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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
四章:双竜戦争(前編)
77/107

4-4

 国内最強の精鋭部隊――『蒼い旋風(ブルーボルテクス)』の壊滅という出来事は、ただでさえ土台の不安定な王国を激しく揺らがせた。

 息子を失ったモーディア・ガーランドはショックで寝込み、新王マルゴンは王冠を床に叩きつけ、あのモグホースでさえ口元から笑みを消した。


 その他、多くの者は嘆きの声を上げたが、中にはこの不祥事を喜ぶ者たちもいた。

 ログレス王国における機竜乗り(ドラグナー)はその全てが貴族だ。機甲竜騎士(ドラグーン)が一機落ちれば、その分だけ限られた椅子の数も減る。

 特に今回の一件では機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)団長のドラク・ナーシアが失態の責任を追求されていた。そうでなくとも、モグホースに反発的なナーシアは城内で孤立していたのだ。


 結果的に、ナーシアは政争に敗れた。

 賊軍の侵攻に備えるという名目で、制圧されたばかりのモンマスへと追いやられてしまったのだ。

 左遷、とまではいかないが体のいい厄介払いである。王都からナーシアの影響力は完全に排除され、王の周辺はモグホースの信奉者で固められた。


 もっとも、ナーシア自身はこの処分を歓迎していた。

 モンマスはガルバリオンの本拠地だった都市だ。街中には市場や河川港、庭園や劇場があり、娯楽には不自由しない。

 加えて、彼には信頼できる部下たちがいた。モンマスへ派遣されたナーシアには、機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の半数近くが付き従っていたのである。

 そのため、ナーシアの生活環境は以前とほとんど変わらなかった。モグホースの取り巻きと毎日顔を合わせる苦痛に比べたら、住み慣れた王都を離れることなどたいした問題ではなかったのだ。






「ソフィア、例の機体の調子はどうだ?」


 その日、ナーシアは街の西部に仮設されたハンガーへと足を運んでいた。


 木組みの柱梁と分厚い天幕とを組み合わせた格納庫は、風雨を凌ぐだけの頼りない代物だ。

 それでも、隣り合って建てられた三つのハンガー内には五十機近い機甲竜騎士(ドラグーン)と、同数の空戦型騎士甲冑(ナイトアーマー)が収容されていた。

 内部には新たな機体を開発するための大型工作機械こそ見当たらないものの、ごく簡単な整備用の機材や、魔導回路(マギオニクス)を調整するための錬金制御装置が運び込まれている。王都の『王立航空兵器工廠(アーセナル)』には劣るが、航空基地としては上等な部類だ。


