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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
四章:双竜戦争(前編)
96/107

4-23

 アルビオンの東部、レグリア地方にはサクス人の支配する七王国ヘプターキーが存在する。

 聖暦以前からアルビオンに住んでいたとされている土着の民族――ブルト人に対し、サクス人は大陸から渡ってきた異邦人だった。彼らはブルト人の王ヴォーティガーンに招かれ、傭兵としてアルビオンにやってきたのだ。

 しかし、サクス人たちはヴォーティガーンの駒にはならなかった。彼らはアルビオンに侵入し、そこに住居を構えると、先住者であるブルト人を西の山岳地帯へと追い出し、自らは肥沃なレグリアの地を占有したのだ。

 その後、竜王アルトリウスが登場しアルビオンを統一すると、サクス人もブルト人の支配下に収められた。だが、竜王の死後は再び勢力を盛り返し、今ではグロスター以東の地を制圧している。


 故に全ブルト人にとって、サクス人は故郷を奪い去った簒奪者であり、数多くの同胞を殺した殺戮者であり、悪魔よりも卑しい裏切り者だった。

 無論、サクス人にとってもブルト人は忌むべき宿敵である。彼らはブルト人を外なる者(ウェールズ)と呼び、山に住む野蛮人と蔑視していた。

 つまるところ、ブルト人とサクス人は一つの島の中で覇を争う、不倶戴天の敵同士だった。父祖を殺された怒りは何代にも渡って積み重なり、もはや両民族の間に渦巻く憎悪は骨の髄まで達している。


 だからこそ、サクス人たちにとってログレス王国で発生した内戦――

 後の世に言う『双竜戦争』は正に千載一遇の好機だった。


 長年に渡る怨敵を滅ぼし、カンブリアの地を手に入れる。

 先祖が成し得なかった悲願を今こそ果たす時が来たのだ。


 という名目で先走ったのは、マーシア王国の西部に領地を持つ諸侯だった。

 王の沙汰はない。地方領主たちの独断専行だ。それでも、機甲部隊を含む総勢一万五千もの兵力がスランゴスレンの地に殺到した。

 彼らの目的はこの地にある城塞を占拠することにあった。砦を確保し、周辺の土地をなし崩し的に自らの所領に組み込んでしまおうという魂胆である。


 対するスランゴスレン城塞は自然の要害に恵まれた難攻不落の堅城だ。

 険しい山嶺の上に佇む要塞は、石造りの砦に木の櫓を付属させただけの粗末な造りだが、今まで幾度となく異民族の侵攻を防いできた。

 もっとも、それは凶悪な魔導兵器が開発される以前のことだ。今となっては石材を積んで造られた砦など、山砲の一発で吹き飛ばされてしまう。

 また、僻地の城塞内には騎士甲冑(ナイトアーマー)などの機甲兵器が運び込まれていなかった。武器として備蓄されているのは旧式のライフルのみ。滞在する兵士の数に至っては五百にも満たない。


 勝敗は、火を見るよりも明らかだった。






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 ――ガッシャァァァン!


 寒空の下、ガラスを床に叩きつけたような音が響く。

 山道に飛び散ったのは氷の塊だ。人間一人分ほどの大きさをした氷塊が、空を貫き、大地を抉り、城塞に群がろうとする兵士たちを粉砕しているのだ。

 高台から放たれたそれは矢であり、氷柱だった。絶え間なく降り注ぐ極大の雹雨を前に、マーシアの前線指揮官は悲鳴を上げた。


「な、なんだこれは!? なんなのだこれは!?」


 ヒステリーを起こして喚き散らす様は、正に混乱の極みといった風である。

 だが、それも無理からぬことだった。そもそも彼は城塞側に降伏を勧めるつもりでこの山道を登ってきたのだ。

 山麓を振り返れば、今も寒風を浴びて翻る色とりどりの旗が目に入る。あれだけの大軍が城の人間に見えていないはずもない。


 にも関わらず、敵の対応は冷淡だった。

 険しい山道を登ってきた彼らに対し、城塞の守備兵は容赦なく氷の矢を浴びせかけた。

 これは彼にとって想定外の事態だった。辺境の小砦風情が、不毛の地に追いやられた生贄たちが、祖国の為に命を投げ出すとは到底思えなかったのだ。


 加えて、


「た、隊長! ダメです! 退路が封じられて!」

「敵の魔導兵装です! なんて破壊力だ! アーマーが木っ端微塵に……!」


 城塞に潜む狙撃手は、高台に近づいた彼らを逃がそうとしなかった。

 虎の子の騎士甲冑(ナイトアーマー)もまるで役立たずだ。切削機(ドリル)のように捻れた氷塊は、アダマント鋼の装甲を貫き、内部の人間を八つ裂きにし、更には地面を削ることで周辺の地形まで変えてしまう。

