4-6
透き通った蒼穹。ぶちまけられた乳清のような綿雲。
爽やかなまだら模様を描くフィールドの合間を、エメラルドグリーンの輝きを纏った流星が飛び回っている。
《エクリプス》。アクスフォード家の有する風竜の骸装機。ドラグーンエアレース十二連覇を成し遂げたログレス王国最速の機竜。全ての機竜乗りの憧れ。
もっとも、それらは全て過去の話だ。
かつてはブレア・アクスフォードの愛機であった《エクリプス》は、斧の反乱の際にその類縁であるカラム・ブラッドレイの手に渡り、他の騎士たちと共に王都奇襲作戦へと加わっていた。
この空戦にはアウロも《ホーネット》を駆って参加している。カラムの息の根を止めたのはナーシアだが、その切っ掛けを作ったのはアウロだ。《エクリプス》は因縁浅からぬ相手だった。その搭乗者同様に。
【主殿、ロゼ・ブラッドレイって確か……】
【俺と養成所の同期だった男だよ。お前とも何度か面識があるはずだ】
【覚えてるよ。シルヴィの親戚だよね。コイントス好きのちゃらちゃらした奴】
【まぁ、間違いじゃない。斧の反乱以降そういった傾向は鳴りを潜めていたが】
【なんで王国側に味方してるんだろう。しかも《エクリプス》に乗って】
【その答えは本人に聞いてみるしかあるまい】
アウロはそう告げた後で一言付け加えた。【聞けたらの話だが】
間髪入れずハーネスを捌き、右足でラダーペダルを踏み込む。
風圧を受けてたわむ補助翼。機体全体が右方向へロールを開始する。
直後、《ミネルヴァ》の真横を緑甲の機竜が突っ切っていった。腕甲に携えた武器は〝スピレッタ〟爆砕螺旋槍。周囲の大気を飲み込み、ドリルのような回転破砕力に変える近接格闘用魔導兵装だ。
『かわしたか! 相変わらずいい腕をしているな、アウロ!』
蒼天を刻む一条の蒸気線跡。
一瞬で高度20000フィート超の位置まで飛び上がった《エクリプス》は、四本のテーパー翼をくねらせながら急旋回。上空で態勢を整え、猛禽のように再度チャージの機会を窺っている。
一方、アウロは機体を上下半回転させて水平飛行の姿勢を取った。だが、胸の奥にはまだ妙なむかつきがこびりついていた。胃液が逆流している訳ではない。これは精神的なストレスだ。
「答えろ、ロゼ! 貴様、何故《エクリプス》に! いや、そもそも何故モグホースの側に付いた! 気でも狂ったのか!」
『そうかもしれないな! だが、後悔はしてないぜ。今の王家は「クソ食らえ」だが、俺には俺の目的がある!』
「目的だと?」
『そうさ! 君やルシウスとて同じだろう。人の利益ってのは相反するものだ。そして、道が違えば後は殺し合うしかない!』
「ロゼ、俺たちの敵に回る気か。――ならば容赦しない!」
『悠長だな、アウロ。俺は最初に言ったはずだ! 命を賭けろと!』
ロゼは再び、槍を振りかざしてダイブアタックを敢行する。
無論、それを易々と許すアウロではなかった。ガンランスを三連射。打ち上げられた灼熱弾が敵機を迎撃する。
更に、アウロと編隊を組んでいた列機も砲口から火を噴かせた。
押し寄せる光の奔流。しかし、ロゼはその全てをかわした。機体をひねり、ウィングをしならせることで針山じみた火線をかいくぐったのだ。
スパイラルダイブ。螺旋状の軌道を描きながら急降下する空戦機動である。アウロは円筒の中で跳ねまわる小石を連想した。
『なっ……なんだ、あの機動! アウロ、あいつ変態だよ!』
「言いたいことは分かるが少し落ち着け」
アウロは動揺するアルカーシャに一声かけると、ガントレットの親指でグリップ側面の切り替えスイッチを跳ね上げ、ガンランスのホーミング機能をカット。敵機の鼻先に狙い澄ました一発を送り込んだ。
動きを先読みされたロゼは左腕甲の盾で偏差射撃を防いだ。