 その、工廠の技師長であるソフィア・サミュエルはハンガーの入り口付近に佇んでいた。

 丁度、駐機場エプロンから戻ってきた機竜をフラッグで屋内に誘導していたのだ。

 格好は王都にいた頃と同じ、大量のポケットがついたねずみ色の制服である。下は膝丈までのスカートで、頭には防塵用のゴーグルをはめていた。


「あ、こんにちは、ナーシア様。アニスちゃんの様子を見にいらっしゃったんですか?」


 ソフィアはあどけない笑顔で挨拶すると、楕円形のゴーグルを額に押し上げた。


 その背後で、飛行装置(ライトフライヤー)を停止させた機竜が音を立てて緩衝用の盤木に降着した。

 一般的な機甲竜(アームドドラゴン)より一回りも大きい機体だ。そのウィングは、長方形の金属板を左右に連ねたような特異な形状をしている。

 側面から見たシルエットはまるで翼を広げたコウモリだった。黒一色のカラーリングと、機体後部から飛び出た二本のテールがそのイメージに拍車をかけている。


 闇竜の骸装機(カーケス)《ブラックアニス》。

 かつて斧の反乱の際、ダグラス・キャスパリーグが己の切り札として用いていた機竜だ。

 アウロとの激戦で大破したこの機体は、ラグネルの森から回収された後、工廠の技師たちによる修復作業を受け、以前と変わらぬ威容を取り戻していた。


「この機体、まだ以前の名で呼ばれているのか。逆賊が使っていた兵器だというのに」

「機竜に罪はありませんよ。そもそも、この機体には正式な名称が与えられてませんからね」

「ならば、新たに気の利いた機体名を付けてやるのも手だが――……エドガー、お前はどう思う」


 ナーシアは鞍上から降りたアーマーに尋ねかけた。

 機体と同じく全身が黒に塗られた専用機だ。その胸元が左右に開き、中からインナースーツを着込んだ中年の男が姿を現した。

 機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)副団長、エドガー・ファーガスである。石像(ゴーレム)のような風貌を持つ男は、滴り落ちる汗を拭うこともせず口を開いた。


「ナーシア様のお心のままに」

「私はお前の意見を聞いているんだ」

「では、このままでよろしいかと」

「そうか。よし、ソフィア。この機体の名は《ブラックアニス》だ。正式にな」


 ソフィアは漆黒の機竜を見上げた。「良かったですね、アニスちゃん」


 それから三人は点検作業を開始した《ブラックアニス》の元を離れ、ハンガーに併設されたソフィア専用の工房へと場所を移した。

 この部屋にはソフィアの趣味で小さな丸テーブルとスツール、ティーセットが置かれていた。そのため、半ば応接室のような扱いを受けている。

 ナーシアはいち早く椅子に腰を降ろし、エドガーはその背後に執事の如く控えた。一応、ソフィアは歓待する側として着席を勧めるのだが、男は首を振ってそれを拒んだ。ここまでがいつものやり取りだ。


「で、どうなんだ試験飛行の結果は?」

「悪くはありません。改修前に比べると尖った部分がなくなってしまいましたが、全体的な性能は底上げされています。最大速度は360ノット。ご注文通り、《ラムレイ》と同じエンジン推力に調整しました」


 言いながら、ソフィアは魔導式ポットのスイッチを押した。

 水を入れておけば数分でお湯が沸くという便利な魔導具だ。本来は燃料として魔光石が必要だが、魔術師の家に生まれたソフィアはこれを自分の魔力だけで動かすことができた。


「武装はアーマーの腕甲に内蔵されていた、〝ダークタロンズ・トリアイナ〟と呼ばれる魔導兵装をそのまま機甲竜騎士(ドラグーン)用の武器に転用しています。つまり、右ガントレットに十字槍〝トリアイナ〟、左に0.3インチ航空機関砲を組み込んだ大型シールドを装備する形です。アーマーはダグラス・キャスパリーグの専用機、《スパンデュール》を改良してそのまま使用しています。ぶっちゃけ、あの機体。《センチュリオン》よりも桁違いに性能がいいんですよねー」


 ソフィアは弾むような口調で説明を続けた。

 が、あいにくナーシアは無反応だ。エドガーは言うまでもない。

 ソフィアはちょっと眉を寄せると、湯気を噴かし始めたポットに紅茶の葉を注ぎ入れながら尋ねた。


「そういえば、あのアニスちゃん。元々はナーシア様が工廠に注文したものなんですよね。ご自身で操縦するおつもりだったんですか?」

「まさか」


 ナーシアは口の端を不機嫌そうに歪め、


「あれは元々、私の護衛とするつもりで作らせたんだ。《ラムレイ》は優れた機体だが、攻撃面に特化しすぎているきらいがある。かといって、《ワイバーン》あたりを護衛に任命すると骸装機(カーケス)の機動力についてこれん」

「そういえばそうですね。でもナーシア様、今まではごく普通に他の方々とフォーメーションを組んでませんでした?」

「仕方あるまい。結局、あの機体は賊の手に渡ってしまったからな。私はしぶしぶノロマどもと足並みを揃えざるを得なかったのだ。が、そろそろ無駄な旋回や昇降を繰り返すのにも飽きてきた」