 指揮官である彼は、部下たちが一人また一人とボロ雑巾に変貌していくをただ見ていることしかできなかった。打つ手はない。距離と高度の不利はそれだけで戦の勝敗を決定付けてしまう。


 ――ガッシャアアァァァン!


 そうしてまた、間近で氷塊が砕ける。

 副官の肉体が空気を入れすぎた風船のように弾け、散乱した氷片がざくりと指揮官の頬を切り裂いた。


「隊長、ベイカー様が!」

「く、くそっ! ブルト人の山猿め! こんなところで、こんなところで死んでたまるか……!」


 手が震える。がちがちと歯が鳴る。死の恐怖に全身が凍りつく。

 彼は首を巡らせて退路を探した。しかし、周囲は一面の銀世界だ。

 気付けば、屹立した氷柱が檻のように彼らを取り囲んでいる。ここは死地だ。分かっている。だというのに、逃れることはできない。罠に誘い込まれた獲物は次々と狩人の手で葬られてしまう。


「あ、ぐぅ……」


 部下たちが次々と倒れる中、彼は山頂の砦を血走った目で仰いだ。


 そこに居座っているのであろう狙撃手の姿は見えない。

 感じるのは地吹雪のように冷たく、機械的な殺意だけだ。

 敵は、侵略者を駆逐するのに蟻を潰す程度の感慨すら抱いていなかった。


 彼は理解した。あれはヒトにとって絶対の捕食者だ。

 自分たちは最初から、この地に来るべきではなかった。


「へ、陛下。ベオルウルフ陛下。やはり、この地には竜が棲んで――」


 直後、体内から甲高い破砕音が響く。

 そして、男の五臓六腑は一片余さずスランゴスレンの凍土にぶち撒けられた。






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 五百余名のサクス人から成る先行偵察部隊。

 その最後の一人が物言わぬ屍に変わったところで、彼は攻撃の手を止めた。


 男が立っているのはスランゴスレン城塞のひらけた屋上だ。

 マーシアの軍団が集結しつつある麓とは違い、山頂付近の砦は銀白の吹雪に覆われていた。

 屋上の石畳にも雪が降り積もっている。その上で身動ぎするのは二つの影だ。一方は人型。一方は翼と尾を持ったトカゲの姿をしている。


「終わりだ、エレリ」


 狙撃手の声に、竜は「くるるるっ」と喉を鳴らして応えた。


 いわゆる、『ドラゴン』と称される魔獣には幾つかの種が存在する。

 高山に生息する風竜。雷雲の中に棲まう雷竜。鉱脈に根を張る地竜。荒野や洞窟をねぐらとする闇竜。天空を飛び交う光竜。

 中でも、火山地帯に潜む火竜は『カンブリアの赤き竜』の眷属とされ、ここログレス王国では神聖視されていた。王族専用機とされる機甲竜(アームドドラゴン)も全て火竜の骸装機(カーケス)だ。


 が、城塞から下界を睨んでいるのはその真逆。蒼白の鱗を持った竜だった。

 雪山で見られる『氷竜』と呼ばれる種のドラゴンだ。本来、このスランゴスレンの周辺には生息していないはずの個体である。

 ログレス王国で氷竜の生息地として有名なのは、アルヴォン周辺の高山地帯だった。カンブリア最高峰のスノードンを中心としたこの一帯は、百年以上に渡って一人の男が統治し続けている。


