表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
三章:双竜戦争(前夜)
70/107

3-25

「――交戦開始エンゲージ!」


 戦いの開幕を告げる声が蒼天に響き渡る。


 直後、アウロは手綱を胸元まで引き上げた。

 ピッチアップした機体は、Uの字の軌道を描きながら敵部隊へと機首を反転させる。

 インメルマンターンを敢行した《ミネルヴァ》に対し、ヴェスターは唸るような歓声をこぼした。


『ほほお、覚悟を決めたか! その勇猛さ、無謀と評価しよう! お前はこの絶望的戦力差をどう覆す気かね!?』

「御託はいい。かかってこいよ、『蒼い旋風(ブルーボルテクス)』! こいつは貴様らがお望みの展開だろう!」

『くふっ! 相変わらず愚直な男だ! お前のような奴を馬鹿と言うのだろうな!』


 挑発の言葉を重ねるアウロを、ヴェスターは一笑に付した。

 次いで、肩から生えた右ガントレットが地面と水平に伸ばされる。

 はためくマントの後ろに列を成しているのは、十一機もの新型機甲竜(アームドドラゴン)だ。ヴェスターは〝デッドスカッター〟の砲身を指揮棒のようにアウロへと差し向けた。


『よろしい! では、ここから先は狩りの時間だ! ボルテクス全機に通達! フォーメーションをヴィックに変更! アルファ隊、ブラボー隊は包囲網を構築しろ! チャーリー隊、デルタ隊は後方から奴らを追い込め!』

了解ラジャー!』


 敵の動きは機敏かつ迅速だ。

 ヴェスターの指示を受けて散開した蒼い旋風(ブルーボルテクス)の各機は、一瞬の内に隊列を組み替え、四つの小隊を作り上げた。

 それぞれ、先頭を飛ぶ一機の後ろに二機の僚機ウィングマンが付き従っている形だ。三機の機竜を頂点に、正三角形が構成されていると考えると分かりやすいだろう。


『ガーダー3、4! 奴の進路を塞ぐのだ! ランサーは敵機にチャージを敢行せよ! シューターは……あの「錆びかけ」を食い散らせ!』


 ヴェスターは腕甲を振り回し、矢継ぎ早に命令を下した。


 ボルテクス中隊は十二機の機甲竜騎士(ドラグーン)から成る部隊だ。

 しかも、中隊の各機には独自の役割が割り振られている。

 具体的には重装備で運動性の高い『ガーダー』、近接格闘能力に特化した『ランサー』、射撃性能に長けた『シューター』が四機ずつ存在し、それぞれ運用思想も保有装備も全く異なっているのだ。


機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)にいた頃、噂だけは聞いていたが……)


 アウロはじわりと額に汗を滲ませつつ、展開する敵編隊を観察した。


 蒼い旋風(ブルーボルテクス)の作戦は単純だ。

 『ガーダー』が敵機の進路を塞ぎ、『ランサー』が横合いから追い込みをかけ、『シューター』が後方からトドメの一撃を狙う。


 ――すなわち、三位一体の連携戦術。


 これを四つの小隊が、押し寄せる波のごとく立て続けに繰り出すのである。


『アルファ、ブラボー! 波状攻撃開始! チャーリー、デルタ! 一度距離を取れ! ……いいぞ、諸君! なにも焦る必要はない。あの半端者をじわじわとなぶり殺しにしてやるのだ!』


 ヴェスターの指示に従い、四組十二本のやじりが戦場を飛び交う。


 その複雑な機動を読み切るのは至難の業だ。

 アウロは先ほどから敵の小隊に肉薄しようとしているものの、その度に横合いから牽制射が飛んできたり、はたまたランスチャージを仕掛けてくる機体があったりと、全く攻撃に集中できなかった。

 かといって、強引に突撃をかけると相手はすぐに急旋回して逃げてしまう。その内に背後から別の小隊が追いすがり、また遠方からは〝デッドスカッター〟の熱線がプレッシャーをかけてくるのだから始末に負えない。