「なーるほど。では、アニスちゃんのパイロットはエドガーさんのおつもりで?」

「でなければ、わざわざテストパイロットに抜擢せんよ。後は本人の意志次第だが……どうだ?」


 ちらっと視線を寄越すナーシアの背後で、エドガーは胸に手を当てた。


「光栄です、ナーシア様」

「あまり光栄そうな顔じゃないな。もうちょっと喜べ」

「素晴らしく光栄です、ナーシア様」

「……エドガーさんって、なんていうか不器用ですね」


 ソフィアの率直な感想にもエドガーは表情筋一つ動かさなかった。

 唇を一文字に結んだまま、直立不動の姿勢を貫いている。ソフィアとエドガーの付き合いはそれなりに長いが、彼女はこの男が泣いたり笑ったりするところを一度も見たことがなかった。


「ま、いい。とにかく今この瞬間から《ブラックアニス》の専属パイロットはエドガー、貴様だ。明日からは編隊飛行の訓練をするからそのつもりでいろ」

「了解です」

「おめでとうございます、エドガーさん。これで名実共にエースパイロットの仲間入りですね。気の利いたお祝いの品を用意できないのが残念ですが……あ、紅茶に蜂蜜は入れる派でしたっけ?」

「頼む」

「量はどのくらい?」

「たっぷりと」


 エドガーはしかめっ面のまま言った。


 ソフィアは注文通り蜂蜜をたっぷり入れたティーカップの他に、ほどよい甘さに調整した紅茶を二つ用意した。 

 そこでようやく、彼女は丸椅子に腰を下ろすことができた。向かいで紅茶をすすったナーシアが、ふいに酷薄な笑みを浮かべる。


「しかし、ソフィア。貴様も難儀だな。王立航空兵器工廠(アーセナル)を離れることになった上、かつての友人と敵対する道を選ぶとは」

「ええ、そうですね。それは、その……」


 ソフィアはなにか気の利いた返事をしようとしたものの、結局何も思いつかず、誤魔化すように金属製のスティックでカップの中をかき混ぜた。


 ソフィア・サミュエルは【魔導伯(ソーサラー)】デュバンの妹であり、ドラク・ナーシアの部下であり、アウロ・ギネヴィウスの友人でもあった。

 だから王国と同盟の間で戦争が始まった時、彼女は三つの選択肢の内どれか一つを選ぶことができたのだ。


 つまり、兄の元でモグホースの傀儡となるか。

 王都を追放されたナーシアに与して、モンマスで技師として働くか。

 もしくはアウロを頼って同盟派に転向し、腐敗した王国を徹底的に叩きのめすか、その内のどれかである。


 結局、ソフィアは第二の選択肢を選んだ。

 兄に反発する度胸だけはあったものの、長年身を置いてきた王国を裏切ることだけはどうしてもできなかったのだ。

 ソフィアは蜂蜜入りの紅茶にちびちび口をつけた。しかし、口の中に広がる甘い風味も彼女の心を癒してはくれなかった。


「どのみち、私は先行量産型《フューリー》を開発した責任を追求されてましたからね。あのまま工廠にはいられませんでした」

「ボルテクス中隊と一緒に撃墜された新型機か。そういえば、生産ラインが停止されたそうだが」

「仕方ありません。ヴェスターさんたちが消息を絶った原因は、試験飛行中の事故ってことになってますし」

「王城の阿呆どもの中には本気でそう思っている連中も多い。お前も運が悪かったな」

「でも、新型機の開発を進めなくていいんでしょうか。現行の《ワイバーン》で同盟と戦うことになっても――」

「ソフィア、『同盟』の呼称は禁じられている。奴らはただの賊軍だ」

「あ、す、すみません」


 すぐさま頭を下げるソフィア。

 ナーシアは気にした様子もなくティーカップを持ち上げ、


