表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
三章:双竜戦争(前夜)
64/107

3-19

 アウロがヴェスター・ガーランドの《ハイフライヤー》と、格闘戦ドッグファイトと繰り広げている最中。

 ガルバリオンを編隊長とする三十六機の機甲竜騎士(ドラグーン)は、ドラク・ナーシア率いる機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)との航空戦に突入していた。


 本来なら、双方入り乱れての激しい戦闘が繰り広げられる場面である。

 が、実際はそうならなかった。両軍が大規模な決戦を避け、砲弾と罵詈雑言を撃ちかけるだけの小競り合いに終始してしまったためだ。

 被撃墜数は双方ともにゼロ。魔導砲の直撃で小破した機体はあっても、飛行不能状態まで追い込まれた者は皆無だった。

 機甲竜騎士(ドラグーン)同士の戦いが毎度毎度、相手を一機残らず掃討する殲滅戦になる訳ではないとはいえ、この損耗の少なさは異常だ。


『なにやら妙ですな』


 高度18000フィートの上空で、ウィリアム・ガーランドはぽつりと呟いた。


『竜騎士団の連中は我らとまともに組み合う気がないようでした。一体、あの者たちはなにを考えているのでしょうか』

「急に用事を思い出した、ってんなら話は簡単なんだがね。気付いたか、ウィリアム。奴らの編隊には陸攻型機竜(ストライカー)が混ざっていなかった」

『なんですと? では、竜騎士団の目的はまさか』

「もちろん、ナーシアが気を利かせてくれただけって可能性もある。ただ、そうでないとしたら――」


 最初から、彼らの行動は計画通りだったということになる。


 直後、ガルバリオンは平面位置表示機インディケーターに新たな光点が現れるのを見た。

 それも一つや二つではない。合計で二十機近い飛行中隊スコードロンだ。

 位置はモンマス北部、およそ10マイルの位置。撤退する兵たちを追い立てるかのように、真っ直ぐ南に進路を向けている。


『で、殿下! ガルバリオン殿下! レーダーに新たな反応が!』

「なるほど。ナーシアは囮か」


 ガルバリオンは淡々と呟いた。


 作戦自体はごく単純だ。

 竜騎士団を動かすことで敵の航空戦力を釣り出し、その隙に本隊が北からモンマスへと攻撃をしかける。兵力集中の原則に反した作戦。だが、今の局面ではいやらしいくらいに有効な手だ。

 実際、ガルバリオンたちは西へ東へと振り回されてしまっている。ウィリアムは苛立たしそうに吐き捨てた。


『ええい、奴らめ。こちらの索敵範囲を把握しているのか! 何故だ!』

「そりゃあ、モーディアの奴が裏切ったからだろうなぁ……」


 既にこちら側の情報は離反したモーディアを通じ、全て敵に流れていると見ていいはずだ。

 二十年以上、戦場の第一線に立ち続けているガルバリオンだが、今回のように腹心に裏切られたケースは初めてだった。

 そのためだろうか。どうも相手の描いたシナリオの中で、人形のように踊らされている気がする。そして恐らく、この感覚は間違いではない。


(こうなると、南に逃したアルカたちのことも心配だが……)


 今は目の前の問題に対策を講じる方が先だ。


「ウィリアム、ひとまず俺とお前の小隊で北の連中を迎え撃つ。礼儀を知らん客人にはそれなりの対応をしなくてはな」

『分かりました。しかし、ここからで間に合いますかな』

「普通なら無理だろう。だから速力の高い者だけを選抜する。スカーラッド小隊とオーレン小隊は俺たちに続け。ジュトー、お前は残った連中の指揮だ。西に逃れたナーシアを牽制しつつ、俺たちの取りこぼした機竜があれば撃滅しろ」

了解ラジャー!』


 短い返答。三十六機あった中隊がすぐさま十二機と二十四機に分離する。

 前者はガルバリオンとウィリアムを含めた精鋭部隊である。彼らはアフターバーナーを点火すると、限界まで機体を鞭打ち、迫る敵編隊の元へ急行した。

 先頭を突っ走るのはガルバリオンの《ヘングロイン》と、そのウィングマンであるウィリアムの《パーシモン》だ。速力に優れた骸装機(カーケス)は、早くも他の騎士たちを後方へ置き去りにしつつあった。


『殿下、少し突出し過ぎではないですかな?』

「構わんよ。それより、ウィリアム。少し気になることがあるんだが」

『気になること? なんです?』

「北から来ている連中のことだ」


 ガルバリオンは急加速による息苦さをおくびにも出さずに言った。


機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)が部隊を二手に分け、北から回りこんできたってんなら話は簡単だ。向こうにナーシアはいないし、ヴェスターの《ハイフライヤー》だけなら俺とお前でどうにかなる」

『でしょうな。最悪の展開は北の諸侯が動くことですか。東方軍には【猟犬伯ハウンド】や【巨人伯ギガント】といった厄介な顔ぶれがいます』

「ついでに今はガーグラーの奴もスランゴスレンでバカンス中だ。肩書きは東部方面軍、総司令官だったかな」

『所詮、実権のない名目だけの役職です』

「ウィリアム。お前にはあの男が黙ってお飾りになっているような、お行儀のいい坊っちゃんに見えるのか?」


 ウィリアムは答えた。『見えませんな』


『どちらにせよ、振りかかる火の粉は払いのける必要があります。例え相手が【鮮血の王子(ブラッディ・プリンス)】と呼ばれていた男であろうと、我らのすべきことは変わりません』

「心強い言葉だね。だが、油断はするなよ。俺はリアノンに生きて帰ると約束しちまったんだ」

『いつものことですな』


 と、こちらも慣れた様子で返すウィリアム。


 分遣隊はそこで田園地帯の上空へと差し掛かった。

 更に東へと視線を向ければ青々と生い茂る森林と、その合間を貫くY字型の水流――ワイ川とモノウ川が見える。


 この二つの川の合流地点に建てられた街がモンマスだ。

 北は紫色の沼沢地。南はブナの生い茂る緑美しい渓谷。上空からは風光明媚な水の街に見えなくもない。

 が、実際は河に囲まれた地形のせいで洪水の頻度が高く、東に広がる『デーナの森』からは凶悪な魔獣が出没する過酷な土地柄だ。

 合戦では負け知らずのガルバリオンも、この街のインフラを安定させるまでには十年以上もの月日を要した。その甲斐あって、今では公爵領として認められるほど繁栄した都市となっている。


