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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
三章:双竜戦争(前夜)
69/107

3-24

 その日、アウロはもう十数回目になる《ミネルヴァ》の飛行試験を行っていた。


 シドカムがカムリをコアユニットに用いた機甲兵器――《ラスティメイル》を試作してから約二週間。

 始めは数分飛ぶだけで不具合を頻発させていた機甲外骨格アームドフレームも、ここ最近は長時間の連続飛行に耐えうる仕上がりとなっていた。

 既に外骨格本体は実戦で使用可能なはずだ。後は魔導回路(マギオニクス)の細かい調整と、新型兵装の稼働試験を残すのみだった。


【うーん、それにしてもこの鎧は肩が凝るなぁ】


 カムリは巡航速度を維持したまま、独特の表現でぼやいた。


 今、アウロがいるのは高度17000フィートの上空だ。

 下は一面の蒼である。ディスプレイに映っているのは陽光を反射して煌めく大海原と、その上に散らばる白い浮雲だけ。

 今日は天気も良く、絶好のフライト日和だった。ヘルム越しに吹き付ける風はごうごうと苛立ったような音を奏でているが、これは単に海岸沿いを飛んでいるせいだろう。アウロたちはケルノウン半島を北上している真っ最中なのだ。


【このヘンな鎧、飛びやすいのはいいんだけどさ。その代わり、妙におなかが減るんだよね。参っちゃうよ】

「仕方あるまい。フレームの側が自動的にお前の魔力を吸い上げているんだ。それに弱音を吐くにはまだ早いぞ。敵の機甲竜騎士(ドラグーン)と戦闘に突入すれば、魔力の消費量は今の倍以上に跳ね上がるだろう」

【うへぇ、想像しただけで胃に穴が空きそうだ。人の魔力を勝手に吸い取るなんて、まるで呪いの装備だよ……】


 ぶつぶつ不平不満をこぼすカムリ。

 ただ、そんな彼女もアウロの手綱さばきには大人しく従っていた。

 カムリとて機甲外骨格(アームドフレーム)の有用性はよく理解しているのだ。それはアウロ自身も同様だった。


 既に幾度かの試験飛行を経て、アウロは《ミネルヴァ》の性能をおおむね把握していた。

 元々、カムリの最高速度は機竜に擬態した状態で約320ノット。だが、フレーム着装時はゆうに400ノットを越えるスピードを出すことができる。

 加えて、機体後部の推進装置ブースターにより、擬似的なアフターバーナーを使用可能なのも大きな強みだ。機動力に関しては《ワイバーン》などの量産機はもちろん、並みの骸装機(カーケス)すら凌駕していると言っても過言ではない。


 なにより――著しい強化が成されたのは攻撃面での性能だ。


 アウロはアーマーの両腕甲に装備した武器を視界の端に捉えた。

 現在、空戦型騎士甲冑(ナイトアーマー)《ヘルゲスト》は、肩から生えた副腕にそれぞれ異なる兵装を携えている。


 右ガントレットに構えたメインウェポンは黒塗りのガンランスだ。

 デザイン自体はライフルタイプの魔導砲に、鉄杭じみた長槍(ハスタ)を組み合わせたごくごくスタンダードな代物である。

 ただし、分厚い砲身からは幾条ものケーブルが伸び、外骨格を通じて機竜本体へと接続されていた。このガンランスにはカムリから吸い上げた魔力を、砲撃火力に転化するシステムが組み込まれているのだ。

 更に、突撃用のランス部分にも一時的な強化術式エンチャントを施すことが可能だった。よくよく目を凝らせば、穂先に刻まれた幾何学的な紋様に気付いたことだろう。


(確か、ゴゲリフはダグラスのアーマーに搭載されていたものと同じ術式を組み込んであると言っていたが……)


 アウロは魔導工学の専門家ではないため、詳しい理屈までは分からない。

 ただ、もう一方の武装はいくらか分かりやすい構造をしていた。


 アーマーの左ガントレットに装着されているのは錆色のシールドだ。

 一見、ごく普通の盾に見えるアダマント鋼の塊だが、その内部には大口径の砲身が収納されていた。

 〝プロミネンス〟3.6インチ重対機甲砲ヘビーアーマーピアッシングキャノン。竜の息吹を絞り上げ、加速し、熱線として照射する兵器……いわゆる、収束砲である。


 通常、骸装機(カーケス)の収束砲は炎嚢(ブレスポッド)と呼ばれる器官を利用している。

 しかし、こちらはもっと原始的なやり方だった。シールドの裏面から伸びたチューブが、外骨格を経由して機竜のヘッド――つまり、カムリの口蓋から吐き出されたブレスを汲み上げるのだ。

