セイジョーの町1
次は8月2日の投稿を予定してます。
投稿が無理かもしれないと思ったらその旨を前日くらいにあらすじの最初の方に書きます。
カツ……
一触即発の空気の中、一つの足音がした。幸いにもそれは俺を狙う冒険者達の爆発を導くことはなかった。それというのも、そのやって来た人物が絶対零度の瞳でこちらを見ていたからだ。
俺に対する怒りかもしれない。冷や汗が背中をつたうのを感じ取る。
「……何の騒ぎだ?」
「あ、アリウム様!」
やって来た人物を見て門番達がピシッと立ち、敬礼した。
やはり、それなりの立場の人だったようだな。門番に敬礼されるということは…軍の上層か国の上層か…関わらない方が平穏であったのは間違いない。
「何故冒険者がこんなにも殺気立っているんだ。戦いたいなら闘技場へ行け。ここで戦闘するな。迷惑だ」
アリウムは瞳に冷たいモノを湛えたまま、俺の側で武器に手をかけないほどの空気を出している冒険者達を順繰りに見てから、犬を追い払うように手を振った。そして、俺の方を不自然なほど見ないで背を向けて戻って行った。
「何を偉そうにっ……!」
「おい、待て……」
俺を囲んでいたうちの一人がアリウムの動作に怒りを見せたが、近くにいた彼の…恐らくは彼のパーティメンバーが肩に手を当てて止めていた。その眉間にはしわが寄っていた。ひょっとして、アリウムのことを知っているのだろうか。
「何だよっ!」
「あの人の後ろに控えている女が目に入っていないのか。あれは敵に回すのはマズい」
彼が気にしていたのは別の人物だったらしい。そのことに何故か俺はホッとした。
「あ”?」
引き留められた男がその方向を見た。俺もつられるようにして見ると……そこには、軽く剣の柄に手を掛けたまま不敵に笑ってこちらを見ているマリの姿があった。竜峰での戦闘でも見せていなかった、本当の護衛としての姿―――俺でもゾクリとするほどの迫力があった。
「死神、だぞ。頼むから、あれとは関わらないでくれ」
「あ、ああ…そうだな」
「……死神?」
「……あの女のことだ。いや、その仲間もだな。詳しく知ることも、関わることもしない方が良い。さっきは悪かった。この忠告は詫び代わりだ」
物騒な単語が聞こえて俺は思わず呟いた。終始冷静だった男がこちらをちらりと見てマリとは関わるなと囁いた。
関わるなと言われても…すでに関わってしまっている場合、どうしたら良いのだろうか?
俺はもう一度マリを見る。彼女は既に背を向けていたが…竜峰にいたときよりもピリピリしている気がした。
「関わらない方がいい、か…俺の場合は難しいだろうな」
後で口止めはされそうだ。口封じまではされないだろうがな。
というか、こうして見ると竜峰で接していたマリ達とは思えないほど感情を抑えているよな。ゼア達メンバーもそれは同じだ。
確かに、深入りしない方が良さそうな団体に見える。
「まぁ、行くか」
俺の馬車が通るときに原因となった門番が九十度以上に深く頭を下げていたが、無言で通ることにした。
*******
さて、気を取り直して。……ようやく教国へやってきたぞ!
今俺達がいるのは教国の中でも田舎の方の町だ。町名はセイジョーというらしい。田舎という扱いなのだが、この町は比較的他国に開かれていて、交易も盛んであり、回っている金は教国一多いと言われている。平時はな。闘技大会が行われると都の方が潤うそうだ。この時ばかりは例外として公式の賭けが行われるし(教国では賭博は基本的に禁止されている)、冒険者情報からは闇賭博も盛り上がるという話を聞いた。
とりあえず、俺達はギルドへやって来た。護衛依頼の報酬を受け取るためだ。危険ルートを通ってきただけあって結構な報酬が約束されている。等分するとは言え、懐はかなり潤う。これを使って…何をしようか。俺はヨシズのように酒好きという訳でもないからな。
「ギルドカードを預かります。……ええと、護衛依頼を受けていたようですね。割符はお持ちでしょうか」
「ああ、そうだった。これが割符だ」
「はい。確かに受け取りました。報酬はパーティで分けますか?」
「そうしてくれ」
依頼の報酬はパーティメンバーで分割するか、パーティの口座(パーティ資金)に入れるかの二択を取れる。大きい金額はパーティメンバーで分けることにしている。資金の方はメンバーの誰でも自由に使えることにしてある。もちろん、減りが激しかったら問い詰めるが…今のところは増える一方だな。一番お金が掛かる馬車のメンテナンスが…必要ないから減らない。
俺が一番金掛けているのはカニ装備ではない武器だろう。それくらいしかお金を必要とする物がないとも言える。
「依頼は受けられますか?」
「いや、今日は観光するだけのつもりだ」
「そうですか。余計な騒ぎに巻き込まれたくないならばこの町の北地区には行かない方がいいですよ。あの辺りは貴族が多いので少しの揉め事も冒険者だと大きくなってしまうのです」
