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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
三章:双竜戦争(前夜)
63/107

3-18

 アウロが戦闘空域に到着したのは、まさに間一髪というタイミングだった。


 バイザー越しの視界には二機の《ワイバーン》。

 しかし、その内の一体はアーマーの両腕甲をもぎ取られ、もう一体は右ガントレットのみの状態となっている。

 加えて、機竜本体からは着弾時の放熱による煙が幾条も上がっていた。いっそ空を飛んでいるのが不思議なほどの壊れ具合だ。


「アルカ、無事か? リアノンさんも……」

『あ、ああ、私は平気だ。母さんも大分やられたけど、落ちる心配はないと思う』


 通信機越しに響く声は少しかすれていた。だが、それはアウロの知る幼馴染のもので間違いなかった。


 アウロはひとまず、ほっと息をついた。

 どうやら落とされたのは護衛の乗る機竜だったらしい。

 死んだ彼らには悪いが、アルカーシャたちが生き延びていたのは不幸中の幸いだ。遅れて、リアノンからも通信が届いた。


『まさか、アウロくんですか? けれど、どうしてあなたがここに……』

「説明は後です。リアノンさんたちは早くこの空域から脱出して下さい」

『……ごめんなさい。私たちの機体は飛行姿勢を維持するだけで精一杯なんです』

「分かりました。ならば、まず奴をどうにかしなくては」


 アウロは雲海を漂う蒼白の機竜を見下ろした。


 細い胴体と、異様に長いテールを有した大型の機甲竜(アームドドラゴン)である。

 右のガントレットに二連装の収束砲を携え、左には機関砲内蔵式と思しきシールドを構えている。

 背中に羽織ったマントに刻まれているのは交差した槍と盾――ガーランド家の紋章だ。アウロはその機竜の名をよく知っていた。


【あれは《ハイフライヤー》……? ということはヴェスター・ガーランドか?】

【主殿、お知り合い?】


 アウロは頭の中で【ああ】と答えた。


【今回、ガルバリオンに謀叛を起こしたモーディア・ガーランドの息子だよ。俺もモンマスにいた頃、何度か顔を合わせたことがある。今は確か、家を出て機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)に所属していたはずだが】

【そうなの? でも、わらわたちが王都にいた時は全然名前を聞かなかったけど】

【当然だ。斧の反乱の際、ヴェスターは竜騎士団の半数を連れてガルバリオンに同行していた。奴自身、ガーランド家の出身だからガルバリオンとも関係が深い】


 しかし、こうしてあの男の妻子を追い回しているということは、かつての同胞のことなど忘れてしまったと見るべきだろう。

 アウロの知るヴェスター・ガーランドという男は、自分に都合のいい時に記憶障害を起こす癖があった。


『アウロ、アウロだと? まさか、アウロ・ギネヴィウスか?』


 やがて、その予測を裏付けるようにヘルム内にざらついた声が響く。


 ヴェスターの《ハイフライヤー》はアウロから一定の距離を保ちつつ、緩やかに雲の合間を滑空していた。

 どうやら、相手もどう出るべきか判断に迷っているようだった。こちらの意図を掴みかねているのだろう。


「その通りだ。久しいな、ヴェスター・ガーランド」


 そこでアウロは挨拶代わりの魔導砲をお見舞いしてやった。


 たちまち、灼熱の弾丸が《ハイフライヤー》に直撃する。

 相手は回避する素振りも見せなかった。その必要すらなかったのだ。

 燃え上がる炎は敵機の装甲を一舐めしたものの、張り巡らされた竜鱗に小さな焦げ跡を残すだけに終わった。


『なんだその火力は! 骸装機(カーケス)かと思いきや、ただのハリボテではないか!』


 ヴェスターはあざ笑うように言った後で、声の調子を一変させた。


『それより、どういうつもりだ!? アウロ、何故お前がガルバリオンに肩入れする!』

「ヴェスター、俺としてはお前がアルカーシャに銃口を向けた方が驚きだよ。ガルバリオンはお前の師でもあったはずだ」


 かつて、アウロはガルバリオンの元で騎士としての訓練を積んでいた。

 それはヴェスター・ガーランドも同様である。この男はアウロより年上だが、同じ時期にガルバリオンの元で切磋琢磨していたのだ。

 見ようによっては兄弟弟子とも言える関係かもしれない。実際、アウロはこの男に悪い感情を抱いていなかった。――少なくとも、つい先ほどまでは。


『師? 師だと!? ……ふん、確かに昔はそう思っていたさ! だが、先の「斧の反乱」の際に確信したよ。あの男は私を単なる駒としか見ていない!』

「指揮官が部下を駒として見るのは当然だろう。それのどこに問題が?」


 『大ありさ!』とヴェスターは感情を露わに吠え立てた。


『アウロ、ケルノウンの私生児と呼ばれているお前になら分かるはずだ。所詮、私の立場は分家の長男。誰かに使われるだけの駒でしかない! だが、ウィリアムが死ねば父上はガーランド家の当主だ! 厄介者扱いされ、竜騎士団に逃れるしかなかった私もようやく人の上に立つことができるッ!!』

