表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖使いのはがゆさ  作者: 雪月葉
巡る小ヘビと回る外道
22/30

真水 4

「はぁ、はぁ……。ここまで来れば、少しは時間が稼げるのー」

 ピチョン、と水の広がる音を聞きながら、疲れきった足を水に浸す。ここは三田ラシランドの中にあるプール広場。まだ建設途中のようだが、水が入っていたので遠慮なく使わせてもらっている。

「まったく、あいつらの念の入れようには頭が下がるのー」

 まさか、この町の四方に結界符が張り巡らされているとは思わなかった。そのせいでここから逃げられなくて困っているのだ。

 でも。それとは別にホッとしているみがいることも確かなのである。それはきっと、唯火とまだ途切れていないという安心感からか。

「いけない、のー。切り捨てたのはみ。離れたのはみ。約束を破ったのは、み。だから、思い出したら、ダメだのー」

 切り換えないと。今は唯火のことを気にするより、あいつらからどう逃げるかを考えなければならない。

 けれど、忘れようとすればするほど、鮮明に思い出してしまう。

「……唯火と一緒にご飯を食べたのは、美味しかったのー」

 みの作った料理を美味い美味いと言って食べてくれた唯火。お世話にも行儀がいいとは言えなかったけど、あの食べっぷりは見ていて気持ちがよかった。

「唯火と一緒に、色んなとこに行ったっけ、のー」

 商店街へ買い物に行ったり、銭湯に行ったりもして……そしてなにより、この三田ラシランドにも連れてってくれた。その思いでだけで、みの心が温かくなる。

「ふふ、唯火と初めて会った時も傑作だったのー。みが死んでるって勘違いした唯火がみにお供え物として饅頭を……」

 ……饅頭? いや、違った。初めて会った時、唯火は魚をお供え物にしたはずだのー。饅頭なんて、知らないはず。だと言うのに、なんだ、この違和感は。

「あ、れ……? なにか、なにか見落としている気がする、のー。唯火と、唯火と初めて会ったのは……」

 そうだ、唯火と初めて会ったのは、あの暑い夏の日。柔らかな風の吹く冷たい水辺……。

「ブッ潰れろ!!」

 もう少しでなにかが掴めそうになったのだが、思考に耽っていたみを突然襲う一撃が空から降り注いだ。

 一瞬の判断でみはプールに飛び込みその一撃を回避する。降ってきたものは、どうやらあの女の小槌だったようだ。

「ちっ、逃がしたか……。でもまあ、こっからは逃げられねぇ、覚悟しな!」

 なにか好き勝手吠えているけど、面倒なので相手にしない。警戒すべきなのはあの女じゃない。後ろで女に指示を出している、あの男だ。

「……早々に出てこい。でなくば、無理やりにでも引きずり出す」

 冷たい声を発して水の中に隠れているみに言い放つ。

 このまま隠れているという手もあるが、正直それは賢くないだろう。一度見たが、あの大槌は大地の力を宿している。大地は水によって生命を得、水は大地によって区分化される。今あいつがあれを使えば、あいつの言う通りみの体は無理やりにでも姿を引きずり出されてしまうだろう。それならば、自分から姿を見せた方がまだ勝機が見える。

「……」

 ちゃぷん、と音を立てて水面が跳ね、みはプールの水の上に立つ。プールサイドからみを眺める男と睨みつける女。程度の差こそあれ、こいつらは本気でみを滅ぼしたいと願っているようだ。

「さあ、もう鬼ごっこも終わりにしましょ? あんたの力も大したことなくてつまらないし、あんたを守ろうとしてた変態はこんな所までは来ない。もうおしまいよ」

 バカにしたように鼻で笑い、小槌を手の中で玩んでみへと向けている。しかし、みが反応したのはそんな仕草じゃなかった。

「変態……唯火に、会ったのか、のー?」

 ここに唯火がいれば、変態で反応すんのかよ!? とかツッコミそうではあるけど、まあそこはスルーで。大体唯火なのかどうかも分からないのだが、変態と聞いて一番に頭に浮かんだのが彼なのだからしょうがないだろう。

「ええ、会ったわよ。……忘れたいのに、出会い頭に胸を揉まれそうになったから嫌でも忘れられないのよ……」

「それはまあ、ご愁傷様、のー」

 人生の全てに疲れたような顔で言われては流石のみでも同情を禁じ得ない。っていうか、そんなことやってたのか。……まあ、簡単に想像出来るのがなんとも。ジッと女のバカみたいにデカイ胸を見て、自分のそれへと視線を落とす。

 ……女の魅力は胸だけじゃない!

