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虎は旅する  作者: しまもよう
ヒコナ帝国編
122/459

エルフの住居攻防戦3




 *******



 その広間は(あか)かった。


「なっ……一体、何が起こって……」


「あら、あなた達もわたくし達に逆らう愚か者なのかしら?」


 ひときわ衣を染め上げた一人のエルフがダランと力が抜けている鳥人族の女性の体を放り投げてきた。慌てて受け止める。流れる血は彼女の命がどんどん失われていることを意味する。速く処置をしなくてはならない。


「***っ! お前達は、もう後戻りできない悪の道に堕ちた! 愚か者はお前達だ!」


 こちらのリーダー(・・・・)が叫ぶ。そう、彼等強化エルフという者達はもう後戻りが出来ない道を踏み出してしまった。彼等がこうなるのを止めようと今まであがいてきた。しかし、結局の所それは実を結ばなかったということだろう。


「神様の力を感じることも出来ない羽虫が。わたくしをご覧なさい。女神エヴィータ様の祝福によって種族の不利を埋めることが出来たこのわたくしを!」


「……あんな狂った奴の話を聞く意味が無い。頼む、彼女を治してくれ」


「分かった」


 リーダー(・・・・)の頼みにすぐさま頷く。自分は治癒師(・・・)。戦闘の最中でも怪我を癒やすのが役目だ。


「スペル【ハイヒール】」


「う……うう……にっと、さん……」


 治療が効いたのか、意識を取り戻した彼女はリーダーに告げたいことがあるようだった。だが、今彼は激闘の中にいる。それに、治癒師として彼女の命が気がかりだった。


「しゃべるな。少しでも体力を残しておかないと生きられないぞ」


「いい……邪神エヴィータの力は……幸運が(・・・)覆せる。あんた達なら……勝てるっ!」


 血を吐く思いで彼女が告げたであろう言葉の意味は良く分からない。だが、敵対しているエルフ達は明らかに動揺しだしていた。


「戯れ言よっ!」


 ……果たして本当にそうだろうか。彼等の同様具合は怪しい。

 唐突に彼女が言いたいことが分かった。幸運とは、何を表しているのか。


「ニットーさん! 装備をアレ(・・)に替えてくれ!」


「おう! ……なるほどな、よく効くようになったじゃねぇか。よくやった、シルヴァー!」



 ******



 ハッと気付き、身を起こした。今見えたのは一体何だったのか。俺達の身に何が起こった!? 


 混乱した頭で考える。


 そうだ、ここに着いたと同時にものすごい衝撃が襲ってきたんだった。装備を着ける直前だったからあれを生身で受け止めたのか。そして気絶していた?


 次いで、周りの様子が目に入った。ここは間違いなく俺達が向かっていた広間だ。何もかもが紅い。


「……何だ? 見覚えが、ある……」


 ――その広間は、紅かった。


「何なんだ、一体……何が起こっている……?」


「あら、まだ生きている羽虫がいたようね」


 紅い衣をまとったエルフが兎人族の女性の襟首をつかみ、持ち上げている。彼女が浮かべる残忍な表情に自分達の危機的状況を理解した。そして、彼女につかまれているラヴィさんの姿が、倒れていた一瞬に見た鳥人族の女性に重なる。


「始末しなくてはね。まずは、この生意気な女から」


 エルフの魔力が高まるのを感じ取った。それと彼女が言った言葉から次に何をしようとしているのか分かる。


「やめろ……」


 痛む体を叱咤して立ち上がる。俺は治癒師ではないからそう簡単に怪我を癒やすことはできない。


「あら、立ち上がれるの。でも残念ね。そんなヨロヨロしていちゃ、わたくしが魔法を使う方が速いわね」


「やめろぉおおっ!!」


 出せる全力で駆け出す。いつの間にか俺はカニ装備に変わっていた。だから想像以上にスピードが出た。だが……間に合わないっ!


「【ウィンド……】」


 グルルルァッ!


「きゃっ……くっ、何が!?」


 俺は、間に合っていなかった。だが、何かの乱入でエルフの呪文が途絶え、ラヴィさんはその場に放り出された。少なくとも生きている。


「ラヴィ……!」


 彼女の無事を確かめて、俺は信じられない思いで守るように立つ乱入者を見た。鋭く前を睨んでいるサメの頭。少し視線を下げればキリッとした表情が浮かんでいる。犠牲にしてしまったと悔やんでいた彼の姿が……


 グルルルルゥ《やはり我がいなくてはな。助けに来たぞ、シルヴァー》


 白銀の狼がそこにいた。


「ア……ル……?」


 グルルルゥ《詳しいことは後で話そう。とりあえず、鳥人族にも良い奴がいると分かった》


 俺に向けて話しながらもエルフに対しては威嚇の唸り声を上げる。こんな器用なまねをする白銀の狼はアルしかいない。夢ではないと分かって不覚にも視界がぼやけてしまう。笑えば良いのか、泣けば良いのか。だが、ここはまだ戦場だ。気を緩めてはいけない。泣くなどもってのほかだ。


「少し、任せた」


 アルが自信を持って任せろと言ってきたため俺はエルフの相手を任せることにした。ここにはまだ治療を必要としている人達が残っている。ニットーさんやアリアの生存確認もしなくてはならない。


