セイジョーの町6 外出組その3
次は9月6日の投稿を予定してます。
そういえば、この作品はもう三年目なんですよね。週一の投稿なので話数は稼げていませんが…我ながらよく続いているものだと思います。
完結まで頑張って書いていきますので、これからもよろしくお願いします。
夕方の市場に小柄な影が混ざり込む。狼獣人のように濃いグレーの耳と尻尾があるその影は魔獣の素材などが売られているエリアを中心に見て回っていた。
「珍しいなぁ。獣人か?」
そう声を掛けたのはニヤニヤしながら店先に座っている男だった。人を馬鹿にするかのような笑みに見えるためか、客は一人も居ない。彼が売っているのは魔獣の皮や牙、角などであり、普通に暮らしている人は見向きもしていなかった。まるで見えていないかのようなスルーぶりはいっそ見事だと言えよう。
「はい。一応そうです」
珍しく夕方の市場に現れた狼獣人のような影の正体はロウである。声を掛けてきた胡散臭い男を見ても平然としていた。
「しかし、いくら獣人だと言ってもこの辺りはちっと危ねぇぞ? 粗野な冒険者がよく来る場所だからなぁ。それとも、少年も一端の冒険者なのかぁ?」
「一応、Bランクにはなっています。ところでおじさん、この角って『かくれんぼウサギ』の角ですよね。他にも結構狩るのに森の奥まで行かなくてはならない魔獣素材がありますね。……これがこの町の通常なんですか?」
店先でまずロウが注目したのは五つくらいの角が置かれている一角であった。角系のものがまとめておかれている。ともすればそれらに紛れてしまいそうである。……まぁ、だからこそ呼ばれているのが『かくれんぼウサギ』なのだ。
「『かくれんぼウサギ』……ああ、ハイドウサギのことか。そうだなぁ…確かにこれは滅多に市場に出ないな。冒険者ギルドからもそんなに流れてこない。よく見ているなぁ、少年。う~ん…せっかくだから目利きの少年のために今日これからの時間をあげようじゃないか。こう見えておじさんは特定分野においては事情通だぞぉ」
「えっ」
男はにやぁっと深く笑うとロウを店の奥へ引きずり込んでしまった。彼の力は思った以上に強く、ロウは抵抗することが出来なかった。強引な行動だったが、嫌な感じはしなかったのでロウは大人しくしていた。胡散臭い男だが、ロウが子どもであるのを見て心配するといった行動を取れる人物なのだ。危害を加える気はないと思う……たぶん。
そうしてお邪魔した店の奥は…………思った以上に汚かった。
「掃除してもいいですか」
「ん? 掃除? 必要ないだろぉ…この部屋は大して使わないからな。ほら、こっちだ。内緒話をするにはそれ用の部屋でやらないとな」
ロウの返事を聞かずに男は部屋の片隅へさっさと歩き、本棚を整え始めた。掃除が必要ないと言ったそばから整理整頓を始めるという行動は妙だ。何をしているのか、男の側でよく見ようとロウは一歩踏み出した。その途端巻き上がる埃に咳き込む。
「ゲホッ…ゴホッ…どうして……」
「ああ、言い忘れていたなぁ。おじさんの後をついていくように動かないと埃が襲ってくるぞぉ」
それは言い忘れないでもらいたかった。と咳き込みながらロウは思った。しかし後の祭りであった。
「よし、これで入口が開くぞ」
咳き込んだロウをチラッと見て笑いながらも男は本棚を整理する手を止めなかった。しばらくしてようやく動きを止めるとそう言ってきたので、ロウは本棚をじっと見つめた。しかし、何も起こらない。首を傾げたところ、右の壁側から声がした。
「何してんだぁ? こっちだ、こっち。フハハ、その本棚が扉になっているとでも思ったのかぁ?」
「いえ……」
人の気を逆撫でするような態度を徹底する男である。割と沸点が高めのロウでも男の態度には苛立ってくる。
壁には先程まではなかった口があり、その奥へは下りの階段が続いていた。恐らく本棚を整理整頓したことがトリガーとなっていたのだろう。何故右側の壁にこのようなものが出来るような仕掛けにしたのかは察することは出来なかったが…どうも、人をおちょくるのが好きな人物が作ったような印象を受ける。
「そう身構えなくていいぞぉ。何も取って食おうというわけじゃないんだからなぁ。さぁ、ここはおじさんのとっておきの場所だ」
「うわぁ……」
とっておきの場所だと言われたその部屋は『猟奇的だ』という感想がまず浮かぶ。壁には剥製の魔獣の頭部、通常とは色合いが違う魔獣の皮などが飾られており、規則的に並んでいる棚には鮮血を保存しているような瓶、何かの骨、何かの牙、さらに、生まれたてくらいの獣の赤ん坊が中に漂っている瓶がずらっと並んでいた。
「どうだ? すごいだろう、ここは。さぁ、その椅子に座っておけよぉ」
男は部屋の最奥にあった机を回り込んで椅子に座った。ロウにはその向かい側に転がっていた椅子を勧めてきた。
「はぁ、そうですね……」
一つ溜息をつくと被っていた埃を払って立ち上がらせ、それに座る。その表情は少し険しい物になっていた
「少年には少し早かったかぁ?」
「いいえ。見せびらかすためにこうして置かれているならば悪趣味だとは思いますが、ここは違うのでしょう。見当違いの義憤を覚えるといったことはありません。これらも、意味があるのですよね?」
伊達にシルヴァー達と一緒に死線をくぐり抜けてきたわけではない。シルヴァー達と出会う前、ただの貴族の使用人の子どもであったときは、この部屋を見て嫌悪に引き返すか泣くかしただろうと思うが、今は冷静にこれらの意味を探ろうという心を持つことが出来る。