【えーい、こいつらちょこまかと!】

【流石に隙が見えんな。王国最強の名は伊達ではないか】


 アウロは首を巡らせ、敵機の位置を確認した。


 単機の《ミネルヴァ》に対し、敵は着実に包囲網を形成しつつあった。

 断続的に浴びせられる砲弾。その影に隠れ、重装甲のガーダーや槍を構えたランサーがチャージを敢行してくる。

 おかげで、アウロは息をつく間もなく急旋回と急降下を繰り返さなくてはならなかった。うっかり足を止めれば、その時が自身の最後となるだろう。


【くっ……主殿、このままだと囲まれちゃう!】

【いや、もう囲まれているよ】


 アウロは強烈なGの中、それでも冷静に状況を分析した。


 こちらが逃げ回っている間に、敵の小隊はすっかり《ミネルヴァ》の前後左右に布陣を終えていた。

 まるで空に形成された見えざる檻だ。獲物を閉じ込めたら、次は絞め殺す段階である。


『ふ、ふふ、どうしたアウロ。威勢が良かったのは最初だけか?』

「ヴェスター、お前こそいつまで手下の背に隠れているつもりだ? それとも、女が相手でなければ強く出られないたちなのか?」

『アルカーシャのことを言っているのかい? ん、んんっ! そういえば、あの小娘はどうなったのかね?』


 ヴェスターはわざとらしい空咳をこぼすと、妙にねっとりした口調で尋ねてきた。


『なにしろ、目の前で母親を殺されたのだ。その上、父親の訃報も既に耳にしているはず。……なぁ、アウロ。教えてくれよ。あの小娘は一体どんな声で泣き叫んだのだ?』


 こちらの神経を逆なでするような台詞に、アウロも挑発で応じた。


「あいにくだな、ヴェスター。アルカーシャはお前が思っているほど弱くないよ。あの娘は泣き寝入りなどしていないし、裏切り者の貴様ら親子は絶対にブチ殺すと宣言していた」