 グルルゥ《ああ、任せろ。我はそう簡単にやられはせぬ》


「雑魚が一匹増えたところでっ……!?」


 エルフは俺がラヴィさんを抱えて他のメンバーの様子を見に行こうとしていることに気付くやいなや魔法を使おうとする。だが、アルがそれを許すはずがなかった。


 グルルゥ《お主の相手は我だ》


 悔しいが、危なげなく立ち回るアルは格好良かった。



 アルがエルフと激闘を繰り広げているのを後ろ目に思いつつも、俺はラヴィさんを戦闘から離れた場所に連れて行く。そして、大きめの傷を治そうとする。


「スペル【キュア―】」


 俺も学院で学んでスペルを習得した。だが、専門家とはほど遠い小さい効果だ。なかなか効かないのでじれったい。どうすれば良いだろうか。あの刹那の光景では俺は治癒師だった。あの俺が使ったスペルは鳥人族の女性の傷を一瞬にして癒やしていた。傷を治しただけで流れた血は戻っていなかったため危ないのに変わりは無かったらしいが……。


 あれを使ってみるか。キュア―よりは効果があるはずだ。問題は今の俺が使えるかどうかだが……やらないで後悔するよりやって後悔した方がましか。


「頼む……治ってくれ、スペル【ハイヒール】」


 驚くほどすんなりと使うことが出来た。学院では一度も成功しなかったというのに。


「う……ううん……」


「ラヴィ!」


「あ……れ、シルヴァーさん」


「俺が、分かるか。体は大丈夫だな?」


 ラヴィさんは現状を認識したのか、ガバッと身を起こした。あまり激しい動きはマズいのではないだろうか。


「くぅっ……大丈夫、何か血が足りないみたいだけれど……傷は……治してくれたのね」


「ああ。流石にあのままにしておくと命の危険があったから」


「そんな悠長にしていられる余裕はっ……あら? まさか……アルくん?」


 広間の中央で繰り広げられている戦いで走る白銀にラヴィさんは呆然とする。


「ギリギリで助けに来てくれた。今は時間稼ぎをしてもらっている」


「なら、ヨシズさん達も起こしましょう。魔力はまだあるもの」


 ヨロヨロと立ち上がる。手を貸そうとするが、断られてしまう。


「シルヴァーさんはニットーさんとアリアちゃんを」


「分かった。ヨシズ達に余裕があったらこう言っておいてくれ。強化エルフにはフォーチュンバード製の装備が有効だと」


「確かめたの……いえ、確かめられたの……? まあ、分かったわ。話しておく」


 互いに一つ頷いて未だ倒れている人達の治療に向かう。


「ニットーさん」


「うぐ……すまない、腕が……な」


 ニットーさんの意識は戻っていたようだが、その体はひどい有様だった。最も重点的に治すべきは無くなってしまった左腕の跡だろう。ハイヒール以上のスペルを使わなくては戻せそうもない。だが、専門ではない俺では傷跡を治すしか出来ないな。


「スペル【ハイヒール】【ハイヒール】」


「助かっ……た。利き腕ではなかったのが幸いしたな。右腕があれば剣を握れる」


「礼はいらない。治癒師がいれば……リカバリーヒールで完全回復したのだろうが……」


「おいおい、リカバリーヒールを使える治癒師はそう多くない。こう治せただけでも十分だ」


「そうか。次はアリアだな……外傷はあまりないな。スペル【キュア―】」


 ニットーさんがどうにかして守っていたのか、アリアは目立った傷はなかった。衝撃で気絶しているだけだろう。


「ニットーさん、フォーチュンバードから手に入れた装備はあるか?」


「む……あるにはあるが……もしや、その珍妙な装備も?」


 珍妙……珍妙……。確かにそうなのだが、あえて触れなかったというのにこの人は……。


「……そうだ。おそらく、あの装備は強化エルフによく効く。根拠はないが」


 というか、言っても信じてもらえないだろうな。

 そう話しているとアリアに動きがあった。


「ううん……あ、シルおにいちゃん、ありがとう」


 アリアは目が覚めてすぐに状況を察したらしい。まだ小さいのによく見ている。


「どういたしまして」


「シルヴァー。俺はお前を信じよう。まぁ、あの装備は身体能力が跳ね上がるから拒否する理由もない」


 俺達はアルに加勢しようと立ち上がる。同時にラヴィさんの方も治療し終えたようだった。互いにかなり離れたところにいたが、やることは同じだ。頷き合って激戦の中へ駆けだした。相手はまだ一人。これだけの人数でかかれば彼女を止められるかもしれない。



*******



 シルヴァー達が紅い広間に到達する直前のこと。鳥人族の三人と一匹は窓の外からそこを覗いていた。中にいるのは紅い衣をまとった美しい女エルフが一人いた。彼女こそが強化エルフ達を率いるカルミアである。


 そのエルフは広間の入り口の方を向いていた。まるで誰かがやって来ると分かっているように。そして恐ろしいほどの魔力が彼女が掲げた手の先に集まる。


「なんや、あれは……」


 モズ達三人と一匹はその魔力量、エルフの浮かべる残忍な表情に呆然としていた。そして次の瞬間、エルフが魔法を放つ。白熱化した火球のような魔法だった。入り口に着弾すると同時に爆発し、その壁自体を抉る。


「何なんや、あれは……っ!」


 爆発の跡を見てモズが喚く。エルフだから使えるのか。戦慄するしかなかった。


 くぅん……


 壁際に力なく横たわる人影を見ていた。追撃される前に助けなくてはならない。


「誰かが、エルフに向かっていくな……」


「あれを、見て!?」


 たまたま爆発の余波を受けなかったのだろうか。ラヴィがエルフに向けて魔法を放っていた。しかし、こと魔法においては向こうの方がスペシャリストだ。どう見ても不利だった。


「ああ……」


「カルミアはアルファクラスだからな……接近戦も相当な練度だ」


 ラヴィが傷つけられていく。そして、その命を奪われそうになる。


 グルルルルゥ


「おい、待て……!」


 ただ見ているだけでいられるか。仲間を奪われてたまるかっ

 群れの長ではなくなったが、群れを守る心はここに。


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