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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
四章:双竜戦争(前編)
84/107

4-11

 負け戦というのは実に嫌なものだ。


 同盟との決戦を期した『オペレーション・スーパーセル』が失敗に終わると、地上に残っていた貴族たちは、ナーシアを筆頭とする機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の団員に容赦のない罵声と糾弾を浴びせた。

 なにしろ、城内にナーシアの味方はほとんどいない。宰相派の貴族たちからしてみれば、目障りな政敵がこれ以上ないほどの失態を演じたのだ。負け犬を見つけたらそれに蹴りを入れ、川に叩き落とすのが貴族という生き物である。

 傷ついた騎士たちにはねぎらいの言葉一つ与えられず、戦死した者の葬儀すらまともに執り行われなかった。おかげで竜騎士団の士気は著しく低下した。許可なく領地に帰還する者や、王国を見限って同盟派に走る者が相次いだのも、無理のないことだった。


 しかし、宰相派の諸侯はまだまだ戦況を楽観している。

 空の決戦に敗れたとはいえ、陸には潤沢な戦力が残っているのだ。

 戦いは数だ。圧倒的な物量差をもってすれば、同盟の塵芥どもを掃討することなどたやすい――というのが大方の意見だった。






「失礼します」


 ノックをし、扉を押し開ける。

 瞬間、ロゼはその場で回れ右をして宿舎に帰りたくなった。

 室内は異様に薄暗かった。電灯が消えている訳ではない。奥のデスクにだらしなく腰掛けた男が、腐ったパンのような雰囲気を醸し出しているのだ。


「……ナーシア殿下」


 呟くロゼの前で、ナーシアはおもてを上げた。


 男の顔立ちはひどいものだった。

 こけた頬。乾いた唇。病的に青ざめた肌。

 眼窩はくぼみ、その奥の瞳からは光が消え失せている。

 かつて男が備え持っていた誇りや気高さといったものが、そのまま生命を蝕む毒薬となってしまったかのようだった。


 ブリストル海峡上空での戦いから約半月。

 敗軍の将となったナーシアはあちこちから非難を受け、かつての傲岸不遜な振る舞いなど見る影もなく憔悴してしまっていた。

 いや、理由はそれだけではないはずだ。実際のところ、ナーシアは周りの評価などほとんど気に留めていない。

男の心身を犯しているのは無惨な敗北による屈辱――なにより、自らの片腕と部下たちを失ったことによる自責の念だった。


「ブラッドレイか。どうした」

「……飲まないのですか?」


 ロゼは質問に答えず、代わりに机の上に置かれた酒盃へと視線を移した。

 なみなみと銀杯に注がれたぶどう酒は、一息にあおられ、胃に流し込まれる時を今か今かと待ちわびている。

 が、ナーシアは蠱惑的な芳香を放つ盃をあっさり脇へどけてしまった。抱き飽きた女を切り捨てるかのようなそっけなさだった。


「さっき一度だけ口をつけたのだがね。苦くて飲めたものではなかった。勝利の美酒に慣れ切っていたせいかもしれんな」

「弱気ですね。自信家の殿下らしくもない」


 ロゼはやり切れない気分のまま、室内へと足を踏み入れた。


 この部屋は王城内にあるナーシアの私室だ。

 彼ら二人は一度モンマスを離れ、王都カムロートに帰還していた。

 オペレーション・スーパーセルが失敗したことで、王国は同盟に対し新たな策を練る必要に迫られた。その作戦会議にナーシアは参加していたのだ。

 ロゼは単なる付き人である。元々、ナーシアの補佐役は竜騎士団の副団長であるエドガー・ファーガスが務めていた。が、彼は先の空戦で当のナーシアを庇い、死んでしまった。だから、わざわざ家格の高いロゼが副官に抜擢されたのである。