しかも着弾の寸前、シールド表面の空間が歪み、放たれた砲弾そのものをあらぬ方向へと弾き返してしまう。
〝マースク〟風力結界式魔導シールド。
《エクリプス》の保有する防御用魔導兵装だ。
どうやら、兵装の類は以前と同じらしい。機体の細部に関しては変更されている部分もあるのだろうが、ディテールまで観察している暇はなかった。
(このタイミングで面倒な……)
今回の作戦ではアウロと《ミネルヴァ》の突破力が肝だ。
既に敵の先鋒部隊はこちらに迫りつつある。もしあの飛行群に呑み込まれれば、迎撃と防御機動によって貴重な空戦エネルギーを削り取られてしまうだろう。
ナーシアとの戦いが待っている以上、余力を残しておく必要があるのだ。《エクリプス》一機に手間取っている暇はない。
アウロは牽制を続けながら、ヘルムの側面に手を押し当てた。
「ジェラード、聞こえるか? 《エクリプス》に張り付かれた。援護を求む」
『現在急行中だ! しかし、参るね。俺、ロゼとの模擬戦じゃあ一度も勝てたことがないってのに!』
「抑えてくれるだけでいい。それに《エクリプス》は格闘特化型の機竜だ。装甲の分厚い《ブリガディア》なら相性は悪くないはず」
『了解。もしやられたら骨は拾ってくれよ』
「ここは海上だぞ。死んだら海の藻屑だ」
『水葬の手間が省けるな』
軽口を叩くジェラードだが、その声はかすかに震えていた。
その間、《エクリプス》はアウロたち第三中隊の真横を通過し、《ミネルヴァ》の後方象限に回り込もうとしていた。
本来なら急旋回して追撃を振り切りたいところだ。が、相手は速さという戦場において無敵の機竜である。
カムリの最高速度は《ラスティメイル》装着状態で400ノット前後。対する《エクリプス》の最高速はカタログスペック上とはいえ520ノットを超えるはずだ。
その機動力は並み居る骸装機の中でも群を抜いている。《ワイバーン》をはじめとする量産機では手も足も出まい。
【主殿、あいつ後ろから来る!】
「小隊単位で散開! 各隊は連携を取りつつ敵先鋒を迂回して本隊に向かえ! アルカーシャ、一時的に第三中隊の指揮権をお前に預ける! 俺が戻るまで一機たりとも脱落させるんじゃないぞ!」
『えっ? ちょ……アウロ! お前はどうする気だよ!』
「時間を稼ぐ」
アウロは言って、ハーネスを胸元まで引き上げた。
ピッチアップ。ペダルを踵で踏み込み、迎え角を全開に。
背を反らせた機竜は弧を描くように宙を駆けると、進路を逆方向に転回した。
上下反転した視界の中、アウロは敵の姿を探す。《エクリプス》はやや低空に位置していた。相対距離は7000フィートほど。
しかし、そのエンジンノズルからは緑色の排気炎が噴き出ている。敵機、ランスチャージの態勢。エメラルドグリーンの機影がみるみる内に近付いてくる。まるで青ざめた馬を駆る死神のように。
『来いよ、アウロ! 殴り合いをしようじゃないか!』
「断る! 青春に興じるほど若くはないだろう! お互いにな!」
アウロはロゼの要求を切り捨てると、背面飛行状態のまま急旋回。
途中でローリングを交えて水平飛行に戻りつつ、敵機の左手を占位する。
(流石に《エクリプス》と格闘戦を行うのは無謀だ……)
各種性能に特化した骸装機は、それぞれに有利不利な舞台がある。
近接格闘戦は《エクリプス》の最も得意とするフィールドだ。ずば抜けた機動力と強力な魔導兵装。これにロゼ自身の卓越した空中戦闘機動の腕前が加わっているのだから、まともに組み合う方が馬鹿らしい。
――だが、逆に。
敵機は射撃兵装を装備していない。距離を空けての撃ち合いは苦手のはずだ。
また直線での加速性能はともかく、旋回や昇降などの運動性に関しては可変翼がある分、《ミネルヴァ》の方が有利である。
アウロはこれらの要素を加味して戦略を組み立てた。