(全く、手間のかかる子ほど可愛いというが……)


 ガルバリオンは嘆息すると、再びディスプレイに表示された位置情報を確認した。

 高度18000フィート。速度220ノット。敵編隊までの距離はおよそ3マイルといったところ。

 雲が多いため視界が不明瞭だが、そろそろ肉眼でも敵機の姿を捉えることができるはずだ。


「よし、各員に伝達。まずは俺とウィリアムが先制攻撃を仕掛ける。その後は会敵し次第、各々の判断で動け。タフな陸攻機は収束砲で始末するから、お前たちは戦闘機の撃滅に集中してくれればいい」

了解ラジャー!』


 ヘルム内に男たちの声が唱和する。

 そして次の瞬間、ガラスを砕いたような怪音が空に響いた。


「……? どうした?」

『殿下、攻撃です! 敵の攻撃を受けています!』

「落ち着け。被害を報告しろ」

『す、スカーラッド1が撃墜されました!』

「なに、この距離で……?」


 ガルバリオンは空の果て、敵編隊の分布している方角へと目を凝らした。

 魔導回路(マギオニクス)に組み込まれた擬似脳が搭乗者の意志に反応。バイザーによる視覚補正が働き、前方空域の拡大映像をディスプレイに表示する。

 発砲によるマズルフラッシュは認められない。にも関わらず、ひどく嫌な予感がした。まるで氷の刃を突きつけられているような感覚だった。


(こいつは……)


 ガルバリオンは直感的に理解した。自分たちは狙われている。


 ――ガッシャァァァン!


 一拍の間を置いて、再び甲高い破砕音がかき鳴らされる。

 先ほどの焼き直しだ。ガルバリオンは首をひねって背後を確認した。

 被害を受けたのはオーレン小隊の一番機だった。灰色の《ワイバーン》がヘッドを砕かれ、真っ逆さまになって墜落している。その周りには、なにかキラキラと輝く破片が纏わりついていた。


『オーレン1、被弾! 墜落しました! 敵は小隊の一番機を狙っている模様!』


 立て続けに起きた謎の現象に、後続の騎士が悲鳴じみた報告をする。

 ガルバリオンはちっと舌打ちを漏らした。鼻面に鋭いジャブを叩き込まれたような気分だ。本格的な戦闘に突入する前から、いいように戦力を削られている。


「全員、散開しろ! これは骸装機(カーケス)の魔導兵装だ!」

『ら、了解ラジャー!』


 編隊長の指示に従い、僚機との間隔を開ける《ワイバーン》。

 だが、その抵抗をあざ笑うかのように三度(みたび)、敵機の魔導兵装が炸裂した。

 犠牲となったのはスカーラッド小隊の二番機だ。撃ち落とされた騎士はたちまち重力の抱擁を受け、大地との接吻を強いられる。


『ええい、これではまるで七面鳥だ!』


 ウィリアムは怒号と共に吶喊した。


『殿下、私が前に出ます! このままやりたい放題させてなるものか!』

「待て、ウィリアム! 先走ればいい的になるぞ!」

『望むところです! 殿下は私の後ろに! この身が盾となります!』

「……分かった。まずは俺たちで敵の骸装機(カーケス)を討つ!」


 ガルバリオンは咄嗟に決断を下すと、ぴしゃりとハーネスを打ってウィリアムの《パーシモン》に続いた。


 が、敵の骸装機は突出した二人を無視し、その後ろに続く列機を鴨撃ちにした。

 いくら練度の高い機竜乗り(ドラグナー)といえど、狙いすました超長距離狙撃には打つ手がない。

 装甲の砕け散る不協和音。通信機越しに響く断末魔の絶叫。レーダーから消え失せる友軍機の光点。ガルバリオンはそれを三度まで数えた。


(たった一機の機竜にこちらの精鋭部隊が半壊か……やってくれる!)


 ガルバリオンはぎりりと奥歯を鳴らした。


 久々に血管がぶち切れそうだった。元々、自分は我慢強い方ではないのだ。

 それでもガルバリオンは一度深呼吸して、荒れ狂いそうになる殺意を制御した。

 既にディスプレイ内には敵の編隊と、その先頭に立った白銀の機竜が映っていた。

 派手なカラーリングは竜鱗装甲(スケイルアーマー)特有の代物だ。あれがこちらに先制攻撃を仕掛けてきた骸装機(カーケス)で間違いない。


『敵機を目視で確認! このまま一気に畳み掛けます!』


 ノズルから青い排気炎を吐き出しながら、ウィリアムの《パーシモン》が空を駆ける。

 対する敵機も動きを見せた。おもむろにハーネスをさばくと、急旋回して空域からの離脱を図ろうとする。

 しかし、その速度はあくびが出そうなくらい遅い。機動性に関しては骸装機と思えないほど低レベルだ。


『おのれ! 散々好き放題やっておいて逃げる気か! そうはさせん!』

「待て、ウィリアム。なにかおかしい――!」


 制止の声をかけたガルバリオンだが、その前にウィリアムは手綱を打っていた。


 背を向けて逃げる敵機にぴたりと追いすがり、右腕甲に構えた収束砲を狙い定める。

 敵の骸装機はその機動に対応できない。ただ右往左往して追撃をかわそうとするばかりだ。

 その内、収束砲から放たれた熱線が翼をかすめ、敵機はぐらりと姿勢を崩した。結果、空中で隙だらけの格好を晒すこととなる。追撃者にとってはこれ以上ないほどの好機――


『貰った!』


 ウィリアムは再び収束砲のトリガーに指をかけた。


 直後、ガルバリオンは《パーシモン》の真横から唐突に赤黒い機竜が飛び出るのを見た。

 といっても、光学迷彩ステルスではない。こちらから見えないよう、雲の中に身を潜めていたのだ。

 新たな敵機は右の腕甲を振りかぶると、すれ違い様、ウィリアムの駆る《パーシモン》めがけてガンランスを一閃させた。


「ウィリアム、横だ! ブレイク!」


 ガルバリオンの絶叫。だが、全てが遅すぎる。

 僚機からの警告が届く前に、振り抜かれた槍はウィリアム・ガーランドの肉体を捉えていた。

 途端、曇天にぱっと赤いものが散る。ガルバリオンは《パーシモン》の背に跨ったアーマーが、腰の辺りから上下真っ二つに切断されるのを見た。


『な……!?』


 通信機越しに響く驚愕の声。


 分割され、吹き飛ばされたウィリアム・ガーランドの上半身は、くるくると空中で回転した後、あっけなく雲海に没した。鞍上に乗り手の下半身だけ残した機竜も、ゆるゆると高度を下げてその後を追う。


