ドルメン1 始まりは日常から
『……誰か聞いているかい? 私はヘヴンと言う。鈴を持つ君の名前は? おーい! ……いないのかな。ヘヴンさん寂しい』
ああ、夢だな。懐かしい。俺に外の世界の素晴らしさを説いて森から出てみようとまで思わせたヘヴンの第一声だ。あの時はいきなり鈴から声がして心底驚いた。
確か、この後は変化への指導だったか……?
『おや? この唸り声は虎かな。もしや……そこにいる君、変化してみないかい』
そうだ、返事をしようとしたら突然人間の映像が出て来てこれに似せて変化してみろと言われたな。
『人の社会は真新しいものばかりで楽しいよ。もっと広い所へ行ってみなよ。狭苦しい森に篭ってないでさ。一人は寂しいよ?』
……確か、続いた言葉は……。
『仲間はいいものだよ。作ってみるといい』
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カチコチカチコチ……
時は止まることなく刻まれてゆく。
かつて住んでいた森では、刻まれて行く時がなんと煩わしかったことか。
しかし、ある時突然鈴を通じて話しかけてきたヘヴンの奴に乗せられて、俺は虎人族として生きていくことになり、気付いたら煩わしさは一切感じられなくなっていた。
そう言えば、奴は過去で過ごしているんだったな。今より進んだ文明だったらしいからより高機能の魔道具を作っているかもしれない。
もともとその手の才能があったのだろう。奴が生きている時に作ったらしい魔道具の懐中時計と鈴はなかなか便利だ。特に鈴は過去にいるヘヴンと通信出来るという謎機能が備わっている。しかも、作られてからかなりの年数が経っているはずなのに壊れることもない。
それにしても、暇つぶしと称してちょくちょくかけてくるのはどうにかならないだろうか。俺が迷惑しているのは気付いてないだろう。いや、あの口調で性格はあまりよろしくないからな。もしかしたら知っているかもしれないな。
こんなにいい朝に奴のことを考えなくてはならないなんて……間違いなくあの夢のせいだ。
カチコチカチコチ……
さて、そろそろ下の食堂で朝食が出される時間だな。回想はやめよう。
昨日に引き続き少ない飯にしかありつけないなんて、冗談じゃないしな。まぁ、昨日のはこの宿の一部があまりにも脆くなっているのを見ていられなくて行動した俺の自業自得なのだが。
そう思いつつ下へ降りて行く。
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「さあ、お待ちかねの朝食だよ! いつも通りお代わりは2杯まで。残すのは許さないからね!」
混み合った食堂に女将さんの声が響く。
「おや、シルヴァーじゃないか!昨日は助かったよ。今日はたっぷり食べな!」
「おい、女将!贔屓じゃあないか?」
「「「そうだ そうだ!」」」
「だまらっしゃい!この人はあんた達とは違って宿の屋根を直してくれたんだよ!あたし達の予想より脆くなっていたみたいでね。徹底的に補強してくれたんだ。当然時間がかかっただろうさ。昨日は夕飯を少ししか用意してやれなかった。だから、せめて朝食は満足するまで食べて欲しかったんだ」
「「「「……サーセン……」」」」
見て見ぬ振りをしていた自覚があるのか、一気にトーンダウンする冒険者一同。
「ということで、満腹になるまで食べていってもらうよ」
「ありがたい。正直にいうと、腹が減って仕方がなかったんだ」
オレは満足するまで食べた。5杯のお代わりをさせてもらった。
「美味かったよ。ありがとう」
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シルヴァーが去った宿にて
「聞いたかい。美味かったよ。ありがとうだって。冒険者なのにああいう風にさらりと言ってくれるなんて男の鏡だよ。ああいう人に女は惚れるんだ」
それを聞いた亭主が奥から出て来て言う。
「おいおまえ、あんまり他の男の事を言うな。まさか惚れたとか言わないよな?」
「あら、いやだ。あたしが惚れるのは後にも先にもあんただけだよ」
「おまえ……」 「あんた……」