『おいおい、まさか復讐のつもりか? 温室育ちのお姫様がなぁ! この私を倒すことなどできるはずもなかろうに!』

「俺もそう思う。アルカにお前は殺せない」

『……なに?』


 落ち着き払った声に、ヴェスターも困惑の気配をにじませる。

 アウロは微笑みとともに告げた。


「分からないのか、ヴェスター? 貴様の死に場所はここだよ。――お前は俺が責任を持って地獄に突き落としてやる。アルカーシャの手を汚させるまでもない!」

『っ……ほざけ! 死ぬのは貴様の方さ! 今日こそ引導を渡してやるぞ、アウロ・ギネヴィウス!』


 憎悪の咆哮を上げ、収束砲を連射するヴェスター。


 アウロは急降下して迫る熱線をかわした。

 だが次の瞬間、展開した敵小隊に頭上を押さえられてしまう。

 高度を回復することもできず、アウロは右ペダルを踏み込んだ。機体を六十度バンク。錆色の翼をはためかせた《ミネルヴァ》は急旋回を開始する。


 しかし、その行く手にもまた別の小隊が控えていた。

 こちらはアウロの進路を塞がず、側面から後方象限に潜り込もうとしている。

 敵は量産機。速度自体は《ミネルヴァ》の方が優勢だ。スピードレースになれば、こちらが先に相手の眼前へとオーバーシュートしてしまう。

 これを回避するためには、速力を全開にして追撃を振り切るしかない。アウロは急激な加速に胃が裏返りかけるのを感じた。


「ぐっ……!」

【あ、主殿、大丈夫!?】


 途端に不安そうな声を漏らすカムリ。

 アウロは口を開くことなく、【問題ない!】と叫び返した。


【それより、カムリ。《ハイフライヤー》はどこにいる?】

【九時の方角! こっちの後ろに付こうとしてるみたい!】

【よし。ならば、次は左方向に旋回する】

【えっ!? で、でも、それだと相手の正面に飛び出ちゃうんじゃ……】

【その通りだ】


 アウロはヴェスターの口ぶりから、自身に対する怨念、もしくは執着のようなものを感じ取っていた。

 恐らく、あの男は己の手で仇敵を追い詰め、トドメを刺そうとするはずだ。

 勝機があるとすればそこだろう。感情という名の綻び。

 アウロはそれを突破口とするつもりだった。


『くふっ! 周りが見えていないらしいな三流! わざわざ、自分から死にに来るとは!』


 一方、ヴェスターはこちらの見せた隙に狂喜乱舞した。


 次いで、右腕甲の〝デッドスカッター〟がここぞとばかりに火を噴く。

 アウロはすぐさま横方向へローリング。《ハイフライヤー》の射線から逃れた。

 しかし、ぴったりと追尾可能領域トラッキングゾーンに張り付かれているため、敵の追撃を振り切ることができない。本来なら背中を取られた段階で『詰み』なのだ。


『ふふ、ははははっ! この時を! この時を一体どれだけ待ち望んだことか! 我が蒼い旋風(ブルーボルテクス)の力で貴様を蹂躙し、そのうぬぼれを木っ端微塵に打ち砕く瞬間を! ……だが、簡単には死なせんぞ。恐怖に糞尿を漏らし、涙ながらに謝罪をするまで、じわじわとなぶり殺しにしてくれる!』


 早くも勝利を確信したのか、サディスティックな哄笑を上げるヴェスター。


 更に、敵機のシールドに内蔵された機関砲が雲を薙ぎ払う。

 3000フィートの相対距離を駆け抜けた砲弾が、《ミネルヴァ》の外骨格を掠めた。ちりっ、と焦げ付くような音がアウロの耳元まで届く。


【あ、主殿、これ以上は!】

「よし……そろそろ頃合いか」


 呟いたアウロは、再び敵編隊の様子を窺った。


 先ほどまで完璧に足並みを揃えていたボルテクス中隊だが、今は各小隊の動きがほんの少し鈍っているように思えた。

 元々、彼らを指揮しているのは隊長機であるヴェスターだ。それが率先して攻撃に参加し始めているため、フォーメーションが乱れているのだろう。

 なにより、勝利を確信しているのはヴェスターだけではない。他の列機も同様だ。


 ――既に勝負は決している。


 無意識の内に下したその判断が、結局は彼らの命運を分けた。


「カムリ、反撃に出るぞ。〝ツインバレル〟の狙いを後ろに張り付いている変態に合わせろ」

【えっ……? え、えっ? わらわが? ど、どういうこと?】

「シドカムから聞いていないのか? 《ラスティメイル》のサブテールはお前自身の意志で動かせるんだ」

【初耳だよ! っていうか、手動式自動照準システムってそういうことなの!?】


 涙声を漏らすカムリにアウロは言った。「しかもビームまで撃てる」


【ああっ、もう! どうなっても知らないよ!】


 カムリは破れかぶれの叫び声とともに、一対の補助尾翼(テイルロン)を追いすがる《ハイフライヤー》へと向けた。


 ――ドドッ!


 大気を震わせる砲声。フレーム越しに伝わる衝撃。

 アウロは尾翼に内蔵された0.8インチの対機甲砲が火を噴き、《ハイフライヤー》の青みがかった装甲を殴打するのを見た。

 至近距離で弾けた閃光に、ヴェスターは悲鳴を上げて機体バランスを崩す。たちまち、カムリは快哉を叫んだ。


【やった! 当たった!】

【よし。相手を怯ませただけのようだが……十分だ!】


 アウロはすぐさま機体を旋回させ、収束砲の射角から逃れた。

 被弾したヴェスターにそれを追う余裕はない。錐揉み状態に陥りかけた機体を立て直すので精一杯だ。

 通信機越しの罵声だけが、虚しくアウロの背を叩いた。


『くそっ、なんだ今のは! 機体の後部に魔導砲……!? 猪口才な真似を!』

「お前にだけは言われたくないよ」


 奥の手を隠し持っているのは《ハイフライヤー》も同様だ。

 もっとも、《ミネルヴァ》の武装はサブテールに内蔵された〝ツインバレル〟だけではない。


 アウロは敵の布陣を見極めながら、ぴしゃりとハーネスを打った。

 途端、機体後部に積まれた推進装置ブースターが稼働。点火された炎が機体全体に凄まじい推力をもたらす。

 アウロが用いたのは、新しく機甲外骨格(アームドフレーム)に追加されたアフターバーナーだった。厳密に言うと機甲竜騎士(ドラグーン)の魔力燃焼装置とは原理が異なるが、その出力や視覚的効果はほとんど同じだ。