 統治者の名はルウェリン・グウィネズ・アプ・グウィン。

 アルヴォン辺境伯、【氷竜伯(ブリザード)】の名で知られる王国最古の貴族だ。


「おーい、ルウェリン。外の連中はどうなった?」


 背後からかけられた声にルウェリンは振り返った。


 齢百を越えるルウェリンだが、その外見は実際に積み重ねた年月を微塵も感じさせないものだ。

 氷像のように青白い肌と筋肉質な四肢。7フィートを越える長駆に薄い狩衣一枚 羽織った姿は、野生児という言葉がしっくり来る。

 年齢不詳の顔立ちは整ってこそいるものの、とりたてて美形でもなければ醜悪でもない。ただ短く刈られた髪と青白い瞳だけは、雪細工のように神秘的な輝きを放っていた。


「ガーグラーか。こちらは今片付いた」


 ルウェリンは手に持っていた大弓を氷竜エレリの鞍にかけた。

 屋上にやってきたのは氷竜伯と対照的な外見――赤髪赤眼に貧弱な体つきをした青年だった。

 ドラク・ガーグラー。新王マルゴンの実弟であり、名目上は東部方面軍総司令官の座に収まっている男だ。

 本来は指揮を出す立場の人間だが、何故かその両手と頭頂には銅製の大皿が乗っかっていた。もうもうと上がる湯気がひどくシュールだ。


「……なんの芸だ、それは」

「失礼なこと言うなよ。メシを持ってきてやったんじゃないか。スノーベアの肉とリーキ、キャベツを煮込んだシチューだ。うまいぞ」

「お前が作ったのか」

「まぁね。なにしろ、この砦にはまともな料理番がいないんだ。うまいメシにありつきたければ自分で作るしかない」


 ガーグラーは両手に持った皿の内、一方をルウェリンに渡し、もう一方を石畳の上。翼を折り畳んだ氷竜の鼻先へと置いた。

 氷竜エレリは「くるるるっ!」と歓喜の声を上げ、大皿に盛られた肉へとがっつく。それを見て、ガーグラーは口の端に笑みを浮かべた。


「いい食いっぷりだ。主人よりよっぽど愛嬌がある。俺も竜のペットが欲しいぜ」

「エレリは愛玩動物ではない。我が同胞だ」


 氷竜伯(ブリザード)はぶっきらぼうに告げた。

 ただし、その両目は夢遊病者のようにあらぬ方向を見つめている。

 頭の大皿を降ろしたガーグラーはやや不機嫌そうに言った。


「おい、ルウェリン。いい加減、人の目を見て話せよ。いつまでシャイな童貞気取りなんだ?」

「ああ……すまない。どうしても癖でな」


 ルウェリンは至極どうでも良さそうにガーグラーへと視線を向けた。


 男の双眸は左右で微妙に形状が異なっていた。

 色はどちらも蒼白。しかし、右目の瞳孔は蛇の如く縦に裂けている。

 ガーグラーと同じ『凶眼(ドルッグ・アヴィス)』と呼ばれる魔眼の一種だ。先祖返りによって竜の血が発現している点も同様。その瞳に睨まれた者が恐怖で動けなくなり、最悪失神してしまうのもまた同じである。


 つまるところ、ルウェリン・グウィネズとドラク・ガーグラーは同類だった。

 年齢こそ離れているものの彼らは数年来の友人だ。ルウェリンがこの地に駆けつけたのも、ガーグラーに請われてのことだった。


「しかし、この程度の軍勢ならば私の助力など必要なかっただろう。見たところ敵の数は一万五千。多少増えたとしても二万前後。お前一人で時間を稼ぎ、【巨人伯ギガント】の部隊を突撃させればどうにかなったはずだ」

「一対一万とか面倒なことやってられるかよ。味のない豆料理を延々食わせられる気分だぜ」


 ガーグラーはため息混じりにシチューを喉奥へと流し込んだ。


「うむ、我ながらうまいな。香辛料、せめてローレルがあればもっといいんだが」

「確かに味は悪くない。だが、男の手料理というのが残念だ」

「おいおい、ドラゴンフェチがなにをほざきやがる」

「竜はあくまで我が同胞だ。性欲は感じないし性交も……まぁ、しない」

「え、ちょっとなんで今言い淀んだんだ? カミングアウトする前置きか? すまない、ルウェリン。俺は異種姦に対する理解はないんだ」

「下衆の勘ぐりはやめて貰おう。我々、凶眼持ち(ドルッグ・アヴィス)は先祖に竜を持つ。つまり太古の神竜は人に姿を変え、人間と交わることができたのだ。もっとも、『カンブリアの赤き竜』のように、ただ血を分け与えただけという例もあったようだが……」


