ドルメン10 今日も今日とて雑務依頼
爽やかな朝の陽気に照らされ、俺は目を覚ました。
昨日の騒ぎでは酒も出て来たが周りがベロンベロンに酔っ払っているなか、俺はほとんど素面だった。空気読んでないとか言うな。以前呑んだ時の翌日の辛さが地味にトラウマなんだ……。
……下へ降りていくと、一部はまだ寝ているようだ。酔いつぶれるまで呑んでいたのだろう。仮定形なのは俺やシュトゥルムのメンバー、ヨシズは早々に退散したからだ。翌日も依頼を受けなくてはならないからな。
俺に至っては継続依頼を受けているから酔いつぶれてなどいられない。以前飲んだ時の翌日の頭痛と吐き気の酷さに懲りた。まぁ、二日酔いにならない程度には飲むが、うわばみと言える人種には程遠い。どうしてあんなに飲んでケロッとしているんだろうな。
「お、シルヴァー。おはよう。昨日は寝れたか?」
声をかけてきたのはヨシズだ。どうやら丁度朝食を済ませたところらしい。
「おはよう。大丈夫、寝れたさ。ヨシズは早いな。何かあるのか?」
この時間から活動する冒険者は滅多に見ない。いたとして、護衛依頼を受けて他の町へ向かうパーティくらいだ。
すると、ヨシズはニヤリと笑って
「あのマルバツテストの結果が悪かったらどうやって常識を分かってもらおうかなぁ、と思ってな」
その言葉に俺は頬を引き攣らせた。言い方からして、罰ゲームらしいイベントになりそうだ。日没が恐ろしい。
「お手柔らかに……」
「ハハハ。疲れた体に鞭打つような真似はしないさ。今日は多分答え合わせだけで終わると思うぜ」
それなら今日は雑務や討伐以外のものを受けてみようかな。その時の依頼状況にもよるが。
その時女将が朝食を運んで来た。
「はい、お待ちどうさま。昼はどうする? 要らなければ出る前に言っておくれ」
「分かった。考えておこう」
とは言ったが、俺の意識は半分以上朝食へと向かっていた。昨夜に夜食として上位種のピギーを少しつまませてもらったが、絶妙な味付けで余計に何か食べたくなってしまったのはなかなかの笑い話だ。
つまり、朝まで空腹を感じる腹を抱えている羽目になったのだ。今の状態は目の前に獲物がいる猛獣といったところか。
「頂きます」
今日はご飯にカウの煮込みだ。品数は少ないがボリュームたっぷりだからここの朝食は冒険者に人気らしい。
「食べているところで悪いが、今日の夜にここへ来れるか? マルバツの結果発表はお前がいないと意味がないからな」
「確約はできないが、多分大丈夫だろう。早くて6時、遅くても9時にはここに来れると思うぞ」
ヨシズは少し考え込んでから言った。
「それなら、8時からを想定した予定にしておこう。ただ、気を使わなくていいからな。依頼優先で頼むぞ。もし、どうしても間に合いそうになければスパッと諦めてのんびり来いよ」
そう言って先にギルドへと向かって行った。そこまで言ってくれるなら、好きに依頼を受けようか。
「ああ、満腹だ。女将、昼は他の食堂へ行ってみるからいらないよ」
「はいよ、食いっぱぐれないようにね!」
その忠告を背に俺は宿を出てギルドへと向かう。
*******
ギルドに着いた。昨日より少し早目だからまだ混んではいないが、手続きが終わったくらいに混み始めるだろうな。
「お待たせしました。ご用件は何でしょうか」
前に並んでいた二人の手続きが終わり、シルヴァーの番になった。今日はアンさんではない子だ。
「継続依頼の弁当の配達を受けたい。二日目だ」
「あら、あなたがシルヴァーさんなのね? 本当に助かるわ。ギルドカードを預かります」
少し待った後俺の手続きも終わった様だ。礼を言ってギルドを出る。
そしておよそ10分歩くと【猫追うネズミ亭】に着く。
「おはようございます。サーナさん、居ますか?」
「はい、……あら、シルヴァーさんでしたか。おはようございます。今日は早いんですね。カードを拝見させていただきます」
「これだ」
「はい。……お返しします。簡単に説明します。本日も回っていただくのは五つです。しかし、一つ別の場所になって居ますので、お気を付け下さい。完了報告が午後2時以降になられますと、依頼失敗とさせていただきます」