 おかげで発射に時間がかかる上、連射は利かず使い勝手も悪い。が、威力は折り紙つきだ。既に地上で行われた射撃試験では、巨大な岩塊を吹き飛ばすほどのエネルギーが確認されていた。


「この収束砲は空でも試し撃ちをしたいところだな。どこかに手頃な機甲竜騎士(ドラグーン)でもいればいいんだが」

【物騒なこと言うね、主殿】


 カムリは苦笑いするような気配を返した。


【今日もまた新しい武器の試験をするんだっけ。確か、後ろの方にある――】

「〝ツインバレル〟0.8インチ対機甲砲。補助尾翼テイルロンに内蔵された機関砲だよ。格闘戦ドッグファイトで背中を取られた時に使う武器らしいが、こいつの機動力で出番があることやら……」


 アウロは説明しながら、ちらりと背後に首を巡らせた。


 《ミネルヴァ》は長大な尾翼の左右に、それぞれ一本ずつサブテールを有していた。

 V字を描く縦長の金属板。ツバメの尾にも見える補助尾翼(テイルロン)は、機体の運動性を高めるだけではなく、内蔵された火砲によって背後の敵を狙撃することまでできた。ちょっとした奥の手のようなものだ。

 その操作のため、コックピットシートの前面両端からは一対の操縦桿スティックが生えている。トリガーを軽く引くことでガンカメラが作動。ディスプレイに機体後部の映像を投射し、完全に引き金を押し込むことで砲弾が発射される仕組みだ。


【そういえば、普通の機竜って後ろに攻撃できるような武器を積んでないよね】

「まぁな。元々、機竜のパイロットは両手でハーネスをさばきつつ、同時にガントレットを操らなくてはならない。わざわざ扱いづらい武器を乗せる余裕は、精神的にも積載量ペイロード的にもないんだよ」

【そう聞くと、シドっちの新兵器もいざって時に役に立たない気がするけど】

「大丈夫だ。シドカムが言うには手動式自動照準システムを搭載しているらしい」

【……なんか二秒で矛盾してない、それ?】


 カムリは怪訝そうな声を漏らした。


「ともあれ、まずは前回と同じく海上での飛行試験だ。その後はひと通り兵装試験を行ってから、イクティスに帰投して――」


 アウロは言いかけたところで、ふいに言葉を切った。

 すぐにカムリが【主殿?】と尋ねてくる。が、彼は取り合わなかった。

 アウロの眼球は一ヶ所に向けられたまま停止していた。錆色の瞳が見据えているのは、ディスプレイに表示された円状の平面位置表示機インディケーターだ。スコープの端には一塊になった光点が表示されていた。


「これは……」


 意識を集中させる。軽い電子音がヘルム内にこだまする。

 謎の機影群が映っているのは丁度、港街ヘイルの北部だった。

 一応、同盟側の部隊という可能性もあるがそれにしては数が多い。

 アウロは重なり合った光点の大きさから、十機以上の機竜が編隊を組んでいるものと判断した。同盟がこれほどの大量の機甲竜騎士(ドラグーン)を、僻地であるケルノウン半島に送り込むことは考えにくい。


(まさか、もう王国が動いたのか? となると偵察部隊……いや、だとしたら数が中途半端過ぎる。相手は中隊規模。目的は強行偵察か? 何故わざわざ兵の少ないここに。――待て。兵が少ないと知っているのは同盟側の人間だけだ。それにあえて半島を牽制し、こちらの戦力を分散させたところでブリストルを狙う作戦も考えられる)