「一応、王立航空兵器工廠(アーセナル)では新しい兵器の開発が進んでいるらしい。開発計画の名称が確か……」

「『アーヴァンク計画』ですね」

「知っているのか?」


 身を乗り出すナーシアの前で、ソフィアは「いえ」と首を横に振った。


「ただ、計画の責任者はデュバン・サミュエル……私の兄なんです。だから、名前だけは小耳に挟んだことがあります」

「アーヴァンクというのはなんなんだ?」

「湖に棲むという魔獣の名前です。大昔、アルトリウス王の騎士によって討たれたと言われています」

「ということは呼称自体にさほどの意味はなさそうだな。しかし、【魔導伯(ソーサラー)】デュバンか。あの男に魔導兵器の開発ができたとは驚きだ」

「兄は――というより、サミュエル家の人間は戦闘用の魔術よりむしろ、魔導具製造と錬金術の方が本分なんですよ。宮廷魔術師っていうと、予言や占いばっかりしてるようなイメージがありますけど」

「意外だな。それはあの男の体質と関係があるのか?」

「え? あー、そ、それは……」


 ソフィアはもごもごと口ごもった。


 デュバン・サミュエルが不能という噂は、王城内でもよく知られていた。

 子作りというのは貴族の義務である。にも関わらず、伯爵家の当主が結婚はおろか愛妾すら囲っていないのだ。

 その上、サミュエル家の直系はデュバンとソフィアの兄妹だけだった。本来なら予備はいくらあっても困らないはずなのだ。


「折角だから今のうちに聞いておこう。お前の兄、デュバンは何故モグホースに忠誠を誓っているんだ? サミュエル家といえば古くから続く魔導の大家だろう。商人風情に頭を下げる理由はなかろうに」

「いえ、モグホース様は――」

「ソフィア、私の前であの豚を様付けして呼ぶような真似はするな」

「わ、分かりました」


 ぴしゃりと言われ、ソフィアは肩をすぼめる。

 ナーシアはなんとなく不愉快な気分になって、椅子の上で足を組み直した。


「水を差して悪かったな。話を続ける気はあるか?」

「……すみませんが、兄の体の秘密についてはこれ以上お話できません。サミュエル家の根幹に関わる問題なんです」

「なるほど、デュバンの秘密が家そのものの破滅に繋がっているのだな」

「はい」

「そして、その内容をモグホースは知っていると」

「……はい」


 顔を俯かせるソフィアの前で、ナーシアは蜂蜜入りの紅茶を優雅に傾けた。


「まぁ、いいさ。所詮はただの興味本位だ。今のところ、私はお前の兄と敵対するつもりはない。デュバンや黒近衛のベルンは、王城仕えの貴族の中ではまだまともな部類だからな」

「王城……ですか。そういえば、カムロートの司教様が王の相談役に就任したって聞きましたけど」

「カシルドラのことか。あれは古くからモグホースと腐った関係を続けている生臭坊主だよ。奴や西部諸侯のまとめ役をしているドルムナット、斧の反乱での罪を許されたパルハノンあたりは無能が服を着て歩いているような連中だ。いや、無能という言葉でさえ奴らにとっては褒め言葉に値するだろう」

「辛辣ですね」


 ソフィアは力なく微笑んだ。


 丁度そこで、工房の隣からざわめくような声が聞こえ始めた。

 どうやら、また空に上がっていた機体がハンガー内に帰還してきたらしい。

 ソフィアはちらっと意識を外に向けた。お気に入りの商品が届いたかのような反応だ。スツールの下の両足がぱたぱた前後している。


「でも、王国側にもまだまだ気骨のある方々がたくさんいます。ナーシア様はもちろん、エドガーさんを始めとした竜騎士団の皆さん。それに最近はロゼさんも活躍していらっしゃいますし」

