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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
三章:双竜戦争(前夜)
57/107

3-12

 ヘイルはケルノウン半島の北部に位置する街だ。


 古い港町は丁度、三日月形に抉られた海岸の奥、河口の部分に存在する。

 周辺には幾条もの川が流れており、街自体も湿地に囲まれているのが特徴だ。

 水浸しの土地は人が移動するのには向かないが、船を運行するには適している。ボートで入り組んだ川の支流を遡れば、ケルノウン半島の各地に素早く船荷を届けることができるためだ。


 現在、このヘイルの街はシオメン率いる商人たちの手により、急速に港湾施設が拡張され、南部でも指折りの商業都市と化していた。

 街の中心部にはシドレー商会の支部もあり、普段シオメンはその中で部下と共に仕事をしている。

 勿論、代官としての職務も忘れてはいない。むしろ、派遣組である彼らにとってはそちらの方が本業だ。


「ふふん。ここが亜人どもの住まう悪魔の砦か」


 月のない夜。人の消え失せた波止場に立ったプルーンは、半ば港湾に食い込む形で建てられた平屋を見つめていた。

 新造されたシドレー商会の支部は、敷地面積だけで言えばアウロの住む屋敷よりも巨大だ。

 ただし、その外観は優美さからほど遠い。建材に灰色のレンガが使われているせいか、見た目はほとんど倉庫である。


「美的センスの欠片も感じない造りだな。あんなもの、ただ石を積んだだけではないか」

「え、ええ、全くその通りです、司祭様」


 と相槌を打つのは、彼に付き従っている商人だ。


「ただ、中に入るとなかなかしっかりした造りになっていましてね。壁にはドワーフ族の手による彫り物が、天井を支える建材には大陸産の樫の木が用いられていて、なかなか優美なのですよ」

「ほう、それは素晴らしい。実によく燃えそうだ」


 司祭は楽しそうに笑って、背後を振り返った。


 波止場にはプルーンに付き従う信者たちと、金で雇ったならず者が集っていた。

 信者たちの服装は薄汚れたシャツとズボン。要は普段着のままだが、手にはそれぞれ槍や斧、金属製の農具を携えている。

 ならず者たちの格好はそれより少し上等で、皮の軽鎧に青銅の剣を佩き、中には弓と矢筒を背負っている者もいた。


 一ヶ月で集めた即席の戦力としてはなかなか上等である。

 しかも、プルーンの手札はこれで全てではなかった。


 波止場に息を潜める彼らから、やや離れた位置には四つの影が佇んでいる。

 頭からすっぽりと黒い布を被った巨人だ。身長は約7フィート。

 闇に紛れたその輪郭を、はっきりと捉えることはできない。

 ただ、布の下からは黒光りする鉄腕がこぼれ出ていた。

 人間ではない。その身をアダマント鋼で覆った騎士である。


「……あの、司祭様。あれはまさか」

「王都から来た援軍だよ。宰相様が私のために派遣して下さったのだ」


 プルーンは自慢気に答えた。


 いくらなんでも民衆とごろつきだけでは戦力に不安が残る。

 そう思ってモグホースに援軍を求めた結果、送られてきたのがあれらの代物だ。

 てっきり黒近衛の兵士が来ると思っていたプルーンだが、その予想はいい意味で裏切られることとなった。


(全く、宰相様も剛毅なことだ……)


 プルーンはちらりと影の様子を伺う。


 波止場に運び出された兵器は、既にいつでも動かせる状態だ。

 その存在感に圧倒されてか、それとも戦の前に流れる独特の空気のせいか、信者たちの間にはぴんと緊張の糸が張り詰めている。

 プルーンは彼らの不安を解きほぐすべく、その場に集った一同に微笑みかけた。


「諸君、浮足立つ必要はない。我々のすべきことは簡単だ。あの屋敷に突入し、中に火を付ける。そして、焼き出されてくるものがいればこれを殺す。……要は害虫退治と同じだよ。あれは悪魔どもの巣だ。早急に駆除しなくてはならない。良いか、我らは正しい。我らこそが正義なのだ!」