(((うっへぇ、胸焼けが……)))
食堂では宿の夫婦が出す甘い空気に耐えきれず、殆どの冒険者はさっさとギルドへ依頼を受けに行った。
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ギルドにて
冒険者としての日常……つまり、俺の日常はギルドへ行って依頼を受けること。その繰り返しだ。
「あら、シルヴァーさん。依頼を受けますか?」
「ああ。今は近場で済ませたいのだが。討伐以外でいいのはあるかな?」
「討伐依頼のほうが、ランクは上がりやすいですが、いいのですか?」
「構わない。しばらくはこの町にいるつもりだから。討伐依頼以外のほうが、広く知り合いが作れるだろう?」
「なるほど。それならば、弁当の配達依頼はどうでしょう?いろいろなところを回れますよ。一週間続けなくてはなりませんが、シルヴァーさんの要望には応えられるかと思います。ただ、労力の割に賃金は低いですが」
「それにしよう」
「かしこまりました。本当は新人の体力つけに使われる依頼ですが、今日は受ける方がいませんからねぇ。助かります。では、ギルドカードをお借りします」
彼女の名前はアン。ギルドの頼れる受付嬢である。ただの受付と思うなかれ、荒くれ者達さえ彼女の前では大人しくなる(させられる)。そこらの冒険者では敵わないほど強い。少し前までBランク冒険者だったそうだ。
ちなみにギルドのランクは下からE、D、C、B、Aときて、ソロで暴走竜レベルの相手をを狩れる実力で最高ランクのSと認められる。ちなみに今現在、シルヴァーのランクはDである。
虎人族として人に紛れて暮らし始めてからまだ半年も経っていない上に、依頼としてカウントされていない仕事(ギルドに依頼される前にその場で引き受けたもの)が多く、昇格試験を受けるための依頼達成件数に到達しないのが原因である。シルヴァーの実力は低く見積もってもB。実力があるのだからさっさと相応のランクになってくれというのがギルド側の本音だ。
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「ここか……」
俺は依頼者の宿【猫追うネズミ亭】に入り、見渡す。たむろしている面々を見るに、どうやら利用者は若い冒険者が多いようだ。新人向けというのも宿の主人が気を利かせた結果なのかもしれない。
「すみません。ギルドから弁当配達の依頼で来たのだが、確認してもらえるか?」
「はい、あれですね。あなた一人ですか? 回れなくはないでしょうが、重いですよ?」
そう言って出て来たのは俺が泊まっている宿の女将に似た女性だった。
「アイテムボックスが使えるから心配はないはずだ。つかぬ事をお聞きするが……【ネコ居つく亭】の女将とは何か関係があるのか?」
「おや、なかなかの慧眼ですね。冒険者として申し分のない観察力をお持ちでいらっしゃる。
申し遅れましたが、私はサーナと言います。あそこの女将ラーナは私の姉です。二卵性の双子ですので、初見で聞かれることはあまり無かったのですがね。
ああ、そうでした。配達依頼を受けていただいたのですよね?ギルドカードを拝見させていただいます」
「これだ。それにしても、双子だったのか。雰囲気が似ているとは思ったが……。そこまでは流石に分からないな」
「二卵性だとかなり差が出るらしいですからね。分からないのも無理ないことかと思いますよ?
ギルドカードをお返しします。では説明しますね。
回っていただくのは全部で五つです。場所は地図を見て確認してください。弁当を渡す際、こちらの割符を向こうに渡してある物と合わせ、回収して来てください。午後2時を過ぎてしまった所で残念ながら依頼は失敗とさせていただきます」
「分かった。話し込まないように気を付けよう」
そう言って俺はアイテムボックスへ弁当と割符を入れて宿を後にする。
「は……い。よろしくお願いします。……気を付けるのは話し込まないようにするよりも回り切ることだと思うのですが……行ってしまわれましたね」
おそらくこれから数話は町の外に出ないと思います。ダラダラ綴って行くのでのんびりとお付き合い下さい。