獣塚2
獣塚には目には見えない主とやらがいるらしいとケルブは話してくれた。目には見えないのなら……透明だったりするのだろうか。まさか、幽霊とか? ヘヴン以外見たことがないが。しかし、もしヘヴンくらいの力量の幽霊がいたとしたら俺は絶対に敵対しないぞ。
「ま、心配はいらないと思うぜ。さっきも言ったが、獣人には甘いんだから」
それでも、警戒するに越したことはない。
俺は少し周りを注意して見つつ草を刈ることに精を出した。
「ふぅ~、こんなものか」
刈り始めてから十数分経っていた。獣塚の周辺を覆っていた草は全て消え去り、地面が見えるようになった。
「ここまでスッキリしたのはいつぶりだろうな。最近は引き受けられる奴が滅多にいなくなってしまったからこちらで少しずつやるしかなかったんだ」
「そうなのか? それにしては……」
ずいぶんと好き勝手に生えていた気がする。初めは地面すら丈のある草のせいで見えない有り様だったのだ。それを考えれば、よくぞ俺達は十数分でそれらを刈り終えたものだ。
……もちろん、魔法を使ったからだな。俺やロウは風魔法で一気に刈った。驚いたのはラヴィが選択した魔法だ。彼女は風魔法ではなく、土魔法を選択していた。【土人形】という魔法だ。これは想像力が物を言う魔法で、苦手な人はとことんまで苦手になる。まぁ、魔法全般そういった傾向はあるか。
ラヴィが【土人形】を使うと、まず草の根元がむくりと盛り上がり、頭に草を生やした人型の何かになった。そしてそれは彼女が指定した一ヶ所へトテトテと歩いて集まり、ブンッと頭を振って草を根っ子ごと放っていた。そして、同じ様に歩いて戻ると元の穴にはまり、ただの土になったのである。
実に奇妙な魔法の使い方だと思った。
……ああ、違った。実に器用な魔法の使い方だと思った、と言うべきだ。魔法を使える者としてその使い方は思いつかなかったなどと言いたくない。
「手が足りなかったんだ。ここに入れるのは本当に限られていたからな。それにしても、お前達は中々独特な魔法を使うな」
「そうか?」
独特なのはラヴィくらいだと思うが。俺は普通の風魔法だったぞ。多少遊び心を加えたが。風魔法と言っても想像力と魔力操作に長けていればいろいろと遊べるのだ。ずいぶんと前のように感じるが虎人族の里で魔法指導をしたときに作った水の竜。あれと似たようなことをしたのだ。具体的には動物を模らせたのだ。俺の場合は懐かしの我が虎型だ。水を飲みに行ったときに湖面に映った姿を参考にした。もっとも、風ということは魔力を捉えられないと見えないわけだが。
しかし、推定自分の姿(虎バージョン)がペシペシ地面を叩いて草を刈っていた光景は複雑な気分にさせられた。ものすごく馬鹿っぽく見えたからだ。草で遊ぶ虎。なんと間抜けなビジュアルだろうか。
「シルヴァーさん」
自分の使った魔法を思い出して微妙な気分に浸っているとラヴィが駆け寄ってきた。何かあったのだろうかと思って声がした方向を向く。
「うっ!? ゲホッ! ゴホッ!」
「やっぱ見間違いじゃないのね!」
俺が咳き込んだのは驚いたからだ。ラヴィよりも後ろの方で、獣塚の前に半透明の何者かがいた。
俺の前まで来たラヴィは反転してその半透明のモノに向けて魔法を待機させていた。俺はちらっと周りを見て、位置関係を把握する。ケルブは俺とラヴィのそばにいる。ロウは少し離れていたが、アルがそのそばにいるから大丈夫だろう。そして何故かラヴィが俺の前にいることを確認する。
……ちょっと待て。俺が守られる側なのか!?