 司祭の熱弁を受け、人々は己の手中にある武器を握り直した。

 ある者は槍を、ある者は斧や剣を、ある者は自らの手垢の滲んだ農具を。

 彼らの出身同様、その武器も千差万別だ。ただ、それを振るう目的だけが統一されている。


「司祭様、そろそろお時間です」


 商人の言葉を受け、プルーンは鷹揚に頷いた。


「では、行こうか諸君! 聖戦の火を灯せ!」


 司祭の指示に従い、人々の間から松明が掲げられる。

 たちまち、波止場の暗闇に浮かび上がる数十もの炎。

 青い海を背に燃える火の玉は、見ようによっては美しく、見ようによってはおぞましく感じられることだろう。


 プルーンは拳を振り上げ、喉奥から金切り声をほとばしらせた。


「かかれ!」


 途端、狂信者たちの軍勢は突撃を開始した。

 鳴り響く鬨の声。がちゃがちゃと漏れる金属音。

 松明とともに揺れる炎が、レンガ造りの建物へと一気に押し寄せる。


 ――だが、その直後。


 彼らの出鼻を挫くかの如く、倉庫の屋上から一筋の閃光が打ち上げられた。

 それは花火のように空中で弾け、波止場全体を照らし出す。眩い光に人々は思わず足を止め、幾人かが視界を失って転倒する。


 プルーンはとっさに理解した。

 これは敵による先制攻撃であり、

 同時に、開戦の合図でもあると。






XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX






「行動開始っ!」


 カムリの手による魔法式照明弾が打ち上げられた直後。

 港湾に並ぶ倉庫の影に隠れていたハンナは、部隊全体に号令を放った。


 すぐさま、革鎧と槍で武装した戦士たちが建物の影からばらばらと姿を現す。

 彼らの動きは完璧に統率されていた。明らかに訓練を積んだ者の動きだ。

 ただし、その数は押し寄せる人々の半分以下に過ぎない。元より、山猫部隊(リンクス)に所属する戦闘員は寡兵――もとい、少数精鋭なのだ。


「伏兵だと!? しかし、その程度の数で!」


 一瞬、呆気にとられたプルーンだが、その表情はすぐに笑みへと変わった。

 伏兵が出現したのは厄介である。しかし、この程度の数ならば十分に手持ちの戦力で対処可能。恐れる必要はない。


「虫けらの抵抗だ! 押し潰せ!」


 司祭の命令に、狂信者たちは武器を振り上げることで答える。


 ――が、


 次の瞬間、軍勢の先頭にいた数名がまとめて波止場から海へと投げ出された。

 闇の中を交錯する悲鳴と断末魔の叫び。骨の折れる生々しい音と共に、大の大人が軽々と宙に吹き飛ばされる。

 彼らの進軍を阻んだのは一本の槍だった。それを握るのは、丈の長いコートを身に付けた隻腕の男である。


 ただし、男の顔は露わになっていなかった。

 その頭部全体が、つるりとした黒い兜に覆われているのだ。

 前面がバイザーとなったそれは、騎士甲冑(ナイトアーマー)用のヘルムを改良したものである。刺々しい意匠はまるで悪鬼のようだった。


「な、なにをしている! 相手は一人だぞ! やってしまえ!」


 わめき散らすプルーンだが、それで状況が好転するはずもない。


 漆黒のヘルムを被った男の力は、金で雇われた傭兵たちを圧倒していた。

 放たれた矢は相手にかすりもせず、突き出された槍は逆にへし折られる始末だ。

 剣を手に突っ込んだ者は、そもそも間合いの差がありすぎて相手へ近付くことすらできない。逆に暴風のような一撃を食らって、海に叩き込まれるばかりである。


 結局、二十近い水柱が上がったところで狂信者たちは進撃を停止した。

 いや、前に進みたくても進めないのだ。隻腕の男に吹き飛ばされた二十人は、全て暴力に慣れたならず者たちである。

 戦場に出たことのない農民たちは、男の放つ重圧に呑まれてしまっていた。恐怖に心を縛られ、全身を硬直させたまま、ガチガチと奥歯を鳴らしている。ヘビに睨まれたカエルでもここまでひどくはあるまい。


