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妖使いのはがゆさ  作者: 雪月葉
巡る小ヘビと回る外道
5/30

真水 1

 調子が悪い。


 封印から解き放たれたばかりだからか、妖力は元の百分の一あるかないか……とにかく最悪の気分だ。

 普段のみならあの程度の退魔士軽く蹴散らせたのに、今の妖力だと低位の妖怪に勝てるかも分からない。

 まったく、日本において最強とまで謳われたみとしては歯がゆさ全開である。


 そんな最悪な中、まるで霊力の塊のようなこの男に会えたのは不幸中の幸いだっのだろう。質のよい霊力は莫大な妖力へと変換出来る。それは退魔士関係者には当然の知識であった。

 こいつが今の今まで狙われなかったのは奇跡に近いだろう。

 漏れ出した霊力は少し舐め取るだけで失われた妖力が僅かに回復しているのが分かる。きっとこいつを食べればすぐにでも元の力を取り戻すことが出来るだろう。そんなことは分かっているのだ。でも……

「とっとと泣き止め、のー」

「な、泣いてなんか、ない……」

 何故なのだろう?

 情けなく涙を流しているこいつを見ると、こいつを感じると、胸が熱くなる。

「どの面下げて泣いてない言うかのー。ほれほれ、嬉しいかのー?」

「ちょっ! うひゃおう!?」

「うん、しょっぱいのー」

 みの長い舌をこいつの顔にペタリと巻きつけ、しょっぱい水を舐めとる。

 うん、美味。塩分が舌先に触れる。それだけで妖力が回復する。けれど、そんなものとは関係なく、こいつの涙だと思うだけで美味く感じるから不思議だ。

「そんなに悲しいならみが癒やしてやるのー。ほれほれ、こんなのはどうだのー?」

「お、おい待って! なに服の中に舌を……って、どこ舐めてるんですかー!?」

「ふふふ、そうは言っても体は正直だのー。ほれほれ、嬉しいか、のー?」

「あーれーお代官さまーって、違う! やるなら俺がやりたいわ! でもなくてえぇと……」

 ひょっとしたらこれもこいつの体質とやらのせいかもしれない。『人間』から嫌われる代わりに『人外』から好かれるような……。そこまで考えて怖くなった。今みが抱いている気持ちが偽物なのかもしれない。

「そんなにやりたいなら、ヤるといいのー。ちょっと恥ずかしいのー」

「ち、違うぞ! 俺はロリとは違うんだぁあああ!」

 叫びながらアパートから逃げ去って行く唯火へたれ)を見て、少しもやもやした気持ちが晴れていくのがわかる。あの涙を溜めた顔を見るとゾクゾクするのは気のせいではないのだろう。

 まあ、なにがなんだか分からなくはあるけれど、もう少しあいつといればなにかわかるかもしれない。

「それまでは精々尽くしてやるのー。覚悟しとけ、のー」

 とりあえずはそう結論付け、ペロリと舌を出した。



 **



 逃げ出した唯火が戻ってきたのはそれから数分後。なぜか全身水浸しで、血走った目をしてのご帰宅だった。

 その間に良妻賢母であるみは布団をしいて色々と準備は出来ていたのだ。あとは素直にパックンチョされるたけ……だったのだか、なぜか凄まじい葛藤を見せた後、唯火は壁に思いっ切り頭をぶつけて意識を失った。気絶しながらもいい顔してるのが余計にムカっときたのは内緒だ。

「なんというヘタレだのー。大体自分が気絶したらピンチになるのがわからないのかのー?」

 まあ、みとしては結局はこいつの霊力さえあればいいのだからむしろ好都合なんだけれど。体液交換は妖力補充の手っ取り早いやり方の一つなのだ。

 気絶した唯火へと近寄り仰向けにひっくり返し、その顔を眺める。

「………頂きます、のー」

 そう口には出してみても、何故かそれ以上近付ける気が起きない。それは多分、さっきのこいつの言葉が原因なのだろう。

「愛のない、のー」

 別に嘘ではなかったはずだ。一目惚れとは少し違うかもだが、確かにみは唯火を意識している。それがこいつの持っている体質故かはわからないが、好意というものならば確かに存在しているはずだ。

 しばらく考えて、みは唯火の頭を膝に乗せ、膝まくらをしてやる。おでこから流れている血を舌で舐めとりながら、彼の髪をくしゃ、となでた。

「今はまだだけど、すぐにみの虜にしてやるのー。覚悟してろ……のー」

 そうだ、いつかはわからないが、すぐにみのものにしてやろう。愛がどうのなんて気にならなくなるくらい骨抜きにして、みなしでは生きていけないようにするのだ。

 それを考えるだけで自然と笑みが零れる。覚悟していろ、蛇はとてもしつこいのだから。


 のー。

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