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妖使いのはがゆさ  作者: 雪月葉
巡る小ヘビと回る外道
17/30

巳の十四

 快晴だ。

 どこをどう見ても快晴だ。

 雲一つない青い空、まさに行楽日和。ゴールデンなウィークの初日を飾るのに絶好の天気の下、俺はボロアパートの前で立っていた。

 安物のジーパンを履き、安物のTシャツを着て安物のシャツを羽織っている。どれもこれも安物なのが悲しいが、着れるものがあるだけ良しとしよう。

「真水遅いな……」

 電柱に寄りかかりながらぼけーっとアパートを眺める。俺の部屋の扉に変化はなく、真水が準備するから、といってかれこれ三十分。その間俺は待ちぼうけをくらっているのだ。

 女性の支度は得てして長いものと言う分かるけど、どうやら幼女の支度も長いらしい。

 視線を川へと移すと、朝の日差しを受けてキラキラと水面が光を反射している。

「うあー、遅い遅い遅いー。こう遅いとダレちゃうのだぜー」

 もう一度アパートに視線を移し、変化がないのを確認してから河原へと移動してそこにあったベンチへと腰を下ろした。

「ふぅ……まだかなぁー」

 背もたれに思いっ切り体を預け、どこまでも青い空を見上げる。柔らかな風と水の流れる音が余計に感じられ、思わず――

「ぐぅ」

「寝るな、のー」

「ごぷぅ!」

 目を閉じた瞬間に狙ったかのタイミングで誰かが鼻に水を流し込んできた。

「げほっ! 鼻がツーンってする! なにしやがるまみ……ず……」

 突然のことにいきり立つ俺だが、その言葉は途中で止められてしまった。なににかと言うと……真水の格好に。

「待ってろって言ったのにいなくなってる唯火が悪いのー」

「あぅ……真水さん、それは?」

「ん、似合うかのー?」

 真水はその服見せびらかすようにその場でくるりと回った。

 白いロングスカートがふわりと舞い上がり、桜色のキャミソールに薄い白のパーカーを着こなして、肩からは小さくてかわいらしい鞄を下げている。

 だがそれよりも気になるのが、その違和感バリバリの髪。

「な、なんで伸びてんの?」

 ついさっきまでは肩の長さだった真水の髪の毛が、今は腰くらいまで伸びているのだ。

 流れるようなさらさらの髪を指差し、俺は思わず驚愕に目を見開く。

「はっ! そういえば聞いたことがある……エロいことを考えてる人は髪の伸びが早いって。まさか真水は!」

「エロいのは別に否定しないけど、普通それでこんなすぐに伸びるか、のー。ちょっと戻った力を使って伸ばしてみたのー。普段のあの子と違う魅力でいちころ、のー」

「なんて無駄な力……いや、それはそれで素晴らしくかわいいけど、しかしだな……」

「唯火は髪の長い子のが好きなのは調査済みだのー」

「なんで知ってるの!?」

「ちなみにあっちの毛はない方が良いのも知ってるのー」

「アウチ! こんな清々しい朝にそれは言ったらダメだろ!!」

 せっかくの晴れ渡る空が滲んで見えるのはなぜだろうか。ってか、朝からそんなカミングアウトはいらないのである。例え本当だとしても。

「さ、早く行くのー」

「へいへいへい。本当はもっと色々言いたいことあるんだけどもういいや。このもやもやを全て遊びに注ぎ込む!」

「どうでも良いけど早くしないとバスに乗り遅れるのー」

「あっ、待てよー!」

 振り返ると真水は既に遠くにいて、俺を待たずに足早にバス停を目指している。

「って速っ! もう普通に走るくらいの速さなんですけど!? ちょ、待って! 置いていかないで!」

 やっぱり楽しみだったのだろう。だって俺の言葉、ぜんっぜん聞こえてないもし。

 いや、本当に待って欲しいんですけど。



 バス停までが五分、三田川駅からバスで三十分、そうして目の前に現れるのが三田ラシランドだ。

 本日から開園で、さらに休暇という事もあってかたくさんの人で溢れている。

