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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
一章:アウロと竜の少女
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1-8

 夕方、アウロは《ホーネット》のテストフライトを終えて竜舎ハンガーへと戻ってきていた。

 飛行場に併設されているハンガーは、基本的に開発科と整備科の溜まり場となっている。

 なので、貴族の出入りはほとんどない――のだが、例外が二人だけいた。


 その内の一人は当然、シドカムの飛行試験に参加しているアウロだ。

 もう一人は開発科の元に通っている、ロゼ・ブラッドレイという男だった。


「それにしても大変なことになったね。まさか、アウロとルシウス殿下が決闘だなんて」


 ベンチに座ったロゼは楽しげに笑いながら、紅茶を注いだティーカップを傾けた。

 アウロと同じ飛行科に所属するこの男は、茶色がかった髪にコバルトブルーの瞳。甘いマスクにすらりと背の高い体型と、いかにも貴族らしい風采をしている。


 ただ、そんなロゼも他の訓練生たちからは変人として扱われていた。

 理由は単純だ。彼は貴族でありながら開発科に入り、エンジニアになろうとしていたのである。

 その後、技師になる夢は家族に説得されて諦めたらしいが、今でも未練があるのかよくハンガーに顔を出している。

 開発科にとっては貴重なテストパイロットの一人であり、アウロ自身も顔見知り程度の関係は築いていた。


「……まぁ、大変といえば大変だな」


 アウロは壁に寄りかかったまま、タオルで額の汗を拭った。

 茜色の制服を着ているロゼと違い、試験飛行を終えたばかりのアウロは薄手のインナースーツを身に着けただけの格好だ。汗が冷え始めているせいで、やや肌寒さを感じる。


「なにしろ今回のはただの決闘ではなく、決闘裁判だ。負ければ俺は罪人になってしまう」

「そうだよねぇ。しかも相手は王子を含めて四人もいるんだろ?」

「ああ。と言っても、ルシウス以外は雑魚だよ。機体性能の高い《ホーネット》を使えば、勝機を見出すこともできるだろう」

「言うじゃないか。けど、相手は編隊を組んでくるはずだ。本当に一機だけでどうにかできるのかな?」

「それは分からない。実際に戦ってみないことにはな」


 こぼれた息が、空中で白く濁る。


「だが、苦しい戦いになるのは間違いないだろう。《ホーネット》の性能は素晴らしいが、それでも《ワイバーン》をわずかに上回る程度だ。相手が四人いる以上、実質的なアドバンテージはゼロに近い」