結論。《エクリプス》を打ち倒すのは困難だ。
しかし、時間を稼ぐだけならそう難しくはない。
【主殿、どうするつもり?】
【場を膠着させる。お互いに打つ手がない状況に持ち込むんだ】
アウロは手綱を捌き、最大仰角で高速水平旋回を開始した。
ロゼもその動きに乗ってきた。二機の機竜が互いの後背につこうと、ぐるぐるとホイールを描き始める。
結果、奇妙な均衡状態が生まれた。機動性と運動性、互いの得意とする要素が天秤に乗せられたかの如く拮抗しているのだ。二騎の機甲竜騎士は互いに決定打のないまま追いかけっこを続けた。
『逃げるばかりか! この腰抜けめ!』
旋回によるGの中、圧迫された息遣いが聞こえる。
が、アウロは構わなかった。自分とロゼとでは勝利条件が違うのだ。これは一対一の決闘ではなく、軍団同士の戦いだ。自分が討つべきはドラク・ナーシアであって、目の前の男ではない。
――しかし、それで諦めるロゼ・ブラッドレイではなかった。
ふいに四本の翼をくねらせた《エクリプス》は、機体後部から緑色のアフターバーナーを噴出させた。
敵機加速。一瞬で相対距離が縮まる。どうやら、強引にこちらとの間合いを詰めるつもりらしい。
だが、アウロに動揺はない。機械的に手綱を捌いて、《ミネルヴァ》のヘッドを右方向へと向ける。
敵の左手に回り込むことは、騎士同士の戦いにおいてもよく見られる光景だ。
ランスによる渾身の一撃で相手の盾を叩き落とし、鎧に覆われた胴部を痛打する。そうして、敵を鞍上から叩き落とすことで騎士の誉れは証明される。
ただし、これは地上で行われる馬上槍試合ではない。アウロの目的は〝スピレッタ〟の猛威から逃れることだった。《エクリプス》の魔導兵装は凶悪だが、その攻撃範囲は自機の右前方に限られている。
『くそっ、逃しは――!』
「しつこい男は嫌われるぞ、ロゼ」
強引に突っ込んでくる敵機に対し、アウロはぴしゃりとハーネスを打った。
アフターバーナー点火。機速を倍増させた《ミネルヴァ》は、悠々と《エクリプス》の傍らをすり抜ける。
〝スピレッタ〟の穂先は届かない。シールドやウィングの接触もない。両機は見知らぬ他人のように傍をすれ違った。アウロは首を巡らせ、翡翠の輝きが視界の外に消えていくのを見送った。
【よし、しのいだ。このまま時間を稼ぎ続けるぞ】
【らじゃ。でも、あいつ武器は槍だけなんだね。前に戦った黒いの、ええと】
【《ブラックアニス》か?】
【あ、うん。それとよく似てる気がする。あっちは槍じゃなくて斧だったけど】
【どちらも格闘特化型の機竜という点では同じだ。しかし、運動性に特化した《ブラックアニス》と違い、《エクリプス》は推進力を絞り出すことだけに全ての機能をつぎ込んでいる】
【要はスピード馬鹿ってこと?】
【その通り。そして、それ故に強い】
《エクリプス》の恐ろしさはアウロ自身、じかに味わった経験がある。
例え使い勝手が悪くとも、一芸に秀でた兵器というのはそれだけで脅威だ。
しかも、機竜乗りとしての腕前はカラム・ブラッドレイより弟であるロゼの方が数段上だった。
ロゼの欠点は僚機と足並みを揃えることが出来ないことだが、それも圧倒的機動力を誇る《エクリプス》にとっては些細な問題である。どうせ、この最速の骸装機に追いつける機竜など一機も存在しないのだから。
『アウロ……どうやら、本気で俺と戦わないつもりらしいな。だが、甘い了見だ! いつまでもこの機体から逃げ回れると――!』
敵機は上昇を交えつつ、鋭角的なカーブを描いて方向転換した。
ウィングオーバーと呼ばれる基本的な空戦機動の一つだ。
その後、ロゼは再びランスを構えてこちらとの交錯進路を取る。バカの一つ覚えのような戦法。だが機体の特性上、他の選択肢は考えられない。
【うーん、あの緑の。また正面から突っ込んでくる気かな】
