ロータルガード9
防具の完成予定日の前日。明日防具が手に入ったら、明後日に南方に旅立つことにしている。この宿で出るような食事ともしばらくはお別れになる。辛いな……。それは皆分かっているのか、盛大に注文している。
「熊づくしセットだよ! 熊肉ソテー、珍味クマノテ……」
「わぁーい。いただきます」
「いい食べっぷりだね、お嬢さん!」
さて、俺も食べよう。まずはステーキから……
リィンリィン
「ん? 何の音?」
「俺の魔道具だ。少し外れるな」
「わふぁっふぁ。……んぐ、早く来ないとアルに食べられちゃうからねー」
「それは困るな」
食欲魔狼の襲来前に話を終わらせないとな。だが、残念ながら長引いてしまう予感がする。
「ヘヴンか?」
『やあ、シルヴァー。元気かい? ブレインが寂しがっているよ』
ブレインってあれか、元デュクレス帝国の統治機関というか……デュクレス帝国のギミックのスイッチ的な存在だよな。感情あったのか。
「寂しがってって……あのな、そもそも俺はそちらへの行き方を知らないのだが。死者かヘヴンが許可を出したらとか話していなかったか?」
『うん』
うん、じゃない。
「俺に死ねと!?」
そう言っているに等しい。
『冗談だって。シルヴァー達……デュクレス帝国の時にいた人達には許可を出しているよ。ここへは転移でしか来られないから方法を教えるよ』
つまり、今の時点ではヨシズだけ資格が無い状態か。早めに許可を出してもらわないとな。
ヘヴンの説明は長ったらしかったのでまとめておく。
1 円を描く
2 懐中時計の長針を12時の位置から反時計回りに45度回す
3 鈴を鳴らす
これだけでデュクレス帝国に着くらしい。本当か?
『何かあったらこれで逃げられるね!』
「逃げるのは好きじゃないがな。それで、本題は?」
転移方法については話の流れで教えただけで、本題は別にあると見た。
『アハハ……ええとね……』
そのとき、俺の第六感にささやくものがあった。
「ヘヴン、少しだけ待っていてくれ。……アル! それは俺の肉だっ」
ぎりぎり防衛成功した。アルが俺の肉にかみつこうとしたところで皿ごと取り上げてきた。まったく、油断も隙もない。
「んぐ……悪かった、ヘヴン」
『ああ、うん……食事中だったんだ。平和そうでよかったよ』
「いや、全体的に見ればそこまで平和でもないぞ。特に南方の状態はひどいそうだ」
『っ!! そこのところ、詳しく教えて』
真剣な声色になったのでこちらも真面目に話すことにする。とはいえ、確実な話は一つも無いわけだが。
「……という感じで帰還者がいないらしいから良く分からないってことだ」
『一人も帰って来れていないんだ。南方諸国ってどの辺りか分かるかい?』
南方諸国と言えば南方諸国だろう。……ああ、ヘヴンは5000年以上前の人物か。でも、デュクレス帝国は知っていたよな。それなら……
「デュクレス帝国のはるか南だ」
『とすると……この辺かな……ああ、連合国があったところか。【魔を示せ】』
しばらく沈黙が続いた。この隙に肉を補充しておく。うまいな、鶏肉……。
『シルヴァー、聞こえるかい?』
「ああ。何か分かったのか?」
凶報だけは聞きたくないが……。
『君の言う南方諸国がとってもマズい状況にあるってことが分かったよ』
伝え聞いただけでもひどい状態の南方諸国について凶報以外を聞けるわけがなかったな。
「詳しく教えてくれ」
『うん。何故か知らないけれど魔獣や魔物がかなり集まっている。森の中心から少し東寄りにね』
「指揮官がいる感じか?」
『良く分かったね。そう、組織だった動きをしているから指揮官のような存在がいると思う。それも複数。だけど、通常の魔獣よりも魔力が高いみたい。普通なら生きていられないはずの魔力量だ』
……ふぅ。厄介ごとが積み重なってきている気がするな。まさか、王都でのあの組織が関連している可能性が出てくるとは。
「今……というか数十年前からとある闇組織が活動していてな……そいつらはその指揮官のような存在を意図的に作り出す実験をしていたようだ。未然に防いだはずが、何らかの手段で研究成果を流したようだな」
『うっわぁ……厄介ごとの臭いしかしないねー……』
「本当にな。ヘヴンはやはり……?」
こいつは『死者は現世に大きく関わってはいけない』という信念がある。それを魔術的な誓約で誓っているらしい。ヘヴンは厳密に言えば幽霊状態で生きているとも考えられるから死者ではないと言い張れる。だが、まぁ、本人は死んでいるという認識なのだろう。死の定義は難しいな。
『誓約で禁じられている事項に当たるかな。まぁ頑張れ、シルヴァー』
他人事だと思って……まぁ、他人事か。現世の出来事に縛られるのはいつだってその時代に生きる生者だ。凶事でも何とかするのは生者にしか許されていない。諦めて苦労を背負い込むか。
とりあえず、どうやってこのことを教えれば良いんだろうな?