「うひー、大量大量だな」

「邪魔なのー。唯火、蹴散らせのー」

「一発で捕まるから! そんなことより早く入ろうぜ?」

「ん、パスポートなくすな、のー」

「了解了解、子供じゃないんだから大丈夫だよ」

 真水から受け取った特別優待券を見ながら、それをポケットに――

「おっと、すまないねあんちゃん」

「へっ? あっ! パスポートが!」

 入れようとすると後ろから背中を押され、パスポートが風に乗って飛んでいく。

「おっ、あんな所にパスポートが飛んでる。ラッキー」

 それをキャッチした男はなんのためらいもなく懐に入れようとしていた。後ろから押した男はニヤリと笑っていて、恐らくこいつらはグルなのだろう。

「返せよおっさん!」

「おっさ……俺はまだ二十代だ!」

「んなこと良いからさっさと返せ! それは俺のだぞ!?」

 サングラスをかけているおっさんに食ってかかる俺に対して、そのおっさんは嫌な笑いを一つしてパスポートをチラつかせた。

「どこにおまえのだって証拠があるんだぁ? 名前はどこにも書かれてないぜ?」

「あんたは小学生か! 良いから……」

「おいそこのおやじ。さっさとそれを返しやがれのー」

「あぁん!?」

 俺の言葉を遮り真水は無表情を不機嫌そうに変化させ、赤い瞳を爛々と輝かせる。真水の恐さを知らないおっさんは突然の乱入者を睨みにつけていた。

 おっさん、死亡フラグ確立。良く見ると後ろには既に倒れ伏している男が一人。

「さっさと……返せ、のー」

 もう一度そう言い、真水は手を男に向ける。すると、変化は突然訪れた。

「あ、かは……な、なんだ、これ? ぐぅ……」

 なにもしていないはずなのに男は急に倒れ、真水は男からパスポートを奪い返した。

「ま、真水? 今なにやったんだ?」

「別に、のー。んなこと良いから早く行くのー。唯火が持ってるとまた危険だからみが持っててやるのー」

「いやいやいや、待てって! まずはこいつらを……」

「自業自得だ、のー。せっかくの楽しみを邪魔する奴らなんか、死ねば良いのー。命があるだけ感謝しろ、のー」

 そう言って真水はどこまでも冷たい目で男を見て、興味が失せたかのように目を逸らした。

「今日の真水、なんか恐い……。やっぱり楽しみにしてたんじゃん」

「……言葉の綾だのー。あ、早くしないとラーシー君に会えくなるのー! パスポートはみが持っててやるから早く行くのー」

 真水は俺の手を引っ張るようにして入り口へと急ぐ。

 なんだかんだ言って楽しみにしてたのだろう。こんな活動的な真水は見たことがない。普段ならぼーっとしながらテレビを見たりしてるイメージが強いけど、こういうところは外見相応だ。

 ……まあ、さっきのはなにか他に要因がありそうだけど。あいつらには自業自得ということでお休みいただこう。

 さらっとおっさん達の財布の中身を取るのを忘れずに。

「とにもかくにも…………真水さん速すぎですからぁあああ!」

 砂煙を巻き上げる勢いで爆走する真水と、それに引きずられる俺は他の客を吹き飛ばしながら突き進んで行く。

 そんな真水の表情はやっぱり、パっと見無表情だった。



 入り口を抜け、大きなアーチの下。そこに俺たちは並んでいた。もう少しで入場出来るからか真水がうずうずと体を揺すっている。

「やっとだなー。人が多い所は嫌いなんだけどな、俺」

「それを言ったらみだって人間が多い場所は嫌いだのー。でもラーシー君に会えるんならそんな些細なことは気にしてられん、のー」

 そういった真水の視線は入場口で子供に握手をしている着ぐるみへと向いている。

 団子を四つ縦に並べて、串を刺しているその姿。さらに言えばみたらし団子を忠実に再現しているのか、飴色のたれがラーシー君の全身を覆っている。それがまた良く出来ていて、日差しに反射してピカピカと光っているのだ。一体どういった素材なのか、謎である。

