エルフの住居攻防戦
グギャオォ……
グオオオオオ……
霧に紛れて暗殺者でも来たのだろうか。研究所を守らせている魔獣が騒がしい。
「ファイ、カイ」
機械を操作して二人の入室を許可する。
「「いかがいたしましたか、博士」」
「外が騒がしい。黙らせてこい。ついでに侵入者がいたら捕らえろ」
「「分かりました」」
この研究所ではエルフと魔獣の融合の研究をしている。風の噂では人との融合は成功したらしい。エルフも成功してはいる。だが、高位の魔獣を使わなくてはならないから全体的に戦力が増えたかというと…どうだろうな。
捕らえたエルフはもうほとんどいないから、これ以上の研究はできないかもしれない。エルフ達の牢屋は穴だらけらしく、次々に逃げていっていると聞いた。エルフ自体子供ができにくいからそういう方法で増やすこともできない。
限りあるサンプルを使って実験を繰り返し、成功と言える存在には名前をつけた。ファイとカイも成功例だ。
「もっとも、無事に融合したはいいがエルフの長所である魔法が使えなくなっていた点を見れば、失敗作と言えるかもしれないがな」
身体能力だけは高いから侵入者の始末に使っている。
「次は獣人族で試してみるか。こちらの材料はたっぷりあるから満足のいくものが作れるだろう」
鳥人族を滅亡させるくらいの勢いでも、他の種がいるから問題ない。
「言われずとも、クナッススの二の舞にはならんよ……」
思い出すのは三ヶ月前の来訪者。あの男はクナッススにあった研究所の監視をしていた。彼が言うには王都の研究所は多数の冒険者と貴族の連合に呆気なく散ったらしい。誰一人として道連れにもできなかったそうだ。まぁ、構えたばかりで大した護衛も居なければ仕方が無いかもしれない。
「いずれにせよ、私は自分の研究を貫くだけだ。……我らが神に栄光あれ。もっとも、私はあいつ等ほど傾倒しているわけではないが……」
研究さえ出来れば文句はない。
眼下の騒動を眺めつつ杯を軽く上げる。あれもすぐに収まるだろう。それだけ身体能力が上がったエルフは強い。
*******
俺達は霧に紛れる魔獣に注意しつつ巨木の木に接近していた。出来るだけ戦闘は回避しようと思っていたが、しかしどうしてかここを徘徊している魔獣は気配察知能力というものが高いらしい。戦闘は不可避と言えるかもしれない。
早速お出ましだ。マッドベアにスピリットタイガー、ミストウルフか。ご丁寧にも全てミュータントだ。こいつ等はただでさえ攻撃力が高くて硬いのだ。そのミュータントともなれば考えたくないほど厄介になっているだろう。
「ロウ! 後ろは頼んだ」
「はい!」
「ヨシズはラヴィさんの援護を! 俺は正面をやる!」
ゼノンにはロウの補助を頼んだ。さて、俺の相手は……
グオオオォ
熊、か……。こいつに一人で向かうのは自殺行為だと思うが、仕方なかったのだ。スピリットタイガーは虎のくせに接近戦をしてこない。基本的に中級から上級の魔法を放ってくる。だからスピードで翻弄できるロウとゼノンに任せた。ミストウルフは物理的な攻撃が当たりにくい。ただ、魔法はかなりの効果があるからラヴィさん向けだ。しかし、こいつは恐ろしい勢いで接近して攻撃してくる。それを防ぐのがヨシズだということだ。攻撃の瞬間は実体で現れるらしいからな。
残る選択肢は一つしか無かったし、こいつだけは普通に物理攻撃が通じるからな。他が倒し終わるまで粘って最後にフルボッコにすればいい。
だが、少しミュータント種を侮っていたかもしれないな。
マッドベアの攻撃でもっとも警戒しなくてはならないのはその爪だ。あれが当たれば(もしくはかすっただけでも)容易く俺の命を散らすだろう。それに、昔にちらと聞いただけだが、あれの爪には毒らしきものも含まれているそうだ。確認できていないのはあれの爪を受けたらどのみち死んでしまうからだろう。
「意外と速いし、遮蔽物がないのもこっちに不利だ。ラヴィさんやロウ達は大丈夫か?」
そうして意識をそらしてしまったのは失敗だった。気付けばマッドベアは俺の前に立っていてその腕を振りかぶっていた。
「しまっ……」
こんな危機的状況なのに…いや、だからこそいつもはしないミスをしてしまう。俺は慌てて避けようとしたが、足を滑らしてしまったのだ。
グギャオォ……
グオオオオオ……