『馬鹿な! 加速しただと!?』

『その骸装機(カーケス)もどきにはアフターバーナーがないはずでは……!』


 通信機の向こうからは敵部隊の動揺が伝わってくる。

 ヴェスターは苛立たしそうに部下たちを叱責した。


『うろたえるな、愚図ども! 敵が新兵器を搭載していることは最初に確認済みだ! アルファ、ブラボーは敵機の進路を塞げ! チャーリー、デルタは左右から奴を牽制しろ!』

了解ラジャー!』


 流石に精鋭部隊とあって混乱は長く続かない。


 しかし、その隙にアウロは敵小隊の一つへと肉薄していた。

 正面に立ちはだかるのは重装甲の『ガーダー』だ。手には長大なバトルアックスを携えている。

 対するアウロも右腕甲のガンランスを振りかぶった。切り裂かれた大気が、白い霜となって槍の穂に絡みつく。


「行くぞ、カムリ! ランスに魔力を送り込め!」

【らじゃ! ダイレクトカレントシステム起動! 魔導装填エナジーロード開始! 強化術式エンハンスコマンド構築! ――強化魔導兵装エンチャンテッドアーム、完全解放!】


 唸りを上げる魔力。それが数秒の内に一点へと凝縮される。

 カムリ本体から汲み上げられた莫大なエネルギーが、外骨格を通じてガンランスへと注ぎ込まれているのだ。

 同時に、突き出た穂先に刻まれた幾何学紋様――網のように張り巡らされた魔法陣が、一瞬にして真っ赤に染まった。


「燃え上がれ……〝スピキュール〟!」


 刹那、槍の穂にこびりついていた霜が内側から吹き飛ばされる。

 舞い散る氷片。煌めく烈光。ランスの根本から燃え広がった紅炎が、怒涛の勢いで鋭い切っ先へと至る。

 それは正しく『炎の槍』だった。陽炎をはらんだ灼熱が、誕生の喜びにゆらめきながらチリチリと音を立てて大気を焦がした。


『なんだ、魔導具!? いや、魔導兵装か!?』

『ガーダー2、気をつけろ! チャージが来るぞ!』

『望むところぉ!』


 すかさずアフターバーナーを噴かせ、格闘戦に応じる敵機。

 アウロはディスプレイに映る敵影を捉えたまま、告げた。


「ランスチャージを敢行する!」


 ぴしゃりとハーネスを打つ。推力全開。


 たちまち、二機の機甲竜騎士(ドラグーン)は至近距離で交錯した。

 本来、重装甲の『ガーダー』にとって近接兵装での殴り合いは自らに最も有利なフィールドだ。

 しかし、炎の槍――対機甲灼熱溶断槍〝スピキュール〟は、分厚い盾による守りも、要塞じみた重装甲も、まるで問題にしなかった。

 赤熱した穂先は唸りを上げると、アダマント鋼のシールドと装甲とを纏めてぶった斬り、機械仕掛けの竜騎士を川魚のごとく二枚におろしてしまった。


「チャージ成功」

【げきついかくにん!】


 切り捨てられ、為す術なく爆発四散する『ガーダー』。

 空に咲く紅蓮の大輪を背に、アウロはガンランスを真横へと振り抜いた。


『な……ガーダーが一撃!? 一撃で落とされただと!?』

『いかん! ここは一旦距離を……!』


 撃墜された僚機を見て、編隊を組んでいた二機は泡を食った様子で離脱を図った。

 だが、アウロはそれを許さなかった。再度ハーネスを打ち、アフターバーナーを点火して逃げる敵機に追いすがる。

 ランスチャージを行ったにも関わらず、メーターに表示された速度は先ほどより10ノット近くも上昇していた。強化魔導兵装エンチャンテッドアームの圧倒的な突破力のおかげで、スピードのロスがほとんど発生していないのだ。