【だろうな。遠隔攻撃用の兵装がない以上、取れる策は限られてしまう】
【バルカンくらい積んどけばいいのに。あれ、開発者の趣味なの?】
【というより、所有者だったアクスフォード侯爵の意向だろう。兵器に騎士道精神を反映させる行為は、エレガントだが実戦には向かないな】
アウロは手綱を引き、機首を百八十度転回させた。
全身を絞り上げられるような重圧。ディスプレイ正面に敵機。ヘッドオン。
アウロはガンランスのトリガーを引いて敵機の迎撃を試みた。が、やはり左腕甲のシールドに弾き返されてしまう。
〝マースク〟の風力結界を破るためには収束砲の火力が必要だ。手はある。シールドに内蔵された〝プロミネンス〟3.6インチ重対機甲砲。この切り札を使えば、《エクリプス》に致命傷を与えることもできるだろう。
(……だが、まだ早い)
切り札というのは、それが最も効果を発揮する場面で使うべきだ。
結局、アウロは先ほどと同じく敵の攻勢をやり過ごすことにした。ハーネスを捌き、敵機の死角に鼻先を滑り込ませる。
《エクリプス》はアフターバーナーを点火。アウロも《ミネルヴァ》の推進装置から真紅の排気炎を噴き出し、その動きに応じる。
先ほどの交錯を焼き直したようなシチュエーションだ。
それでも、アウロに油断や慢心はなかった。錆色の瞳は瞬きもせず、じっと相手の出方を窺っていた。
空の果てのかすかな点が、瞬く間にディスプレイの上で実像を描き出す。迫る敵影。しかし、その進路は自機から見て左側に偏っている。旋回は間に合わない。〝スピレッタ〟の穂先がこちらを捉えることも……
――いや、少し、待て。
引き伸ばされた時間感覚の中、アウロは敵機がシールドを構えるのを見た。
が、構えるといっても正面に突き出した訳ではない。ロゼはガントレットをまっすぐ差し伸べている。
丁度、盾の尖端をこちらに向ける形だ。そして、腕甲とシールドの間。隠し窓のようなスペースに丸い筒が見えた。
思考が弾ける。円筒、発射筒、魔導兵装、敵機の攻撃。
伝言ゲームのように導き出された結論が、アウロの体を反射的に衝き動かした。
【カムリ、対ショック姿勢!】
【ふぁ?】
寝ぼけた声を漏らすカムリ。
その時にはもう、アウロはシールドでアーマーの正中線を庇っていた。
一拍遅れて、盾の表面になにかしらの物体が着弾したのを感じる。
まるで板戸に小石をぶつけたような音。それが幾つも連続して聞こえた。
しかし、恐れていたような衝撃は来ない。《エクリプス》とすれ違ったアウロは、怪訝そうに眉を寄せ――
次の瞬間、間近で炸裂した爆発に体をのけぞらせた。
「ぐぁっ!」
【うぇっ、爆弾!?】
カムリはすぐさま両翼を翻し、ひっくり返りそうになる機体を制御した。
とはいえ、爆発自体は小規模なものだ。
新調された機甲外骨格は無傷。アーマーの機能自体も飛行を続けるには全く問題がない。
が、アウロは揺れる視界の中で、左腕甲に装備した盾――そのつるりとした鏡面に、幾つもの空洞が穿たれているのを見た。
(指向性の吸着爆雷か!?)
どうやら、《エクリプス》は新たな魔導兵装を用意していたらしい。
虫食いのような穿孔は重層アダマント鋼によるコーティングを貫通し、シールドの内部にまで到達していた。
「く……!」
動揺の中、アウロは火器管制システムへと視線を移した。
収束砲の発射機構に異常あり。本体からの供給ラインは健在だが、ブレスシリンダーが破損。収斂装置、砲身冷却システムも機能停止。
シールドの内蔵機構が全て潰された。これで〝プロミネンス〟の使用は完全に不可能となった。
「ええい……!」
『防いだか! しかし、無傷とまでは行かなかったみたいだな!』
ロゼはアウロがバランスを崩している隙に、素早くヘッドを切り返した。
――ジジッ!
