閑話 マルバツテストの考察
この話を見ている皆様。シルヴァーが受けたマルバツテストなるものを覚えていたでしょうか?
私はこの話を先に書いてしまっていたので忘れ様にも忘れられませんでしたね。なにせ、執筆中小説の上の方に常に君臨していましたから(笑)
先に書き上げたもののため、食い違っているところが出ているかもしれません。気付いたことがあればご指摘ください。
「やぁ、ヨシズ。どうだった? シルヴァーさんの答案結果は」
日も暮れて、ほとんどの冒険者が宿へ戻ろうとする時間になったが、今日はギルドでは入ってくる人の方が多い。ラリュルミュスもその一人で、彼はメンバーよりも一足先に夕飯を食べ終え、広場で夜食を買い込んでから来たようだ。それはこれから行う、シルヴァーの常識具合の確認に時間を割くつもりであることを示唆するのだろう。
そんな彼が声をかけたのは中央付近に位置するテーブルの上で頭を抱えているヨシズである。
「ああ、ラリュリュミュスか……。すまん、噛んだ。どうにかならないのか、この名前」
「名前はどうにもならないね。頑張って滑舌良くしてよ」
「滑舌の問題じゃ無い気がするが……。とにかく、シルヴァーの答案だがな、5割くらい違っていた。まぁ、一問目はオレが教えてしまったからそれを抜いた記録なんだが」
「5割……。いくらなんでもそれはない」
実にこれからが不安である。
「だよなぁ。あー、疲れた。とりあえず結果まとめたから集まれー」
少々気の抜けた声で昨日常識を書くのに参加したメンバーを呼ぶ。
「 ……驚くだろうから覚悟しておけよ。まず、一問目はオレが教えてしまったから除くんだが、ああ、確かここ周辺の魔獣をソロで狩れるようになる最低ランクを問うものだったな。Cランクだと聞いて驚いていたからソロで狩れる実力をもっと下だとでも思っていたんじゃないか? だがここ最近の新Cランク冒険者はソロじゃ倒せない奴の多さを考えると実質B以上とも言えるがな。それで、魔獣関連……生息地だとか、何が毒を持っているかなどは全て合っていたぞ。誰が書いたのか知らないが、Bランクパーティで狩るような魔獣の問題も有ったが正解していた」
「「イヤイヤ、書いたのはヨシズさんでしょ。俺らはBランクには程遠いし」」
周りの冒険者は自分達が関わりの無い、というか、関われるとは思えない魔獣の情報など持つことはないので、即突っ込む。
「……こほん。続けるぞ。問題は、日常の常識を問う問題がほぼ間違っていたことだ。最後は少し引っ掛けにしてみたから上手くかかってくれていたな。結果だけ言えばこんなものだ」
「ということはシルヴァーさんには日常の常識について教えればいいだけかな? それだってその紙を利用すればすぐだよね」
「まあな。それに、常識は知っておくべきだが、必ずしもその範疇で行動しなければならない訳では無いからな。どこまで教えるべきか悩み所だな」
そう、ヨシズだって討伐時にはソロ行動は回避して狩るべしと言う常識に当てはまらない。これについては彼からシルヴァーへは強くは言えないのだ。
「常識について教えるのはいいが、シルヴァーが遅くないか?」
「最後に見かけたのは昼頃にギルドから出て来たところだな」
ある冒険者が伝えた。彼が丁度休憩している時にシルヴァーはギルドへ依頼の完了報告をしに来ていたのだ。
「それならそろそろ戻って来るはずだがな……。まさか」
ヨシズとラリュルミュスは顔を見合わせる。そして、ラリュルミュスがヨシズの言葉を継ぐように言った。
「まさか、森の奥へ入り込んでいる、なんてことは……」
あり得るかも……。そう思う彼等の脳内にはある依頼が浮かんでいた。
『急募! 森にあるポーションの材料の採取
詳しくはマチルダの工房まで マチルダ、クランチ』
話を聞いていてまさかと言う表情をしていたメンバーもこの依頼が思い浮かんだ。
実はこの依頼は大変報酬がいい。その理由は二つある。まず、採取してくる植物が平草原の向こうの森にしかなく、森の魔獣は倒しにくいということ。二つ目に、余剰分を認めたら、簡単なポーション作成を教えてくれるということが挙げられる。
ポーションの製法が伝わってしまったら薬屋や薬師がやっていけなくなると思うだろう? だが、ここで教われるポーション作成は効力で考えれば極僅かなものでしかない。また、効きやすいものほど作成難易度が上がると言うのはよく聞くことだ。
簡単なポーションは有ると便利だが、無くても困らないと言う位置付けになっている。薬を扱うところから見たら、製法が伝わっても惜しくはないということである。
さて、二人が危惧しているのはシルヴァーがこの依頼を受けて、森の中で迷っている可能性である。ポーションの材料の植物の一つ〈傷塞草〉と〈魔復草〉は森の奥深くでないと十分な効力を発揮するものが見つからないため、探し慣れていない人は自然と奥へ向かって行ってしまう。
そして、日が暮れるので森は暗くなり、道が分からなくなってしまうのだ。さらに、黄昏の切り替え時に当たれば多くの魔獣に追いかけられる羽目になる。こうなるとベテランでも迷うことがあるのだ。
「仮にそうだとしても、どうしようもないな」
ヨシズがとりあえずそう結論付ける。
「そうだね。彼の冥福を祈っとこう」
ラリュルミュスはそう言って手のひらを合わせる。シルヴァーが見ていれば『死んでねぇ!』と、突っ込むことだろう。
「助けに行くなんて意見は出ないな、やっぱり」
「「「当たり前だ。誰が魔獣の切り替え時に森へ向かうか」」」
逢う魔時。冒険者にとってこの時間はトラウマである。誰もが一度は痛い目に合っており、黄昏の恐ろしさを骨身に染みて理解している。そのため、返す言葉の速さは素晴らしいものだった。
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『黄昏の恐ろしさ〜初心冒険者に告ぐ〜』
これは、俺が心の底から恐れる黄昏時の悪夢の話だ……。
初心冒険者の諸君。先輩から黄昏時には気を付けろと、もしくは魔獣の切り替え時には注意しろと言われたことはないだろうか?