 瞬く間に敵機に追いついたアウロは、再びガンランスを構えた。

 狙いは右前方を飛ぶ『シューター』だ。射撃能力に特化した機竜は、近接戦闘に持ち込まれると全くの無力である。

 敵機は怯えた様子で背後へと振り返った。鏡のように滑らかなバイザーが、燃え上がる〝スピキュール〟の槍頭を映した。


『ダメだ、振り切れん! かくなる上は――!』


 破れかぶれとばかりに迎撃を試みる『シューター』。

 だが、アウロはそんなささやかな抵抗すら許さず、構えられた魔導砲ごと敵機を一刀両断した。

 空に響く断末魔の叫び。胴部から上を失ったアーマーは乗機ごと爆沈する。

 しかし、その隙に先ほど距離を取っていた『ランサー』が、反転してこちらへ突撃をかけてきた。


『貴様……よくもっ! ケイとデュランの仇ぃ!』


 血を吐くような絶叫がヘルム内に轟く。

 己の身も顧みず、炎の尾を引きながらチャージを仕掛けてくる『ランサー』。

 だが、流星のごとき勢いで突貫する敵機を見ても、アウロの心には波風一つ立たなかった。


【主殿、九時の方角! ランスチャージ!】

【あえて盾のある側面から来るか……しかし!】


 アウロは冷静に左腕でハーネスをさばいた。

 可変翼ヴァリアブルウィング変形。補助翼エルロンが跳ね上がり、長っ細い尾翼が音を立ててしなる。

 結果、《ミネルヴァ》は独楽のように水平方向へと回転した。同時に、ランスを握った腕甲が真横から敵機を急襲する。

 交錯の瞬間、『ランサー』の突き出された穂先は空を切り、逆に〝スピキュール〟の燃える刃は敵パイロットの胴体を抉り抜いた。


 ――ジッ!


 眼前で散る火花。

 敵機はしばしの間ふらふら空を飛んだ後、やがてネジが切れた人形のように力を失って墜落した。

 既にその鞍上に搭乗者の姿なかった。〝スピキュール〟の火力によって、アーマーごと蒸発してしまったのだ。


「――撃墜確認」


 アウロは腕甲を一振りして強化術式を停止した。

 炎を纏っていた切っ先が鎮火し、ただの長槍ハスタへと戻る。

 途端、カムリは全力マラソンを終えたかのように大きく息をついた。


【ううっ……やっぱりこれ、お腹が空くなぁ】

【この武器はお前の魔力で稼働させているからな。体力的にはまだ持ちそうか?】

【それは大丈夫。後三十分くらいは余裕で戦えるよ】

【十分だ。帰ったらすぐ食事の用意をさせるから、あと少し踏ん張ってくれ】

【らじゃ!】


 見え透いたご褒美だったが、カムリは嬉しそうに翼をはためかせた。


『くっ……ブラボー小隊が全滅だと!?』

『あの魔導兵装、虚仮威(こけおど)しではない! なんという破壊力だ!』

『フォーメーションを組み直せ! 数はまだこちらが有利なのだ!』


 一方、僚機を失った敵部隊は混乱の極みに至っている。

 最後に聞こえた叱咤は、隊長であるヴェスターのものだろう。

 アウロは周囲を見回した。敵は三方からこちらに迫りつつある。が、肝心の《ハイフライヤー》の姿が見当たらない。


【ヴェスターの奴が見えんな。どこにいる?】

【まだ下の方をうろうろしてるよ。さっき落とした高度を回復できてないみたいだ】

【よし、ならば攻撃を続行するぞ。……カムリ】

【らじゃ!】


 皆まで言わずとも、カムリは了解の意を示した。


 既にディスプレイの隅では、シリンダー内の充填率を示すゲージから『Now Cooling』の文字が消えていた。

 収束砲の冷却が完了したのだ。アウロはすぐさま、盾の側面からせり出たコッキングレバーを引いた。


【照準を空対空狙撃モードに変更。発射シークエンス省略。カムリ、ブレスの供給を始めろ】

【よーし、再充填(リロード)開始!】


 小気味良い応答とともに、竜の口蓋から吐き出される炎が伝導管を通じ、開放された薬室へと送り込まれる。

 アウロは輪を描くチャージゲージを視界の端に捉えつつ、手頃な位置にいた敵の小隊へと照準を定めた。


『まずいぞ! さっきの収束砲がまた来る!』

『デルタ全機、散開しろ!』

『ブレイク、ブレイク!』


 たちまち、オオカミに狙われた仔ウサギのごとく逃げ惑う機竜群。

 直後、〝プロミネンス〟のチャージが完了。アウロはコッキングレバーを手前まで引いた。

 盾の先端から砲身が展開するのを確認したところで、旋回中の敵小隊めがけてトリガーを引き絞る。


「……発射(ファイア)


 ――ドバァッ!