******
武器の方に意外な機能が追加されたこともあって、防具は全員で見ることにした。ケイトの店【流星】に向かう。
「何か追加された機能があるかな?」
「どうだろうな。自動修復が付けばこれから楽になりそうだが」
そういえば、ゼノンの用事は何だったのだろうか。ふと、そう思う。シスターから頼まれたとは聞いたが、詳しい内容は知らないな。
「ゼノン。シスターからの用事って結局何だったんだ?」
「んーと……まぁ、言っても大丈夫かな……シル兄ちゃんだし」
一体俺はどういう信頼のされ方をしているんだろうか。ゼノンの中で俺の存在とは……。まぁ、話してくれるなら今は流しておくか。
「あのね、シスターが元冒険者って話は知ってる? あ、知らないのか。ギルドの受付嬢にアンさんって人がいたよね」
アンさんか。フォーチュンバード事件の時に王都で見かけたな。あいさつはできなかったが。
「ケイトさんはあの人と前にパーティを組んでいたらしいんだけど、最近魔獣の動向がおかしいじゃん。だから、ここまでの調査を公国に渡すようにって伝言を伝えることを頼まれていたんだよ。調査はシスター達のパーティが各大国に別れてやっていたみたいで、王国はシスターとアンさん、帝国はケイトさん、教国はシリルさんとミシルさんが担当しているんだって」
アンさんってそんなこともやっていたのか。
「……えっと、もしかして、ケイトがミスリルとかアダマンタイトを求めたのもそれに関係しているのか?」
というか、どこに関係してくるんだ?
「うん……たぶん? パーティの中で一番身軽なケイトさんは各調査結果をまとめてリーダーだった人に渡すように言われているらしい。それってさ、公国までほとんど単独で旅するってことになる。流石に装備を充実させていないと危険なんだと思うけど……詳しい話は聞いてない」
そうか。魔獣の動向の調査となると、今の時期は特に重要な情報だな。それを知られると狙われる可能性もある。だから仲間を募るわけにもいかないのか。
「確かにそういった情報があれば儲けられそうだものね」
「ああ。冒険者からすれば垂涎の的だな。容易く英雄になれる」
「ええ。上手くやれば不自由ない生活を手にできるわね」
冒険者の一部は英雄譚への憧れをこじらせている者も多いらしいな。そういう人からすればやはり欲しいものなのだろう。
「だが、俺達が奪ってしまうわけにはいかないだろう」
俺がそう溜息交じりに言うとギョッとされた。何か今の発言に問題でもあったか?
