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妖使いのはがゆさ  作者: 雪月葉
巡る小ヘビと回る外道
13/30

巳の十一

 うちの学校は私立なだけあってかなり大きい。大学部、高等部、さらには中等部まであり、敷地内には様々な施設が設けられている。

 その中で校門から入ってすぐに建物があり、生徒たち命名『(ゲート)』と呼ばれたそれは主に学園全体に関わる施設があるのだ。

 で、俺は今そこにある警備室へと来ていたりする。

「だから、忘れた勉強道具を取りに行かせてくれって言ってるだけだろ!?

 十分、や、五分で取ってくるから!」

「だが断る!」

「何でっすか! 早くしないと俺の男としての人生が終わるんだけど!?」

「だが断ぁある!」

「くっ、ならこのぷっちむプリンあげるから!」

「だぁあが断ぁああるぅ!?」

 筋肉ムキムキの警備員さん権田瓦ごんだがわら徳死魔とくしまさんが仁王立ちで俺を見下ろしている。ちなみに御年五十三歳である。

 高等部の校舎に入るにはここで鍵を解除してもらい、セキュリティーを全てオフにしないと無事教室まで辿り着けない。うちの学校は例え大泥棒でも突破できないと噂されているほどだ。

「くっ……こんな所で、こんな所で足止めくらってる場合じゃないんだよ! 喰らえ、ジャスティスブロークンデンジャラスハイパーウルティマニアアルテマオメガパンチ!!」

 説明しよう! ジャスティスブロークンデンジャラスハイパーウルティマニアアルテマオメガパンチとは羽臥野唯火の唯一無二の必殺技である! これを受けたものは小学生なら泣き、中学生なら睨み返し、高校生なら逆に殴り返すという何て事ないただのパンチである!

 もちろんそんなパンチが警備員歴三十年の権田瓦さんに喰らうかと言えば――

「んんん――きっかぁあああん!」

「のぐはぁ!?」

 当然喰らうはずもなく、逆に重い一撃を受ける羽目になったわけだ。

 アッパー気味に放たれたそれは、俺に空中浮遊を実践させてくれた。

「……ぐふ」

「子供はぁ、はやく家に帰ってねなさぁい」

 ベシャ、と床に落とされ、息も絶え絶えの俺を背に権田瓦さんは優雅に一礼して背を向ける。

「ぐ……まだ、だ……俺は、まだやれる!」

「無理はぁ、よしなさい。そ傷ではもはや立つ事すらぁ、ままならないはずですよぉ!」

「こんな所で、こんな所で倒れたら……俺はもう真水と顔を合わせられない!」

 苦しい、辛い、そんな傷を受けても俺は立ち上がる。そう、真水とは合わせたが最後、俺の男が終わってしまうのだから!