ここは恐らく―――ミュータント種の魔獣の研究所だ。
「Bランク冒険者なら分かるかぁ。ここでは基本的にはミュータント種の分布状況や通常種との違いを調べているんだ。悪趣味と罵られるかもしれないけどなぁ、見ての通り胎児まで研究対象としている」
胎児。
ロウは振り返った先にある棚に置かれている瓶を見た。瓶の中を無感情に漂っている獣の胎児は一種妙な迫力を感じさせる。あれはただのインテリアではなく、研究対象なのだ。可哀想だとは思わない。思わないようにしている。
「冒険者ならもう分かっていると思うが…最近は魔生物大暴走が近くなって魔獣の動きもずいぶんと変わってきているだろぉ。ギルドがまとめた報告によると、どうやらミュータント種の出現も増えているんだそうだ。最近の報告だと…この近くの森でハイドウサギ・ミュータントが確認されたなぁ。その前は帝都でブレードラビット・ミュータントが見つかったらしいなぁ」
「つまり、どういうことでしょうか」
「魔生物大暴走の時期はミュータント種の出現が多くなるということだ。ここで、ミュータント種はどのような条件で現れるのか、という疑問が湧くだろう? 少年はどんなものが思いつく?」
「そうですね…そもそも魔獣が生まれるのは空気中の魔力が一際強くなった場合ですよね。そうすると…やはり、魔力が関係しているのではないでしょうか」
「そうだなぁ。うん、同じ見解だ。ミュータント種はこれまでの発見例を調べると魔力が多い場所に現れる傾向がある」
それを聞いてロウは顎に手を当てて考え込んだ。
この町のすぐ側でミュータント種が見つかったということは、気付かぬうちに人の生活圏も魔力が高まっているということだろうか。
「実は、魔力は確かに高まっているんだよなぁ。だが、高まり方がどうも不自然なんだ。特に教国では」
そう言うと男は机から一枚の大きな紙を取り出してきた。それは、いろいろと書き込まれているが…詳細な地図であった。ぱっと見てミュータント種が場所を問わず現れていることが分かる。
「これはっ!?」
ロウは即座に身構え、男に鋭い視線を向けた。地図はあまりにも詳細すぎた。このような物があれば争いの種になってしまう。
「ああ、大丈夫大丈夫。おじさん、イイヒトダカラ。犯罪すれすれではあるけどなぁ…実は各国の代表から頼まれているし…主犯はアッシュだからどうとでもなる。確か、少年もクナッススの学院出身だろぉ?」
男は遠い目をしながらそんなことを言い放った。その言葉を聞いてロウの顔もだんだん引き攣っていく。個人情報が完全にバレている。学院長はロウ達を巻き込む気満々であったのだろう。
「僕達のパーティが巻き込まれるのは必然ですか」
「悪いなぁ…本当に。少年みたいな少年がいるとは思っていなかったんだよ。だが、巻き込まれてくれると嬉しいなぁ。というか、半年前くらいに卒業した面々は大なり小なりアッシュから無理難題を持ち込まれていると思うぞぉ」
ロウは頭を抱えた。この重大な情報をシルヴァー達にも言わなくてはならないのかと思うと、
ひょっとして、その頃から学院長は世界の問題に気が付いていたのだろうか。
「ちなみに、アッシュ学院長とはどのような関係ですか?」
「うーん…友人…はちっと違うなぁ。知り合い? 顔見知り? ……いや、下僕がしっくりくるなぁ。あいつと同期だった奴等は皆……」
予想以上にインパクトのある答えだった。男の目が虚ろを通り越している。
ロウはその様子に恐怖した。元々アッシュ学院長とはあまり会ったことは無いのだが、シルヴァー達の様子からただ者ではないと分かっていた。
「学院長は僕達に何を求めているんですか」
そう問いかけると、男の目に普通の光が戻った。
「そりゃあ、魔の森の調査さぁ。あの学院の卒業者はほとんどが魔の森でも通用する実力がついているんだ。冒険者ならたいていはあそこを目指すからなぁ」
「具体的には?」
「ああ、魔の森で魔生物大暴走が起こらないように適度に間引くことだなぁ。少年達はどちらかというと討伐が得意だろぉ?」
ロウはつい考え込んだ。
確かに、これまでこなしてきた依頼を考えてみても討伐系が多い。逆に採取系だと…少々甘い部分があるのは間違いない。
「そうですね。……その間引きとやらはやはり急がなくてはなりませんか」
「早ければ早いほど良いとは思うがなぁ…魔の森はもとから魔力が多い場所だから危急の案件ではないだろうというのがアッシュの見解だったか……? どちらにせよ、魔の森に行くまでにもっと経験を積んで貰わなくてはならないとかも言っていたから…焦ることはないわな」
それならば、焦らず自分の力不足を補っていけば良い。時間の猶予があるのは助かる。と思い、自分はかなり焦っていたようだと気が付いた。
それから、ロウは男から現状を聞き出し、シルヴァー達に言うべきこと、まだ言うべきでないことを分ける。男からもらった情報は出すべき時と出すべきではない時とがあり、その判断も任されてしまった。いくらロウでもその判断をするのは怖かった。
「なぁに、少年なら大丈夫だろぉ。時期を見るのは兎人族の嬢ちゃん…確か、ラヴィーアローズって子が上手いらしいからどうしても困ったときは相談すると良いと思うぞぉ」
本当に、アッシュ学院長は情報を出し過ぎではないだろうか。それを普通に利用する男も男で、相当のくせ者だと思える。
「おじさんとアッシュを同列に並べることはできないぞぉ。アッシュには何をしても負けるからなぁ」
ロウの思考を読んだかのように男はそう言った。
いろいろな意味で学院長と目の前の男が恐ろしく感じ始めたロウだった。