「シル兄ちゃん……直球過ぎ。一応人通りはあるからね、ここ」
「……確かに、少し軽率だったか」
大きな声で言うものじゃないな。
しかし……今の魔獣の動向は本気で欲しいな。噂に聞く限り、南方は定期的に魔獣の襲撃があるという。だが、いくら魔生物大発生が始まったからといってもそんなすぐに対応できなくなるほどの量が生まれるものだろうか。少し真剣に考えてみたのだが、どうもおかしいところがある。
「……まぁ、行ってみないと分からないんだよな……」
「南方諸国のことですか? シル兄さん」
「ああ。伝え聞く限りは南方では定期的に魔獣が襲ってきているという話だろ。誰が持ってきた噂か分からないから信憑性の面で不安があるが……それは置いておいて、疑問に思うのは『定期的』という部分だ」
「あ、分かった。スタンピードと言えども無尽蔵にわき出てくるわけじゃないはずだから、なら一体それらがどこから現れるのかってこと?」
「それもある。だが、俺はもっと突拍子もない想像が出来ると気付いた」
「もっと突拍子もない想像、ですか?」
「ああ。その魔獣は操られているんじゃないかっていう想像だ」
「「え?」」
ロウとゼノンがぽかんと口を開けて驚く様子を見てやはりありえない想像……妄想という認識か、と苦く笑う。
「シル兄ちゃん、操られているって……」
「まぁ、俺の妄想だぞ。後で話す」
「え、今話しても……って、【流星】じゃん」
内容を詳しく話す前にケイトの店、【流星】に着いてしまった。俺は少しほっとしている。そして、そのまま俺の妄想がうやむやに出来たらな、と願う。頭がおかしいと思われるのは嫌だ。
だが、その可能性も無いわけではないことに注意しておかないと。
「あ、いらっしゃい」
「こんにちは、ケイト。防具はできあがっているか?」
「完璧だよっ! フォーチュンバード製の鉱石を使ったら自動修復機能が付いたからね! もう、まさしくあれは【幸運の鉱石】だって」
こちらも自動修復機能が付いてしまったらしい。
「武器の方にも自動修復機能が付いたらしいぞ」
「おおっ。まぁ、ファングなら当然だよねっ」
腕が関係しているのか、それともフォーチュンバード製だからか。疑問は尽きないが検証できるようなものではない。
ケイトが箱を持ってくる。これに俺達の防具が入っているのだろう。
「確認してみて」
俺の【シオマネキ装備】は外見は少しきれいになったように感じる程度の違いだ。だが、着てみると明らかに前と異なる。
「……ものすごく軽くなっているようだが、大丈夫なのか?」
「おっ。気付いたんだ。それね、確かに軽くなっているけど、耐久力はむしろ上がっているんだよねっ。謎効果は全てフォーチュンバード製の何か由来のものだから」
良品であるのは間違いないから心配はいらないってことか。
「ケイトさん。俺の蜘蛛装備が毒々しい紫になっているのは何故?」
「何でだろうねっ」
をい。
「あ、でもステルス機能が付いたみたいだったよ。だから色はほとんど関係なくなるんじゃないかなっ」
ステルス機能、なぁ……ますますゼノンに合ったものになっているな。使用者の傾向に合わせたように新機能がついていないか? まるでコレ自体が考えて進化しているように思える。……これ以上考えると恐ろしい想像になりそうだ。止めておこう。
「ロウは大丈夫か?」
死んだ目になっているが。
「まぁ、はい。もう諦めました」
例によってまた神々しい虹色になっている。刀と釣り合いがとれて良かったんじゃないか?
「ラヴィの方は……」
「デザインが少し変わっているわね。能力は前と同じようだわ」
極端な変化は自動修復機能くらいか。
「どうかな?」
「ああ、良いと思うぞ。そういえばケイト。アダマンタイトの使い道は何だったんだ?」
俺が渡したフォーチュンバード製のものではなく、ゴーレムからとったやつな。
「あーっと……言っても大丈夫かなぁ……」
「他言はしないぞ」
そこまで言ってようやく話すことにしてくれたらしい。
簡単に言うと、ゼノンの分析が正しかった。ケイトは一人で旅して公国まで行くつもりだったらしい。そのための武器や防具に使うと言っていた。こいつは鍛冶も出来るらしい。多才だな。
だが……まだ何か理由がありそうだ。視線を逸らすのはそういうことだろう?
「まぁ、いいか。ケイト。南方の魔獣の動向は分かるか? 特に、森の中心部から東寄りの魔獣玉の辺りなんだが」
全員がギョッとして俺を見る。またか。
「何故知っているのかなっ。でもそれだけ知っていれば十分だと思うけど」
「いや、正直に言うともう少し詳しい分布が欲しい。情報を買い取れないか?」
そう言うとケイトがあからさまにほっとした。
「なるほどね。奪うではなく買い取る、か。いいよっ。だけど、他言無用に頼むよ、本当に」
「もちろん」
備えあれば憂いなし。情報は大切だろう。