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妖使いのはがゆさ  作者: 雪月葉
巡る小ヘビと回る外道
6/30

巳の四

 檻があったとしよう。

 檻と言うものは本来、動物など危険なものを閉じ込めているものである。しかし果たして彼らからしたらどうだろうか?

 鉄の格子を挟んだ向かい側にいる観客たちこそ、動物たちから見て閉じ込められているように見えるのではないだろうか?



「……で、それがどうかしたか、のー?」

 朝の麗らかな日差しがカーテンのない部屋を薄く照らす朝五時五分五十五秒。薄いタオルケットにくるまりながら淡々と俺の口から言葉が発せられている。それに応えるのは無表情、だけど本当はエロい少女、真水だ。

 俺は馬乗りになった彼女を見上げる形で宥めるように声をかけた。

「つまりだ、ワトソン君。捕まえたと思っているのは観客たちだけであって、その実本当に捕えられているのは観客である、そういう話だよ」

 内心冷や汗ダラダラに、自分でも何を言っているのかわからないのだが、とりあえず目の前にいるロリ少女へと待ったをかける。現在彼女が腰を落としているのが俺の腰より下なため、可及的速やかに問題を解決しなければならないのだ。

「…………つまり唯火はみをゲットしたいわけかのー。それならそうと早く言え、のー」

「違うっ! だから俺が真水を捕まえてるわけだからここは穏便にすませてやろうとだね……あっ、止めて! パンツ下ろさないでぇええ!」

「ふふふ、なかなかのー。ん……朝から準備万端のー。みに欲情するとは、お客さんも好きねー。のー」

「い、いやぁあああ! 朝の生理現象を変な解釈されてぼくちん貞操の危機!? まんまー!?」

 焦らすような動きで下着に手をかける真水。必死に体をくねらせて逃れようとするが、相手も中々に猛者である。上下に動きながら馬に乗るかのように力を受け流していた。

 ちなみに勇者唯火の初期装備はトランクス+Tシャツのみである。武器はなしだ。あ、今手元にティッシュボックスが触れた――

「てい、のー」

「ああっ! 俺の最強武器が!」

 と思ったら投げ捨てられた。無残にも散っていく最後の砦……くっ、一体どうすれば!

「さあ、本能のままにみを襲うといいのー」

「あ、それじゃあ遠慮なく……ってぬぁああああ!」

「いやん、のー」

 ちらりと白いワンピースをたくし上げる真水をひっくり返し、俺は窓を開け飛び出した。

「俺は、ぅ俺はぁあああ!」

 脳裏にチラついた柔らかそうな肌色を必死に振り払い、そのまま走って向かいの川へとダイブ。意外に浅かったせいか頭に先の尖った石が刺さってしまった。

「いってぇええええ!」

「はあ、もう少しだったのに、のー」



 俺の徹底抗戦の甲斐もなく、自称妖とかいう少女は俺の家に住み着いてしまった。今朝も今朝で俺を誘惑するし、まったく彼女は何がしたいのやら……。最初はラッキー? とか思ってた俺だが、こう三日続けてあんな感じではラッキー以前に貞操が危ない。

 まあ、あんなに好意を見せてくれるのは嬉しいと言えば嬉しいんだけど、今の今までが最悪だったから素直に喜べないというか、裏があるんじゃないかと勘ぐってしまう。嫌な人間だな、とは自分でも思う。でも今までの生活があるからなんとも……。

「はぁ……とりあえずは保留にしよう」

 とぼとぼと川沿いを歩きながらため息を一つ。今から学校があるので真水とは放課後まで合うことはないので、襲撃に気を使わない分楽ではある。その分体質がもろに出るので心休まるかと聞かれれば微妙だが。

 頭に浮かぶこの後に行われるであろう所業を思い浮かべ、苦悩する。こうなったら仕方がない。美人なクラスメイト達に癒やして貰うしかないだろう。

 ってな訳で、

「やあ! そこ行く美人なねーちゃんおっはよーう! これからぼくと仲良くモーニングしない?」

「きゃっ!? 何こいつ、キモッ! てゆーかマジで気持ち悪いんだけど!? どっか行ってよ!」

「おふぅ! キモイよか気持ち悪いの方が心に刺さる!!」

 逃げるように立ち去る少女A。

 ふっ、まだまだ女なんてたくさんいるんだ、気にするな俺!

 ……まあ、そう意気込んだのはいいんだけど、やっぱり体質はそうそう簡単には変わらないもんだ。ついさっきまでの真水のラブラブっぷりと比べて雲泥の差である。

「くそぅ……俺に辛辣な言葉を投げかけた五秒後には砂糖より甘ったるい声を出して男に媚びへつらいやがって……」

 俺の眼前でいちゃつくアベック。女の方が一度振り返って嘲笑う。チッ!

 ガンくれてても空しくなったのでさっさと校門を潜ることにした。


 俺の通う高校は広大な敷地面積を誇り、中高大が同じ敷地に建っている。名を三田陽上学園と言い、高等部へは校門を潜って西に行った場所にある。真っ直ぐ行けば大学部の研究館という名の高層ビルが建ち、東に行けば青い果実があちこちに実っているわけである。まあロリではない俺にとってはあまり行く必要のない場所なのは確かだ。


