3-20
――モンマス公ガルバリオン死す。
その事実が確認されたのは、アウロがブリストルに帰還した翌日のことだった。
しかし、悲報はこれだけに留まらなかった。間を置かず、ガルバリオンの妻リアノンと、ガーランド家当主ウィリアムの死も諸侯の知るところとなったのだ。
ログレス王国東部に巨大な勢力を誇っていたモンマス公の一派が、実質的に壊滅してしまった形である。生き残ったのはただ一人。ガルバリオンの娘であるアルカーシャだけだった。
また、不幸中の幸いと言うべきか。モンマス上空でガーグラー率いる東方軍と交戦した騎士たちは全滅したものの、ブリストル海峡を渡り、南部へ逃れた兵はその大半が無事だった。
【赤槍】ことジュトー・アプ・マシスが率いていた機甲竜騎士部隊本体も、欠員を出すことなくブリストルの飛行場まで辿り着いている。おかげで戦力的な損耗はさほど大きくない。
しかし、彼らにとって仰ぐべき主を失ったのはあまりにも手痛すぎた。
圧倒的なカリスマ性を誇る指揮官。軍隊という生き物の中で、その存在は必要不可欠な器官――いわば、脳であり心臓だ。ブランドル侯爵家ら南部の諸侯にとっても、掲げるべき旗をへし折られてしまった形である。
振り上げた拳の行き場もなく、リカルド・ブランドルら主戦派は沈黙した。諸侯の間からは王国との調停を試みるべきという意見まで出ている始末だ。
結果、アウロたちはひどく微妙な立場へと追い込まれた。
アウロ、ルシウス、ジェラード、クリスティアの四人は、アルカーシャの救援に向かい、ヴェスター・ガーランドと交戦、これを撃破してしまっている。
王国側にとっては紛れもない反逆者だ。もし南部諸侯が戦うことなく膝を屈すれば、彼らの命もどうなるかは分からなかった。
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「今朝、王国側の使者がこちらに到着した」
リカルド・ブランドルは重々しい声でそう告げた。
モンマス陥落から一週間。もう何度目かになる南部諸侯の会合だ。
室内の雰囲気は暗い。大の男が揃って沈痛な表情を浮かべている様は、まるで葬式まっただ中のようでもある。
もっとも、比喩としてはあながち間違いでもなかった。ガルバリオンの死は彼らに多大な衝撃を与えていた。戦友であったリカルドは目に見えて憔悴しているし、他の面々も似たり寄ったりだ。
「既に諸君らも予想していることとは思うが、ドラク・マルゴンは我らに幾つかの要求を突きつけてきた。そのどれもがにわかに受け入れがたいことだ」
「具体的にはどのような要求なのです?」
尋ね返したのはリカルドの対面に座った中年の男である。
初回の会議では同じ位置にグロスター侯カーシェン・ランドルフの姿があった。
が、今は赤みがかった肌を持つ筋骨隆々の巨漢と、青白い顔をした痩せぎすの老人という組み合わせに変わっている。
ガーランド家の騎士、【赤槍】ジュトー・アプ・マシスと【青槍】オリヴァン・パーシアス。この対照的な容姿を持つ二人の伯爵は、ガーランド家側の代表者として今回の話し合いに参加していた。
「王国側の要求は四つだ」
リカルドは一息ついてから説明した。
「一つ目はこの地に逃れたガーランド家の人間……つまり、アルカーシャ姫とそなたらを王国に差し出すこと。二つ目は姫の撤退を支援した四人を同じように引き渡すこと」
ちら、と鳶色の瞳が円卓を囲むアウロ、ルシウス、ジェラードを順々に一瞥する
「そして、三つ目はわし自身が新王の元に赴き、ガーランド家の残党を受け入れた事実について謝罪することだ。また、四つ目として今回の軍事行動にかかった戦費を賠償することも要求されている」
「要するに全面降伏しろ、ということですな」
