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どうにか機体の制御システムを回復させたものの、彼は巨大な機甲兵器の掌握にすっかり神経をすり減らされていた。
元々、《ウォーター・リーパー》の中枢部には十二名のオペレーターが集うコントロールルームが存在する。
だが、彼が立っているのは全く別の場所だった。高さ100フィート。すなわち、機甲兵器の直上。四方に展開したクローアームの根本である。休みなく吹きつける湿っぽい風に、彼は小さく舌打ちを漏らした。
「阿呆のドルムナットめ、安物を掴まされたな。本来〝シェルスケイト〟の防御力ならば、機甲竜騎士の携帯火器など問題にならないはずだ。それがこの体たらくとは……」
ぶつぶつ呟く男の両脇には、二体の騎士甲冑が直立不動の姿勢のまま控えている。
男の手に握られているのは、先端に赤い結晶を埋め込んだ杖だ。そして、樫の柄にヤドリギの如く絡みついた鉄線が、杖の接地点から機甲兵器の内部へと侵入していた。
外装甲の隙間をくぐり抜けた金属根は、機体中枢の魔導回路まで到達し、駆動系の制御を奪取しつつあった。錬金術と魔導工学。その二分野に長けた彼だからこそできる芸当だ。
「くそ、筋肉が溶け出している。放熱が上手くいっていないのか。《アーヴァンク》さえ完成していれば、こんなことにはならなかったものを――」
苛立ち混じりに吐き捨てた彼は、そこでぴくりと背後を振り返った。
唸る風音に混じって、かすかに人の気配がしたのだ。
果たして、彼の予感は正しかった。いつの間によじ登ってきたのか。つるりとした鈍色の丘――機甲兵器の背に、幽鬼じみた影が出現していた。
手には柄の長い槍を携え、頭にはなんの冗談か、アーマー用のヘルムを被っている。その身を覆うコートの片袖は、風が吹く旅にばたばたとためいていた。男は隻腕だった。
「……なんだ、貴様は」
「傭兵だ。お前こそ何者だ? ここでなにをしている?」
ベディクの質問に、彼はわずかに首を傾げた。
「私の顔を知らんか。ということは賊軍の手の者だな。その腕でここまで来るとは大した奴。褒美にこの私の名を教授してやろう」
右手に杖を握ったまま、空の左手をかざす。
枯れ木のように乾いた五指には、色とりどりの指輪が嵌められていた。
だが、それらは単なる宝飾品ではない。一つ一つが強大な力を秘めた魔導具だ。
「私はバルベルの息子。ログレス王国宮廷魔術師、アベルデイビ伯爵デュバン・サミュエル。宰相モグホース第一の下僕。――貴様らの敵だ」
「そうか」
ベディクは知ったことではないとばかりに槍の穂を持ち上げた。
対するデュバンは目をすがめた。一瞬、淀んだ瞳に不快の色が浮かぶ。
「邪魔だ、雑兵。失せるがいい」
パチン、と男は指を鳴らした。
途端、その両脇を固めていた二機の騎士甲冑がブレードを抜き放った。
漆黒のアーマーはぐっと身を沈めると、地面を蹴り、不安定な足場を物ともせずベディクに肉薄した。間髪入れず、仕込みナイフのような形状の刃が獲物の喉元へ叩きつけられる。
ベディクは振り下ろされた刀身をかわしながら、隙だらけになった敵機の胴部を槍で貫いた。妙に甲高い金属音が反響し、アーマーのボディがくの字に曲がる。まるで、中身のない空っぽの甲冑のように。
「残念だったな。そいつは無人機だ」
傲然と言い放つ魔術師。
敵アーマーは胴体を不自然にねじ曲げたまま刃を一閃させた。
更にもう一機のアーマーがその後方から剣を振り下ろす。ベディクは槍の柄をうねらせて、回避不能の交差攻撃を捌いた。目標を外した剣刃が、黒いコートの裾を未練ったらしく引き裂く。
その時にはもうベディクも気付いていた。
このアーマーには搭乗者がいない。恐らく、デュバンがなんらかの手段で遠隔操作しているのだ。要はゴーレムの一種である。
もっとも、生身でアーマーを駆逐するベディクにとって、素人の扱う無人機など大した問題ではなかった。振り回される刃をかいくぐった彼は、素早く敵機から距離を取ると、バネのように全身を縮めた。
――ガガガガッ!
