巳の十六
さて、どうしたものか。
目の前に置かれた手紙を見つめながら深々と息を吐く。なんと言うかかんと言うか、今の俺はまったく頭が働いていないようだ。何故か、なんて分かりきっている。これのせいだ。
「真水……」
ちゃぶ台に置かれ、セロテープで貼付けられた紙へもう一度視線を移す。
紙を引っ張るようにして無理矢理テープを剥がし、半目になりながらそれを読む。
「真水、おまえは……」
くっ、と顔を俯かせ、力を込めすぎてしまったのか紙をグシャリと握り潰してしまう。そこには、こんなことが書かれていた。
『唯香の性的暴行と幼稚園児への浮気に堪えられなくなったので実家に帰らせてもらうのー』
「絶対にありえないことが書かれてるんですけどぉおおお! ってか俺はロリペドじゃねぇえええ!?」
うん。青い服着た国家公務員が見たら一瞬で危険人物扱いされること必至な文だった。構成されている要素は悪意とか負の妄念とか、きっとそんな感じなのだろう。
……あの子ってばなにがしたかったんだ?
「って、実家に帰る? どういうこっちゃ?」
真水の家ってどこなのか知らない……ってかそもそもなにを伝えたいのか……。まあ、とにかく。
「外にでも行ってみますか」
どうせやることもないし、と口に出さずに付け足し、ドアへと手をかける。ギギィ、と腐りかけたドアを開く音が、まるで子供が泣き叫んでいるように聞こえてならなかった。
「と、言う訳で真水探しの旅。まず一カ所目はここ、うちの目の前にある河原。よく真水が食料を調達してくる場所でーす」
誰に言ってるんだろうか、俺。傍目から見たら変な人に見られる可能性が大だ。現在進行形でヒソヒソやられてるし。
「あー、特に変わりはないみたいだな。川から水死体が流れてきてる訳もなし」
ジーッと見ても特に変わりは見られない。いつもながらの穏やかな水面が広がっているだけだ。
そう言えば、俺って初めて真水を見た時土左衛門だとばかり思ってたんだよなぁ。
「あの顔色の悪さを見れば誰だってそう思うよな。真水には言えないけど」
とにかくここにはいないみたいなので他の場所に行くか。
頭にぶつかる痛みを無視しながら、移動を開始した。
「って、いつまでやってやがるか! またおまえ達か? おまえ達なのか!? グワァアアアアア!!」
やっぱり鬱陶しいのでボールを投げつけてくる親子を蹴散らしてみた。
「はい、続いてこちらは商店街でございまーす」
二度目の誰に言ってるのか謎な言葉を発し、次に来たのは商店街。別名、三田銀座通り。こんな寂れた場所のどこが銀座じゃ、と思うはなくないけど、お約束らしいからスルーの方向で。
ぐるりと見回してみるけど、見慣れた幼女はナッシング。おばさん連中の秘技、腐った卵投げを打ち返し、逆にパーマな頭を異臭に染めてみる。
「ふう、つまらぬものを割ってしまった……」
「くっ、今は我らの負けを認めよう。だがこれから先、貴様は腐った卵に怯える日々を迎えるのだ! 次に相見える時こそ腐り卵様の贄としてくれる!!」
異臭を放つおばさん連中はテレビの三流悪役よろしく捨て台詞を残して去っていった。キャラが不可解だったのは気にしない。最近俺の周りってあんな連中ばっかりだから。
それにしてもついに腐った卵で宗教を始めたようだ。そんな腹を壊しそうなものだれが信仰するのかと言う疑問はあるが。
「とと、ちょっと脱線したかも。早く真水を探さないと……ん?」
真水探しに戻ろうと視線を別の方向へ向けようとして、止まってしまう。目だけではなく、俺の体全て、俺の神経全てが止まってしまったのだ。なぜなら……。
「はあ、腹減ったなぁ……」
「そっすねー。今日の昼は焼きそばにするっすか?」
「オー、それはナイスアイディアだぎゃ!」
やたらと見覚えのある三人組が道のど真ん中を歩いていたからだ。
いや、なんであいつらこんなとこにいるんだ? 捕まってたんじゃんかったの?