「先ほど、陛下を交えて今後の方針が検討されたと聞きましたが」

「あんなものは会議という名の弾劾裁判だよ。ドルムナットの奴め、こちらの事情も知らず好き勝手言いおって。豚面のパルハノンまでここぞとばかりに積年の恨みを――」


 と、そこまで言いかけたところでナーシアはふいに口をつぐんだ。


「殿下?」

「……今の発言は忘れろ。部下に対して愚痴をこぼすなど私らしくもない。全く、美しさの欠片もない行為だ」

「分かりました。忘れます」


 「よろしい」とナーシアは幾分か顔色を取り戻して言った。

 男は上体を起こし、椅子に深々と座り直すと、デスクの上で両指を組んだ。体重をかけられた椅子が、一度だけぎしりと音を立てて軋んだ。


「ブラッドレイ、貴様は会議の結論を聞きにきたのか?」

「そうです。後はソフィアにナーシア殿下の様子を見てこいとせっつかれまして」

「……ふん。私の問題などどうでもいい。貴様の方こそどうなのだ?」

「と言いますと?」

「シルヴィア・アクスフォードの噂だ。聞いていないはずがなかろう」


 放たれたその名に、ロゼは心臓がどくりと脈打つのを感じた。


 ここ数日、王都の周辺ではしばしばシルヴィアの名が囁かれていた。

 いわく、北部を脱出した侯爵家の令嬢が諸侯同盟に参加した。

 いわく、彼女と共にアクスフォード家の生き残りも賊軍に合流した。

 いわく、彼らは北部の諸侯と同調して王家に反旗を翻そうとしている。


 そう――『斧の反乱』の時と同じように。


「あんなものは根拠のない風説です」


 ロゼは語気を強めて言った。


「それにもしあのうわさ話が真実だとしても、我々のすべきことはなんら変わりません。王家の敵である反乱軍を粉砕し、国内に平和を取り戻す。自分は目的を見誤るつもりなど毛頭ありません」

「ずいぶんとムキになっているじゃないか、ブレッドレイ」

「……仕方ないでしょう。シルヴィは俺にとって特別な人だった」

「なのにあの娘が賊軍に加わっていても、自分は知ったことではないと、無関係だと言い張るのか?」

「単なる優先順位の問題ですよ。今でもシルヴィのことは大切ですが、彼女が俺の敵に回るというのなら容赦はしない」

「舞台の上でそういった台詞を吐く役者は、たいてい劇の最後に愛だのなんだのとほざいて恋人の元に走るものだが」

「殿下は自分を信用しておられないのですか?」

「信用しているさ。戦場から逃げ出した臆病者どもよりよっぽどな」


 皮肉めいた台詞。ナーシアは銀杯に映る自らの顔に虚ろな眼差しを向けた。


「まぁ、いい。貴様も今更王国を裏切ることなどできんだろう。どのみち今回の会議で、シルヴィア・アクスフォードと北部の反乱分子については無視することに決まってしまった」

「それも優先順位の問題、ということですね」

「そうだ。南に巣食っている賊軍を駆除しない限り、我々は枕を高くして眠ることができん。グロスターの盾持ちどもも……今は見て見ぬふりだ。いつこちらに剣を向けてくるか分からん連中だが、今は野放しにしておくしかない」

「【盾の侯爵】カーシェン・ランドルフですか。優れた策士という噂ですが」

「ただの胡散臭い詐欺師だよ。とはいえ、ランドルフ家には鉄壁の機甲師団と《髭狩りリトー》が存在する。殴りかかればこちらも無事では済まん」


 《髭狩りリトー》の噂はロゼも知っていた。

 リトーというのは竜王アルトリウスと戦った巨人。その巨人の骸を用いて製造された超大型の騎士甲冑(ナイトアーマー)が『髭狩り』だ。

 要は骸装機(カーケス)と同じ原理で造られた兵器ある。ただ、骸装機ほどポピュラーな代物ではない。空路を使うことのできる機甲竜騎士(ドラグーン)と違い、巨大人型兵器というのはとにかくでかい、重い、高価(たか)いと使い勝手が悪いからだ。