次の瞬間、閃いた銀光が敵アーマーの四肢を強引に引きちぎる。
槍の穂を装甲の隙間にねじ込み、力ずくで関節を破壊したのだ。間を置かず、同じことがもう一度繰り返された。
無人機も有人機も構造上の欠陥は変わらない。両手両足の損壊によって軟体生物と化したアーマーは、傾斜した丘をずるずると滑って地表に転落してしまった。
「ほう、素晴らしい戦闘能力だ」
一連の大立ち回りを見物したデュバンは、淡々と拍手を送った。
「このまま死なせてしまうには惜しい人材だな。貴様、我々の元に鞍替えするつもりはないか? 私の部下になるというのなら、貴様の主が用意した報酬の十倍、いや、二十倍で貴様を雇ってやろう。なんなら、宰相殿に掛けあって爵位を用意してやってもいい」
魔術師の誘惑にベディクは短く答えた。
「断る」
「そうか。残念だ」
デュバンは無表情のまま、再度パチンと指を鳴らした。
――ガギン!
直後、ベディクの長駆がハンマーで殴打されたかのようにぐらりと傾いだ。
鈍い打撃音。飛び散るオレンジ色の火花。黒塗りのヘルムが叩き割られ、鮮血とバイザーの破片とが辺り一面にばら撒かれる。
ベディクは姿勢を崩しながらも、転倒直前でどうにか踏みとどまった。更には見えぬ敵めがけて槍を繰り出す。が、その穂先は虚しく空を切った。
「く……」
「いかんな。心臓を抉るつもりだったが、気流で動きが乱れたか? まだまだ改良の余地があるな」
独白じみた呟きと共に、デュバンは左手を広げた。
その手の平の上に、先ほどベディクの頭部を『狙撃』した物体が着地する。
それは握りこぶし大の金属塊だった。紡錘型のボディに薄い翼を備えたシルエットは、機械化されたコガネムシのようにも見える。
「驚いたかね? この《サイレント・フェアリー》は私が製造した対人用の機甲兵器だ。わずか5インチにも満たない大きさだが、薄いアダマント鋼程度ならば簡単に貫通してしまう。そして、機甲竜騎士に匹敵する機動力をヒトの目で捉えることはできん」
デュバンは長々と講釈を垂れながら、再び手の上から機甲兵器を飛び立たせた。
――ビィィィィィッ!
害虫そのものの羽音を鳴らし、《サイレント・フェアリー》は飛翔する。
対するベディクは半壊したヘルムを脱ぎ捨てると、突撃してくる鉄蜂にそれを叩きつけた。
正面からもろに衝撃を受け、敵機の飛行軌道が乱れる。その一呼吸の隙に、ベディクはデュバンとの間合いを詰めた。
「甘い」
しかし、魔術師はどこまでも周到だった。
瞬間、その右手に握られた杖の先端から煌めくワイヤーが飛び出す。
うねる鉄線は空中で幾条もの枝に分かれ、触手の如くベディクに襲いかかった。
捕らわれればただでは済まない。急停止したベディクは槍を振り回し、迫るワイヤーを片っ端から断ち切った。
が、その間に今度は背後から《フェアリー》が迫ってくる。前後からの挟み撃ち。おまけに一方は死角からの攻撃だ。
――それでも、彼の心に動揺はなかった。
ベディクは一度も振り向くことなく、後方に槍の柄を繰り出した。
硬い石突が体長5インチの《フェアリー》を正確に捉え、その精巧な矮躯をばらばらに粉砕する。
曲芸師じみた神業に、さしものデュバンも瞠目した。
「あの、《サイレント・フェアリー》を撃ち落としただと? あえて私の攻撃を誘ったのか……いや、違うな。私の目線からフェアリーの軌道を読んだのか。貴様、単なる傭兵ではないな……」
杖を構え直そうとしたデュバンは、そこではたと動きを止めた。
今のベディクはヘルムが破壊されたことで、ざんばらの髪が露わとなっていた。
デュバンはそこに、なにか電撃的な閃きを感じ取ったようだった。
太い喉がぐびりと唾を飲み込み、男の口元に淡い笑みが浮かんだ。
「そうか。貴様、キャスパリーグ隊の残党か。もっと早くにあのうわさ話を思い出しておくべきだったな。王城が襲撃を受けた際、生身で幾体ものアーマーを仕留めたという黒髪隻腕の槍使い。これが偽りではなく真実だとしたら――」
「質問だ、魔術師」
相手の推論を遮るかのようにベディクは尋ねた。
「キャスパリーグ隊による王城襲撃の際、先王ウォルテリスは心臓を抉り抜かれ、殺されたと聞いた。――下手人はお前か?」