「敵の時は厄介だったが……味方になると心強いな」


 倉庫の影から状況を見守っていたアウロは、波止場に仁王立ちする黒兜の男を見て、感嘆の声を漏らした。


 当初、アウロは戦力を水増しするため、民兵たちをこの作戦に動員するつもりだった。

 が、ハンナはそれに反対した。夜の港湾に身を潜める場合、素人では相手に見つかる危険性が高い、というのが主な理由である。

 その上で、「ならば戦力不足をどう解決するつもりだ?」と懸念する主に、彼女はこう答えた。



「ベディクさんがいるなら大丈夫でしょう」


 ハンナの言葉は事実だった。


 既に敵の主力はベディクが叩き潰し、雑兵たちは抵抗する気力を失った。

 そして、波止場の周囲は槍を構えた山猫部隊(リンクス)の面々が完全に逃げ道を塞いでいる。

 アウロは軍勢の後方に佇む司祭の顔色が、赤から紫、更には青へ、ころころと変わるのを見た。


「すごいですね。あれほどの戦士は大陸にもほとんどいませんよ」


 ぽつりと漏れた呟きに、アウロは背後へと振り返る。


 倉庫の影には彼と同じく、ルキとカムリの二人が身を潜めていた。

 ルキはいつもの白を基調とした神官服。カムリは黒いローブを身に付けた格好だ。薄闇の中、透き通るような蒼と赤の瞳が浮かび上がっている。


「うーん、なんだか一方的だね。全部あいつ一人に任せていいんじゃないかな」

「気を抜くにはまだ早いぞ。プルーン以外の神官が見えないのも気になる」

「彼らがこの計画に参加しているのは間違いありません。今はどこかに潜伏しているようですが」

「じきにあぶり出されてくるだろう。まずはこの状況を収拾する方が先だ」


 アウロは戦況が膠着したのを見計らい、背後の少女たちに声をかけた。


「そろそろ頃合いだな。こちらも出るぞ」

「分かりました」

「らじゃ!」


 頷いた二人はアウロと共に篝火の下へと姿を現す。


 一方の司祭プルーンは、完全に泡を食った様子で辺りを見回していた。

 どうやら逃げ道を探しているらしい。が、この場にはもはや退路などない。

 背後に広がるのは冷たい水面のみ。海から押し寄せる波が、桟橋を支える木材をぎしぎしと軋ませている。


「先に言っておくが、この時期に海で泳ぐのはやめた方がいい。凍え死ぬぞ」


 アウロがおもむろに声をかけると、プルーンはぎょっとした様子でまなじりを裂いた。


「なっ……ぎ、ギネヴィウス殿!? それにルキまで!?」

「こんばんは、司祭プルーン」


 と、のんきに挨拶をするルキ。


 だが、それに応じるだけの余裕がプルーンにはなかった。

 襲撃と同時に伏兵が現れ、更にはアウロとルキの二人が姿を現した。

 こんな簡単な方程式を解き明かせないほど、プルーンという男は馬鹿ではない。


「そっ、そうか! き、貴様、いや、貴様ら、この私を謀ったな!?」

「よくもそんな台詞を吐けたものだ。勝手にお前が自滅しただけだろう」


 すかさず、アウロは嘲るような笑みを浮かべた。


 アウロたちはここからプルーンを挑発し、暴走を誘う予定だった。

 しかし、少しばかり計画が狂った。プルーンが動くより先に、その周囲を取り巻く民衆たちがざわめき声を漏らし始めたのだ。


「そ、そんな、あれはルキ様では!?」

「何故、ルキ様があちらに! それにこの兵士たちは……!?」

「し、司祭様! これは一体どういうことなのですか!」


 たちまち、プルーンに詰め寄り始める信徒たち。

 司祭はそれを「うるさい!」と一喝した。


「見れば分かるだろう! 伯爵も! ルキも! 他の連中も! みな、全て悪魔の虜となったのだ!」

「し、しかし――っ!」

「いいから貴様らは戦え! 奴らを討ち滅ぼすのだ! そら、なにをしている! 早く行けぇ!」


 顔を真っ赤にしたまま喚くプルーンだが、もはやその命令に従う者は誰一人としていなかった。

 代わりに、アウロの前に進み出たルキが集まった民衆に呼びかける。


「皆さん、司祭プルーンの言葉を聞き入れる必要はありません。彼は間違っています」


 相変わらず、熱量を感じさせない声だ。

 それでも、いや、だからこそ、ルキの言葉は乾いた大地に染みこむ雨のように、人々の間へと浸透した。


「私の知る亜人の方々は決して邪悪な存在ではありません。無論、悪魔でもありません。私たちと同じ生き物なのです」

「で、ですが……」

「今、あなた方のやっていることは親や兄弟、恋人たちに胸を張れることですか? ――違うでしょう。どんな理由があっても、無実の人間の命を奪うのは罪深い行為です。それは正義とは言えません」