が、その動きを阻む形で《エクリプス》の右翼方向から閃光が飛来する。
灼熱のあぎとは敵機の胴部をかすめ、緑色の表面装甲をぶくぶくと泡立たせた。
『この火力……新手の骸装機! ということは、ブランドル家の《ブリガディア》か!』
九十度バンクしたまま急降下する《エクリプス》。
遅れて、先ほどまで敵機のいた空間が剣によって薙ぎ払われた。
ロゼを襲ったのは回転式の刃。ライフルの尖端に鎖鋸を取り付けた、ガンチェーンソーとでも言うべき代物である。
その持ち主は鋼色の機甲竜に跨った騎士だ。アウロは思わず安堵の息をこぼしかけ、慌てて気を引き締めた。
「遅いぞ、ジェラード」
『すまん!』
ジェラードは乗機を颯爽と旋回させながら、逃げる《エクリプス》目掛けて収束砲を連射した。
明らかな牽制射撃である。しかし、ロゼはわざわざアフターバーナーまで使って《ブリガディア》から距離をとった。
『アウロ、ここは俺に任せろ! お前は早く敵の本隊へ!』
「了解。死ぬなよ、ジェラード!」
『縁起でもないことを言うな! あいにく、俺は二十代でおだぶつするつもりは――』
叫び返しかけたジェラードだが、その直後に遠方から光弾が雨あられと飛んでくる。
アウロは首を巡らせた。こちらに迫りつつあった敵の先鋒が、ガンランスの有効射程圏内に入ったらしい。
更に、反対方向からは一時離脱していた《エクリプス》が再接近しつつある。ロゼは振りかぶった螺旋槍を《ブリガディア》に叩きつけ、ジェラードはチェーンソーでそれに応戦した。
『邪魔だ、ジェラード! そこをどけ!』
『お前の相手は俺だよ! しかし、嘆かわしいね! 同期の中で一番好き勝手やってたお前が、お家の事情に囚われるとは!』
『今更そんな台詞……! 君がここにいる理由とて似たようなものだろう!』
『ああ、だからこそ同情するぜ。全く面倒な立場だよな、長男ってのは!』
眩い火花が散る中、ジェラードは声に笑みの色をにじませた。
友人二人が旧交を温めている間に、アウロは空域からの脱出をはかった。
が、丁度そこでディスプレイ内を黒い影がよぎる。翼を広げた竜のシルエットが四つ。《ワイバーン》の一個小隊だ。敵機はこちらの行く手を塞ぐかのように、槍の穂を一列に揃えていた。
『待て、「錆びかけ」め! ナーシア様の元へは行かせ……!』
「どけ」
アウロは問答無用とばかりにガンランスを振りかぶった。
途端、その穂先に刻まれた唐草模様が赤熱する。
ランスの根本から吹き出た炎は、瞬く間に鋭い切っ先を真紅の膜で包んだ。
揺らめく陽炎。大気を焦がす紅蓮。《ミネルヴァ》の保有する強化魔導兵装――対機甲灼熱溶断槍〝スピキュール〟だ。
『ほ、炎の槍!?』
『怯むな! ただのハッタリだ!』
小隊長機らしき《ワイバーン》は部下たちを叱咤すると、自らガンランスを乱射しながらチャージを仕掛けた。
あまりにも無謀な判断だ。攻撃自体も単調かつ直線的。つい先ほどまで《エクリプス》と渡り合っていたアウロには、腕を振り回して殴りかかってくる子供にしか見えなかった。
そして、愚行には必ず代償が求められる。
――ジッ!