 ルウェリンは言葉を切り、食事を終えて丸まっている愛竜へと視線を注いだ。


「今となってはこの古竜エレリでさえ、人に姿を変えることはおろか人語を話すことさえできん。竜の時代は機甲竜騎士(ドラグーン)の台頭と共に終わりを告げた。もはや人と竜とが交わることは二度となかろう」

「要するに『昔は良かった』って言いたいんだろ?」

「人を老いぼれ扱いするのはやめて貰おうか」

「百年以上生きていれば、普通の人間は老人どころか棺桶入りだと思うがね」

「私の身に刻まれた歳月はエレリの半分にも満たない。我が同胞に比べれば私などまだまだ未熟な若造だ」

「お前が若造だとすると俺はどうなるよ」

「鼻水垂れ小僧がいいところだな」


 「なんだとう!?」といきり立つガーグラー。

 そのタイミングで城塞内へと続く階段から新たな人影が姿を現す。


「二人とも、なにをくだらんことで口論しておるのじゃ」


 妙にくぐもった、聞き取りづらい声だ。

 屋上にやってきたのは黒い、ぼろのローブを纏った矮躯の老人だった。


 いや、厳密にはその年齢は分からない。

 なにしろ、その人物は頭部を真っ白な面で覆っているのだ。

 白い仮面に刻まれているのは、オークの葉を模した文様だった。両手足がローブの中に引っ込んでいるせいで、木から落ちた(いが)のようにも見える。


「よう、ハルマリカ。どこへ行っていたんだ?」

「偵察じゃよ。この地に攻めてきた軍が王の命令を受けているのか、それとも領主の独断によるものなのか、そのいずれかによってこちらの取るべき対応も変わってくるからのぅ」


 しゅうしゅうと笑いながら、ハルマリカと呼ばれた老人は山裾を見下ろした。

 吹雪の向こうでは黒い人垣が音もなくうごめいていた。先遣部隊を撃破されたマーシア諸侯軍はひどく興奮しているようだ。相手を口説き落とすつもりが、問答無用で頬を張られたのだから無理もない。


「結論から言うとあれは諸侯の連合軍じゃ。マーシア王ベオルウルフは今回の出兵に関与しておらん」

「つまりは地方領主の独断ってことか。しかし、分からんね。何故、マーシアの王サマは軍を率いて攻めて来ない」

「それを理解するためには歴史の勉強をする必要がある」

「面倒だなぁ」

「では、要点だけかいつまんで説明してやろう」


 ハルマリカはそう言って、無知な生徒へと向き直った。


 元々、マーシア王国は聖暦八百年頃まで偉大な覇王(ブレトワルダ)であるオファの元、七王国ヘプターキーを束ねる盟主の座についていた。

 が、オファの死後は混乱の中で勢力を減じさせた。それでも、未だ七王国に数えられるノーサンブリア、エセックス、サセックス、ケント王国、イースト・アングリアの五国を従属させている。

 唯一、マーシアの支配下から離脱したのはウェセックスだ。大陸の助力を得たかの国は、かつての支配者に牙を剥き、西の国境を接するログレス王国とも小競り合いを繰り返していた。


「要するに、じゃ。マーシア王ベオルウルフはウェセックスを再度屈服させ、自国の勢力下に組み込もうとしておる。西のログレス王国にまで手を割いている余裕はない、というのが本音じゃろう」

「ふーん、あちらさんの事情は分かった。サクス人同士が殺し合いをしてくれるなら面倒がなくていい」

「うむ。なにしろこちらも内輪揉めの真っ最中だからのう」


 ハルマリカはわずかに身を縮めた。どうやら肩をすくめたつもりらしい。


「ペンドラコンウッドの戦いは同盟軍の勝利に終わった。四侯爵は全てドラク・ルシウスに味方したようじゃ。ガーグラー、そなたの元にも兄弟たちから参戦要請が来ておるのじゃろう?」