 ロゼはしばし黙考した後で尋ねた。


「……では、やはり同盟軍の本拠地、ブリストルに大規模な攻勢を?」

「他にどう動けというのだ。空からの攻略は失敗した。後は全軍を動員し、陸空から一挙に進撃。総力を挙げて賊軍を叩き潰すしかあるまい。美しくない作戦だが……結局、戦争の本質は資源(リソース)をぶつけ合う物量戦だ。練度の高い兵士、優れた装備と潤沢な補給物資、そして、有能な指揮官をより多く揃えた方が勝つ。全くもってつまらんゲームだよ」

「そうとも言い切れませんよ。前回の作戦の時も、我々は賊軍の倍以上もの航空戦力を用意していました。けれど、勝ったのはアウロたちです」

「……そうだ。私はアウロに敗れ、エドガーは奴の手で討ち取られた。結果、我々は無様な退却を強いられた。指揮系統が瓦解し、六十一機もの機甲竜騎士(ドラグーン)が飛行場に戻らなかった。あの戦いは我々の完敗だった」


 淡々と述べたナーシアは、死者を悼むかのように瞑目した。


 あの戦いの敗因についてはロゼ自身、地上に帰投してから幾度となく考えた。

 が、結論として導き出されるのはやはり大将首の取り合い。互いの指揮官をどちらがより早く討ち取るか、という勝負に負けてしまったことだ。


 ロゼはジェラードの《ブリガディア》を中破状態まで追い込んだものの、ルシウスの《グリンガレット》には傷一つ与えることができず。

 逆にナーシアを狙ったアウロは僚機と連携し、エドガーの《ブラックアニス》を撃墜。更には《ラムレイ》を墜落寸前の状態まで傷めつけた。

 これで戦局は一気に同盟側へと傾いた。ナーシア自身はロゼの援護が間に合ったこともあり、危ういところで一命を取り留めたものの、その後は尻尾を巻いて逃げるのが精一杯だった。

 機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)は大敗を喫した。一度の空戦で五十機以上の機竜を失ったのは、王国の歴史上初めてのことだった。


「あの時、自分がアウロを殿下の元へ逃さなければ……」

「くだらん仮定はするな。私は最初から、私自らの手で奴を撃墜してやるつもりだったんだ。まぁ、結果は散々だったがな」


 ナーシアはちっと舌打ちを漏らした。


「どうも私はアウロの実力を過小評価していたらしい。おかげで蒼い旋風(ブルーボルテクス)を失い、虎の子の新型機を失い、果てにはエドガーと《ブラックアニス》まで失ってしまった。奴一人に受けた損害が大きすぎる」


 ナーシアは今までアウロを仕留めるため、様々な手を打ってきた。

 ヴェスター率いる蒼い旋風(ブルーボルテクス)をケルノウン半島に派遣し、《エクリプス》を駆るロゼをぶつけ、最後には自らがエドガーと共に迎え撃った。

 が、これらの試みは全て失敗に終わった。ナーシアが賭けた財産は全て闇に飲み込まれ、その手元には莫大な負債だけが残った。


「――これ以上の失敗は許されん」

「しかし、次の戦は陸軍が主体となるのでしょう? 我々の出番があるのですか?」

「どうかな。敵の近接航空支援を防ぐためには、こちらも機甲竜騎士(ドラグーン)を繰り出さざるを得ない。奴らもそれを承知しているから、陸攻型機竜(ストライカー)で対地攻撃を加える前に空戦型機竜(ファイター)を飛ばし、制空権を確保しようとするだろう」

「アウロは出てくるでしょうか」

「出てくるさ。恐らくは真っ先にな。なにしろ、奴の機竜は前回の戦闘でほとんど損傷を受けていないんだ」


 お手上げとばかりに肩をすくめるナーシア。

 ロゼは無意識の内に、ごくりとつばを飲んだ。


 アウロは《エクリプス》、《ラムレイ》、《ブラックアニス》と立て続けに三機の骸装機(カーケス)と交戦した。

 それ以外にも、ほとんど単独で二十機近い機甲竜騎士(ドラグーン)を撃破している。はっきり言って人外の所業だ。

 だが――と同時にロゼは考える。今の自分の力で果たしてアウロに勝てるだろうか。いや、勝ち目はあるだろうか。あの鋼の精神力を持つエースパイロットを相手に戦い、生き延びることができるだろうか。