「だろうね。ところでアウロ、弁護人を集めようって考えはないのかい?」

「ある。というか、今からその話をしようと思ってたんだ」


 アウロは壁から背を離し、ロゼに向き直った。

 なにやら相手に誘導された気もするが、どうせ早めに話しておかねばならないことだ。


「ロゼ、お前の力を貸して欲しい。他に飛行科の人間で頼れそうな奴がいないんだ」

「ふむ、そうだな……」


 ロゼは再びティーカップを傾けつつ、ハンガー内に視線を彷徨わせた。

 その青い瞳には鈍色の機竜――《ホーネット》が映っている。


 現在ハンガー内ではシドカムの指揮の元、急ピッチで新型機の調整が行われていた。

 もっとも、内部には訓練生たちの話し声が響いているばかりで、職人工房のような騒がしさはない。

 今はまだ飛行試験で収集したデータを、機体の頭脳である魔導回路マギオニクスに反映させている段階だからだ。


「正直なところ、ルシウス殿下とは対立したくないな。だが、君が本当に賊と内通してるなんてことは考えられないし……」

「何故そう思う」

「勘さ。でも一応、なんでこんなことになったか話を聞いてもいいかい?」

「分かった。といっても、つまらない切っかけなんだが――」


 それから、アウロは自分が亜人街に赴いたこと。

 そこでルシウスの取り巻きが女性を襲っている現場に遭遇したこと。

 結果的に彼らを叩きのめし、女性を救う形になってしまったことをロゼに語って聞かせた。


 一方、話を聞き終えたロゼはひどく感心した様子で、


「驚いたな。アウロ、君がそんな誇り高い人間だったなんて」

「……それは嫌味か?」

「いや、すまない。気を悪くしたのなら謝ろう。ただなんとなく君は気難しくて、他人を寄せ付けないタイプの人間だと思ってたから」

「俺だってらしくないことをしたと思ってるさ。宿舎に戻った後は、自分で自分を絞め殺したくなったくらいだからな」

「言いたいことはなんとなく分かるよ。まぁ、騎士の誇りを守るためには代償も必要ってことかな?」

「まだ代償を払うと決まったわけじゃない」


 アウロは言った。これはある意味チャンスなのだ。


「今回のは正当な王位継承者と私生児の決闘だ。おまけに四対一となれば、ルシウスが勝って当然。負ければ奴の名声は地に落ちるだろう」

「と同時に、君も王家の人間から睨まれるってわけだ」

「ああ。だからロゼ、俺はルシウスを正面から叩き潰すつもりはない」

「ふぅん? なら、君はどうやってこの難局を切り抜ける気だい?」


 ロゼはベンチからわずかに身を乗り出した。

 どうやらアウロの言葉に興味が沸いてきたらしい。


 アウロの知り限り、ロゼ・ブラッドレイという男は良くも悪くも気まぐれな性格をしている。

 つまり自分の無関心なことにはやる気を出さないが、興味があることに対してはひたすら全力を尽くす。

 飛行科の訓練をいい加減に済ましている一方、テストパイロットとしてはずば抜けた腕前を持っているのがいい例だ。


「とりあえず今回の決闘、俺はルシウスとの相討ちで終わらせようと思っている」


 アウロの台詞に、ロゼはぴくりと眉を跳ね上げた。


「なるほど、つまり引き分けで手打ちにするってわけか。でも、それじゃあ根本的な解決にはならないね」

「そうだ。だから単なる引き分けで済ませるつもりはない」

「というと?」

「ここから先を教えるのは、お前が俺の弁護人になると誓ってからだ」


 「ふむ」とロゼは口元に手を当てた。


 はっきり言って今回、彼が決闘に参加するメリットはないに等しい。

 それどころか勢い余って王子であるルシウスを傷つけてしまえば、最悪ブラッドレイ家が取り潰しになってしまう。

 にも関わらず、こうして首を突っ込んできているのはアウロが彼と同じ、開発科に協力しているテストパイロットだからだろう。


(まぁ、さほど期待をしているわけではないが――)


 アウロとしては事前に打てる手の一つとして、ロゼの協力を仰いでいるだけだ。

 別に決闘への参加を断られたところで構わない。最初から四対一で戦うだけである。


 そんなアウロの考えを知ってか知らずか。

 数秒の沈黙の後、ロゼは笑みを浮かべて言った。


「そういえば、アウロ。決闘というのは確か、神が勝者に微笑んでくれるシステムだったよな」

「馬鹿らしいが、そういうことになっている」

「よし。なら俺もちょっと運を天に任せてみよう」


 ロゼは制服のポケットに手をやると、中から一枚の硬貨を取り出した。

 材質は明らかに黄金だ。しかし、国内で用いられているソリダス金貨ではない。

 月桂冠を被った人間のレリーフから察するに、どこか外国の硬貨だろう。


「アウロ、今から俺はこのコインを投げる。君はそれが表か裏か当ててくれ」

「分かった」


 アウロは頷いた。


 直後、ロゼの指からぴんと音を立ててコインが弾かれる。

 ロゼは空中でそれをキャッチし、上から素早く手の平を被せた。


「さて、表か。裏か。どっちだ?」

「表だな」


 ロゼは手をどけた。コインは表を向いていた。


「おめでとう。勝利の女神は君に微笑んだ。約束通り、このロゼ・ブラッドレイ。君に力を貸そう」

「ああ、感謝する」


 礼を述べるアウロの前で、ロゼはコインをひっくり返した。

 硬貨の裏には表面と同じレリーフが刻まれていた。両面コインである。


「人はなにか後ろめたいことがある時、裏道を歩きたくなるものだ。けれど、君は表を選んだ。俺はその選択を信じようじゃないか」

「……そんな仕掛けがあったとはな。洒落た真似をしてくれる」

「物事にユーモアは必要さ。つまらない人生にスパイスを振りかけてくれる」

「なるほど。だが、勝利の女神はどこへ行ったんだ?」

「あれはひょいひょい主を変えるあばずれだ。信用するに値しない」


 ロゼはもう一度宙に弾いたコインを、そのままストンとポケットの中に落とした。


「そうそう。先に言っておくけど、俺はルシウス殿下を攻撃できない。決闘では模擬弾が使われるとはいえ、王子に向かってガンランスをぶっ放すのは体面がよろしくないからね」