「まぁね。特にマルゴンの野郎がうるさくて参るぜ。ルシウス坊っちゃんは無視すればそれっきりなんだが、あのハゲは女にフラれた間男みたいにしつこく縋りついてきやがる」

「溺れるものはなんとやら、じゃな。あの愚王にも戦況のまずさは理解できておるらしい」

「ハルマリカ、お前の見立てだと王国軍はあとどれくらい持つ?」

「長ければ一年以内。短ければ半年といったところじゃろう。北部の元アクスフォード派諸侯が決起すれば、王国は南北で挟み撃ちにあう。そうなればいよいよ『詰み』の盤面じゃ」

「予想よりも速いな」


 ガーグラーは宣戦布告から大方の趨勢が決まるのに、およそ一年の月日がかかると踏んでいた。

 だが、実際のところ国内の戦況は開戦から半年も経たずに一変していた。とりわけ、王国軍の凋落っぷりは目を覆わんばかりだ。

 スーパーセル作戦の失敗と、ペンドラコンウッドにおける大敗。陸でも空でも負け続きの王国軍に対し、同盟側は連戦連勝を続けている。戦力差がひっくり返るのも当然だった。


「同盟側が一方的に負けることはないと思っていたが……まさか、アウロの奴がここまで出来るとは」


 極上の獲物を見つけたかのように、ガーグラーは唇を舌でなぞった。


「ルウェリン、こちらの準備は?」

「まだ時間が欲しい。兵員はともかく武器の調達が追い付いていない」

「となると、横槍をぶっこむ必要があるか。次の戦場は――」

「恐らくはモンマスじゃろう。同盟軍がガルバリオン公の仇討ちを名目として掲げておる以上、あの街を無視することはできんはずじゃ。そうでなくとも、モンマスは王都の東を守る要所。今はガーランド侯爵モーディアと、王弟ドラク・ナーシア率いる機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)が彼の地を守護しておる」