「あれがラーシー君か?」

「そうだのー。あれが宇宙を守る孤高の戦士、ラーシー君だのー。ちなみにパクり品にシーラー君がいるけど、あれは団子が三つしかないのー」

「類似品もあるんだ……ってか、なにその設定?」

 みたらし団子は宇宙進出でも目指しているのだろうか。なんとも壮大な話である。

「ラーシー君を語るにはまず彼の行った七つの偉業から話さなければならないのー。ラーシー君は片田舎の団子屋で生まれ、自分の存在に悩むのー。その生命を深く考えるラーシー君の姿はファンたちに多大なる感動と勇気を与えたのー」

「いや、団子なんだから食われるためじゃ……」

 普段よりも感情豊かにラーシー君ヒストリーを真水が語り出した。いや、団子の分際で偉業とかあるのかと。

「そしてラーシー君は気づくのー。全てのルーツは宇宙にあると! のー」

「いやいやいや! 団子がなんでその結論にたどり着いた!?」

「ラーシー君は自作の宇宙船、みたらし33号を作り出し星の海に繰り出すのー」

「33番目なんだ! 1~32は失敗に終わったんだ!!」

「だけどここで一つ問題が生じたのー」

「問題が一つだけで良かったね! 聞く限りまだまだ問題ありそうだけど!?」

「なんと、ラーシー君は宇宙で活動出来る体じゃなかったのー」

「そりゃそうだぁあああ!!」

 俺の叫びに周りの人が迷惑そうに顔をしかめているが、そんなのは気にしない。むしろ真水の話に涙ぐんでいる奴らはなんなのかと問い詰めたい。

「でもそれを解決したのはなんと、ラーシー君の生みの親であった岩鉄さんだったのー。岩鉄さんは己の持つ技術を用いてラーシー君を宇宙仕様にしたのー。あの回は涙なしでは語れないのー」

「団子屋の主人がなんでそんな超技術を持ってるんだよ……」

「その力でラーシー君は宇宙へと飛び立って長い戦いに赴くのー。これが大長編、ラーシー君宇宙へ行く、の序章なのー。大体ここまで三時間、それから……」

「ま、真水、次が俺たちの番だぞ! 子供はラーシー君と握手出来るそうだけど……」

「早くしろのー。ラーシー君がみを待ってるのー」

「……了解」

 怒涛のラーシー君講座はラーシー君で終わらせる。素早くラーシー君の前に言って輝く瞳で着ぐるみの手をしっかりと握っている真水。子供扱いされても起こらないとは、ほんと、ラーシー君になると人が変わるのな。

