4-1
新王ドラク・マルゴン、南部諸侯同盟に宣戦布告す。
その報は電光石火の速度でカンブリアの地を駆け巡った。
ただし、当事者である諸侯の側に驚きはなかった。むしろ、「とうとう来たか」と思った者が大半だっただろう。
元々、モンマス公ガルバリオンが討たれてからというものの、両陣営の間では争いの火種がくすぶり続けていた。それが『蒼い旋風』の壊滅という出来事によって、一気に燃え広がっただけに過ぎない。
ただ、この時点ではまだ内戦が起きると決まった訳ではなかった。
王家は宣戦布告と同時に、諸侯同盟に向けて降伏勧告を行っていたのだ。
頭を下げ、許しを請うのであれば命だけは助けてやると。そう遠回しに告げたのである。
が、同盟側はやって来た使者の尻を蹴り飛ばしてこれを拒否した。
更に先のモンマス侵攻を槍玉に挙げ、王家の蛮行を激しく非難。
ガルバリオンの遺児であるアルカーシャの存在を前面に打ち立て、国内の貴族たちに革命への協力を求めた。
――こうなると王国側も黙ってはいられない。
公王マルゴンはただちに然るべき策を打った。
まず同盟盟主ドラク・ルシウスと、その補佐であるアルカーシャを国賊と弾劾。
続いて諸侯へ令状を発布し、各地から兵を召集。都市では傭兵をかき集め、機甲竜騎士団団長ドラク・ナーシアを総大将とする討伐軍を編成した。
もはや両軍を押し留めていた堤防は完全に決壊した。
その奥から溢れ出たのは全てを飲み込み、破壊し、平らげるまで止まることのない土石流だ。
こうして、
新王ドラク・マルゴンを掲げるログレス王国。
盟主ドラク・ルシウスを掲げる南部諸侯同盟。
二つの勢力による戦争が勃発した。
兄弟同士が互いに剣を向け、
同胞同士が血で血を洗い、
国家とそこに住む人々が真っ二つに分かれて殺し合う戦乱――
『双竜戦争』の幕開けである。
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
王国による宣戦布告から一ヶ月が経過した。
国内最強と名高かったボルテクス中隊を失い、半ば八つ当たりじみた形で戦端を開いたマルゴンだが、それに伴って行われた軍事行動は、布告状に書かれた罵詈雑言ほど強烈ではなかった。
少なくとも、現段階では各地で機甲竜騎士同士の小競り合いが起きているだけだ。陸では斥候部隊がちらほら発見されたくらいで、王都カムロートから大軍が出立したという情報もない。
同盟側にとっては完全な肩すかしであった。開戦直後に叩きつけられた降伏勧告に対し、失笑を漏らす者までいたほどだ。
もっとも、王国側がすぐ動けないのには理由があった。
一つは物理的な要因である。
王国軍とはすなわち諸侯の連合軍だ。
しかし、新王派の貴族たちは先のモンマス攻めによる財貨と兵糧の枯渇によって、すぐに動ける状態ではなかった。
更に空軍も王国最精鋭の部隊が全滅したため、迂闊な行動を取れなくなっていた。機甲竜騎士は貴重で高価な戦力だ。もしまた中隊規模の機竜を失おうものなら目も当てられない。
そして、二つ目は地理的な要因である。
王都カムロートから同盟の本拠地ブリストルの間には、幾つかの障害があった。
ブリストル海峡に注ぐ大河セヴァーン川。数多の魔獣が跋扈するデーナの森。そして、【盾の侯爵】カーシェン・ランドルフの支配する地グロスター。
特にランドルフ家の有する軍隊は、王家にとって軽視できない存在だった。中立を宣言しているとはいえ、当主のカーシェンはガルバリオンやリカルドの戦友であり、いつ王国に剣を向けてもおかしくない。
最後の一つは――ある意味、精神的な要因だ。
当初、王国側には数多くの貴族が味方しており、同盟派の諸侯を圧倒していた。
が、公王マルゴンが宣戦布告した直後から、なにかと理由を付けて中立に走る者が増えていたのだ。
これは忠誠心の問題だった。ろくに戦場に出ておらず、王座に着いてから日も浅いマルゴンは、諸侯の支持を得ていなかったのである。
更にアルカーシャが同盟に参加したことで、ガルバリオンに恩顧のあった領主の多くが中立に――そして、少数が同盟派に回った。
モンマス攻めの際、彼女を取り逃がしてしまった不始末が、ここに来て自分たちの首を絞め始めたのだ。
