3-22
聖暦八一〇年七月。
ブリストル侯リカルド・ブランドルを中心とする南部諸侯同盟は、王弟ドラク・ルシウスを盟主に掲げ、王国と真っ向から対立する姿勢を打ち出した。
ただし、両者は戦争状態に移行した訳ではなかった。二つの勢力の間ではまだ使者のやりとりが続いているし、軍隊もその首根っこを押さえつけられたままだ。
もっとも、これはお互い背中にナイフを隠した状態での交渉だった。来るべき戦いに向け、刃を研ぐ時間を稼いでいるだけに過ぎない。
戦争への突入はもはや、秒読みの段階へと至っていた。
諸侯同盟の結成後、久々に領地へと戻ったアウロは溜まりに溜まっていた雑事を片付ける前に、ギネヴィウス家の幹部を召集した。
応接室に顔を並べているのはルキ、ロウエル、ハンナ、シドカムの四人。それぞれ、内政・治安・諜報・開発の責任者である。
本来はこれに金融、経済部門を担当しているシオメンも加わるべきだが、あいにく彼はヘイルのシドレー商会支部に留まっているため不在だ。後で別個に指示を出す必要があるだろう。
アウロはひとまず、今回起きた一連の出来事について説明した。
王都からモンマス公を討つべく、西部諸侯を中心とした軍勢が出撃したこと。
その迎撃に向かったガルバリオンが味方の裏切りにあい、更にはガーグラーの急襲を受けて殺害されたこと。また、ガルバリオンの妻リアノンまでもが敵の魔手にかかって死んだこと。
そして、アルカーシャらガーランド家の残党と、ブランドル家を中心とする南部諸侯が手を結び、同盟を結成したこと。その盟主として王家の末弟ドラク・ルシウスが選ばれたこと……などなどだ。
「先に言っておくが」
アウロは大方の説明が終わったところで、室内を見渡した。
応接室のソファには神官服を着たルキと、ツナギ姿のシドカムが向かい合う形で腰掛け、
入口近くにはメイド服を身につけたハンナと、黒い長衣を纏ったロウエルの二人が、それぞれ番兵のごとく控えている。
一同の顔に浮かんでいるのは不安と緊張の表情だ。アウロは一拍の間を置いた後で言葉を続けた。
「俺は同盟側に与して王家と戦うつもりだ。どちらにせよ、両者の激突は避けられない。まだ戦端こそ開かれていないが、遠からずログレス王国は戦火に包まれるだろう。……ここまででなにか質問は?」
と尋ねたアウロだが、挙手する者や声を上げる者はいなかった。
まだ、事態を噛み砕くのに時間が必要なのだ。急に戦争が起こると告げられたところで、その意味を咀嚼し、呑み込み、消化できるはずもない。
とはいえ、各人の反応は様々だった。
とうとう来たかという顔のハンナ。机の上をじっと見つめているルキ。両腕を組んだまま瞑目しているロウエル。
動揺の表情を見せているのはシドカム一人だけだ。ケットシー族の少年はちらちら周囲を伺いつつ、不可解そうに口を開いた。
「……なんか、みんなそこまで驚いてないね」
「遠からずこうなると思っていましたので」
ルキは淡々と告げた。
「実は数日前、私の元にもカムロートの司教座から召喚命令が届きました。一度、王都に戻ってこいと。もちろん、お断りしましたが」
「えっ……。いいの、ルキさん? カムロートの司教って君のお父さんじゃ」
「問題ありません。私には教団本部から彼の命令に対する拒否権を与えられています」
「いや、そういうことじゃなくて――。まぁ、いいや」
天を仰ぎ、諦めの吐息を漏らすシドカム。
ルキはこてりと首を傾げた。どうやら、彼女に肉親の情について説明するのは骨が折れそうだ。
「ルキ、教団本部の方はなにも言ってきていないのか?」
「はい。恐らく、まだ状況を把握していないのでしょう。遠く離れた島国の事情に興味がないだけかもしれませんが」
「彼らが今回の戦争に首を突っ込んでくる可能性は?」
「私たちの敵は人々を害する魔獣やアンデッドの類だけです。原則的に他国の内乱には関与しません」
「その原則はかなり頻繁に破られていたような気もするが」
「気のせいではありません。原則はあくまで原則ですし、各管区司教座の独断専行に関しては黙認されがちです」
