4-18
押し寄せる黒の軍勢を前に、ハンナは一歩も引かず檄を飛ばした。
「総員、迎撃準備! 隊列を組み直せ! こちらも白兵戦を――!」
『たっ、隊長!』
が、そこで後背から悲鳴じみた叫び声が上がる。
振り返ったハンナが見たのは、逃げるリカルドの行く手を阻むかのように立ち並ぶ漆黒のアーマー群だった。敵の別働隊である。その数、約二十機。
「挟み撃ち……!?」
『甘いねぇ、お嬢ちゃん! こっちがお喋りしている間、ただ味方を待っているだけだと思っていたのかい!』
間髪入れず、敵のライフルが火を噴く。
ハンナは歯噛みした。敵は高性能のアーマーを主体とした機甲中隊だ。ベルンはその機動力を活かして塹壕を迂回すると、後方の伏兵を排除し、更には部隊を二手に分けてリカルドの命を狙ってきたのだ。
「方陣を組め! ブランドル卿を死守しろ! 防御を固めつつ、敵を各個撃破!」
『はっはっは、そうするしかないよなぁ! こういう戦いには不慣れだろう! ダグラスの娘、ハンナ・キャスパリーグ!』
「っ……あなた、私の名前を!」
『ちょっと考えれば分かることさ! 山猫部隊隊長のハンナと元モーン辺境伯ダグラスの娘ハンナ! だが、よりにもよって親父の仇に媚を売っているとはなぁ! これだから女は怖いぜ!』
「傭兵風情に何が……!」
『分からんさ! お貴族様の考えなんぞ、知りたくもない!』
ベルンは再び剣を振り上げ、ハンナめがけて突進した。
今度はハンナも叩きつけられる刃を受けなかった。ブースターを使いつつ身をかわし、隙だらけの敵めがけてブレードを投擲する。
が、ベルンは放たれた剣の柄を空中でつかみとってしまった。更に伸び上がったケーブルを引き寄せ、ハンナの姿勢を崩そうとする。
『そら! 捕まえたぞ、メス猫め!』
「……くっ!」
ハンナは足をもつれさせながら、残ったもう一方の双剣を振り抜いた。
――バチチチッ!
弧を描く炎刃を、しかし、ベルンは右腕の強化魔導兵装であっさり弾き返してしまう。
単純な腕力勝負では《ブラックガード》の方に分があった。二機のアーマーは綱引き状態のまま、至近距離で刃をぶつけ合う。
拮抗は長く続かない。数合の打ち合いでハンナの短剣は叩き折られ、次いで、強烈な斬り払いががら空きの胴体を襲う。ハンナは咄嗟に左腕を差し出し、急所を庇った。
『馬鹿が! 腕一本、盾にした程度で!』
もちろん、ベルンはお構いなしに剣を振り抜いた。
出力が低いとはいえ、強化魔導兵装の刃はアダマント鋼の装甲などバターより容易く断ち切ってしまう。
だが、《アニシード》のガントレットは打ち込まれた一撃に耐えた。火の粉が散った後、そこには無傷の腕甲が残っていた。燃える刀身を跳ね返したのは、楕円形の鱗を重ねて編み上げられた特殊装甲だ。
『ちぃ、竜鱗装甲だと!?』
必殺の一撃を防がれ、怯むベルン。
ハンナはその隙を逃さなかった。推進装置によって加速された鉄拳が、《ブラックガード》の胸甲を直撃する。
ハンナの操る《アニシード》の両腕甲には、魔導砲の直撃にも耐える竜鱗装甲が仕込まれていた。ゴゲリフたちの手元に残っていた《ブラックアニス》の予備パーツを流用した形だ。
とはいえ、流石に拳一つでアーマーの胸板を貫くことはできなかった。
ベルンは短剣を手放して後退したものの、その身を覆う甲冑はヒビが入った程度だった。致命傷にはほど遠い。
(まずはこの男を排除しなくては……)
募る焦り。乱れる呼吸。
ハンナは敵機を正面に捉えつつ、辺りの様子をうかがった。
廃村は炎に包まれている。飛び交う砲火の中を漆黒のアーマーが跳梁跋扈する光景は、まるで悪夢が具現化したかのようだ。
幸いリカルドは無事だった。しかし、敵の数もほとんど減っていない。黒近衛が用いる《ブラックガード》の性能は《レパルド》と同等程度のようだが、守勢に回っている分、山猫部隊側が押されつつあった。