結局のところ、マルゴンには誤算があった。
アルカーシャの生存と『蒼い旋風』の喪失。
この両方にアウロが――かつて、彼が私生児と蔑んでいた男が関わっていたのは皮肉としか言いようがなかった。
「ふふん、新王に与する貴族どもは腰抜けばかりよ。大声で開戦を宣言をしておきながら、まるで軍を動かす気配がないではないか!」
そう呵々大笑したのは、齢四十五に至ってなお筋骨逞しい体躯の男――
【剣の侯爵】リカルド・ブランドルだ。
開戦から一ヶ月。もう幾度となく繰り返されてきた諸侯会議の場である。
場所はいつも通り、ブリストルの領主邸に設えられた円卓会議場だ。
諸侯の間で動きがあったとはいえ、同盟の中核メンバーは変わらない。卓を囲む面子も半ば固定化されつつある。
同盟盟主であるデヴナイント伯ドラク・ルシウスを筆頭に、
その左隣には、ブランドル家の御曹司ジェラード・ブランドル。
更に、ブランドル派の伯爵ヴェンモーズとバルロックが時計回りに並んで座り、
当主のリカルド・ブランドル、その右腕ルーカス・ゼルドリウスと続いている。
ブランドル一派の向かいには、ガーランド家に縁のある面々が肩を並べていた。
【赤槍】ジュトー・アプ・マシスと【青槍】オリヴァン・パーシアス。
そして、ガルバリオンの遺児であり、今は盟主補佐の役割をこなすアルカーシャだ。彼女は一ヶ月前からこの諸侯会議に参加し始めていた。
「けど、リカルド。今は空からも敵が来ているんだろう? ブリストル海峡じゃ、もう何度も小競り合いが起きてるって話だけど」
アルカーシャはざっくばらんな口調で言った。
盟主補佐の座に就いて以降、アルカーシャは一貫して女性らしいワンピースドレスではなく、絹で織られたチュニックの上から、茶色い革の胸当てとベルトを身につけていた。
肩から羽織った紅色のマントには、槍を咥えた獅子の意匠――彼女の父、ガルバリオンが用いていた紋章が描かれている。それは父の遺志を継ぐという覚悟の表れでもあった。
「我が所領に近づく不届き者は全て成敗しました。といっても、あの臆病者どもはいつも戦うことなく逃げ出してしまうのですが」
陰のある声で説明したのは、リカルドの左手に座るルーカスだ。
次いで、ルシウスがなにか考え込むかのように両腕を組んだ。
「やっぱり、本格的に攻めてくるのは当分先か。あ、でも、アウロのところにはまた竜騎士団の部隊が送られてきたんだっけ?」
「ああ、恐らく偵察を試みるつもりだったのだろう。小隊を組んだ機甲竜騎士がヘイルの直上まで来たが、全機撃墜した。いや、厳密には一機だけ情報を得るために生け捕りにしたが」
「い、生け捕り? どうやってさ」
「腕甲を切り落とし、ウィングを破壊して機動力を奪った後、魔導砲を突きつけたんだよ。慣れれば簡単だ」
「いや、そもそも一対四で勝つこと自体が難しいと思うけど……」
ルシウスは複雑そうな顔のまま押し黙ってしまった。
ケルノウン半島に再び敵の航空部隊がやって来たのは、つい一週間前のことだ。
その目的は港町ヘイルの偵察・調査である。どうもボルテクス中隊を撃滅されたことで危機感を抱いた王国上層部は、機甲竜騎士団に二度目の作戦行動を命じたらしい。
とはいえ、それはギャンブルに負けた人間がもう一度、しかも今度は少額の賭け金で損失分を取り返そうとするようなものだった。
当然、そんな分の悪い博打が上手くいくはずもなく、偵察部隊は《ミネルヴァ》を駆るアウロの手によって全滅した。以降、ケルノウン半島の上空は一度も脅かされていない。
「素晴らしい! 流石、『蒼い旋風』を粉砕したアウロ殿だ。いや、貴殿にとってはわざわざ褒められるようなことでもないか。王国の精鋭部隊に比べれば、並みの機甲竜騎士など物の数ではなかろう!」
と破顔したのは赤ら顔の巨漢である。
鍛え上げられた体は縦にも横にも恰幅もあり、まるでドワーフ族の戦士を彷彿とさせる。口元を覆う赤茶けた髭もそのイメージに拍車をかけている。
男の名はジュトー・アプ・マシス。
【赤槍】の異名で知られるガーランド家の騎士だ。
元々、アルカーシャ寄りの人間とあってアウロにも好意的だった人物だが、ここ最近はすっかり打ち解けた様子を見せていた。