「ああ、ナーシアの奴がいるのか。ふぅん」


 ガーグラーは一度、中空に視線を彷徨わせた。

 舞い落ちる雪の中で切れ長の瞳孔が瞬く。望楼に吹き付ける風の冷たさは、並みの人間なら数分で凍え死ぬほどだ。

 もっとも、この場にまともな人間など一人もいない。思案を終えたガーグラーは「よし」と手を打った。


「俺がモンマスに行こう。久々にナーシアの奴とも会いたいしな!」

「駄目に決まっておるじゃろ」


 が、即座に反対の声が上がる。


「援軍を送ることには賛成じゃ。しかし、そなたが動く必要はない」

「つまらんことを言うなよ。総大将は後ろで大人しくしていろとでも?」

「その通り。なにより短気なそなたが戦場に出れば、目的を忘れて敵を皆殺しにしかねん」

「じゃ、代わりに誰を送るよ。ゴースじゃうすのろ過ぎて間に合わない。ボーチェスの奴には荷が重すぎる」

「ふむ。わしが出ても良いが、そうじゃな」


 老人はふいに首を傾げ、のっぺりした仮面顔を氷竜伯に向けた。


「ルウェリン」

「なんだ」

「頼めるか?」 

「………………」


 男はしばし沈黙した。

 元々、彼は他人の頼みを気軽に引き受けるような性格ではない。

 よく言えば狷介けんかいにして孤高。悪く言えば気難しい老人。

 それが【氷竜伯(ブリザード)】ルウェリン・グウィネズという男だ。


 今はガーグラーに協力してこそいるものの、その傘下に収まった訳ではない。

 彼の立場はあくまで盟友だ。理不尽な命令は拒もうと思えば拒める。


 ――しかし、


「分かった」


 それら全ての要素を鑑みた上でルウェリンは頷いた。


「ハルマリカ、お前の提案を受け入れよう。最初からそのために私をこの地へ呼んだのだろう?」

「その通りじゃ。なにしろ、他に適任者がおらんのでな」

「よい。お前の口から弁明の言葉を聞きたい訳ではない。それに――」


 ルウェリンは城塞の南、モンマスの方角に青の瞳を向けた。


「お前の弟、アウロ・ギネヴィウスという男にも興味がわいた」

「そうか。できれば、アウロの奴には味方になって貰いたいんだがな」

「殺さない方がいいのなら加減をするが」

「その必要はないさ。誰かに殺されるならそれまでの男だったということだ。むしろお前の方こそ油断するなよ」

「油断? 私がか?」

「アウロは強いぞ。あいつの腕は本物だ。【モーンの怪猫】のことはお前もよく知っているだろう?」

「ダグラス・キャスパリーグか。当然だ。あれは我らと同じく魔獣の血を発現させていた。奴がモーン島を統べる時は手を貸してやったこともある」

「そのダグラスを倒したのはアウロだ」

「そうか」


 ルウェリンは口元に手を当てた。


「……そうか」


 僅かに開かれた指の間から、三日月形に変じた口唇が露わになる。

 冷血漢のようにも見えるルウェリンだが、その本性はガーグラーと同じ。強者を食らうことにこの上ない悦楽を感じる戦闘狂だ。


 と、そこでふいに雪の向こうから雷鳴じみた鬨の声が轟く。

 音源は山の麓だ。見れば、山裾に集っていた軍勢が隊伍を組んで山頂へと押し寄せつつあった。

 敵は力尽くでこの城塞を落とすつもりらしい。籠城している相手に対して芸の無い戦い方だが、なにしろその兵力は圧倒的だ。このままのんびりしていれば、押し寄せる人波に飲み込まれてしまうだろう。


「おっと、いかんな。連中の存在を忘れていた」

「うむ。まずはきゃつらの始末が先じゃ。マーシアの肥えた豚どもに、この地に手を出すことの愚かさを刻み付けてやらねば」


 このスランゴスレン城塞には常時五百の兵が詰めている。

 しかし、東部方面軍の全兵力で言えばその十倍。これに東方軍に協力する北部諸侯の戦力も加算される。

 特に僻地に広大な領土を有する『辺境伯』は、外敵の脅威にさらされる関係上、ブランドル家などの四侯爵に匹敵する軍事力を有していた。ルウェリンとハルマリカもそんな辺境伯の一員だ。


 そして東方軍には後二人、名の知られた辺境伯が参加している。


「さて、待ちに待った戦争の時間だ。メインディッシュの前にまずは前菜を片付けるとしよう」


 ガーグラーは身を翻すと、城塞の裏手へと身を乗り出した。


 スランゴスレン城塞の裏には傾斜のなだらかな丘が存在している。

 だが普段、茶色い高山植物に覆われたその場所は完全武装の兵士たちで埋め尽くされていた。

 異様なのは甲冑を纏った兵士たちの中に、常人の倍近い体躯を有する巨人や、獣の耳と尾を生やした獣人がいることだ。軍勢の大半は、ヒトではなく異形の亜人たちによって構成されていた。


「ガーグラーの旦那! 出撃の時間かね!?」

「その通り!」


 眼下からかけられる声。満面の笑みを浮かべたガーグラーは、軽やかに虚空へと飛び込んだ。


 城塞の屋上から地表までは60フィート近い距離がある。

 が、ガーグラーにとって人間十人分の高さなどあってないようなものだ。

 軽やかに地上へと降り立ったガーグラーは、冷えた体をほぐすかのように一度伸びをしてから、部隊の指揮官へと向き直った。


「ボーチェス、そちらの準備は?」

「完璧に万端さ」


 微妙におかしな返答を寄越したのは、オオカミの頭部を持った亜人である。

 獣の形をしているのは頭だけではない。甲冑から覗く首筋は金の獣毛でびっしり覆われ、節くれだった指先には鋭いかぎ爪が備わっていた。

 狼人族ウェアウルフの族長。フリント辺境伯ボーチェス・オコンネル。東方軍に属する将軍の一人だ。


「ゴースの野郎は麓にいる。あいつ、図体がでかすぎて山登りもできないんだぜ」

「ならば、『百腕鬼行(ヘカトンケイル)』の連中には山裾から回り込んでもらうしかないな。俺の部隊とお前の『金狼部隊(ゴールデンウルフ)』で敵陣を正面突破。その後、ゴースが側面から奇襲を仕掛ける形になるか」