「と、とにかく隠れないと!」
急ぎ電柱の影に滑り込み、身を隠す。俺はあいつらが起こした事件に関わってしまっているため、逆恨みされているかもしれないのだ。
いや、まあ……。ちょっと面白おかしくしてしまったという点では反省しています。ほんのちょっと騒動大きくしちゃったかもだし、少しひどいことしてた気もしなくはないけど。あくまで『ちょっと』だけ。
「しっかし、世の中楽は出来ないもんだなー?」
三人がなぜか計ったように俺のいる場所のすぐ側で立ち止まりお喋りを開始する。いや、早くどっか行って欲しいのだが。
「まあそんなもんっすよ。おいら達じゃ最初から銀行強盗なんか無理だったんす」
「みゃーわいらはゆったり仕事せーちゅー訳なんとちゃう?」
おや、どうやら彼等も改心したのだろう。あの頃の触れれば切れる雰囲気が消えている。これなら別に隠れなくてもいいのではないだろうか。よし、ここは極自然に偶然を装うか。『やはっ、久しぶりだね銀行強盗の諸君! どうやら無事改心できたみたいたね。なぁに、礼ならいらないよ。ぼくは君達が真っ当な道を歩めるようにしただけなんだからね』、なんて言って。よし、それでいこう。
「あー、それにしても……」
「やはっ、久しぶりだね――」
「あの時のガキをとってもキルしてぇ」
「おっとぉおお! 近所に住むネコのタマちゃんじゃないか! 久しぶりだね!」
馴れ馴れしく上げられた手は魚を狙っていたニャンコちゃんにハイタッチ。若干嫌そうな顔をしているタマちゃん(二歳♂)。
いや、あれ? なんであんなに恨まれてるの? 逆恨みってやつか!?
「まあまあ、落ち着くっすよ、兄貴。一応あの子のおかげで銀行強盗で捕まらなかったんすから」
掴まらなかっただって? それならなんであんなに俺を恨んでいるのだろうか。疑問に首を傾げながら盗み聞きをしていると、ぶるぶると震えたリーダーさんが急に吠えた。
「確かにそうだけどなぁ……なんだよ! 公然わいせつ罪って!」
「公然わいせつ罪。刑法174条。公然とわいせつ行為を行ったものは、六ヶ月以下の懲役、三十万以下の罰、または拘留、若しくは科料が処される。ウィキペディア調べだぎゃー」
ケイタイをポチポチと操作して読み上げるように言い放つ手下そのニ。
「でも一日で出してもらえたっすから、よかったと思うっすけど?」
「そうだぎゃそうだぎゃ。結構気持ち良かったし……」
なんか、手下そのニが変なこと口走ったような気が……気のせいだろうか。
「それだけならまだ良いんだよ……だけどよぉ……」
自分のことで精一杯なのか特にツッコミはなく進んでいる。その声は悔しさという感情を何倍にも濃くしたような声だった。
「あの時遠巻きで俺達を見ていたJCの余裕のある視線が忘れられねぇんだよぉおおおお!!」
な、なんだってぇえええ!? くぅ、確かにそれは辛いかもしれない!
