帰還:ロータルガード1
俺達は馬車を引っ張ってくる。森に突入する前に馬車に使っていた魔法陣はしっかり機能していたらしく、無事だった。
「すごいな、この馬車は」
「あ、分かりますか? 快適空間、空間拡張、自動修復、獣除けの魔術陣つきの超高級馬車なんですよ。いつかこれが主流になったらいいと思っていて」
帝都までニットーさんも俺達の馬車に同乗することになった。そして中に入ってすぐに感嘆した様子で馬車を褒めてくれた。それを聞いてロウが暴走した。
「四つも魔術陣を付けられるのか。もしかして、クナッススの王都で買ったのか?」
「シル兄さんがお礼にもらったんです。このレベルの馬車はまだ正式に発売されていないので本当にすごいことですよね」
「そうだな。……ロウといったか。正直に言うとそういった事はあまり話さない方がいいぞ。特に帝都では気を付けろ。情けない話だが、帝都の貴族は冒険者を見下していて、そんなにいい物を持っているならば献上しろと言ってくる可能性が高い。あいつらはそれを誉れだと思っているどうしようもないアホだからな……」
……絶対に言わないようにしよう。余計な騒動を起こすのも起こされるのもごめんだからな。
「いくら帝国貴族でも……そこまで何ですか!? カストル公爵様から聞いたことはありますが……」
「おいおい、カストル公ってクナッススの詐欺文官か? お前達は意外といい伝があるんだな」
詐欺文官……確かに見た目はな……。俺も思ったことだから否定できない。
「元々僕は公爵様の使用人の子どもだったんです。訳あってシル兄さんと一緒に旅をしていますが」
「ああ、いい、いい。探るつもりじゃなかったんだ。冒険者はいろいろ生い立ち諸々知られたくない人が多いから、お前もわざわざ話す必要は無い。カストル公と知り合いなら万が一貴族に目を付けられても何とかなる。特にこの馬車はかなり最新のようだからな」
そんなことを話しながらまずはロータルガードを目指す。
「ニットーさんは帝都に戻ったらどう動くんだ?」
ふと、このまま何も考えずに帝都に行ったら俺達も余計な騒動に巻き込まれるのではないかと思った。何せ、俺達が持っていく報は南方諸国の問題が収束し始めたことになるからだ。古今東西、国が危機感を持つほどの規模の災害を止めた存在は英雄として祭り上げられる。俺達は最後の端役だったからそんなことにはならないだろうが、ニットーさんは違うだろう。
「そうだな……とりあえず、国皇陛下に上奏してからギルドの依頼を物資支援中心に変えるかな。出来るだけ表に出ないようにしないと。帝都のギルドまではこの馬車で送ってもらいたいが、可能か?」
「大丈夫だろう」
「それは助かる」
ただ、アルが馬車を引いているとかなり目立ってしまうだろう。そうするとニットーさんが無事にいることがばれて俺達までもみくちゃに……。絶対回避したいところだ。
「ロウ。ロータルガードかハタの町で馬を買う余裕はあるか?」
「資金は十分あります。でも、どうしてですか? アルが引いてくれるというなら甘えておけば良いのではありませんか?」
「いや、アルが引いていると嫌でも目に付くだろう。そうするとニットーさんが無事にいることがばれやすくなる」
そこまで言って俺が何を危惧しているのか分かったらしい。ロウはしきりに頷いていた。
「なるほど、それならば馬車の体でいた方が目立ちませんね。分かりました、どちらかの町で買っておきます」
そして、ロータルガードにたどり着く。そこに着くまでに俺やロウはニットーさんに稽古をつけてもらっていた。あの人が基本的に使う武器は剣だったのだが、その気になれば槍でも斧でも実用レベルで使えるらしい。ゼノンの特製暗器にさえも二、三回振り回して「……使えそうだな」と呟いたかと思うと次の瞬間にはほぼ完璧に使えるようになっていた。
「嘘でしょ……」
唖然として呟いたゼノンに同意した。神がかった才能だと思う。まぁ、そんな人だから武器の指導は大変ためになった。
ロータルガードの門では前に言われたことと全く同じことを言われる。俺達は五年物の利用許可を持っているからそれを出せばいい。ただ、これを適用できるのはあくまでも俺のパーティメンバーだけらしい。ニットーさんが審査なしには入れるかどうかは分からない。