(ウィリアム……!)


 ガルバリオンは盟友の死を悼むかのように、一度だけ瞑目した。


 背後から見れば一目瞭然の、ごくごく単純な作戦である。

 ウィリアムが追っていた機竜は囮役。敵機に自らを追尾させ、その隙に僚機が横合いからランスチャージを仕掛ける。

 『ブラッディ・クロス』――かつて、機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の団長だった男が得意とした相互連携戦術だ。


「そうかい。やはりお前か、ガーグラー」


 ガルバリオンはその名を呼んだ。

 ヘルム内に鼻歌交じりの声が聞こえてきたのは直後のことだ。


『フフフッ。久しぶりだな、ガルバリオン。ところで、お前のお友だちは脆過ぎないか? 挨拶代わりの一発で死んでしまったぞ』

「普通の人間は槍でどつかれたら死ぬんだよ。お前みたいな化け物と一緒にしないで欲しいね」

『そいつは失敬。だが、多少の常識のなさは許して欲しい。なにしろ、俺は五年近く外の光を浴びていなかったんだから』

「別に、そのまま冬眠中のアナグマみたく引きこもってて良かったんだぜ。全く理解に苦しむね。どうして、モグホースの野郎はお前を檻から出しちまったんだ? サーカスに売り飛ばすためか?」

『分からんのか、ガルバリオン? ……こういう時のためだろうよ!』


 ガーグラーはペダルを踏み込み急旋回。《ヘングロイン》の隣に自機を並ばせた。


 すぐさま、ガルバリオンは横目で敵機の姿を見定める。

 骸装機(カーケス)としては平凡な大きさの機竜だ。頭から尻尾の先までおよそ30フィート。

 その全身は竜鱗装甲(スケイルアーマー)らしき漆黒の小片で覆われているものの、ミスリルの組み込まれた関節部だけは真っ赤に塗装されていた。煮えたぎる溶岩を彷彿とさせるカラーリングだ。


(王族専用機の一つ《スプマドール》……か)


 火竜の骸装機《スプマドール》は、ガーグラーが竜騎士団の長だった頃から愛用している機竜だ。


 その特徴を一言で言い表すなら『超攻撃特化』。

 装甲を限界まで薄く加工した上、全身に魚のエラに似た小型の推進装置スラスターを増設している。

 また、一対の主翼に加えて小さな水平安定板スタビレーターを持ち、これら四枚のウィングを独自に稼働させることで、数ある王族専用機の中でもずば抜けた運動性を獲得していた。


 加えて、攻撃面での性能も侮れない。

 武器は右腕甲に携えたライフルタイプのガンランス――その銃身に接続されているのは、王家の魔槍〝ロンゴミニアト〟だ。

 一方、左ガントレットにはコバンザメのような形状の収束砲を構えている。悪名高き〝プレデター〟3.0インチ重対機甲砲ヘビーアーマーピアッシングキャノン。数多の機竜乗り(ドラグナー)たちを地獄へ突き落とした殺戮魔導兵装だ。


「相変わらず、シールドは用意してないんだな。おうちに忘れたのか?」

『必要ないだけさ! この《スプマドール》に直撃弾を食らわせた者は誰一人としていないからな!』

「ほーん、奇跡的だね。今までお前と戦った連中はガンランスの撃ち方を知らなかったらしい」

『はっはっは、この状況でも生意気な口を叩ける余裕があるのか! 嬉しいぞ!』


 ガーグラーは割れんばかりの声で大笑した。


 実際、ガルバリオンの置かれている状況は極めて不利だった。

 周囲を見回せば、敵の編隊がぐるりと四方八方を覆い尽くしている。

 おまけにこの空域には《スプマドール》以外にもう一機、骸装機と思しき白銀の機竜がいるのだ。これら全てを一人で相手取るのは、【モンマスの獅子】と言えど無謀だった。


(さて、どうしたものか――)