裸で暴れる三人組を見ながら友達同士囁きあい、えっ、あれが? ふーん、結構〇さいものなんだー、なんて思われた日には……軽く死にたくなる。
「さらに! 女子高生の哀れみの込められた視線はよけいにぃいいい!!」
なるほど、つまり私の彼の方が〇きいわよ? みたいな視線だったんだろうか。リア充爆発しろ。
それでもリーダーの怒りは収まらず、さらに太陽へ吠える。
「くそったれ! そんなに俺の〇は〇さいのか!? そんなに俺の〇〇〇は〇〇なのか!? しかもあいつらきっと俺のこと〇〇だと思ってやがったぞ! ちくしょう!!」
「あ、兄貴! こんな場所でそんなこと大声で言っちゃだめっすよ!」
「おおふ……好奇の視線がわいの体を隅々と……。体がほてってきたぎゃー!」
今は昼前の商店街。もちろんたくさんの人が買い物を楽しんでいる訳で、そんな所で放送禁止用語を乱発したとなれば、それはもう……。
「いたぞ! 公然で猥褻な言葉を連呼している変態だ!」
青服の方が来るのは自明の理である。若干一名はほんまもんの変態になっているからむしろ積極的に逮捕してやってほしい。
「……さ、ここに真水はいないみたいだし次行こか」
後ろで聞こえる声と言うか雑音は無視するとして、当初の目的に戻るとしようか。
「ちょっ、違うんだ! 俺はちゃんと〇〇なんだぁあああ!」
「おぅふ、きたきたキタキター! わいのあそこがみんなの蔑みの視線で高ぶってきたー!!」
「俺、確実に巻き込まれただけっすよねぇ? はあ、もうどうにでもなれっすよ……」
……元銀行強盗さん達に御加護がありますように。
そう祈ることしか出来ない俺を許してください……。
次にやってきたのはとある銭湯。もしかしたら昼風呂を楽しんでいるかもしれない。まあ、あの爺さんがいるからそれはないと思うけど、念のため。
「こんちゃーす」
「悪霊退散女子はおらんかー!」
「しょっぱー!?」
戸を開けた瞬間、いつぞやと同じように塩を口に押し込まれた。 ぺっぺっ、と口の中に入った塩を吐き出し、クソジジイを睨む。
「いきなりなにすんじゃい盗撮魔!」
「盗撮じゃない! ただの芸術活動です! ……む? なんじゃ、いつだかの性犯罪者小僧ではないか」
「あんたにだけは性犯罪者言われとうないわ!!」
相も変わらず元気な老人である。去勢すれば少しは大人しくなるかもしれない。
「ん? おぬしがいるということは……ひ、ひぃいいいいい!!」
ジーッと俺を見るなり突然叫びだした爺さん。なんか、すごい怯えようだ。
「えーっと、どうしたんですか変態クソジジイ?」
「ば、婆さんの悪夢が再びぃいいい!! きょ、今日はもう店じまいじゃ!」
勢いよく戸を閉められ、ガコンガコンと重々しい音と共に鍵をかけられた。どんな鍵を使っているのか甚だ疑問ではあるが、とにかくここに真水はいないようだ。
あの爺さん、どうも真水のことがトラウマになってるっぽい。もしここにあの子がいたら、今頃もっと面白いことになっていた事だろう。
……ちょっと見たいと思ったり。
「……おじーさーん! 今度は真水も連れて来ますねー!」
「ヒギャアァアアアアアア!?」
うん、次来るのが楽しみだ。
で、今度は学校にまで足を運んでみました。果たしてこんな所にいるのかどうかは分からないが、近くに寄ったので来て見たのだが……とにもかくにも言わなければいけないことが一つ。
「お巡りさぁああん! 変態がここにいますよぉおおお!!」
「はっはっはっは、参ったねぇ?」
いや、朗らかに笑う前に前を隠せと。
校舎へ続く道の途中、変な男に出会ってしまった。変、というのは別に身体的にどこかおかしいとかではない。どちらかと言えば、その引き締まった体や、整った顔立ちを見るとイケメンと呼べるだろう。ではなにがおかしいかと問われれば、それはもちろん……。
「うーん、一体僕のどこが変なのかな?」
「学校の敷地というだけの道端で真っ裸の奴が変ではないって思う理由を逆に聞きてーっすよ!!」
道の真ん中で一糸纏わぬ裸体を隠そうともせず仁王立ちしているこいつのことだ。その立ち姿はいっそ清々しいのだが、男の裸など見るに耐えないのでやはり気持ち悪い。
「くぅ、なんかいやな予感はしてたんだよな……よりによってこの変態とは……」
「変態? 心外だね。僕のことをそう呼んで欲しくないんだけど?」
「なら服を着やがれ!?」
