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妖使いのはがゆさ  作者: 雪月葉
巡る小ヘビと回る外道
11/30

巳の九

 はてさて、真水が来てから既に一週間の月日が経過していた。今はもう四月の終わり。この時期、俺の通う私立三田河原高校ではある行事が開催される。それは学生としての本分を体現させた行事であり、それなくして学生にはなり得ないという禁断の行事。

 人それを──!

「と言うわけで明日は一日試験だから。部活は一切禁止、早く帰って最後の足掻きでもするんだなー。じゃあ解散」

 担任のやる気のない号令と共にバラバラと帰り支度を済ませた生徒から帰宅をしていく。隣でショートケーキを食べていた女生徒も、後ろで携帯ゲームをピコピコやっていた男子生徒も、前の席でスマホを弄っていた男子生徒も例外なく帰宅していった。

 そんな中、俺はというと……。

「…………は、はははは」

 手にした紙に書かれた文字を一つ一つ読み間違えないように、死んだ魚のような目で睨み付けていた。虚ろな瞳は思わず口元を押さえて敬遠してしまうほどだ。

「やばい……マジに死んだかも」

 ポツリと呟いた言葉には生気が感じられず、ただ絶望が言葉として出て来たような声音である。ガックリと項垂れ、力なく床に落ちる紙切れ。それには汚い、っていうよりもやる気のない字でこう書かれていた。

『羽臥野唯火殿。

 上記の者、次のテストで全科目八十点以上でなければ問答無用で補習』

 ……全科目八十点以上である。つまり八割だ。点数で換算すると、英、数、国の三百点満点中二百四十点である。

 それを俺だけに課すのだ。これは明らかに虐めである。実際、これを渡した時の先生の顔が得も言われぬような顔をしていた。

 とにかく、である。俺としては別に今さら補習になろうと構わないのだ。ただ問題なのが、その補習期間というものが五月にある黄金週間ゴールデンウィークの全てを潰すという暴挙でさえなければ。

 この高校、四月の終わりに今までキチンと授業を受け、自主的に勉強をしているかを見るテストがあるのだ。そしてもしも赤点の場合は休暇に補習が組まれるというオマケつき。それが俺の場合、赤点ではなく八割未満の場合というだけである。


「やばいやばいやばい! 死ぬ……いや殺される! 俺は真水に殺されるぅううう!」

 誰もいない教室で机に頭をぶつけまくる俺。端から見ると怪しい人まっしぐらだが、これには深い理由があるのだ。

 それは今真水の名が出たように、彼女が関係していた。時間は昨日の夜まで遡るのだが……。


 *回想*

「唯火、この近くに新しいテーマパークが出来るの知ってるか、のー?」

 真水の作った夕食を食べ終わり、うつ伏せにだらけてテレビを見ていると白い浴衣姿の真水が俺の背中に乗りながらそんなことを聞いて来た。浴衣の裾から見える足が素晴らしい。

「あー、と……三田ラシランドだっけ? 何か、みたらし団子が食べたくなる名前だよな」

「マスコットキャラはみたらしだんごを模して作られたラーシー君だのー。ついでにほれ、みたらし団子はここにあるのー」

 袋から取り出されたパックには二つ、飴色のタレがたっぷりとかかったみたらし団子が入っていた。

「おっ、もらっていいのか?」

「勝ってに食え、のー。それ八百屋の健介からもらったやつだし、のー」

「ああ、あの人か。最近あの人と仲いいよな?」

 以前からここに住んでいる俺よりも新参者の真水の方が打ち解けるのが早いというのは釈然としないものがあるが、それで俺達の食事情が改善されているため我慢することにする。うん、甘じょっぱいタレが美味しい。

