舎弟が出来た訳だが
「…いいでしょう。アナタ達…いやお前たちは今日から私の舎弟です。私は名無しの赤さん。これからこのスラムで頂点に君臨する存在です」
ストリートチルドレンからのスタートとか真に遺憾だったけどね。
だがしかし、過ぎた自分の不運ばかりを悔やんでも仕方がないじゃないか。
こうなったら俺はまずここで天下取ってやんよ。
どん底からのサクセスストーリーを成し遂げてやんよ。
そして将来その自伝本を出版して一儲けしてやんよ。
ふふふ、なんだなんだ。これはこれで結構楽しそうではないか。
却って一般家庭とかに生まれなくて良かったかもしれんね。
「頂点に君臨とか赤さんマジぱねぇっす!マジでリスペクトっす!」
「俺たち一生赤さんについていきます!」
お前ら…何かあれだな。舎弟っぽさを惜しげもなく前面に押し出してくるねうんよろしい。
「さて、私は名無しですがお前たちには何か名前はあるのですか?」
というかさっきからのこの俺の喋り方は何なんだろうね自分でも分からんわ。
ノリでフ●ーザ様チックな感じを演出して醸してしまった。まぁいいでしょう。
俺の問いかけに、二人は顔を少しだけ曇らせる。
二人は口を開く。
「…名前というか呼び名はあるっす。俺はノッポって呼ばれてるっす」
「そして俺はチビって呼ばれてます」
うわ、それってとっても安易ですね。
どうにも不満気な二人の表情を見ると、強制的につけられた呼び名らしいな。
「それはアナタ達のボスがお前たちにつけた呼び名ですか?」
「そうっす…ここら一帯に住み着いてる子供達全員のボスがいるっす。子供達は全員そいつに呼び名を決められるっす。俺もチビもそいつに呼び名をつけられたっす」
ノッポとチビはがっくりとうな垂れる様に顔を伏せた。ふむ。
「そのボスというのは実に有能な人物ですね。いかにこの様なゴミの掃き溜めみたいなスラムといえど、それを纏め上げ自分を畏怖の対象にまで祭り上げるまでのその工程は一筋縄とはいかなかったでしょうから」
俺のその発言を聞いて、二人はがばりと顔を上げ、とんでもないという風に声を荒げた。
「あんな奴、ただ図体がでかくて力が強いだけっす!」
「あいつは暴力を使って弱い者を無理やり服従させて、ボスになっただけなんです!」
「いやいや、それで結構じゃないですか。自分が持っている強みを最大限に行使して目的を達成するのは何も非難されるべき事でもないでしょう。事実、お前達だってさっき瀕死のおっさんから窃盗を働こうとしていたではないですか。これは弱い者を無理やり服従させる事にはならないのですか?」
「そ、それは…」
「生きるために仕方なく…」
「そうですね。人間は生きる為に必死です。生きる為ならかなり愚かな事までやらかしてしまうでしょう。しかし人間はその生きるという問題がある程度の水準を保てる所までいったのなら、そしてそこに可能性があったとしたなら、そこに欲を掻いてしまう物でもあります。もっと、もっと…と、欲を掻いてしまうのです。たとえばお前たちは私から最初にファミチキを一つずつ受け取りましたね?」
「「…はい」」
「きっと先刻までの食に飢えているだけのお前たちならその一つで満足した筈です。しかしお前たちは私がファミチキをまだ出せる事を知ってしまった。ファミチキに無限の可能性を見出してしまった。ボスはファミチキではなく自分の力にその可能性を見出しただけの話です」
「「………」」
「つまりお前たちが非難しているそのボスと、お前たちは本質的には何も変わりはしないのです。それぞれの可能性がファミチキか暴力か…その違いしかないのです」
ノッポとチビは無言でそれぞれ手にしているファミチキを見つめた。
そこに今まで自分達がボスから受けてきた虐げを重ねているのかのようにいやそんな馬鹿な、いやまぁいいや。
うん、自分でも何言ってるかよく分らん。なんだよ…ファミチキor暴力って。
まぁ始めに相手をこき下ろしてから上げるってのが人間掌握の基本らしいから、適当な事言ってこき下ろしただけなんだうん。
でも思いの外うまくいったっぽいな。ノッポとチビはかなり神妙そうな顔をしてただ黙っている。
…よし、これくらいでいいか。
俺はそれまでの責める様な口調を少しだけ緩め、諭すような口調をつくる。
「何もそんな顔をしなくてもいいですよ。これは別に悪いことではないのです。そのボスも、お前たちも、そして私だって。みんな人間だもの。そんな物です」
俺がそう言うと、しかしノッポは今にも泣きそうな顔で口を開く。
「でも赤さん…じゃあ俺たちはアイツがやってる事に文句なんて言えないっす」
文句ねぇ…そんなもん言っても何の足しにもならんでしょう。男なら口じゃなくて行動でどうにかしなきゃね。
「逆に考えるのです。こちらが相手のやっている事に文句を言えないという事は、それと同じ事をこちらがやった場合には、相手もまたこちらに文句など言えないという事ですよ?目には目を、歯には歯をって奴ですね」
「「…ッ!」」
二人は目を見開く。俺が何をしようとしてるのか気付いたようだ。
俺は、ばぶぅと不敵に笑ってから、静かに言った。
「そのボスとやら、私が暴力でもってぶち転がしてやりましょう」