ビシッと股間のアレを指差しながら絶叫に近い声で至極当然なことを言う。だがなにを思ったのかこの変態、チッチッチッ、と無駄にかっこ良い動作で指を振る。無論、真っ裸だが。
「なにも着ていない? 否! 僕はなにも着ていない訳では断じてない!!」
「そのぶら下げてっものがなによりの証拠じゃぁああああ!」
言うに事欠いて着衣してるとかほざきやがったぞ、このフルチンマン。
俺の追及でも堪えた様子はなく、真っ裸さんはゆーらゆーらと腰を回転させている。腰の動きに合わせて股間のアレが円の動きを見せ、凄まじい吐き気が俺を襲った。
「ふぅ、やれやれだよ。ならば問おう。着衣とはなんぞや?」
「はぁ? そんなの服を着ることにきまって……」
「否ぁあああああああああ!」
「のわっ!」
突然張り上げた声に驚きながら、素っ裸さんを恐々と見る。
「浅い、あまりにも浅いな、少年」
むしろあなたの脳みそが浅い&腐ってると思います。
「いいか、少年。私が見に纏っているのは服などという無粋なものではないんだよ。もっと崇高で、愛に満ちたもの……それは――」
「それは?」
グッと腹に力を込め、体を捻りながら下半身を俺に突き出す。もちのろんで、象さん大暴れ。
「誇りという、誰もが身につけている神聖な……おぅふ!」
……。急に地面に倒れ伏す裸人。一体なにが起こったのかサッパリ分からない(棒読み)。なんで股間を押さえているのか皆目検討もつかない(超棒読み)。ついでになんで俺の手に木刀が握られているかも謎である(めっさ棒読み)。
さて、この木刀は汚らしいからポイしちゃおう。ぽーい。
木刀を放り投げて出来るだけ早くこの場から去ろうと足早に離れる。汚いものを見て目が腐りそうだし、可及的速やかに目の保養を見つけなければ。
「ま、待つのだ……」
「って、いやー! 真っ裸の王様がこの手を掴んで放さないぃぃいいいい!」
しかしそれは苦しそうに喘ぎながら俺の柔肌を掴む変態によって遮られた。
生まれてこの方、この時ほど身の危険を感じたことはないだろう。まだ真水に迫られた方がマシだ。あっちはいかにロリとは言えかわいい女の子。むさっ苦しい男と比べるべくもないだろう。
「きゃあぁああああ! 助けてぇええええ! おーかーさーれーるぅうううう!!」
ああ、こんなことなら素直に真水に食べられ……いやいや、俺はロリコンじゃないから。そんなこと微塵も思ってませんよ?
ふくらはぎに感じる生暖かいようななにかの感触に意識が飛びそうになる。なんかハアハア言ってるし、綺麗な俺はもうダメかも知れない……そんな時だった。
「む、変態に絡まれている人物発見。ブラックウィドウ改式、やれ」
救いの女神が現れたのは。
「へ? ぐはっ!」
俺を掴んで放さなかった変態は圧縮された強力水鉄砲に吹き飛ばされ、地面を転がっていた。……股間を押さえながら。
「うわぁ、まさか今のクリティカル? 南無……」
ガシャン、と機械が動く音の方向に目を向けると案の定、以前俺を追い詰めていたロボットがいた。気のせいかやたらゴツくなって。
「お、おう……」
「あ、よかった。生きてたんだ」
青白い顔をしているが、一命を取り留めたらしい。息も絶え絶えによろりと立ち上がる。
「と、当然だ。僕はまだハニーと……」
「お、まだ息があるか。ブラックウィドウ、やれ」
「へっ?」
しかし無情にも止めを命じられた機械の蜘蛛が体の周りの砲門を開き、大量の水鉄砲を発射。
「ぎぃやぁああああああ!!」
「……うわっ」
それら全てが股間に命中した。あの水鉄砲を全て局部にクリティカル。……普通に死ねる。
「…………」
変態は今度こそピクリともしない。道の真ん中で素っ裸の男性が倒れているのだが、これどうすればいいのだろうか。正直触りたくはない。
「ミッションコンプリートだな。ああ、アレを棄ててきてくれ」
幸いロボット君が器用に変態を乗せて行った。たしかあっちは、焼却所だったはずだが……まあ、気にしないでおこう。
「そこの人、大丈夫か……ん? お前は……」
そこでようやく俺は声の主を視界に収め、
「お久しぶりです一条せんぱーい!!」
速攻で抱き着きに行った。なぜそんな行動を起こしたのかと問われれば、そこに大きなパイオツがあったからとしか答えようがない。あんな姿を見せられてジッとしていられる訳がないだろう。
「あ、すまん」
「レバ刺し!!」
その後の流れる様な一撃は予定調和なのだろうが。胸と同じくらいにメガトン級の一撃を喰らい意識が朦朧とする。
