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妖使いのはがゆさ  作者: 雪月葉
巡る小ヘビと回る外道
27/30

巳の二十二

 唐突に辺りが静かになった気がする。遠くでは黒い渦が未だに回っているけど、それも静寂を乱さない程度だ。

 絶句したような空気は、真水達が声を上げる事によって崩された。

「え、えと……。ここは笑うとこかのー?」

『そ、そうなんじゃないかしら? とりあえず……兄様?』

 小槌が人に窺いを立てるというレアな状況を眺め、京勝さんの出方を待つ。どうも京勝さんは全部知ってるようだ。

「羽臥野唯火」

「は、はい!」

 低い声で京勝さんは俺に声を向ける。思わず背をピシッと伸ばした。

「そこまで分かっているなら、自分がどういう存在か理解出来ただろう」

「ま、まあ一応……。妖受胎者ってのがなんなのか知らないっすけど、字面から妖と関係があるとは分かりました。だからこれは先祖返りとかそんなもので、その、つまり……」

 ジロリと睨む京勝さんの目がめっさ怖い。出来るならすぐにでも逃げ出したくなるくらいだけど、それもきっと許してくれそうにない。俺は覚悟を決め、口を開く。

「つまり、俺って『妖が人間の創造主である』ってことを証明しちゃってる……んじゃないかな~、と……」

 どうやって妖が人間を生み出したかなんて分からないけど、この場合問題なのはそこではない。妖受胎者とかいう妖に関係があり、先祖返りをしてしまった人間が現実にいるということ。これによって『ただの仮定』から『現実味を帯びた仮定』にランクアップしてしまった。

 退魔士達からしたら冗談じゃないだろう。宿敵であるはずの妖が、実は人間を生み出したマザーだったなんて。

 つまりこれは、宿敵だと思っていた人物が戦ってる時に突然『私はお前の父だ!』なんて言って来るのと同じ。ちょっと違う気がしなくもないけど。

「ま、待てのー! みはこれでもかなり昔の妖だのー。けど、そんな話聞いた覚えもないのー」

 ちょっと現実逃避してる時に慌てて待ったをかける真水。しかし、その待っでは効果が薄い。

「例え古の妖でも、お前は長いこと封印されてたんだろう? 上級の封印は身体、妖力、記憶を封じるからお前の記憶はあてにならないんだよ」

 先輩の言う通りである。大体封印する時ってまず最初に記憶をどうにかするもんじゃかろうか。もし解けてお礼参りなんかに来られたらいやだし。

『兄様も、知っていらしたのですか?』

「……まあな」

 京勝さんは仏頂面で、一言で返すと巨大ハンマーを肩にかけて俺に向き直った。

「は、ははは。こんな時でも冷静なあなたが、べ、別に好きじゃないんだからね!」

 とりあえずツンデレ風に言ってみた。特に様子は変わらないのでツンデレスキーではなさそうである。

「四崎京勝。さっきも言った通りあれは羽臥野の制御を放れている。そこで彼を殺せば、本当に手が付けられんぞ?」

「……別に構わん。ここで妖受胎者を殺さねば、余計な混乱が生まれるだけだ。その時の被害は、この渦を放っておくのとは比べ物にならないものとなるだろう」

「それは、そうかもしれないが……。だが、だからと言って人の命を勝手に奪うなど、それこそお前の言う妖そのものだぞ?」

「……」

 先輩、庇ってくれるのはありがたいし、場の空気を読める唯火君は余計なことを言いません。でも、心の叫びくらいは許可をいただきたい。

 ……俺あなたに何度も殺されそうになったんですけど!?