「そのためにお前はガルバリオンを見限ったのか?」

『王家への忠誠を優先したと言ってほしいね! 今の私にとって、ガルバリオンは邪魔者でしかないのだよ!』

「そうか。よく分かった。――どうやら道を誤ったようだな、ヴェスター・ガーランド!」


 アウロはハーネスを引き、機体のヘッドを《ハイフライヤー》へと向けた。

 対するヴェスターも収束砲を構えてその動きに応じる。こちらを睨む砲口からはうねるような怒りの感情が見て取れた。


『道を誤った……だと? 違うね! 私は自分の欲望に忠実なだけさ。私の心は真っ直ぐだよ。かつてないほど正義に満ち満ちている!』

「女をなぶり殺しにするのが正義か。貴様は騎士の誇りまで忘れたらしいな!」

『そんなものに拘っているから、お前はいつまでも「駒」なのだ! 誇りなど犬にでも食わせておけ! ……アウロ、いい気分だぞ! 今まで私を見下していた小娘どもをぶちのめすのは!』

「下衆め! 被害妄想もはなはだしい!」


 アウロは旋回して敵機の左手――収束砲の死角に回りこみつつ、再びガンランスをぶっぱなした。

 ヴェスターも機関砲を応射する。が、アウロは迫る光弾を冷静にかわし、時にはシールドでさばいた。


 戦闘空域に到着して早々、アウロは格闘戦に突入しつつあった。

 ただし、それは互いの後方象限を奪い合うような犬の喧嘩(ドッグファイト)ではない。

 《ハイフライヤー》は高性能の火器を擁する機竜だ。当然、距離を取っての射撃戦が有利である。

 逆にアウロは敵機の死角に回り込み、ランスチャージを仕掛けようとしていた。馬鹿正直に真っ正面から突っ込んだところで、収束砲の餌食になるだけなのは火を見るよりも明らかだからだ。