「そんな! 我々は司祭様の言葉に従っただけで!」


 途端に慌てふためく民衆たち。


 ルキの言葉は一瞬にしてプルーンの洗脳を解いてしまった。

 無論、彼女だけの力ではない。追い詰められたこの状況が、説得の助けとなったのは確かだ。

 どちらにせよ、人々は完全に戦意を失った。アウロはその事実を確認した後で、再びルキの前へと進み出た。


「諸君、目が覚めたらしいな。俺はケルノウン伯爵アウロ・ギネヴィウスだ」


 顔を知らない人間がいるとまずいので、念のため自己紹介をしておく。

 途端、目に見えて民衆たちの動揺は大きくなった。彼らも領主が直々に出てくるとは思っていなかったらしい。


「伯爵!? ギネヴィウス様!?」

「い、イクティスのギネヴィウス様だ。こ、こんなところにいらっしゃるなんて」


 完全に統制を失い、烏合の衆と化す信者たち。

 こうなってしまえば後はもうたやすい。

 アウロは迷える子羊と化した人々に告げた。


「お前たちの主が命令する。武器を捨てて投降しろ。それでもまだ抵抗を続ける者がいるならば、この場で即刻処刑する」

「馬鹿な、投降だと! 許さん! 私は許さないぞ!」


 喚き散らすプルーンだが、その言葉は夜の闇に虚しく響くばかりだ。


 最初の一人が武器を手放すと、後はもう雪崩を打つようだった。

 次々と波止場に槍が、斧が、農具が金属音と共に投げ捨てられる。

 もはや、司祭のために戦おうとする狂信者はいなかった。その場にいるのはただ頭を垂れ、許しを請う罪人ばかりだ。


「は、伯爵様、ルキ様。お許しを――!」

「大丈夫ですよ。あなた方は司祭に騙されていただけなのですから。伯爵もきっとお許しになるでしょう」


 「ね、アウロさん」と声をかけられ、アウロは頷いた。


「流石に無条件で解放することはできんがな。少なくとも、お前たちの命は保証する」

「ぐ……く、アウロ・ギネヴィウス! き、貴様! 貴様!」

「ああ、忘れていたよ司祭プルーン。お前は例外だ。不良品として宰相殿に返品させてもらう」

「ふっ、ふざけるな!」


 そこでとうとうプルーンは激昂した。


「おのれ、ギネヴィウス! ルキをかどわかし、この私をはめるとは! やはり、貴様が諸悪の根源だったようだな!」

「よくもまぁ、そんな都合のいい考え方ができるものだ。宗教をこじらせるとこうなるのか」

「ほざけ! その程度の手勢でここへ来たのが貴様らの敗因よ!」


 怒号と共にプルーンは背後を振り返った。


「グロリア! 出撃! 出撃だ! この場にいる者、一人残らず殺せ! 皆殺しにしてやれぇ!」

『了解です』


 闇の中、不気味な音声が潮風に乗って響き渡る。


 直後、アウロは司祭の肩越しにうごめく小山のような影に気付いた。

 それは暗褐色の覆いを被せられていたものの、輪郭自体は人型に近い代物だった。

 もっと言えば、アウロはそのシルエットに見覚えがあった。たちまち悪夢めいた予感が脳内を駆け巡る。


(まさか、プルーン以外の神官どもはこの場にいないのではなく――)