理由は単純だった。この主の教えを受けたという青年が姫の命を救い、更には竜騎士団のエースであるヴェスターをその配下ともども撃滅したためだ。
ヴェスター・ガーランドは彼にとっても憎き仇の一人だったし、なにより腕の良い機竜乗りというのはそれだけで尊敬の対象になる。
「素晴らしい戦果ですね、ケルノウン伯。敵を撃墜するだけではなく、パイロットごと鹵獲するとは。並みの機竜乗りには真似できますまい」
次いで、ジュトーの隣に座った骨と皮ばかりの老人が口の端をひくつかせた。
こちらは【青槍】オリヴァン・パーシアス。ジュトーと共に双槍と称されるガーランド派の伯爵である。
「ただ、これで王国の愚か者どもも理解したことでしょう。ケルノウン半島には猪が住んでいるのだと。それも賢く、獰猛で、鋭い牙を持った猪が」
「それは過分な褒め言葉ですね、オリヴァン殿」
アウロは老人の称賛をさらりと受け流した。
一本気で分かりやすい性格のジュトーとは違い、この老人の発言には裏があるように思えてならない。
貴族とは嫌な生き物だな、とアウロは思った。腹芸ばかり繰り返しているせいで、他人の言葉を額面通り受け取れないのだ。
おまけに味方同士であるにも関わらず、戦功を上げた人間の足を引っ張ろうとする馬鹿まで現れる始末だ。
「猪ですか。その表現は妥当ですな。武勇に長けたケルノウン伯にふさわしい称号だ」
そう粘ついた声で呟いたのは、オリヴァンの向かいに座る中年男だ。
ブランドル派の伯爵ヴェンモーズ。太り気味の体型と脂ぎった顔が特徴の、ある意味貴族らしい貴族である。
「しかし、多少は周りを見たほうがよろしいのでは? ボルテクス中隊を撃破した功績は評価されるべきだが、結果的には王国側の怒りを買ってしまった。彼我の戦力差を考えれば、現段階で彼らを刺激するのは得策とは言えませんぞ」
「おやおや、これは手厳しい。しかし、バルロック殿。お若いケルノウン伯にそこまで求めるのは酷ではありませんかな? 特に、伯は爵位を得てからまだ日が浅いのですから」
ヴェンモーズの隣でニタニタと笑みをこぼしたのは、同じく下っ腹に贅肉を詰め込んだ肥満体の男だ。
こちらもブランドル派の貴族だった。名はバルロック。ヴェンモーズとは親戚同士の関係で、顔も性格もよく似ている。
アウロとこの二人との折り合いは極めて悪かった。
端的に言えばいつものあれだ。妾腹から生まれた私生児を侮り、蔑む貴族はどこにでも現れる。
「正直に言うがね。私は一対十二で相手を全滅させたなどという話を、少々疑っているのですよ。なにしろ相手は王国最精鋭の部隊。本来なら、逃げることさえ難しかったはず」
「無論、貴殿が密かに骸装機を運用しているという話は聞き及んでいる。ただ、これもあまり褒められた行為ではないな。王国に届け出も出さず、秘密裏に兵器を保有するなどというのは」
「ああ……そういえば、ルシウス殿下との決闘でも骸装機を持ち出したとか。よくよく考えれば、これも騎士道に反する行いではないかな? 三対一だったとはいえ、殿下は量産機をお使いだったのでしょう? いわば子供相手に大人が出張るようなものだ」
「まぁ、そういった、あー、お利口な手段を使うことに慣れているからこそ、いざという時、ケルノウン伯もヴェスターめを倒すことができたのだろう。その点は我らも見習うべきでは――」
長々と垂れ流される婉曲的な罵詈雑言。
それを打ち破ったのは、円卓に叩きつけられた少女の拳だった。
「……その口を閉じろ、豚どもめ」
しんと静まり返った空間の中、煮えたぎるようなアルカーシャの声が響く。
「機竜に乗ったこともないド素人が知ったようなことをほざくな。ヴェスターと奴の駆る《ハイフライヤー》がどれだけ手強い相手なのか、実際に戦った私はよく分かっているつもりだ。その上、アウロはあの『蒼い旋風』まで全滅させたんだぞ? 貴様らはそれのなにが不満だと言うんだ?」
アルカーシャは怒りの色を宿した瞳で二人を――いや、その場にいる全員を睨みつけていた。
肩の長さまで短く切られた髪がざわざわと逆立つ。立ち上る怒気は周囲の風景まで歪めているかのようだ。