 全身に伝わる衝撃と反動。アウロはアーマーごと上体を仰け反らせた。

 機体を固定するワイヤーが軋み、閃光がディスプレイを埋め尽くす。

 霞がかった視界の中、極大の灼熱光線が散り散りになった敵機を飲み込もうとする。


『ちぃっ! 直撃コースだ!』

『ランサー4、緊急回避!』


 射線に捉えられた『ランサー』は、急降下して致命傷をかわそうとした。


 が、アウロはその瞬間、火を噴く収束砲を強引に横方向へと薙ぎ払った。

 連動して、絞り込まれた熱線が逃げかけの『ランサー』を呑み込む。

 更に、油断していた『ガーダー』と『シューター』までもが炎の渦に巻かれて消滅した。最後まで自分たちの身になにが起こったのか理解することなく、三機の機甲竜騎士(ドラグーン)は一瞬で空の塵と化した。


【よっしゃ! 一網打尽!】

【ああ……だが、こちらも少ししくじったな】


 アウロは乱れた息を整えつつ、左腕甲へと視線をやった。

 先ほどの荒っぽい使い方のせいだろう。砲身と外骨格とを繋ぐチューブが根本から千切れてしまっていた。

 ブレスの汲み上げができない以上、もはやシールドに内蔵された砲撃機能は使えない。〝プロミネンス〟の射角については、後でシドカムに調整してもらう必要がありそうだ。


『は、半壊だと……? 我ら蒼い旋風(ブルーボルテクス)が、たかが一機の機甲竜騎士(ドラグーン)に半壊……!』


 一方、列機の死を目の当たりにしたヴェスターは、怒りと恐慌を混ぜ合わせたような声を漏らした。


 はじめ、十二機いたボルテクス中隊も、今は二つの小隊を撃破され、半分の六機にまで頭数を減らしている。

 味方の半数を失った以上、本来ならば退却に移るべき場面だ。しかし、ヴェスターは撤退の指示を出さなかった。


 アウロには分かっていた。

 ヴェスターは――あの偏狭なプライドを持った男は、仇敵に負けておめおめ逃げ帰るほど物分りのいい人間ではない。


『おのれ……ランサー1、ランサー3! 「スクイズ」だ! 奴にチャージを仕掛けろ! 他の者はランサーの援護に回れ!』

了解ラジャー!』


 この状況でも敵機の動きに淀みはない。

 三機ずつに分かれた編隊はバレルロールを行いつつ、左右からアウロを挟み撃ちしようと迫ってくる。

 どちらか一方を迎撃すれば、もう一方に背後を突かれるという寸法だ。もっとも、《ミネルヴァ》の機動力なら、敵の挟撃を振り切って戦況を仕切り直すことも可能だが……


【主殿、どうする?】

【フォーメーションを崩す。それが奴らの弱点だからな】


 アウロは手短に言って、左腕の収束砲を構えた。


 〝プロミネンス〟は既に機能を失っているものの、敵はまだその事実に気付いていないはずだ。

 案の定、砲身に捉えられた敵の小隊は蜘蛛の子を散らすように射線から逃れた。

 遅れて、最後尾にいた《ハイフライヤー》が収束砲を乱射してくるが、アウロは構わず急旋回してもう一方の小隊に襲いかかった。


『ちっ……! や、奴め! この私を欺きおったな!』


 激昂するヴェスター。だが時既に遅しだ。

 アウロはその間に、もう一方の小隊を前方に捉えていた。

 敵は先ほどまでと違い、一列に並んだ縦列陣形を敷いている。先頭にいるのは槍を構えた『ランサー』だ。


『くそっ、こちとら三人がかりだ! ブレン、アーガル、トリプルチャージを仕掛けるぞ!』

了解ラジャー!』


 アフターバーナーを噴かせ、息の合ったコンビネーションを発揮する三機の機甲竜騎士(ドラグーン)