 アウロは数秒の間に、稲妻のごとく思考を飛躍させた。

 が、結論は出ない。今の段階ではあまりにも情報が少なすぎる。

 その内、カムリが焦れた様子で声を上げた。


【ねー、主殿。一体どうしたんだよう】

「……レーダーに反応があった。ヘイルの北部に機甲竜騎士(ドラグーン)の集団が迫っている」

【え、ドラグーン? 敵のってことだよね】

「今はまだなんとも言えないな。だが、王国側の部隊である可能性は高い」

【様子、見に行ってみる?】


 カムリの提案にアウロはしばし逡巡した。

 このまま領地に戻るという選択肢はない。それは敵の攻撃部隊を見過ごす結果に繋がるからだ。

 ならば、わざわざ悩むまでもなかった。アウロは方位器を確認し、《ミネルヴァ》の機首を北に向けた。


「よし、ひとまず連中の正体を暴く。場合によっては、このまま戦闘に突入するかもしれん」

【らじゃ!】


 カムリは嬉しそうに答えた。


 途端、錆色の甲冑に包まれた翼が波打つようにして大気を切り裂く。

 《ラスティメイル》のウィングはカムリ自身の意志である程度動かすことができた。鱗状の装甲によって柔軟性を持たせた『可変翼ヴァリアブルウィング』の一種だ。

 ゆるやかに旋回した機体は翼端から白い糸を引きつつ、300ノット近いスピードで北上を開始した。加速によるGがアウロの内臓を圧迫し、アーマーを固定するワイアーが甲高い音を立てて軋んだ。


【でも、相手の目的がよく分からないね。こんな辺鄙な場所にそこそこの部隊を送り込んでくるなんて】

「あれが敵の部隊だと仮定した場合、その目的は偵察か陽動だろう」

【うーん、こっちに直接攻撃してくるってことは考えられない?】

「むしろその可能性の方が高い。恐らく、連中は部隊を展開してこちらの戦力を推し量るつもりだ。場合によっては対地攻撃を仕掛けてくるかもしれん」

【うへぇ、強引なやり方だね】

「偵察といっても、こそこそ動き回るだけが全てではないからな」


 相手を一発ぶん殴ってから反応を窺う。少々乱暴だが、これも立派な偵察行為の一つだ。


「ただ、このあたりは戦略的にさほど重要な場所ではないはずだ。例え陽動だとしても、戦端の開かれていない現状では妙な話だが……」

【とにかく、変な連中が来てるのは確かなんでしょ? 振りかかる火の粉は払わないと】

「無論だ。といっても、こちらは単機。あまり無茶はできないし、するつもりもない」

【じゃあ、一発かましてすぐ逃げちゃう?】

「一撃離脱戦法か、悪くないな」


 なにしろ、《ミネルヴァ》の推進力は量産機のそれとは比べ物にならない。

 加えて今は武装も強化されている。距離を取って戦えば、一方的に相手を虐殺することさえできるはずだった


(とにかく、まずは相手の正体を確かめなくては)


 正面を見据える。鋭いヘッドが白雲を切り裂く。

 レーダーに反応があったのは丁度このあたりだ。


 周囲を見回したアウロは、視界の端にキラキラと光る物体を捉えた。

 二時の方角。距離は6000フィート。高度はこちらよりやや低いくらいか。

 磨き抜かれた機甲竜騎士(ドラグーン)の装甲が、太陽の光を反射している。それも一つや二つではない。やはり、複数の機竜が編隊を組んでいるらしい。


【あれ……? 変だよ、主殿。なんか他の機竜より大きいのがいる】

「なに?」


 カムリの指摘を受け、アウロは目をすがめた。


 途端、ちっと舌打ちを漏らしそうになる。

 フォーメーションを維持したまま編隊飛行を続けている敵機甲竜騎士(ドラグーン)集団だが、よくよく見るとその中に機体サイズの大きいものと小さいものが混在していることが分かった。あの独特のシルエットは間違いなく――


「……《ハンドレページⅡ》。対地攻撃任務に投入される陸攻型機竜(ストライカー)の一種だ」

【すとらいかー?】

腹の中(ウェポンベイ)に爆弾を抱えた大型の機竜だよ。爆撃機ボンバーとも呼ばれている空の厄介者だ」

【え、爆弾ってそれまずいんじゃ】

「まぁな。ただ、これで相手の素性もはっきりした」


 もしあれが同盟の部隊だとしたら、陸攻機が混ざっているのは明らかにおかしい。

 間違いなく王国の――それも機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の飛行部隊だ。十二機の空戦型機竜ファイターと、二機の陸攻機から成る飛行中隊スコードロン。前者はハンドレページの護衛も兼ねているのだろう。


