シルヴァーの寄り道2
歩けども歩けども草原。緑の野原。ああ、何と目に良い緑。緑はリラックス効果があると聞くが、今の俺の状況では真逆の効能だな。イライラする。
「……おい、本当にデュクレス帝国に着くのか!?」
ヘヴンが以前に言った通りに転移したのはいいが、それだけでデュクレス帝国に着くことはなかったらしい。羽の生えた小さい美女達(確かこういった存在を妖精と言うのだったか?)のうちの数匹がデュクレス帝国に案内してくれるというのでついていったのだが、一向に着かない。思わず心の叫びが迸ってしまった。
しかし……確かデュクレス帝国の移転先を【果てなき草原】の入り口にしていなかっただろうか。
俺は正面を向き確認する。現在地は地平線の先まで続いている草原だな。これこそ果てなき草原と言うべき場所ではないか。入り口はどこだ。
「キャハハハハ。引っかかった引っかかった。アホ~」
「ウフフフフ。着くわけないじゃない。大ボケ~」
思わず潰したくなるような声を掛けてくる妖精どもを睨む。もともとあまりいい予感はしなかったがこいつらは俺を案内する気はなかったのではないか。
「もういい、お前達の案内など信用しない。とっとと失せろ」
「今さら今さら気付いたの」
「くすくす。どうせ出られないのよ」
ケラケラと笑いながら言われたその言葉に俺は青ざめる。
「どういうことだ」
彼女達はニヤリと美人の顔を悪どく歪めると俺にとって最悪な事を口々に言ってきた。
「お前は踏み込んでしまったのよ」
「妖精の迷路に」
「生き物の命を奪い尽くす」
「無限に続く回廊に」
「「「「キャハハハハ……」」」」
まさかの命の危機。どうしたらいいんだ!?
鈍っていた頭を無理矢理回転させる。ここに来たときから俺はこいつらの妙な魔法にかかっていたようだ。
とりあえず、こいつらが消えてしまうと脱出する方法を聞き出すこともできなくなるので正しく絶体絶命の状況になる。最低一匹は捕獲しておかないとな。
俺はケラケラ笑いながら周囲を飛ぶ鬱陶しい羽虫を睨み付けた。
「「「「きゃ~、こわ~い」」」」
手で掴もうとしてもするりと抜けてしまう。空気を掴もうとしている気分だ。思わず舌打ちをしてしまう。
「チッ……【ウィンドプリズン】」
この魔法が作り出す風に引っ掛かればいかに妖精であろうとも捕らわれるはず。そして捕らわれてしまえばそう簡単には出られない。使うと風に乗って自分に当たってしまう可能性があるため、魔法を使えないからだ。
「「!?」」
「「きゃーー!」」
二匹捕らえたっ!
「やだ、何これ! 出られないわ!」
「この、クソ虎め……!」
「大変っ! 今助けるからね!」
「あいつを殺ればいいだけだもの!」
しかし、逃した二匹がこちらを向き、何か魔法を使おうとする。攻撃魔法だろうな。どの属性が飛んでくるかさえ分かれば対処のしようもあるのだが、妖精の魔法は分かりにくいのだ。
「【ストーム】!」
「【ファイア】!」
「「消し炭になってしまえっ!」」
……物騒な。しかし、ただで殺されるわけにはいかない。
「【ブリザード】」
風の牢を維持しつつ上級魔法を使うのはかなりキツイ。しかし、異なる属性の魔力を扱えるようになっていたからきついだけで済んでいる。慣れていなければ発動もしなかっただろう。俺が慣れていたのは……ほら、【水雷竜】を使えるように訓練していたからだろうな。
十数秒俺達は魔法をぶつけ合った。しかし、そろそろ魔力が切れそうだ。そうなると風の牢も【ブリザード】も消えてしまう。そしてあのファイアーストームが俺に襲いかかってくるのだろうから……死ぬだろうな。
「くっ…そ……」
「やっちゃえ~」
「いけるいける!」
妖精の魔力は底無しなのか!? 困ったことに魔法が弱まる気配が全く無い。威力が変わっていないということは最初から注ぐ魔力量が変わっていないことを意味する。魔法を継続させる分に必要な量は少なく済む場合が多いが、そんなに長い間注げるものだろうか?