 彼らは最初からこの場にいたのだ。ただ、姿が見えなかっただけで。

 次の瞬間、アウロの予感を裏付けるかの如く、影を覆う布が取り払われた。


 その下から姿を現したのは、黒塗りの装甲に身を包んだ巨人である。

 岩塊のようにごつごつしたフォルムを持つ人型兵器が合計で四体。両手から鉄杭じみたかぎ爪を生やし、硬直する群衆を睥睨している。

 アウロは鉄人形の頭部にはめ込まれたバイザーがぎらりと輝くのを見た。遅れて、その四肢が獣のような駆動音を上げる。


騎士(ナイト)……!」

甲冑アーマーですね」


 ルキは冷静に呟いた。


 プルーンの背後から出現したアーマーは、揺らめく炎のように禍々しい形状のフェイスガードを装着していた。

 夜間攻撃用騎士甲冑(ナイトアーマー)、《グレムリンⅡ》。斧の反乱でキャスパリーグ隊が運用していた、《グレムリン》の強化発展型である。

 隠密行動が前提の機体とはいえ、その戦闘力は馬鹿にならない。なにしろ、元は王城攻略のために製造された代物だ。

 おまけにそれが四機。この場に集った人間を虐殺するには十分すぎるほどの数だった。


「目撃者を残しておくと厄介だ! 一匹も取り逃がすんじゃあないぞ!」

『了解です』


 バイザー越しの薄気味悪い声と共に、《グレムリン》は行動を開始した。


 黒のアーマーはまず、波止場に集った民衆たちめがけて両腕を振り回した。

 人々に逃げる時間はなかった。多くの者が縦横無尽に飛び交うかぎ爪の犠牲となり、悲鳴と血しぶきを上げて海へ投げ出される。

 敵機の進撃は全くの無差別だ。ついさっきまで味方だったはずの信者たちまで駆逐しながら、猛然とアウロたちに迫りつつある。


「司祭プルーン、なんてことを……」

「ベディク!」


 絶句するルキの横で、アウロは声を張り上げた。


 怒涛の勢いで進撃する《グレムリン》だが、その眼前に敢えて立ちはだかる者もいた。

 漆黒のヘルムを被ったベディクだ。男は逃げ惑う民衆たちをよそに、槍一本で四機のアーマーを迎え撃とうとしていた。


「グロリア! まずはギネヴィウスとルキだ! 逃げられる前にこの二人を仕留めろ!」


 が、そこで波止場の奥からプルーンの金切り声が飛ぶ。

 四機のアーマーは『了解』の一言で応じると、素早く前後二手に分かれた。

 その内、前衛の二機はベディクに襲いかかり、後衛に回った二機はアウロとルキを挟み撃ちにするような形で左右から肉薄してくる。


「うげっ、あいつらこっちに来る!」

「迎撃だ! どうせ逃げたところで追いつかれる!」


 鈍足の《センチュリオン》や《ファランクス》ならともかく、《グレムリン》は軽量級の騎士甲冑(ナイトアーマー)だ。その機動力は人間とは比較にならない。


 アウロは腰に提げていた剣帯から刃を抜き放った。

 空を裂いたのは、闇に溶け込むような色をした漆黒の刀身である。

 魔剣エスメラルダ。アウロがラグネルの森でダグラス・キャスパリーグから受け取った武器だ。アウロは片手に余る大剣の柄を両手で握り直した。


「カムリ、右の一体を足止めしろ! 左のはこちらでどうにかする!」

「わ、分かった!」


 カムリは両手を前に突き出すと、無詠唱で炎の塊を発射した。


 ――ボンッ!


 真っ赤な閃光と共に弾ける爆発音。

 火球の直撃を食らった《グレムリン》は、のけぞるようにして足を止める。

 その姿を見て、アウロは確信した。相手は素人だ。アーマーの操縦に精通している者なら、あの程度の攻撃で怯んだりはしない。


(ならば……!)


 アウロは黒の剣を携えたまま、左から迫る敵機に突撃を仕掛けた。

 傍目から見れば破れかぶれの特攻に見えただろう。だが勿論、アウロはここで死ぬつもりなどない。

 自ら相手に突っ込んだのはそこに勝算があったからだ。彼は生身でアーマーを――陸の王者を撃破するつもりだった。


『ケルノウン伯、覚悟!』


 対する《グレムリン》は右のかぎ爪を振りかぶった。


 リーチが短いとはいえ、人間の体などたやすくバラバラにしてしまう一撃である。

 が、その動きはあまりにも単調過ぎた。踏み込みは浅く、狙いも明白。

 機甲竜騎士(ドラグーン)同士の高速戦闘に慣れたアウロの目なら、容易に見切ることのできる軌道だ。


 果たして、アウロは振り抜かれた爪を地面ぎりぎりまで屈むことで回避した。

 更に敵機の脇をすり抜け、がら空きの背面へと滑りこむ。同時に剣を振り回し、発生した遠心力を刀身へと乗せる。

 アーマーにとって自機の後方は完全な死角だ。アウロは隙だらけの背中めがけて刃を繰り出した。


 ――ガキッ!