「監督不行き届きだな」とアウロは言った。教団が一点の曇りもないほど清廉潔白な組織であれば、プルーンのような司祭などとうに牢獄行きだろう。
「カムロート司教のカシルドラはモグホースの腹心だ。司教座の連中も王国側につくに違いない。ルキ、お前にとっては父親と争う形になるが」
「構いません。今の私にとっては父よりアウロさんの方が大切です」
「……すごい殺し文句ですね」
とハンナは呟いた。
もっとも、ルキの中で父親の扱いはかなり雑なはずだ。
アウロは彼女の脳内における優先順位を見てみたいと思った。一番上が『信仰』でその次が『古書』、『入浴』あたりだろうか。いや、流石に本や風呂よりはアウロの方が上かもしれないが――
「ともかく、ルキ。教団側の動向については情報収集を続けてくれ。妙な事態が起こりそうになった時はすぐに連絡をしてほしい」
「分かりました」
「それとハンナ、この戦争ではお前たち山猫部隊にも動いてもらう形になる。相手は王国軍と黒近衛の連中だ。――やれるな?」
「はい。彼らと渡り合うのはこれが始めてではありません。既に敵のやり口も経験済みです。問題ないでしょう」
「うん? 経験済み?」
思わず聞き返したシドカムに、ハンナは慌てて「こ、言葉のあやです」と言った。
本人は誤魔化したつもりらしいが、どう考えても誤魔化しきれていない。アウロは念のためフォローしておいた。
「シドカム、ハンナたちの件についてはこの後きちんと話す。お前も色々と引っかかっている部分があるだろうしな」
「……分かった」
シドカムは物言いたげな顔のまま頷き、
「で、僕ら開発部はなにをすればいいのかな? 今のところはゴゲリフさんと一緒に色々試作機を作ってる段階だけど、戦争になるなら具体的な仕様書が欲しいよ」
「いずれ細かい指示は下すが、その前に見てもらいたいものがあるんだ」
「見てもらいたいもの? それって?」
「件の機竜だよ。お前に開発して欲しいのは機竜用の兵装なんだ」
「なるほど!」と一転して嬉しそうに相槌を打つシドカム。
その向かいに座るルキは、やや意外そうにアウロを見上げた。
「アウロさん、機竜を持っていたんですか?」
「まぁな。一応、他の連中には秘密だぞ」
「分かりました。でも、どこに保管場所なんて……。もしや、屋敷の下に秘密の地下室が?」
「違う。どちらにせよ、この場にいる全員には後で工房に来てもらうつもりだ。その際、俺の抱えている事情についても説明する形になるだろう」
アウロは言いつつ、ちらりとハンナに視線を向けた。
山猫部隊とキャスパリーグ隊の繋がりとて、いつまでも隠し通せるようなものではない。
戦争ともなれば尚更だ。ネコミミの少女は口を真一文字に結んだまま、覚悟を決めたように首肯した。
「それとシドカム、お前たち開発部にはもう一つ注文がある」
アウロは話を元に戻し、
「今回の戦争に投入するための、陸戦型アーマーを作って欲しいんだ。確か、工房に《グレムリンⅡ》の発展型があったはずだが」
「ああ、あれはもうある程度形になってるからすぐにでも頭数を揃えられるよ。もちろん、量産には予算と製造用のラインが必要だけど……」
「ダグラスの賞金はまだ手付かずだし、教団からせしめた賠償金もある。カネの問題はこちらでなんとかしよう。これから半年間、新型アーマーの生産を続けるとしたらどれくらいの数を用意できそうだ?」
「うーん、ここには人造筋肉繊維と魔導回路を作るためのバイオプラントがないからな。この二つを他で用意できるなら、二十から三十機ってところだと思う」
「十分だ。アーマー用の生体部品に関しては、ブランドル家から買い取るしかあるまい」
「そうだね。というか、南部で機甲兵器用の錬金培養施設を持ってるのってブランドル家とランドルフ家だけなんだよなぁ。あれは年間の維持費だけで機竜が四機買えるらしいし……」
シドカムは遠い目をしたままぼやいた。
人造筋肉繊維などの生体部品を錬成する錬金培養施設は、その複雑性・特殊性から極めて運用コストが高い。
