ~! もう! 分かった。死神と言われるマリ隊長の攻撃は怖かっただろうよ。よく避けてきた。お疲れ様!」


 やけっぱちになってゼアがそう言ってシリルの背中を叩いた。しかし…本人マリの前で『死神』とか言っても良いのか? あまり良い意味で言われているものではないだろう。


「へぇ~…あたしの前で死神って…よく言えるわね~? ゼア?」


 温度のないマリの声にゼアは瞬間的に背筋を伸ばすとぎこちない動きで背後を振り返った。その顔は恐怖に引き攣っていた。


「やべ…た、隊長、その振り上げた剣は如何様に……?」


「振り上げたものは振り下ろすに決まっているわよね」


「真下に、俺がいるような気がするんですが……」


「ええ、そうね~」


「そのまま振り下ろされると頭が割れると思うんすけど」


「ええ、そうね~」


「さ、流石に自分の赤い華は咲かせたくないっす」


 ゼアの口調がおかしなものになっている。……いや、元々こんなものだったかもしれない。俺達に対しては普通の冒険者のような口調で話してくるから違和感を持ったんだな。


 言わずとも知れているだろうが、俺は現実逃避中だ。ゼアがちらちらと目を向けてくるが、知ったこっちゃない。ああ、助けには向かえない。マリが怖いから。


「じゃあ、地面に赤い染みを作ればどうかしら?」


 あ、これ、本気だ。

 恐らくその場にいた全員が悟っただろう。マリが冷たい笑みを湛えながら剣を振り下ろす。それがやけにゆっくりに見えた。

 彼女の本気を悟ったのはゼアも例外ではなく、素早い身のこなしで太刀筋を躱して逃げ出した。


「ちょ、意味、変わらないって…うぉわぁっ! 俺に死ねと!?」


 ゼアとマリの追いかけっこが始まった。見覚えがあるな、とシリルの方を見ながら思った。彼等の日常はこんなデンジャラスなのだろうか。大変そうだな。


「何かな? シルヴァー」


「いや、大変そうだと思ってな」


「あはは……」


 何せ、止める人が一人も居ない。キリトやミスティアといった彼等側の人は止めるどころか煽っている始末である。

 ゼアの失言なんざどうでも良いからさっさと帰れないだろうか。

 ふと、観客をしているゼノンを見て、言いたかったことを思い出した。


「そう言えば、ゼノン。シリルはやはりあのシリルのようだったな」


「えっ! そうなの」


 俺の言葉に驚いて振り向いたゼノンの方を、同じように驚いた様子でシリルが見た。俺はゼノンの肩を掴んで差し出した。詳しい説明はゼノンがしてくれると助かる。俺だとどこまで話して良いのか分からないからな。


「君も関係者なのか」


「はい。もともと話を持って行ったのが俺なんだ。シスター…ドローシアと暮らしていて、昔所属していたパーティメンバーの話をよくしてくれたから」


「へぇ。……もしかして、シアの子?」


「まさか! 俺は教会に引き取られた孤児だよ」


「だよねぇ。いくら若作りのシアでもこんな大きい子どもを作っているわけないよね」


 あの人、若作りだったんだな。何度か会っているがそんなことは思いもしなかった。今度出会ったら見る目が変わってしまいそうだ。


「あはは…本人の前でそれを言わない方が良いよ」


「もちろん。若作りという単語が地雷なのは既に証明されているからね」


「え……」


「僕じゃなくて、ケイトだったけど…ぼろぼろにされていたからね~……」


 女性に対しては年齢・容姿においてマイナスのイメージを持つ言葉をかけてはいけない。もし言ってしまったら…気の済む限りボコボコにされるだろうな。火や雷でこんがりローストされたり、氷付けにされたり、死なない程度に溺れさせられたり、上空に打ち上げられたり…するかもしれない。


「まぁ、それはどうでもいいんだ。ひょっとして、君達はケイトを追ってでもきたのかな? シルヴァーは特に言っていなかったけれど」


「ううん、違うよ。シスターの代わりにあの人の元パーティメンバーの人達がどうしているか確かめたいと思っていただけ。ほら、最近物騒になってきているからさ」


「まぁ確かに……」


 そんな話をしている内に町の門が見えてきた。日はちょうど登り切ったところだったため、ずいぶんと混雑していた。昼時は一旦町へ戻って英気を養う冒険者が多いからな。荷物の問題もある。


「まぁ、あたし達にこういった混雑は関係ないけどね~」


 そう言うとマリは門のところで何かを見せた。この時点でマリ以外のメンバーも気を引き締めた表情を作っていた。


「はい。これで通ってもいいわよね? 彼等のことについてはアリウム様が保証するから」


「も、もちろんです!」


 この混雑でここまですんなりと町に入れるとは思いもしなかった。マリは一体何を見せたのだろうか。というか、アリウムの影響力がすごいのか? しかし、こういった行動は他の人達の反感を買いやすい。今も「なんだあいつ等は」とか「死神だぞ、関わるな」とか「間抜けな表情をしている奴等は何なんだ」とかいう言葉が聞こえてくる。間抜けな表情て…俺達のことか。やはり俺もキリッとした顔を作っておくべきだったか。


「……まぁ、ラッキーと思っておけば良いんじゃないかな」


 フォローするかのようにシリルがそう囁いてきた。反感の方が多いから全体的に見てラッキーとは言えないのではないかと思ったのだが、大人しくしておくことにした。マリ達の厚意だったのだ。


「さ~て、シルヴァー。ちょうどお昼時だけど、どこか食べに行きたいところとかあるかしら? なければこのままあたし達の行きつけの店に案内するけど」


 足を止めたマリがそう尋ねてきたので俺はあらかじめ店について評判を聞いていそうな面々を見た。


「いや…どうだろう。ラヴィ、ゼノン、ロウ、どこかあるか?」


「私は寝込んでいて出掛けてもいないから分からないわ」


「うーん、昨日今日ではまだチェックしていないからね」


「僕もあまり知りません。マリさん達のおすすめの店で良いのではないでしょうか」


 まぁ、彼等の言うことも尤もだ。俺だってこの町で評判の良い店は知らない。昨日今日でそこまでの情報が手に入るとも思わない。正直に言うとアイテムボックスの中にある肉類がだぶついているから消費したいところなのだ。だが、そう都合の良い店はないだろうな。味付けの問題もある。


「なぁシルヴァー、オレには聞かないのか? なぁ?」


 一名うるさいのがいる。聞いても意味は無いだろうと判断していた。何となく分かっていたからだ。


「どうせ酒場だろう? ヨシズ」


「あっはっはー。分かるか」


 この飲兵衛ならあり得ない話ではないと思っていたが…本当に酒場を提案するつもりだったのか。俺は頭が痛いと言わんばかりに眉間を揉んだ。もちろん、ヨシズの案は却下だ。


「じゃあ、マリ達の行きつけの店で頼む」


「了解~! さぁ行くわよ~……【即席料理食堂】へ!」


 そう言ってマリはすぐ傍にあった食堂に入っていった。

 近っ!

 門から五分も歩いていないぞ。位置的に衛兵御用達と言えそうなこの食堂では一体どんな料理があるのか少しだけ不安(・・)を覚えていた。


 ……料理をしているにおいがしなかったからだ。俺の鼻が馬鹿になったわけではないはずだ。



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