概ね昨日と同じ様になりそうだ。だが、一つ場所が違うのか。言ってもらわなければ気付かなかったかもしれない。
「分かった」
ギルドカードと弁当を受け取って早速向かう先を確認する。鍛冶屋に花屋、魔道具屋、教会に診療所か。別の場所と言うのは花屋だな。ジニアさんのところか。あの人は雰囲気的に見ればどちらかと言うと家庭的で弁当を頼むような感じではないのだが……。何かあったのだろうか。
「取り敢えず、鍛冶屋を覗いてラグールが出てこなければジニアのところへ行こうか」
俺はまず、鍛冶屋へ向かう。そんなに離れていない上、道も空いていたので5分で済んだ。
「おはようございます! ラグール! 居るか~」
「……(カンカンカン)……(カンカン)……」
何か作業している音はするので、居ることは確かだが、出てこなさそうだ。先に花屋へ向かおう。
「おはようございます。ジニア、居るか~?」
「おや、おはようございます。弁当の配達ですね。三人分お願いします。割符はこれです」
やはり一瞬女性に見えるなぁ。何故だろうか。
「何か変な事考えませんでした?」
俺の思った事を察したのかそう言って笑っていたが、笑顔の後ろに鬼が見えた気がした。
「イイエナニモ」
思わずカタコトになって姿勢を正す。
「割符は間違いないな。これが弁当三個だ」
「ありがとう。後5分すればラグールの手も空くと思うから音が途切れたら奥へ入って行って。私はこれから老婆様のところへ行くから引きずり出せないんだよ」
ごめんねと言ってジニアは店を片付けていく。ラグールの手が空くまでは暇だからと俺も少し手伝った。
ジニアが出かけ、ラグールのとこからしていた音が聞こえなくなった。そろそろだな……。
「ラグール! 弁当配達にきたぞ!」
「……奥へ来てくれ……」
奥から少しくぐもったラグールの声が聞こえた。ようやく作業が終わったようだ。俺は奥へと向かう。
「すまんな、待たせたか。さっき来ていただろ」
気付いていたのか。あの音の中感じられるとは、冒険者顔負けだな。
「先にジニアのところへ行ったから何の問題もないぞ。割符はここにあるのか?」
「ああ。これだ。今日はジニアを当てに出来ないからな。忘れないようにここへ持ち込んでいたんだ」
そう言って指さした先にあったのは炉のすぐ上。……いや、ちょっと待て。
「おいおい、燃えるだろうが! 何やってんだ」
「大丈夫だ。ここは燃えることはない。念のためクールの魔法を掛けているからな」
クールは対象物の温度を任意に下げる魔法だ。その温度と周りとの差が大きければ大きいほど使用する魔力も多くなる。
クール < アイス < ブリザード << ??
ブリザードの上にもう一つ最上級の魔法があるそうだが、それを知っているのは極限られた人だけらしい。使えるだけの下地があるなら自然とどういうものか分かるそうだ。
「クールが掛かっているなら燃えないだろうな。心臓に悪い……」
「すまん、すまん。それで、これでいいよな?」
ラグールは割符を剥がして持ってきた。
「ああ。問題ない。これが弁当だ」
「あいよ」
ラグールに弁当を渡して次のところへと向かおうとした時、壁の方に立てかけてあったある盾が目に入った。
「ん? どうした」
「この盾って……ヨシズのか?」
「ああ。そうだが。昨日の夕方に持って来たんだよ。無茶な扱いをした様で、大分傷んでいるんだ。何か知っているのか?」
そこで、俺は昨日のピギーとの戦闘について話した。修理に出す程傷む原因にはあれしか浮かばなかった。
それを聞いたラグールはと言うと、
「んな無茶な……。ヨシズは元から常識外れな行動が目立っていたが、お前もか。まぁ、悪い方向での外れっぷりでは無いのが救い、か?」
何故か、呆れの方向が俺の方を向いたが、最後はそれならあの傷み具合も納得が行くと締めた。
『もし、ヨシズに会ったら修理は終わったと言っておいてくれ』
去り際にそう伝言を頼まれて俺は次の所へと向かう。
さて次は魔道具屋だ。