 とりあえず……。

「真水ー、後ろが詰まってるから先行こうなー」

「ああっ! ラーシー君が、みのラーシー君が離れてくのー!」

 いつまでも放さない手を引き剥がし、真水をラーシー君から遠ざける。そろそろ従業員の人が怖い目をしていたので仕方ないのだ。


「うぅ……ラーシー君が……」

「そこまで落ち込むか!?」

 ガックリと肩を落とし、黒い影を身にまとっている真水。その様相は近づくことが躊躇われる程だ。

「あー、ほら、元気出せって! 後で人形でも買ってやるからさ!」

「ほんとかのー!」

「うおぅ!」

 勢い良く上げた顔はキラキラと輝いて、真水の普段とのギャップが……さらに俺の腰に抱きついている。

「ほ、ほんとほんと! だから放して! 周りの人が変態を見るような目で俺を見てるから!!」

 流石に遊びに来て捕まるのは良くない。っていうよりも、捕まえに来た人を次々と真水が撃退しそうではあるけど。

 危うく大量殺戮犯にしてしまうところだった。

「ん、約束だのー」

「へいへいへい、あんまり高くないのでお願いしますよ……」

 臨時収入が入った事だし。

 明るい声で俺から離れ、ラーシー君を名残惜しそうに眺めた後、真水は俺の手を取った。

「じゃあ出発だのー。まずはなにで遊ぶ? のー」

「んー? とりあえずブラブラして面白そうなのに片っ端から入るか。せっかくの休みなんだから休日分は遊び倒したいし」

「ん、それで良いのー」

 意気揚々と歩く真水に連れられ、苦笑しながら歩くのであった。



 それから数分ほど歩くと目の前に大きな建物が見えてきた。外観はどこか宇宙を思わせる感じで、団子型の宇宙船が見える。

「これはラーシー君の宇宙船、みたらし33号だのー」

「これが例の……ま、まあ、まずはこのアトラクションにしようか?」

「おーけーだのー」

 という訳で一番最初はこの宇宙船、みたらし33号で行く宇宙の旅に決定した。

 何人か並んでいたのでその最後尾に並び、説明書きの書かれた看板に目を向ける。


 時は宇宙暦258年、ついにラーシー君は宇宙へと旅立った。数多の星々に目を移しながらもその広大な星の海に感動するラーシー君。たくさんの友と出会い、たくさんの恋をし、ラーシー君は一人旅を続ける。

 しかし、その感動はある悪の組織によって断ち切られることになる。宇宙を支配せんと企む悪の結社、それがスペースハギーオ団だ。

 スペースハギーオ団は団長のハギーオを中心に様々な星を恐怖により支配してきた悪の組織なのだ。

 その幹部であるアンコローを偶然倒してその話を聞き、体に眠る正義の力を目覚めさせハギーオ団に勝負を挑むラーシー君! みたらし33号に乗り込み、友であるスペース饅頭から受け取った友情の証であるスペース銃、みたらしガンを手にラーシー君は戦いに赴く。新たなる戦友、スペース団子と共に宇宙の平和を守るため!

 行け! ラーシー君! 宇宙の平和は君の手にかかっている!!

 そしてラーシー君はスペース団子に告白されたのだった!


「長いわぁああああ!!」

 いや、長いと言うかクドいと言うか……。流石は団子の国と言うべきだろうか。真水は周りの人たちと同じように迷惑そうな視線を向けてくる。

「いきなりなに吠えてるか、のー」

「だって、だってこれ見ろよ! こんな話なくても差し障りないのになんでこんなのが! 長い上に最後のなんて意味不明だし!! ってかスペース団子は女の子なんだ!?」

「あの告白は凄まじかったのー。光線飛び交う戦場のど真ん中でのスペース団子の告白、ハギーオの体内での熱い愛の言葉……まさに名作のできだったのー」

 そういう真水の瞳は若干涙で濡れている。見れば周りの人たちも思い出したように涙している。よほど感動する代物なのだろう。

「ってかさぁ、真水はいつラーシー君のこと知ったんだ? 最初は全然見てなかったじゃん」

 真水がラーシー君のアニメを見出したのは数日前からだった。誰から借りてきたのかビデオを一晩中流していた。多分その頃くらいからだろう。

「和菓子屋の三八が教えてくれたのー。面白いものがあるって言われて、渡された時は衝撃が走ったのー。まるで唯火と初めて会った時のような……のー」

「よ、喜んでいいのやら?」

「なにを言うのー。ラーシー君と同列にされることほどの名誉はないのー」

 いや、アニメキャラと同じってのがどうも……。まあ、真水のことだから本気で言ってるんだろうけどさ、なんとも反応に困る。

「お、そろそろだ。楽しみだな」

「ん、ラーシー君の話はまた今度にするとして、これってどんなアトラクションなのー?」

「これは……。乗り物に乗って銃のおもちゃで的を撃つやつだな。ちなみに満点だった人には豪華賞品があるらしいぞ」

 建物の脇にある看板を見ながらそういい、奥の方に目を向ける。

「豪華賞品っていってもこんな場所のは高が知れてるのー」

「なになに? 特性スペースラーシー君ストラップ、だってさ」

「唯火、本気で行くのー」

 賞品がなにかを聞いた瞬間、真水の背後から炎が噴き出したた。近くにいると熱いくらいに燃えている。

「ってかなんか本当に熱い! なんか焦げ臭くない!?」

「おっと、失敗失敗、のー」

 真水さん、お願いだから落ち着いて下さい!