 考えあぐねるガルバリオン。その眼前で、ガーグラーはおもむろに槍の穂を水平に構えた。


『手を出すなよ、ルウェリン! 他の連中もだ! 久々に味わえる極上の獲物! 俺一人で喰らい尽くさせてもらう!』

了解ラジャー。しかし、敵編隊の生き残りがこちらに接近中だが』


 あの白銀の骸装機の持ち主だろう。氷のような声が通信機越しに響く。

 ガーグラーは実に分かりやすい命令を下した。


『殺せ!』

了解ラジャー


 短い応答。敵機は散開すると、アフターバーナーを噴かせながら迎撃行動に向かう。


「おい、コラ! 待ちやがれ!」

『お前の相手はこの俺だよ。一騎討ちはお嫌いかね?』

「可愛い女の子となら大歓迎さ。しかし、男はごめんだ!」

『そうかい。好き嫌いは良くないな!』


 ガーグラーは収束砲をぶっぱなし、友軍の救援に向かおうとしたガルバリオンを牽制した。


 《スプマドール》の搭載火器は右が小口径の魔導砲、左が大火力の収束砲である。

 どちらも竜鱗装甲を貫通するのに十分な威力を有しているから、安易に敵の死角に回るという戦法は通用しない。

 ガルバリオンは内心の焦燥感を押し殺し、ひとまず敵機と距離を取った。魔槍を持つガーグラーに接近戦は危険過ぎる。


「仕方ない……! お前にはきついお仕置きが必要らしいな、クソ坊主!」

『熱くさせてくれよ、ガルバリオン! 俺を――このドラク・ガーグラーを!』


 ガーグラーは恋焦がれるような声と共に手綱を引いた。


 敵機は上昇しながらヘッドをひねり、背面飛行に移った後で降下旋回を開始する。

 ハイスピード・ヨーヨー。あえて高度を稼ぎ、敵機の後方に回り込むことを目的とした空戦機動マニューバだ。

 ガルバリオンはその動きに応じた。最大Gでブレイクターン。敵機を自機の前方にオーバーシュートさせようとする。

 結果、二人はお互いの背を追い回す格闘戦ドッグファイトに突入した。小刻みに右へ左へと旋回を繰り返す二機の機竜が、ハサミのそれに似たジグザグの航跡を描く。


『ハハハッ! 楽しいなぁ、ガルバリオン! こうしてお前と一対一で戦えるとは。モグホースの誘いに乗った甲斐があったぞ!』

「なに……? ガーグラー、貴様まさかモグホースのいぬになったのか?」


 全身にかかる強烈な加重の中、それでもガルバリオンは尋ねずにはいられなかった。

 だが、返ってきたのは不機嫌そうなうなり声だ。


『狗? 狗だと? 冗談はよせ。俺が誰の命令も受けんことはお前とて知っているだろう!』

「ならば何故、奴の思い通りに動く!」

『釣られたからさ! ログレス王国最強と名高い機甲竜騎士(ドラグーン)! 他の連中にくれてやるには惜しい餌だ!』

「っ……ガーグラー! 貴様はこの国のことなど何も考えていないのか! ただ、自分の欲望だけで!」

『おいおい、それはお前とて同じだろう!』


 ガーグラーはガンランスをぶん回すと、旋回中の〝ヘングロイン〟を砲弾で薙ぎ払った。

 対するガルバリオンは手綱を捌きながら、迫る光芒をシールドで防御。すかさず右腕甲の収束砲を撃ち返す。

 《スプマドール》はわずかに機体を沈め、これを紙一重でかわした。まるで拳闘士のスウェーバック。機体各所に取り付けられたスラスターが、繊細でしなやかな機動を実現しているのだ。


『ガルバリオン、俺が気付いていないとでも思っているのか? お前が反乱を起こそうとしていることなど百も承知だよ。全く、都合のいい男だな! あんな愚王を三十年以上ものさばらせておいて、今更玉座を欲しがるとは!』

「玉座などいらんよ! 俺はこれ以上、モグホースの野郎を放置できんだけだ!」


 ガルバリオンは互いの進路が交差するタイミングを見計らい、シールドキャノンを連射した。

 放たれた弾丸が空に青白い光跡を刻む。たまらず、ガーグラーは《ヘングロイン》の鼻先へと飛び出した。

 狙い通りの挙動である。ガルバリオンは待っていましたとばかりに収束砲のトリガーを引いた。しかし、《スプマドール》は横方向に連続してローリングを敢行し、全ての砲弾をかわしてしまう。


(くそっ、相変わらずふざけたフィジカルだぜ!)


 もしガルバリオンがあんな曲芸じみた空戦機動マニューバを行えば、遠心力によって頭に血流が集中し、脳味噌がパンクしてしまうだろう。

 しかし、『凶眼(ドルッグ・アヴィス)』を持つガーグラーの肉体強度は常人のそれをはるかに越える。事実、通信機越しの声にはまだまだ余裕があった。


『ふふん、あの「白豚侯」もよくよく嫌われたものだ。では、ガルバリオン。お前自身が王の座につくつもりはないのか?』

「当たり前だろう! あんな座りにくそうな椅子なんているものかよ! 俺より王冠の似合う奴がいりゃあ、いくらでもくれてやるさ!」

『なるほど。お前の考えはよく分かった!』


 ガーグラーは機体を九十度バンクさせ、逆方向に旋回。シザーズの軌道から離脱する。

 すぐさまガルバリオンはその背を追った。が、アフターバーナーを噴かせながら距離を取る敵機に追い付くことができない。

 先ほどの格闘戦ドッグファイトによって速度が失われつつあるのだ。機動力に優れた《スプマドール》とそうでない《ヘングロイン》の性能差が、そのまま運動エネルギーの格差に繋がってしまっている。


「どうした、ガーグラー! 追いかけっこは終わりか!」


 立て続けに収束砲を放つガルバリオンだが、相手はその挑発に乗ってこない。

 ガーグラーは落ち着き払った声で『まぁ、待て』と告げた。


『実はな。お前に一つ素敵な提案がある』

「なに? 提案だと?」

『そうだ。単刀直入に言おう。――俺と組まないか、ガルバリオン』


 投げかけられた台詞に、ガルバリオンはしばし言葉を失った。

 全く予想していなかった方向からの不意討ち。先ほどまでよだれを垂らし、牙をむき出しにしていた狂犬が、不意に握手を求めてきたような気分だった。


 とはいえ、ガルバリオンはきちんと頭の片隅に冷静な思考を残していた。

 ガーグラーの発言は意外だった。しかし、異常ではない。

 もしこの男が既に東方軍を掌握しているとしたら、ガルバリオンと共同戦線を張ることで南北からカムロートを挟撃することが可能だ。後は諸侯の協力さえ取り付ければ、王都を陥落させるのもたやすいだろう。


(まさかこいつ、最初から俺を勧誘するためにここへ……)