「分かった。決闘の日取りは知っているか?」

「十三日後、場所はいつも通り、飛行場を中心とした空域になるだろう。もう養成所内でもかなりの噂になってるよ」

「まぁ、他の訓練生からしてみれば単なる大きなイベントだからな……」


 しかし、アウロにとっては自分の立場がかかっている戦いだ。

 なにせ決闘裁判に負け、犯罪者の烙印を押されてしまえばその時点で、ありとあらゆる栄達は望めなくなる。

 最悪の場合、賊に加担した罪で処刑台に送られる可能性まであった。


(とはいえ、例え王紋を持っていようが俺は後ろ盾のない第九王子。上へのし上がるためには、多少のリスクは受け入れなくてはならない……)


 既に覚悟は決めたはずだ。

 だから、己の命を賭けることに迷いはない。


「さて、それじゃあさっきの話の続きに戻ろうか」


 ロゼは一度ティーカップを傾けた後で言った。


「君はルシウスとの決闘を引き分けで終わらせると言ったが、ただの引き分けじゃあ意味がない。問題を先送りにしてるだけだからな」

「分かっている。だから少し趣向を凝らそうと思ってな」

「というと?」

「つまりただ引き分けるのではなく、ルシウスを追い詰めて『引き分けにさせて欲しい』と言わせるんだ」

「……ふむ、確かにそれができれば満点だけどさ」


 ロゼは難しい顔で口元に手を当てると、


「なにせ相手は飛行科のエース、【朱色の王子プリンス・オブ・バーミリオン】だよ? しかも君が騎乗するのは動作の不安定な新型機。普通に勝つだけでも難しいっていうのに、追い詰めて屈服させるなんてことできるかな?」

「それは実際に戦ってみないと分からん。――が、最悪勝ってしまっても構わない。しばらく枕を高くして眠れない日々が続くだけだ」

「その覚悟があるならいい。協力すると言った以上、俺は君の指示に従おう」

「頼んだ。恐らく、お前にはルシウスの取り巻きを相手にして貰うことになるだろう。一対一なら勝てそうか?」

「はは……冗談だろう? あの程度の蚊トンボなら、例え三対一でも欠伸をしながら撃墜できるよ」


 ロゼは優雅に紅茶を啜りながら答えた。


 実際、ロゼの操縦テクニックは訓練生の中でもトップクラスだ。

 しかし、それは単独――つまり周囲に僚機がいない場合のみに限る。

 ロゼは自分以外の機甲竜騎士ドラグーンと連携を取ることができなかった。飛行科の合同訓練をまともに受けず、開発科のハンガーに入り浸ってばかりいるためだ。


 つまりは腕のいいスタンドプレーヤー。

 それがロゼ・ブラッドレイという男である。


(もっとも、俺が言えた義理でもないんだが……)


 飛行科の訓練をおろそかにしているのはアウロも同じだ。

 一応、意識すれば僚機と歩調を合わせられるが、編隊飛行は苦手である。

 そういった意味でアウロとロゼはよく似ていた。残念ながら悪い方向に、だが。


「よし、なら敵の第二編隊はそちらに任せた。その間に俺はルシウスの相手をする」

「簡単な作戦だね。覚えやすくて結構」

「どうせお互い、別々に戦うだけなんだ。複雑な連携は必要ないだろ」

「その方が俺としてもありがたいな。せいぜい全力で弁護させて貰うよ」


 ロゼは紅茶の残りを飲み干すと、ベンチから立ち上がった。


「じゃ、俺はそろそろ宿舎に戻るけど……最後に一言だけいいかい?」

「なんだ?」

「アウロ、君はもう少しベッドの上で紳士的に振る舞うべきだ。少なくとも女性を部屋に連れ込むなら、周囲に声が響かない程度には静かにした方がいい」

「………………」


 絶句するアウロににやりと笑みを投げかけ、ロゼはその場を後にした。

 数秒後、入れ替わりでハンガーの隅にやってきたシドカムは、壁際に佇むアウロを見て不思議そうに首を傾げた。


「アウロ、どうしたん? 急に空を仰いだりして」

「……なんでもない」


 口ではそう答えつつも、アウロはこぼれるため息を抑え切れなかった。

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