vs. スタンピード
戦闘開始にならんかった……
ロータルガードを去るときが来た。もともとここへは装備の最終確認として寄るだけのつもりだったから当然のことではあるんだが、この町の人はいい意味で他人に無関心(正に職人といった態度)だから俺としても過ごしやすい。個人的にはもう少し滞在したいという思いもあるが、パーティ内では南方諸国には早めに行った方がいいという意見が強くなっていたからな。
「おーい、冒険者方。そろそろ魔獣や魔物が多くなってきますんで、注意しておいてくだせぇ」
「分かった。戦闘は任せてくれ」
俺達は危険を承知で南方まで武器や食料を運ぶ商人達と一緒に進んでいる。聞けば多くの冒険者もこのようにして南方に向かったそうだ。たぶん、あれだろう。食事が出るからだな。料理が得意な冒険者なんて滅多にいない。
俺達にはラヴィさんがいるから別に商人の人達と一緒に行かなくても良いのだが、そこは人情が勝ったというか……この人たちは南方に行きたいのに護衛を雇えなかったそうだから、ちょうどいいと俺達の方から提案したのだ。
商人さん達を置いていったせいで武器食料が足りなくなって、向こうに行って苦しい思いをするなんて冗談じゃないしな。
「割と熊が多くなっているのか?」
「狼も増えているよ。代わりにゴーレム系が減ったようだね」
「あ、ホラ吹きアスパラが来ているようですね。特殊能力を使っているみたいです」
援護能力か。このアスパラは対象の幻影を作り出すらしい。
「紫キャベツの大群に見えるわね。でも、半分くらいは偽物かしら」
「ええ。ですが、見た目で分かるようなものではありません。どうしますか?」
俺に言われてもな。ラヴィさんがやる気になっているみたいだから任せてしまえば良い。
「ええ。任せて。ああいうのは全部燃しちゃえばいいのよ。ってことで、【ファイアエクスプロージョン】」
「……なかなかの威力だな」
絶対俺に向けないでくれよ。
さて、国境を越えた辺りで商人さんが言っていたとおり、魔獣や魔物が増えてきていた。しかし、まだ準備運動レベルだな。厄介度で言えばユモアの森の方が大変だった。あそこは何もかもが大きかったから距離を上手くつかめなくてだな……っと、今は関係ないな。
「……冒険者方はずいぶんとお強いのですな」
「そうか? まぁ、あの程度なら楽に倒せるぞ」
「我々も鍛えているので万が一のことがあれば介入しようと思っていましたが、全く必要ありませんでしたな。素晴らしいことです」
褒められ慣れていないから照れるな。
「ファイさん。国境を越えたら魔獣の分布も大分変化しているようだけど、これは昔からそうなのかな?」
雑談がてらゼノンが聞く。ケイトの情報でも国境を境に魔獣の分布が大きく変化しているとあった。具体的にはゴーレム系が現れるかどうかというところだろうか。
「そうですね……長年この辺りで商売をやって来ましたが、確かに国境でがらりと変わっていますね。それは昔からだったと思いますよ。そういえばゴーレムは魔物として扱って良いものか、という議論もあるのですよ」
どういうことだ?
「普通の魔獣は確かに出現は魔力溜まりからになりますね。ですが、増える方法として……生殖が可能なんですね。しかし、ゴーレムの増え方は知られていません。分裂説と陰謀説……誰かが作っているのではないかというものです。それと、工場説……どこかにゴーレム生産工場のようなものでもあるのではないか、というような説がありますね」
そんな面白い話があったのか。
「ですが、検証しようがないのでね」
「それはそうだろうな。ゼノン、魔獣の分布について何か気になることでもあったか?」
「ううん……ゴーレムがいると厄介だなと思って聞いただけ。何故かゴーレムの気配って分かりにくいから、もしいたらちょっと大変だと思って」
いないだろうという話だから大丈夫だな。
魔物の数は増加していたが、俺達はとくに慌てることなく対応していった。商人のファイ達が『ここまで安定した道は初めてだ』と言ってきたほど問題の起こらない道中だった。正直に言うと5、6体程度の群れは怖くない。それは、今までにもっと多くと戦ったことがあるからだ。とくにフォーチュンバードの時な。
「さぁて、見えてきましたぜ。あそこの町がアジーン国の最北端の町、アンドンだ」
「町に入る交渉は我々が請け負いますので、心配なさらないでください」
非常事態でも町に入るのに交渉が必要になるのか。以外と面倒くさい国なのだろうか?
「非常事態だからこその警戒なんですよ。犯罪が横行しないように、危険な人物が入り込まないようにというわけです」
何故俺の考えていることが分かったんだ?