「アイサー。とりあえず暴れればいいんだろ!」

「これ。少しはモノを考えんか、バカ犬が」


 しわがれ声でたしなめたのは、城塞の裏口から現れた仮面の老人だ。

 後には氷竜伯ルウェリンも続いている。手には彼の背丈をゆうに越える長さの槍が握られていた。


「忘れ物だ、ガーグラー。武器もなしに飛び降りてどうする」

「おお、すまないな」


 自らの愛槍、王家の宝具〝ロンゴミニアト〟を受け取ったガーグラーは、それをぶおんっ! と一振りして肩の上に乗せた。


「よし……待たせたな! こうして見ると、久々に顔を合わせる奴が多い。だが、安心してくれていいぞ。俺は昔となんら変わっちゃいないし、それはお前らとて同じだろう! やることもいつもと変わらん! 今日の敵はマーシアの豚肉どもだ! 一匹残らず殺して潰して食らい尽くせ!」


 冷えた空気の中、少年のように甲高い声が浸透する。


 この場に集った面々は、亜人の中でも異形ゆえに辺境へ追いやられた者たち。

 ガーグラーが機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の団長を務めていた頃からの配下だった。


 中核をなすのは狼人族ウェアウルフ巨人族ジャイアント竜人族ドラゴニュート水霊族アンダインの四種族。

 これに鬼人族オーガ馬人族ケンタウロス魚人族マーマン牛鬼族ミノタウロスなども加わっている。

 種々雑多な顔ぶれだが、その意志は一人の男の元に統一されていた。彼らを支配するのは力の理論。ガーグラーはその圧倒的な戦闘力だけで、あくの強い亜人たちをまとめ上げていた。


「出撃だ! 総員、敵を粉砕しろ!」


 放たれる号令。群れなす野獣がくびきから解き放たれる。


 ガーグラーは自ら先頭に立つと、鎧も身につけぬまま山肌を駆け下りた。

 後に続くのは狂戦士と化した異形の軍勢だ。総数二千の部隊は逆落としの勢いを保ったまま、迫る敵軍に真正面からぶつかった。

 驚いたのはマーシアの兵たちである。籠城中の砦を攻め落とすつもりが、逆に相手の側から打って出てきたのだ。その怒濤の勢いに押され、彼らはたちまち浮き足だった。


「者ども落ち着けぃ! 相手は少数ぞ! 横陣を組み直せ。騎士甲冑(ナイトアーマー)部隊を前へ。ライフル兵は後方から敵を撃ち殺せ! 我らマーシア兵の勇猛さ、ウェールズの蛮人どもにとくと味わわせ――」