【カムリ、旋回して敵機の側面を叩く。魔導砲が通じないのなら、直接横っ腹に風穴を開けてやるしかあるまい】

【らじゃ! 久々の実戦だし、全力で行くよ!】


 カムリはぶるりと一度身震いすると、雲の狭間を突っ切りながら敵機へと肉薄した。


 上から見ると、お互いの軌道はバネのようないびつな螺旋形に見えたことだろう。

 右へ左へ翼をバンクさせながら逃げる《ハイフライヤー》を、アウロは収束砲の射角外に回り込みながら追撃する。

 たまらず、ヴェスターは舌打ちを漏らした。お互いの距離が詰まりつつあることに気付いたらしい。

 カムリと《ハイフライヤー》の機動力はほぼ同じだが、後から戦場に着いた分、空戦エネルギー――特に速度の面でアウロの側が優位に立っているのだ。


『ええい、小賢しい! スピードさえ、エネルギーさえ十分ならば貴様なんぞに!』

「用意がいいな、ヴェスター。もう負けた時の言い訳を考えているのか」

『ほざけ! そんな貧弱な武装でこの《ハイフライヤー》を落とせると思うなよ! 後ろに回り込んだ程度で、この私を――!』


 そこでヴェスターは手綱をさばくと、強引に機体を水平回転ヨーイングさせた。

 《ハイフライヤー》はテールをしならせ、氷上を滑るかの如くスライドしながら、収束砲の狙いをアウロへと合わせる。

 そして、次の瞬間。細長い砲身から立て続けに三発の閃光が発射された。竜の息吹を収斂した熱線ブラスターだ。


『アウロ、危ない!』


 たまらず悲鳴を上げるアルカーシャ。

 が、アウロは素早く右ペダルを踏み込むと、機体をロールさせただけであっさりこれを回避した。

 放たれた熱線は目標を捉えることなく虚空へ消えた。遅れて、後方を漂う白雲が木っ端微塵に吹き飛ばされる。


『なに! あの三連射を避けただと!?』


 驚愕するヴェスターの前で、アウロは冷静に機体を立て直した。

 急旋回の連続により、アウロの全身には今も強烈なGがかかっている。

 が、呼吸自体は落ち着いていた。思考も冬の泉のように澄んでいる。あんな見え見えの攻撃では心拍数すら上がらない。


「狙いが良すぎるな、ヴェスター。いくら威力が高かろうが当たらなければ!」

『生意気な奴! だが、【モーンの怪猫】を落とした腕前は伊達ではないということか!』


 ヴェスターは苛立たしそうにハーネスを操り、再びこちらから距離を取ろうとする。

 だが、そのスピードは幾分か低下していた。先ほどの無茶な反転が尾を引いているのだ。

 アウロは好機と踏んで迎え角を全開。高速水平旋回(サステインドGターン)によって、一気に敵の左側面を陥れた。

 更に機体を加速させ、ランスチャージによる決着を狙う。円形の目標距離計(ターゲットレンジ)がみるみるゼロへ近づいていった。


『くっ……ふふふっ! いいだろう、アウロ・ギネヴィウス!』


 直後、ヘルム内に男の哄笑が響き渡った。


『認めてやるぞ! お前は私と! この《ハイフライヤー》が全力を出して叩き潰すに値する敵だ!』

「まるで先ほどまで全力ではなかったような口ぶりだな」

『ああ、そうとも! なにしろ、雑魚相手ならばこの〝デッドスカッター〟一本で十分に! いや、十二分に対応できる! だが、お前には特別に我が機竜の真の姿を――!』

「話が長い!」


 アウロはお構いなしにガンランスのトリガーを引いた。


 放たれた弾丸は敵機に直撃するも、やはり決定打にはならない。

 アウロは牽制後、改めて《ハイフライヤー》の左側面へと突撃を仕掛けた。

 対するヴェスターは先ほどと同じく、機体を横滑りさせてこちらに砲口を向ける。間髪入れず、狙いすました三点バーストがアウロを襲った。


【またさっきと同じ攻撃……!】

【カムリ、右方向に回避! 自動追尾ホーミング機能がないならば避けられる!】


 アウロの対応も先ほどと変わらない。

 機体を横方向に回転させ、〝デッドスカッター〟の三連射をかわす。


 おかげで敵機との距離は更に詰まった。

 もはや、《ハイフライヤー》はこちらの目と鼻の先にいる。

 アウロはガンランスを握り直した。息を整え、突撃のタイミングを窺う。敵機の機動を予測。小刻みに狙いを調整する。


【よし、カムリ! ランスチャージを敢行――】


 言いかけたアウロは、そこで背筋にぞくりと冷たいものが走るのを感じた。


 空戦における直感は主に視覚からもたらされる。

 脳が判断を下すより先に、眼球が、視神経が、電撃的な反射作用を起こすのだ。

 アウロはバイザー越しに映る敵機の姿が、わずかに変貌していることに気付いた。

 変貌――いや、違う。あれは『変形』だ。敵機は姿形そのものを変えているのだ。


【カムリ! 全力退避!】


 アウロは前傾姿勢を取って機体を急降下させた。


 刹那、高密度の弾幕が頭上を瀑布のような勢いで通り過ぎる。

 発射源は言うまでもない。ヴェスターの駆る《ハイフライヤー》だ。

 アウロは急降下による浮遊感の中、全身の血の気を引かせた。あのまま突撃を続けていたら、自分とカムリは石臼にかけられたオーツ麦の如くバラバラに粉砕されていただろう。


『なん……だと!? あのタイミングで《ハイフライヤー》の一斉掃射をかわしたというのか!?』


 とはいえ、相手も必殺の一撃を避けられたのは意外だったらしい。通信機越しの声には驚きの色が滲んでいる。


【主殿、い、今のは……】

【魔導兵装だ。幸い、特殊性の高いものではなさそうだが】


 難を逃れたアウロは頭上を舞う敵機を仰いだ。

 いつの間にか、《ハイフライヤー》の胴部側面からは二連装の魔導砲が生えていた。

 長方形の箱から短くずんぐりした砲身が、まるで蛞蝓の目のように突き出している。左右それぞれ二門。合わせて四門の対空迎撃砲だ。

 更に、主翼の下には反動力リコイル式の機関砲が見えた。どうやら、あの機竜は機体内部に大量の火器を隠し持っていたらしい。


【なに、あの大砲の数……。まるでハリネズミみたいだね】

【言い得て妙だな。《ハイフライヤー》は射撃特化型の機竜だが、その設計思想は《ラムレイ》とはだいぶ異なるらしい】


 ドラク・ナーシアの駆る《ラムレイ》は大火力の魔導砲を用い、遠距離から一方的に敵を蹂躙することを目的とした機竜だ。

 反面、格闘戦を挑まれると脆い。ナーシアが僚機に重武装の《ワイバーン》を用意しているのも、自らの盾として扱うためである。


 逆に《ハイフライヤー》は一撃の火力を捨て、代わりに大量の魔導砲を体内に隠し持っている。

 ただし、その用途は攻撃ではなく防御だ。あの蒼白竜にチャージを仕掛けた機体は内蔵された魔導兵装によって蜂の巣にされ、為す術もなく撃墜されてしまうという寸法だろう。


 正にハリネズミの刺だ。近付くものを返り討ちにする攻性の結界。

 射撃による有効打が望めない現状では、これほど厄介な魔導兵装もない。


『ちぃぃっ……! やるじゃないか、アウロ! 今のを避けたのはお前が初めてだ!』

「それは光栄だ。だが、切り札が不意討ちとはな。いかにも貴様らしい臆病なやり方だよ」

『ふふん、そいつは負け惜しみかね? お前の骸装機(カーケス)もどきに打つ手がないのは私とて理解しているつもりだが?』


 ヴェスターは余裕たっぷりに言い放つと、兵装を展開したまま機体を急旋回させた。

 途端、ずらりと並んだ砲口がアウロを睨みつける。今度は右ガントレットに構えた収束砲までもがこちらを睥睨していた。


『見るがいい! 魔竜の骸装機(カーケス)たる《ハイフライヤー》が有する火器は全四種! 〝ルイスガン〟及び〝ヴィッカース〟0.3インチ航空機関砲! 胴部格納式0.8インチ連装魔導砲! そして、〝デッドスカッター〟1.2インチ二挺駆動(ガスト)式収束魔導砲! 合わせて十二門にも達する砲身群! これら全てを思考制御(マインドコントロール)可能なのは、竜騎士団内でもこのヴェスター・ガーランドただ一人!』

「なにを訳の分からんことを……!」

『ならば教えてやろう! 《ハイフライヤー》が持つ究極の武器は、人力魔導回路(マギオニクス)と呼ばれた私の頭脳そのものなのだ!』

「貴様の御託は聞き飽きたよ、ヴェスター!」


 アウロは垂れ流される口上を無視し、再び敵機の左手に回り込もうとした。


 ――ドドッ!


