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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
三章:双竜戦争(前夜)
71/107

3-26

 高度15000フィートの上空。

 アウロはごうごうと唸る風をアーマー越しに受けながら、敵部隊の様子を窺った。


 敵機が陣取っている高度はこちらとほとんど同じだ。

 速度は互いに200ノットほど。アウロが立て続けの大立ち回りでスピードを減じさせているのに対し、相手は全く運動エネルギーを消費していない。

 アウロとボルテクス中隊の生き残りは、まるで剣闘奴隷のように互いの隙を窺いつつ、一定の距離を保ったまま緩やかな旋回飛行を続けていた。上から覗き込めば、その軌道は綺麗な楕円形に見えたことだろう。


 時折、ふと思い出したように数発の砲弾が空を飛び交う。

 とはいえ、所詮は距離を開けた状態での威嚇射撃だ。どちらも致命傷には至らず、無関係な雲ばかりがぱっぱっと綿毛のように散っていた。


(さて……と)


 この空戦、アウロは一度たりとも受け身に回るつもりはなかった。

 今まで羽を休めていたのは、度重なる空戦機動マニューバによって疲弊した臓器を回復させるためだ。

 そして、一分ほどの休息でアウロはすっかり元の調子を取り戻していた。腕甲に包まれた手の平を幾度か開閉し、指先まで酸素が行き渡っているのを確認した後、しっかりとハーネスを握り直す。


【よし、奴らが浮き足立っている今が好機だ。攻めるぞ、カムリ】

【らじゃ!】


 翼を折り畳んだ《ミネルヴァ》は、疾風となって敵部隊を急襲した。


『隊長、来ます! 四時の方角!』

『隊形を維持したまま旋回しろ! 正面から奴を迎え撃つ!』

『し、しかし! あの「錆びかけ」に接近戦は危険では――』

『いいからやれ! 私に秘策がある!』


 乱暴な命令に、それでも残るボルテクス中隊の各機は『了解ラジャー!』の一言で応じる。


 不憫な連中め、とアウロは内心で同情した。

 彼らとて王国に忠誠を誓った騎士だ。この国を守るという大義の元で戦っている。

 アウロ自身、ヴェスターはともかく他の隊員たちに怨みはなかった。だが、王国側との戦端が開かれてしまった以上、精鋭部隊であるボルテクス中隊にはさっさと退場してもらわなくては困るのだ。


「……〝スピキュール〟!」


 アウロは燃え上がる穂先を真横に振り抜いた。

 圧倒的な熱量が大気を歪め、逆巻く火焔がゆらゆらと揺らめく。


 しかし、敵機は怯むことなくハーネスを打った。

 雄叫びとともにチャージを決行したのは、先頭を突っ走る『ガーダー』だ。

 振りかぶられる戦斧。相手はもはや退くことを考えていない。投石機から放たれた岩塊のごとく砕け散り、己の命にかえても血路を切り開くつもりだ。


『王国の敵め! 貴様はここで――!』

「いい覚悟だ!」


 アウロは掛け値なしの称賛を送り、アフターバーナーを噴かせた。

 瞬間、ディスプレイに表示されたスピードメーターが跳ね上がる。相手はその加速に対応できず、斧を構えたまま炎槍の直撃を食らった。

 意味不明の叫び声を最後に、『ガーダー』の右半身は消し飛ばされた。残った左半身は鞍上でぐらりとよろめくと、焦げた切断面から血と白煙を吹きこぼしながら海に落下していく。


『ガーダー1、撃墜されました!』

『見れば分かる!』


 ヴェスターは部下の報告を一言で切って捨てた。

 遅れて、〝デッドスカッター〟の三連射がアウロを襲う。

 どうやら相手はチャージ後の隙を狙っていたらしい。視界の端では、残る『ランサー』も突撃の準備をしていた。


「そんな見え見えの策で……!」


 アウロは迫る熱線を前に、右ペダルを踏み込んだ。

 横方向にロールした《ミネルヴァ》は収束砲の光条をかわし、チャージ中の敵機を正面に捉える。

 《ハイフライヤー》の位置は『ランサー』の真後ろだ。味方が盾になっている以上、ここならば攻撃を受ける心配も――


【……主殿!】


 直後、張り詰めた声が脳内に響いた。


 同時に、『ランサー』の背後でちかりと閃光が瞬く。

 敵の攻撃。回避は間に合わない。アウロは考える間もなく、左腕甲に携えたシールドを構えた。

 それは全くの不意討ちだった。正面に位置する『ランサー』の背中越しに放たれた光芒が、そのまま敵機の外板ひふ円框ほねとを貫き、勢いを衰えさせることなくこちらに襲いかかってきたのだ。


 ――チュイン!