「カムリ、あれは敵だ。このまま見過ごすことはできん」

【なら今すぐ先制攻撃をかけちゃおうよ。あいつら、まだこっちに気付いてないみたいだし】

「魅力的な提案だが……不意討ちをかけるのはまずいな。王国もまだこちらに宣戦布告していないはずだ。できれば相手側から戦端を開かせる形にしたい」

【むぅ、戦争って面倒だね。なら、どうするつもり?】

「まずは茶番の時間だな」


 冗談交じりに言って、アウロはヘルムの側面に手を這わせた。


 通信機のスイッチを押し、チューナーを操作。魔力波の周波数を調整する。

 回線の構築対象は言うまでもなく、眼前で遊泳している敵の航空編隊だ。

 アウロはひと通りの作業を終えた後で、おもむろに口を開いた。


「そこの所属不明部隊、聞こえているか。こちらは南部諸侯同盟所属、ケルノウン伯爵のアウロ・ギネヴィウスだ。貴殿らは我が領地から7マイルの距離にいる。ただちに進路を変更するか、その場で武器を放棄しろ。繰り返す。ただちに進路を変更するか、その場で武器を放棄しろ」


 アウロは一息置き、


「これは警告だ。三十秒以内に応答がなければ攻撃の意思ありと判断し、貴殿らを強制的に排除する。当方は招かれざる客が、我が領内に立ち入ることを許さない。貴殿らが無礼者でないことを期待する。以上オーバー


 我ながら一方的かつ高圧的な通達である。


 それでも、内容自体はきちんと相手に届いたらしい。

 ノイズ混じりの通信回線の間を、張り詰めたような空気が覆う。

 殺伐とした沈黙の中、敵の編隊は行動を開始した。右端に位置する四機が列を離れ、陣形を維持したままこちらに向かってくる。


 言葉はない。だが、アウロは迫る敵機から非友好的な意思を感じ取った。

 その直感を裏付けるかのごとく、敵部隊は早くもガンランスを構え、威嚇射撃を開始する。

 鈍い砲音とともに、真っ赤に燃える魔導弾が空を切り裂いた。たちまち、カムリがときめくような声を上げる。


【やったね、主殿。返事が来たよ!】

「『お付き合い』をして欲しいらしいな。歓迎してやろう」


 アウロは手綱を握っていた右腕を左肩のガントレットへと添えた。

 左腕甲に装着されているシールドの側面には、収束砲を操作するためのコッキングレバーが備え付けられている。アウロはそれを一段階手前へと引いた。


「マスターアームスイッチオン。照準を空対空狙撃モードに変更。ダイレクトカレントシステム起動。左腕収束砲、発射シークエンス開始」


 更にもう一段階、レバーを手前へと引く。

 がっこん、と響く鈍い音。シールドの内部でなにかの機器が駆動する。次いで、ディスプレイの端に灰色のリング型ゲージが出現した。


「エネルギー伝導管接続。薬室開放。カムリ、〝プロミネンス〟のチャージを始めろ」

【らじゃ! 吹き込み開始ー!】


 カムリは喉を膨らませると、口蓋からブレスを吹き込み始めた。


 外骨格に組み込まれたチューブを通じて、収束砲の薬室チャンバーに竜の息吹が充填される。

 アウロは赤いゲージがリングをぐるりと回るのを見た。やがて、ゲージが完全な円を描いたところで軽快な電子音が鳴る。中央部分に表示されているのは、『Completed』の文字だ。


【チャンバー内圧力上昇。充填率80……90……充填完了フルチャージ!】

「よろしい。では、薬室閉鎖。発射筒開放。収斂加速器ブレスアクセラレーター起動。ライフリングシステム展開」


 アウロは三度みたびレバーを――今度は一気に手前まで引いた。

 途端、盾の内部に折り畳まれていた砲身が展開される。シールドの先端から伸び上がったバレルが、陽光を浴びて鮮烈な輝きを放った。

 アウロは慎重に息を整えながら、こちらに迫る小隊と、その奥に留まる敵編隊を纏めてガン・レティクルに捉えた。


「目標捕捉。照準器の誤差修正……完了」

【全工程クリア! 発射準備よし!】

「最終安全装置解除。〝プロミネンス〟出力最大」

【カウントダウン開始! 三、二、一……!】


 カムリの声が途切れる。アウロは人差し指でトリガーを引き絞った。


「――――発射ファイア


 軽い手応え。閉鎖されていたバルブが開放され、内蔵機器が唸りを上げる。

 そして一拍後、薬室に溜まり溜まったエネルギーが砲口からぶち撒けられた。

 槍のごとく収斂された竜の息吹は、ライフリングシステムによって加速されながら、勢い良く外界へと放出される。


 原理としては水鉄砲とほとんど同じ。だが、その威力は全く比較にならない。

 アウロは強烈な反動に、アーマーごと体がのけぞるのを感じた。


 ――バァッ!