「それではあなたもラーシー君と一緒にスペースな旅をぜひ! 行ってらっしゃーい」

 係の人に見送られ、団子型の宇宙船に乗り込む俺と真水。手にはこれまた団子の形をした銃を握っている。

「にしても良く出来てるなー。ほら、あの角が生えた饅頭が手を振ってるぞ?」

「あれはラーシー君の友人、スペース饅頭だのー。その隣にいるのがスペース団子、のー」

「ああ、あれが例の」

 どうやらあの二体は解説キャラらしく、さっきから身振り手振りで説明してくれている。

 にしてもこの二体、動きがとてもなめらかで、まるで本当に生きているかのようだ。こんな技術があるとは……と、そこである先輩が頭に浮かんだが、苦笑して流すことにする。いや、本当にありえそうなんで。

「来た、のー」

 真水がそう呟くと、次の瞬間、たくさんの円盤が俺たちの頭上を通り過ぎて行く。

「ふっ!」

「うぇ!? こいつを撃つのか?」

 慌てふためく俺をよそに、真水は銃を巧みに動かし赤い光を円盤に当てていく。光が当たるごとに大きな音が鳴り、目の前の画面に丸が表示される。

「甘い、そこだのー」

「てい! ちょえい! あっ、外した!」

 円盤の他にも変な形の怪獣が現れ、うねうねと動き回って当てるのが一苦労なものだったり、何発も当てないと撃墜表示にならない巨大な岩が現れたりと、なかなか面白かった。

 そしてこのアトラクションも佳境に入り、ブラックホールから現れる真っ黒な星。宇宙船はその中へと侵入していく。

「これも敵なのか?」

「こいつはハギーオ団のボス、ハギーオだのー。ラーシー君はこいつを倒すためその体内に入り、最深部にあるハギーオの心臓を撃ち抜いて見事撃退するのー」

「はぁ、確かにこれだけ大きいと外からじゃ無理だな」

 やがて俺たちの前に白い宝石のようなものが現れ、高速で動き始めた。これが最後だからか難易度がとてつもない。明らかに撃たせないように設定されているだろう、これ。

「いや、これは無理だって。製作者さま、客の立場から言わせてもらうともう少し難易度下げて欲しい」

「唯火、黙ってろのー。絶対に当てる! のー」

「ま、真水が燃えている……」

 目を閉じ集中してその銃口を前に向ける真水。かくいう俺は既に諦めている訳だが……。あ、なんか鼻がムズムズする。

「――――見え」

「ぶえっくしょーい!」

「たっ!?」

 突然隣から大きなくしゃみを聞いて手元が狂ったようで、真水の放った赤い光は見当違いの方向へと飛んでいった。

「……殺すのー」

「待って! 激しく待って! 確かに俺が悪いかもだけどそんな赤い瞳で俺を見ないでぇえええ!?」

 とんでもない形相で俺を睨む真水。今の真水なら『眼』を使わなくても失禁させることが可能かもしれない。ってか漏れそう。

「覚悟は……ん、のー?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいいいい!!」

 そんな真水さん、なにを思ったのか画面を見て固まっている。

 やっぱり怒っているのだろうか、とそっちに目を向けると――

「えー、と……真水?」

「…………」

 俺の問いかけに応えず、ジッと眺めるその先に、まん丸に花びらのようなものが付いた結果が映し出されている。

「なんか、丸が見えるな?」

「…………」

「しかもはなまるだぞ?」

「……………」

「さらにはその下に百点満点、良く出来ました、とも……」

「……や」

「や?」

「やったのー!」

「うおっ!」

 真水はその結果をしばらく見つめ、一気に爆発させた。