 最初の一閃は外れた。

 だが、幾条もの熱線は断末魔の悲鳴を上げる『ランサー』をズタズタにし、アウロの手からシールドをもぎ取った。

 盾が消え、露わになった視界の中。アウロが見たのは、《ハイフライヤー》の鞍上で狂ったように収束砲を乱射するヴェスターの姿だった。


『はっ、はははっ! 死ね! 死んでしまえ! どいつもこいつも私の前から消え失せるがいい!』


 断続的に鼓膜を叩く砲声。爆音。かすれかけの哄笑。

 アウロはようやく理解した。ヴェスターは吶喊とっかんした僚機ごと《ミネルヴァ》を狙撃したのだ。

 次の瞬間、蜂の巣にされた『ランサー』が膨れ上がり、空気を入れ過ぎた風船のごとく弾け飛んだ。赤熱した装甲とドロドロに溶けた人造筋肉繊維(ファイバーサルコメア)が、蒸気を纏いながら空中に撒き散らされる。


【いけない!】

「ちっ……!」


 アウロはすぐさまハーネスをさばいた。


 しかし、至近距離で炸裂した光から逃れることはできなかった。

 爆発による熱風が《ミネルヴァ》の表皮を舐め、飛散した金属片は錆色の装甲に容赦なく穴を開けた。

 緊急回避の甲斐もなく、アウロは自機のバランスががくりと崩れるのを感じた。損傷によって外骨格が変形し、揚力を得られなくなってしまっているのだ。ディスプレイには全身の不調を訴える報告が幾つも並んでいた。


 ――飛行装置(ライトフライヤー)損壊。

 ――魔導回路(マギオニクス)に異常発生。

 ――火器管制システム機能停止。

 ――右腕甲ガンランス使用不可。


 シールドごと撃ち抜かれた左腕甲も駆動系(アクチュエーター)が故障したようだ。

 主翼に至っては補助翼エルロンが根本からもぎ取られてしまっている。


 要するに、満身創痍の状態だった。


【ううっ。ダメだ、うまく飛べないよ!】

「あの男め。僚機を炸薬代わりに使うとはどこまで……!」


 アウロは穴だらけになったガンランスを乱暴に投げ捨てた。

 不幸中の幸いと言うべきか。外骨格が盾となったため、アーマー本体は左ガントレットが死んだくらいでほとんど機能が失われていない。

 しかし、武器とシールドは既になく、爆発の煽りを食らった機体は空を飛んでいるのがやっとという状態だ。優れた性能を持つ《ミネルヴァ》も、こうなっては単なる射的の的も同然だった。


『くっ、ふふふ! どうやら勝負あったらしいな!』


 一方、ヴェスターは《ハイフライヤー》の鞍上からアウロを睥睨していた。

 十二機いたボルテクス中隊も、今や隊長であるヴェスターただ一人。

 しかし、相手は未だ無傷だ。部下たちの命と忠誠、そして自らの良心を代償に、男は勝利を掴み取りつつあった。


「ヴェスター……貴様、恩師を裏切り、縁者を裏切り、果ては死線を共にした部下までも切り捨てるか! そこまでして勝利が欲しいか!」

『当たり前だろう! アウロ、私は全てを捨てたぞ! 騎士としての誇りも、人としての良識も! かつての主君も、血を分けた同胞も! 友も、師も、共に苦難を切り抜けた仲間たちでさえも! 全て、全てだ!』


 『だがなぁ!』とヴェスターは狂気の入り混じった声で叫んだ。


『勝利だけは! この勝利だけは頂く! ガーランド家当主の座! それこそが、私の求める唯一の栄光なのだから!』


 堰を切ったように溢れ出る激情。

 ヴェスターは薄暗く窄まった砲口を、今度こそアウロへと向けた。


 男の指先は既にトリガーを引き絞りかけている。

 あと数瞬後には、放たれた閃光がアウロを貫き、乗機カムリごとその全身をズタズタに引き裂くことだろう。

 だが、アウロの心に絶望はなかった。まだ八方塞がりという訳ではない。打てる手はある。この《ミネルヴァ》にはとある機能が隠されている。死と敗北に怯える必要などどこにもない。


