ロータルガード8
本日も青天なり。そして今日はファングの店に行って武器を受け取る日だ。納期延長の報は来ていないからたぶん整備し終えているはずだ。たぶん。
というのも、俺がフォーチュンバード製の稀少鉱石を持っていると話題に出したら目の色を変えて……鬼気迫る勢いで問い質されたからな。それで、献上してきた。あの様子はやっぱり怖かった。
ちなみにこんなやり取りだった。
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「おーい、ファング。ミスリルゴーレムとアダマンタイトゴーレムを狩ってきたぞ。これで割り引きしてもらえるか?」
そう言ってゴーレム狩りの翌日にファングの工房に入っていくと作業している人のほとんどが手を滑らしていた。ファングでさえも持っていたものをポロッと取り落としていた。そして阿鼻叫喚の図。
「親方! 冒険者に何を言ったんすか!?」
「冒険者を死地に向かわせるようなこと言うんじゃねぇっ……ですよ!」
ミスリルゴーレムやアダマンタイトゴーレムは死地だったのか。知らなかったな。
「まぁ、冒険者としてはあの程度なら何とかできないと生きていけないからなぁ」
俺のぼそりとした呟きはすぐさま噛み付かれる。
「ミスリルの方は殴打武器さえありゃ比較的楽に倒せるかもしれませんがね、アダマンタイトの方はスピードが厄介でしょうが!? 魔法は効くらしいが、当たらないそうで」
確かにあのスピードには驚いたな。
「……まぁ、無事で何よりだ……おい、お前ら! 手を休めるんじゃねぇ!」
「「「ハイ!」」」
「シルヴァー、表の方で話してもらえるか?」
親指で指し示す。表とは、店舗になっている部分のことだ。
「あれ、どうしたんだい、表まで出てくるのは珍しいね?」
「シルヴァーがなぁ……」
ここまで来たのは俺達の責任じゃないだろ。しかし、フラウの視線が突き刺さる。
「彼が何か? 何か面倒な依頼でも持ってこられたのかい?」
「いや、面倒ではあるが……」
面倒もなにもファングが言ったことだ。稀少鉱石を持ってくればまけてやってもいいと。
「……で、ミスリルゴーレムとアダマンタイトゴーレムを狩ってきたわけか。本当に」
「あんたっ! そりゃ本当かいっ!? 本当なのかいっ!?」
フラウがファングの首元をつかんでブンブンと揺する。
あれは苦しいだろうな……。
あと、怖いな、フラウ……。
「うぐぇ……フラ……ウ……ぅ首、がぅ……」
あ、マズい、泡を吹き始めている。
「フラウ、ファングが死ぬぞ」
「え? あ……あんた、ごめんね……」
「ブハッ……今回ばかりは……本気で死ぬかと思ったぞ……」
げっそりとした状態で呟くファング。息を吹き返したか。
しかし……先程の弟子さん達を見ていても思ったが、少しばかり驚きすぎじゃないか?
「……ぱっと見はそうは思わないかもしれないが、ロータルガードも実力派冒険者が少なくなっているんだ」
「皆南方諸国へ援軍として向かって帰ってきていないのさ。臨時ギルドマスターが行方不明になってからは特にね……」
恐らく臨時ギルドマスター……ニットーさんは南方での戦いにおける司令官とか、指揮者という位置付けだったのだろう。冒険者は普段はそういった指揮だとかは受け付けないが、魔獣が大挙して押し寄せてくるような状況だとそうも言っていられない。指揮者という者が命綱に等しくなる。
その命綱が行方不明となると、向こうの状況は悪いどころではなさそうだな。誰も戻ってこないというのも……連絡に向かわせる人員すら惜しいほど人手が足りなくなっているのだろうか。
南方に向かう際は詰め込めるだけのポーションを持って行った方が良さそうだな。
「ええと、つまり、実力のある冒険者がいないからゴーレムを狩れる人物も少なくなっているということか」
「そうだね。まぁ、普通のゴーレムならこの町の親方衆でも何とかなるけど、ミスリルやアダマンタイトは死を覚悟するしか無いからねぇ」
そんなものか。
「……今この町ではミスリルやアダマンタイトのゴーレムに挑もうとする者を自殺志願者と呼んでいるからな。察してくれるとありがたい」
……狩るようにけしかけたのは果たしてどこのどいつだったかな……。
「シルヴァー、あんたは……間違いなく狩ってきたんだね? 出してもらえるかい」
店舗のところは狭いから別の部屋に案内された。そこにミスリルとアダマンタイトのゴーレムを出す。
「ああ……本物だな。不純物の無いミスリルにアダマンタイトだ……」
「これでもっとマシな武器を作れるね、あんた。作り直した武器より余程耐久力のある……少しでも生還率を上げられる武器が」
はっ、と気付いた。ファングとフラウは南方で戦う人のための武器を手がけてきたのだということ、帰ってくる人が居ない今の状況は、精一杯工夫を凝らしても耐久力に欠けざるを得ない武器しか作れなかった自分達にも原因があると内心で責めていたとことに。