「やっぱりお前は殴りやすいな……。一応聞いておくが、大丈夫か?」
屈むように俺に手を差し延べる一条先輩。苦しみながら視線だけを上にあげると、先輩の制服から持ち上げられた胸が強調されて凄まじい破壊力を生み出している。
「ん……? ああ、なるほど」
俺の視線に気づいたのかゆったりとした動作で立ち上がり、ごそごそとなにかを探って……。
「って、のわっ!」
なにやら光の剣が目の前を横切って行った。先輩は某映画お馴染のライ〇セイバーを片手に、チッ、と舌打ちをする。
「いや、舌打ちなんて下品な真似、私がする訳ないじゃないか。ハッハッハッ」
「うっわ、ウソ臭い笑い……ってか、それなんですか!?」
それと言うのはもちろんライ〇セイバーだ。ブゥン、とかいっていて恐いのだが、先輩はそれの切っ先を俺から外してくれない。
「これか? なに、ただの科学の結晶だ。レーザーとかそんな感じな原理だから、気にするな」
「気になりますよ!?」
「殺傷力はあまりないのが難点だな」
「あ、そうなんだ……それはちょっと安心……」
「いいとこ人間の胴体三人分くらいだな」
「安心できねぇえええええええええ!?」
「某名刀のように六人分は欲しかったんだが……まだまだ未熟だな。すまない」
「言いながらにじり寄って来ないでください!!」
ふふふ、とか怖い笑いで近寄って来る先輩。そこはかとなく近付く命の危機に思わず体が硬直する。
とにかく謝らなければ!
「すみませんでしたナイスおっぱい!」
とりあえずグッと親指を立ててサムズアップしてみる。もちろんいい笑顔も忘れない。一条先輩もとても嬉しそうで、ふるふると体を震わせている。胸元をしっかりと握り締めているのは気のせいだろう。
……逃げよう。なんでか体の震えが止まらないので逃げよう!
「……逃がさん」
「い、いやあぁあああああああああ!」
先輩、あれで中々足が速いのである。
しばらくお待ちください。
「つまり、人を探している、と?」
「ふぁい、ぞぶでず! ぶばれべきべずびばぜん!?」
鬼神のような猛攻にゲージ五本くらい消費してギリギリ耐えきった俺を褒めてあげたい。絶妙なラッシュは俺の顔の面積を倍にして、さながら半死半生といった感じだ。
「で、誰を探してるんだ?」
そんな惨状を華麗にスルーして話を進める一条先輩。分かってたけどこの人かなりのSである。
「えっとですね、真水って名前なんですけど……黒い髪に薄紅色の瞳、パッと見十歳前後のツルペタロリッ子。語尾にのー、ってつく。そんな子を知りませんか?」
「いろいろツッコミどころがあるが、その子とお前の関係はなんなんだ? もし恋人だか愛人だか奴隷幼女とかだったら私は然るべき場所に申し出るんだが?」
「違います! 違いますからその手に持った携帯電話をしまってください! 俺はロリコンじゃないんだぁああああああ!!」
110、と押された携帯電話をちらつかせながら、先輩がジトー、と軽蔑の眼差しを向けている。
焦った俺の様子を見下ろしながら、カラカラと笑って言った。
「はは、冗談だ冗談」
「あんた絶対分かってたでしょう!?」
「もちろん」
「鬼だぁあああああぁああああ!!」
「羽臥野、やかましい」
魂の叫びを簡単にキャンセルし、それで、と胸元からなにかを取り出した。こう、双丘の真ん中から、プルンと。うん、おっぱい最高。
「そんなお前にこれを貸してやろう」
ぷるるんと出されたのはどこかで見たような形の機械だった。丸い円形で、昔どこかでみたようなデザインで……。
「これあれじゃないですか? 七ツそろうと願い事が叶う玉を探すあれ」
「気のせいだ。私は別に大猿な戦闘民族なんて知らないぞ?」
「めっちゃ知ってるよ!」
それはともかく、そのレーダー……仮に真水レーダーと名付けよう。真水レーダーを手の中で玩びながら使用方法を教えてくれる。
「使い方は簡単だ。頭のスイッチを押すとお前の探し人が光りの点で表示される。スイッチを右に回すと拡大、左が縮小だ」
「はあ、果てしなく某レーダーに似てるのはさておき、なんで真水が分かるんですか、これ? ってかどうやって位置を特定してんですか?」
ポンと手渡されたそれをまじまじと眺めながら先輩に問い掛ける。
「ああ、それは対象の体液を元に位置を特定するんだが……この前校内でふらふら歩いている幼女がいてな。つまみ食いがてら採取したんだよ」
そういえば前に学校まで来たことがあったっけ。って、え゛っ!?