「……ナーシア殿下」


 ロゼはある種の覚悟を抱いたまま、男の名を呼んだ。


「お願いがあります」

「いいだろう。言ってみろ」

「俺を、《エクリプス》をアウロにぶつけて下さい」


 要求する。目をそらすことなく、決然と。

 ナーシアはまばたき一つせずにロゼの眼差しを受け止めた。


「勝てる見込みはあるのか?」

「あります。前回、彼はまともに俺と戦おうとしなかった。それは《エクリプス》の力を恐れたからです」

「だが、貴様がアウロと戦いたがっているのは国軍の被害を心配しているからではあるまい。本心はなんだ?」

「俺はただアウロ・ギネヴィウスという男に負けたくないだけですよ。それに竜騎士団の戦友たちの仇も討ちたい」

「仇討ち、か。先の空戦で……ガーランド家の残党どもはガルバリオンの仇討ちと意気込んでいた。そのために、アルカーシャという弔いの旗まで用意していた。復讐が復讐を呼ぶ。実に戦争らしい連鎖反応だ。しかし、一時の激情に駆られて動くのは美しくない。私の矜持に反する」

「ナーシア殿下は悔しくないのですか?」

「……さぁな」


 ナーシアは珍しく、投げやりな口調で言った。

 覇気のない横顔だった。常の如く羽織っていた傲慢さも、嫌味とさえ取れるほどの自尊心も、あの一戦で全て男の中から消え失せてしまったかのようだ。その目はどこまでも虚ろだった。


「そもそも悔しい、と言うより分からんのだ。何故、エドガーが最後に私の身を庇ったのかがな。奴は、確かに、機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の副団長だった。だが、私とあの男の間になにか特別なエピソードがあった訳ではない。私がエドガーを副官に抜擢したのは、あれが泥人形ゴーレムのように命令に対して忠実な男だったからだ。……まさか、自らの命より私の命を優先するとは思わなかったがな」

「それはあなたの事情だ。エドガー殿にはエドガー殿なりの理由があったのですよ。あの方は元々、男爵家の出身だった。それが曲がりなりにも竜騎士団の副団長という要職まで昇り詰めたのは、あなたの推薦があったからだ」


 ロゼは言った。強く、諭すような口調で。


「ナーシア殿下が自信を喪失するのは構いません。勝手に部屋の隅にでも引き篭もっていればよろしい。けれど、エドガー殿が何故あの時、殿下を庇ったのかよく考えていただきたい」

「……本人から話を聞いていたのか?」

「考えろ、と言ったんだよ俺は。あんたはバカなのか? 思考停止状態に陥るのもいい加減にしろ。ちょっとはその便所紙みたいに湿気た頭を働かせたらどうなんだ?」

「ふむ、いいだろう」


 ナーシアは頷いた。

 それからおもむろにテーブルの端に手をやると、そこに置かれていた銀杯を手に取り、デスクの正面に佇むロゼへと投げつけた。

 がっと骨を打つ鈍い音。盃からこぼれ落ちたぶどう酒が、タイル張りの床にぶち撒けられる。

 周囲に芳醇な香りが立ち込める中、ロゼは頬を伝った血がつぅっと顎先から滴り落ちるのを感じた。


 ――ぴちょん、とぶどう畑に波紋が広がる。


 ナーシアは両腕を組み、じっと机の上を睨みながら物思いにふけり始めた。

 先ほど投げつけられた暴言と、自らが投げつけた酒盃のことなど、綺麗さっぱり忘れ去ってしまったかのようだ。それは直立姿勢で佇むロゼも同様だった。


「……フン。考えてみればなんのことはない」


 一分近い思索の後、ナーシアは苛立たしそうに呟いた。


「実につまらん信念だ。あの男は私が気まぐれで与えた温情に感謝していたのだろう。奴はそれを恩義と考えた。骨を与えられた犬が主人に懐くのと同じ理屈だ。そして、最後の瞬間。奴は自らの主と定めた人間を庇ったのだ。……全く正気とは思えんよ。己の命を他人のために捧げるなど」


