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虎は旅する  作者: しまもよう
ヒコナ帝国編
145/449

出立挨拶


 昼になる少し前に俺達はギルドへ向かった。ニットーさんに出立の挨拶をするためだ。今日もギルド内には昼間から酒を持ち込んで飲んでいる奴等がいた。


「次の闘技大会は教国だったか」

「ちょっと遠いか? けど、あれの賭けに勝てばかなり潤うんだよな」

「賭に勝てば? ハッハッハ。どうせ自分が有利になるように動くんだろ」

「暗躍と言ってくれ。俺達みたいな万年Dランク冒険者の知恵さ」


 妙に物騒なことを言っているな。闘技大会の話題か……。


「おや、貴方は確か……シルヴァーさんでしたね。依頼ですか?」


 顔馴染みになった男性職員のミシェルが声をかけてきた。彼は女性の比率が高めの受付で野郎共の嫉妬の視線を受けながらも平然と業務を行う猛者なのだ。割と頻繁に起こる冒険者からの挑戦は躊躇せずに受けてすぐさま鎮圧していた。


 恐怖からか、嫉妬からか知らないが、ミシェルが担当するカウンターはいつも空いていたので俺はそこを選択し、顔馴染みになったのだ。まれに深く考えたくない視線を感じるが、たぶん問題ない。


「いや、依頼ではない。実は、近くここを発つつもりだから世話になったニットーさんに挨拶できればと思ってな。それと、教国で行われる闘技大会について、個人と団体のどちらでエントリーしているか知りたいのだが」


「ああ、闘技大会の方はこの場で分かりますよ。ギルドカードをこちらに渡してもらえますか」


 ギルドカードで分かるのか。意外と多くの機能を持っているんだな、と驚きつつ俺は自分のものを差し出した。

 何やら操作している間、俺はぼうっと待っていた。どうも背後が騒がしい気がする。


「そう言えば、この国の貴族が推薦した奴がいるらしいぜ」

「へぇ……推薦ということは初めて参加するのか?」

「だろうな。だからこそ、狙い目でもある。初めて参加する奴はたいてい弱い」

「ギャハハ。まぁ、俺達よか、強いんだろうけどな」

「集団でかかればぷちっといけるんじゃねぇの。女子供がいれば楽なんだよな」

「ぷちっと! ハハハ」


 彼等は一体どこから情報を得てくるのだろうか。『推薦した奴』というのは俺のことかもしれない。知らないうちに情報が流れているというのは意外と怖いな。個人の特定にまで至っていないのは幸いだろう。


「ええと……おや、これは……」


「何かまずいことでもあったのか? エントリー出来ていないとか」


 俺のギルドカードを確認し終えた彼が眉をひそめて深刻そうに言ったので不安になった俺は声をかけた。


「エントリーは出来ていましたよ。ですが、シルヴァーさんは個人と団体のどちらにも参加することになっているようなんです。どちらも推薦者はハタの町の領主様のようですね」


 俺自身も眉が寄ったのを感じた。個人も団体もエントリーするのは普通、闘技大会常連かつ実力のある人物くらいだ。慣れていない者が勝ち抜くのは難しい。なぜなら、嫌でも体力がすり減り、どちらかの試合に出ることで戦い方がバレてしまうからだ。こちらの戦闘方法は知られ、相手方のものは分からない……どうしても不利になってしまう。


「両方か……闘技大会に不慣れの俺だと厳しいか?」


「どうでしょうか。シルヴァーさんは南方諸国からも生き残っていますし、準Aランクと言って良いでしょう。優勝は厳しいかもしれませんが、良いところまで行けると思いますよ。どちらの場合でも。シルヴァーさんは全く闘技大会に参加したことがないのですか?」


「いや、学院に行っていたとき闘技大会形式の模擬戦をやったな……」


 あれは記憶から飛ばしたくなるほど滅茶苦茶な戦いだった……ハッ! ダメだ、思い出しては……。


「経験はあるようですね。それならなんとかなるのでは? 両方にエントリーしている人がどちらも上位に食い込んだという記録はないので、もしシルヴァーさんがそれを達成すれば一躍有名人の仲間入りですよ」


 つまり、ベネディクトは俺がそれを出来ると考えたわけか。……いや、さすがに無理だろう? 史上初の快挙を、俺が……。ああ、なんという誘惑か……。


「分かった。両方で頑張ってみよう」


 キリッと真面目な顔をしているが、誘惑に負けた末の台詞である。俺はこの機会を逃せない。折角だからやってみようと思う。……決して口車に乗せられた訳ではない。


「では、これは問題ありませんね。あとは、ギルマスですね……では、少しお待ちください。カレンに聞いてきますので」


 実は、彼は驚くべきことにニットーさんの娘、カレンの夫なのである。だから、いろいろな意味で嫉妬と恐怖を抱かれている。そのおかげで今日まで俺に余計な騒動が降りかからなかった。だがそれも今日までだったようだ。


「……おい、聞いたか?」

「クックック……女子供がいるんじゃなぁ」

「ギルドマスターの肝煎りか? それより、あの兎人族見てみろよ」

「獣人か……あの虎っぽいのもいいよな」

「お前……」

「どのみち、つくばらせたいというのは変わらないだろ」


 俺はくるりと振り返り、聞き耳を立てていた野郎共に向けて口の端を持ち上げてみせる。俺の左右には同様にして怒りを表したヨシズやゼノンがいる。


「卑怯なまねはするなよ?」


 闘技大会前に出場者を潰そうとする輩はいないわけではないのだ。彼等がそうかどうかは別としても、俺達が闘技大会に参加すると知ってしまった奴等に釘を刺しておいて損はない。ついでに威圧してやる。最初に聞こえてきたやりとりが本当のことなら奴等はDランク。俺がちゃんと分かって警戒していると知れば大人しくなるはずだ。