 が、こちらの逃げ道を塞ぐ形で《ハイフライヤー》の胴体から生えた砲座が火を噴く。

 アウロは舌打ちした。砲身の射角が予想以上に広い。あの連装砲は正面だけでなく、真横にいる敵に対しても攻撃できるらしい。

 仕方なく回避に移ると、今度はその隙を狙って収束砲の一撃が飛んできた。アウロは更に高度を下げ、これを紙一重でかわす。


【うっ……く、くそっ! 弾幕の密度が濃すぎて近付けないよ!】

【元よりそのための武装だ。しかし、このまま逃げ回っていてはらちが明かないな】


 アウロはちらりと計器に視線をやった。

 15000フィートあった高度は立て続けの急旋回により、8000まで減ってしまっている。

 一方、速度は200ノットのまま変わらずだ。溜め込んでいた位置エネルギーをまるごと吐き出してしまった計算だった。


(とはいえ……)


 敵機の側はアウロたちよりもはるかに早く、空戦エネルギーを失いつつあった。


 その原因は先ほど展開した複数の砲座だ。

 機体の下部に力場を形成する飛行装置ライトフライヤーの特性上、翼の下に余計な部品を取り付ければ機竜の飛行性能は格段に低下する。

 また、増えた空気抵抗や砲撃の反動もエネルギーが失われる要因の一つだ。あの魔導兵装は《ハイフライヤー》にとっても諸刃の剣だった。


 ――結局のところ、長所と短所は表裏一体。


 そんな当たり前の事実に気付くと同時に、アウロは一つの策を思いついた。


【カムリ、再び敵機の左側面からチャージを敢行する。このままエネルギーの削り合いに付き合ってやる義理はない】

【らじゃ! でも、胴体の大砲をどうにかしないとまた迎撃されちゃうよ】

【分かっている。だが、あの剥き出しの火器こそ奴の弱点だ】

【え? それってどういう……】


 【そのままの意味さ】と答えて、アウロはハーネスを胸元まで引き上げた。


 迎角最大。同時に右ペダルを踏んで機体を傾斜させ、《ハイフライヤー》の左手へと回りこむ。

 すかさず、敵機は胴部の備砲をぶっ放してこちらを牽制してきた。更に、シールドに内蔵された機関砲までもが砲弾をばらまく。アウロは絶え間なく押し寄せる弾雨を、シールドを傘代わりにやり過ごした。


『ほう、《ハイフライヤー》の防衛圏を突破する気か? しかし、そんな中途半端な機体でいつまで持つかな!?』

『アウロ、無茶だ! 強引過ぎる!』


 ヘルム内に響くヴェスターとアルカーシャの叫び声。

 知ったことではない。アウロはその両方を黙殺した。


 今、アウロの全神経はディスプレイに表示された数値へと注がれていた。

 敵機との相対距離、およそ4000フィート。ガンランスの有効射程距離である3000フィートまではあとわずかだ。


(このまま行けるか……?)


 そう思いかけた矢先、ヴェスターは再び空中で機体を急旋回させた。


 刹那、《ハイフライヤー》の保有する火器が一斉にこちらへと向けられる。

 アウロは思わず全身を緊張させた。生命の危機を前に、理性ではなく本能が背を向けて逃げ出そうとしている。


『吹き飛べ、愚か者め! この私に挑んだことを冥府で悔いるがいい!』


 直後、十二門の砲口が一斉に火を噴いた。


 鼓膜を殴打する砲声。眩い弾幕が視界いっぱいに形成される。

 放射状の軌跡を描くそれは、まるで美しい花火のようだ。

 とはいえ、悠長に見物している暇はなかった。アウロは奥歯を食いしばり、機体を急旋回させた。

 放たれた砲火はどこまでも自機を追尾してくる。休みなく浴びせかけられる一斉掃射が、時にはアーマーのすぐ真横をかすめた。


【だ、駄目だよ主殿! やっぱり近付けない!】

【あと少しだけ我慢しろ! ガンランスの有効射程距離に到達すれば――!】

【でも、こっちの武器じゃあいつにダメージを与えられないんじゃ!?】

【それは先ほどまでの話だ!】


 アウロはバイザーに表示された数値を見上げた。


 いつの間にか、敵機との相対距離が3000フィートを割っている。

 十字の照準が敵機と重なり、ピィーッと音を立ててガン・クロスが赤く染まる。

 アウロは全身を圧迫するGに耐えながらも、ガンランスの砲口照準ボアサイトを《ハイフライヤー》の胴部側面へと定めた。


 ――ドドドドッ!


 トリガーを引く。ビームアタック。オレンジ色の魔導弾が立て続けに発射される。

 アウロは着弾を確認する前に敵機から距離を取った。しかし、一瞬早くヴェスターの放った収束砲がガンランスの先端部分を貫く。

 たちまち銃身が溶解し、行き場を失ったエネルギーが薬室を巻き込んで炸裂した。次いで、爆風に煽られた機体が横滑りを起こす。


「ぐっ……!」

【あっ、ガンランスが!】


 半壊した武装が指先から離れ、地面へと落ちていく。

 アウロはなにもできずにそれを見送った。遅れて、火器管制システムからガンランスの機能が消失する。強引な突撃の代償だ。


 それでも、アウロは失われたもの以上の対価を手に入れていた。

 頭上を仰げば、ヴェスターの《ハイフライヤー》は灰色の煙を吹き上げながら斜めに傾いでいた。

 その胴部左側面から生えた砲座は、炎弾の直撃を受けて真っ赤に変色している。よくよく目を凝らせば、半壊した砲塔越しに溶けかかった人造筋肉繊維(ファイバーサルコメア)まで確認することができた。


『馬鹿な!? この《ハイフライヤー》に有効打を与えただと!? そんな貧弱な武装で……!?』


 惑乱するヴェスター。その間にも、敵機は急速に高度を失っている。

 アウロは空となった右腕甲を腰の後ろに回した。そして、予備のブレード――魔剣エスメラルダを握り直しながら告げた。


「ヴェスター、お前は自機の長所には詳しくても欠点には疎かったらしいな」

『なにっ、欠点だと!?』

「そうだ。確かに、竜鱗装甲(スケイルアーマー)の頑丈さはオリハルコンすら越える。だが、その露出した砲塔にまで装甲が及んでいるわけではあるまい」

『き、貴様! この短時間でそれを見切ったというのか!? 今まで誰も気付かなかった我が乗機の弱点に!』

「当たり前だろう。お前自身が言っていたはずだ。《ハイフライヤー》の一斉掃射をしのいだのは俺が初めてだと」


 装甲に弾かれるなら剥き出しの砲塔を狙えばいい――と口で言うのは簡単だ。

 だが、そのためにはまず搭乗者ヴェスター本人に奥の手を、機体内部に格納されている魔導兵装を使わせる必要がある。

 それでも、不意討ちで放たれる一斉掃射にほとんどの機甲竜騎士(ドラグーン)が撃墜されてしまうはずだ。辛うじて生き残ったところで、胴部側面の砲座をガンランス一本で撃ちぬくことは難しい。