「あの小僧か。数奇なものだな。カラム・ブラッドレイの弟が私の傘下に加わり、しかも兄と同じ機竜を駆ることになろうとは」


 ナーシアは首を傾け、入り口の隙間から覗く緑甲の機竜を盗み見た。


 かつてアクスフォード家が運用していた風竜の骸装機(カーケス)《エクリプス》は、《ブラックアニス》と同じく王国側の手により回収され、修復作業を受けた後で戦線に復帰していた。

 肝心のパイロットを誰が務めるかという問題はかなり紛糾したものの、最終的には候補者全員をそれぞれ《エクリプス》に乗せ、試験飛行の成績が一番良い者にこの王国最速の機竜が与えられることとなった。


 ナーシアは《エクリプス》を竜騎士団の内、もっとも優れた腕を持つ部下に与えるつもりだったのだ。

 外部の参加者を断らなかったのは、日夜訓練漬けの騎士団員が、ぽっと出の外野に負けるとは思っていなかっただけに過ぎない。


 が、ナーシアの期待は裏切られた。

 ロゼ・ブラッドレイは機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の団員を圧倒し、自らの腕で《エクリプス》の手綱を勝ち取ったのだ。

 その後、幾つか手続きに関する問題が起きたものの、結局はロゼが戦争期間中、一時的に竜騎士団へ加わることで解決した。戦争が終わった後、この骸装機(カーケス)の処遇がどうなるかは今のところ決まっていない。


「失礼。ナーシア殿下がこちらにいらっしゃると聞いたのですが」


 そこで当のロゼ本人がソフィアの工房へと顔を見せる。


 ロゼ・ブラッドレイは柳のように高い背と、しなやかな手足を持つ青年だった。

 身を包むのは黒いインナースーツ。茶色がかった金髪からはぽつぽつ汗が滴り落ちている。

 顔立ち自体は舞台俳優のように整っているものの、その目は心理的なストレスによってやや落ちくぼんでいた。眼窩の奥にうずくまった青い瞳だけが、妙にぎらぎらした光をたぎらせている。


「おはよう、ブラッドレイ」


 ナーシアは口元をゆがめた。笑みとも嘲りともつかない表情だ。


「調子はどうかな? 今日は《エクリプス》の試験飛行と聞いたが」

「悪いですよ。なにしろ、あれは暴れ馬なのでね。ほんの三十分、空を飛んでいるだけですっかり内臓が参ってしまうんです」


 ロゼは木綿のタオルで汗を拭いつつ、苦笑を浮かべた。

 人を食ったような態度だ。が、その顔には事実深刻な疲労の色が滲んでいる。

 ソフィアは「どうぞ座ってください」と席を勧めた。立場的にはナーシアの方が上位だが、ここは彼女の工房。客をもてなすのは主人の役割である。


「ロゼさん、紅茶はいかがですか?」

「ありがたいね。丁度、脱水症状で倒れそうなところなんだ」

「無茶な空戦機動(マニューバ)ばっかりするからですよ。あ、蜂蜜はどうします?」

「死ぬほどたくさん」

了解ラジャー


 ソフィアは立ち上がると、すぐに紅茶の準備を始めた。

 代わりにロゼが空いた席へと座り――ナーシアはそこでようやく気付いた。

 青年の着ているスーツはエドガーのそれとはやや形状が違う。胸に取り付けられたアタッチメント部分が分厚く、関節部を覆うプロテクターも妙に野暮ったいデザインなのだ。


「貴様その服、まさか旧式のスーツか?」

「ええと……はい、そうです」

「解せんな。何故、わざわざそんな格好で空に出た」

「ばかなんですよ、この人」


 そこで底の深いマグカップを持ったソフィアが、丸テーブルへと戻ってくる。

 少女は深々ため息をこぼすと、湯気立つ紅茶をロゼの前に置いた。


「ほら、よくあるじゃないですか。修行中の人が体に重りをつけてトレーニングするの。あれと同じらしいです。減圧効果の低いスーツの方が体の中身を鍛えるにはいい……って」