 それは火山の噴火を彷彿とされる一撃だった。

 雲を散らし、大気を歪めながら、空を駆け抜ける極大の閃光。

 白く染まる視界の中、破滅的な熱量が敵編隊に牙を剥く。あまりにも火力の高過ぎる砲撃は、一瞬、バイザーの光学補正機能すら焼き尽くしてしまった。


【あう、まぶしい!】

「……いい実験になった。後でシドカムにフラッシュサプレッサーを注文しよう」


 アウロは誰ともなしに呟いた。


 直後、視界を覆う光が唐突に途切れた。収束砲の照射が終了したのだ。

 ガコン、と音を立ててコッキングレバーが元の位置に戻り、展開されていた砲身も自動で盾の内部へと格納される。

 次いで、魔導式放熱装置(ラジエーター)が熱された砲身の冷却を開始し、シールドの左右に空いた排気口からおびただしい量の水蒸気が吹き出た。充填率を示すリングゲージも、『Now Cooling』の文字を映し出したまま冬眠する。


 この〝プロミネンス〟は《ラムレイ》の〝ファイアブレス〟をも越える破壊力を有しているものの、使用後は数分間のクールタイムが必要だった。事実上、一発限りの切り札に近い武器なのだ。


(さて、肝心の成果はどうなった……?)


 アウロはバイザーの機能が回復したところで、周辺へと視線をさまよわせた。


 敵部隊の姿はすぐには見つからなかった。

 収束砲による狙撃を警戒してか、散開しつつ不規則な防御機動を繰り返していたためだ。

 が、その内に二発目が来ないことを悟って編隊を組み直し始める。四機編成の小隊が三つで、合計十二機。見たところ、敵の数はほとんど減っていない。


【むむぅ、派手な攻撃だった割にあんまり敵に当たってないような】

「……妙だな」


 先ほどまで、敵は二機のハンドレページを含めた十四機の機甲竜騎士(ドラグーン)による編隊を組んでいた。

 しかし、今。アウロの眼前を花蜂のごとく飛び交っているのは、全て同一の大きさを持った機竜だ。

 つまり、〝プロミネンス〟の熱線が捉えたのは、鈍重で分厚い装甲だけが取り柄の陸攻型機竜(ストライカー)のみ、ということになる。


 残る敵機は全て先ほどの攻撃を回避したらしい。

 それも不意討ち気味に放たれた収束砲を、己の目で見てからかわしたのだ。

 狙い自体が大雑把だったとはいえ、たいした反応速度である。並みの機竜乗り(ドラグナー)にできることではない。


 ――こいつら、ただの偵察部隊とは違う。


 アウロの背筋にひやりとした感覚が走る。

 その予感が間違いではないと証明されたのは、直後のことだった。


『ふ、ふふ、やってくれるじゃないか。さっきのは新兵器か? 素晴らしい威力だ。王都から連れてきたハンドレページが、一瞬で消し飛ばされてしまったよ』


 ヘルム内に響く妙に気取った男の声。

 アウロはその声に聞き覚えがあった。途端、胸の奥で湧き上がった衝動が、怒号となって口から飛び出た。


「貴様……ヴェスター・ガーランドか!」

『そうだよ! 久しぶりだなぁ、アウロ! また会えて嬉しいよ!』


 挑発的な口調であざ笑うヴェスター。

 アウロは荒れ狂う感情を押さえつけようと、きつく奥歯を噛み締めた。


「俺にとっては悲報だよ。貴様が未だにのうのうと生きているとは!」

『あいにく、私はしぶといたちでね。お前に撃墜された時は危うく死にかけたが、どうにか一命を取り留めることができた……。その代わり、二度と消える事のない傷を負ったがな!』