 ガルバリオンは息を呑んだ。

 次いで、その口元に笑みが広がる。


「驚いたな、ガーグラー。お前、王になるつもりか?」

『お前が玉座を必要としていないのなら、俺が貰ってやろうというのさ。お前はモグホースの首を、俺はこの国の玉座を手に入れて満足する。どうだ?』

「どうだ、じゃねぇよ。悪いがお前に王が務まるとは思えんね。大体、相手を追い詰めておいてから話し合いを持ちかける、その根性が気に入らん」

『俺は誰かと交渉する時、まず相手を一発ぶん殴ることにしているんだ。すると、その後の駆け引きがスムーズに進む』

「相変わらず頭のネジが吹っ飛んだ野郎だぜ。お前に王位を任せるくらいなら、まだマルゴンの方がマシだ」


 『そうか』とガーグラーはひどくがっかりしたように言った。


『なら、話は終わりだ。――死んでいいぞ、ガルバリオン!』

「テメェに死に場所まで指図される筋合いはねぇよ!」


 交渉が決裂すると同時に、二人は己の対敵めがけて収束砲を放った。


 二条の熱線がうねるように交錯。虚空に眩い閃光が弾ける。

 次いで、その向こうから蒸気を纏った機影――ガルバリオンの《ヘングロイン》とガーグラーの《スプマドール》が飛び出した。

 どちらも機体後部からオレンジ色の炎を噴き出している。燃料を焼き尽くし、アフターバーナーによって急激な加速力を得ているのだ。

 二人の狙いは明白だった。真っ向から迫撃を仕掛け、相手を地面に叩き落とす。これ以上ないほど分かりやすい決着の付け方だ。


『俺に接近戦を挑むか! いいぞ! 燃え上がるッ!』


 ガーグラーは愉快そうに笑って、右の腕甲を振りかぶった。


 直後、陽光を浴びたロンゴミニアトが不気味な輝きを灯す。

 王家の槍は単なる儀礼用の長槍ハスタではない。少女の柔肌からアダマント鋼に至るまで。穂先に触れたものをことごとく真っ二つにしてしまう魔槍だ。

 だが、ガルバリオンは臆さなかった。歯を食いしばり、ガンランスを構え、ターゲットボックスに映った敵機へと突撃を仕掛ける。


 ――ガガガガッ!


 交錯した二機の間から響く、耳障りな夾雑音。

 すれ違った機影が弾かれるようにして離れ、次いで、ガーグラーの駆る《スプマドール》がぐらりと姿勢を崩した。

 その胴部右側面には横一文字の傷が刻まれている。ガルバリオンのランスチャージは確かに敵機を捉えていた。


『おおっ? やるではないか! 直撃――とまでは行かんが、この《スプマドール》に傷を負わせるとは!』


 今まで無傷だった装甲が浅く切り裂かれているのを見て、ガーグラーは歓喜の声を漏らした。


「舐めるなよ、ガーグラー! 俺をそこいらの雑魚と一緒にしちゃあいないかい!」


 一方のガルバリオンは機体を反転させ、再び敵機を正面に捉える。


 ――作戦は先ほどと同じだ。


 ガルバリオンは無策のまま突っ込んだ訳ではない。

 敵機とすれ違う寸前、踵でペダルを踏み込み、機体をわずかに減速させたのだ。

 結果、ガーグラーは目測を見誤った。切れ味に優れた魔槍も、当たらなければ棒切れと同じである。


 ただ、これら一連の流れをガルバリオン自身も認識している訳ではなかった。

 なにしろ、骸装機の突撃速度は400ノットに達する。おまけに相手も同じスピードで迫っているのだから、体感的には更にその倍になる。

 結局のところ、音速の世界では人間の思考などたやすく置き去りにされてしまうのだ。それは凶眼を持つガーグラーとて例外ではなかった。


『もう一度来るか! 怖いもの知らずだな、ガルバリオン!』


 そうとも知らず、鞍上で槍を振りかざすガーグラー。


 同時に、《スプマドール》はノズルから真っ赤な排気炎を吐き出した。

 ガルバリオンはぴしゃりとハーネスを打ち、機体を加速させた。ただし、敵機との相対距離が1000フィートを切ったところで速度を落とす。

 果たして、ガーグラーの一閃は空振りに終わる――かに見えたところで、その右腕甲が不自然にうねった。

 ロンゴミニアトの切っ先がぐにゃりと軌道を変える。そして次の瞬間、虚空を切るはずだった槍の穂が、毒蛇のように《ヘングロイン》の右ウィングへと食らいついていた。


 ――ガギッ!


 鈍い金属音と共に、魔槍が紅の竜鱗を噛み千切る。

 弾ける火花。凄まじい衝撃。がくりと崩れかかる機体。

 ガルバリオンは切断された翼の先端が、自らの後方へ吹っ飛んでいくのを見送った。


「ちぃ……! ガーグラー、貴様!」


 思わず、ガルバリオンは己の判断ミスを呪った。

 ガーグラーは既にこちらの手の内を読み切っていたのだ。


 とはいえ、その『返し技』は常軌を逸していた。

 ガーグラーは《ヘングロイン》が失速した直後に、槍の狙いを変えたのだ。

 読心術の類ではない。『敵の動きを見てから反撃する』という、いわば後の先による解決法。

 だが、機甲竜騎士(ドラグーン)同士の高速戦闘でそれをやってのけるのは狂気の一言だった。明らかに、人間の動体視力と反射神経の限界を超えている。他の誰にもこんな真似はできまい。


『ぬるい! ぬるいなぁ! この俺に二度も同じ手が通じるかよ!』


 槍を振り抜いたガーグラーは、機体を旋回させながら収束砲を閃かせた。


 ガルバリオンは手綱をさばき、危ういところで迫る砲火から逃れた。

 《ヘングロイン》には六枚の翼がある。多少ウィングが損傷したところで、飛行装置(ライトフライヤー)さえ無事なら墜落することはない。

 とはいえ、主翼は機甲竜(アームドドラゴン)における機動の要だ。人間で例えるなら足に傷を負ったようなもの。戦闘力の低下は避けられなかった。


「ええい、こんなところで……!」

『どうした、ガルバリオン。元気がないな。もうグロッキーになったのかい!』


 ガーグラーは高笑いを上げると、両腕甲の魔導砲を立て続けにぶっ放した。


 迫る閃光。降り注ぐ弾雨。

 ガルバリオンは歯を食いしばって回避に徹する。

 ガーグラーの攻め方は狩人のそれによく似ていた。両手の武器を猟犬代わりに用い、じわりじわりと敵を追い詰め、最後には己の手でとどめを刺すのだ。


 そして、傷ついた獲物に狩人から逃れる術はない。

 十数秒間の抵抗の後、ガルバリオンはとうとう《スプマドール》にぴったりと張り付かれてしまった。敵機の後方は機甲竜騎士(ドラグーン)にとって絶対有利のポジションである。


『そら、背中を貰ったぞ。このまま終わりではなかろうな!』


 すかさず、ガーグラーはガンランスを三連射した。

 赤い尾を引きながら飛来する炎弾。ガルバリオンは左ペダルを踏み込み、機体を急旋回させることで迫る砲撃をかわした。

 だが、ガーグラーに動揺はない。右の魔導砲はあくまで囮。本命は左腕甲に携えた対機甲砲〝プレデター〟だ。


 ――バァッ!


