セイジョーの町8
次は9月20日の投稿を予定してます。
「っ!!」
肩に手を置かれた俺は臓器が逆さまになるかと思うほど驚き、ウサギに向けるはずの攻撃意思を声の主に向けてしまった。「あ、やばい」と思ったが、俺の拳はあっさりと受け止められた。
振り返って見えたのは緑の髪と瞳を持つ細身の男だった。どこかで聞いた特徴だな、と思うと同時に予想していたよりもずっと細い体型で驚いた。それと、意外と容姿が整っている。
「わわっ…危ないなぁ。でも、いいパンチだったよ! お返しにどうぞっ!」
俺の右拳を難なく受け止めた男はにやりと笑うと反撃してきた。同じ右拳…と見せかけて、本命は蹴りだ。
「はっ……ははっ」
俺も問題なく受け止めた。たったこれだけ…出会い頭の格闘だけで俺達は互いに似た者同士なのだという認識を共有した。思わず笑いを漏らしてしまう。見れば、向こうも同じように口の端が上がっている。
「いいね! 君! 思う存分闘おうじゃないか!」
「ああ…そうだなっ!」
男の言葉にこちらも応え、いざ拳を交えて戦闘を繰り広げようとしたとき、俺達の間に大剣が振り下ろされた。
「そうだな、じゃないわよ!」
「うぉっ」「あぶなっ」
盛大に草の葉を吹き散らしたのはマリの大剣だった。大剣? 森では取り回しが悪いからと言って普通の剣を使っていたと記憶しているのだが……。いったいいつ取り出したのだろうか。
マリのおかげで俺は戦闘狂モードになりかけていた意識を戻し、そんな疑問を持ったのだが、それを聞けるような雰囲気ではなくなっていた。
「まずはシリル! 散々手間かけさせて~! 切り刻まれて見せなさい!」
そんな言葉を叫びながら大剣を風を斬る音が聞こえそうなほど鋭く、殺意を込めて振り回していた。火山が噴火したような怒りを見せている。それを見てしまえば余計なことを言う気にならない。標的がこちらに移ったらたまったものではないからだ。
「えっ、あれっ、マリ!? いや、切り刻まれるって…ソレ、少しでも掠ったら致命傷じゃん!」
「うるさい、ストレスの元! 男なら黙って女の…剣の錆になりなさい!」
「なんという女尊男卑! 死ねと!?」
というか、さっきマリは「まずは」と言っていたよな。ひょっとして俺もあんな風に狙われるのか?
「こんの…っ、ヒラヒラと躱しやがってぇ……」
確かに、元々身軽なのだろうとは思っていたが、それにしてもよく躱す。こういった手合いに対しては普通に攻撃したままではいずれ体力が無くなってしまう。体力勝負に持ち込むとしても、武器を振り回す方が大きく削られていくのだから不利だろう。先程俺の攻撃をいなしたのを見る限り、彼は徒手格闘についても経験があるのだ。接近戦も慣れていない場合はすぐに負けてしまうだろうな。
こうして考えるとなかなかどうして隙の無い戦闘をするものだ。
だがまぁ、対処法がないわけではない。
「【アースニードル】!【アースニードル】!」
背後から挟むようにまず太い杭が飛び出す。そしてそれは壁のような役割を成した。これで男は後ろに逃げられず、左右に動くにもタイムロスが生じるようになった。その次に、今度は男の手前から幾分か細めの杭が飛び出し最初の杭とくっつく。これで完全に逃げることは出来なくなった。
要は躱せない状況に持ち込んでしまえば良いのだ。
「さぁ、覚悟はいいわね~?」
「ええと…その殺気がなければ……」
「うん?」
お前が何かを言う資格があるのか、という本音が透けて見える笑みだった。怖い。
「いえ、如何様にも……」
両手を挙げて男…シリルは降参した。
「……まっ、無事に見つかったからいいにするわ。次はないわよ~。今度は何をしてやろうかしらねぇ~」
何を想像しているのか、邪悪な笑みを浮かべて笑うマリ。
怖い。
俺が心の中でそう呟いたタイミングでマリがこちらを振り向いた。自然と背筋を伸ばしてしまう。
「バーサークって聞いていたけど、どういう感じに戦闘狂なのか良く分かったわ~。君も、森を出るまでに暴走したらあたしの剣の錆にするからね~?」
「あ、ああ、分かった…気を付けることにする」
「うん、良い返事ね~。さてシリル。帰りがてら情報を吐いて貰いましょうか」
「え、それは構わないけど、こいつに聞かれてもいいの?」
こいつとはなんだ、こいつとは。
そういえば自己紹介をしていなかったか?