「……ほほぉう」

「俺は、俺は! 未使用なまま終わらせる事だけは、絶対にしねえ!」

「貴様、なかなか見所があるぅではないかぁ! でわぁ……特別にひとつ妥協案を与えようではないかぁ」

「妥協案?」

 俺の気迫を見て、面白いとばかりに頷き、権田瓦さんは一つだけ……高等部校舎の鍵だけは解除してくれた。

 これはつまり、セキュリティーの方は俺が何とかしなければならない。だが、とりあえず一歩前進だ。

「さぁあ! 行くがよい、戦士よぉ!」

「わかりました権田瓦さん! どうでもいいっすけどあんたの言葉すっごい聞き取りづらいですよ!」

「……………………」

 何故か黙る権田瓦さんを無視し、俺は警備室を飛び出した。



 門を出てから真っ直ぐに行くとやがて十字路が見えて来る。それはそれぞれの校舎に行く道であり、右が中等部、真っ直ぐが大学部、左が高等部となっている。

 中等部と高等部からは音がまったく聞こえて来ないが、大学部の方からは楽しげな声が聞こえて来ていた。まあ、大学部は試験がないから当然だけど。

 で、もちろん高等部への道を進んでいる俺の前に最初の壁が立ちはだかった。

「…………」

「おやおや、どうしようハニー? 誰かがいるじゃないか」

「本当ねダーリン? ラブパワー全開な私たちの前に誰かいるわね」

 高等部への道、その途中のある場所に二人の人物発見。何故かその者共、二人とも水着着用で。

 言っておくがまだ四月。間違ってもそんな寒々しい格好になるのは早すぎると思う。いや、そもそも学校の敷地内で何をやっているんだこいつら。

「見られちゃったねハニー?」

「見られちゃったわねダーリン?」

「…………」

 この二人、顔は普通に美形ではある。女性の方なんて道端で普通に会ったらナンパするくらいに。だがしかし、こいつらからはなにか危険な臭いがする。

 そもそもこの世でダーリンハニーと呼び合う奴らにまともな人間はいない。これ俺の持論である。

「あー、お前さん方こんな所で何してんの? 一応試験前で校舎は開いてなかったと思うけど?」

「はっはっはっ、校舎には用何てないさ。ねぇハニー?」

「ええ、校舎に用はないわ。ねぇダーリン?」

「何か、こいつら苦手……。えーと、ならどうしてわざわざ?」

 正直関わり合いになりたくないんだが、一度見てしまうと気になってしまう。夜にゴキ〇リを見て気になるのと同じだ。

「どうしてと来たよハニー?」

「どうしてと来たわねダーリン?」

「それはあれだねハニー?」

「それはあれよねダーリン?」

 二人、何故か手を取り合ってくるくると回り始めるの図。

 異様異質異常。とにかく俺の中で何かが告げている。

 早く逃げろ。出来るだけ関わらずに早く逃げろ、と。

「何故ならハニー?」

「何故ならダーリン?」

「僕らは!」

「私たちは!」

 くるくる回っていたのが急停止。男が女を抱き寄せ、手を俺に向けながら輝く笑顔で声高らかに叫んだ。

「「裸でいる事が何よりも好きだから!!」」

「……………………」

 絶句。

 どこかでカラスがカーカーと鳴き、ヒュー、と風が吹いた気がした。

「ちなみに、今水着姿なのは流石にここまで裸で来たら捕まってしまうからだよね、ハニー?」

「ええ、捕まるのはよくないわね、ダーリン? 水着さえ着用してれば趣味で済ませられるもの」

 俺の視線に気付かず嬉しそうに語る二人組。

 そこでふと、真水の言葉を思い出していた。

『あの二人は露出癖があったんだと思うのー』

 あの二人、露出癖、そう言えばいつだか聞いた覚えが……。気になった俺は嫌々ながら彼等に声をかけた。

「あのー、少し良いですか?」

「なにかな、少年?」

「なにかしら、少年?」

「つかぬ事をお聞きしますが、一週間くらい前に制服とかなくなりませんでした?」

 出来れば違って欲しいな~、と若干の期待を込めてそう質問する。まあ、返答はもちろん──

「おや、良く知ってるね。あれは大変だったね、ハニー?」

「ええ、あれは大変だったわね、ダーリン?」

 肯定だった。って事は、俺の家にはあの人の……変なプレイ済みじゃない事を祈ろう。それか燃やして捨てよう。

「危うく捕まるところだったね、ハニー? せっかくのブルマもなくなってたし」

「危うく捕まるところだったわね、ダーリン? 初めて袖を通したのだったのに」

 あ、じゃあ綺麗なんだ、あれ。返した方がいいとは思うんだが、返すとまた変な事に使いそうだし。保留にしとこう。

「あー、じゃあ俺はこれで。出来れば二度と会いたくないっす」

「おや、もう行くらしいね、ハニー?」

「じゃあ私たちもそろそろイこうかしら、ダーリン?」

「はっはっはっ、それは良いね、ハニー?」

「良いでしょう、ダーリン?」

 …………神様。どうかあの二人に祝福を。彼らの進む道は茨の道。どうか、どうか。願わくば、彼らの進む先に幸大からん事を。

 ぶっちゃけ、あの手の変態は接し方がわからん。



 またもや変なのに時間を使ってしまった。

 茜色に染まった空が段々と暗くなる中、ようやく俺は校舎の前にまで来ていた。

 校舎自体が不思議な生物のように立ちはだかり、俺を圧倒している。口を開け、今にも襲い掛かって来そうだ。

 そんなものを目の前にして俺は――

「はぐ。うん、真水の作るおにぎりは美味しいな」

 腹ごしらえをしていた。

 なにごとも腹が減っては戦すら出来ない。腹一杯とは言えないが、それでもやる気十分だ。俺のために美少女が作ってくれたと思うだけで大満足。やる気なんて否が応でも上がると言ったものだ。