アウロは〝スピキュール〟を一閃させ、敵隊長機を袈裟がけに引き裂いた。
装甲の溶ける感触。視界の端で散る火花。ヘルム越しに響く絶叫。
それらが刹那の内に五感を刺激する。
【馬鹿だな。大人しく逃げてれば死なずに済んだのに】
カムリの嘆息。アウロは燃える炎槍を振り抜いた。
一拍後、背後で真っ二つに両断された敵機が爆発四散する。
指揮官を失った残る三機の《ワイバーン》はたちまち錯乱状態に陥った。
泡を食った様子でガンランスを撃ってくるものの、その狙いは支離滅裂だ。練度も低いのか全く連携が取れていない。
『ブリーズ1! 応答を! 応答を!』
『隊長のシグナルがないぞ! 落ちたのか!?』
『相手は雑魚なんだろ!? 聞いてない! 聞いてないよ、こんなの!』
男たちの悲鳴が、魔力波による通信網を飛び交っている。
【なんか完璧にヒスってるね。こいつら、本当に騎士なの?】
【騎士といっても所詮は貴族のお坊ちゃんさ。気骨のある連中はナーシアの周りを固めているんだろう】
アウロは逃げ惑う敵機へと砲口を向けた。
トリガーを引く。発射される熱線。魔導弾の直撃を食らった《ワイバーン》はあっさり地面へと墜落していった。
同じ要領でアウロは残る敵機も撃墜した。まるでハエ叩きだ。相手が防御機動を取らないため、面白いように砲弾が突き刺さる。
【うーん、このゴミ屑ども。一体、なんのために出てきたんだろう】
【少なくとも、あの世へ片道旅行するためではない思うが】
【弱いなら引っ込んでればいいのに。この前、戦った連中の方がまだ歯ごたえがあったよ】
【彼らを『蒼い旋風』と一緒にするのは不憫というものだ。あれは一応、この国で最強の部隊だから……いや、『だった』からな】
アウロは脳内で言い直した。
チームワークに優れた部隊というのはこういう乱戦でこそ力を発揮するものだ。
加えて、凶悪な収束砲を持つ《ハイフライヤー》に暴れられたら、同盟軍の統制はズタズタにされていただろう。そう考えると、早い段階でヴェスターを始末できたのは僥倖だった。
(……さて)
アウロは無事、戦場から離脱したところで背後を振り返った。
青く澄んだ箱庭の中。ガンランスから発射された幾条もの光が、流星群のように空を飛び交っている。
現在、ルシウスたち同盟軍の本隊には二倍近い敵機が襲い掛かっているはずだ。おまけに敵の掃討部隊にはロゼの駆る《エクリプス》まで参加している。
あちらには《グリンガレット》、《ブリガディア》、《ブリリアント》と三機の骸装機がいるとはいえ、悠長に構えている暇はない。早急にナーシアを撃破し、敵の指揮系統を崩す必要がある。
『アウロ、無事なのか!?』
そこで別行動をとっていたアルカーシャがアウロの側に近付いてきた。
いや、厳密に言うとアウロが彼女たちに追いついたのだ。
見れば、《レギナ・ヴェスパ》を筆頭とする中隊は一人も落伍者を出していなかった。ジュトー率いる第四中隊も欠員はゼロだ。無事、敵の先鋒をやり過ごすことができたらしい。
「悪いな、アルカ。合流が遅れた」
『構わないよ。ただ、そっちこそ大丈夫なのか? 被弾してるみたいだけど』
「気にするな。シールドに爆弾を食らっただけだ」
『爆弾!?』
「収束砲が使えなくなったが他に問題はない。そちらはどうだ?」
『今のところ、ええと、ストレスで胃が痛くなって粗相した奴はいないみたいだよ』
なにかうまい言い回しをしようとして失敗した感がある。
『……姫様、無理に機竜乗りらしい言い方をする必要はありませんぞ』
「同感だな。がさつな台詞を口にする女はカムリ一人で十分だ」
【ちょっと主殿!?】
怒りと驚愕が半々になったような声が響く。カムリにしてみればとんだとばっちりだろう。
アウロは構わずペダルを踏み込んだ。アンロード加速した機体が、編隊の最後尾から先頭へと躍り出る。