「俺はシルヴァーだ。マリ達とはヒコナ帝国を出る時に知り合った」
「へぇ。僕はシリル。よろしく。……で、マリ。実際どれくらい深い関係になっているんだい」
どういう意味だ、どういう。
と突っ込みそうになったが、耐えた。この二人が関係者しか分からない会話をしているように感じたからだ。
「シルヴァーはまだ深入りはしていない程度の関係者よ」
「なんという微妙な関係……」
「その上で必要な情報を話しなさい」
そう命じられたシリルは困ったように頬を掻いた。
「とは言っても、彼がどこまで知っているか分からないとさぁ……」
「大丈夫よ~」
マリはにっこりと笑ってシリルの肩に手を置いた。
「正直に言うと彼はほとんどの事情を知っているし、気が付いているから。ただ、アリウム様に関わることは絶対に言ってはダメ」
「なるほど。それで『まだ』なんだね。分かった。真新しい情報じゃないかもしれないけど、一つずつ言っていくよ。ただ、僕が持っている情報はケイトからもらったものだから検証が不十分であることは頭に置いておいてくれると助かる」
何が『まだ』なのか俺はさっぱり分からないのだが、シリルは構わず話し始めた。内容は本当に俺の知っていることが多かった。
ただ、少し待って欲しい。シリルは最初に誰の名前を挙げた?
「シルヴァー、君が知らない情報は今の中にあったかしら~?」
「ああ…ええと…フォーチュンバードが魔生物大暴走の一端だったというのは、予想はしていたが確実な情報としては受け取っていなかったと思う。敢えて言うならそれだけだな」
「そうなんだ。ケイト並に情報を持っているって、君は一体何者?」
俺の返答を聞いてシリルは笑って俺の正体を怪しんでいた。目だけが笑っていない。マリにそっくりだ。これが類は友を呼ぶというものか。
「ねぇ、どうなの? あたしも気になるな~」
「自分では普通の冒険者だと思っているが…少し巻き込まれやすいのかもしれないな」
この俺がケイト並みに情報を持っているとは思えないが…しかし、シリルが話した内容のほとんどは知っているし、一部は当事者だ。俺が持ち込んだと思われる情報もあった。恐らくクナッススのアッシュ学院長は関係者だな。
「絶対に普通じゃ無いと思うけどね。まぁ、敵対はしないんだよね? 隊長」
「ええ、今のところはね~」
そもそもマリ達がどんな組織、陣営に属しているか分からないからな。少なくとも邪神派ではないことは分かっているから俺も特に彼等が敵とは思っていない。
「一つ聞きたいんだが、ケイトというのは……」
「あら、知り合い?」
「それを確かめたい。ケイトというのは魔人族の男のことか? 結構軽い調子で話し、戦闘においては巨大なハンマーを使い、鍛冶も出来る多才な魔道具師で…公国に追われている……」
「ん?」「追われている?」
追われているのは違ったか? はっきりとは聞いていなかったかもしれない。
「あー、追われているのは俺の勘違いだったかもしれない。ともかく、今挙げた特徴を持つ人物に心当たりないか?」
「あー、うん。物凄く心当たりがあるわね~……」
「シルヴァー、君はケイトの知り合いだったのか! 道理で情報通だと…ん? いや、流石にあいつでも情報漏洩はしないよな?」
こちらに疑いの目を向けてきたので慌てて釈明する。
「ケイトとはロータルガードで会って普通の鍛冶師では扱えない防具の修繕などを頼んだというだけの付き合いだ。もともとゼノンの用事の関係で知りあっただけで、情報とかは……」
あ、一つだけ貰ったな、そういえば。
微妙なところで切った俺を見てシリルとマリは同じように首を傾げた。長く一緒に居ると行動が似てくるという典型なのだろうか。いや、この二人の付き合いが長いとは限らないのだが……。
「情報とかは?」
「あー、南方の魔獣の動向を聞き出したことはあったな。ケイトからもらった情報はそれだけだ」
「何のために?」
「それは、生きて帰るために決まっているだろう。魔生物大暴走が起こっていることはなんとなく分かっていたからな。不自然な動きがないか確認したんだ」
あの時は早期解決が鍵だったからな。
「なるほどね~。シリル、そのことについてはケイトから聞いたのかしら?」