まだ南方の状況が詳しく分かっているわけではないはずだ。だが、送り出した誰もが帰ってこない状況下では……特に時間が経っていればいるほど彼等が死んだのだと思うしか無くなる。
俺は慰めの言葉も、励ましの言葉も言えなかった。
「ああ、ごめんね、しんみりしちゃって」
いや、別に構わない。南方諸国の問題で悲しんでいる人が予想以上に多そうだと分かったからな。俺たちが行っても大した力にはならないかもしれないが、何らかの力にはなりたいと決意できた。
「……そう言えば、ファング。フォーチュンバード製のアダマンタイトやミスリルもあったのだが、これらも使えるか?」
そういうと二人がシュバンッとこちらを振り向いた。その早さは光のごとく……恐ろしい反応速度だった。
「……今、何と言ったシルヴァー……」
ファングの目がギラついている。
「フォーチュンバード製のアダマンタイトやミスリルも持っているが、使えるか? と言っ……うぉっ」
ずいっと目の前にファングの顔が。キスする気かお前は……。
「もちろん、使えるとも。さぁ出せ! 今すぐ出せ! 言い値で買い取るぞ!」
そこまで言うほどなのか……。
「ケイトにも渡してしまったからこれだけしかない」
「……ふむ、十分だと思うぞ。……この分だと徹夜でやらなくてはな。しかし、これは大層な難物だという評判だ。だが、腕が鳴るというものだ。フフフフフ」
……そうか。喜んでくれたようで良かった。楽しみに待っているとしよう。
……流石に無茶な改造はしないよな?
*******
『これだけしかない』と言いつつもファングに売ったのは俺から見ればそれなりの量だった。全てを俺達の武器の補強に使うわけではないだろうが、依頼した2日後になって渡したからまだ終わっていない可能性もあるのだ。
「こんにちは」
今日ここに来たのは俺とロウの二人だ。
「あ、シルヴァー、ロウくん。ちょうど良かった。先程あの人があんたのとこの武器のメンテナンスおよび補強を終えたところだよ」
「そうか。徹夜とか言っていたが、大丈夫だったのか?」
「無論、ピンピンしているぞ、シルヴァー。さぁ、奥へ来てぜひ、武器の仕上がりを見てくれ」
「ファングか。確かに元気そうだな」
少し安心した。
「3徹くらいは楽勝だ」
「……そうか」
職人ってすごいな。
と話しているうちに武器が置かれてある場所に来た。まず目に入るのはロウの刀(虹色)だ。
「あの……シル兄さん。気のせいだと思いたいのですが……何か、僕の刀、虹色なのは変わっていませんが、神々しいオーラが追加されていませんか?」
そうだな。神々しい刀になっているな……。
「ファング?」
「ええとな……確かに見た目はちょっと変わったな。だが、注目して欲しいのは新しく備わった効果だ」
新しく備わった効果?
俺はもう一度ロウの刀を見る。しかし、見ただけで効果が分かるはずもなく。すぐに降参することになった。
「で、新しい効果って何だ?」
「聞いて驚け、自動修復だ。フォーチュンバード製のアダマンタイトを使ってみたんだが、人の手では不可能とされていた機能を付けることが出来た」
「……何だって!?」「本当ですか!?」
自動修復はヨシズの装備に付いていた機能だったな。それがロウの刀にも付いただと!?
「間違いない。それと、この話は内密に頼む。どうしてその機能が付いたのかはさっぱり分かっていないからだ」
偶然の産物ということか。とすると俺の方は自動修復が付いていない可能性もあるな。
ところで、何故この素晴らしい発見を内密にしなければならないのか。もしこの話が拡散してしまったら、俺達と同じようにいきもの装備を手に入れてしまった人は大挙してくるだろう。見た目が気に入らなくても能力は折り紙付きならば、それを使うのが冒険者だ。そして、少しでも強化する余地があるならばそれを行うのもまた冒険者というものだ。その強欲の波は立場が強い職人であっても逆らいにくい。最悪は職人人生が詰むことになる。そうならないように、ということだろう。
「分かった。このことは誰にも話さないと約束しよう」
「助かる。それで、ロウの刀だが、自動修復の他には少しばかり切れ味が上がったようだ。試し切りは魔獣にしておくといい」
「はい」
「それでシルヴァーの刀だな。こちらは残念ながら自動修復機能はつかなかった。特に目立った追加機能は無いな。切れ味がかなり上がった程度だ。ただ……奇妙なことにこの2つを軽くぶつけてみると魔力の波が発生するようだ」
俺は2本の刀を手に持って軽くぶつけてみる。確かに魔力の気配がした。
「人体に悪影響はないし、危険な物ではないと思う。もし不都合なことがあったらすぐに来てくれ」
「分かった」
いろいろな意味で能力が上がった武器を手にした。南方で活躍できると良いと思う。ただ、少し不安なのはフォーチュンバード製のアダマンタイトやミスリルはケイトにも渡したということだ。あちら(防具)にトンデモ機能が付いていたらどうしようか。
少しだけ不安だ。