国内でこの施設を有しているのは王家と四侯爵くらいだ。つまりは供給が独占されているということで、平時なら間違いなく目の玉が飛び出るような金額を吹っかけられていたことだろう。
が、この局面で味方に売却を渋るほど、リカルド・ブランドルも馬鹿ではないはずだ。ブランドル家には貸しを作ってしまうが、背は腹に――もとい、装甲は筋肉に変えられない。
「ただ、アーマーを作っても問題はそれを操る人間の方だよ。当てはあるの?」
「そうだな……。ハンナ、お前の部隊でアーマーを扱える者は?」
「専門的な訓練を積んだ者、という意味でしたら私を含めて二十三名です。半年間の猶予があれば、今から操縦者を教練することもできるでしょう」
「結構」とアウロは言った。シドカムはますます不可解そうな顔をしたものの、今度は口を挟むような真似をしなかった。
「さて、後はもう少し自由に使える駒が欲しいところだな。ロウエル、そちらは治安維持の名目で人を集めていたはずだが――」
アウロは更に幾つかのこまごました事項について四人と検討した。
そうして開戦に至る経緯の説明から始まり、各担当者へ下す指示が一段落する頃には、もう半日近くの時が経過していた。
はじめの頃は我が物顔で空を占領していた太陽も、既に地平線の向こうに撤退しかけている。
一同の顔にも疲労の表情が浮かび始め、それを室内に差し込む斜陽がぼんやりと照らしていた。
「よし。では、ここらで小休止を入れるか」
アウロがそう告げると、すぐさまシドカムがぐったり机の上に倒れこんだ。
「つ、疲れた……。こういう会議って初めてだから妙に緊張しちゃったよ」
「へばるのはまだ早いぞ。むしろこれからが本番だというのに」
「本番? そういえば、さっき小休止って言ってたけど」
オレンジ色のネコミミをぴくぴく動かしながら、シドカムは体を起こす。
アウロは夕闇に包まれた応接間と、そこに集う面々を見渡し、言った。
「お前たちに、見せたいものがあるんだ」
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その日の深夜。アウロが四人を連れて向かったのは、領主邸からやや離れた場所にある開発部の工房だった。
開け放たれた扉の向こうには寒々しい暗闇が広がっていた。この時間、工房内は無人だった。普段は金具や工作機械の駆動音で騒がしい屋内も、今やすっかり静寂に満たされ、時折、隙間風の吹き抜ける音だけが湿っぽく響いている。
「なんだか幽霊でも出そうな雰囲気ですね」
「こ、怖いこと言わないで下さいよ」
のほほんと呟くルキの隣で、ハンナはびくびく両のネコミミを震わせた。
夜の工房内は気味が悪かった。床に散らばった金属部品が魔導式ランプの光を反射し、粘体生物のようにぬらぬらした輝きを放っている。
それでも、先頭を行くシドカムの足取りは慣れたものだ。ランプを手にしたケットシー族の青年は、工房の奥に進みながらアウロの顔を振り仰いだ。
「でも、アウロ。なんでこんな夜遅くにここへ? 昼間じゃ駄目だったの?」
「念には念を入れているだけさ。他の誰かに見られたくないんでな」
アウロは首を巡らせ、慎重に周囲の気配を探った。
一応、カムリに人が残っていないことは確認させたが、もし見落としがあれば面倒なことになる。
とはいえ、流石に居残りして人造筋肉繊維と戯れている者や、インゴットを枕に眠っている輩はいないようだった。工房内は静かで、たまに人影が見えたと思ったらアーマー用の部品だったりする。
「あ、ハンナさん。ほら、あそこ。壁際に誰か立っていますよ」
「ひっ……ま、まさか、お化け……」
「ただの騎士甲冑だ。そんなに怯えるな」
「す、すみません。どうもこういう雰囲気は苦手で」
しゅんとネコミミを伏せるハンナ。
直後、一行は工房の奥まった区画へと辿り着いた。
人工の光が周囲を照らし、途端、アウロを除く全員が息を呑んだ。
だが、それも無理はない。アーマー開発用の区画には、頭頂部から尾まで30フィート近い全長を持つ物体――真紅の機甲竜が鎮座していたのだ。
頭の高さまでランプを持ち上げたシドカムは、子供のように目をきらきらさせたまま、「おおっ」と声を弾ませた。