「さて、と。ここらで一つ、お茶が怖い。美味い茶は帰ってからゆっくり飲むとしよう。今は……」

 指に付いた米粒を舐めながら校舎を睨み上げる。異様な存在感を醸し出す中、決死の覚悟で校舎へと突貫した。


 で、一分後。

「侵入者発見、侵入者発見。テスト泥棒と推定、排除せよ。繰り返す。侵入者発見、侵入者発見。テスト泥棒と推定、排除せよ」

「なんっじゃこれぇえええ!」

 俺はロボットに追い掛けられていた。

 多脚型で大型犬くらいの大きさのそれは、やけに刺々しい外観をしている。頭っぽい場所にはアームが取り付けられていて、それがロケットパンチよろしく俺に飛んで来ている。いや、正確にはワイヤードフィストだろうか。

 とにかく男の夢満載である。

「停止せよ。さまなくば武装Bへ移行する。停止せよ。さまなくば武装Bへ移行する」

「なになに!? 何の音これぇええ!!」

 ビービー、とやかましい音を発しながら追いかけるのを止めないロボット君。何だかとても嫌な予感がしてきた。

 曲がり角を発見し、滑りながらも飛び込む。

「そこにはやっぱり援軍さんロボォオオオ!」

「停止せよ、停止せよ、停止せよ、停止せよ」

 曲がり角を曲がった先にはこれまた豪勢に二体のロボが待ち構えていた。後ろからも迫っているロボ。これを切り抜けるために俺はすぐ側にあった水道へと走り寄り──

「ロボと言ったら水に弱い!」

 蛇口を指で押さえてから全開にして、水鉄砲のごとく発射する。

「停止、せよ、停止……せよ、てい……」

 水を喰らったロボの動きが段々と遅くなり、ついにはピタリと止まった。その隙にロボを踏み台に跳躍し、階段を駆け上がる。

「さらばだ明智くん! はーっはっはっ!」

 踏みつけた一台がバチバチと壊れたように崩れ落ちる。その際、何か機械音が発せられたような……。

「ぴ、ビビ……内部に致命的損傷を確認。これより武装Cの使用を全体に許可する。繰り返す、これより武装Cの使用を許可する」

 生憎と俺の耳までは届かなかった。



 無事にロボ軍団から逃げ切った俺はとりあえず空き教室に避難する事した。いや、あのまま一気に突っ走るのもいいかな、と思ったんだけど何だか嫌な予感がね。

「ここまで来れたのはいいんだけど……さて、どうすっかなぁ? ってか、あのロボは何なんだ? あんなの初めて見たっての。SUNY(スニー)か? やっぱりすごいなSUNY(スニー)は」