 引き金が引かれ、真紅の熱線が空を駆け抜ける。

 ガルバリオンは背中にちりちり焼きつくような気配が走るのを感じた。

 と同時に、自然と口角が上がる。彼は追い込まれながらも、この瞬間を――すなわち、反撃の機会を待っていたのだ。


「甘いぜ、お坊ちゃん!」


 ガルバリオンは左ペダルを踏んだまま、ハーネスを右にさばいた。


 ちぐはぐの命令を受けた《ヘングロイン》は、たちどころに空中で失速した。

 だが、それはガルバリオンの狙い通りだ。旋回中に横滑り(スリップ)した機体は、帆のように翼を立てたまま高度を落としてしまう。

 結果、放たれた閃光は標的を外した。次いで、ガーグラーを背に乗せた《スプマドール》までもがガルバリオンの頭上を素通りする。


『んん? ガルバリオンの奴め、一体どこに……』


 一方、ガーグラーは目標を見失っているようだった。


 これはガルバリオンにとって予期せぬ幸運だった。

 常人離れした視力を持つガーグラーだが、収束砲の発射時に放たれるフラッシュがほんの刹那、彼のバイザーを白く染め上げていたのだ。

 ガルバリオンはその隙に敵機の腹下へと滑り込んだ。恐らく、ガーグラーの目には相手の姿が消えたように見えたことだろう。


(貰った……!)


 慎重に息を潜めたまま、ハーネスを胸元まで引き上げる。

 降下時に得たエネルギーを高度に転化。ピッチアップした機竜はたちどころに浮上を開始した。

 結果、二人の位置関係は先ほどと真逆になった。今度は《スプマドール》の背後に、ガルバリオンの駆る《ヘングロイン》がぴたりと張り付いている形だ。


『うーん、ガルバリオンめ。どこかに消えてしまったぞ。まさか、臆病風に吹かれて逃げたのではなかろうな? ……おい、このチキン野郎め! いるなら返事をしたらどうだ!』

「おうとも」


 ガルバリオンは答えた。収束砲のトリガーを引きながら。


 ぱっと大気を切り裂いた閃光が、悠長に空を飛んでいた《スプマドール》を急襲する。

 《ヘングロイン》の収束砲は敵機が有する四枚のウィングの内、左後方に位置する水平補助翼を根本から吹き飛ばした。

 だが、狙い違わず――とまでは行かない。ガーグラーは寸前でスラスターを稼働させ、致命傷を回避したのだ。


『うがっ……後ろから砲撃!? しかも直撃弾だと!?』

「あれで落ちないのか! しぶとい奴!」


 ガルバリオンはここぞとばかりに収束砲をぶっ放し、更にはシールドに内蔵された機関砲を連射した。


『ええい、調子に乗ってくれる! この程度のかすり傷で――!』


 対するガーグラーは強引に機体を旋回させると、左腕甲の〝プレデター〟で《ヘングロイン》を迎え撃つ。


 うっすら輝く砲口。本来なら回避すべき一撃である。

 だが、ガルバリオンは迫る光条をあえてシールドで受け止めた。

 一瞬で盾が溶解するものの、その間に自機の収束砲から放たれた熱線が敵の左ガントレットを撃ち抜く。

 弾ける爆発。そして、閃光。ガルバリオンは視界の中で、《スプマドール》がぐらりとバランスを崩すのを見た。


『おおっ!?』

「終わりだ、ガーグラー!」


 ガルバリオンは溶けかけの盾を投げ捨て、収束砲を構え直した。


 ろくに照準も合わせずトリガーを引く。再び空を駆け抜ける火焔。

 しかし、今度は《スプマドール》の側が自ら機体を失速、横滑りさせて砲撃をかわす。

 先ほどガルバリオンが取った防御機動と全く同じだ。ガーグラーは木の葉のように急落する機竜の鞍上で、けたたましい笑い声を上げていた。


『ふ、ふふふ、はははははっ! いい! いいぞ、ガルバリオン! やはり、強敵との戦いは燃える! 俺の血肉を! 魂を燃え上がらせる!』

「この戦闘狂が! 貴様の悪食にこれ以上――!」

『付き合って貰うさ! お前の命が燃え尽きるまではな!』


 瞬間、ガーグラーは右拳を振り上げた。


 なにかひどく嫌な予感が、ガルバリオンの脳裏をよぎる。

 しかし、下方にいる敵機に収束砲の狙いを定めることはできない。

 息を呑むガルバリオンの前で、ガーグラーは振り上げた拳をハーネスの間へと叩きつけた。がごん、と内蔵機器の駆動する音が響く。がこん、がこん。処刑台を転げ落ちるようなひどく破滅的な音――


『さぁ、煮えたぎれ《スプマドール》! この男はお前が本気を出して喰らうに相応しい……餌だ!』


 主の呼びかけに応え、黒の機竜はぎらりと双眸を輝かせた。


 ギギギギギギィ……ッ!