 装甲を割る鈍い破砕音。


 エスメラルダの刀身は、アーマーのもっとも脆い肩部関節を貫いていた。

 その刃先は内部の搭乗者にまで達している。遅れて甲高い絶叫が装甲内から漏れ、《グレムリン》はもがくように体をひねった。

 アウロはすぐさま、暴れる鉄人形から距離を取った。しかし、魔剣は未だ敵機の肩に突き刺さったままだ。

 人間と違い、アーマーは両腕の可動域が限定されている。残念ながら、自分で背中の棘を抜くことはできない。


『ば……馬鹿な、生身の人間にアーマーが負けるはずは……』

「俺もそう思っていたよ。昔はな」


 アウロはぼそりと呟いた。


 直後、敵機はうめき声を上げて昏倒する。

 3000ポンドを越えるアーマーの自重によって、波止場を支える橋桁が僅かにひび割れた。

 機械の側ではなく、搭乗者の方が出血による痛みに耐え切れなくなったのだ。アウロ自身にも覚えのある現象だった。


(よし、これで一方は片付いたが……)


 アウロは息をつく間もなく、もう一機のアーマーの姿を探した。


 カムリに足止めされた《グレムリン》は未だに健在だった。

 立て続けに火球を食らい、真っ赤な炎に巻かれているものの、アダマント鋼の装甲は無傷だ。

 本来、カムリは〝灼滅五炎大槍(ブリューナク)〟を始めとした高火力の術式を操ることができる。ただ、この局面でその選択は不可能だった。

 なにしろ敵機の背後には民衆の姿が残っているのだ。下手に貫通力の高い術をぶっ放せば、罪のない人間まで巻き込んでしまう。のっぴきならぬ状況に追い込まれた少女は、額に玉の汗を浮かばせていた。


「あ、主殿! 少しやばいかも!」


 悲鳴を上げるカムリの前で、《グレムリン》は片腕を振りかぶった。


 転移の術で逃れようにも彼女の背後にはルキがいる。

 仕方なくカムリは両手をかざした。眼前に張られたバリア状の障壁が、猛禽じみた爪を真っ向から受け止める。

 ただ、それも長くは持たない。半透明の赤い壁は、アーマーの出力にじりじりと押し込まれつつあった。


「カムリさん、私も援護します」


 と、そこで今度は守られている立場のルキが前に出た。

 たちまち、ぎょっと目を剥くカムリ。既に敵機の爪はその鼻先まで迫りつつある。


「ちょ、ちょっと! なにやってるのさ、そこの人形娘!」

「大丈夫です。私の聖痕(スティグマ)には攻撃用の術式も刻まれていますので」


 ルキは気負った様子もなく言うと、突き出した右腕に左手を添えた。

 次いで、その掌に黄金の光を宿した車輪紋が浮かび上がる。


 神聖秘術(ミラクラム)――天聖教の神官が用いる術式だ。

 ルキの手から放たれたのは、機甲竜騎士(ドラグーン)の魔導砲を連想させる白い閃光だった。

 白閃は《グレムリン》のバイザーに直撃すると、その頭部を根本から吹き飛ばした。

 兜を失ったアーマーは虚空をつかむように幾度か両腕を振り回し、やがて、どうっと仰向けに倒れ伏す。


「……うっへ。そなた、同じ神官に対しても容赦ないね」

「殺してはいません。加減をしましたから」


 淡々と答える少女の前で、波止場に落下したヘルムが乾いた音を立てる。


 ルキの放った術式は正確にアーマーの外装甲だけを撃ち抜いていた。

 大の字に倒れた《グレムリン》は首から上を失っているものの、内部の人間自体は無事だ。

 もっとも、『無事』ではあっても『無傷』ではない。口から泡を吹いて気絶した搭乗者の顔は重度の火傷に覆われ、ところどころがめくれ上がった皮膚が醜いまだら模様を描いていた。


「死ぬよりひどいや」

「生きていればいいこともありますよ」


 無責任な台詞と共に、ルキは波止場を見渡した。

 既にベディクと対峙していた二機のアーマーは、両腕をおかしな方向に捻じ曲げたまま沈黙している。

 その向こうで、一人残ったプルーンは呆然としていた。ぱくぱくと口を開閉する様は出来の悪い人形のようだ。

 