「ラヴィ、下がれ」
「そちらこそ。半透明ということは物理的な攻撃が効かないかもしれないのよ。あれと対峙すべきなのは私なの。心配しなくても、守ってあげるわ」
守るのは俺だ! ……と言いたいところだったが、ラヴィの主張は正論だと思った。まだ敵だと決まったわけではないが、万が一あれと戦うことになったら、魔法が一番効きそうではあるのだ。
だが、その前に。
「ケルブ! あれの正体は分かるか!?」
俺は相手を警戒しながらそばにいたケルブに尋ねた。ひょっとしたら墓守である彼が知っているかもしれないと思ったのだ。
「悪いが、確証はないぜ……だが、あの方は、太古の虎人族かもしれない。あちらこちらを旅して様々な人を助けたという伝説が残っている……」
「虎人族!?」
どうみても虎である。間違いなく。ホワイトタイガーだと思うのだが……。半透明だから余計にそう思ってしまうのかもしれなかった。
とはいえ、元・虎の俺も人化することで虎人族として生きている。普通の人の認識も『ちょっと変わった色彩の虎人族』だからな。ひょっとしたらそんな感じに人化できた虎なのかもしれないな。
「敵ではない?」
今のところ、虎はこちらを襲おうとはしていない。
「そのように見えるんだが……」
ケルブが言葉を濁した。こちらに危害を加えないとも言い切れないのだ。彼にとっても初めての事態だとうかがえる。どうして俺達が依頼を受けてきたこのタイミングで現れるのだろうか……。
「どうしましょうか?」
「話が通じるかどうかくらいはな……おーい! そこの虎っ! お前はこちらを襲うつもりはないか? ないなら一鳴きしてくれ!」
どうも敵対方向にも動けないようなのでとりあえず相手方に攻撃の意思があるかどうかを問い掛けた。
ガウッ!《私は危害を加えるつもりはないよ》
「おお……それならいいか。事情を聞かせてもらえるか?」
理性的な返事が返ってきたので(たぶん言葉として聞こえたのは俺だけだろうが)どうして現れたのか話して貰うことにした。それにしても、意外と柔らかい話し方だ。俺の方が雑な話し方だなと思う。冒険者を参考にしたから仕方が無いのだが。
がうぅ……《話すのはいいけど、ちょっと待ってくれるかな》
そして彼(声の感じからして優男系だと判断した)は三回回ってワン……ではなく、普通(?)にボフンっと煙を発生させて人化した。
「おっと……悪ふざけの設定がそのままだったようだね」
煙が晴れて現れた姿は……虎柄の服のセットだった。いや、着ている人はいるのだがそれ以上の衝撃のせいでそちらの方が認識されなかったのだ。奇抜にも程があると言いたい。
「悪ふざけって……」
「あ~、ちょっと死ぬ前にヘヴンっていう幽霊と話をしていてね。昔を思い出してふざけていて……そのままだったらしいね」
……いや、今……俺の聞き間違いか?
「今、ヘヴンって言ったか?」
「ああ、うん……その反応は、まだあいつ、いるんだね」
やけに親しげじゃないか。いったいいつヘヴンと知り合ったのだろうか。
「一応連絡取れるんだが……やるか?」
「連絡だと? ……あ、違った。えーと、ヘヴンって確か過去に行っちゃったからそう簡単に連絡を取ることは出来ないはずだけど。まさか、この時代が過去なのか……?」
口調が安定していないな。何か隠しているのか?
俺は少し警戒したが、そこまで悪い人物とも思えなかったので素直に教えることにした。
「いや、魔道具があるんだ」
ほら、と俺は鈴を見せた。すると、彼は目を見開いて驚いていた。
「通話ベルか! まだ使えたんだね……まぁ、それを持っているならヘヴンと話せるか。ああ、わざわざあいつに連絡取る必要は無いし、それは貴重だから無くさないようにね」
「ああ、忠告感謝する。それで、お前は何者なんだ」
「さて……何者なんだろうね。長く長く生きて……人生に満足していったのが生前の記憶だ。だから、幸せに生きた虎人族というところじゃないかな」
絶対にそれだけじゃ無いと思うが……知られたくないのかもしれないな。
「ああ、そうだ。突然だったから自己紹介もしていなかったな。俺はシルヴァーという。こちらの兎人族の女性はラヴィーアローズで、そこの狼がアル、その後ろにいるのがロウだ」
俺は残る一人……ケルブに目を向けた。俺が紹介して良いか、と視線で問うたのだ。他のメンバーは俺のパーティだからな。
彼は自分で名乗ることにしたようで、未だに奇抜な格好をしている虎人族の幽霊? の前まで進むと跪いた。
「ずっとここにいらしたのならば知っているかもしれませんが、墓守のケルブと申します」
「ああ、知っているよ。けど、私に対してそんなにかしこまった口調にならなくていい」
「しかし……」
「本当に。私はもうとっくに死んだ人物なんだよ? こうして起きたときに目の前で苦しんでいた人に助言することはあったかもしれないけど、それしか出来ないんだから。誰かに敬われるような者じゃない。私はラプラタというんだ。気楽に呼んでいいよ。それよりも、今の時代の話を聞かせてくれるかい」
そう言われたので俺は自分が分かっている限りの話を簡単にラプラタに教えた。南方諸国の話についてはケルブも知らなかったようで、驚いていた。話しておいてなんだが……話して良かったんだよな?