 隣にいる俺に抱きつき、微妙に笑顔というレアな真水だ。ここまで感情を出すのは初めてだろう。……それがラーシー君のストラップで、っていうのが複雑だけど。

「すごい嬉しいのー!」

「その割には少し笑ってるだけだな。もっとこう、満面の笑みってのをやってみたらどうだ?」

「そんなみは気持ち悪いだけだのー」

「自分のことをそう評価出来るのはいっそ清々しいな!!」

 とにかく真水は満点、係の人からスペースラーシー君ストラップを貰い、ほくほく顔の真水を連れてアトラクションを後にしたのだった。

 ちなみに俺はというと……。

「すごい良く出来たとかすごい駄目だったとかなら言うこともあるけど、こんな中途半端だと逆になにも言えないのー」

「中途半端言うな! 平均的と言え!」

 五十個中、二十八個だった。



「ふんふん、のー」

 ストラップを眺めながら珍しく鼻歌なんて歌っている真水。さっきからずっとこうなのだ。あのストラップを貰えたのがよっぽど嬉しいんだろう。

「さて、次はどれにするかね?」

「一番近い所で良いと思うのー」

 ストラップを見つめながら案内板を指差す真水に習い、俺もそれを眺める。今いる場所から近い所というと。

「ここだな」

 案内板から見たらすぐそこ、歩いてもすぐの所にある建物を指さし確認しながらそっちに視線を送って……。

「……げっ」

「ん、どうしたのー?」

 その場所にあったのは、なんと――。



「という訳で、到着したのー。

 ほら唯火、早く歩きやがれ、のー」

「…………………………」

 真水に引きずられるように……いやまあ、本当に引きずられてるんだけど。現在進行形で連れて来られたその場所には、大きな建物がその存在感を醸し出していた。

 そう、そのおどろおどろしいまでの存在感を。

「いやーん、わたし怖いわダーリン!」

「誰がダーリンかのー。キモいからぶりっ子はやめやがれ、のー」

「……真水、俺はここでおまえの帰りをいつまでも待ってるからな? ああ分かってる、分かってるさ。って訳で行ってらっしゃーい!」

「さり気なく背中を押すなのー。というか、唯火はお化け屋敷駄目なのかのー?」

 俺の交渉術など歯牙にもかけず、じとー、と胡散臭いものを見るような目で俺へと視線を送っている真水さん。そんな視線に耐えられず、顔を背けながら頬を赤らめる。

「そ、そんなんじゃ……別にお化けが怖いとかじゃないんだからね!」

「ツンデレっぽく言っても唯火じゃかわいくもなんともないのー。全次元世界のツンデレに謝れ、のー」

「次元世界ってなに!?」

「とりあえず二次元と三次元と四次元だけで勘弁しとくのー」

「縦、横、高さ、奥行きに謝れと!? ごめんなさい!!」

 太陽に向かって吠える俺を遠巻きに見ている人たちは無視するとして、まだ危機は去っていないのだ。具体的に言うとお化け屋敷の前で手招きしている真水とか。

 本物のお化けとかよりも怖いかも知れない。

「というか、一応みは本物なお化けとやらだけど、そこんとこはどうなのー?」

「あ、そういやそうだったっけ。あやかし、だっけ?」

「そうそう、のー」

 真水の言葉に頭からつま先まで視線を落とし、はあ、とため息一つ。

「真水はほら、妖がどうとか以前に、性格がどれだけひん曲がっていようがかわいい女の子じゃん? 一応心は女の子だろ?」

「かわいい、は良しとして……とりあえず煩悩の数だけ殴らせろ、のー」

「百八つ!? ま、待つんだ真水くん! 暴力ではなにも解決しないとぼくは愚考するのでござる! さあその握られた拳を開くんだ! そうすればほら、平和の花が咲き誇る゛ぅ゛!!」