「こうして見るのは久しぶりだけど……これ、ルシウスとの決闘で使ってた機竜だよね」
「そうだ。約束を果たすのが遅れてすまない」
「アウロ様、我らに見せたいものというのはこれですか?」
ロウエルの質問に、アウロは「いや」と首を横に振った。
「そもそも、厳密に言うとこいつは機竜じゃないんだ」
「へ? 機竜じゃない? それってどういう……」
「説明するより実際に見てもらった方が早いだろう。――カムリ、元の姿に戻れ」
【らじゃ!】と脳内で声が響く。
直後、真紅の装甲が内側から弾けるようにして四散した。
工房を包む光の奔流に、ルキは片手をかざし、シドカムは悲鳴を上げ、ハンナは尻尾をぴんと伸ばし、ロウエルは両拳を握って身構える。
もっとも、炸裂した閃光が彼らに害をなすことはなかった。飛び散った粒子は地面に落ちる前に雪のごとくかき消え――その向こうで、やおら漆黒の影が身じろぎした。
「こ、これってまさか……」
「ドラゴン、ですね」
尻もちをついたシドカムの隣で、ルキは冷静に呟いた。
彼女の言葉通り、アウロたちの眼前では巨大な竜がとぐろを巻いていた。
艶やかな赤金の鱗。美しい紅玉髄の瞳。開きかけの口蓋から覗く白亜の牙――
それは幻想ではなく、現実の肉体をもったドラゴンだった。人造筋肉にアダマント鋼の装甲を張り合わせて作られた機甲竜や、竜の死骸を薬品漬けにして製造される骸装機とは根本的に異なる存在だ。
なによりその威圧感、人間の本能を揺り動かす圧倒的プレッシャーが、意志のない兵器とは比べ物にならない。
呆気にとられている一同をからかっているつもりなのか、カムリは口元からしゅうしゅうとオレンジ色の炎までちらつかせ始めた。
案の定、青い顔をしたシドカムが「ひぃっ」と情けない声を上げる。アウロはため息混じりに諌めた。
「おい、カムリ。その辺にしておけ」
【はーい】
上機嫌そうに答えたカムリは、再び全身を赤い光に変じさせた。
舞い散る魔力の中、巨大な竜のシルエットが一気に等身大まで収縮する。
やがて光が収まった後、工房の中央に佇んでいたのは赤いワンピースを身につけた少女だった。
息をつく暇もない立て続けの異常事態。シドカムはくるみ割り人形のごとく口をぱくぱくさせている。
ただし、他の面々はそれほど大仰な反応を示していなかった。ハンナとロウエルに至ってはむしろ得心した様子である。
「う……や、やっぱり、カムリさん。そういうことだったんですか」
「話には聞いていましたが、実際に見ると中々圧倒されるものがありますな」
老人は引きつった笑みとともに口ひげをなぞった。
この二人はベディクがアウロの元へ来た際、既にカムリの正体に勘付いていた。
一方、なにも知らぬはずのルキは眉一つ動かしていない。相変わらずの無表情だ。カムリは怪訝そうに尋ねた。
「そなた、あんまり驚いてないみたいだね。シドっちみたいな派手なリアクションを期待してたのに」
「いえ、これでもかなり驚いていますよ。カムリさんが竜に変身できるほどの魔術師だったとは思いませんでした」
「あーっと、そういう見方もあるのか。でも、違うんだよ。むしろその反対」
「反対?」
「つまりね。わらわは元々ドラゴンで、今は人間に化けてるだけってこと」
カムリの解説に、ルキはあっさり「なるほど」と頷いた。
「ですが、そうだとしても納得の行かない部分があります。普通、竜のような強力な魔獣が人間に手を貸すことはありません。特に魔術を行使可能なのは、数百年の時を生きた古竜だけのはず。……カムリさん、あなたの正体は一体なんですか?」
「だからドラゴンだって。そなた、『赤き竜王の物語』を知らないの?」
ルキは目を瞬かせた。
「まさか、あなたがアルトリウス・ペンドラコンに仕えた赤き竜だとでも?」
「そうだよ。別に信じてくれなくてもいいけど」
「いえ、信じましょう。しかし、何故アウロさんの元に? 今代の王はドラク・マルゴンのはずですが」
「わらわにも主を選ぶ権利くらいあるよ。カドルの末裔は主殿以外、ろくなのがいないもの」
「それもそうですね」