「なるほど、そちらの理屈は分かった。その上で言おう」


 湧き上がる衝動。理性の枷がひび割れ、砕け散る。

 アウロは感情の奔流に押し流されるまま、シートの前面へと手を伸ばした。

 せり出た風防の影には円形のカバーがあり、その下には取っ手のついたレバーが収納されていた。

 アウロはそれを半回転させ、一息に胸元まで引いた。ケーブルが伸長し、機体各所から固定具の外れる金属音が高らかに鳴り響いた。


「ヴェスター……貴様にくれてやるものなど何一つない!」

『うるさい! お前に! お前にだけは私の――!』


 もはや声にならぬ叫びとともに、ヴェスターは〝デッドスカッター〟を乱射する。


 アウロは迫る熱線を前に告げた。


「カムリ、機甲竜(アームドドラゴン)への擬態を解除! 全装甲をパージしろ!」

【らじゃー!】


 直後、幾条もの閃光が《ミネルヴァ》を貫いた。

 アダマント鋼の装甲が溶解し、外骨格内を循環していた魔力が暴発する。

 それはまるで燃料に火を点けたかのように、空中で派手な爆裂を生じさせた。錆色の装甲に包まれたヘッド、ウィング、テール、その他の各部品が、焼夷弾のごとく辺り一面へと飛び散る。


 もうもうと立ち上る白煙を前に、ヴェスターは勝利を確信した。

 子供のように快哉を叫び、両拳を頭上へと振り上げ――


 そして次の瞬間、蒸気を切り裂いて飛翔する真紅の影を見た。


『なっ……!?』


 息を呑むヴェスター。

 男の眼前で、影は力強く両翼を羽ばたかせて空へと舞い上がった。

 それは竜だった。だが、機械仕掛けの機甲竜(アームドドラゴン)ではない。

 宝石のように煌めく鱗と、皮膜のついた翼を持つ、本物のドラゴンである。


 唯一変わらないのは、その背に跨る錆色の騎士甲冑(ナイトアーマー)だ。

 アウロは外骨格を脱ぎ捨てたカムリの鞍上で、漆黒のブレードを構えた。


『なんだ!? なんなのだ、その姿は!? お前は一体――!』


 ヘルム内に響く、困惑に満ちた喚き声。

 アウロはなにも答えず、ただ、ぴしゃりとハーネスを打った。


「行くぞ、カムリ! 奴の声はもう聞き飽きた!」

【同感!】


 太陽を背に急降下を開始する赤き神竜。

 たちまち、計器に表示された速度が100ノット近く跳ね上がる。

 唸る大気の中、魔剣エスメラルダの黒刃がぎらりと獰猛な輝きを放った。


『く、くそっ! 竜騎士ドラゴンナイトごときにこの私が――!』


 ヴェスターは間髪入れず、《ハイフライヤー》の体内に隠された砲座を展開した。

 主翼直下から姿を現した〝ヴィッカース〟0.3インチ航空機関砲と、胴部格納式の0.8インチ連装魔導砲。更には〝デッドスカッター〟1.2インチ二挺駆動(ガスト)式収束砲が、カムリめがけて空対空迎撃を試みる。