 大気を引き裂く鋼の咆哮。

 同時に、黒塗りの装甲から眩い光が漏れ出る。

 機体内部で燃え上がった熱量が、関節部のミスリルを赤熱させ、発光現象を引き起こしているのだ。まるで冷えた泥の下でうごめく溶岩流。噴火前の火山を彷彿とさせる不穏さだった。


「おいおい、なんだそりゃあ。ピカピカ光る宴会芸か?」

『まさか! この《スプマドール》はエンジンに制限装置リミッターを付けているのさ! だが、たった今それを解除した……。その理由が分かるか!?』

「今までは手を抜いてたんです、ってほざきたいんだろう。お前は負け惜しみの言い方まで下手くそだな!」

『俺が惜しんでいるのはこの楽しい時間が終わってしまうことだけだよ! しかし、同時に期待もしている! ガルバリオン――お前ならば、この俺を打倒できるのではないかと!』


 ひどく歪んだ台詞と共に、ガーグラーはぴしゃりと手綱を打った。


 瞬間、敵機はアフターバーナーを点火。爆発的なスピードで空を駆け上がる。

 機体後部のエンジンノズルだけでなく、全身のスラスターからも炎を噴き出すその姿は真っ赤に燃える流星のようだ。

 動力機関にかけられた枷から解き放たれたことで、《スプマドール》の機動力は段違いに跳ね上がっていた。ログレス王国最速の機竜、《エクリプス》と肩を並べるほどの加速性能である。


「ちぃっ! 野郎、本気で手を抜いてやがったのかよ!」


 ガルバリオンは舌打ち一つ漏らすと、機体を縦方向に転回させた。


 既に左後方からは、紅蓮を纏った《スプマドール》が肉薄しつつある。

 《ヘングロイン》の傷ついた翼でこれを振り切ることはできない。

 ならば、取るべき方策は一つ。正面からあの化け物を粉砕するのみだ。


『迎え撃つ気か! だが、甘いな!』


 しかし、敵機は突撃を仕掛けてこなかった。

 ガーグラーはハーネスをさばき、機体を急旋回させた。


 ――いや。


 正確なところ、それはもう旋回と呼べるような機動ではなかった。

 《スプマドール》は全身のスラスターを唸らせると、九十度近い角度で機体の進路をねじ曲げたのだ。

 爆音と共に空気が圧縮される。押し潰された空間がバネとなって弾け、瞬間、敵機は跳ねるように《ヘングロイン》の側面へと回り込んだ。冗談としか思えない光景だ。


「なん……だ、そのマニューバは……!?」

『ライトアングル・ハイGターン! 今まで使う機会はなかったがね! ひそかに練習しておいたのさ!』

「涙ぐましいね! お前がそんなに努力家だったとは知らなかったよ!」


 ガルバリオンは収束砲を放ち、ガーグラーの動きを牽制した。

 しかし、速過ぎる敵機の動きをまるで捉えることができない。逆に撃ち返される魔導砲を避けるので精一杯だ。

 ただ、こちらに有利な点もあった。ガーグラーは先ほどの攻防で左の腕甲を失っている。


(ならば……!)


 ガルバリオンは敵機の死角に回りこみ、起死回生を図ろうとした。

 だが、それはシールドのない左側面を相手に晒すことでもある。そして、目の前の男は差し出された餌に大喜びで食らいつくタイプだった。


『いいのかい、ガルバリオン! ――隙だらけだぞ!』


 ガーグラーはがら空きの胴体めがけてランスチャージを敢行した。


 ガルバリオンはすぐさま左の腕甲を腰の後ろに回す。

 抜き放ったのは予備のブレードだ。しかし、刃渡り5フィートの長剣ではロンゴミニアトの間合いに遠く及ばない。

 そこで、ガルバリオンは抜剣した刃をそのままダーツのように撃ち放った。更に投擲の勢いを利用して機体を水平回転。アフターバーナーに点火し、不意討ちじみた突撃を仕掛ける。


 ――投剣はあくまで囮。本命はランスによる一撃だ。


 しかし、ガーグラーは迫る刃をローリングでかわすと、更に下方から槍の穂をかち上げた。

 ギィン! と鳴り響く乾いた音。二機の機竜が交錯し、切り落とされた金属片が宙を舞う。

 雲中に沈んだのはガンランスを握った腕甲だ。遅れて、《ヘングロイン》は空中でがくりとバランスを崩した。


「く……そがっ!」

『狙いは悪くなかったよ、狙いは! だが、所詮は苦し紛れの小細工に過ぎんな!』


 ガーグラーは哄笑と共に、無傷の右ガントレットを振り抜いた。


 その乗機である《スプマドール》が、再び直角を描くようにして進路を変える。

 間髪入れず火を噴く魔導砲。防御機動に移ったガルバリオンだが、完全に避け切ることはできず、何発か直撃弾を食らってしまう。

 灼熱の炎が装甲を溶かし、《ヘングロイン》の翼を乱暴に引き千切る。衝撃に揺れる機体の上で、ガルバリオンは必死にラダーペダルを踏みしめた。


「ええい……!」

『どうやら勝負ありか。その翼ではもうまともなマニューバを行えまい!』


 ガーグラーは勝ち誇るように、高度を落とす紅の機竜を見下ろした。


 《ヘングロイン》はもはや満身創痍だった。

 右メインウィングは大破。その後ろに取り付けられた水平板と垂直翼も半ば融解し、駆動系のシステムがひっきりなしに不調を訴えている。

 まともに空を飛ぶどころか、飛行状態を維持することさえ覚束ない有り様だ。いつ錐揉み状態になって墜落してもおかしくない。

 ガルバリオンは警報に満たされたヘルム内で、大きく息をついた。


「ガーグラー……よく分かった。お前は強いよ」


 呟くガルバリオンに対し、ガーグラーは『ん?』と意外そうな声を漏らした。


『なんだ、降参か? いいぞ。お前が俺に屈するというのなら投降を認めよう』

「そいつはお断りだ。ガーグラー、お前は強いが――王の資格がない」

『王の資格だと? いまさら訳の分からん精神論を振りかざす気か? あいにく、俺はそういった代物に興味がないんだ』


 ガーグラーはガンランスを構え直し、


『いいかい、ガルバリオン。お前に残された選択肢は二つに一つだ。――俺と組むか、それともここで焼け死ぬか。どちらか好きな方を選ぶがいい!』


 魔槍ロンゴミニアトの切っ先が、失速する《ヘングロイン》に突きつけられる。

 自らを見据える凶刃を前に、ガルバリオンはハーネスを胸元まで引き上げた。

 死にかけの乗機に活を入れ、そのヘッドを強引に敵の方角へと向き直らせる。わけもなく口元に笑みが浮かんだ。


「ガーグラー、こいつはお説教じゃない。叔父さんからの忠告だ!」

『忠告ぅ?』

「そうとも。王を目指すなんてことはやめた方がいい! お前には決定的なものが欠けているのさ!」

『ふぅん。で、なにが欠けていると言うのかね?』

「おいおい、口で言わなきゃ分からないのか。この『タマ無し野郎』!」


 瞬間、二人の間の空気は凍りついた。


 ドラク・ガーグラーには絶対に言ってはならない禁句タブーというものが存在する。

 たった今、ガルバリオンが口にした台詞がそれだ。ガーグラーはその単語を吐いた人間を皆殺しに、それも可能な限りむごたらしく惨殺してきた。例え相手が王侯貴族や神官であろうと、ただの一人の例外もなく。