「すると、お前はわざわざ旧式のスーツを着て内臓を痛めつけているのか?」

「はい。普通のやり方ではアウロに勝てませんから」


 ロゼは蜂蜜入りの紅茶を実にうまそうに飲み干した。


「うーん、フライト後の一杯はたまらないね。ソフィア、おかわりをもらっても?」

「いいですよ。エドガーさんはどうします?」

「頼む」


 重々しい声と共に、花柄のティーカップを差し出すエドガー。

 ソフィアは空のカップ二つを手に、再び工房の奥へと引っ込んだ。その間に、ナーシアは再びロゼへと尋ねかける。


「ブラッドレイ、お前はアウロやルシウスと同期だったはずだな。あの二人とは知り合いだったのか?」

「ええ、彼らとは仲の良い友人でした。ブランドル家のジェラードを交えて、よく編隊飛行の訓練をしたものです」

「なるほど。つまり、仲良し四人組の中で貴様だけが王国に付いたという訳か」

「おや、殿下は自分の忠誠心をお疑いに?」


 ロゼは不敵に相好を崩してみせた。しかし、その目は全く笑っていない。


「自分がアウロたちと友誼を結んでいたのは確かです。ただ、物事には優先順位というものがあります。自分にとっては彼らとの友情より、タウィンの地に住まう民を守る方が大切なのです」

「実に貴族らしい心がけだ。が、お前の兄カラムのような例外もある」

「……兄やブレア殿は高望みをし過ぎたのでしょう。一人の人間が守れるのは所詮、己の手の届く範囲だけだ。なのに彼らはこの国全体を浄化しようとした。結果、失敗してむしろ崩壊の速度を速めることになった」

「カラムを殺したのは私だよ。恨んでいるか?」

「まさか。あの愚か者は死んで当然でした」


 余裕の態度から一転、ロゼは苛立たしそうに吐き捨てた。


 長男カラムが死亡したことで、次男よびであるロゼには跡継ぎとしての役割が求められた。

 特にアクスフォード家による『斧の反乱』以降、父ドナルは体調を崩し、ベッドから起きられない日々が続いている。そのため、現在は嫡男となったロゼが当主の務めを代行していた。

 もっとも、領内のまつりごとに関しては家人たちに投げっぱなしだ。ロゼが果たすべき役目は前線に出ることであり、機竜を駆って戦うことであり、敵の機甲竜騎士(ドラグーン)を討ち滅ぼすことだった。


「どのみち、自分は先日の小競り合いで賊軍の機竜を撃墜してしまっています。今更、宗旨変えすることはできません」

「だろうな。しかし、私はまだ貴様を完全に信用した訳ではない」

「信用は己の槍で勝ち取れと、そうおっしゃるのですね」

「その通りだ」


 ナーシアは満足そうに頷いた。


 ロゼは貴族の割にひょうげたような部分があり、伊達や酔狂を好むナーシアとは気が合った。

 また、ソフィアとの仲も悪くない。これはお互いの間にアウロという共通の友人がいるためだ。


「お二人とも、なんだか楽しそうですね」


 そこで再び、ソフィアがナーシアたちの元へ戻ってくる。


 彼女はテーブルの上に紅茶の入ったカップを置くと、新しく自分用の椅子を用意し、「よっこいしょ」と言って向かい合うナーシアとロゼの間に腰を降ろした。エドガー一人が相変わらず突っ立ったままだ。


「でも、少し意外でした。アウロさんやルシウス殿下がどうめ――反乱軍側に回ってしまうなんて」

「ルシウスはともかく、アウロの奴は別に意外でもない。あれは元々ガルバリオンの弟子だったし、モグホースのことも毛嫌いしていた。ルシウスは……恐らく、アウロにそそのかされでもしたのだろう」