「利用許可がある者は右へ、ない者は左へ並んでくれ」
こちら側の列は短い。やはり南方諸国側だからだろうか。
「……五年ものか。珍しいな。よし、問題なし! ……っと言いたいところだが一人適応されていない者がいるな」
「……分かるものなんだな」
思わず感心する。どのような技術によるものだろうか。まぁ、冒険者ごときが教えてもらえることではないが。
「で、出せるのか?」
「ああ、大丈夫だ。ただ……騒いでくれるなよ」
馬車からローブ姿のニットーさんが出てくる。門番は怪訝な表情だが、職務をこなそうと差し出されたカードを手に取る。
「な、にっぃ……!?」
思いっきり叫ぼうとしたのでニットーさんが素早く彼の口を押さえた。掌と口が当たってベチンっといい音がした。痛いだろうな、あれ。
「悪いな。騒ぎはどうせ起こるんだから、今は出来るだけ静かに通してもらいたい」
「は、はい! どうぞお通りください」
ニットーさんは顔が見えるようにフードの前の方を人差し指で少し上げる。門番はローブが間違いなくニットーさんだと分かったからか、頬が少し上気している。
……憧れからなんだろうな? まぁ、それ以外の理由は思い浮かばないが。ああ、何も浮かばない。浮かんでなど、いない。
気を取り直して、ロータルガードでは一泊する予定なので宿をとらなくてはならない。どこにするか……。
「【白尾の黒兎亭】でいいか?」
「良いんじゃないか?」
自分が泊まったことがある宿ならば自信を持って選択できる。あの宿は当たりだと思う。一番肝心の情報の扱いはしっかりしている。
「いらっしゃい。泊まりの客かね?」
「ああ、七人だが……」
「……二人部屋と六人部屋でどうかね。先日は用意してやれなかっただろう」
俺達が前にロータルガードに来たときは二人部屋が空いていなくて、ラヴィさんの妥協で大部屋になった。その時のことを覚えていてくれたのか。
「どうだ? ラヴィさんに二人部屋を、俺達は六人部屋にしてもいいか?」
「私が二人部屋でいいの? ……あ、その、助かるけれど」
こちらの男性陣はニットーさんも構わないと言ってくれたので宿の主のおすすめ通りに宿を取った。俺達はパーティだから同じ部屋でも問題ないが、ニットーさんは違う。それなりに気を使ってくれているから本来ならば二人部屋を譲るべきなのだろうが、今正体がばれてしまうのはまずいのだ。邪推されないように動かなくてはならない。
「その方がいいと思うぞ。後で様子を見に行くから」
「分かったわ。ノックはしてよ?」
「あ、当たり前だろう」
女性の部屋を訪ねるときにノックしないで入るなんて無作法はできない。フルボッコにされても文句は言えない。
「……決まったかね?」
「ああ、二人部屋と六人部屋を頼む」
「はいよ、これが鍵だ。そこまで近い部屋というわけではないが、出来るだけ近い部屋にしておいた」
さらりとこういった配慮をしてくれるというのは本当に助かる。いい宿の証だな。
「助かる」
「なに、また利用してくれればいい」
「いずれまた、な」
部屋に行って、俺達は明日からの予定を確認し合った。今回はロータルガードに長く滞在するつもりはない。帝都への道を急ぐのだ。
「ここからハタの町までは半日かからない。だから出立は明日の昼からでも間に合うと思う」
「なるほど。シルヴァー達はここで何かやりたいことでもあるのか?」
「そうだな……フラウさん達に挨拶していきたいところだ。あの装備の調整をしてくれたところだからな」
「あの装備というと……カニのあれか」
「そうだな。防具は無理と言われたが武器の方は扱えると言っていた」
「大した技術を持っているんだな。落ち着いた頃に俺も頼んでみるか……」
あの種の装備は手入れも難しい。武器は摩耗していくものだしな。それに、あのような装備は強敵相手に使うようになる。だから余計に消耗が激しくなりがちだし、万が一の時のために万全の状態にしておきたいという気持ちになる。しかし、問題は扱える職人がいない。これに尽きる。
「どうせなら顔つなぎに紹介しておこうか。その方が後で依頼するときにも楽だろう」
「そうだな。そうしてもらえると助かる」
よし、明日はニットーさんをフラウのところに連れて行く、と。そうすると、昼をこの町で食べてからの出発になりそうだな。