「お前ら、南方諸国へ行っていたのかよ。よく帰ってこられたな」
「ニットーさんが頑張っていたからな。俺達は大して役に立っていなかった気がする」
「ああ、それでカレンちゃんの雰囲気が和らいだのか……いや、ギルド全体でピリピリした感じがなくなっていたな。そういえば……」
カレンちゃん? ニットーさんの娘さんのことか。ちゃん付けするほど可愛らしい者じゃなかった気がするが……言わない方が良さそうだな。気付いたら後ろを取られて刺されかねない。俺は貝になる。
「うーん……私が力になれる段階を越えている気がするね。復興に入っているなら私のような人類を止めているモノが関わらない方が良いだろうし」
ヘヴンと同じようなことを言っているな。類は友を呼ぶ? いや、流石にあいつと一緒にされたくはないか。
「そうだな。手は出さない方が良い。俺達もそう思って早々にこちらに戻って来たんだ」
「それならどうしてこのタイミングで私は目覚めたのだろうね。う~ん、君。やっぱり通話ベル借りてもいいかい?」
「それはもちろん」
俺はラプラタに鈴を渡す。彼は慣れた手つきでそれを起動させた。
『おはこんにちばんわっ!』
「ごめん、人違いだった。……さて、私が目覚めた理由について少し話しておこうかな」
ふざけた応答を聞いて即座にラプラタは鈴の機能を切っていた。俺にも覚えがあるけんもほろろな対応だった。そして、こちらには完璧な笑みを向けてくる。なかったことにしたのか。俺も触れないことにする。
「シルヴァー。君の話によれば、今世界中で魔生物大暴走が起こりかけているそうだね。私はそれが理由で目覚めたのではないかと思うんだ」
危機的状況下で目覚めるということだろうか。
「その魔生物大発生を鎮めるために?」
ラヴィさんも同じように考えたらしい。俺がしようとした質問そのままだ。
「いいや、私一人でそんなことは出来ないよ。けれど、何かの力にはなれる……かもしれないね。本当はそのことについてヘヴンと相談したかったのだけど、あの調子じゃね」
あのハイテンションに付き合うには気力がもたないか。
「じゃあ、ラプラタはこれからどうするんだ? 俺達は近いうちに帝都を出るから鈴を貸せないのだが」
「ああ、そうだよね……正直、直接会って話した方がいい気もするから……君は、ヘヴンの居場所を知っていたりするかな?」
その質問に俺はどう答えるべきか迷った。あの場所はおいそれとは口に出せないのだ。俺の保身的な意味で。貴族に狙われたくはないだろう?
「誰にも話さないと約束できるのなら教えてもいいが……といっても詳しい場所は知らないぞ。地名程度だ」
「それでもいいよ。それじゃあ、君と私以外は聞こえないように魔法を使おうか【壁に耳無し】」
ラヴィに勝るとも劣らない独特な魔法だな……。
ちらっとラヴィを見るとその瞳が輝いていた。ランランとかギラギラという音をつけたくなる感じだ。獲物を見つけた肉食獣かと問いたくなるな。まぁ、それは置いておこう。
「これで、彼等には聞こえないしこちらの様子もよく見えないはずだよ。ヘヴンはどこに?」
「おそらく、妖精郷という場所だ。本当にどの位置にあるのかは分からないが、世界のどこかにいる」
「いや、それ当たり前だよね。……妖精郷ね。思い当たるところがあるから行ってみようかな。霊体は自由だと言っていたから問題なく行けるはず」
と言ってラプラタは消えてしまった。
――あ、墓守さんによろしく言っておいて。
そんな言葉が風に残された。それと同時に魔法も解ける。
「……とまぁ、何か勝手に納得して行ったようだ。ケルブ。ラプラタがよろしくと言っていたぞ。何をよろしくすれば良いのかさっぱり分からないが」
俺は数回瞬きをして振り返り、この場にいる全員を視界に収めてそう言った。
「獣塚の維持じゃねぇか? 言われずともやっておくが。とりあえず、いろいろと思考を整理したいな。小屋へ行くか……」
こちらとしても考える時間が出来るのはありがたい。