 しかし、アウロは蛇行と旋回を交えた防御機動――ローリングシザーズで全ての砲火を回避すると、そのまま《ハイフライヤー》の腹下へと潜り込んだ。


『速い!? しかしぃ……っ!』


 ヴェスターの対応も俊敏だ。

 すぐさま胴部側面の砲塔が回転し、真下に位置するアウロに砲弾の雨を降らせる。


 だが、灼熱の魔導弾も急上昇するカムリを押しとどめることはできなかった。

 放たれた光条の間をすり抜けたアウロは、ブレードを一閃させてせり出た砲塔ごと《ハイフライヤー》の左翼を叩き斬った。

 唸りを上げた剣刃が蒼白の竜鱗装甲(スケイルアーマー)に食い込み、次の瞬間、ウィングの先端を強引に割り砕く。


『うがっ……!? こ、こいつ、よくも!』


 たまらず、ぐらりと姿勢を崩す《ハイフライヤー》。


 怒りの咆哮を上げたヴェスターは、残る砲門をアウロめがけて掃射した。

 しかし、渾身の弾幕射撃も空を切るばかりだ。元より、アーマーを脱ぎ捨てたカムリの運動能力は並みの骸装機(カーケス)を凌駕している。

 薙ぎ払われる閃光を軽々とかわしたアウロは、大上段にブレードを振り上げ、再び敵機へと突撃した。


『当たれっ! 当たれぇっ! え、ええい! 何故、当たらんのだ!』


 通信機越しに虚しく男の悲鳴がこだまする。


 アウロはジグザグの軌道を刻みながら敵機に迫ると、側面から敵アーマーの左腕甲を切り捨てた。

 交錯の瞬間、ガントレットの肘から先が、その手に握られていたシールドごと宙に吹き飛ばされる。

 アウロは更にインメルマンターンを敢行し、旋回に手間取る《ハイフライヤー》を強襲。その右ウィングを咆哮とともに痛打した。


 ――ガキャッ!


 漆黒の刀身が青白い装甲を抉り、敵機は空中でがくりとバランスを崩す。

 立て続けにブレードの直撃を食らったことで、《ハイフライヤー》は坂を転げ落ちるかのように戦闘能力を喪失していた。

 既に身を守る盾はなく、両の翼もズタズタに引き裂かれている。切り札である内蔵砲は完全に見切られ、単なるお荷物も同然だ。


『ふ、ふざけるな! こ、こんな! こんな結末など認められるか!』


 それでも、ヴェスターは往生際悪く収束砲をぶっ放した。


「認めようと認めまいと、お前はここで……!」


 アウロは急旋回して熱線を回避。

 再びすれ違いざま敵アーマーの腕甲を切りつけた。

 引き千切られたガントレットが肩口から吹き飛び、同時に数多の命を奪ってきた〝デッドスカッター〟もあっけなく視界の外へと消える。


 両の腕甲を失ったヴェスターは金切り声とともに、残る機銃を乱射した。

 対するアウロはハーネスをさばくと、シザーズ機動でその全てをかわす。

 もはやヴェスターに打つ手はなかった。竜騎士団のエースと呼ばれていた男は、機体を急旋回させ、敵に背を向けた状態で青色の排気炎を噴かせた。


『く、来るな! 来るなぁ!』

「貴様! この期に及んで逃げる気か!」


 アウロは躊躇うことなくハーネスを打つ。

 加速したカムリは、みるみる内に《ハイフライヤー》との間合いを詰めた。

 視界の端。敵機との相対距離が徐々にゼロへと近付いていく。死のカウントダウンが行われる中、ヴェスターは絞り出すように叫んだ。


『何故だ! 何故! 何故だ! 私は最善を尽くしたのだぞ! なのに何故こうなるっ! 間違っていなかった! 私は間違ってなどいなかったはずなのに…… ど、どうして!』


 男の声には無様な嗚咽が混じり始めていた。

 が、アウロはほんのわずかたりとも手綱を緩めなかった。

 ペダルを踏み込み、ブレードを構え、息を詰めたまま敵機に肉薄する。


 眼前では、敵アーマーの背部に着装されたマントがはためいていた。

 青い外套に刻まれているのは交差した槍と盾の紋章――ガーランド侯爵家の家紋である。

 それはヴェスター・ガーランドという男が、あらゆるものを捨ててまで固執していたものだった。己の命以外の、全てを。


『何故、何故、何故何故何故何故何故ぇっ……。こ、こんなことが認められるか! アウロ! お前と私との間に一体どれほどの違いがあると……!』

「知るかよ」


 アウロは唾棄するかのように言って、すれ違いざま刃を一閃させた。


 鈍い感触。断末魔の叫喚が唐突にかき消える。

 瞬時に両断されたヴェスターの体は、もんどりを打って《ハイフライヤー》の鞍上から転げ落ちた。

 そして、『ヴェスター・ガーランドだったもの』は千切れたマントを骸布のように身に纏ったまま、純白の雲海へと没した。


「……地獄に落ちろ、ヴェスター」


 アウロは兄弟子だった男の最後を見送った後で、漆黒のブレードを一振りした。

 びっと水のこすれる音。刀身にこびりついた血糊が、赤い飛沫を描きながら宙に散る。

 やがて、役目を終えた魔剣は静かに鞘へと帰還した。


 ――パチン。

 