髭面の大男――ジュトーは肩をすくめた。
他の面子も一様に渋い顔である。
王国側の要求はあまりにも居丈高だ。譲歩の意志がまるで感じられない。
要するに相手は断られてもいい、と考えているのだろう。その時はガルバリオンと同じように、力づくで叩き潰すだけだと。
「あいにく、わしは降伏する気などない」
やつれ顔のリカルドは、それでも目の奥にぎらぎらした光を宿したまま言った。
「ガルバリオン殿下を騙し討ちした挙句、そのご息女を差し出せとは横暴が過ぎる。わしは断固としてあの卑怯者どもと戦うつもりだ」
「しかし、親父殿。今回はちょいとばかし勝ち目が薄いぜ?」
と、燃え上がる父親に水を差したのはジェラードだ。
「もしこの素敵な提案を断れば、連中は兵を結集して南下を始めるだろう。だが、こっちは全軍を挙げても五千に届くかどうか。これにガーランド家の兵士を加えたところで一万にも満たない」
「ジェラード、戦いは数ではないぞ」
「そりゃそうだ。とはいえ、ガルバリオン殿下を失ったのは痛すぎる。殿下がいりゃあ、他の諸侯の参戦も期待できた。しかし――」
ジェラードはやや芝居がかった動作で両腕を広げ、
「今やランドルフ侯爵をはじめ、どいつもこいつも見て見ぬふりだ。逆に王国側に味方する貴族が出るかもしれん。いや、間違いなく出るだろうな。モーディア・ガーランドのように」
「裏切り者と臆病者は別種の生き物だ。殿下に背いたモーディアめは八つ裂きにせねば気がすまぬ」
リカルドの物騒な台詞に、ジュトーも「全くです」と相槌を打つ。
一方、アウロは討論を重ねる貴族たちをぼんやりと眺めていた。
しばらく様子を見るつもりでいたら、いつの間にか傍聴人の立場に追いやられてしまったのだ。引っ込み思案の人間にありがちな末路である。
ただ、おかげで会議に参加している面々の考え方は分かった。この場で積極的に参戦を唱えているのはブリストル侯リカルド、そして、ガーランド家の騎士ジュトーの二人だけに過ぎない。
開会から一度も喋っておらず、気味の悪い置物と化している【青槍】の老人はともかく、他の諸侯は戦争に乗り気ではなさそうだった。この『他の諸侯』というのは主にブランドル派の貴族たちだ。
「今回のモンマス攻めで王国側は一万二千の兵を動員しました。しかし、これはあくまで西部の諸侯を中心に、秘密裏に行われた徴兵によるものです。大々的な発布が打ち出されれば、王国軍はこの三倍近くまで膨らむでしょう」
陰気な声でそう述べたのは、顔を斜めに横切る傷を持った初老の男性である。
『銀剣騎士団』団長、グラストンベリー伯爵ルーカス・ゼルドリウス。
ブランドル家に与する貴族の筆頭的存在だ。戦場で数々の功を上げ、伯爵位を賜われたという筋金入りの戦人でもある。
その風貌は例えるなら、極限まで鍛え抜かれた一本の剣だった。
白金色に輝く髪と細いブルーの瞳。贅肉の削ぎ落とされた四肢と、艶のない象牙色の肌。
眉間には深い皺が刻まれていて、髭は産毛一本残さず綺麗に剃られている。身に纏った硬質の雰囲気は、ギネヴィウス家執事長のガルムリオ・ロウエルに近いものがあるが、こちらは冗談の類が通じなさそうだった。
「確かに敵の数がちと多すぎますな。戦いは数ではないとはいえ、彼らが南下して来た際はそれを押し留められるかどうか」
「少なくとも、こちら側から侵攻をかけるなどというのは夢のまた夢です」
次いで異口同音に追従したのも、ルーカスと同じくブランドル家に縁のある貴族たちだった。
ヴェンモーズとバルロック。どちらもやや太り気味の中年男性だ。
両者はブランドル家の親戚筋に当たる家の出身で、年齢や風采も似通っている。
無論、剣の侯爵家に連なる貴族は彼らだけではなかった。が、伯爵以上の有力者はこの三人のみだ。その発言力や影響力は馬鹿にならない。