「いや、聞いていないと思う。こちらから聞くこともしなかったし、急いでいる様子だったから。あ、隊長。少し寄り道をしてもいいかな?」
三叉路に出たところでシリルがマリにそう伺いを立てた。彼が指しているのは俺とマリが最初に通ってきた道とは別の方向へ向かっている道だった。
「少し行きたいところがあるんだ。もともと僕はそこを目的地としていたからね。隊長達はどちらからきたのかな?」
「こっちよ」
「それじゃあ…もう一つの道の先にあるはずだ」
シリルの先導に従って俺達は道を進んでいった。ついでに自生している食材も取っていく。この辺りは魔物化した野菜などもよく走っているようだ。帝都ではよく見かけていたが、他の国では少し珍しいのではなかっただろうか。珍しいと言えば、道に沿って並んでいる木々は高く太い。どうやら森の奥の方へ向かっているらしいのだが、どこか違和感があった。
「シリル、この先には何があるのかしら?」
「見れば分かるよ。もう少しだけ待っていて」
それから歩いたのは五分ほどだっただろうか。道の先が明るく、木々の隙間から花びらのような綺麗な色が覗いていた。
いや、確かにそれは花びらだったのだ。
「ここは…すごいわね……」
マリは感嘆の溜息をついた。俺もあまりにも現実離れした光景で言葉が出なかった。
一面に咲くのは白を中心に所々色づいたものが見られる花。地平線の先までその花で覆われていた。踏み荒らすなど考えられない、何人たりともこの場所を侵すことを許さない、許されないような神聖な光景がそこにはあった。見る人を惹きつけて止まない巨大な花畑だった。
「クルイハナの花畑、なのね……」
狂花。人には基本的に無害である花だ。ただ、何も危険が無いわけではない。この花は万能回復薬の材料らしいのだが、その精製過程で少し危険があるらしい。以前にヘヴンから聞いた覚えがある。どんな風に危険なのかは知らない。
俺に複雑な薬の調合が分かると思うか? 詳しく説明されてもさっぱり分からないに決まっているだろう。
「こんな場所があったとはな」
「もうここを訪れる人も少ないからね。たいていの人は知らないんじゃないかな。祖父の話によれば昔はここにもかなりの人がやって来てそこの森に木を植えていったらしいよ」
ああ、だから違和感を抱いたわけだ。シリルを探しに向かった道は頭上からヘビが落ちてきたりとかなり大変だった。それがこちらの道ではほとんど無かったのだ。それはきちんと木が植えられているからに他ならない。
「今はそんなに人が来ないのか?」
「うん。もう皆忘れてしまったんだろう。ここはね、ただの花畑ではないんだ。かつて栄華を誇った軍国の墓標なんだよ」
……聞いた覚えがあるな。バルディックの話にあった気がする。
確か、帝国の管理下に入り、花畑となったと言っていたな。バルディックの言う帝国は今のヒコナ帝国とは別だろう。国としては存続していない。しかし、件の花畑が今もこうして残っているのはすごいことではないだろうか。過去の遺物にしたくないと抗う人達がいたという証左なのだから。
「僕は、この花畑は未来永劫このままであって欲しいと思っているんだ。クルイハナが手向けの花と言われるようになったのは、この花畑が出来た事件に由来するそうだ。きっと大勢の人が亡くなったのだろうね」
シリルは凪いだ瞳で花畑を見ていた。
「僕も詳しくは知らない。だから知った風な口をきけるとは思っていないよ。けれど、断片だけでもこの話は歴史の中に埋めてしまってはいけないと感じたんだ。毎年この時期に僕はここを訪ねている」
―――ここにもいたようだな。
俺は花畑を見て少し口元を緩めると、すぐにそれを引き締めてシリルへ向き直った。
「シリル、あとで話したいことがある」
「そうかい。じゃあ、君が滞在している部屋にお邪魔させてもらうよ」
シリルはチラとこちらを見ただけで、深く聞くことはしなかった。
「ああ」
英雄譚は語り継がれるものだ。しかし、それも全てが伝わるわけではないのだろうな。
俺は彼の話が伝わらなくなっている現状を見て見ぬ振りはしたくないと思ったのだ。
花畑については「閑話 冒険者バルディックの起点3」を読めば分かるかと思います。
クルイハナについては「シルヴァーの寄り道3」に出てきます。