 感情的に吐き捨てるナーシア。今までせき止めていたものが逆流し、喉奥から溢れかえってしまったかのようだ。


 ロゼもエドガーがなにを考えていたのかは分からない。

 ただ、彼は最後に言っていたはずだ。自分が忠誠を誓っているのはドラク・ナーシアただ一人と。

 元より、エドガーの戦う理由は自分のためでも、国家のためでも、愛する人間のためでもなかったのだ。


 彼はただナーシアのために戦っていた。

 主に忠義を尽くし、己が身命を捧げる。

 エドガー・ファーガスは真の騎士だった。


「ブラッドレイ」

「はい」

「飼い犬の仇は取ってやらねばならない。それが主人たるものの務めだ」

「心中お察しいたします。しかし、アウロを討ち果たす役目は自分に任せていただきたい」

「断る。奴を倒すのは私だ」

「それは無理です」


 ロゼは冷たく言った。


「殿下もお分かりのはずだ。《ラムレイ》は優れた機体ですが骸装機(カーケス)同士の戦闘には向いていない。まともな近接兵装を保有していない以上、アウロに挑んだところで、間合いを詰められ撃墜されるのがオチだ」

「…………」

「しかし、自分の《エクリプス》ならばアウロの《ミネルヴァ》と渡り合うことができます。殿下、これは道具の側の問題です。殿下の腕前はアウロに負けず劣らずですが、あの機体をパートナーとしている限りは、天地がひっくり返っても彼に勝つことはできないでしょう」


 滔々と理を連ねるロゼの前で、ナーシアは唇を笑みの形に歪めた。


「相変わらず無礼な奴め。気に入らんな」

「自分は率直な意見を述べたまでです。竜騎士団の最高司令官はあなただ。自分がなんと言おうと、最終的な決定権は殿下に委ねられています」

「……ブラッドレイ、私はな。感情論で物事を決めるのが嫌いだ。それは私の美学に反するからだ。冷徹な理性と打算こそ私の友に相応しい」


 一拍の間を置き、


「ドナルの息子ロゼ・ブラッドレイ。貴様に機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)団長ドラク・ナーシアが任を与える。――アウロを殺せ。奴を討ち取り、ブリストル海に散った同胞の無念を晴らせ。良いな?」

「仰せのままに、殿下」


 ロゼはぶどう酒のぶち撒けられたタイルの上に、迷うことなく膝をついた。






 王国が本格的な軍事行動を起こしたのはそれから二ヶ月後のことだった。

 彼らはこの間に軍を纏め、兵站線を構築し、人員と兵器、補給物資と機甲兵器を浮揚魔導船(エアロバーク)で前線へピストン輸送した。

 軍の指揮は失態を犯したナーシアに代わり、新王ドラク・マルゴンが直々にとった。血気盛んな総大将に率いられた四万二千もの兵たちは、街道を踏破し、丘を越え、森を抜け、各地で乱暴狼藉と略奪を繰り返しながらも、モンマスの南東17マイル。石灰岩の丘陵地帯に陣を張った。


 対する同盟側も戦備を整えてこれに応じた。

 動員された兵力は約七千。王国軍のわずか六分の一である。

 しかし、彼らは籠城という選択肢を取らなかった。城壁の内部に引き篭もっていたところで陸攻型機竜(ストライカー)の爆撃や、大型魔導砲をはじめとする攻城兵器を防ぎきることはできない。なにより、彼らには最初から援軍の当てなどないのだ。

 勝負は野戦に持ち込まれた。同盟軍は塹壕線を掘り伸ばし、王国はそれを突破するための山砲と魔導兵器、騎士甲冑(ナイトアーマー)を惜しげも無く戦場に投入した。


 ――こうして、


 ようやく丘の上から残雪が消え、

 色鮮やかな野花が芽吹き始めた三月の初頭。

 王国の未来を決定付ける、『ペンドラコンウッドの戦い』が始まったのだった。

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