肩をすくめるカムリにルキも相槌を打つ。
そこでようやく我に返ったらしいシドカムが、石畳に手をついて立ち上がった。
だが、その顔は戸惑いの色に満たされている。つぶらな瞳はアウロとカムリの間をさまよい、ズボンからはみ出た尻尾も落ち着きなく左右に揺れていた。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って。アウロ、君に色々と聞きたいことがある」
「落ち着け、シドカム。質問にはなんでも答えるつもりだ」
「そ、そう。じゃあ、一番気になってることから聞かせてくれ。さっきルキさんがカムリさんのことを赤き竜って言ってたけど、それって」
「カンブリアの赤き竜。この国の守護神だ」
「…………マジで?」
シドカムは再びまじまじとカムリを見つめた。
まるで古い工業製品を鑑定するような眼差しだ。カムリは居心地悪そうに身をよじった。
「あの、シドっち。そういう風にじっと見られると気まずいんだけど」
「え、あ……ご、ごめん。でも、ちょっと信じられないな。カムリさんがこの国の守り神で、しかも機竜に擬態してただなんて」
「わらわだって好きであんな格好をしてた訳じゃないよ。正体を知られるとまずいから仕方なく化けてたんだ」
「正体を知られるとまずい? どうしてさ」
「そりゃ、色々と理由があるけど――」
助けを求める視線が主へと向けられる。
アウロは息一つ漏らし、右腕の袖をまくり上げた。
「赤き竜が手を貸すのは王族のみ。もしカムリの存在を公表すれば、俺が王家の血を引いていることまで明らかになってしまう」
言いながら、アウロは二の腕に巻かれた包帯を解いた。
その下から露わになったのは痣だ。真っ赤な、竜の形をした痣。
シドカムはまん丸の目を見開いた。
「それってログレス王家の『王紋』じゃ――」
「そうだ。俺の体に王紋があると知られれば、モグホースの奴がなんらかの手を打ってくる可能性が高かった。だから、カムリの正体ともども秘密にしておく必要があったのさ」
「な、なるほど。君の事情はよく分かった。そりゃ、僕たちにも言えない訳だ」
「……まぁ、お前以外の全員は俺の体に王紋があることを知っているんだが」
「えっ」
シドカムは慌てて周囲を見回した。
残念ながらアウロの言葉は事実だ。ルキとロウエルが平然としている一方、ハンナだけが申し訳なさそうに目を伏せた。
「すみません、シドカムさん。あなただけのけ者にするような形になってしまって」
「い、いや、いいよ。別に気にしてないから」
「ちなみにもう一つ、シドカムさんには秘密にしていることがあるんです」
「……本当に一つだけ?」
流石に疑心暗鬼の表情を見せるシドカム。
ハンナはそっとアウロに耳打ちした。
「三つか四つくらいあったかもしれませんが」
「後でゆっくり説明すればいいだろう」
アウロは投げやり気味に答えた。
なにしろ自身の抱えている事情は複雑だ。一から十まで説明していたら夜が明けてしまう。
ハンナは「こほん」と空咳一つこぼしてから言葉を続けた。
「今日、シドカムさんにお伝えしようと思っているのは私たちに関することです」
「えっと、私たちっていうのはどこからどこまでを差すのかな」
「私とリコット、ゴゲリフさん。それと今現在、山猫部隊と呼ばれている組織までですね」
「山猫部隊……?」
山猫部隊の名称自体はシドカムも知っているはずだ。
表向き、ハンナ率いるこの部隊は亜人街の出身者を中心に構成された自警団という体裁を取っている。
もちろん、事実は違う。山猫部隊の前身はキャスパリーグ隊であり、その構成員も専門的な訓練を積んだ者がほとんどだ。実際の任務も諜報活動がメインであり、自警団としての姿は仮初めにすぎない。
「シドカムさん、私の名前はハンナ・キャスパリーグといいます」
それは唐突な自己紹介だった。
「父の名はダグラス・キャスパリーグ。出身はモーン島です。かつてはキャスパリーグ隊の一員として活動しており、斧の反乱時には王都襲撃にも参加しました。父の死後は他の隊員ともどもアウロさんの元でご厄介になっています。今はもっぱら情報収集などの活動に従事して――」