「知ったことか! そのまま永眠していればよかったものを!」

『おいおい、つれないこと言うな! 私はこの時を待っていたのだぞ! 機会! 機会だ! 貴様を屠殺場の豚のようにブチ殺す機会! 我が雪辱を存分に晴らす機会を、だ!』


 ヴェスターは一転して声に憎悪と狂気の色をにじませた。

 同時に敵編隊の動きが変化する。三つに分かれた小隊が、三方からこちらを包囲すべく高度を上げ始めたのだ。


『我が精強なる列機に告げる! 総員、敵機を蹂躙殲滅せよ! あの薄汚い反逆者を空の塵に変えてやれ! ――交戦開始エンゲージ!』

「来るか、ヴェスター! だが……!」


 アウロは迫る敵機を前に、しかし、立ち向かうことなく機体を反転させた。


 こちらが単独なのに対して敵は十二機。ここまで戦力差が開いていると、正攻法で挑むのは自殺行為だ。

 アウロは一度この空域から離脱し、追撃してくる敵機があれば高低差を利用して迎え討つつもりだった。

 本来、骸装機(カーケス)の機動力に振り回されれば、量産機の側に勝ち目はない。特に相手が強力な収束砲を持つ機体の場合、弓騎兵のパルティアンショットよろしく遠距離からなぶり殺しにされてしまう。


 ――が、


 アウロにとって計算外だったのは、敵の側にも骸装機(カーケス)がいたことだ。


『愚か者め! 逃すものかよ!』


 刹那、空の一角から幾条もの熱線が飛来する。


 見覚えのある攻撃だった。

 ヴェスターの乗機、《ハイフライヤー》の保有する魔導兵装。〝デッドスカッター〟1.2インチ二挺駆動(ガスト)式収束魔導砲である。

 この連射可能な火砲は、特に遠距離での撃ち合いで無類の力を発揮する。アウロ自身、その厄介さはモンマス上空の戦いで痛感していた。


「《ハイフライヤー》も修理済みか。よくこの短期間で……!」


 アウロはハーネスをさばき、強引に機体を急旋回させた。

 同時に、右腕甲のガンランスを撃ち返す。が、敵の編隊は迫る砲弾を軽々とかわしてしまった。


【うっ、また避けられた! なんか、こいつら動きが素早い!】

【恐らく、200ノット近い速度が出ているな。並みの《ワイバーン》とは機動力が段違いだ】

【そういえば、王都で見た機竜とはちょっとデザインが違うよ。翼とマントに青いラインが入ってるし】

【青いライン? ――そうか。こいつら、『蒼い旋風(ブルーボルテクス)』か!】


 アウロは脳内でうめき声を漏らした。


【ぶるーぼるてくす? なにそれ?】

【正式にはボルテクス飛行中隊(スコードロン)。表向きは機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)に組み込まれた一部隊に過ぎん。だが、その実態はヴェスター・ガーランドを筆頭に腕利きの機竜乗り(ドラグナー)ばかりを集めた精鋭集団だ。中隊全体で五十八機もの共同撃墜を記録している、ログレス王国最強の機甲竜騎士部隊(ドラグーンユニット)だよ】


 【すごいね】とカムリは気のない声で相槌を打った。


【でも、どうせ相手は量産型でしょ? わらわたちの敵じゃないと思うけど】

【個々の力だけ見れば、確かにその通りだろう。だがな、空戦では編隊ごとのチームワークというのも侮れないんだ。おまけに相手は《ワイバーン》ではなく、新型の機甲竜(アームドドラゴン)まで用意している】

【えーと……もしかしてこれ、結構まずい状況なの?】

【ああ、絶体絶命と言ってもいい】


 アウロがそう説明している間にも、敵機の攻勢は激しさを増していた。

 《ハイフライヤー》が牽制の収束砲をぶっ放し、その隙に他の敵機がオレンジ色の排気炎を噴かせて肉薄してくる。

 まるで砂糖菓子に群がるアリのようだ。アウロは数の暴力というものの恐ろしさをひしひしと感じ始めていた。


(くそ……完全に予想外だ。まさか、蒼い旋風(ブルーボルテクス)がこんな僻地に来るとは)