しかし、マッドベアの爪が俺に触れるかと言うところで横槍が入った。巨大な鳥がマッドベアを襲ったのだ。
「……は?」
鳥は執拗に熊の目を狙い、潰していた。俺は現状を理解できなかった。
この周辺の魔獣も何者かの統制下にいるらしく、互いに襲うことはなかった。すわ仲間割れかと思ったが、それはおかしいのだ。
「助かった、のか……?」
怪鳥は俺の方に見向きもしない。マッドベアを食べている。次に餌になるのは自分かもしれないと思うと助かったと喜べない。疑問符を浮かべざるを得ないだろう。
「シル兄ちゃん! ごめん、遅れた……どうなっているの?」
ゼノンとロウが加勢に来てくれたようだったが、マッドベア戦についてはもう終わっている。
「いや、俺も訳が分からないのだが、危ないところであの化け鳥がマッドベアを襲って倒してしまった。で、今は……」
「食事中?」
「そうなるな」
次いで、ヨシズ達も合流した。
「悪い、遅れた」
「ごめんなさい、思った以上に厄介だったわ」
「「……で、あの鳥は何だ(なの)?」」
「派手な色だよね。基本的には赤色か……どこかで聞いたような気もしなくはないけど思い出せないよ」
そのとき、ちょうど鳥が熊を食べ終えた。そしてこちらに視線を向けてくる。しかし、襲いかかってくる様子はない。
クアァー!
鳥が突然甲高く鳴いた。それに驚いて俺達は軽く飛び上がる。そして俺達の頭上を影が通った。何事かと見上げるが、何も見えない。目を怪鳥に戻して驚いた。鳥人族の男が鳥のそばにいたからだ。
「誰だっ!」
「あー、名乗るほどのもんやない。通りすがりの旅人や!」
……信じられるかっ!
「鳥人族は敵対していると聞いていますが」
「ま、どことは聞かんでおくわ。あ、こっちは弱いから襲わんといてな」
化け鳥を従えてそう言うか? マッドベアを軽々と倒したあの鳥に俺達が全員で掛かっても勝てるか怪しいものだ。制空権を取られざるを得ないからものすごく不利になるのだ。
「質問していいか? どうしてその鳥は熊を倒したんだ?」
「あー、そやなぁ……あの兄ちゃんが気に入ったからや言うたら信じるか?」
「信じられるかっ!」
「まぁ、たぶんマッドベアがうまそうに見えたんが理由やろ。あ、まずい、掃除屋や……悪いことは言わん。さっさと逃げるか建物に突入した方がええで。強化エルフは厄介やからな」
男は物騒な情報を残して鳥に乗ってどこかへ行った。『掃除屋』って……間違いなく普通の意味じゃないよな。
「シル兄ちゃん! やばい奴らが近付いているっぽい!」
「豪快に魔力を使っているみたいね」
「……建物に突入する!」
男の言葉に従うのは少し不安があるが、現状はどうやってもあの二択以外に取れる選択肢はない。逃げるのは論外。ここまでの苦労が水の泡だ。アルの犠牲も……。
これはもう勢いで突入するしかないだろう。
「じゃあ、全力で気配隠蔽するから」
ゼノンはこういう場面では実に頼もしい。それに、装備も見た目さえ気にしなければかなり有用な効果がある。身体能力を引き上げてくれたりな。
さぁ、エルフの住居では何が襲ってくるか分からない。心してかからないと。
*******
派手な色の化け鳥とともに一人の鳥人族の男が彼等が隠れているところに降り立った。それを見て一人が顔をゆがめて非難するように言う。
「モズ。なぜ接触した」
「そりゃカルラが飛んでいったからや。傷つけられたら困るやろ」
「まぁ、いい。で、あいつ等の戦闘能力は分かったか?」
「それがなー、聞いてや。【鑑定】しても何の結果も表示されなかったんや。こんなんありえへん」
「確かにな…マッドベアに手こずるあたり、大したことは無いと思っていたが」
「それにしてはちと未知数な部分もあるで。あ、あのマッドベアな、ミュータント種やったで」
「……それは手こずって当たり前か。ここからじゃ細かいことは分からなかったな」
「何にせよ、彼等がうまくかき回してくれればそれで良し、もし死んじゃってもあの中で小さくない騒動は起こるでしょうし、そのとき予定通りに動けるかが勝負所ね」
「そうだな。アルファクラスの奴らに見つからなければいいが…何人があれらにやられたことか」
強化エルフの最高傑作と言われる存在がアルファクラスである。彼等は魔法だけでなく、接近戦も高い練度でこなす。恐ろしい精鋭だ。