「………………」
デュバンは笑みを凍らせた。
それは完全に意識の外から放たれた奇襲だった。
もっとも、ベディクとてなにか確信があった訳ではない。デュバンがしらばっくれていれば、ここで話は終わっていただろう。
だが、彼は迂闊にも撃墜された《サイレント・フェアリー》に視線をやってしまった。ベディクが答えを得るには、そのわずかな反応だけで十分だった。
「なるほど、やはり先王の命を奪ったのはこの蝿か。遠隔操作可能な兵器ならば、人の目に留まることなく標的を殺害することができる。『妖精』とはよく言ったものだ」
「……急に饒舌になったな、下郎」
魔術師は真顔に戻ると、ローブの懐に手を差し入れた。
「貴様の推理はなかなか面白いよ。だが、残念なことに見当違いだ。私は女々しい男でね。王殺しをこなすほどの胆力などない。私はとある人物に頼まれ、対人用の機甲兵器を製造しただけだ。完成品の数は七つ。その内の一つは依頼者に渡し、一つはつい先ほど貴様が破壊した。残る五つは――」
デュバンは言った。「今ここにある」
瞬間、その節くれだった指先から三機の《フェアリー》が放たれた。
編隊を組んだ鉄蜂は、複雑な螺旋軌道を描きながら飛翔した。ベディクは身を投げ出し、虚空を走る銀閃をかわす。
その間にデュバンは残る二機の《フェアリー》を投擲した。ダーツのように撃ち出された飛翔体に囲まれ、ベディクは瞬く間に防戦一方となってしまう。
「私は古代魔術師や精霊魔術師のように派手な魔術は使えん。しかし己の敵を、とみに人体を破壊するにはこの程度の技術で十分なのだ。術師の意志で自由自在に機動する、直径5インチの暗殺者――」
デュバン・サミュエルは鉄線を纏わりつかせた杖を掲げた。
その背後には五機の《サイレント・フェアリー》が集合し、金属的な羽音を響かせていた。耳障りな不協和音を背負いながら、魔術師は立ち上がったベディクを睥睨した。
「我が魔道、存分にその身で味わうがいい」
指揮杖が振り下ろされる。
追って、五機の殺戮兵器は飢えた猟犬の勢いで獲物に殺到した。
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戦場は再び切り替わる。
最前線から数千フィート後方。
トーチカ傍の草地に立ったハンナは、砲火の飛び交う塹壕地帯をはらはらと見つめていた。
数分前に動き始めた敵の大型機甲兵器は、今また魂を失ったかのように沈黙していた。
前線からの報告によれば、どうやらベディクが単独で動いたらしい。どんな方法をとったかは不明だが、彼があの岩蟹を止めたのは間違いなさそうだ。
ただ、一方で敵軍の士気には変化があった。
一時とはいえ再起動した機甲兵器を見て、敵の攻勢が再び激しさを増しつつあったのだ。
ハンナは歯がゆい気分だった。本来なら自分もベディクのように隊を率い、前線に突撃をかけたかった。
しかし、彼女には彼女の役割がある。同盟の敵はいま戦闘に参加している傭兵たちだけとは限らない。先ほどから、本陣の付近からも不穏な気配が見え隠れしているのだ。
「シンシア、後方の様子はどうですか?」
落ち着きなく尻尾を揺らしながら、ハンナは隊の魔術師に声をかける。
浅黄色のローブを着たエルフ族の少女は、ぼそぼそ聞き取りにくい声で言った。
「地上に留まった上級貴族の内、総大将のリカルド・ブランドルは本陣で指揮を執っている模様。その右腕のルーカス・ゼルドリウスは戦列を離れたようです。逆に陸軍副将のオリヴァン・パーシアスは前線へ赴いた様子。ヴェンモーズ、バルロックの両名は後方の城塞に留まっていますが、出撃の準備自体は終わっているみたいです。単なるポーズかも……ですけど」
副官のはっきりしない説明に、ハンナは全身をむずつかせる。
「臆病風に吹かれて動かないのであれば問題ありません。困るのは彼らがリカルド殿に反旗を翻した時です。手薄な本陣を攻め落とされれば、同盟軍の敗北は決定的なものとなってしまいます」
「でも、隊長。ブリストル侯は本陣の後ろに伏兵を置いているみたいですよ。あえて自分の身を危険に晒して、不穏分子をおびき出すつもりなのかもしれません」