「出来損ないの兄と住んでて家計をやりくりしてるかわいそうな妹の設定になってるのー」

「ああ、なるほどなるほど。だからなんだ、最近俺をどうしようもないクズを見る目になってるのは!」

 道理で最近明確な殺意を放っている訳だ。特にご老人からそんな波動を感じていたのは、真水が老人達のアイドルだからだろうか。

「あの商店街には随分浸透したのー」

「しかも見る人見る人全員そんな目をしてたよちくしょう!」

「まあ、そんなくだらない話はどうでもいいのー」

「俺の世間様の評価ってくだらないんだ!?」

「何を今さら……のー」

「泣くよ! 俺泣いちゃうよ!?」

 さも当然のように素っ気なく言い放つ真水に流石の俺も涙を浮かべてしまう。

「ふふん、商店街では唯火なんてみの付属品としか見られてないのー。だから気にするなのー」

「あれ? それフォローのつもりだったの? とどめだよ!?」

 しかも割と傷口抉るような。

 うがー、と背中にいる真水を振り落としていきり立つが、気にも止めずにお茶をすすっていた。

「はあ、まあいいや……最近こればっか言ってるなぁ」

 妥協と諦観を覚えた俺に死角はないのだ。少し目から汗が出ているが、そんなこと気にしてはならないのである。

 俺は残りの団子を口に入れながらそんなことを思うのであった。


 そんな涙目の俺を見ながら湯のみにお茶を注いでいる真水。こういうところだけ見ればいい子何だが、いかんせん性格が……

「変な事考えてるな、のー?」

「はっはっはっ、そんなわけないじゃないか! それよりそのみたらしランドがどうしたって?」

 鋭い目で睨み付ける真水の視線を受け流し、お茶を一口。口の中の甘じょっぱさを洗い流すお茶はやっぱり偉大である。

「ん、こいつを見ろ、のー」

「何だそれ? 何かのチケットか?」

 いつもの買い物袋から取り出したのは二枚の紙切れ。やけにカラフルな代物だ。

「これはさっき言ってた三田ラシランドの特別招待券だのー」

 どこか楽しげな無表情でそれを机に置いた。いや、顔の筋肉は欠片も動いてなかったと思うけど。

「へぇ、こいつが」

 確かに特別招待券と書かれている。この招待券を持っていると全アトラクションが無料になるのだとか。なるほど、確かに特別なのだが……一体どこから持ってきたのやら。

「んで、これがどうかしたんか?」

「行くのー」

 即答だった。俺の言葉最後まで聞いてなかっただろ、こいつ、と思えるくらい真水の返答は素早かった。

「えーっと、行ってらっしゃい?」

「何言ってるのー。唯火も一緒に決まってるのー」

 一応恍けてみるが、今の真水にはなにを言っても無駄なようだ。

「俺もかぁ? 面倒だなぁ……」

 正直真水と二人で行っても、と思わなくもない。これが美人なねーちゃんならともかく。それに、こういう場所は体質がもろに出るので行きたくないと言うのが正直なところだ。

「……そういえば、この前買い物に行った時何でも言う事聞くって言ったのー」

 嫌そうにしていた俺の表情を読み取ったのか、後ろ向きに真水が囁いている。

「あ、あー? 確かそんな事言ったかも……って、まさか!」

「命令、今度のゴールデンウィークにみと三田ラシランドに行く事、のー」

 こちらを振り向き、指を俺の鼻先に突き付けながら言い切った。

「えぇー」

「わかったのー? わかったら返事、のー」

 うぅ、と言葉に詰まる俺。嫌だとは言えないこの状況、答えはもちろん決まっている。

「了解、おーけー、わかりましたよ。約束は守らなきゃ、だしな」

「わかればいいのー」

 俺の返事に満足したのか、真水は大きく頷きみたらしを食べ始めた。

 その表情は無表情ながらも、笑っているようにも見える。

(ま、あの真水が珍しく嬉しそうにしてるんだし、俺の不幸くらいどうでもいいか)

 言うて精々が腐った卵を投げつけられるくらいだろうし。まあそれくらいならばもう慣れたものだ。むしろここで真水の言う通りにして、この後機嫌が良くなれば俺の貞操は安泰になるかもしれない。

 そう勝手に自己完結し、真水が淹れてくれたお茶へと手を伸ばす。

「む、唯火唯火……のー」

「んー? ぶふっ! 熱っつぁあああ!」

「みたらしのたれが多かったのー」

 呼ばれた方に視線を向ければ、そこには真水が浴衣をはだけさせ、その小さな胸のにタレをこぼした姿が目に映る。突然の肌色率に思わず手に持っていたお茶を落としてしまい、それが見事股間へと……