 だからこそ、《ハイフライヤー》の弱点は今まで明らかになることはなかった。

 しかし、アウロはそれらの難問を全て突破し、鱗の隙間を貫く一撃を敵機へと叩き込んだ。

 結果、今まで幾多の機竜乗り(ドラグナー)を餌食にしてきた蒼白竜は、転覆寸前の船の如くバランスを崩している。砲塔を吹き飛ばすほどのダメージが、機体の中枢ユニットにまで及んでいるのは間違いなかった。


【さすが主殿! あの青いのもざまぁないね! 人を骸装機(カーケス)もどきなんて呼んだ報いだよ!】

『やった! 勝てる。勝てるぞ、アウロ! あの《ハイフライヤー》に!』


 ほぼ同時に、カムリとアルカーシャが快哉を叫ぶ。

 逆に、ヴェスターは余裕のない声で悪態をついた。


『くそっ! お前ごときに! お前ごときに敗れるはずがないのだ! 私はヴェスター・ガーランド! 二十の機竜を地に叩き落とした、竜騎士団のエースだぞ!』

「どうせ、ほとんどがお仲間との共同撃墜だろう。弱い者いじめだけで強くなれると思ったら大間違いだよ、ヴェスター」

『し、知ったような口を! 養成所を出たばかりの若造が――!』


 ヴェスターは力任せに手綱をさばくと、機体の全砲門をアウロへと向けた。

 胴部側面の連装砲が大破したとはいえ、《ハイフライヤー》にはまだ二門の魔導砲と六門の機銃、更には右腕甲の〝デッドスカッター〟が残っている。

 が、主の攻撃指令に反応したのはアーマーの保持する収束砲と、シールドに組み込まれた機関砲だけだった。機体の翼下と胴部から生えた火器は、だんまりを決め込んでいる。


『うっ、内蔵砲が反応しない……!? このタイミングで故障だと!?』

「経験不足だな、ヴェスター。その程度のハプニングで動揺するなど!」


 砲撃を避けたアウロはここぞとばかりにハーネスを打った。


 失速し、隙だらけとなった敵機にこちらのチャージを避ける余裕はない。

 咄嗟に盾を構えたヴェスターだが、アウロの叩きつけたブレードはそれを左腕甲ごともぎ取った。

 バランスを崩された《ハイフライヤー》はがくりと右翼側に沈み込む。アウロはその横を悠々と切り抜けた。


『くぉぁっ!? き、機体が! 私の《ハイフライヤー》がぁ!』


 ヴェスターは墜落を免れようと、必死に左ペダルに体重をかけている。

 アウロは旋回しつつ、その無様な姿を観察した。《ハイフライヤー》の重心は完全に右方向へと偏ってしまっている。あの様子ではもはや、簡単な空戦機動(マニューバ)一つできないはずだ。


「終わりだな、ヴェスター。悪いが死んでもらうぞ」


 淡々と告げて、アウロは再びブレードを構えた。

 エスメラルダの黒い刃がぎらりと輝く。ダグラス・キャスパリーグの魔剣は久しぶりの獲物に歓喜しているようだった。


『ぐっ……くくくっ! 分かったよ! 確かにお前は強い!』


 頭のネジでも外れたのか、ヴェスターは生死の瀬戸際でくぐもった笑い声をこぼす。

 直後、男はアーマーの右ガントレットを操り、唯一残った収束砲を構えた。

 が、狙いはアウロではない。〝デッドスカッター〟の砲口は二人の眼下を飛んでいる二機の《ワイバーン》へと向けられていた。


(まさか……)


 絶句するアウロの前で、ヴェスターはトリガーに指をかけた。


『しかし、しかしだ! 最後に勝者を決めるのは覚悟の差だよ! アウロ、お前にアルカーシャを見捨てることができるかい!』

「っ――ヴェスター! 貴様、そこまで堕ちたか!」

『堕ちた、だと? 違うねっ! 私は勝つのための手段を選んでいないだけさ! お前だって追い詰められればこうしたはずだろう!』

「貴様のような外道と一緒に……!」

『さぁ、小娘を見捨てて私を斬り殺すがいい! その時はお前も私と同罪だ! 恩人の娘を見殺しにしたのだからなぁ!』


 男の挑発に、アウロは頭がかっと熱くなるのを感じた。


 己の倫理観さえ無視すれば、人質を用いるというのは実に有効な『戦法』である。

 しかし、騎士道精神が重視されるこの国で女の――それも、少女の命を盾にするというのは筆舌に尽くしがたいほどの悪業だ。さほど常識に拘泥しないアウロでさえ、ヴェスターの行為には思わず吐き気を催した。