ここから、俺の体験を語ろう。これからの行動の注意喚起になればいいのだが。
……あれは、俺がクナッスス王国のドルメンで初心冒険者をしていた時のことだ。
「おい、リックス。そろそろ魔獣の切り替わり時だぞ! 急げよ」
しかし、なぜかリックスは立ち止まり、動こうとしなかった。
「なぁ、俺達はもう大分強くなったよな。丁度いいから挑んでみようぜ」
「何に……いや、言わなくてもいい。魔獣の切り替わり時にだな? 無理だ。Bランクパーティだってこの前は苦労したって」
「苦労しただけだろ? 俺達はギリギリ行けるんじゃないか。もし成功すれば最速だぞ。きっともっといい依頼が舞い込んで来るようになるんだぞ」
俺はその言葉を否定出来なかったんだ。始めの判断を通しておけば良かったのに。リックスも断固たる拒否であれば折れてくれたはずだ。目先の利益に目が眩んで自分達の実力を見誤ってしまった。
パーティの誰も反論しなかったため、俺達はそのまま元の狩場へと戻って行った。ここが、恐らく最後の引き返し時だった……。
少しして、俺達は平草原……ほら、ドルメンの近くの丈の短い草がある草原のことだ……そこに着いた。
その時、俺達の後ろから殺気が押し寄せて来た。ピギーの群れが追い立ててきたんだ。単体なら俺達で狩れるが群れはもうお手上げだ。慌てて逃げようとしたが、逃げる先は森しかなかった。そして、森からは何匹もの魔獣がこちらに向かって来ていた。挟み撃ちにされたんだ。魔獣からしてみたら、戦術ではなかったのかもしれない。偶々やって来た愚かな獲物を狙っただけなのだろう。しかし、あの時の俺達からみればまるで森中の魔獣が互いに示し合わせて来たように見えた。
パニック寸前だったが、なんとか押し留めて俺達は背中合わせになり、魔獣どもと対峙した。
どれくらい戦っていただろうか、剣を振る腕も速度が落ちてきた時、ついに恐れていたことが起こった。
「うわぁぁ!」
何かが割れる音と共に悲鳴が上がった。割れたのは剣で、悲鳴はリックスのものだった。
そして、それはパーティの陣の一角が崩れたことを意味する。何とか攻撃出来ていたのが防戦一方になってしまった。
リックスに予備の剣を渡して、体勢は立て直したが、少し気が緩んで左腕を持ってかれてしまった。
もうダメだ。と思った時、Aランクパーティが来てくれた。
「助太刀するわ! リディ、回復を急いで!」
リディ、と呼ばれていた女性は無くなった腕は元には戻せないけど、と前置きして俺の傷口を癒してくれた。もう一人の女性とガタイのいい男性は気付いたら魔獣を追い払っていた。
「無茶と無謀は違うのよ。あなた達がやったのは無謀。唯の自殺行為だわ」
ギルドへ戻って、俺達のここに来るまでの経緯を聞いて発していた言葉だ。その通りだと十分納得出来る。
彼等が言うには魔獣の切り替え時で生き残れるのは魔の森に行く資格が取れるようになってからだそうだ。俺達はまさに自殺行為をしていたに等しい。
無茶と無謀は違う。これを心に留めて危険を犯そうとする自分を抑えて欲しい。
決して、あの時の私のような思考に陥ってはならない。
義腕の教官ジン=エヴァンス