『焦ってるか? 焦っているよなぁ。このままじゃ、リカルドもお前さんの部隊も共倒れだ!』
一方、ベルンには余裕がある。
黒のアーマーは両腕を広げ、あからさまにハンナを挑発した。
『そら、かかってこいよ! お前らも広場のど真ん中に晒してやるぜ! 王城の中でぶっ殺してやった連中みたいになぁ!』
「っ……!」
いけないと分かっていても、ハンナは頭の奥がかっと熱くなるのを感じた。
まぶたの裏に同胞たちの末路が蘇る。黒近衛の兵士に敗れ、王都カムロートの広場に晒された幾つもの首――
思わず体が弾けそうになった。だが、彼女はその場に踏みとどまった。
冷静にならなくてはならない。口惜しいが、ベルンの実力は自分より上だ。
怒りに任せて戦えば、あっけなく首を刎ね飛ばされてしまうだろう。かといって策を弄するだけの時間はない。
――ならば、取るべき方策は一つ。
自らが持つ手札の内、最強のものを切り出すのみだ。
ハンナは折られた剣をケーブルごとパージすると、残ったブレードを両手で握り直した。
腰を落とし、突撃の姿勢を取る。燃える剣先は正面の敵に向けられている。ぎりぎりと全身の人造筋肉繊維を絞り上げるその姿は一本の矢のようだ。
やがて、ハンナは地を這うようにして敵機へと襲い掛かった。対するベルンは剣を横一閃させ、正面から彼女を迎え撃とうとする。
迫る刃。だが、その剣筋を見切ったハンナは跳躍して燃える刀身をかわすと、更に空中で体をひねり、音もなく敵機の背後に着地した。
(もらった!)
すかさず、がら空きの背中めがけて短剣を突き入れる。
しかしその瞬間、敵機の姿がふっとかき消えた。
ベルンはハンナの動きを読んでいた。男の駆る《ブラックガード》は強化魔導兵装による刺突をかわすと、遠心力を利用し、強烈な回し蹴りを《アニシード》の胸部に叩き込んだ。
――ゴガッ!
すさまじい衝撃。アーマー内に鉄の反響音がこだまする。
たまらず、ハンナは小石の如く吹っ飛ばされた。無様に転倒せずに済んだのは機体各所に設けられたブースターのおかげだ。
『チ、耐えたか。子猫みたいなナリのくせに意外と頑丈だな』
「く……」
悠然と剣を構え直すベルンに対し、ハンナは胸元を押さえつつ後退した。
息が荒い。鼓動が加速する。体中にじっとり汗が滲んでいるのが、自分でもよく分かった。
(どうする。どうする。どうする……)
乱れる思考の中、それでもハンナは答えを見つけようとする。
先ほどの一撃は父ダグラスが得意とした技だ。ケットシー族の跳躍力を生かして相手の背に回り込み、死角からの奇襲を仕掛ける。
だが、それもベルンには通用しなかった。ダグラスやベディクほどではないにしろ、この男も歴戦の猛者だ。積み重ねた経験の差が、分厚い壁となって二人の間に立ちはだかっていた。
『なんだ、来ないのか。……ならば、こちらから!』
そこでベルンは剣を振り上げ、一歩前へと足を踏み出した。
ハンナは気圧され、身構えた。腰を落とし、敵を迎え撃つ姿勢を取る。
だが、次の瞬間。ベルンは思いもよらぬ行動に出た。男は前に飛び出すと見せかけ、その場で踵を返すと、逆に反対方向へと走りだしたのである。
「しまっ……」
ハンナは自分の迂闊さを呪った。
先ほどのやり取りで二人の立ち位置は入れ替わっていた。
ベルンの背後には彼女の護衛対象であるリカルドがいる。
敵は最初から、本命を襲撃するタイミングを伺っていたのだ。
『はっはっは、悪いが乳臭いお嬢ちゃんと戯れるのは趣味じゃないんだ! 金貨千枚の特別ボーナスは俺が貰うぜ!』
ベルンの《ブラックガード》は腰に手を回すと、背部のホルダーから球状の物体を取り出した。先ほどヴェンモーズとバルロックの命を奪った、対アーマー用の破甲グレネードだ。
リカルドの周囲はアーマーで固められている。だが、弧を描いて飛来する榴弾には鎧の壁もまるで役立たずだった。
ハンナは投擲されたグレネードが、リカルドの頭上でかっと光を放つのを見た。
(間に合わない……!)