「馬鹿ね! 一人で上級魔法使っていればすぐに魔力切れになるに決まってるじゃない」
「それでもここまで長く持つとは思っていなかったけどね!」
なるほど。そういえば目の前の妖精が使ったのは【ストーム】と【ファイア】だったか。初級魔法だから使用魔力量も少ない。意外と考えていたんだな。いや……俺が考えなしだったのか。
「こっちも弱まってるよ~」
「いけるいける!」
今度は風の牢に閉じ込めていた方も抵抗をし始めた。力はそんなにないのか、弱いものだったが、抵抗は抵抗。維持するのも辛くなってきた。
そして、ついブリザードの方も緩めてしまう。
「よし! 勝ったね!」
「消し炭になれ~!」
俺に迫ってくるファイアーストーム。風の牢も霧散してしまった。もはや、ここまでか……。
死にたくはない。だが、抗うだけの力が無い。
そのとき
「何をしているんだお前達はっ!! 付与【ロスト・マジック】!!」
一陣の風とともに横から飛び込んできた男の妖精が手に持っていた槍に魔法を付与すると、俺に迫っていたファイアーストームを切り捨てた。どうやら死なずにすんだようだ。助かったのだろうか。彼もまた妖精のようだが……。
「そこへ直れっ! 逃げるな、【バインド】! それに、お前達の魔力は覚えたぞ。追って長老から沙汰が下されるだろう。客人を迎えに行ったまま戻ってこないから慌てて様子を見に来てみればっ! ああもう! 野放しにするんじゃなかった!」
常識的な妖精とでも言えば良いのか。彼は俺に敵意を向けていた美女妖精四匹を拘束するやいなや叱り飛ばし頭を抱えて身悶えしていた。苦労人の気配。
「というか、客人? ヘヴンは俺がこちらに来たことに気付いているのか?」
もしかして、と思って聞いてみた。
「……その通りです。しかし、貴方がこちらに来るのは初めてでしょう。多少のズレがあるかもしれないという話で、私が迎えに参上する予定だったのです。しかし、そこの四匹が客人の案内をすると自ら立候補したので……妖精の中でも問題児でしたが、任せてみたのです」
それがまさかあんなことになっているとは……。と後悔が浮かぶ表情で深く頭を下げてきた。あの四匹は問題児だったのか。
「まぁ、事情は分かった。苦労しているみたいだな」
「はい……もう、気付いたら客人を殺そうとしているとか…本当に申し訳ありません。無償奉仕でも何でもさせますから」
「まぁ……二度と悪戯しようと考えないくらいに反省させることが出来ればな」
「そうですね。とりあえず飼ってみますか?」
「狩ってみる? 狩りをするのか?」
冗談交じりに言った俺の言葉に真面目な顔で返してきたと思ったら『狩ってみる』? 妙な言葉が返ってきたな。
「……ああ、意味を取り違えているようですね。私が言っているのはあれらをペットとして飼ってはどうかということです」
「ああ、そうだったのか。俺はてっきりあれを獲物として擬似的に狩りをするものだと……」
俺の方が酷い提案だったな。流石に美女な妖精をそういった風に扱うのは可哀想か。
「それ、いいですね! 今度から【妖精郷】におけるお仕置きをそれにしましょうか」
「い~や~!」
「殺されちゃう!」
「フィル、ひどい~!」
ものすごく目を輝かせて賛成したヒトデナシがいたぞ……。これには流石の四匹も喚いていた。
「だったらあのように悪質な悪戯をしなければ良かったのですよ」
The 正論。俺は擁護しないぞ。
「とりあえず、ここからは私がデュクレス帝国へ案内いたします。余計な四匹は強制送還してしまいましょう」
彼がそう言ってパンパンと手を叩いて【戻れ】と呟くと四匹はどこかに吸い込まれるようにして消えた。
「……今のは?」
「妖精魔法の一つです。私達の里へ強制送還したのですよ。実はあの魔法は失伝していたのですが、ヘヴン様の知識にありまして。無理を言って教えてもらったのです。……全てはあの四匹を捕獲してすぐに連れ帰るために!」
本当に苦労しているようだ。こちらがホロリとしてしまう。
「ガンバレ」
「はいっ!」
何故かこの妖精が可愛く見えてきてしまった。