「あれはギャグだからノーカンだ」

「一々反応しないで下さい! 例え顔に出てたとしても!」

 俺ってそんなに顔に出やすいのだろうか。真水も頷いているし、なんと京奈さんまでも。結論としては、どうやら俺は考えが顔に出やすい――

「私は妖を殺せればそれでいい」

 いやいや、そんな結論は待ってないです。京勝さんはこういう時でもマイペースのようだ。

「それに、その蛇を殺した後は貴様の番だ。一族の最後を知る者はもういらない」

「っ!」

 京勝さんの眼光が鋭く輝き、あの一条先輩でさえも一歩引いてしまう。しかしその下がった一歩を押し戻す人物がこの場にいた。

「黙って話を聞いてれば蛇だの殺すだの好き勝手言いくさりやがって、のー。いかに温厚なみでも、いい加減ブチ切れるのー」

 瞳を赤く染め、先輩を押し退けて前に出た真水は異様な雰囲気を身に纏っていた。普通の人間が見たら一瞬でちびりそうになるくらいの殺気を出している。

「はっ、一族が殺された? 妖が人間の創造主? んなもんみには関係ないのー。みがやるのはたった一つ」

 真水が手を動かすとそれだけで空気中の水が集まり、刃となる。その切っ先を京勝さんに向け、睨みつける。外見は大人と子供、しかし醸し出す雰囲気は二人とも歴戦の戦士とか、そんな感じだ。

「みと唯火の愛と肉欲の性活を邪魔する奴は、ブチ殺すのー」

 あの……真水さん、俺のことを想ってくれるのは嬉しいんだけどその言い方止めて下さい。じゃないと俺、豚箱に入れられちゃいそうだから。


 それはそれとして、ここでやり合うのは少しマズイかもしれない。真水は動けない俺を守って戦う訳だし、一条先輩にはもう頼みのロボもない。しかも現状それだけではないのだ。空には黒い渦が色々ハッスルしており、早く止めないとどうなるのか。……考えたくもない。

「はぁ~、面倒かつむっちゃたるいなぁ……俺の日常どこで変わったし」

 だれにともなく呟き、自分の半生を思い返す。ターニングポイントがどこかと聞かれたなら、即座に断言できる。あの夏の日、あの小川から俺の日常は少しずつ変化していったんだと。

 底辺にあったやる気を無理やり上げ、今にもドンパチが始まろうとしている区域にかる~い声をかけた。

「ま~ま~ちょっと待ちなさいな。少しは俺にも話させて、一応主人公だから」

「唯火……でもっ!」

「大丈夫大丈夫、ほら、俺ってダルいのも面倒なのもつまらないのも好きじゃないし、出来るだけ楽な展開にするよ」

 心配そうに覗き込んできた真水の頭をなで、先輩にも目配せをする。

「てー訳で、先輩も安心して座ってて下さい」

「……そうだな、そうさせてもらおう」

 にへら、と笑みを崩してすぐに視線を外す。そして次に視界に収めるのは仏頂面の京勝さん。

「うーん、ちょっと表情硬いなぁ。とりあえず笑ってみようか? ほらにっこり」

 何事も笑顔でやらなければ運気が逃げる。どこかでそんなような話を聞いていた俺は、京勝さんにも笑顔を促した。

「…………」

「え、えーっと……に、にっこり!」

「……」

「あ、あはははははは……」

「……」

 やはりと言うか、無言の圧力で返されてしまった。

「うぇ~ん、なんかめちゃ睨まれた~!」

「当然だのー」

 ちょっとした冗談なのに、場の空気を解そうとしただけなのにこの仕打ちである。世間は冷たい。

『……兄様、とりあえずあいつは私が』

「ちょっ、落ち着こうよ京奈さん!? そんなに俺にアタックしたいのは分かるけど少し落ち着こう!」

『よし、てめぇはあたしが殺る』

 落ち着かせようとしたら火に油を注いでしまった。なぜだ、俺のストロベリートークならばなんとかなると思ったのに。

 こうなったらふざけるのは無しにしよう。本題へと突入する。

「ま、まあまあ、少し話を聞いて欲しいんですよ、妖に一族を殺された四崎の生き残りさん?」

「……!?」

 その一言に一層殺気が濃くなるが、そんなもの俺には快楽にしかならないので放っておく。今は京勝さんの説得がなによりも最優先だ。

「これまでの話を統合すると、京勝さん達は四崎っていう退魔士の人間で、それが妖に殺された訳ですね? だから他の妖を狙う、と」

 まあこれは今まで聞いた話から推測出来るんだけど、肝心要なのはなぜそこまで妖を憎むのか、というところだろう。家族を殺した妖が憎い、と考えるのが一般的である。つまり、簡単に言ってしまえば復讐、という事だ。