「そもそも、現段階で交渉の余地なしと判断するのは早計ではないですかな?」
ヴェンモーズはここぞとばかりに声を張り上げ、
「今の国政を牛耳っているのは宰相モグホースです。商人が売り値を吹っかけてくることなどよくあることでしょう」
「ほう。ブランドル家の貴き御仁は戦争と商談の区別もつかんか。冗談はそのたるんだ腹だけにして欲しいものだな」
攻撃的な口調で反論したのは主戦論者であるジュトーだ。
しかし、ヴェンモーズは涼しげな表情でおとがいをなぞっただけだった。次いで、その隣に座るバルロックが苦笑とともに口を開く。
「ジュトー殿、戦争というのは勝利してこそ意味のあるもの。負けると分かって戦いを挑むほど愚かな真似はありませぬ」
「馬鹿な。マルゴンの『こせがれ』は大恩ある殿下を騙し討ちにしたのだぞ。にも関わらず、あの奸賊どもと和平を結べと?」
「時にはこうべを垂れることも必要でしょう。癇癪を起こして殴りかかるだけなら獣にもできる」
「ほう、なるほど。……貴様、喧嘩を売っているのか!」
ジュトーは顔を真っ赤にすると、席を蹴って立ち上がった。
その場の空気がにわかに緊迫するものの、あいにく両者を諌める者は現れなかった。
リカルドは沈黙している。彼の考えはジュトーに近いが、立場的にブランドル家の人間だ。迂闊な発言はできない。
【青槍】の老人は寝ているのか起きているのかよく分からない状態だし、ルシウスもぎゅっと下唇を噛み締めたままで、火事場に突っ込む勇気はなさそうだった。残るはジェラードくらいだが――
「あー、なんというか。双方の主張はよく分かった。が、他の人間の意見も聞いてみたらどうだろうか?」
ジェラードはそこでアウロを一瞥し、
「アウロ、お前は今回の件についてどう思う?」
「…………」
アウロは導火線に火の着いた爆弾を投げつけられたような気分になった。
たちまち、諸侯の眼差しが円卓の一角へと集中する。期待、焦燥、懐疑、不安――無遠慮に突き刺さる視線の中、ただジェラードだけが『すまん』とでも言うかのように鼻頭をかいていた。
「……では、個人的な意見を述べさせていただきましょう」
アウロは口元に手を当て、空咳をしようとした。
が、緊張のためか上手く行かず、喉をもごもごさせてしまう。
落ち着け、と内心で呟く。焦る必要はない。ここは陸の上で、目の前に敵が迫っている訳でもないのだ。アウロは一度瞼を閉じ、深呼吸した。まったく、機竜の上で槍をぶん回している方がよほど気楽だった。
「まず王国側の調停案を呑むことは論外です。彼らの言い分は結局のところ、自分たちの命令に従う奴隷になれということだ。とても受け入れられるようなものではない」
「ふん。ならば、勝ち目のない戦争に突入しろとでも?」
さっそく噛み付いてきたのはブランドル派の貴族、バルロックだ。
「貴殿は名の知れた機竜乗りらしいな。いや、勇猛果敢なのは結構。しかし、それが原因で今回の事態を招いたことを忘れて貰っては困る」
「その通り。聞けば、独断専行などとほざいてガーランド家の小坊主に挑んだのは貴殿だという話ではないか。元はといえばケルノウン伯、そなたの浅薄さのせいで我々は窮地に立たされているのだぞ」
次いで、重量級二号機までもがアウロをねちねちとなじる。
アウロはなにも反論できなかった。
二人の言い分もあながち間違いではないのだ。結果的に見れば、自分はアルカーシャを助けるべきではなかったのかもしれない。彼女のことを見捨てていれば、ルシウスたちを戦争に巻き込むことはなかっただろうし――リアノンも死なずに済んだかもしれない。
(全てが終わった後での仮定なんぞ、なんの意味もないが……)
それでもつい『かもしれない』が頭を過ってしまう。