 部隊を率いていたマーシアの司令官はそこで言葉を失った。


 眼前に並んでいたアーマー群が、一瞬にして上下二つに分割されたためだ。

 その向こうには男が立っていた。手には槍。顔には竜の形をした痣。開いたあぎとの中で真紅の瞳が瞬いている。

 ガーグラーは挑発的な笑みを浮かべたまま、馬上の敵将へ槍の穂を差し向けた。


「ようこそ、ログレス王国へ! この俺が直々に歓迎してやろう!」

「っ……その風貌! ドラク・ガーグラーか!」


 全身を襲う悪寒に耐えながら、男は手に持っていたライフルをぶっ放した。

 大気を破る砲声。空を駆けた灼熱弾が狙い違わず標的に直撃する。

 しかし、それだけだ。砲煙が晴れた後、そこには無傷のまま佇むガーグラーの姿があった。


「しまったな。鎧を着てくるべきだったか。服が焦げてしまったぞ」

「く、この化け物め――!」


 半ば恐慌状態のままライフルを連射する司令官。

 だが、ガーグラーはいくら砲弾を食らったところで怯まなかった。この程度の火力では彼の皮膚に傷一つつけることはできない。

 やがて、身を伏せたガーグラーは地を駆け抜けると、敵将めがけてロンゴミニアトの切っ先をかち上げた。


 ――ざりっ。


 金属板の貫かれる鈍い音。

 槍の切っ先は敵司令官の鎧を破り、その心臓を抉っていた。

 遅れて体液が逆流し、男の咥内からおびただしい量の鮮血がぶちまけられた。


「げ、がっ……」

「こいつは俺からのサービスだ。王家の魔槍、存分に味わうといい」


 ガーグラーは腕の筋肉に力を込め、槍の穂を切り下ろした。

 胸のど真ん中を刺された敵将は、騎馬ごと全身を真っ二つに唐竹割りされてしまう。

 呆気ない司令官の最後に、周囲の兵たちは言葉を失った。彼らは返り血をもろに浴び、全身を真っ赤に染めたガーグラーを呆然と見ていることしかできなかった。


 ――もっとも、これは殺戮劇の序章に過ぎない。


 不意打ちを食らい、司令官を殺され、足並みを乱したマーシアの軍勢。

 そこに切り込んできたのは、【猟犬伯(ハウンド)】ボーチェス率いる『金狼部隊(ゴールデンウルフ)』だ。

 構成員全員が俊敏かつ膂力に優れた狼人族(ウェアウルフ)。それが更に最新型の騎士甲冑(ナイトアーマー)――《グレイハウンド》を着装している。

 その突破力は推して知るべしだ。猛然と爪を振りかざすアーマー群に押され、マーシアの部隊はたちまち守勢に回ってしまった。


「ええい、小癪な! 敵は少数ぞ! 押し包んで殲滅してしまえ!」

「一時後退! 中央を下げ、敵を引き込め!」


 それでも、残された指揮官たちはどうにか事態の打開を図ろうとする。

 ただ、包囲戦に持ち込むには彼らの対応はあまりにも遅すぎた。

 指示を受けた兵士たちが動き出す前に、その横合いから身の丈10フィートを越える巨人の軍勢が襲いかかってきたのである。


 東方軍に与する辺境伯――その最後の一人が率いる『百腕鬼行(ヘカトンケイル)』。

 隊名の通り、百の巨人から成る精鋭部隊だ。しかも全員が巨人族ジャイアント用に拵えられた、馬鹿でかい騎士甲冑(ナイトアーマー)を身に着けている。

 その中でも他の巨人たちの倍近い体躯を誇るのが、部隊長である【巨人伯ギガント】ゴース・ペンカウルだった。


「遅いぞ、ゴース!」

『すまぬ。だが、遅れてきた分の働きはしてみせよう』


 ゴースは雷と紛わんばかりの大音声で告げた。


 彼の宣言は事実その通りになった。

 マーシアの軍勢は正面からの突撃と側面からの奇襲を受け、瞬く間に四方へ引き裂かれてしまった。

 指揮系統の破綻した軍の末路は悲惨なものだ。縦横無尽に暴れ回る人狼に隊列をかき乱され、巨人たちの進撃によってアーマーを轢き潰され、生き残った有象無象でさえ降り注ぐライフル弾に焼き尽くされてしまう。


 元々、彼らは内戦中のログレス王国に対し、その隙を突く形で侵入してきた。

 それが逆に、異形の部隊による熱烈な歓迎を受けてしまったのである。

 話が違う。そう喚き散らす兵士が現れたのも無理からぬことだった。


 ――結局。


 この日、スランゴスレン城塞攻略のため派遣された一万五千の軍勢は、その半数近い八千人もの死者を出して潰走した。

 ただし、ガーグラーはここでも手を抜かなかった。逃げる敵兵を三日三晩に渡って追い回し、立ち向かってきた者から降伏してきた者、涙ながらに助命を訴えてきた者、その尽くを鏖殺したのである。

 最終的にオファの防塁を越え、マーシア国内へ逃げ帰ることができた兵の数は百にも満たなかった。おまけに帰還兵の多くはストレス障害に悩まされ、ベッドの上で悪夢に悩まされながら衰弱死してしまった。


 また、独断で兵を派遣した領主たちは膨れ上がった戦費と戦死者の保証金、人材の枯渇により破産。

 スランゴスレンにおけるマーシアの大敗は、吟遊詩人や旅商人たちの口によって瞬く間に伝説、あるいは悲劇として語り継がれた。

 いわく、『ログレスの山にはいまだ竜が棲む。そこに立ち入った者はみな無残に殺され、生きて帰った者も狂気に侵されて死ぬ』と。


 その後、騒動の顛末を耳にしたマーシア王ベオルウルフは、直ちに諸侯に向けて勅命を下した。


 ――外の者ども(ウェールズ)に手を出すべからず。赤き竜は未だ健在である。


 以降、マーシアという国がログレス王国へ侵攻することは二度となかった。


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