一瞬、少女の胸の内を絶望が覆う。
しかし、炸裂したグレネードは激しい閃光をまき散らしただけで終わった。
いや、正確には『炸裂した』のではない。『炸裂させられた』のだ。
この場にいる者たち以外の、第三者の手によって。
「どうやら危機一髪だったようですね」
その第三者は焼け落ちかけた掘っ立て小屋の陰から、ひょっこり姿を現した。
血なまぐさい戦場に似合わぬ神官服姿の少女だ。人形のような面立ちに、すらりとか細い手足。その両手には黄金の光を放つ太陽十字が浮かび上がっている。
「る、ルキさん!」
「こんにちは。助けにきましたよ、ハンナさん」
熱のない声で言って、ルキはぱっと手の平を閃かせた。
途端、ばら撒かれた光弾が矢継ぎ早に漆黒のアーマーを打ち据える。
直撃を受けた《ブラックガード》は派手にぶっ飛ぶと、大地に倒れ伏したっきり、ぴくりとも動かなくなってしまった。
先ほどベルンの放った擲弾を撃墜したのもあの術式らしい。恐らくは神官の使う神聖秘術の一種だろう。今のハンナにとっては、機甲竜騎士の一個中隊よりも心強い味方だった。
『天聖教の神官!? 何故ここに……!』
『構わん! やってしまえ!』
不意討ちを受けた黒近衛の面々は、一転してルキへと刃を向ける。
が、それは結果的に彼らの足並みを乱す結果に終わった。
ルキに襲い掛かったアーマー群は光弾の掃射で地面になぎ倒され、また一方では反撃に転じた山猫部隊の隊員が黒近衛の兵を次々と撃破していた。
戦局は一変した。ルキの登場によって戦力バランスが崩れ、今度は黒近衛の側が防戦に回る形となってしまう。右往左往する部下たちを前に、ベルンは舌打ちをこぼした。
『チ、この……!』
再度、グレネードを投擲しようとしたベルンはそこで大きく横に飛んだ。
一拍遅れて、ハンナの駆る《アニシード》が剣を振り下ろした姿勢のまま着地する。アーマーの重量を受け、やわな地盤がずしりと陥没した。
ぱらぱらと舞う粉塵。煙幕のように立ち込めるそれを斬り払いながら、ハンナは後退する《ブラックガード》に燃える刃を突きつけた。
「形勢逆転ですね、騎士団長。近衛を名乗るくらいなら、大人しく王の周りを守っていれば良かったのです」
『急にお喋りになったな、小娘。さっきまでは未通女みたいに縮こまってたってのに』
「見え透いた挑発。そんなものが今更通じるとでも?」
ハンナはうっすら口の端に笑みを浮かべた。
崖っぷちの状態から、彼女はようやく冷めた思考を取り戻していた。
確かに、自身の剣腕はベルンに劣るかもしれない。だが、この《アニシード》の性能――特に運動性は敵のアーマーを凌駕している。ならば、いくらでも戦いようがあるはずだ。
(私は、決して一人で戦っている訳じゃない……)
ハンナは深呼吸しながら正面の敵を見据えた。
意識を集中させる。敵の獲物、四肢の動き、重心の推移に目を凝らす。
一見、自然体に見えるベルンだが、その佇まいからは先ほどの余裕が消え失せていた。ハンナは男の殺気が針のように研ぎ澄まされていくのを感じた。
つまり、相手はここに来てようやく本気になったのだ。ベルンは行動の第一目標を、リカルドの殺害からハンナの排除に移しつつあった。
『仕方がないな。お嬢ちゃんみたいなのをブチ殺すのは流儀に反するが――』
「御託はいい。かかってきなさい、守銭奴」
ハンナの挑発に、男は地面を蹴ることで応じた。