 対するアウロもガンランスを構えた。「スピキュール!」の叫び声とともにその穂先が赤々と燃え上がる。

 途端、惨殺された僚機の姿をフラッシュバックさせたのか、先頭の『ランサー』はほんの少しだけ怯むような気配を見せた。

 コンマ数秒の空白――それは格闘戦ドッグファイトの世界において致命的な隙だ。アウロはすかさず、及び腰になった敵めがけてガンランスのトリガーを引き絞った。


『うっ……撃てるのか!?』


 てっきり、ランスチャージが来ると思っていたのか。相手はろくに回避行動を取ることもできずに砲弾の直撃を受けた。

 灼熱の弾頭は『ランサー』の胴部を食い破り、燃料タンクに引火して、機体全体を爆光へと変じさせた。更に間近で炸裂した僚機に気を取られたのか、後続の『ガーダー』までもが動きを鈍らせる。

 当然、この機を逃すアウロではない。砲身が焼けつくまでガンランスを連射し、相手に防御を固めさせた後、構えられた盾ごと敵機を斬り捨てた。


 ――ジジジッ!


 背後で奏でられるのは装甲が熱され、断ち切られる音だ。

 遅れて、搭乗者の悲鳴と機竜本体の爆発音が、青空に血なまぐさいハーモニーを刻んだ。


『ブレン!? やられたのかっ! おのれ、我ら蒼い旋風(ブルーボルテクス)を舐め――!』


 最後に残った敵機は怒号とともに魔導砲を構えたものの、その時にはもう機体後部から炎を噴かせた《ミネルヴァ》が、全身をねじるようにロールしながら彼の眼前まで迫っていた。

 振り上げられていた炎刃が今度は縦方向に一閃される。トリガーにかかった指が引かれるより早く、『シューター』の意識は肉体もろとも焼き尽くされた。

 パイロットを失って沈む敵機の横を、アフターバーナーによって加速した機竜がくるくる回りながら駆け抜ける。


「……撃墜確認」


 爆散する敵機を尻目に、アウロはぽつりと呟いた。


 同時にガンランスをひと振りし、術式を停止させる。

 冷たくなった穂先の周りでは、名残惜しむように火の粉が散っていた。


 ――これで残りは三機。


 既に空戦の趨勢は決しかけている。

 それでも、アウロは慎重に息を整えた。戦場において、ほんの少しの油断が死を招くことは知っていたし、なんといっても相手方にはまだ骸装機(カーケス)である《ハイフライヤー》が残っているのだ。


『ぐっ、ぬ! チャーリー小隊までもがやられるとは……!』

『隊長! これ以上は無茶です! 撤退命令を――』

『たわけ! 逃げ帰ってどうする! 十二人がかりでたった一機の機甲竜騎士(ドラグーン)にぶちのめされましたとでも報告する気か! ……なにより私の愛機はともかく、貴様らの《フューリー》では奴の追撃を振り切ることができんよ。覚悟を決めるのだな!』

『っ……了解ラジャー!』


 悲壮感溢れる声で応答する《ハイフライヤー》の僚機たち。

 既に蒼い旋風(ブルーボルテクス)は半数以上の隊員を失い、中隊としての体裁も崩れ去っている。ふらふらと空を飛ぶ姿は敗残兵そのものだ。

 それでもなお、闘志を失っていないのは流石と言うべきだろう。アウロは舌で乾いた唇を湿らせた。


(さて……)


 今までアウロは敵の慢心に付け込み、フォーメーションを寸断することで各個撃破に成功してきた。

 しかし、ここから先はヴェスターも死に物狂いで来るはずだ。既に新兵器の性能が把握されている以上、相手の虚をつくような戦法も通用しない。

 つまり、勝負を分けるのは機体の性能。そして、機竜乗り(ドラグナー)としての腕前だけ。


 空戦は決着の時を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