 *******


 教室へと入り、窓際の自分の席へと座る。朝のムカつく光景が未だに頭を離れない。こういう時は友人と会話をして気を紛らわそう。

「いやー、今朝からこれこれそれそれなことがあってさー。どう思うー?」

 後ろの席へと振り返りながら携帯をピコピコ弄っている茶髪の少年へと気さくに笑いかけた。

「知らねーよ。というか、あんた誰?」

「はっはっはっ、なに言ってんだよこいつぅ~! 俺は羽臥野唯火! 全女子の憧れの的にして誰よりもモテモテな男さ!」

「キモッ。つーか話し掛けんな、クソが」

 汚いものを見るような目で俺を見やがるただのクラスメイトA。ちょっと話しかけただけでこの言われようである。俺がなにをした。

「ま、まあ俺に嫉妬するのはわかるさ。なぁ、隣のぽっちゃり少女よ!」

 今度は隣の席のややふっくらした体型の女子に話しかけた。きっと彼は俺のモテっぷりに嫉妬をしていただけなのだろう。それならば異性である彼女と話せばいいだけの話だ。

「…………腐った魚より薄汚い目で見ないでくれないかしらぁ? わたしの体が腐るわぁ」

 ……俺の両腕に収まりそうにないほどの脂肪を腹に溜めこんだ少女はそういうと鞄からポテチを取り出して口に流し込む。で、こっちを見つめてゲップ。

 うん、これはあれだ。

「……鬱だ、死のう」

 生きる気力がゴッソリと持ってかれた気がした。机に顔を押し付けながら目から汗を垂れ流す俺。人前ではなかないよ、男の子だもん!

「はいはい、お前ら席につけー。これからHR始める……あー、その前にそこの男子。学校の備品を汚してる人間の汚物。気持ち悪いから顔を上げるなよ」

「先生!?」

 いきなりそんな事をのたまいやがるのは我らが一年二組の担任である。神々しいまでに眩しいハゲ頭を涙目で睨むが、既に先生様には俺の声は聞こえていなかった。正確にはクラスの全員。

「うぅ……体質のせいではあるんだろうけどさぁ、非道すぎるよね? はぁ、帰りたい……」

「帰りたいなら帰れー。先生もお前がいないと清々するから」

「PTAに訴えるぞこんちくしょう!」

 涙声の怒声も周りの奴ら無視だ。……無視は地味に傷付くんだぞ!?

 驚くかもしれないが、これは俺にとって日常なのである。体質のせいか、どうやってもクラスメイトからはいいように扱われない。そう、体質さえなければモテモテの人気者になってるだろうに(願望)。

 もういいや、寝てしまおう。起きていても怒られるだけなので机に突っ伏して寝る体勢に移行する。

「あー、言い忘れてたが……羽臥野、お前だけは授業中寝たら問答無用でテスト零点にするから」

 が、その逃げ道すら塞がれてしまった。

「俺だけ!? 先生! ぼくの後ろの席で既に夢の世界へ旅立っているババ色に髪を染めた野郎はいいんですか!?」

「羽臥野じゃないから許可ー」

「先生! ぼくの隣でペロペロキャンディーしゃぶりながらポテチを貪り食ってるデブゴンはいいんですか!?」

「羽臥野じゃないから許可ー」

「先生! ぼくの前の席でノーパソ開いてネトゲしてる廃人はいいんですか!?」

「羽臥野じゃないから許可ー」

「先生! さっきから羽臥野死ね、っていいながらゴミクズをぼくに当ててるイジメまっしぐらなクラスメイトたちはいいんですか!?」

「羽臥野じゃないから許可ー」

「先生! さっきから同じ事しか言ってないハゲた先公は人としていんですか!?」

「人として駄目なのは羽臥野だけだからいいんだよ」

「俺人として否定された!?」

 流れるような出される模範解答に感涙を禁じえない。先生はさもうっとうしそうにシッシッ、と手で払っている。

「あー、羽臥野、うるさいから廊下に出てろ。授業にならん」

「しかも俺だけかよ!? グレてやるー!」

 あまりな言葉の数々に、涙を滝のように流した俺はカバンを引っ掴むと教室を飛び出した。


 ******


 教室から抜け出した俺は涙を拭きながら階段を駆け上がっていた。目指す場所は屋上である。何故かって? マンガやゲームならば屋上とはイベントの宝庫だからだ。きっと今頃はだれもいない屋上で儚げな少女が涙を流している頃合いだろう。そしたら俺は彼女を胸に抱きしめ、こう言うのだ。

『悲しいなら、俺の胸で泣きな』

 そして始まる純愛ラブストーリー。

 ふふっ、何て格好いいんだ。思わず自分に嫉妬してしまった!

「ぐふ、ぐふふふ……」

 おっと、つい笑みが先走ってしまった。ここは紳士的かつ爽やかな笑顔を見せなければならない。

 となるとどういった感じがいいのだろうか。階段を上りながらブツブツと脳内シミュレートを開始する。

「ふっ、お嬢ちゃんどうしたんだい? いや、ここはもっと神秘的に……今日は風が騒がしいな……うん、文学的で結構いいかも。うんうん、いい感じじゃないか!」

 途中からスキップで屋上への扉を目指し、俺は笑顔の練習に余念がない。ニコポという特殊技術がある世の中だ。是非とも俺も習得してみたい。

 段々と調子が上がってくる。扉に手を掛け、この先に待っているであろう美少女のために、俺はこの一月で一番の笑顔を浮かべて魂からの声を高らかに叫んだ。

「やあっ、ぼく唯火くん! ヤ・ら・な・い・か!?」

「…………」

 開け放った先の屋上に向かってキラリと光る歯を見せながら、手すりに手を付いている少女へとセリフを送る。若干思っていたのと違ったけど、誤差の範囲内だろう。

 少女は無表情に俺を見つめ、ポンと手を叩いた後近寄ってきて――――その()()()()()()()()を俺へと這わせた。

「何だ、やっぱり唯火もお望みか、のー。ふふふ、なら今すぐやるのー」

「待った待った待ったぁああ!」

 範囲外の誤差と言うのは、俺の家にいるはずの真水がなぜか学校の屋上で黄昏ていたということを言うのだろう。

 いや、本当になぜいるし。

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