 ……なんて。

 さてさて、現実逃避はこのくらいにしてまずは現状把握だな。

 高等部の校舎は三つ。手前からA棟、B棟、C棟の三つが真一文字に連なっていて、校舎は一つ三階建てで、両端に渡り廊下がある。

 で、俺の教室はC棟の二階真ん中である1―C。今いるのがB棟の三階真ん中。ここから目的地に行くには左右どちらかの渡り廊下まで行かないといけない。

「まあ、なんとかなるだろ。ロボも水に弱いってわかったんだし」

 攻撃だってワイヤードフィスト。避けれない事はない。そう自分を納得させ、俺は移動しようと──

「生体反応発見。これより武装Cで殲滅する」

「えっ?」

 壁からなにかの音が聞こえ、反射的にその場から飛び退いた。

「武装C、発動。武装C、発動」

 その刹那、壁を突き抜け俺のいた場所に光が走った。


 光の通った場所は黒く焼け焦げていた。


「び、ビーム!? 男の夢満載だけどビームっておかしくない!?流石SUNY(スニー)だね!」

 急いで空き教室から飛び出すと、廊下を埋め尽くすようにたくさんのロボが赤い光で俺を睨みつけていた。

「排除する、排除する、排除する、排除する、排除する、排除する」

「排除する、排除する、排除する、排除する、排除する、排除する」

「排除する、排除する、排除する、排除する、排除する、排除する」

「排除する、排除する、排泄物、排除する、排除する、はみ出してる」

「いやいやいや! 多すぎ、ってか最後の何か変な事言ってた!? 別にはみ出してないからね色々と!」

「……面倒、排除排除排除排除排除排除排除排除だる」

「ここは我々の担当ではないので別の窓口へ」

「帰ってゲームやりてー。昨日買ったばっかなんだよなー」

「これで時給三百円はないわー」

「本当にロボか! 妙に人間味溢れてるんだけど!?」

 ってかバイトなんだ、これ。

 やる気なさそうなロボ達の横を通り過ぎ、俺は走り出す。

 振り返ると、特に何もやってこなかったロボたちは一際大きなロボに殴られていた。

「ロボの世界も大変なんだなー」

 そうアホらしい事を考えながら、疾走する俺の目の前にまたもやロボの団体さんがお見えになった。狭い廊下にひしめくロボは正直気味が悪い。

「排除、排除、排除、排除、排泄物を排除」

「俺排泄物扱い!?」

「肯定」

「肯定しちゃうんだ!?」

 機械にすら汚物扱いの俺。おかしいな、段々目の前が滲んできたぞ。

「排除、排除、洗浄モード」

 ロボの赤いランプが青くなり、両脇から掃除機みたいなアームが伸びる。

「なんだ?」

「ハイドロポンプ。発射」

「へっ? ってぬおぉおお!」

 丸い穴から飛び出したのは圧縮された水だ。すごい勢いで発射されたそれは、俺の脇を通り過ぎて前方の壁を粉々に砕いてしまった。しかもそれだけでは終わらず、またもやロボから水が発射される。

「発射、発射、発射、発射」

「ぬおっ! とりゃっ! ずおっ! せいやっ!」

 ほぼ勘と運だけで避ける俺の脇を駆ける水の銃弾。こんなの喰らったら本気で洒落にならない。

「武装C発射」

「げっ!」

 さらに前方から現れたロボが口のような部分からビームを撃ってきた。反射的に滑り込むように避け、ロボを踏み台にして包囲網を抜け一気にC棟へと移動する。

 後は階段を上ってすぐだ。そのためには、このロボの山を――

「何とかしないとなぁ……」

「排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除、排除」

「排泄、排泄、排泄、排泄、排泄、排泄、排泄、排泄、排泄」

「洗浄、洗浄、洗浄、洗浄、洗浄、洗浄、洗浄、洗浄、洗浄」

「何か怖いわこいつら!!」

 階段の上から下からぞろぞろと向かってくる大量のロボ。それはどこにこれだけいたのか、と聞きたくなるほど。

「一斉、掃射」

「どわぁあああああ!」

 ロボ達が一瞬停止し、そして一斉に大量の水鉄砲やら光線やらが放たれた。


「せ、セーフ!」

 それらが俺に当たる寸前、丁度左手に見えた教室へと滑り込んだ。

 扉を閉め、掃除用具入れから箒を取り出してつっかえ棒にする。

「いや、しかしこれってピンチ? 何で学校にSUNYも真っ青な超☆ロボ軍団が配備されてるんだよ……」

 こんな事ならちゃんと装備を整えて来るんだった。ぷっちむプリンとか、こんにゃんゼリーとか……今さら言っても後の祭りなわけだけど、それでも嘆息してしまう。

 近くにあった椅子に座り、チラリ時計を見る。

「もう二時間かよ……はあ、疲れた」

 今日は色々あったためか心身共に疲れ気味だ。何で今日に限ってこう言う事が起きるのだろうか。余程神様は俺の事が嫌いらしい。

「ふぁ……少し疲れたな。ちょっと休もう……」

 机に倒れるように体を預け、目を閉じる。機械が動く音がするが、ここまで入って来ないようだ。そういう設定なのだろう、多分。

「………………ん」

 思考をそこまで働かせ、俺は次第に睡魔に侵されていく。そして数分後、俺は完全に眠りに落ちてしまった。

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