しかし、相手も海千山千の貴族である。ヴェンモーズとバルロックはうろたえるどころか逆に友好的な笑顔すら浮かべてみせた。
「いえいえ、別にケルノウン伯を糾弾するつもりだったのではありませんよ。ただ、そう聞こえたのでしたら謝ります」
「うむ、少々言葉が過ぎましたな。謝罪いたしましょう、ケルノウン伯」
「申し訳なかった。どうか気を悪くしないで頂きたい」
と口では殊勝な台詞を言いつつ、陰険な笑みを崩さない二人。
その態度を見れば謝意がないことは明らかだ。表面上は謝っている分、余計にたちが悪い。
アルカーシャは叩きつけた拳を固く握りしめていた。
一方、ジェラードは『またかよ』と呆れたような表情。
ルシウスは困ったように眉を寄せ、リカルドはなにか考え込むかのように瞑目している。
肝心のアウロはヴェンモーズたちの挑発を特に気に留めていなかった。
幸い……ではないが、アウロは他人から罵倒されることには慣れている。
逆に相手から褒められると、なにか裏があるのではないかと身構えてしまうくらいだ。自分でも捻くれていると自覚しているのだが、こればかりは性分だからどうしようもない。
(ただ、毎回こういった流れになるのはな……)
彼らがアウロに突っかかってくるのは今日が初めてではなかった。
その度にアルカーシャ、あるいはルシウスやジュトー、オリヴァンあたりが二人を諌めるのだが、結局は次の会合で同じような展開になってしまう。
ジェラードとリカルドも最初の頃は口を挟んでいたものの、今はもうお手上げ状態らしい。そもそも、彼らとしては同じブランドル家に連なる人間を何度も何度も叱り飛ばしたくないのだろう。
「あー……じゃあ、そろそろ話を戻すぞ」
ギスギスした空気の中、ジェラードが遠慮がちに声を漏らす。
すると、ようやくアルカーシャも肩の力を抜いた。だが、握られた拳はそのままだ。
「とりあえず、アウロ。生け捕りにした奴からなにか情報は得られたのか?」
「ああ。どうやら連中はケルノウン半島に部隊を揚陸させ、南北からブリストルを挟撃する作戦を立てていたらしい。精鋭であるボルテクス中隊を偵察に派遣したのも、その下準備のためだったのだろう」
「なるほど。でも、『立てていた』ってことはその作戦はたち消えになったんだろ?」
「恐らく。なにしろ偵察段階で失敗に終わったからな。今はモンマスに兵を集め、正攻法でこの地を攻略する方針のようだ」
「ふん、望むところ。正面からの決戦で奴らを打ち破ってこそ、殿下のご無念も晴れようものよ」
リカルド・ブランドルは鼻孔を膨らませた。
「ボルテクス中隊が撃滅されたことで、王国のプランは狂いつつある。単に敵の戦力が減っただけではない。裏切り者のモーディアめを見限る者や、中立を装う日和見主義者も増えてきておる」
「これもケルノウン伯のおかげですな」
すかさず、引きつったような笑みと共に付け加えるオリヴァン。
どこか相手の出方を推し量るような態度である。ヴェンモーズとバルロックの二人は分かりやすく不快そうな表情を浮かべたものの、肝心のリカルドは「うむ」と頷いただけだった。
「丁度いい。ケルノウン伯の功に報いる意味もあるのだが、貴殿らに対して私から一つ提案がある。恐らく近い将来、我ら南部諸侯同盟は王国との決戦に突入することとなるだろう。――いや、必ずなるに違いない。だからこそ、今の内に指揮系統を明確化しておきたいのだ」
「ふむ。それに関しては我々も異存はありませんが」
ジュトーはおとがいを撫でつつ、円卓に集う面々を一瞥した。
今の同盟にはブランドル派の貴族とガーランド派の貴族。
また、そのどちらにも所属していないアウロのような中立派が混在している。
故に問題は『誰が上に立つのか』ということだ。
戦場における序列。リカルドはそれを今この場で決めるつもりらしい。
――とはいえ。
盟主であるドラク・ルシウスはあくまで政治上のお飾り。
勢力的にも家格的にも、総大将となるべき人物ははっきりしている。
「リカルド・ブランドル。同盟軍の総大将はあなたにやってもらうのが良いでしょう」
背筋を伸ばし、凛とした声で告げたのはアウロの隣に座るアルカーシャだ。