「と、とにかく! あんたを守ろうとするなんて、バカみたいよね? ただの一般人みたいだったけど、どうやって取り入ったんだか」

「みを、守る……?」

 やっぱり、唯火は全部知っていたのだろうか。こいつらから逃げていたのも、近いうちにみがここから離れようとしていたのも。

 それなのに、唯火は……。

「どうせ、か弱い女の子の姿で誘ったんでしょ? あの変態のことだし、ちょっとその気にさせれば簡単だったでしょうね?」

 そんな優しい唯火をバカにしたように嘲るこいつに、みはちょっとばかしキレてしまった。

「……黙れ」

「はっ?」

 押し殺したようなみの言葉に、怪訝そうに首を傾げる女。しかしみは構わず続ける。

「確かに唯火はバカでアホでマヌケで本当にどうしようもない変態野郎だのー。人として最底辺な人間のクズで男としての甲斐性もないカスだし二十四時間のうち二十時間くらい死んだ方がマシと思える時間があるのは間違いないのー」

「いや、あんた私よりひどいこと言ってない?」

 女がなにか言ってるみたいだけど無視をする。だって本当のことだし。


「ぶえっくしょーい!! あれ、おかしいな? くしゃみは出るしなんだかとってもひどいこと言われたような気がしてならない!」


 一瞬唯火のアホ面が浮かんだけど、気のせいってことにしておこう。とにかく、この女に言ってやりたいことがあるのだ。

「それでも、そんな全人類の汚点な唯火にだっていいところがあるのー! 男に抱かれたことのない生娘が、みの唯火を語るな!」

「な、なななななぁ!?」

 そう言い切り、みは確信する。力を取り戻すためだとか、みが逃げ切るためだとか、やっぱりそんな言い訳、必要なんてないのだ。みはあいつを、単純に好いていただけなのだ。

「……解せんな。あの男、『優しい』から掛け離れた位置にいる」

 女が顔を真っ赤にしてなにかを言おうとして、遮るように男が一歩前に出てきた。

「奴はなによりも自分が大切な下衆、ただの臆病者、性格破綻者だ。貴様の言う奴とは、対極に位置しているがな」

 そして、言うに事欠いてこいつは唯火を散々に貶し始めやがったのだ。これには温和なみもカチンときた。

 足元の水に触れ、今みが出来る最大の力を込めて水の流れを操る。

「唯火は、確かに臆病者で性格なんてとっくに歪んでるけど、それは唯火のせいじゃないのー! さっきも妹に言ってやったけど、唯火を知らない人間が、唯火を否定するな、のー!!」

 みの怒声に呼応するようにプールの水がすさまじい勢いで渦を巻く。男の方も大槌を構え、いつでも飛び出せる格好だ。

 一触即発の空気に辺りは一瞬音を失い――


「いや、待ってください先輩! 俺は普通の人間だからヒモなしバンジーは……えっ? これはバンジーじゃなくて飛び込みだからーいじょーブイ? ちくしょう! めっちゃ怒鳴りたいのにその仕草がかわいくて怒れない!」


 ……? なにやら話し声が聞こえるけど、気のせいか。

 今は余計な事を考えず、息を殺し男が動く前に――


「ちょ、やめっ! 押さないで!? プールに落とすからだーいじょーブイ? そのプールがなんかすごいことになってんすよ! あそこに落ちたら高確率で浮かんでこれないっすから!! え? 例え成功率が1%だとしても、逃げちゃいけない時がある? 別にゆっくり下に降ろせばいいだけの話ですよねぇ!? はっ? ぶっちゃけメンドイ? それが本心かぁあああああ!! って、あ……」


「こっちから攻め……って、なにか落ちてきたのー!」

 グッと脚に力を入れて動こうと思った瞬間、なにかが頭上から落ちてきた。聞くに堪えない叫びを上げ、見るに堪えない泣き顔で。

 どこかで見たような気もするそのなにかは、大渦を作っているプールに落下。叫び声をブクブク言わせて消えていった。

「沈んだな」

「溺れ死ぬんじゃない?」

「流石はみが作った渦。一度溺れたが最後、量産型ドザエモンの完成だのー」

 渦に呑まれて消えて行ったなにかを見ながらちょっと得意げに胸を反らすのー。

 ………………。


「ジヌヴァァアアアァアアア!!」

 おお、自分の力で這い上がってくるとは、なかなかやる。流石はみの愛する変態さん。


 のー。


夜にもう一つ投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