「ちょ、ちょっと待った」
シドカムは思わずといった様子で口を挟んだ。
「ハンナさんがダグラスの娘だって? それ、タチの悪い冗談……じゃないんだよね」
「はい。今までシドカムさんを騙す形になってしまって申し訳ありません」
「いや、それは、ひとまず置いておこう。幾つか質問があるんだけど」
「構いません」
ハンナは処刑の時を待つ聖人のごとき潔さで答えた。
対するシドカムは混乱の極みといった様子だ。なにしろ、たった今明らかになった真実は彼にとってあまりにも身近過ぎる。
アウロは青年の額にびっしょりと汗が浮かんでいるのを見た。シドカムは作業着の袖でそれを拭いつつ尋ねた。
「えっと、ハンナさんがダグラスの娘で、キャスパリーグ隊の一員だったってことは分かった。なら、リコも同じなの?」
「半分はそうです。私とリコットは実の姉妹ですが、あの子は隊の一員に数えられていません。もちろん、無関係という訳でもありませんが」
「あ、そうなんだ……。ならゴゲリフさんたちは?」
「部隊に所属していた技師です。キャスパリーグ隊に加わる前は、王立航空兵器工廠に在籍していたと聞いています」
「そ、そうか。道理で」
幾つか納得の行く部分があったのか、シドカムは工房内に置かれた鉄人形を横目で一瞥した。
「でも、まだ信じ切れないな。ハンナさんたちがダグラスの娘なら、どうしてアウロの元にいるのさ。だって君たちにとってはその――」
「親の仇、という形になりますね」
ハンナは淡々と事実だけを告げる。
「けれど、それには理由があるんです。個人的な事情ですので説明は省きますが、嫌々アウロさんに従っている訳ではありません。少なくとも、今の私は主様に忠誠を誓っています」
「そうなんだ……。けど、これで色々分かった気がするよ。ハンナさんたちが妙にアウロに信頼されてる訳とか、ゴゲリフさんたちがやたらとアーマーに詳しい理由とか」
「今まで黙っていてすまなかった。本当はもっと早くに教えられれば良かったんだが」
「いいよ。君の側にも事情があったんだろ? 結局はこうしてちゃんと伝えてくれた訳だし」
謝罪するアウロにシドカムは不器用な笑みを浮かべ、
「その、ショックじゃないって言ったら嘘になるけど、ずっとのけ者にされてる方が嫌なんだ。アウロがハンナさんたちのことを信じてるのなら、僕も信じるよ。今更、態度を変えるのも面倒だしね」
シドカムは冗談交じりに言った。その姿にハンナもほっと息をつく。
少なくとも表面上、シドカムは怒ったり嘆いたりしなかった。
もちろん、心の奥底までは分からない。だが、アウロはシドカムの言葉や態度に実直なものを感じた。そもそも、この友人は知り合いに嘘をつけるほど器用な性格をしていないのだ。
「ところで、アウロ。どうして今頃になって色々教えてくれたの?」
再び真剣な顔で尋ねてくるシドカム。
アウロは言った。「理由は二つある」
「一つは契機となるような事件が起きたため。要はガルバリオンが王家に討たれたことで、戦争が起こりつつあるからだ」
「もう一つは?」
「さっきも少し説明しかけたが……シドカム、お前に作って欲しいものがある」
アウロは一呼吸の間を置いた後で、再び口を開いた。
「俺はモンマスに使者として向かう途中、カムリとともに竜騎士団のヴェスター・ガーランドと交戦した。しかし、手持ちの〝オードナンス〟では火力不足でね。《ハイフライヤー》の竜鱗装甲に傷一つつけられなかったんだ」
「なら、僕に作って欲しいものっていうのは――」
「武器だ。それも骸装機の魔導兵装に負けないような」
「それは……なかなか厄介な注文だな。本物のドラゴンを機竜代わりに用いるなら、炎嚢を組み込むことはできない。かといって、単純に燃料をエネルギーに転化する方式だと機体重量が増えちゃうし……」
「難しいか?」
「いや」とシドカムは不敵に口の端をつり上げた。
「早速、明日から取り掛かってみるよ。その時はカムリさんにも協力してもらう形になるけど、いいかな?」
「分かった。ならカムリ、しばらくは工房でシドカムの手伝いをしてくれ」
