エルフの住居攻防戦 終幕
ドカンッ……バタンッと上階から何かを破壊しているような音が響いてくる。広間の天井からもパラパラと埃が舞い落ちてくる。俺は……いや、俺達はそれをただ受けるしか出来ない。カルミアというエルフが最後に何かした後、俺達は動けなくなってしまった。痛みはないが……唯々動けない。
上では一体何が起こっているのだろうか。それ以前にいろいろと分からないことが多すぎる。
「あ……もう動けるみたいよ」
まずゼノンが気付き、俺も体を動かしてみた。ちゃんと意思通りに動く。
「……確かに。一体何をされたんだろうな」
「魔法でしょう」
「抵抗も出来ませんでした」
「魔法か? それにしては俺も動けなくなっていたのだが……」
「ああ、そういえば。それなら、エルフの特殊技能かしら?」
「もしそうだったら、装備ばかりを頼りにしていては取り返しのつかないことになってしまうかもしれないな」
体を起こし、埃を払う。ここからどう動けば良いのか。彼女は最後に生き残ってくださいなどと言っていた。まさかと思うが、上階の騒ぎがここまで来るのだろうか。
「カルミアねえさま……」
アリアは上へと続く階段をじっと見つめている。
「アリア。この先には行ってはならない。カルミアは恐らく腹心達と最後の戦いをしている」
最後の戦い、か。確かに彼女が最後にまとっていたのは死地に赴く戦士の雰囲気だった。もう分からないことが多すぎて困る。
「……わかりました。ニットー、みなで神樹のそとへにげます」
アリアはそう宣言するとピィーッと指笛を吹いた。何かの合図だろうか。
「ニットーさん。オレ達は状況が良く分かっていない。後で全て話してもらえるか?」
「あー、まぁ、話せればな。ところで、話は変わるんだが、お前達はあの窓へ自力で上がれるか?」
「ゼノンの補助があれば行けると思うが」
俺達はニットーさんが指さす高窓を見上げる。まさか、あそこから逃げるというのか。
「あの……もしかして、あそこから脱出しようと?」
「ああ、そうだが」
何を当たり前のことを、と言うような顔をしないで欲しい。
「ここ……かなり高いですよね?」
「まぁ、そうだな。高いところは苦手か? だが、急いで出て行かないと巻き込まれるぞ。戦闘にも、神樹の倒壊にも」
「「神樹の倒壊!?」」
俺とロウが同じように驚きの声を上げた。しかし、その他の皆は悟りきった顔になっていた。
「そう来るだろうなと思っていたわ。彼女達が恐ろしい勢いで魔力を使っているもの」
「それに、振動もひどくなっているからな。それくらいあってもおかしくないと思っていた」
確かに縦揺れと横揺れが激しくなってきている。本当に倒壊するというなら急いで脱出しないと。個人的にはカルミアから全てを聞き出したかった。どうしてか憎みきれない理由を知りたかった。
「彼等は本当に死ぬ気なのか……」
「おねえさまのかくごは理解しました。あのやさしいねえさまのことです。アリアたちのわるいようにはしないはずです。……みをとして敵をほろぼしてくれるでしょう」
アリアはねえさまのかくごをむだにしたくはありません。少女はそう言った。それは俺達がカルミアを追うことを諦めるように告げる言葉で……俺は物語の脇役に甘んじることを受け入れた。
「そうだな。俺達は外に出るか」
「ちょ、ちょっと待って! 外に出るのは良いけどさ、そっからどうするの!? シル兄ちゃんも何で平然としているの。飛び降りるの。死ぬよ?」
「別に【浮遊】を使って落下速度を落とせば大丈夫だろう」
どうやらゼノンは焦りが出てきているようだ。上階の破壊音もひときわ激しくなっているから仕方ない。
「とりあえず、行くぞ。これ以上長居はしていられない」
ニットーさんがそう言うので俺達も覚悟を決めて窓へと上る。ここは思った以上に高いところだったらしく、風が轟々と吹いていて地上がかすんでいる。これは【浮遊】のタイミングを間違えればお陀仏だな。
「イテッ。なんや、コレて……木の破片……マジで?」
モズが上を見上げて唖然とした。それにつられて俺も上を見上げた。木の壁の一部から炎が吹き上がり、破片がパラパラと落ちてきている。
「おいおい……どうなっているんだ」
「カルミアねえさま……」
「ここはもう本当に危険だ。アリア、カルラ達はまだ来ないのか」
「もうすぐくるわ……ほら」
クアーッ