アウロは磨き抜かれた円卓に視線を落とした。訳もなく、ヴェスターに言われた台詞が頭をよぎる。
お前は冷徹にはなれても、冷酷にはなり切れない――
「なるほど。つまり、貴殿らはアルカーシャ姫を見殺しにすべきだったと申すのか」
ふいに、冷水のような声がぴしゃりと場を打った。
そこで初めて口を開いたのは、ジュトーの右隣に座る痩せぎすの老人だった。
【青槍】オリヴァン・パーシアス。ジュトーと同じくガーランド侯爵の腹心だった男である。
オリヴァンは深海魚のような瞳で、ヴェンモーズとバルロックを見つめていた。その薄暗い眼光に気圧され、二人はぐっと口ごもる。
「貴殿らに質問しよう。……裏切り者のモーディアのせいで我らは故郷を追われた。その息子ヴェスターは卑怯にも姫を庇ったリアノン様を射殺した。ガルバリオン殿下までもがきゃつらの毒牙にかかって倒れておる。この悪逆無道の中、姫一人が生き延びることが出来たのは何故だ?」
「それは、しかし――」
「しかし、なんだね?」
「……むぅ」
黙り込んだヴェンモーズは、さっと隣にアイコンタクトを送る。
バルロックは不承不承といった様子で頷くと、一転して友好的な微笑みを浮かべた。
「失礼、少しばかり言葉が過ぎたようだ。例え若者らしい無思慮な行動でも、それがほど良い結果に繋がることはままある」
「姫が生き残ることができたのは間違いなく貴殿の功績だ。先ほどの言葉は取り消そう。よくやってくれた、ケルノウン伯」
褒めているのだか貶しているのだか、よく分からない台詞だ。
とはいえ、アウロもこういった手合と渡り合うのは慣れっこである。「いえ」とだけ答え、飛び出そうになる罵詈雑言は心の奥に閉まっておく。
視界の端ではオリヴァンが無言のまま目を伏せ、その隣ではジュトーが悪臭に耐えるかのように鼻をつまんでいた。まとまりを欠いた諸侯を前に、リカルド・ブランドルは深々とため息をこぼす。
「最初に言った通り、わしは王国に降伏するつもりはない。奴らが我々の首根っこを押さえようというのなら剣を取って抗うまでだ。しかし、戦う気のない者まで止めはせん。闘志なき者は今すぐこの場を辞すが良い」
侯爵は落ち窪んだ目で一同を見渡した。
息をすることさえはばかられるような重苦しいプレッシャー。つかの間、室内は沈黙に満たされる。
静寂の中、それでも席を立って退出する者は誰一人としていなかった。
この場に集った面々とて、王国側と戦端を開くことは最初から覚悟している。
もちろん、個々人の思惑が消えた訳ではない。だが、当主であるリカルドがこうと決めた以上、ブランドル派の諸侯も強硬には反対しなかった。少なくとも表面上、彼らは一致団結していた。
「よろしい。どうやら腰抜けはいないようだ。では、ここに南部諸侯同盟の結成を宣言しよう。これより我らは手を取り合い、協力して国家の難事に立ち向かわなくてはならない。まずはその代表者として――」
リカルドは言葉を切り、円卓の一角に座る赤銅色の髪の青年――ドラク・ルシウスに視線を定めた。
「ルシウス殿下、我々の盟主となって頂きたい」
「僕がかい?」
ルシウスはぎょっと尋ね返した。
まるで予想もしていなかった、という反応である。
「待ってくれ、リカルド。僕が盟主だって? 年齢的にも実権的にも君の方が適任だろう」
「そんなことはありませぬ。殿下はご自覚がないだけで、立派に統率者としての才覚を持っておられます」
「しかし……」
「なにより、私が同盟を率いてしまって色々と不都合も生じます」
ルシウスは「不都合?」と眉を寄せる。
理に疎い友人に、アウロは小声で耳打ちした。
「ルシウス、考えてみろ。ブランドル侯爵が直接、兵を起こせば単なる反逆者になってしまう。だが、王族であるお前が先頭に立てば、愚かな王を誅伐するという名目ができるんだ」