「らじゃ!」
ぴっと敬礼したカムリは、そこでふと思い出したように眉を寄せ、
「そういえば、他の技師たち……ドワーフ族の爺さんとかにはわらわの正体を教えなくていいの?」
「必要なら教えるべきだし、そうでないのなら隠したままで構わない。そのあたりはシドカム、お前の側で判断して欲しい」
「ん、分かった。なんだか責任重大だな」
シドカムはうなり声を上げた。
とはいえ、その横顔からはうきうきした気配が漏れでている。
既に彼の脳内では、新兵器の開発計画がスタートしているのだろう。先ほどもたらされた衝撃の事実は、早くも頭の片隅に追いやられているらしい。
張り切るネコミミの青年を見て、ロウエルはぼそりと呟いた。
「単純な男ですな。裏表がない性格、と言うべきかもしれませんが」
「それがシドカムのいいところだ」
アウロは微笑とともに断言した。
自身とシドカムの付き合いは長い。
養成所に入ってから、もう五年近く交友関係が続いている。
ルシウスと決闘沙汰になった時も、真っ先に味方になってくれたのはシドカムたち開発科の面々だった。アウロにとってはかけがえのない友人の一人だ。
「アウロさん」
次いで声をかけてきたのは、シドカムとのやりとりを傍観していたルキである。
「どうした?」
「一つお聞きします。ベディクさんやルヴィさんも、かつてはキャスパリーグ隊の一員だったのですか?」
平坦な道をどこまでも歩いているような口調だ。
アウロはしばし黙考した後で答えた。
「そうだとも言えるし違うとも言える」
「あいまいな回答ですね」
「不満か? ならば正確に答えよう。ベディクは一時期キャスパリーグ隊に所属していたが、斧の反乱が終息した後で隊を離脱した。その後、改めて山猫部隊に復帰している」
「なるほど。では、ルヴィさんはどうなのでしょう」
「ルヴィというのはそもそも偽名だ。彼女の本名はシルヴィアという」
「確か反乱の首謀者、ブレア・アクスフォードの一人娘がそのような名前だったと記憶していますが」
「相変わらず勘がいいな。その推測は間違っていない」
アウロは降参とばかりに肩をすくめた。
一方、ルキはそんなアウロを無言で見つめていた。
驚きの余り言葉を失っている様子ではない。むしろ、こちらの考えを推し量ろうとしているようにも見える。
「何故――」
やがて、少女はぽつりと呟いた。
「何故、アウロさんはここまで私を信用して下さるのですか?」
「今の俺にとってお前が必要だからだ。下手に隠し事を増やすよりかは、さっさと情報を共有すべきだと思った」
「私が裏切る可能性を考慮してもいいと思いますが」
「お前が俺を裏切るなら、もっと早くに動いているよ。俺はお前のことをかけがえのない友人だと思っている。ここにいる他のみんなと同じようにな」
「そうですか」
ルキは言った。どこかむず痒そうにも見える表情で。
「でも、これで一つ納得しました。カムリさんはアウロさんの愛妾ではなく、ペットだったんですね」
唐突な発言に、カムリは「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げる。
竜の少女は顔を真っ赤にしたまま、意味もなく両手をぶんぶん振り回した。
「ちっ、違うよ! なんで人を愛玩動物みたいに言うのさ!」
「……? 妥当な表現かと思いましたが」
「全っっっ然、妥当じゃない! いや、言いたいことは分かるけどさ! せめてこう、相棒とかパートナーとか、もっとマシな言い方があるだろっ!」
そう喚く少女からは、この国の守護神としての威厳など欠片も感じない。
ルキは相変わらずの無表情。シドカムは目を丸め、ハンナは苦笑し、ロウエルは呆れたように手の平で顔を覆っている。
先ほどまでの緊迫した空気などすっかり吹き飛んでしまった。工房内に漂うのは騒々しくも和やかな雰囲気だ。
「……やれやれ」
アウロはもはや慣れ切った様子でため息をこぼした。
その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。