暴力的な唸りを上げた《ブラックガード》は、火焔を纏った強化魔導兵装を立て続けに閃かせた。
休みなく打ち込まれる斬撃を、しかし、ハンナは無理に受けようとしなかった。逆に機体の敏捷性を生かし、燃える刀身を紙一重でかわす。そして、わずかな隙を見つけては右手の短剣を繰り出す。
ベルンは蝶のように舞う《アニシード》を捉えられなかった。元より、両機の機動力にはかなりの隔たりがある。まだ致命傷にこそ至っていないものの、ハンナの短剣はちくちくと《ブラックガード》の装甲を削っていた。
『こいつっ……!』
とうとう、ベルンは堪りかねてブレードを大きく振りかぶった。
明らかな隙だ。ハンナは半ば反射的にがら空きの胴体へと短剣を投げ放った。
が、それこそベルンの待ち構えていた瞬間だった。男は片腕を閃かせ、迫る刃を片手で掴みとる。引き伸ばされたケーブルがゴム糸のようにたわんだ。
『やはり甘っちょろいな! この程度の誘いで――!』
ベルンは力任せにケーブルを引き寄せた。
先ほどと同じ綱引き状態。ただ、今度はハンナも動揺しなかった。
彼女はあえて敵機の腕力に逆らわず、徒手空拳のままその懐に飛び込んだ。慌ててベルンは剣を振り下ろすも、左ガントレットに張られた竜鱗装甲が炎刃を弾き返す。
ハンナは、ぎりっと右の拳を握りしめた。人造筋肉繊維の出力を最大に。敵機の牽引力に自機の跳躍力を掛け、更にはアーマーの膂力とブースターの推進力を乗算する。
「食らいなさい」
四乗の力を加えた鉄拳が《ブラックガード》の胸元に突き刺さった。
――ゴガンッ!
耳を覆いたくなるような炸裂音と共に、敵機は砲丸よろしく吹っ飛び、背中から地面に墜落した。
その胸部装甲はクレーター状に引き裂かれ、関節部からはところどころ白い煙が上がっていた。あまりの衝撃に魔導回路が破損してしまったらしい。
ベルンはどうにか上半身を起こそうとしたものの、結局は動くことができず、ノックアウトされた拳闘士の如く大の字に横たわった。
『……参った、動けん。降参だ』
「随分と諦めが早いのですね」
『そりゃそうだ。金で命は買えないからな』
男はそう言って、深々とため息をこぼした。
指揮官が白旗を揚げると、他の兵たちも大半は武器を捨てて投降した。
幾名かは背を向けて逃げ出したものの、ハンナはそれを無理に追おうとはしなかった。
山猫部隊に与えられた任務はリカルドを守ることだ。追撃戦は他の部隊に任せておけばいい。
「お疲れ様です、ハンナさん。怪我はありませんか?」
「はい。どうにか」
ハンナは全身にびっしょり汗をかいたまま、近付いて来たルキに頷き返した。
危うい戦いだった。周囲を見回せば、他の隊員たちもほとんどは大なり小なり手傷を負っている。アーマーごと真っ二つに引き裂かれ、二度と起き上がれないであろう者たちもいる。正に薄氷の勝利だった。
「すみません。助かりました、ルキさん。あなたが来てくれなければ、ブランドル卿の身も危うかった」
「謝る必要はありませんよ。むしろ救援が遅れて申し訳ありません。私は後方の野戦病院にいましたから、本陣が奇襲を受けたことにはすぐ気付いたのです。ただ、リカルド殿の居場所を探し出すのに手間取ってしまって――」
ルキはそこでふと言葉を切った。
気付けば、彼女たちの元に当のリカルドが歩み寄りつつあった。
両脇は山猫部隊の《レパルド》に固められているものの、砲撃の余波を受けたその格好はぼろぼろだ。