「皆さん、不思議に思われるようなんですよね」
なるほど、やはり皆考えることなのか。
「おーい、全員入れるそうだ。ただ、冒険者方については余裕があるならばすぐに激戦地に向かって欲しいとか。今日の襲撃はひときわ多くて、対応しきれない分が出てしまっているらしい」
深刻な顔でそう言ってきた。
俺達は顔を見合わせる。普通ならここまでにも戦闘してきたのだから今すぐ激戦地と言われるほどの場所に向かうのは危険だ。だが……
「今のところは余裕があるよな」
むしろ、良い感じに体が温まっている気がする。
「ええ。襲撃を退けた後休むことが出来るなら今すぐ戦いに行っても良いと思うわ」
「まぁ、道中の敵はいいウォーミングアップになったしな」
ぐるるぅ《我も問題ない。血が騒ぐな》
意外と好戦的だな。文句があるわけではないが。
一番心配なロウは……
「僕も大丈夫です。正直気が進みませんが、トカゲを使えば体力の消耗も最小限に抑えられますから、最悪はそれを使うことにすれば」
そうだな。確かにあの装備を使えば、な……。
「あれをもう使うの? 悪目立ちしそうだね」
諦めた方が良いのだろうな。いやな目立ち方になるが……人命優先だ。
「……行ってくださるということで、よろしいですか?」
「ああ」
「助かります。ここで踏ん張ってくださっている冒険者方とはほとんど全員と顔見知りになっていますから、他人事だとは思えないのですよ。どうか、よろしくお願いします。対魔獣用の武器ならば好きなものを持って行ってくださって構いませんので」
「それは太っ腹だな。だが、俺達はちゃんと自前のものがあるぜ」
「でも、ヨシズさん。多少は持っていって向こうで武器を壊した人に渡せばいいのではないですか?」
「そういう考えもあるか。どうする、シルヴァー」
そこで俺に振るか。まぁ、そうだな……
「アイテムボックスに余裕があれば持っていけばいいだろう」
少し確認してみると俺もヨシズもゼノンも十分余裕があった。対魔獣用の武器も少し持っていくことにした。それとついでに何故かあった派手な青い布も放り込んでおく。
*******
俺達はいつものように馬車で向かっている。最初は馬車を使うということに難色を示された。かなりの確率で襲われるからだそうだ。魔獣にとって馬は美味しいんだろうな。だが、馬がマズい――食べ物的な意味ではないぞ――のならば、別のもので代用すれば良い。
ここで早くもアルが活躍することになった。大きさを自由自在に変えられるから、馬車を引くことが出来るのだ。
それでも考え直せと言われたな。これから向かう激戦地はどこも戦場だと思わなくてはならないほどの状況らしい。馬車なんていい的だと、被弾率も高いから止めておけということだ。だがな、こういうときこそ魔法陣が役に立つのではないか、と俺達はそう思った。
「魔獣避けは絶対に必要だよね。あとは防御面だけど……」
「ただ固くするだけだと万が一のことがあるかしら」
「魔法にも対応できないと意味ないだろう」
「あ、それなら攻撃を全て反射してしまうのはどうでしょうか」
それは良さそうだな。臨時の砦としても使える。ただ……かなり複雑な魔法陣になりそうだな。俺は作れない。
「ゼノン、ロウ、作れそうか?」
こういうときに何とか出来る可能性があるのはこの二人なのだ。俺とヨシズは自分には無理だとすぐにギブアップ。魔法でなら使えるのだがな。ラヴィさんは挑戦してみたようだが、どうしても穴が出来てしまうと言って諦めた。
「大丈夫。前に作ったやつに手を加えればいいだけだから」
「はい。ゼノン兄さんとの共同研究で出来たものがありましたから」
そういえば、学院にいたとき何かやっていたな。実はこの二人、学院長室に入り浸っていた時があった。何をやっているのか不思議に思っていたんだ。今まで知らなかったのは忘れていたのと、学院長関連の話を忌避していたからだな。学院長は地味に俺のトラウマとなっている。
「さて、俺達も本格的にあれに参加するとしようか」
怒号入り交じる乱戦がもう目に見える位置で行われている。馬車で近付けるのもここまでだろう。
「魔法陣はロウとやっておくから。シル兄ちゃん達は先に向かっていていいよ」
「了解。敵にも味方にも注意しておけ」
「それはもちろん」
俺はとりあえず刀だけ出す。防具の方は使いたくないからな。もっとも、何が切っ掛けになっているかは知らないが多数の魔獣・魔物と相対してしまうと自動的に装備することになるから、意味はないのかもしれない。
「先に行くぜ」
「あ、ヨシズさん、援護しますから」
まずヨシズが駆け出し、乱戦に飛び込むとほぼ同時にドラゴン装備を展開していた。そのすぐあとをラヴィさんが続く。魔法を得意とする彼女はこういう戦闘は危険だが……ヨシズがカバーするのだろうな。
「俺も行くか」
グルルルゥ《我が援護しよう》
「間違えて狩られないようにしろよ」
念のため首に布を巻いているから大丈夫だろうがな。
さあ、戦闘だっ!