『アウロ、こっちはこっちでどうにかする! 早くヴェスターを!』


 アルカーシャからの通信。強がりとしか思えない台詞だ。

 次いで、脳内にカムリの声がこだまする。


【主殿、どうするの!?】

【……先にヴェスターを討つ! アルカたちを庇ったところで、こちらが撃墜されば結局は共倒れだ!】


 アウロは苦渋の決断を下すと、《ハイフライヤー》に突撃を仕掛けた。


 推力全開。錆色の機竜が疾風と化す。

 周囲の光景がみるみる後方へ消え失せ――

 途端、ヴェスターは狂ったような笑い声を上げた。


『ふっ……はははっ! そうかい、アウロ! では、お前の選択を尊重しよう!』


 敵機との相対距離1500フィート。

 アウロは《ハイフライヤー》の携えた収束砲から、一条の閃光が放たれるのを見た。


「っ……アルカ!」


 思わず叫んだアウロだが、ヴェスターの砲撃は少女の体を捉えそこねた。

 代わりに、その眼前に飛び出した機竜がいたのだ。アルカーシャの母、リアノンの操る《ワイバーン》である。

 極細の熱線は盾となったリアノンを直撃した。炎は《ワイバーン》の外甲を食い破り、内臓を荒らし尽くし、とうとうその燃料槽にまで手を伸ばした。


『なっ!? か、母さん……!?』

『――アルカ ごめんなさい どうか いきて』


 ノイズ混じりの通信が、ぷつりと途切れる。


 直後、リアノンの《ワイバーン》は内側から爆発四散した。

 轟音。弾ける装甲。大気を震わせる衝撃。紅蓮の炎が搭乗者をも飲み込み、大輪の花を咲かせる。


 アルカーシャの機竜は爆風に煽られて大きく傾いだ。

 遅れて、吹き飛んだバイザーの破片が翼に当たる。カツン、と乾いた反響音が寒々しく虚空に吸い込まれていった。


『あ、あああああっ! う、嘘だ! 母さん! 母さん――!!!』


 ヘルム内に満ちる少女の慟哭に、アウロは耳を塞ぎたくなった。


 自分の選択が誤りだとは思わない。だが、これはあまりにもむご過ぎる。

 アウロは後悔した。そして、それ以上に怒りを覚えた。

 ヴェスターは叔母であるリアノンを慕っていたはずだ。なのに、あの男の引き金にかけた指にためらいはなかった。


 モンマスを離れてから約五年。

 自身の知らぬ間に、どのような心変わりがあったのかは分からない。

 だが、アウロにとってヴェスター・ガーランドはもはや不倶戴天の敵だった。


「ヴェスター…………貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」

『怒るなよ、アウロ! 空戦の鉄則その一! 闘志を燃やせ! だが思考は冷静に、だ! ガルバリオンの教えを忘れたのかい!』


 激昂するアウロに対し、ヴェスターは挑発の言葉を重ねた。

 更に、再度〝デッドスカッター〟の砲口をアルカーシャの駆る《ワイバーン》へと向ける。

 敵機との間に横たわる1000フィートの距離がもどかしい。せめてガンランスがあれば良かったのだが、アウロの手に残るのは黒塗りのブレード一本のみ。


(このままでは――!)


 エスメラルダの刃がヴェスターの喉笛をかき切る前に、収束砲による一撃がアルカーシャの魂を燃やし尽くしてしまうだろう。


『親子愛とは素晴らしいな。だが、アルカーシャ。寂しがる必要はないぞ! 貴様もすぐに叔母上の元へ送ってやる!』

『ヴェスター、よくも母さんを! お前は! お前だけは!』

『これが戦場の掟だよ、小娘! 恨むなら自分の弱さを恨むがいい!』


 サディスティックな台詞と共に、ヴェスターは〝デッドスカッター〟のトリガーを引いた。


「……くそっ!」


 瞬間、アウロは半ば衝動的にその射線上へと飛び出していた。


 ――バァッ!