「これはこれでエロい、のー」

「む、息子が、俺の息子がぁあああ!」

 夜だと言うのに騒がしい我が家は今日もまた騒がしかった。唯一の救いは、このアパートの周りに民家がない事だろうか。

「息子がぁああああああ!」

 あまりの痛みに現実逃避していた訳だが、熱湯が股間にダイレクトはかなりダメージがでかい。そんな俺を見て哀れに思ったのか、真水が近寄って、

「みが治してやるのー。ほら、出せ、のー」

「まっ、何する気ですか!?」

「もちろん舐めて……」

 ちろりと長い舌を股間に這わせてくる。

 あ、ちゃんとズボン履いてるからセーフだよね?

「ちょっと一泳ぎしてくるから! 今日帰らないかもしれないから鍵かけて先に寝てるんだぞ!?

 目指せ世界新記録ぅうううう!」

「ちっ、また逃げられたのー」

 真水を引き剥がしいつものように川にダイブする俺であった。



 *回想終了*


 そんなようなことがあったのだ。

「うぅ、赤点さえ免れれば大丈夫だと思ったのに……やばいぞ、何せあの真水がカレンダーの前で後何日でゴールデンウィークか~って数えてるほどだし」

 その乙女的行動に、聞く人が聞けばそれだけでどれほど大変な事態か分かるだろう。それなのにもし中止となった日には……

「し、死ぬ? いやいやいや、真水だってそこまで……そこまで……いやぁああああ! 潰さ、潰さないでぇえええ!」

 不意に幻視した自分の未来に絶望し、ガンガンと黒板に頭をぶつけて赤い血糊を付けながら絶叫する。

 こ、これは本気で勉強せねば!

「しかしどうすれば……いや、一応テスト範囲はわかってる。大体十ページ前後だし一夜漬けで……ふ、ふふ、俺はやる! 俺の命のため、真水の笑顔のため、そして何より俺の息子のために!」