赤色の化け鳥を先頭にして青と緑の化け鳥とその後ろには羽の生えたうさぎが二羽飛んできていた。
「うさぎ? 空飛ぶうさぎ? ねぇ何で飛んでいるの!?」
「質問はあとだ、坊主。行くぞ」
「えっ、うそだああああああっ!」
哀れ、ゼノン。しびれを切らしたニットーさんに首根っこを掴まれて一番に空中に身を躍らせていった。
「カルラたちがうけとめてくれるからだいじょうぶ」
次にアリアが躊躇すること無く空中に身を投げ出した。実際にニットーさんは緑の化け鳥が、ゼノンは空跳ぶうさぎが受け止めていた。アリアも同じように赤の化け鳥が受け止めた。おそらくあれがカルラと呼ばれている鳥だろう。
「俺は自前の羽があるから先に行くな~」
「私は青の子に受け止めてもらおうかしら。自前で浮けるけどそんなに速く飛べないのよね」
モズが飛び立ち、ラヴィさんは待機していた青の化け鳥に飛び乗った。
「俺達は飛び降りる組か。あの羽うさぎ、ちゃんと受け止めてくれるんだろうな?」
がぅ……
俺とアル(子狼様)が最後に飛び降りた。だがあの羽うさぎ、直前で妙に怯えだして危うく俺達が墜落するところだった。本当に肝が冷えたぞ。
「うさぎ、そんなに怯えなくてもいいと思うぞ」
ちょっと首筋を撫でてみる。ふわっふわでさわり心地良いな。
キューゥ……
それでも怯えたままだ。これは無理かもしれないな。しばらく耐えてもらおう。しかし、どうしてこんなに怯えるのだろうか。
「あ! シル兄ちゃん、見て、神樹が……!」
ふとこちらを振り向いたゼノンが唖然として俺の背後を指さした。肩越しに振り返ってみると木の中腹から折れたかと思うと、何やら強い魔力の渦が現れて神樹自体が消えてしまった。
「一体何が起こったんだ?」
「神樹のときもどしのまほうです。いっていのそんがいをうけたとき、神樹はみずからを芽のじょうたいにもどすまほうをかけるのです」
「……もしかして、カルミアというエルフはあれに巻き込まれてしまったのではないか」
「たしかに、カルミアねえさまはときもどしのまほうにまきこまれたかもしれません。けれど……神樹がそのまほうをつかえたということは、ないぶではもうだれも生きていないということです」
カルミアも、『博士』も命を落としたということか。彼女は俺達にとっては悪だったが、実際はどうなんだろうな。アリアがこれほどまで慕っている人物を悪だと断ずることは出来ないと思う。アリアにとってカルミアは愛する姉であることは変わらなかったのだろう。
アリアが流した一筋の涙はそれほど透明な想いが込められていた。
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あれから、俺達は鳥人族の里を目指した。ニットーさんが逃がしたエルフ達は皆そこにいるらしい。今回の事件について詳しい話はそこにいるエルフの王がしてくれるそうだ。
「あそこが鳥人族の里や! 歓迎するで」
モズの先導で俺達は里で一番大きい屋敷にやって来た。出迎えてくれたのは恐ろしく容姿の整った長身の男性だった。
「帰ったか、モズ……ニットー? アリア? それに、その者達は……」
「おとうさま!」
アリアがそう叫んで男性に飛びついた。その単語を聞いて俺達の間に衝撃が走った。これがエルフの王か。若々しいにもほどがある。
「アリア……無事で良かった」
「でも、カルミアねえさまは……」
「……そうだな。アリアはよくやったよ。カルミアも本懐を遂げていったのだろう」
プゥプゥ!
アリアに続いて羽うさぎまでがエルフの王に甘えて居る。俺達を放り出して。
「態度が違いすぎるだろう。どうして俺には怯えるんだか」
「それはあれらがうさぎで、お前達が肉食獣だからだろう」
俺のちょっとした疑問はエルフの王が即答してくれた。なるほど、考えてみれば俺は虎、アルは小さくなっていたとはいえ、狼だ。うさぎを捕食する側だったな。
図体はあちらの方が大きいというのに、こちらが肉食獣であるだけで怯えるのか。羽があろうが空を飛ぼうが、うさぎはうさぎだったか。
「とりあえず、中へ入ったらどうだ。いろいろと分からないことがあっただろう。答えられるものには答えてやろう。推測混じりの部分もあるがな……」
彼の視線は俺達に向けられていた。何もかもを見通すようなその瞳は少しだけ恐ろしさを感じる。
「お願いしよう」
だが、彼の知ることを教えてもらえばあの木で起こった出来事の意味が分かるだろう。