「まあまあ、復讐なんてバカらしいっすよ? そんなことよりかわいい女の子とにゃんにゃんしてた方がよっぽど建設的ですよ。主に子孫繁栄のために!」

『てめぇの言ってることの方が万倍くだらねぇよ!』

 反応したのは京勝さんではなく京奈さん。かなり本気で殺気を飛ばしている所を見るに、京奈さんは京勝さんより復讐に燃えている。けれど、果たして京勝さんはどうだろうか。

 まず京勝さんが妖を屠りたいっていうのは『家族を殺した妖に復讐する』っていう前提があるからだと仮定する。しかしそれだといくつか説明出来ないことが出て来るのだ。

 その筆頭が、あの人の向ける悪意が()()を向いているか。あの人は確かに真水を殺そうと殺気を向けているが、問題なのはそれが、()()()()()()()()()()ということだ。

 端的に言ってしまえば、京勝さんの殺気は妖全てを憎むとか言っている割りに視野が狭く感じられる。

「ま、ま、落ち着こうぜマイおっぱい。それにほら、今話してるのは俺と京勝さんなんだから、ちょ~っと黙ってようか?」

『――っ!』

 京奈さんをちょっと注意したら急に口を噤んでしまった。どうしたのだろう……おっと、危ない危ない。また笑ってしまっていた。自然と広がる口を必死に止め、目だけを爛々と輝かせる。

 そもそもをして本当のこと、本当の前提とはなんなのだろうか。彼は本当に妖を憎んでいるのだろうか。

 顔には出さずに俺の思考はさらに深い場所まで進んで行く。そういえば、と、俺は自分がさっき言った言葉を思い出した。


 ……ふ~ん。そゆこと。


 全てを理解し、俺はニマニマと嫌らしい笑みを形作る。

「なるほどなるほど、そういうことだったんすね、京勝さん。そりゃあ確かに妖を憎みたくもなりますね? 例えそれが八つ当たりだったとしても」

「……なんだと?」

 初めてそこで京勝さんが揺らいだ。

 一見すれば大地に根を張っていて、どれだけ力を込めても動かない巨木のような京勝さん。しかしその実、内面はとうに腐りきっていて、少しの力で倒れてしまうほどに弱い。それが、今彼を目の前にしての感想だ。

「つまりさ、京勝さん。あなたの行動原理は、前提が正反対なんすよ」

「反対、だと?」

「そっす。京勝さんが妖を嫌うのは妖が憎いからでも、家族を殺されたからでもない。本当は――」

 初めて見る顔面蒼白の京勝さん。否定したいんだろうけど、否定出来ない。する材料がないから。

 クスクス、だから言ったじゃん? 毒蛇の前でだらし無く口を開けるってのがどれだけ愚かしいか教えてあげる、ってさ。唯火先生の個人レッスンはちょっとばかり厳しめなのですよ?

「一族を殺したのは()ではなく、()()だったから。そうでしょう?」

 衝撃の告白に、まずざわついたのは周りからだった。

「はぁっ!?」

「馬鹿な!?」

『な、なに言ってるのよ!』

 三人が三人ともありえないような顔をしているけれど……そこのところはどうなのかな? 京勝さん。

「……ふん、話にならん。一族を殺したのが人間? 巫山戯ふざけるな!」

 怒りに顔を染めて怒鳴り声を上げる。確かに本人からしたら耳を塞ぎたくなるような事実だが、それでも感情を昂らせるのは悪手だ。からかうような口調でさらに小突く。

「え~、違うってんなら証拠見せてくださいよー。しょーこ」

「……一族の恥故に語らなかったが、そうまで言われて黙ってはいられん。我ら四崎は、かつて封印していた妖が何者かの行いによって自由の身となり、その妖によって滅ぼされた」

「そ、そうだぞ羽臥野。私はその場にいたが、あれは間違いなく人ではなかった! 少なくとも人の形をしていなかったぞ!」

 京勝さんにプラスして先輩も反論してくる。なんだか結構必死なので少しかわいそうだけど、そんな事では覆せない。

「だから、そもそも前提がおかしいんですよ。その封印してたってのが妖だってことで話を進めてるけど、もし、もし、もし、その封印が妖を封じてなかったらどうなんですか? 封印していたのが人間だったとすれば、一族を皆殺しにしたのは必然的に人間ってことになりますよね?」