一方、当のリカルドはやや面食らったような表情を見せた。
わざわざ会議の場でこの話題を出したことから見ても、彼がルシウスやアウロあたりの推薦を期待していたのは間違いない。自派の人間だけで話を進めれば間違いなく軋轢を生むからだ。
最も都合がいいのは、ガーランド派のトップであるアルカーシャがリカルドの指揮権を認めることだろう。が、剣の侯爵も実際に望み通りの展開になるとは思っていなかったらしい。
(アルカの奴め、貴族の駆け引きってものができているじゃないか)
アウロは人知れず少女の横顔を伺った。
直情的な性格から意外に思われがちだが、アルカーシャはアウロやルシウスよりよほど貴族の論理に精通していた。
単純に見えて隙のない性格なのだ。この点は父ガルバリオンとよく似ている。
「どうしました、ブランドル侯。そんなに驚くようなことですか?」
「は、いえ――申し訳ありませぬ。このリカルド、不覚を取りました。一瞬、姫君の姿がガルバリオン殿下と被って見えたのです」
「ん……ありがとう、って言うべきなのかな。でも、リカルド。そういう台詞をストレートに言っちゃうのはどうかと思うぞ」
「これは失敬。老人の戯言と思って聞き流して頂けるとありがたい」
リカルドは穏やかにそう告げた。
傍から見ると、まるで祖父と孫のやりとりである。これには他の面々も毒気を抜かれたような顔をしていた。
驚いていないのはアウロだけだ。こほん、とこぼした咳がやけに大きく響いた。
「自分も賛成です。同盟軍の総大将はリカルド殿にお任せする形でよろしいかと」
「えっと、うん。見たところ、反対意見もなさそうだね」
アウロの言葉に、ルシウスも円卓を囲む諸侯を見渡す。
当然、反論を唱える者など出ようはずがない。リカルドが適任者であることは、この場にいる誰もが理解しているからだ。
数秒の沈黙が流れた後、ルシウスは「よし」と頷いた。
「ブリストル侯リカルド・ブランドル。君を同盟軍の総大将に任命する」
「謹んでお受けいたします」
リカルドは起立すると、胸に手を当てたまま深々と頭を下げた。
遅れて、室内にぱらぱらと拍手の音が満ちる。
もしルシウスが公王の立場にあったのなら、ここで統帥権貸与の証として〝ガラティーン〟の授与が行われるところだ。
が、王家の太陽剣はガルバリオンの手からアルカーシャに渡り、今はルシウスの腰にぶら下がっている。ガルバリオンの遺志を継ぐという決意を、分かりやすい形で表明しているのだった。
(……問題はこの後だな)
アウロは一息つく間もなく気を引き締め直した。
拍手が止んだ直後から、再び会議場はひやりとした緊張感に満たされ始めていた。
リカルドが総大将に任命されたのは諸侯にとっても既定路線だ。貴族同士の駆け引きが生じるのはこれからである。
「さて、この場で長々と就任の挨拶を垂れ流すのはやめておこう。今はそれより先に決めておきたいことがある」
リカルドは着席するなり、そう口火を切った。
「わしは軍の指揮系統を確立する上で、総大将以外にも陸と空にそれぞれ前線指揮官を配置すべきだと思っている。現場を統率する人間を決めておけば、予想外の事態が起きても臨機応変に対応することができるからだ。……実のところ、これはガルバリオン殿下から学んだ理論なのだがね」
「以前は軍団などという概念がありませんでしたからな。となると、ここで決めるべきは誰に指揮権を与えるか、ということですが」
オリヴァンは落ち窪んだ目を周囲に向ける。
次いで、その隣のジュトーが声を張り上げた。
「陸軍大将は経験から言っても、ルーカス殿が妥当だろう。だが、空軍大将はアルカーシャ様が適任と考える!」
「いや、素人に現場を任せてどうするんだよ」
対し、呆れたように反論したのは当のアルカーシャだ。
「ジュトー、私は機甲竜騎士同士の戦いをほとんど経験したことがない。逆に王国側はあのドラク・ナーシアが出張ってくるんだぞ? お前の気持ちも分かるけど、まずは戦争に勝つってことを第一に考えなくっちゃ」
「うぐっ……で、ですが」
言い返すことも出来ず、口ごもるジュトー。
まるで『待て』を命じられた番犬のようだ。血気盛んな彼も主には逆らえないらしい。