「平和とは、かくも脆いものだのー」

 そう言った真水の手は開かれていて、その掌底が俺の顎を的確に捉えていた。

 なるほど、平和と暴力は紙一重、むしろ平和には暴力が絶対に必要な訳か。


 世界の真理を垣間見た気もするけど、一瞬なくなった意識を急浮上させてしっかりと地面を踏みしめる。そのすぐ後に真水を睨みつけるのは忘れない。

「いきなりなにすんじゃい! 俺が一体なにをしたってのさ! 十字以上十五文字以内で答えなさい! なお、読点、句読点は一文字に数えることとする!」

「テスト問題かのー? まあ強いて言うなら……『自分の胸に、聞いてみやがれ』のー」

「ごめんなさい! わざわざ句読点を入れた意味が分からないけど恐さはアップした!」

 で、まあ睨みつけた目はすぐさま地面に向けられるのだけど。

「で、つまり唯火は人の形をした女ならばそれで良いってことかのー? 幼女の形をしてればなお良し、のー」

「いやいやいや、勝手に俺をロリコンにせんといてな? 出来れば幼女よりバインバインな……や、それは別に良いとしてだ。正確にはちょっと違うかな。俺はその子がその子であるなら、恐いとは思わないかな?」

「どういう意味だのー?」

 分からないといった表情で首を傾け、上目づかいで見てくる真水に俺は頭の中を整理しながら答える。自分ではあまり意識してないことだから整理するのも大変だ。

「んー、例えばさ、ここにすっげえ美人なねーちゃんがいるとするだろ? そんなのがいたら俺はどうすると思う?」

「とりあえず押し倒すのー」

「初対面でそんなこと流石にしないよ! 俺って真水からそんな風に見られてたんだ!」

「なにを今さら、のー」

 そんな認識だったなんて……分かっていたけど地味にショックだ。

「ま、まあ程度の差こそあれまずは話しかけるだろうな。で、実はその子、心が人……っていうか普通に生きてる人のそれとだいぶ違ってたりしたら、多分俺は当たり障りのないこと言って離れると思う」

「人の心?」

「そ。嬉しいとか、悲しいとか、あるいは無感情も人である証なのかも。でも、それがただそこにいることしか出来ない子だったら、いくら美人でも俺はごめんだね」

「……でも唯火は」

「これがまんま化け物だけど俺に好意を持ってくれるなら、女の子に限るけど精一杯それを返したい」

「…………」

 押し黙ってしまった真水を眺め、それから俺はそっとその場から離れようと――

「逃がすと思うか? のー」

 離れようとして、俺の服をしっかりと握った人物がいることに今、気づいた。

「に、逃げるだなんて人聞きの悪い。俺はただかわゆいかわゆい真水ちゃんに考える時間をだね……」

「良さげな話をして呆気に取られてたけど、ようは作り物のお化けが怖いって話だけだのー。訳分からん風に言うな、のー」

「オー、バレテルシー」

 この細い手にどんだけ力が込められてるのか知らないけど、服が悲鳴を上げているほどのすさまじい力だ。

「さーて、楽しみだ、のー」

「俺はあんまり楽しみじゃないけどな!」

「そんな唯火の悲鳴を聞くなんて……はふぅ、最高だのー」

 なにを想像しているのか、悦に入ったようにとろけた表情をしている。そんな真水に声をかけられるかと言われると、正直自信ない。しかし声をかけないと俺の死亡フラグは変わらない。

 さて、どうしたものか……。

「ここはやっぱり逃げないとな、うん」

 0.01秒で結論。

 しょせん人間は自分が大事、お化け屋敷なんて行かなくても死にはしない。それなら別に無理して入ることはないだろう。

「ってな訳で俺はこれでぇ!?」

「どこ行く気だのー。逃がさない、のー」

 髪で顔を隠しながら白魚のような指がメキメキと腕を握り潰していく。もの凄い力でお化け屋敷に引き込まれる。

「お化け屋敷背景だと恐怖感二割り増しだよ真水さん! ひ、引きずり込まれ……や、やめてぇえええ!」

 その場には俺の悲鳴が響き渡り、哀れ一人の美少年がお化け屋敷の中に入れられてしまった。

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