 そしてかつてないほどの意気込みを背景にその場を後にした。


 ********


「とりあえず、帰ったらまずは英語をやって、数学、後は国語を……国語が現文古文両方なのがキツイな。まあ今から徹夜でやれば十時間強。やってやれない事はない!」

 握り拳を頭上へと上げ、やる気を無理やり最高まで持っていく。商店街で栄養ドリンクもへそくりで買い占めたし、準備は万端だ。

「さて、帰るか。真水に頼んで夜食を作ってもらおうっと……あ、そうだ、お金おろさなきゃいけないんだっけ」

 そろそろ財布の中身が怪しくなってきたから真水に頼まれていたのだ。現在我が家の財布の紐は真水が握っている。俺だと無駄遣いするから、らしい。

「はぁ、この急いでる時に……ん?」

 銀行はちょうどこの商店街の反対側にあるため、行くのに少し時間が掛かるのだ。早く帰って勉強しなければならない俺にとってこのタイムロスは頂けない。

 さっさと向かおうと歩いて来た道を取って返す。と、そこで何やら聞き覚えのある声が耳に入った。

「兄様、今日は晩御飯何がいいですか?」

「何でもいい」

「もう、何でもいいが一番困るんですからね?」

「じゃあぼくは京奈さんの女体盛りでお願いしまーっす!」

「な、何じゃ貴様はぁああ! じゃなくて何ですかあなたは!」

「ごふぅ! 今回はパイプ椅子!」

 声の主は以前学校で出会った京奈さんだった。その夫婦めおとのような会話に思わず口を挟んでしまった。

「や、やあ京奈さん、今日も変わらず綺麗ですね……後パイプ椅子って本当に痛いんでやめて欲しいっす」

 その結果パイプ椅子で後頭部を叩かれてしまったのだが。

 流石は俺の宿敵。一体どこから持ってきたのかは謎である。ちなみに宿敵しゅくてきと書いて宿敵よめと呼ぶのは俺の中での一般常識だ。

「げっ! あなたは……」

 もの凄く嫌そうに顔を歪める京奈さん。これはきっと照れているのだと判断した俺は、ツツ、と近寄りウインクする。

「唯火っす! あなたの旦那の羽臥野唯火でーっす!」

「ちげぇよ! ではなく、違いますよ!」

「あ、そうですね。ご主人様だったな、京奈くん?」

「ぁあ!? 誰が、誰のご主人様だって? おら、答えてみろやクソご主人様よぉ!?」

「痛いっす! パイプ椅子での往復ビンタは洒落にならんです! ちょっとした挨拶じゃないっすか本気にしないでくださいよ!」

 やはり照れているのか顔を真っ赤にして殴る殴る。純情そうだからと少しからかい過ぎたのが敗因だろう。

 それをぼーっ、と眺めるイケメンお義兄さん。確か名前を……………………京勝さん? 男の名前は覚えるのが苦手だ。

「京奈」

「はっ! すみません兄様、少し取り乱しました」

「これで少しですか? そうですか」

 腫れ上がった自分の顔を指差し、そう言う俺の言葉も見事に封殺される。そしてお義兄さんの重たい口が開かれ……

「湯豆腐がいい」

「はっ?」

「はい。わかりました」

「えっ? あ、ああ、夕飯の事か!?」

 京勝さんの口からはまったく関係のない言葉……ではなく、恐らくさっき京奈さんとしていた会話の続きのようだ。その後の惨状なんて気にも止めずに呟かれた言葉は一拍遅い気がします。

 あなたってそんなキャラなんですか?

「ではお豆腐を買って来ますので少しお待ちを……兄様に手ぇ出したら潰すからな?」

 最後のは俺へのありがたい忠告。かなりドスの効いている声音で、子供なら絶対泣いてしまうこと確実だろう。かくいう俺も心は永遠の小学生なので少し涙が出たかもしれない。

「…………」

「えっと……」

 三人引く一は当然二人な訳で。京奈さんが買い物に行ってしまったため残されるのは当然俺と京勝さんだ。特に彼と話すこともなく、無口な人と顔を合わせていても居辛いだけである。これがクール系無口美少女ならば喜んで見下されるのだが……如何せん相手は男である。ゆめもきぼーもありゃしない。

「えー、今日もいい天気ですね!」

「…………」

 取りあえずこの空気を打破すべく軽々しく声を掛けてみる。普通に無視されたが。しかしここで引いては将来の義兄さんに申し訳がない。このガールズハントで培った話術で以て仏頂面な京勝さんを爆笑させてみせよう!

「こんな日でも傘は持った方がいいですよ?」

「…………」

「えっ? 何故かって? そりゃもう、俺の愛が降り注ぐからですよ」

 ふっ、と顔を輝かせながら、女性ならば即落ちるであろう甘~いトークを放つ。やれやれ、相手が男なのが残念で仕方がない。

 そんな俺のストロベリートークに京勝さんはもちろん、

「…………」

「…………」

「…………」

「……いや、何かすいません」

 無言。

 世の儚さに自分と言うものが嫌になった。

「…………」

「……ホント、なんかすんません」

「…………」

「……あの、生まれてきてすいません!!」

「…………」

「……存在してマジで――」

「鬱陶しい!!」

「のべっ! お、おおっ! ありがとうございます京奈さん!」

「蹴られて喜んでる!? うわキモっ!」

 世の無常に嘆いていと所、豆腐を買い終わったらしき京奈さんが俺の腹へ重たい一撃を放ってきた。かなり痛くはあるが、 先ほどの無言に比べれば全然へのカッパだ。


 ……あ、そういえば銀行へ行く途中だったんだ。京奈さんとの再開が嬉しくてすっかり忘れていた。二人に挨拶してこの場は――

「クク……」

「笑った! 今ほんの僅かだけど京勝さんが笑った! 今笑いましたよね? 確かに笑いましたよね!?」

「え、ええ……兄様が笑ったところ久しぶりに見たわ……素敵」

 去ろうとした瞬間、なんと京勝さんが笑ったのだ。これには俺だけでなく京奈さんも驚いていた。

「あ、なるほど。京勝さんって無口っていうよりテンポが他の人より一つ分遅いんだ」

「そうね、そこが堪らなく萌えるとこなんだけど……兄様」

 悦に入ったように怪しい笑みを浮かべる京奈さん。この人も変な人だなぁ、と思ってみたり。後でそれを言ったらあんたが言うな、との事。俺は至って一般人なんだけどね。失礼な人だ。