 ナーシアは突き放すように言って、冷めた紅茶の入ったティーカップを傾けた。

 一方、その向かいに座るロゼも口元に手を当て、


「ナーシア殿下はアウロのことをよくご存知なのですか? 彼は斧の反乱の際、ルシウス殿下と共に竜騎士団に加わっていたと聞きましたが」

「あれが一時期、私の部下だったのは確かだ。とはいえ、さほど言葉を交わした記憶はないな。奴は私を避けていたようだし」

「それは……なんというか。アウロさん、殿下のことが苦手みたいですから」

「正当な王族と私生児の仲なんてそんなものだろう。ルシウスが分を弁えていないだけだ」

「まぁ、あの二人も決闘沙汰を起こすまではギスギスした関係でしたけどね」


 ロゼは懐かしむように指の間から笑みをこぼした。


「今でも取っつきやすい性格とは言えませんが、昔のアウロには妙に警戒心の強い部分があったんですよ。おかげで、ルシウス殿下やその取り巻きとつまらない諍いを起こすことも多かったんです」

「へぇ、私のイメージとはずいぶん違いますね。養成所でのアウロさんはどんな感じだったんですか?」

「そうだなぁ。実のところ、俺たちはあまりまじめな生徒じゃなくってね。昔はよく一緒に開発科のハンガーに入り浸ってたんだ。実験機のテストフライトに協力するって名目でね」

「全く、皮肉としか言いようがないな。養成所では問題児だった二人が、いざ実戦となれば抜群の戦果を叩き出しているのだから」

「でも、俺の記憶が確かならアウロの成績は養成所でもダントツだったはずですよ。特に実戦形式の訓練となると、誰も彼に勝てなかった」


 どことなく自慢気に聞こえるロゼの言葉を、しかし、ナーシアは「いや」と否定した。


「私は立場上、上級訓練生の成績は全て把握しているがな。白兵戦の評価を含めた総合成績ならルシウスの方が上だし、僚機との連携力はブランドル家のジェラードが最も高い。座学と耐G能力、編隊同士による大規模実戦訓練の成績はアウロがトップだが、単独での戦闘訓練は……ブラッドレイ、貴様が一番だよ」

「俺が? ああ、いえ、自分がですか?」


 ロゼは危うく素の状態で返事をしかけてしまった。


「嘘を言っている訳ではないぞ。貴様は生粋のスタンドプレイヤーだ。味方と協調することはできんが、個人としての技量はずば抜けて高い」

「別段、褒められるようなことではないと思いますがね」

「私は自らの見解を述べているのだ。この国の養成所ではとかく僚機とのチームプレイを重視する。故に、ひな鳥どもの個性はわだちに埋まった砂利の如くひき潰されてしまう。アウロもどちらかと言えば個人技に秀でているタイプだが、お前ほど突き抜けている訳ではない」

「じゃあ、アウロさんとロゼさんが一騎討ちした場合、ロゼさんの方が有利ってことですか?」


 ソフィアの質問に、ナーシアは「それはどうかな」と楽しそうに言った。


「訓練生だった時でさえ、お前たち二人の対戦成績は十二勝十二敗で五分だ。加えて実戦ではメンタル面の強さも求められる。その点、アウロの精神力はずば抜けて高い。あの男は命という名のチップを賭けることに躊躇せんのだ。――ブラッドレイ、お前にそれができるか?」

「博打は好きですよ。よくジェラードと一緒に賭博場へ行ったものです」

「結構。勝率に関しては聞かないでおこう。重要なのは賊軍との決戦で貴様がアウロを倒せるかどうかだ」

「自分が? もしや、ナーシア殿下。俺をアウロにぶつけるつもりですか?」

「……そうだな」


 ナーシアは青年の質問にすぐには答えず、しばし自らの内側に意識を向けていた。

 が、やがて気を取り直したように口を開き、


「いずれ正式に発表される予定だが、我々は全軍の保有する機甲竜騎士(ドラグーン)で、賊軍の航空戦力を殲滅する計画を立てている」

「全軍で……?」

「もちろん、王都を防衛するための戦力は残すさ。動員するのは機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の機竜七十二機と、諸侯の抱える機竜三十六機。これに早期警戒機(エクスプローラー)四機と陸攻型機竜(ストライカー)八機を加えた大編隊で、ブリストルに一大攻勢を仕掛けるのだ」