『……ガルバリオン』


 男の口調は先ほどまでのふざけたような調子から一変していた。

 零下の永久凍土を思わせる、温かみの欠片もない声だ。それは酔狂な性格のこの男が本気で怒っている証でもある。

 有り体に言って――ドラク・ガーグラーは完全にブチ切れていた。


『よく分かった。よく分かったよ。貴様は……俺が思っていた以上の大馬鹿者だ!』


 ガーグラーは感情を露わに吐き捨てると、アフターバーナーを噴かせて《ヘングロイン》を強襲した。

 振りかぶられる魔槍。ガルバリオンはハーネスを打ってその動きに応じる。

 半壊した愛機は最後の力を振り絞り、猛火に包まれた《スプマドール》を迎え撃った。


(……悪いな、リアノン。アルカーシャ)


 加速によるGの中、ガルバリオンはふっと肩の力を抜いた。


 今まで彼は妻子との約束を破ったことがなかった。

 しかし、どうやら今回は生きて帰れそうにない。

 人にはしばしば、命を賭して戦わなくてはならない局面が存在する。自分にとっては今がその時だ。


 ――ガルバリオンは覚悟を決めた。


 自らの命に変えても、この狂える獣だけは必ず止めると。


「さぁ、来いよ! ドラク・ガーグラー!!」


 もはや武器は残されていない。全くの徒手空拳。

 ガルバリオンは握り固めた左腕甲を振りかぶった。

 と同時に、メインアームで手綱をさばく。敵機の側面をすり抜けるのではなく、直撃コースへと進路を変更する。

 ガルバリオンは乗機ごと《スプマドール》に体当たりをかけるつもりだった。相討ち狙いの玉砕戦法である。


『なに!? 貴様、まさか特攻を……!』


 驚愕の声を漏らすガーグラーだが、もはや回避は間に合わない。


 片翼を失った《ヘングロイン》は矢のように回転しながら空を駆け抜けた。

 己の装甲を、筋繊維を、ありとあらゆる内蔵機器全てを――

 一発の弾丸に変え、紅蓮を纏った敵機に頭から突っ込む。

 そして、二機の機甲竜騎士(ドラグーン)は空中で正面衝突した。


 ――いや、


 『衝突したように見えた』。


 実際にはその直前で、《スプマドール》の姿が陽炎のように消え失せたのだ。


「なっ!?」


 《ヘングロイン》が突き抜けたのは火の粉で作られた残像だった。

 ガルバリオンは反射的に理解した。これは敵機の魔導兵装だ。

 じわり、と男の額に汗がにじむ。からからに乾いた唇が絶望の声を紡ぎ出した。


「お前、この期に及んでまだ切り札を……!」

『残しておいたのさ! だが、あの世で誇るがいい! 俺をここまで追い詰めたのは貴様が初めてだ!』


 次の瞬間、《ヘングロイン》の右手で蜃気楼が揺らいだ。

 轟音と共に破られる大気。突如として姿を現す《スプマドール》。

 その鞍上で、ガーグラーは大上段にランスを振りかぶっていた。


『そして――さようならだ、ガルバリオン!』


 薙ぎ払われる魔槍。ガルバリオンにそれを避ける術はない。

 ロンゴミニアトの穂先はアーマーの胴部を深々と切り裂いた。凶刃はコックピットの奥まで到達し、搭乗者の臓腑をえぐり取る。

 ガルバリオンは視界の端でぱっと鮮血が散るのを見た。やや遅れて、焼きごてを押し付けられたような痛みが腹部を中心に広がる。


「ぐっ……う!」


 激痛の中、ガルバリオンは己の敗北を悟った。


 ドラク・ガーグラーは強い。

 百戦錬磨の機竜乗り(ドラグナー)である自分が、命を賭してもなお届かない領域にこの男はいる。

 かてて加えて危険なのは、ガーグラーの乗機である《スプマドール》だ。この骸装機(カーケス)は王国最強の機竜と呼ばれた《ヘングロイン》の性能を、あらゆる面で凌駕していた。


(くそったれめ。誰だよ、ガキにこんな物騒なオモチャを与えたのは……)


 おびただしい量の失血と共に、ガルバリオンの全身からは力が抜けていった。

 両手がハーネスを離れ、だらりと垂れ下がる。睡魔にも似た虚脱感の中、視界がぐるぐると回転を始めた。機体が錐揉み状態のまま墜落しているのだ。


 迫る死を前に、男の脳裏を走馬灯がよぎった。

 今は亡き父と母。血を分けた兄弟。幾多の戦場を共にした部下たち。

 そして愛する妻子の姿が、泡沫のようにふっと浮かんでは消える。


 最後にガルバリオンが見たのは、どこか影のある面差しをした青年だった。

 兄ウォルテリスと友ステラの忘れ形見、アウロ・ギネヴィウス。

 彼自身が鍛え上げた騎士だ。かつては悲観的な考え方ばかりしていた小僧が、いつの間にかいっぱしの男の顔になっている。


 もしガーグラーを倒すことができるとしたら、恐らくは――


「すまん、アウロ。後は……任せたぜ」


 ぽつりと漏れた呟きを最後に、ガルバリオンはその乗機ごと自らの守り続けた大地へと没した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