羽織った外套は焼け焦げ、体中に黒い火傷の跡が刻まれている。それでも、身に纏った覇気は微塵も衰えていなかった。
「話を中断させてすまん。だが、まずは礼を言わせて欲しい。――ありがとう。貴殿らが駆けつけてくれなければ、わしの命はとうに消え失せていた」
「いえ、それは」
「貴殿らはケルノウン伯麾下の部隊で相違ないな? 確か、山猫部隊とかいったか」
「はい。お初お目にかかります、侯爵殿下。私は隊長のハンナと申します」
頭を垂れ、片膝をつくハンナをリカルドはじっと見下ろしていた。
色々と尋ねたいことがあるのだろう。だが、男はあえてなにも言わずルキに向き直った。
「ルキ殿も久しぶりだな。先日の祝勝会の時以来か。まさか、息子ともども君のような娘に命を救われるとは思わなかった。ありがとう」
「ご無事でなによりです、殿下。お怪我を治しますのでじっとしていてください」
「いや、わしには構わんでいい。ただのかすり傷だ。今はわしよりひどい状態の者が山ほどいる。君はそちらの救護に回ってくれ」
「分かりました」
ルキは大人しく首肯して、その場から離れた。
後に残ったのはハンナとリカルド、数体のアーマー。
そして、地面に倒れ伏したベルンだけだ。黒近衛の隊長は木偶の坊と化した《ブラックガード》の中で、ごほごほと不快そうな咳をこぼした。
『悪いが早くこの鉄の棺桶から出してくれないか? 胸の装甲が潰れているせいで息がしにくくって仕方がない』
「良かろう。わしの質問に答えるのであればな」
リカルドは冷えきった眼差しをベルンに向けた。
「最初にはっきりさせておきたいことがある。黒近衛のベルンよ、貴様はモグホースの懐刀だったはずだ。ならば、先の公王暗殺事件……アレの下手人についてなにか知っているのではないか?」
『ほーう、この状況で真っ先にそれを聞くか。流石に豪胆だな、侯爵殿』
ベルンが愉快そうに笑う一方、ハンナは背筋にひやりとしたものが流れるのを感じた。
もしここでベルンが公王殺しをキャスパリーグ隊の仕業と断じれば、ハンナはのっぴきならない状況に追い込まれてしまう。なにしろ、リカルドは先ほど二人の間に交わされた会話の一部始終を耳にしているはずなのだ。
『さてはて、嘘をつく必要はないが正直に答える義理もない。どうしたものか』
「道化を気取るのはやめてもらおう。貴様らの生殺与奪権はこちらが握っている。万一、もたらされる情報が誤りなら――なるほど、これはもう貴様を生かしておく道理もない。即刻、首を刎ねてやろう」
『怖いね。まぁ、いいさ。敗者は敗者なりの身の振り方をさせてもらおうか。もっとも、俺は例の事件に関わってないから詳しいことは知らん。ただ、キャスパリーグ隊の動きは最初から察知されて――』
ベルンはそこで不自然に言葉を途切らせた。
スピーカーが壊れたのか。バイザーの奥で妙にくぐもった音が響く。
ハンナは、最初それを計器の故障によるノイズだと思った。だが、違った。ケットシー族の優れた聴力は、《ブラックガード》のヘルム内で鳴り響く機械音声を正確に聞き取っていた。
――機密保持のため、五秒後に自己破壊装置を作動します。
――搭乗員は速やかに当機より脱出して下さい。
――カウントダウン開始。五、四、三、二、一、
『なっ……くそ! ふざけ――』
ベルンは悲鳴じみた叫び声をこぼす。