「……要するに僕はただのお飾りってことか」
「まぁ、これも王族の義務と思って諦めるんだな」
と、アウロの反対隣でジェラードも軽口を叩く。
結局、ルシウスはしばし瞑目した後で「分かった」と頷いた。
「リカルド、君の提案に賛同しよう。結局、叔父上とは話せなかったけれど、僕には兄上や宰相のやり方が正しいとは思えない」
「ありがとうございます。しかし、最終的には兄君を断罪することになるやもしれませんがよろしいか?」
「覚悟はしてるよ。それが戦争ってものだろう」
「その通りです」
言って、リカルドは再び首を巡らせた。
「一応、確認をしておこう。ルシウス殿下が我らの盟主となることに反対の者は……いないな?」
無言。流石にここで反対意見を唱える者は現れなかった。
「よろしい。では、もう一つの提案だ。わしはアルカーシャ姫に同盟の副盟主……いや、盟主補佐になって頂きたいと思っている。これについて諸君らの考えを聞きたい」
「アルカーシャ姫に、ですか」
うめき声を上げたのはガーランド家の騎士、ジュトーである。
元々、ルシウスはジェラードとの繋がりがあるためブランドル家寄りの人間だ。
なにより、この同盟自体がリカルドら剣の侯爵家を中心としている。ガーランド家の人間は半ば外様に過ぎない。
力関係が一方に偏れば、少数派が多数派に不満を抱く。
リカルドの提案は傾きかけたバランスを平衡に保つためのものだろう。
(……とはいえ)
これはリカルドたちにとってもメリットの大きい人事だった。
アルカーシャを要職に据えれば、『父の弔い合戦に挑む非業の姫』という構図を世間に対して演出することができる。
また、拠点を奪われたガーランド家の兵たちが雲散霧消しないよう、楔を打ち込む効果も見込めるはずだ。まさに一石二鳥、いや、三鳥だった。
「う、ううむ、提案はありがたいのですが……」
しかし、肝心のジュトーは額からだらだらと汗を流している。
その隣に座るオリヴァンも唇を真一文字に結んだままだ。少なくとも、手放しに喜んでいる様子ではない。
「……? 二人とも、どうしたというのだ」
首を傾げる父親に、ジェラードは呆れ顔で説明した。
「親父、アルカーシャ姫はまだ部屋に引きこもったままなんだよ。大体、彼女はまだ十七歳の女の子で、両親をいっぺんに失ったばっかなんだぜ? ――報告、来てないのか?」
「いや、もちろん事情は知っているが……そんなにまずいのか?」
しかめっ面のリカルドに、ルシウスも「まずい」と首肯する。
「僕も何度かアルカの元を訪ねたけどね。彼女、泣いてないんだよ。涙一つこぼさず、人形みたいに宙を見つめてるんだ」
「あれは自閉症の一歩手前ってところだな。クリスの奴があれこれ世話を焼いてるみたいだが……ハッキリ言ってお手上げだよ」
ジェラードもため息混じりに肩をすくめる。
聞いているだけで気が滅入りそうになる話だ。
実際、アウロは腹の底から憂鬱の虫がわき上がってくるのを感じた。アルカーシャが病んだしまった原因の一端は、間違いなく自分にもあるのだ。
リカルドは手元に視線を落とした後、事務的な声で言った。
「アルカーシャ姫が自ら決断を下し、同盟に参加するのであればそれが一番いい形なのだろうが……今のお加減ではそれも難しいか」
「別に盟主補佐っていう役割を与えることはできるぜ。与えるだけならな」
「殿下の忘れ形見を大義名分のために利用しろと? ――ジェラード、それは最後の手段だ。ひとまずは姫のご様子を見るべきだろう」
「結局は本人の胸三寸って訳だな。しかし、ジュトー殿やオリヴァン殿はそれでいいのか?」
「……やむを得まい。姫には自らの足で立ち直っていただく必要があるのだ」