「なるほど。文字通りの決戦ですね」


 愉快そうに口の端をつり上げるロゼの隣で、ソフィアは全身を緊張させた。

 この話は彼女にとっても初耳だ。困惑の眼差しがナーシアへと向けられた。


「いきなり決戦ですか? まだ戦争は始まったばかりじゃないですか」

「時期は関係なかろう。我々としてもこの内戦を長引かせたくはない。戦争を早期終結させるためには、全力で奴らを叩き潰してしまうのが正解だ」

「道理ですね。しかし戦いに敗れた場合、王国側が逆に追い詰められる危険性もあります。これでは有り金全部をベットするようなものですよ」

「戦争は所詮、博打の連続だよ。問題はいかにして、自分たちに有利な賭けの場に相手を引きずり出すかということだ。……ブラッドレイ、我々が賊軍に対し明確に勝っている点はなんだ?」


 ロゼは答えた。「数ですね」


「けれど、彼らも数字上の不利は重々承知しているはずです。決戦に応じず、各個撃破を試みてくる可能性も考えられます」

「その時はその時だ。もし連中が臆病風に吹かれて逃げ出せば、ブリストル一帯は焦土に変わるだろう」

「どちらにせよ、戦の大勢は決まるということですか」

「そうだ」


 ナーシアは組んでいた腕を解くと、乾いた喉を潤すように残った紅茶を飲み干した。

 途端、甘ったるい風味が喉の奥に絡みつく。長話が続いたため、カップの底に蜂蜜が沈殿していたのだ。


「……既にルシウスの元には、決戦の日取りをしたためた挑戦状を送った。奴らはこれを受けざるを得んだろう。互いに持ちうる全ての戦力を、盤上の駒に変えてぶつけ合う。王国開闢以来の一大航空決戦だ」

「心が踊りますね。そのパーティーの開催日はいつなんです?」

「一ヶ月後を予定している。貴様はそれまでに乗機の手綱を引き締めておけ」

「《エクリプス》の初陣がそのような大舞台とは。しかし、こちらの思惑通りに事が進むかは微妙なところですね。恐らく、アウロは真っ先にナーシア殿下を狙いに行きますよ。いや、彼なら必ずそうするはずだ」


 ロゼは真顔で断言した。


 いかにも若者らしい、怖いもの知らずの態度である。

 とはいえ、ロゼの見解にはナーシアも同意するところだった。

 アウロは例え、己の命を危険に晒してでも勝ちを得ようとするタイプだ。ただ、それは自己犠牲の精神によるものではないし、自暴自棄に陥った玉砕主義者とも異なる。


 アウロ・ギネヴィウスは己に対する評価が著しく低いのだ。

 だから命を賭けることを躊躇わない。自分の命を賭けなくては、敵に勝てないと思っているフシさえある。

 冷徹で打算的な清廉の士。敵に回せばこれほど厄介な存在もないだろう。


 ――しかし、だからこそ血肉が沸き立つ。


 ナーシアも男だ。

 強敵と戦い、これを討ち果たしたいという欲望は確かに存在する。

 互いに因縁のある相手ともなれば尚更だ。征服欲を伴う闘争本能は、こらえ難い衝動となって彼の全身を支配していた。


「もしアウロが私に挑んでくるというのなら、むしろ望むところだ」


 ナーシアは獰猛な笑みと共に告げた。


「その時は私の《ラムレイ》が直々に、奴を消し炭へと変えてやる」

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