とはいえ、空軍大将の候補として挙げられるのは現役の機竜乗りのみ。
この場ではアウロ、ルシウス、アルカーシャ、ジェラード、ジュトーの五人だ。
真っ先に除外されるのはルシウスである。総大将の上にいる人間が前線まで出張ってきては本末転倒だ。
それ以外の候補を見ると、格という点ではアルカーシャが、経験という点ではジュトーが頭一つ抜け出ている。しかし……
(先ほどリカルド殿は『功に報いる』という言葉を口にしていた)
となると、侯爵の思惑も読めてくる。
アウロの視線の先で、リカルドは静かに口を開いた。
「先にわしの構想を述べさせてもらおう。わしは陸軍大将をこのリカルド・ブランドルが兼任し、副将をルーカスとオリヴァン殿の二人に任せるのが良いのではないかと考えておる。それならやれ、ブランドル派、ガーランド派と醜い争いをせずに済むからな」
「うん、いいんじゃないか。私は賛成だよ。で、空はどうするつもりだ?」
砕けた調子で尋ねるアルカーシャに対し、リカルドは顎をひと撫でして答えた。
「そうですなぁ。こちらも陸と同様、ジェラードとジュトー殿をそれぞれ副将とするのが良いでしょう」
「肝心の大将は?」
「アウロ殿が適任かと」
――来たか。
アウロは放たれた一言に全身を硬直させた。
それは殴られる前の人間が筋肉を緊縮させ、痛みに備えるようなものだった。
案の定、ヴェンモーズのバルロックの二人は顔色を変える。更に、陸軍副将に任じられたルーカスまでも軽く眉を寄せた。
「良いのですか、御館様。このような若輩者に貴重な機甲竜騎士部隊を任せてしまって」
「そ、そうだ! いくら戦果を上げたからといって、それはあまりにも早計でしょう!」
「我々は反対です! 不安要素が大き過ぎます!」
味方が増えたと思っているのか、ヴェンモーズたちは立て続けに反対意見を述べる。
まぁ、無理もない。アウロ自身も空軍大将の座は身に余ると感じているのだ。
しかし、自分を推薦してくれたリカルドの顔に泥を塗るわけにもいかなかった。
アウロは反論しようと口を開きかけ――直後、アルカーシャの視線を受けて反射的に押し黙った。
「御三方の考えは分かりました。ただ、陸と空とでは求められる能力が違います。空の指揮官は空で戦う者たちが選ぶべきと思いますが」
丁寧な口調である。しかし、そこには反論を許さぬ鋼の意志が秘められている。
強い眼差しで同意を求めるアルカーシャに、ルーカスは「一理ありますな」と相槌を打った。
「して、姫のご意見は?」
「私はアウロが指揮を執るべきだと思う」
「ルシウス殿下はどのようにお考えです?」
「僕もアウロが適任だと思うな」
「坊っちゃんは?」
ジェラードは眉を歪めた。「その呼び方はやめろ」
「俺も反対する理由はないよ。そもそも、空軍大将って言っても一から十までアウロが命令を下すのは不可能だ。大雑把な方針だけ決めてもらって、細かい部分は俺とジュトー殿で詰める形を取ればいい」
「そうですな。元より、空軍それ自体をケルノウン伯に預ける訳ではありません。いざという時の決定権を委ねるだけです」
ジュトーは「なにより」と言葉を続け、
「気難しい機竜乗りたちも、ボルテクス中隊を討ち果たしたエースの言葉には従うことでしょう。……自分はケルノウン伯を空軍の大将に推薦します」
「よろしい」
リカルドは議論を打ち切るかのように、ぴしゃりと手を打った。
思わず、アウロは肩の力を抜いた。どうやら自分の出る幕など最初からなかったようだ。
ルーカスはなにを考えているのか分からない澄まし顔。
ヴェンモーズとバルロックは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
しかし、彼らもこの状況で反論を重ねるような愚は犯さなかった。既に答えは出てしまったのだ。
ルシウスはうっすら笑みを浮かべて言った。
「ケルノウン伯アウロ・ギネヴィウス。君を同盟軍空軍大将に任命する」
「ありがたくお受けいたします、殿下」
アウロは立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。
遅れて、甲高い拍手の音が室内に溢れかえった。