 内心でほぞを噛みつつ、アウロは自らを取り巻く状況を確認する。


 現在、自機の速度は310ノット。高度は15000フィート。

 先ほどから急旋回や急降下を繰り返しているせいか、機体高度が徐々に低下しつつあった。

 にも関わらず、敵編隊との距離は大して変わらない。こちらが迎え角を全開にしてエネルギーを浪費しているのに対し、敵機は悠々とアンロード加速を続けていた。遮蔽物のない空の戦いでは、狩猟者の方が圧倒的に有利なのだ。


【うう……やばいよ、主殿。なんだか追い込まれてるみたいだ】

【しつこい連中だ。どうも奴らの狙いはここで俺を仕留めることらしいな】

【そのために、十二機もの機竜をつぎ込んできたってこと!?】

【ああ、しかも単なる十二機ではないぞ。この国で最強と言われる精鋭部隊。そこに数少ない骸装機(カーケス)と新型機まで加わっているんだ。……全く、驚いたよ。あのナーシアがこれほど高い評価を俺に与えていたとは】


 【喜んでる場合じゃないでしょ!】とカムリは涙声で叫んだ。相変わらず窮地に弱いドラゴンだ。

 その内に、通信機越しの笑い声がアウロの耳朶を打つ。


『おいおい、いつまで逃げ回っているつもりだ! こいよ、アウロ! かかってこい! あの小娘を助けに来た時のように!』

「威勢がいいな、ヴェスター。今日はお友達が多いからか?」

『友ではない……部下だ! 彼らは私の最も信頼する手足だよ! 言っただろう。次は我が蒼い旋風(ブルーボルテクス)とともにお前を葬ってやると!』

「記憶にないな。お前の口から漏れた、薄汚い断末魔ならよく覚えているんだが」

『っ……減らず口を!』


 ヴェスターは苛立たしそうに吐き捨てると、〝デッドスカッター〟を乱射した。

 まるで子供の八つ当たりだ。しかし、その手に持っているのは玩具ではなく高火力の収束砲である。

 以前のカムリに比べると攻撃面、機動面ともに強化されている《ミネルヴァ》だが、装甲強度は量産機とほぼ変わらない。むしろ機体が大型化している分、射撃の的になりやすいデメリットもあった。


(このままではジリ貧だな……)


 最小限の動きで射線をかわしながら、アウロは思考を巡らせる。

 自機の性能で敵の追撃を振り切るのは難しい。その上、同盟からの増援を期待できるような状況でもない。

 しかし、アウロが生き残るためにはこの窮地を打開しなくてはならないのだ。誰の助けも借りることのできない、高度15000フィートの戦場で。ただ一人、己自身の知恵と力を振り絞りながら。


【あ、主殿!】


 そこでふいに、覚悟を決めたような声が意識の外から割って入ってきた。


【確かに相手は数が多いよ! でも、こっちだって『二人』いるんだ! 今までだって、わらわたちは力を合わせて戦ってきたじゃない!】

【……そうだな】


 アウロは笑みを浮かべたまま、力強く頷いた。


 無駄な気負いが消えると、急に視界が大きくひらけた気がした。

 敵は圧倒的多数だ。搭乗者の腕も良く、チームの連携力も優れている。

 しかし、相手は数の有利を頼みに油断しているはず。そして、アウロはヴェスター・ガーランドと一度交戦経験がある。


蒼い旋風(ブルーボルテクス)の強みはその隙のなさだ。だが、完璧なものほど綻んだ時には脆い。その隙を突くことができれば、あるいは……)


 アウロはゆっくりと深呼吸した。


 研ぎ澄まされる思考。幾つもの計算を経て、勝利への方程式が導き出される。

 だが、これはか細い勝算だ。アウロ一人では決して辿り着けない答えである。

 この難題を解き明かすためには、カムリの助けが必要不可欠だった。


【カムリ】


 アウロは決意を込めて少女の名前を――彼自身が与えた名を呼んだ。


【お前の力を借してくれ。二人で力を合わせ、現状を打開する。……いいな?】

【もちろん! あいつらに本当のチームワークってものを見せてやる!】


 武者震いするかのように、ぶるるっと鼻嵐を漏らすカムリ。

 アウロはハーネスを握り直し、言った。


「行くぞ、カムリ。速力を上げろ! 反転して奴らを撃滅する!」

【らじゃー!】


 あらゆる悩みを吹き飛ばす、力強い肯定。

 《ミネルヴァ》は意気揚々と可変翼ヴァリアブルウィングをはためかせると、王国最強の部隊に真っ向から挑みかかった。

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