 実際、俺達の様子を見ていた一部が舌打ちしてさりげなく出て行った。


「悪口にそこまで怒るのは珍しいな、シルヴァー」


「入口からずっと聞こえていたからな。闘技大会・賭け・暗躍……考えられるのは賭けた相手を勝たせるためにその対戦相手を襲うだとかそういったことだろう。しかも、ラヴィやロウを標的にして……」


 闘技大会が近くなると途端に増える冒険者達の怪我。その理由は賭に勝つために彼等のような者達が卑怯なまねをした結果なのだ。


「でも、怪我するのはたいてい襲いかかった方なんだよね」


 ただ、闘技大会に参加するのはかなり実力のある者達であるため、この時期の怪我人の多くは返り討ちによるものだというのは否めない。


「それでも、私達は侮られているのよね?」


 目は弓なりになっているが、笑っているわけではない。瞳の奥には怒りの炎が揺らめいている。そんな彼女の方を見てしまった奴等はそろって青ざめていた。怖いよな……だが、自業自得だぞ。


「無名だから仕方が無いんじゃないか」


「そうね」


「これから名を上げていくんだ。今はこんなものだろ」


「そうね」


 ……だめだ。心底お怒りでいらっしゃる。どう鎮火したものか……。

 俺にも怒りはあるが、ラヴィには負けるな。普段俺がそう言った悪口を聞き流していたから怒りが持続しないのだ。


「……卑怯なまねを平気でする奴なんて……次に見かけたら燃やしてやるから」


「ああ、そうだな……」


 しかし、いくらなんでもこの過激な反応はおかしくないか? そう思ったのだが、表情の一切を消したラヴィを前にその理由を問うことは出来なかった。


「シルヴァーさん、これから会えるそうですよ。……何かありましたか?」


 ちょうどよく戻ってきたミシェルは困惑した表情になっていた。屯していた冒険者達vs俺達という構図でありながら全員微妙にラヴィを恐れている奇妙な状態だったからだろう。


「あったといえばあったな」


「そうですか。シルヴァーさん達がそうした状態になるのは珍しいですね。それより、ニットーさんのところへ案内しましょう」


 あまりにも平然としているので逆に怖くなるな。まぁ、どこのギルド職員も肝が太いというか……図太いものだ。


「ああ、頼む、ミシェル」


「おい、待てよ。俺達に喧嘩売っておいて簡単に行かせると思ってんのか?」


 こいつらはこの場で乱闘騒ぎを起こしたいのか? それをやってしまうと恐ろしいことになりそうなのだが。ほら、ギルド職員さん達の警戒(殺気)が向けられているじゃないか……。


 気付かないのか? アホどもめ。


「流石にギルド職員さん達を敵にしてまで騒ぎを起こす気にはならないな」


「何を言って……!?」


 濃密な殺気になってようやく気付くのか。そして、動けなくなる、と。やはり、取るに足らない者達だったか。


 俺達は彼等を一瞥すると踵を返してミシェルについて奥へと向かった。



「こちらです。どうぞ」


「ああ、案内ありがとう」


 ミシェルが俺達を連れてきたのはニットーさんの執務室だった。仕事中だったんじゃないのか。悪いことをしたな。


「シルヴァーか。パーティメンバー総出でやって来たということは…この国を去るのか? 獣人についてはもういいのか?」


 ニットーさんの視線はヨシズに向けられていた。


「ああ、獣人についての情報は十分得た。だからこの国を出ることにした」


「まぁ、そろそろだろうとは思っていた。この国から教国までに竜峰があるからな」


 竜峰というのは、この世界で最も高いと言われる山のことだ。そこに現れる魔獣・魔物は恐ろしく強いのだという。眉唾物の噂ではその頂上には竜が住んでいるのだとか。……竜の存在が確認されたのはもう遙か昔のことだという。今は死に絶えているのではないかというのが俺の持論だ。だから、今の世の中にSランク冒険者はいないはずだ。暫定Sランクもしくは準Sランクと呼ばれる奴等はいると思うがな。


「良い修行の場になりそうだな」


「シルヴァー、お前なぁ……あまり自分の力を過信しない方がいいぞ。もっとも、全員で連携をとれば問題なさそうだがな」


 無論、自分の力を過信しているつもりはない。南方諸国へ行く前はその傾向はあったが、カルミアとの戦闘で訳の分からないまま意識を失うことになったあの苦い経験があるのだ。自分はそこまで強くないと悟っているさ。


「忠告感謝する」


「まぁ、頑張って勝ってこい。ヨシズも、ここまで名前を響かせろよ」


「シルヴァーといれば、いくらでもその機会はやって来るだろうから嫌でも響いてくるだろうぜ」


「ハッハッハ。余裕だな。応援しているからな」


 そして、俺達はギルドを離れ、その日の内に帝国から出立した。もちろん、護衛依頼を受けている。実は、帝国から教国へ向かうまでに竜峰があるから依頼料が高いのだ。商隊と足並みを揃えなくてはならない面倒はあるが、金は逃せない。


『帝都~教国へ 護衛

 5パーティまで募集 Bランク以上推奨

 野営具は各自で用意お願いします。

 竜峰ギリギリのルートを取るため、実力のある人を求めます。

 注意:こちらで実力を試させて貰います。

 アリウム』


 俺の目を引いたのはこの依頼だった。リスクのある道を行くということは余程急いで教国へ向かうということだ。どういった理由なのか興味が出た。簡単に教えてもらえることではないだろうが……護衛をしつつ探ってみる遊びも楽しそうだ。


 まぁ、単純に竜峰ギリギリのルートという言葉に惹かれただけだ。強敵がいるということになるからな。



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