「唯火、だったな?」

「あ、そっすよ? 安心安全人畜無害、全人類よりも全女性の味方、その名は羽臥野唯火くん!」

「何よそれ?」

 ボソリと呟くように俺の名を呼ぶ京勝さん。京奈さんが何か言っていた気もするが、とりあえず無視だ。

「一つ質問がある、答えろ」

「えー、俺これから用事もあるし黙秘権だってあってもいいと思うんすよねー」

「以前言っていたな」

「あれ、完無視ですか? 俺の言う事はことごとく無視するのが暗黙の了解!?」

 淡々と言葉を紡ぐ京勝さんに俺のツッコミは届かないようだ。天敵出現である。

 仕方なく軽く両手を上げ、京勝さんの睨みを受けながらその質問とやらを待った。

「『探しもの』か、と。何故お前は私たちが探しものをしているとわかった?」

 それは確か初めてこの二人に出会った時に言った言葉だったはずだ。この人は今までそれを覚えていたのだろうか? そんなことを覚えているのなら京奈さんのスカートの中身を妄想している方が有意義だと思う。

 まあ、質問としては特に難しいことではないけれど。

「別に大した事じゃないっすよ。お二人はこの町の人間じゃなさそうでしたし、かと言って旅行中って訳でもない。普通観光客がうちの高校なんか見に来ませんしね。それにうちの学校、あれでかなり警備体制は万全っすからねー」

 不審者なんて当然、下手をしたら夜生徒がいてもすぐ見つけ出されて追い出されるのだ。

「なのにあなた方はあそこにいた。捕まる危険があるのにも関わらずね。それでなにか大事な事をやっているとわかったんですよ」

 そう言い終わり、そういえば真水も侵入してたな、と思い浮かぶ。案外侵入は楽なんだろうか? もしくは妖なだけに何かやったとか? 変な所に考えが行くが、まあ真水だし、で思考を諦めた。

「それだけで探しものをしていると思うのは無理だと思うが?」

「別にそんな事はないですよ。あの時京勝さんたち急いでましたしね。まるで早く『なにか』を見つけないといけない、みたいに。ま、後はただの勘や推測っすね。なにを探しているかまではわからないですけど」

 わかる必要もないけどなー、と口の中でもごもごと呟く。

 とりあえず俺の言い分に満足したのか鋭い視線を逸らし、何も言わずに商店街を去っていく京勝さん。いや、なにか一言くらいあってもよくね?

「じゃあまた会いましょうね京奈さん! 今度は是非とも、是非ともベッドの上で!」

「いい加減セクハラやめやがれよな、ぁあ!?」

「す、すびばぜん!」

 投げたパイプ椅子が顔面直撃。これすごい危ないので注意が必要です。良い子は真似しないように。


 去っていく二人の後ろ姿を見つめ、俺はポツリと、ついつい呟いてしまった。

「早くこの町から消えてくれないかな~」

 まあ、京奈さんだけなら俺の嫁、という事で。


 ***


 羽臥野唯火と別れ、彼、四崎京勝は先ほどのやりとりを思い浮かべていた。

「…………」

「兄様?」

「…………京奈か」

 京勝に付き従うようにその身をすぐ傍らに控えさせている妹、四崎京奈。彼女は心配そうに兄を見る。普段から無口な彼だが、今日は特に挙動が可笑しかったのだ。疑問の答えを求め、思い切って尋ねることにした。

「どうかしましたか? 少し、変ですよ?」

「…………先ほどの男。お前にはどう見える?」

「先ほどって、あの羽臥野とかいう男ですか? どうもこうも、最低の変質者野郎……ではなく、人としてどうかと思いますけどね」

「…………そうか」

 それきり押し黙り、京勝はぼーっ、と空を見上げる。やがて彼らがとある河川敷に着くと、京勝は珍しく京奈へと振り返った。そして彼の口からこれまた珍しく──

「あの男、去り際に一瞬、笑った」

 自分たち以外の人間である唯火について口にした。

「笑った、ですか? あいつずっと笑っていたと思うんですけど……」

「違う。あの笑みはもっと狡猾で、狡賢い。いや、違うな。貪欲で、知性的なまでの──」


 ──蛇のような笑みだった


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