ジュトーは暗い表情のまま呟き、その隣でオリヴァンも深々と頷いた。
それから会議は二、三、細かな事案を検討してからお開きとなった。
現状では、王国側も同盟側も容易に兵を動かすことはできない。戦争というのはとかく準備に時間とカネがかかる。
そこで諸侯には配下の家臣団を通じ、早急に軍勢を纏めるよう厳命が下された。アウロも一度、領地に戻って戦に備えなくてはならない。
(もう半月近く半島をほったらかしにしているしな……)
一応、イクティスにはハンナやロウエル、ルキにシドカムといった面々がいるから、領政の運営に問題はないはずだ。
しかし、戦争の影響でこれから各地に様々な変化が巻き起こることだろう。アウロは領主としてそれら一つ一つに対策を講じる必要があった。
が、とりあえずはその前に――
「ルシウス」
アウロは円卓に座ったまま、ぼうっとしている青年へと声をかけた。
はっとなったルシウスは慌てて席から立ち上がる。口元にはなにか誤魔化すような笑みが浮かんでいた。
「えっと、アウロ。どうしたんだい?」
「いや、なんというか。先に謝っておこうと思ってな」
「……?」
「ヴェスターとの戦いではお前やジェラード、クリスティア嬢を俺のエゴに巻き込んでしまった。おかげでこの体たらくだ。特にルシウス、お前は本来なら王国側の立場に回っていてもおかしくなかったはず。無理やり引き入れるような形になって、すまないと思っている」
「それは――」
なにか言いかけたルシウスだが、その前にアウロの後頭部を衝撃が襲った。
すぱーん! と響く乾いた音。アウロは思わず前のめりに崩れかける。
顔をしかめつつ振り返った先には、丸めた羊皮紙を手にしたジェラードの姿があった。
「ジェラード?」
「見くびるなよ、馬鹿。俺は自分の頭で決めて、自分の意志で動いたんだ。お前に謝られる筋合いはねぇよ」
ジェラードの物言いはどこか刺々しかった。
次いで、ルシウスまでもがしたり顔で胸を張り、
「あの時、僕が衝動的に君たちの元へ駆けつけたのは事実さ。でも、今はあれが最善の選択だったと思ってる。君があれこれ気に病む必要はないよ」
「お前は要領がいい分、あれこれ一人で抱え込もうとするタチだからな。ちっとは他人を頼れよ。水くさいぜ」
そう笑って、ジェラードはアウロの肩を小突いた。
アウロはなにかうまい返答をしようとしたものの、結局は「そうか」と呟いただけで二の句を継げなくなってしまった。
二人の態度には悪意がなかった。むしろ、こちらを慮るような気配さえ感じられる。
しかし、アウロは他人の好意に対して全くの経験不足だった。励ましを受けたところで、どう応じるべきか分からないのだ。
「たださ、アウロ。君もアルカのところへは顔を出した方がいいと思うよ」
「あー、そうだな。お前、あのお姫さまのところへは一回も行ってないんだろ? 彼女にとっても今が一番辛い時期なんだ。せめてお見舞いくらいはしてやれよ」
更に二人から異口同音に釘を差され、アウロはうめき声を漏らした。
まるで治りかけのカサブタを無理やり引っぺがされたような気分だ。
アウロはブリストルに帰還してからというものの、アルカーシャとまともに会話を交わしていなかった。
忙しくて時間が取れなかった、というのはただの言い訳に過ぎない。実際は彼女に『人殺し』と罵倒されるのが怖かったのだ。
なにしろ、自分はアルカーシャの目の前でリアノンを――彼女の母親を死なせてしまっている。しかも半ば見殺しに近い形で、だ。
(だが……)
罪悪感に押し潰されたままでは、いつまで経っても前に進めない。
アウロはしばし天を仰いだ後で言った。
「分かった。考えようによってはいい機会だ。今日中にアルカとは話をしてみよう」