 間一髪のところで、重層アダマント鋼の盾が絞り込まれた熱線を受け止める。

 だが、シドカムの手で強化されたシールドも収束砲の火力を防ぎ切れることはできなかった。

 構えられた盾は一撃で溶解し、その次の一撃が左ガントレットを肘先から吹き飛ばした。たちまち、レンガに叩きつけられたような衝撃がアウロの左半身を襲った。


【主殿!?】

「ええい……!」


 アウロは続けざまに放たれた三、四射目を機体を急降下させて回避する。


 首を捻って眼下を見れば、アルカーシャの《ワイバーン》は未だに健在だ。

 ただし、収束砲の直撃を受けたせいで敵機との距離は開いてしまった。その上、防御の要であるシールドまでも失ってしまっている。


『アウロ!? な、なにやってんだよ! どうして私なんか庇って――』

「っ……仕方ないだろう! 俺の目的はヴェスターを殺すことじゃない。俺は最初から、お前を助けるためにここへ来たんだ!」


 アウロはやけくそ気味に叫んだ。


 とはいえ、現実問題としてヴェスターの策に乗せられてしまったのはまずい。

 あの男は先ほどと同じように、アルカーシャの命を狙うだろう。それを庇おうにもアウロの手にはもはやシールドがない。

 流石にリアノンと同じく我が身を盾に――というのは勘弁願いたいところだった。


『おやおや、結局は小娘を庇ったか。残念だよ。お前は私と同種の人間かと思ったが、どうやら違ったらしい』


 ヴェスターは先ほどまでの狼狽っぷりはどこへやら。〝デッドスカッター〟の砲身をぶらぶらさせながら、余裕たっぷりにアウロを見下ろした。


『アウロ、お前には甘さがあるのだ。冷徹にはなれても、冷酷にはなり切れん。それがお前と私の差。勝利に対する執念の違いだ』

「饒舌だな、ヴェスター。空では小心者ほどお喋りになるものだが、なるほど、貴様もその類らしい」

『っ……減らず口を! 私の圧倒的有利はもはや揺るがないのだぞ! 命乞いの一つでもしたらどうなんだ!?』

「断る。クズに下げる頭などない」


 アウロは短く答えると、旋回して敵機の右手に回り込んだ。

 やや遅れて、カムリからの念話が届く。どこか不満そうな声色だ。


【むうっ。主殿、これからどうするつもりなの?】

【怒るなよ。ひとまず、自機を囮にして奴の懐に飛び込む】

【でも、あの青白いの。また下にいるお姫様を狙ってくるんじゃ?】

【その時は装甲をパージして敵機に突っ込むしかあるまい。奴の意表を突けば、あるいは――】


 アウロはそこで中途半端に言葉を切った。

 自分で言っていて、それがひどく無謀な作戦であると気付いたのだ。


 だが、ここでアルカーシャを失う訳にはいかない。

 アウロがここまで駆けつけたのは彼女たち親子を救うためである。

 リアノンに続き、アルカーシャまで見殺しにしては本末転倒だ。わざわざ危険を冒した意味がなくなってしまう。


 ――いや、違う。


 そんなロジックは所詮、自らの本心を隠すための建て前だ。

 答えはもっと単純である。アウロはアルカーシャを失いたくなかった。それが唯一無二の理由だった。

 結局はヴェスターの言う通りなのだろう。アウロ・ギネヴィウスという男は幼馴染を見捨てられるほど、冷酷にも非情にもなりきれないのだ。


『アウロ、貴様はつくづく中途半端な男だよ! そんなに小娘のことが大切なら、二人仲良く死ぬがいい!』


 ヴェスターは再三、収束砲をアルカーシャへと向ける。

 陽光を浴びて輝く砲身。眼下を漂う灰色の機竜。

 アウロはその二点を結ぶ射線上のすぐ真横に位置していた。


『アウロ、もういいっ! 私のことはもういい! 今はヴェスターを! 母さんの仇を!』

【主殿、これ以上は無理だよ! 今の装備じゃ、あの熱線を防げない!】


 ヘルム内に少女たちの声が響く。

 アウロはなにもできずに奥歯を噛みしめた。

 選択肢は二つ。しかし、そのどちらを選んでも自分は後悔するだろう。


 ――バァッ!


 やがて、結論の出ぬまま白い光芒が空を薙ぐ。

 ただ、それは〝デッドスカッター〟の砲口から撒き散らされたものではなかった。

 アウロのはるか後方から飛んできた閃光が、ヴェスターの駆る《ハイフライヤー》の主翼をかすめたのだ。


『うっ、なんだ! また横槍だと!? 今度は一体――』


 アウロはその瞬間、はっとバイザーの一角に視線をやった。

 《ブリリアント》からもたらされる観測情報。そのデータを投影したスコープに変化があった。

 十二時の方角に位置する三つの光点が、中央に向けてぐんぐん迫ってきているのだ。といってもアウロたちが移動している訳ではない。動いているのは索敵装置を有する観測者の側だ。そして、その傍には二機の機甲竜騎士(ドラグーン)が控えていた。


「……来てくれたか、ルシウス」


 アウロは思わず安堵の息をこぼした。

 直後、友軍から通信が届く。


『アウロ、無事か!』

『助けに来たわ、アルカ!』


 響く声はルシウスとクリスティアのものだ。

 遅れて、収束砲から放たれた光束がヴェスターへと襲いかかる。

 中破した《ハイフライヤー》にそれを避けるだけの機動力はない――にも関わらず、クリスティアの砲撃は標的の真横をすり抜けてしまった。


『あうっ、また外した!』

『下手くそめ! ビームというのはこのように撃つのだ!』


 お返しとばかりにヴェスターは〝デッドスカッター〟を三連射した。

 狙いは編隊の先頭を突っ走る、地竜の骸装機(カーケス)《ブリリアント》だ。


 機体が半壊状態であっても、ヴェスターの射撃は正確だった。

 星屑にも似た三条の光が、こちらに近付く水晶竜を手荒に歓迎する。

 が、着弾の寸前。クリスティアの前に鋼鉄の鱗を持つ機竜が飛び出した。ジェラードの駆る《ブリガディア》だ。


『ジェラード!?』

『一人で突っ込むなよ、馬鹿!』


 罵倒しつつも、ジェラードは盾を構えた。

 間を置かず、熱線がカイト型のシールドの上で火の粉を散らす。が、結果はつるりとした表面に焦げ跡がついただけだ。

 元より、《ブリガディア》は防御力に特化した機竜である。貫通力に優れた〝デッドスカッター〟も、分厚い鉄壁の守りを突破することはできなかった。


 更に次の瞬間、ジェラードの後背からオレンジ色の機竜が飛び出した。

 ルシウスの《グリンガレット》だ。その主兵装である〝ブラスターキャノン〟3.5インチ白炎収束式対機甲砲アーマーピアッシングキャノンが火を噴き、敵アーマーの右ガントレットを根こそぎ吹き飛ばした。


『ぐっ……!? ランドルフ家の水晶竜に、ブランドル家の鋼鉄竜! おまけに《グリンガレット》だと!? 末の殿下まで動いたというのか!』


 着弾の衝撃で、大きく飛行姿勢を崩す《ハイフライヤー》。

 右の腕甲と共に最大の武装である〝デッドスカッター〟を失い、もはや自由に扱える火器は一つも残されてない。

 アウロの見守る中、敵機はぐんぐん高度を落としていった。ヴェスターは戦況の不利を悟り、自分から地上へ緊急着陸するつもりのようだ。


『この状態では高度が維持できんか! ……くそっ! アウロ、今回のところは引き分けにしておいてやる! だが、次こそ! 次こそは我が「蒼い旋風(ブルーボルテクス)」と共にお前を葬ってやるぞ! 覚えていろ!』