敵本隊との距離は2.4マイルほど。
目視による確認のおかげで、徐々に航空大隊の全貌が見えつつあった。
敵機の総数はおよそ五十前後。大半は空戦型機竜で高度15000フィートの位置に点在している。
また、その5000フィートほど上空には八機の陸攻型機竜が浮いていた。他には、背中からヒラタケのような索敵用機器を生やした早期警戒機が三機。これら戦闘力の低い機種は大隊の後方に従者の如く控えている。
「十一時の方角に大隊規模の航空戦力を確認。距離2.4マイル。高度15000フィート。後方に陸攻機と早期警戒機もいるがあれは後回しでいい。まずは邪魔な戦闘機どもを片付けるぞ」
『アウロ、まだ《ラムレイ》の位置がはっきりしてないけど』
「心配しなくてもすぐ分かる」
アウロは言った。
刹那、敵編隊の合間から光がまたたく。
すぐさまアウロは手綱を捌いた。エルロンを利かせ、機体を横たえたまま降下旋回。
数瞬後、極太の熱線が頭上を貫いた。大気の焼けるバチバチという音と共に、発生したプラズマが眩い閃光を放つ。
『こ、これって……!』
「〝ファイアブレス〟3.6インチ重対機甲砲。《ラムレイ》の主兵装だ。奴め、やはり真っ先に俺を狙ってきたな」
アウロはフェイスガードに手を当てた。
熱風の余波によるものか、バイザーの視覚補正機能が一時的に麻痺していた。
おかげで視界がやや白く霞んでいる。掠めてすらいないというのに、全くふざけた火力だった。
『久しいな、アウロ。どうやら腕は錆びついていないらしい』
数秒後、敵機からの通信が入る。
爬虫類じみた冷たい声だ。アウロは胃がぎゅっと縮まるのを感じた。
「ずいぶんと手荒な挨拶だな、ドラク・ナーシア」
『おや? 優等生面をするのはやめたのか。ふふっ、いいぞ。貴様のようなドブネズミにはそういう野蛮の口調の方がずっと似合っている』
「勘違いするなよ。一応、これでも俺はお前のことを一人の機竜乗りとして評価していたんだ。……だが、ナーシア。今のお前は敬意を払うに値しない。愚かな王に忠誠を近い、モグホースの犬に成り下がるとは!」
『犬だと? ……ほざいたな、下郎!』
通信機の向こう側で殺気が膨れ上がる。
途端、敵の編隊はアブのように四方八方へと広がった。
アウロはその中の一点に、毒々しい紫色の機竜が浮かんでいるのを見た。
ドラク・ナーシアの駆る王族専用機、《ラムレイ》。機体の各所からは荊棘が生え、その乗り手は背中から黄金のマントを羽織っている。ステルス性などまるで考慮していない華麗奔放な機体だった。
『アウロ、敵が来る!』
「全機散開! いつ収束砲が飛んでくるか分からない。直線運動は可能な限り避けろ! 第三中隊各機は我に続け! ジュトー殿、背中は任せた!」
『了解!』
応答した友軍機は、バラバラに散らばりながら小隊を組み直す。
アウロはアルカーシャら十一機の機甲竜騎士を引き連れ、敵陣のまっただ中に突撃を仕掛けた。
本来は収束砲をぶっ放して突破口を切り開きたいところだ。しかし、できない。“プロミネンス”は既に破損してしまっている。後は立ちはだかる敵を一機一機、虱潰しに撃破するのみだ。
【吶喊するぞ! カムリ、推力全開!】
【らじゃ!】
《ミネルヴァ》は可変翼を畳むなり加速を開始した。
300ノットを超えるスピードによって、たちまち全身の筋肉が悲鳴を上げる。
アウロは味方と足並みを揃えることなどまるで考えず、単騎で空を駆け抜けた。
その後、敵編隊との相対距離が10000フィートを切ったところで、“スピキュール”を起動させる。竜の魔力によって形成された炎刃が、赤い鱗粉を散らしながら戦いの始まりを告げた。
「交戦――」
『開始ッ!』
交錯する怒号。
敵機の突撃に応じるかの如く、ナーシアは深紅の収束砲を轟かせた。