冒険者は貴族と相性が悪い…というか、嫌われている。全員が全員そうとは限らないのだが、傾向としてはそんな感じなのだ。それに、冒険者の中には神を信じない者が多い。宗教色の強いこの国においては、これ幸いにと事を大きくして排除しようとするのだ。
「それでは、ギルドカードをお返しします。皆様は闘技大会に参加なさるようですね。一月後の開催てすが余裕をもって都へ向かうことをおすすめします」
「ふむ…それはなぜだ?」
「闘技大会は各国から客がやって来るため宿が足りなくなることが予想されているからです。あぶれた場合は教会に寄進し、一部を借りて雑魚寝か仮設宿に宿泊することになりますが、冒険者からの評判はどちらも最悪ですから」
なるほど。そういったことがあるなら確かに早めに行って宿を確保した方が良さそうだな。
「分かった。情報ありがとう」
「いえ。ご健闘をお祈りしています」
さぁ、今日はゆっくりしよう…と、その前に……。
「宿を決めないと。どこか良いところがあるか?」
俺はそばにいたヨシズに聞いてみた。
「この町の宿は教会に近くなければどこも十分良い宿だったはずだ」
「教会が近くになければ……?」
奇妙な物言いではないか。どうしてそんな条件がつくのか。
「ああ。教会に近い宿は食事が質素なんだよ。それ以外のサービスは良いんだが……冒険者には不評だな」
もちろん、不味いわけではないのだろう。しかし、スタミナをつけるための食事が質素だとやる気が削がれる。冒険者は気力も重要だから…確かに俺達のような奴は敬遠するだろうな。
「それなら、教会から離れた宿か……」
ついでに馬車を置くところがあればなおいい。しかし、そうすると結構高い宿になってしまう。まぁ、無理だとは言わない。金なら十分ある。
俺がそこまで考えた時だった。
「宿をお探しでしたら、僕と一緒に来てもらえませんか?」
唐突に上から声が降ってきたのだ。上ということは、馬車の屋根に誰かがいる!
「誰だ!?」
咄嗟に構えてそちらを向けば、普通の服だったが見覚えのある男がいた。確か、マリのパーティメンバーの一人だ。名前はキリトだったか。魔人族だから全体的に強いはずだ。
竜峰沿いでは俺達とは特に話しておらず、影が薄かった。だからこそ、ここまで近づかれても気付けなかったということか。
危険だな。……まぁ、危険と言えば、マリのパーティメンバー全員がそうみたいだが。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。あなた方に危害を加える気はありません。ほら、僕も武器をもってませんから」
ひらひらと何も持っていない手を振る。しかし、もしゼノンのようなタイプだったらその状態でも武器になるものを潜ませている。
「ゼノン、本当かどうか分かるか?」
こういうときはその手のことに詳しい奴を当てれば良い。
「あーっ、そういえば念のため持ってきた護身用の短剣がありましたね」
キリトはするりと懐から短剣を取り出していた。
持っているじゃないか。……まぁ、予想は出来ていた。
「やっぱりな」
「結果的に嘘になってしまったのは謝ります。ですが、宿については本気ですよ。シルヴァーさんはどうやら冒険者と一騒動あったのですよね? 僕等が泊まる宿は教会に近いので冒険者の利用はありませんし、例外的に食事が美味しいんですよ」
そう、俺達は門で騒動を起こされてしまったから顔が割れてしまっている。そして、他の冒険者もよく利用する宿を選んでしまうとまた騒動になる可能性がある。それだけロータルガードの許可五年分というのは冒険者にとって喉から手が出るほど魅力的なのだ。
実にありがたい提案だと思う。
だがしかし、わざわざ俺達を離した意味をなくすかのようなこの誘いは警戒すべきだ。
「……なぜ俺達を誘う?」
その問いを聞いてキリトは苦笑いする。
「アリウム様や僕等のリーダーが気に入ったからですよ。あなた方をね」
気に入ったから、手元においておきたいという思考によるものなのだろうか? 他に何か思惑があるのかもしれないが、宿の条件は捨てがたい。
「ああ、いい忘れていましたが、宿は貸切状態なので気持ち程度に代金をいただければ結構ですよ」
「ロウ、キリトはこう言っているが…お前はどう思う?」
俺達の中で一番金銭感覚がしっかりしており、交渉事を得意とするロウに助けを求めた。冒険者に腹の裏を読むような技術を期待しないで欲しい。特に、俺はもともと人族ですらなかったのだから。
「冒険者パーティとしては珍しく、うちはお金の問題がありませんから、シル兄さんの直感で決めて大丈夫だと思います」
「そうだな…分かった。そちらの宿に邪魔させてもらおう」
かくして、宿の問題は解決した。たぶん。
だが、着々とナニカに巻き込まれている感が強まっているのには…目を背けておくか。
大丈夫だ、優秀な頭脳がこちらにはある。