「つつつつまみ食いってもしかして……あれですか! ゆりゆり~んなお姉さま~、的なあれ!?」
『ん、そこはダメ、のー……あッ!』
『ふふ、お前のここは嫌がっているようには見えないぞ? ほら、もうこんなに……』
『や、あぁ! そんなこと言うな、のぉ……くぅん、みは、ゆいかおぉ……』
『ふふ、かわいいな、お前は。ほら、そんな男の事なんて忘れて、お前の全てを私に見せておくれ?』
『ん、はい、のー。どうぞ、お姉さまぁ……みを、たくさんかわいがってください、のぉ』
『もちろんさ、私のかわいい……まみず』
「そうして放課後の教室で美女美少女のあえぎ声が……ぼくもご一緒したいです!!」
「変な妄想垂れ流すな。というか、別にそんなのじゃ、ないぞ?」
おっと、声に出してしまっていたらしい。一条先輩が若干頬を染めてツッコミを……って、頬を染めて?
「あの、もしかして……」
「な、なんだ? 本当に私たちはなにもなかったぞ? ああ、本当だとも!」
「ムキになってあやしさ爆発!?」
この反応、まさか本当に……ゴクリ。
「と、冗談はさておき」
「冗談だったの!?」
「当然だろう。私は同性愛者ではないし、至ってノーマルだ」
と思ったらすぐに真顔に戻ってしまった。口元には笑みが浮かんでいて、してやったり、とか思っているに違いない。純粋な少年のエロ心を弄ぶとは、なんてひどい人なのだろうか。
「誰が純粋なんだか……。それより、行かないのか?」
一条先輩はさっきとはうって変わった神妙な面持ちで俺を見据えている。その視線に耐えきれず、つい、と目を伏せてしまった。
「そ、そうっすね。早いとこ真水を連れ戻さないと飯が食えなくなっちゃいますからね。うおっ、なにげに死活問題!?」
おどけるように言って、パッと立ち上がる。顔の腫れも引いたようだ。
くるりと先輩に背を向けて去ろうとして……
「本当は分かっているのに、いつまで知らない振りをするつもりだ?」
「…………」
先輩の声が、胸に刺さった。
「彼女の存在も、彼女の生い立ちも、彼女が今なにを思ってなにをしているのかすら分かっているんだろうな、お前は」
やめてほしい。言わないでほしい。そんなすべてを知っている風に言われたくない。俺はただの高校生な訳で、良く分かりもしない非日常な事態になんて巻き込まないで欲しい。そんなもの、理解りたくもない。
それでも先輩の口は止まらない。
「お前は聡い子だ。そんなお前がそう考えているのなら、私から言うことはないな」
じゃあな、と言うだけ言って無責任にも先輩はその場から去って行った。
走り出そうとした俺の足は止まってしまっていて、まだ、動きそうもない。
ふと、視線を下ろすと借りたレーダーが光の点を放ちながら、とある方角へ向かって移動していた。。
「この方向は……」
その場所は、俺と彼女が……。