同時に、ハンナは両腕でリカルドを抱えたまま後退した。
一息で十フィートほども跳躍し、可能な限り《ブラックガード》から距離を取る。
そしてハンナが退避した直後、敵機は関節部から不気味な輝きを放つと、真っ赤な爆光に変じた。
内側から装甲が炸裂し、搭乗者の肉体と人造筋肉繊維とが、一塊のミンチとなって散布される。
この無惨な末路を辿ったのはベルンだけではなかった。彼の僚機である漆黒のアーマー群も、次々と己の身を爆弾に変じさせた。たちまち廃村中が阿鼻叫喚に満たされ、鮮血の入り混じった汚泥があたり一面にばら撒かれた。
「く、こんな……!」
「口封じか。それにしても乱暴なやり方だ」
安全地帯へと逃れたリカルドは、立ち込める異臭を前に眉を歪めた。
「アーマーの内部に爆薬を仕込んでいたらしいな。所詮、あの男もモグホースにとっては使い潰しの利く駒でしかなかったわけだ」
「侯爵殿下、お怪我は――」
「ない。……しかし、君には二度も命を救われたな。いや、二度では済まんか」
「いえ、それは」
「安心しろ。貴殿らの素性について今はなにも聞かん。ベルンが土壇場で口封じされた以上、公王暗殺の件にモグホースが関わっているのは間違いないだろう。真実が明らかになるまでは余計な詮索をしないでおく」
「……ありがとうございます」
ハンナは刑の執行を待つ囚人の気分で頷いた。
幕切れにはわだかまりが残ったものの、ともあれ戦闘は終了した。
突然の自爆劇は黒近衛のアーマー乗りを皆殺しにした。だが、山猫部隊の面々はさほど被害を受けていなかった。《レパルド》の分厚い装甲が爆風から彼らの身を守ったのだ。
それでも、犠牲者は少なくない。ハンナは怪我人の手当をするついでに隊員の点呼を行った。
点呼に応じた者は二十八名。応答のない者は十二名。内、重傷者が八名。死者が四名――
ルキがいる以上、これ以上死人が増えることはないだろう。ハンナは亡くなった四人の名前を胸に刻みつけた。
「侯爵殿下、逃げたヴェンモーズとバルロックの手の者に関してはどう致しましょう。今からでも追撃をかけますか?」
「いや、放っておいて構わん。所詮、雇われただけの傭兵だ。それより、貴殿らは第二、第三の不届き者が現れぬよう周囲に目を光らせておいて欲しい」
「分かりました。――ところで、殿下の右腕であるゼルドリエル卿の姿が見えないようですが」
「ルーカスか。奴にはわしが密令を下している。裏切りの心配はない」
リカルドはそこでふと、火傷痕の残るこめかみに手をやった。
指先にべったり張り付く黒ずんだ血。男はそれを見て、ひどく凄惨な笑みを浮かべた。
「今回は後れを取ったが、ここでわしの命を奪えなかったのが運の尽きよ。ブランドルの刃は未だに健在だ。奴らには殺された同胞たちの血を、その命で購ってもらうとしよう……」
狂的な響きを宿した呟きに、ハンナは我知らずぶるりと背筋を震わせた。
今回の襲撃で味方を失ったのは山猫部隊だけではない。ヴェンモーズたちの手によって本陣周りの兵は大半が討ち取られてしまったし、黒近衛のアーマー群による被害も甚大だ。
そして、死者の多くはリカルドと共に幾多の戦場をくぐり抜けた騎士たちなのである。貴族というのはプライドの塊だ。特に四侯爵クラスの大貴族が、ここまでコケにされて黙っていられるはずもない。
明日からは血の雨が降るな、とハンナは思った。