 言い訳じみた捨て台詞を最後に、《ハイフライヤー》は雲海へと沈んだ。

 すぐさま、カムリが尋ねてくる。


【主殿、追撃はどうしよう】

【もちろん仕掛ける】


 アウロは雲の間を割って急降下。高度を下げる敵機に肉薄した。


『な、貴様! この期に及んで――!』


 泡を食って喚き散らすヴェスターだが、迎撃用の兵装は既に失われている。

 おかげでアウロは苦もなく、隙だらけの《ハイフライヤー》にブレードを叩き込むことができた。

 右翼を根本から断ち切られた敵機は、断末魔の叫びと共に墜落していく。アウロはちっと舌打ちを漏らした。


【駄目だな。微妙に狙いが外れた】

【どこ狙ったの? 胴体?】

【ああ。確実に息の音を止めようと思ったんだが、やはり降下する機竜にチャージを仕掛けるのは難しい】


 アウロはため息一つついて、ブレードを腰部の鞘に収めた。


 眼下に視線をやれば、もうもうと上がる土煙の向こうに、地面を抉って墜落した機竜の残骸が見えた。

 すぐ傍に二対四枚の落下傘が広がっているところから察するに、ヴェスターは機竜本体の減衰装置ドラッグシュートを使ったらしい。

 きりもみ回転しながら落ちたから生存は五分五分といったところだろう。どちらにせよ、しばらくはあの男の声を聞かずに済みそうだった。


「敵機の撃墜を確認。ルシウス、《ハイフライヤー》は排除した。救援、感謝する」

『いや……僕たちこそ、いつまでもグズグズしていてすまない』


 ルシウスはひどく申し訳なさそうに言った。

 次いで、ジェラードの声が通信機越しに届く。


『レーダーからまた一つ光点が消えたからな。心配になって様子を見に来たんだ』

『あの、アウロさん。落ちたのはリアノン様なんでしょう? ……あの方は無事なんですか?』


 恐る恐る尋ねてくるクリスティア。

 アウロは端的に答えた。


「リアノンさんは死んだよ」

『そ、そんな!』

「収束砲の直撃を受けたんだ。あれで生き延びているということはないだろう。詳しいことは拠点に戻ってから話す」


 アウロはそう言って、手早く話題を切り上げた。

 が、今度は視界の端でオレンジ色のランプが瞬く。

 秘匿回線による通信。参加者はルシウス、ジェラード、アウロの三人だ。


『アウロ、アルカは大丈夫なのかい? その、目の前でリアノンさんが――』

「大丈夫なはずがない。あの人はアルカを庇って死んだんだ。俺がヴェスターを仕留め切れなかったせいでもあるが……」

『あまり気に病むなよ。ひとまず、お姫様を連れてブリストルに戻ろう。親父たちとこれからのことについて話さなくっちゃな』


 「そうだな」とアウロは同意した。


 既に状況は彼らが空に出た時とは一変している。

 モンマスは陥落し、じきに北からはガーランド家の軍勢がブランドル家の支配領域へと逃れてくるだろう。

 国内の勢力は真っ二つに分かれ、いずれ国王派の進撃――もしくはガルバリオンを総大将とした諸侯同盟によるモンマス奪還作戦が始まるはずだ。


 当然、アウロもこの流れと無関係ではいられない。

 ルシウスやジェラード、クリスティアも、なし崩し的とはいえアルカーシャの撤退を支援してしまった。

 これで自分たちもめでたく王家に対する反逆者だ。個々人の主義主張とは関係なく、戦いの渦中に引き込まれつつある。


【うーん、結局は戦争になるのか。内乱なんて国力を下げるだけなんだけどな】

【仕方あるまい。どのみち、モグホースとは雌雄を決する必要があったんだ。それが戦争という形になっただけさ】


 吹っ切れたように言って、アウロは南へと進路を向けた。


 今頃は北部でも、モンマス公の一派と機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の決戦が終わったところだろう。

 アウロはガルバリオンが負けるとは思っていなかった。ナーシアには悪いが、機竜乗り(ドラグナー)としての腕前はあの男の方が一枚も二枚も上手(うわて)だ。

 おまけに率いる兵も粒ぞろいで、その練度は王都に引きこもっているだけの竜騎士団とは比べ物にならない。少しくらいの数の不利ならば、簡単に覆してしまうはずだった。


(もし、ガルバリオンが敗れるとしたら……)


 それでも、アウロは万一の可能性を考える。


 この国の機竜乗りで、ガルバリオンに勝てる可能性があるのは一人だけだ。

 かつての竜騎士団団長、禍つ瞳の持ち主、王家の忌み子、ドラク・ガーグラー。

 しかしあの男は現在、新王の意向によって東部方面軍に左遷されている。東方軍の本拠地スランゴスレンからモンマスまでは70マイル近い距離だ。容易に来れるはずもない。


 ――なにを不安に思っているんだ、俺は。


 アウロは首を振って、自らの思考を打ち切った。

 昔からの知り合いが死んだからだろう。ひどく嫌な想像ばかりが頭をよぎる。

 どちらにせよ、今自分のすべきことは明白だ。アルカーシャを守り、無事に安全な場所まで送り届けること。それ以外にない。


 結局、アウロがドラク・ガーグラー率いる東方軍出撃の報を知るのは、ブリストルに帰投した後のことだった。

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