「リカルド殿にはリカルド殿の考えがあるのでしょう。ただ、私は不安なんです。リカルド殿は策謀に疎いタイプですし、ゼルドリウス卿と銀剣騎士団の姿が見えないのも気になります」
「人間が消滅するはずなんてない……と思いますよ。ゼルドリウス卿はきっと戦場の前方か後方に向かったんでしょう。彼は塹壕の中、もしくは外。この戦域の内側ないし外側にいるはずです」
「そういうウィットに富んだ答えはいらないです」
ハンナは唇を尖らせつつ、隊のメンバーへと告げた。
「ひとまず出撃準備だけお願いします。シンシアは引き続き索敵を。なにか分かったら私に報告してください」
『了解!』
声を揃え、敬礼を返すインナースーツ姿のアーマー乗りたち。
その後方には四十機もの騎士甲冑が控えている。今日までシドカムやゴゲリフといった技師たちがこつこつ作り上げた貴重な戦力だ。無駄遣いは許されない。
ハンナは思わず胸に手を当てた。
心臓がどくどくと脈打っている。胃が緊縮し、言いようのない吐き気が腹の底から沸き上がってくる。
以前も港町ヘイルの波止場で司祭プルーンの一団と矛を交えたとはいえ、ハンナが隊を率いて戦うのは実質これが初めてだった。
周囲の期待。指揮官としての責務。主から受けた使命。それら全てがプレッシャーとなって少女の双肩に重くのしかかる。
「……父さん、私に勇気を」
ぎゅっと胸元で手を握りながら、ハンナは天を仰いだ。
霞がかった空の中、幾体もの機甲竜騎士が乱舞している。ぱっぱっと絶え間なく飛び交う閃光。空の決戦は地上の泥臭い戦風景に比べると、どこか優雅で非現実的だった。
しばし航空ショーに見入っていたハンナは、ふいに「隊長」とかけられた声で意識を取り戻した。
「第十九、第二十番要塞で動きがあったようです。ヴェンモーズとバルロックの両名が配下のアーマーを率いて出撃した模様」
「前ですか、後ろですか」
「後ろです。彼らの目標はリカルド・ブランドルのいる同盟軍本陣と思われます」
短い回答に、ハンナはとうとう来たかと心の中で呟いた。
しかし、動揺は見せない。「そうですか」と頷いたハンナは、平静を装ったまま部下たちに向き直った。
「いきますよ、みなさん! 総員に通達! 我々はこれより、総大将リカルド・ブランドルの援護に向かいます! 剣を取れ! アーマーの着装を開始しろ! 待ちに待った反撃の時間です!」
『オオオオォォォォッ!』
ハンナの号令に、隊員たちも鬨の声を上げて答える。
延々と待たされていたのは彼らも同じだ。
王国との戦端が開かれてから、いや、かつてキャスパリーグ隊と呼ばれた組織が壊滅してから、山猫部隊の面々はずっと雌伏の時を過ごしてきたのである。
彼らは正に檻から解き放たれた獣だった。ハンナは言いようのない興奮に、全身の産毛が逆立つのを感じた。
「シンシア、ここは任せましたよ」
「了解。隊長、お気をつけて。きっと勝てます」
「きっと?」
「絶対勝てます」
そう言い直す副官に微笑んでから、ハンナは自らも漆黒の騎士甲冑に乗り込んだ。
新型アーマー《レパルド》の特徴は、熊のように肥大した上半身と臀部から生えた太いテールだ。
しかし、ハンナの機体は他の機と比べてややほっそりしていた。尻尾はあるものの、全体的なシルエットは元となった《グレムリン》に近い。機動力と近接格闘性能を高め、機体自体に幾つか特殊な魔導兵装を組み込んでいるのだ。
この機は当初、《レパルド/アサルトカスタム》の名で呼ばれていた。
しかし、今は山猫部隊の隊長機としてもう少し短い名を与えられている。
彼女の父親の愛機に由来する、とある名前を。
ハンナは密閉されたコックピットの中で、すっと一度だけ深呼吸した。
「ハンナ・キャスパリーグ――《アニシード》、出撃します!」
ツインアイのバイザーにぼうっと真紅の光が灯る。
《アニシード》は全身から鋼鉄の唸りを漏らすと、野獣の如く上体を倒して疾駆を開始した。
その背に続き、機械仕掛けの獣戦士たちが一斉に丘を駆け下りる。
震える大地。こだまする鯨波。もうもうと上がる土埃。
砲弾飛び交う表舞台の裏側で、山猫部隊の戦いが幕を開けようとしていた。