「――ッ!?」

「それに、姿形なんていくらでも変えられるでしょう? 現に真水だって姿変えてる訳だし」

 顔を真っ青にする京勝さんに、一条先輩はなにかに気付きかけているのかしきりに唸っている。

「し、しかし、それは妖が人間に化けているというだけで……」

「おんなじっすよ。さっきから言ってたじゃないすか、人も妖も同じだって。同じなら、妖が出来ることを人間に出来ない理由なんてないでしょう?」

「む……」

 さて、もう疑問はないようだ。一条先輩も京勝さんも黙っちゃったみたいだし、そろそろ止めといきますか。時間もないことですし。

「唯火……」

 そこで一人黙っていた真水が口を開き、呆れたように言う。

「んあ? どったのまみタン?」

「……これ以上ないってくらい楽しそうだな、のー」

「なにを言ってる子蛇ちゃん、俺は今胸が張り裂けそうなほど悲しいですよ。だってこれから京勝さんに止めを刺さなきゃいけないんだから」

「はぁ、唯火って本当に腐ってやがるのー」

 はっはっはっ、そんなこと今さらだよ真水。自分が心底腐った人間なのは自覚してるし、それをわざわざ謝るつもりも改めるつもりもない。だってその方が楽しいから。謝って欲しかったらこの体質を今すぐ美女にモテまくる体質にして下さい、ってなもんだ。

「ま、そんな妄想は後にするとして……京勝さん? あなたが妖を殺したいっていう理由、も一つ教えてあげましょうか?」

「な、に?」

 これ以上突っ込まれるとは思わなかったのだろう、すごく驚いた顔で俺を見る。どことなく恐怖を抱いているようで、とてつもなく気分が良かった。それでもまだまだですよ。さあ、心がポッキリ折れるまで行ってみようか。

『も、もういいでしょ! これ以上兄様をイジメないで!』

「イジメ? やだなぁ京奈さん。俺はただ真実とやらを明らかにしてあげてるだけですよ? さらに言えばそれを望んだのは京勝さん自身ですしね」

 きっとここまでやられるとは思ってもみなかったのだろうけど。

『でも……!』

 中々に喰いつく京奈さん。一途な京奈さんもまた素敵ではあるんだけど、生憎と今はそんなことを話してる暇はない。これが小槌の姿じゃなかったのなら、ちょっとはタイムを認めてあげたかもしれないけど。水着姿だったらなおグッド。

「ねえ京奈さん、京奈さんって今まで自分で考えて妖を殺したことってあります?」

『は? なに言ってるのよ、当然でしょ』

「ほんとーに?」

『……なにが言いたいのよ!』

 ニヤニヤと笑っている俺に対し、京奈さんは噛み付くように怒鳴る。

「いやー、見るからに京奈さんって京勝さんの付き人っていうか、金魚の糞じゃないかなぁと。もしくは命じられたことだけをやる機械? はは、よく今まで生きてこれましたね?」

『――――っ!』

「自分でものを考えられない人って、それだけで害悪じゃないっすか? 止めて下さいね、この先俺達を襲って、その理由が兄様に言われたから~、とか言うの。すっごい萎えるんで」

「あ、ぅ……」

 俺が言い終わるのと同時に小槌が地面に落ち、ガックリとうなだれながら京奈さんが登場した。

 いや、別に京奈さんの打ち砕かれる姿がそそられるからこんなことを言った訳じゃないのです。この先立ち直って、ちゃんと一人で立てるようにあえてひどいこと言ったのだ。女性に対しては性人君子……もとい聖人君子な唯火くんだから。

「まず一人目~」

「……羽臥野、声に出てるぞ?」

 おっと、失敗失敗。すみません、先輩。

「んで、京勝さん。あなたの理由、俺があなたに教えてあげますよ?」

「や、めろ……」

「クスクス、京勝さんが妖を憎む理由ー! それはなんとー」

「それ以上口を開くなぁあああ!」

 京勝さん絶叫。肩に担いだハンマーが唸りを上げて俺に襲い掛かる。でも残念。

「人の話は最後まで聞け、そう教わらなかったのかのー?」

「ぐっ!」

 こっちにはだれよりも信頼しているかわいい蛇ちゃんがいるのだ。そんなただの一直線、真水にかかれば簡単に無効化できる。

 地面に叩きつけられ、視線だけをこちらに向ける京勝さんに声をかけた。

「ふふーん、そのままの体勢で聞いて下さいね? まあ今ので大体理解出来ましたけど。あなたがそんなことするくらい嫌がる訳。それは――」

「口を、閉じろぉおおお!!」

「はは! あなたがその封印とやらを解いたんだ!!」

 静寂と小さな渦の音だけが、その場を支配していた。

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