 遅れて、主を失った《ハイフライヤー》が錐揉み回転しながら墜落した。

 蒼白い機影が雲の下に消えると、先ほどまで幾条もの閃光が飛び交っていた空はすっかり静かになってしまう。

 ヴェスターは死に、その配下であるボルテクス中隊も全滅した。骸装機(カーケス)である《ハイフライヤー》はブリストル海峡に消え失せ、二度と表舞台に出てくることはないだろう。


 戦果だけ見れば大勝利と言っても過言ではない。

 全身の緊張を解いたアウロは、深々と息をついた。


「……撃墜確認」

【やったね、主殿!】


 嬉しそうに尻尾を振り回すカムリ。まるで犬だな、とアウロは思った。


「ありがとう、カムリ。今回もお前のおかげで助かった」

【べ、別にわざわざお礼なんて言わなくていいよ。それより、怒られないかな。《ラスティメイル》が壊れて海に沈んじゃったけど】

「仕方ないさ。あの時はああするしかなかった。機甲外骨格(アームドフレーム)の損失については正直に伝えるしかあるまい」

【シドっちが血の涙を流しそうだね……】


 なにしろ、開発したばかりの新兵器がネジ一本残さずに消えてしまったのだ。

 《ラスティメイル》は緊急時にカムリの体からパージすることが可能だが、一度切り離した甲冑は二度と再利用できない。

 だからこそ、アウロもパージアタックは最後の手段とする予定だった。

 が、予定というのは土壇場で狂うものだ。今回のように。


 アウロは弛緩した思考の中、ふと少女に尋ねた。


「ところでカムリ、一つ聞いてもいいか?」

【ん、なに?】

「俺とヴェスター・ガーランドの違いはなんだ?」

【うーん……全部かな!】


 朗らかな声で答えるカムリ。

 アウロは「そうか」と笑って、シートの背もたれに体を預ける。


 全く、身も蓋もない回答だった。






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 ――『蒼い旋風(ブルーボルテクス)』、ケルノウン半島北部で全滅す。


 その情報は激しい衝撃と驚愕を伴って、王国・同盟の両陣営に伝えられた。

 王国はボルテクス中隊全機が交信を途絶したという動かしがたい現実によって、

 そして、同盟はイクティスに帰還したアウロからの報告という形で、空戦の顛末を知ったのだ。


 しかし、王国最強の部隊が煙のように消えたというのは、あまりにも信じがたい事実だった。

 当初、多くの諸侯はこの情報を単なるでまかせだと一笑した。が、事の真偽は数日で明らかになった。

 ガーランド家の嫡子であったヴェスターの死と、十二機もの機甲竜騎士(ドラグーン)の喪失。これらの事実は到底隠し通せるものではなく、ことのあらましについて王国側から正式に発表が成されたのだ。


 もっとも、それはあくまで都合良く改変された真実だった。

 機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)所属のボルテクス中隊は、ケルノウン半島付近で新型機の兵装試験を行っており、その最中に敵の大部隊による奇襲を受け、必死の抵抗も虚しく全機撃墜されてしまったというのだ。

 同盟派の諸侯にとっては噴飯ものの言い訳である。が、彼らも笑ってばかりはいられなかった。


 何故ならこの事実をもって、王国が南部諸侯同盟に宣戦布告を行ったためだ。

 新王マルゴンは諸侯の間に動揺が広がるより早く、同盟との開戦に踏み切ることで、強引に配下の貴族たちを結束させようとしたのだった。


 結果的に、ブリストル海峡上空で行われた戦いは時計の針を進める結果に終わった。

 両陣営の間を行き交っていた使者は途絶え、境界線における小競り合いが頻発し、街道を始めとする交易路は検問で封鎖された。

 代わりに姿を見せ始めたのはライフルで武装した兵士と、戦場の守り人たる騎士甲冑(ナイトアーマー)。空を飛び交う鋼鉄の竜騎士たちだ。


 そして、聖暦八一〇年の十月上旬。

 急速に軍を展開する王家に対し、同盟も宣戦布告で応じた。


 緋色の竜公ドラク・マルゴンを掲げる王国派諸侯と、

 橙色の竜公ドラク・ルシウスを掲げる同盟派諸侯の、

 二つの勢力による王国全土を巻き込んだ戦乱――


 『双竜戦争』の火蓋がここに切って落とされたのだった。

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