「ぜ、全滅だと……。アーマーが、四機のアーマーが。生身の人間相手に全滅……」

「所詮は素人の操る兵器だ。お前たちには過ぎた玩具だったな、プルーン」


 アウロの挑発的な台詞を受け、司祭は額に青筋を浮かび上がらせた。


「おのれ! かくなる上は私自らが手を下してやる! 全員、まとめて死ぬがいい!」


 威勢のいい叫び声と共に、プルーンは両手を突き出した。

 直後、ぶよぶよした掌の上に白い車輪紋が浮かび上がる。

 プルーンは神聖秘術(ミラクラム)による攻性術式の使い手としては、卓越した実力の持ち主だ。

 その威力は強大な魔獣を一撃で葬ってしまうほどである。直撃すれば、ただの人間など跡形も残らない。


 もっとも、それは術式が完成していればの話だ。

 結論から言うと、プルーンの組み上げた術は発動に至らなかった。

 その前に、司祭の背後に回った影がダガーナイフの柄で男の後頭部を強打したのだ。


「おごっ……!?」


 短い悲鳴を最後に、プルーンの意識はあっさりと刈り取られた。

 その両手がだらりと垂れ下がり、法衣に包まれた肥満体が地響きを上げて倒れ伏す。


 気絶したプルーンの背後に立っていたのは、黒い装束を纏ったネコミミの少女だ。

 山猫部隊(リンクス)の隊長であるハンナは、ひどく申し訳なさそうな表情でアウロに向き直った。


「申し訳ありません、主様。まさか、彼らがアーマーまで用意していたとは……」

「察知できなかったものは仕方がない。とりあえず、お前たちは海に落ちた連中の救助と怪我人の手当に回れ」


 「はっ」と短く返事をして、ハンナは波止場を封鎖していた部下たちに向かっていった。


 既にプルーンは倒れ、その手足であった神官たちも全滅している。

 ただ、信徒の中には死傷者も出ていた。直接グレムリンの爪に薙ぎ払われた者や、逃げる際に転んで怪我を負った者も少なくない。


(最後にアーマーが出てきた分、全てが予定通りとは行かなかったか……)


 それでも、ひとまずはこれで一件落着といったところだろう。

 アウロは肩の力を抜くと、ほっと息をついた。


「アウロさん、血が」

「ん……? ああ、どこかで切ったかな」


 ルキに指摘され、アウロは初めて己の袖口から血が滴り落ちていることに気付いた。

 見れば右の袖がばっさり切られ、二の腕の辺りから肘にかけて、一直線に赤い裂傷が走っている。

 《グレムリン》の攻撃を避けたつもりが、紙一重で避け切れていなかったのだろう。急にうずき始めた腕の痛みに、アウロは顔をしかめた。


「じゃあ、わらわが治して――」

「治療します。じっとしていて下さい」


 両脇から近付いてきたカムリとルキは、ほぼ同時にアウロの右手を取った。

 途端、少女二人の間でばちりと火花が散った。両者ともになにか譲れないものがあるらしく、一歩も引く気配を見せない。


「カムリさん、ここは任せて下さいませんか?」

「むっ、わらわだって治癒の術くらい使えるよ。ここはそなたが譲歩すべきだと思うな」

「治療術は神官の十八番です。私の方が上手く傷跡を塞げるはずです」

「だったら、他の人たちを治してあげなよ。もっとひどい怪我人もいるんだし」

「……どっちでもいいから早くしてくれ」


 ぼたぼたと流れる血を前に、アウロは小さくため息をこぼす。


 少女二人の戦いは結局、カムリの熱意に押されたルキが一歩引いた。

 勝者であるカムリは、いそいそとアウロの右袖をめくり上げる。

 が、それは失敗だった。既にほどけかかっていた帯が押さえを失い、湿っぽい音を立てて地面に落ちてしまったのだ。


「あっ」


 それは不可逆の色を宿した声だった。

 バツの悪そうな表情を浮かべたカムリは、恐る恐る隣に佇む少女の様子を伺う。

 ルキの表情は変わらない。ただ、そのサファイアをはめ込んだような瞳は、じっとアウロの二の腕に据えられていた。


「アウロさん、それは……」


 橋桁の上に落ちたのは血を吸って赤く染まった包帯である。

 その下からは鮮血に濡れた肌と、竜の形をした痣が露わになっていた。

 どうやら、アウロの腕をかすめた《グレムリン》の爪は服だけではなく、腕に巻かれた包帯まで引き裂いていたらしい。


 咄嗟に、アウロは手の平で自らの二の腕を覆ってしまう。

 痛いほどの沈黙の中、さざ波の音だけが響き、

 やがて、ルキは小さな声で呟いた。


「王紋、ですか」

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