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ブリタニア竜騎譚  作者: 丸い石
三章:双竜戦争(前夜)
47/107

3-2

 その後も論功行賞は粛々と続いた。


 第一功の後は基本的に、貴族としての序列順で名が呼ばれる。

 アウロの次に表彰されたのは、モンマス公爵のガルバリオンだ。

 王の叔父であるガルバリオンには新たに5000エーカーの領地と、銀20000サート。宝飾品三点を与えられた。


 更にその後はナーシア、ルシウスと立て続けに王族へ恩賞が下賜された。

 ドラク・ナーシアには新たに4000エーカーの領地と銀15000サート。宝飾品二点が。 ドラク・ルシウスには新たに15000エーカーの領地と銀5000サート、デヴナイント伯爵の地位が贈られた。


 元々、王族であるルシウスは名ばかりの子爵であった。それが今回の戦功によって、実質的な爵位と領地を手に入れたのだ。

 南部の都市デヴナイントは、アウロの統治するケルノウンとも比較的近い位置にある。

 アウロは嬉しそうな眼差しを向けてくるルシウスに、小さく首肯を返した。


 他にも幾人か名前が呼ばれたものの、その多くはナーシアと共に襲撃部隊を迎撃した機甲竜騎士団(ロイヤルエアナイツ)の団員や、前線に赴いた指揮官たちだった。

 具体的には、【剣の侯爵】ブランドル家と【槍の侯爵】ガーランド家に連なる一族である。

 父の代理としてやって来たジェラードにも恩賞が与えられた。内容は3000エーカーの領地と、銀10000サートに宝飾品二点。

 これは今回の戦争において、多くの兵士たちを派遣した功績が認められてのことだった。


 そうして最初のうちは前線で活躍した貴族たちが表彰された訳だが、以降は徐々に雲行きが怪しくなり始めた。

 というのも、王都にこもったままろくな功績も上げていない貴族が、それなりの恩賞を手にするケースがちらほら見受けられたからだ。

 騒ぎになっていないのは、与えられた領地の規模がさほど大きくないためだろう。逆に言えば、猫の額ほどの土地を大量にばら撒いているということでもある。


(名前を呼ばれているのは……宰相派の貴族か?)


 それも古くから宰相の味方に付いていた貴族たちだ。

 早速、モグホースが政権を握った影響が現れつつあるらしい。


 やがて、論功行賞の最後に名を呼ばれたのは黒近衛の指揮官であるベルンだった。


「マシウスの息子、ベルンには3000エーカーの領地と銀10000サート。宝飾品一点、魔具一点とフェンニィ伯爵の地位を与える」

「ハッ」


 タイルに膝をついたベルンは、王の前で恭しく頭を下げた。


 読み上げられた恩賞に、今度は貴族たちの間からもざわめきが漏れ始める。

 与えられた領地と銀貨も決して少なくはないが、それ以上にフェンニィ伯爵という地位が大きい。

 ベルンは元子爵。しかも、モグホースが台頭してくるまで傭兵だった男だ。それが大貴族の仲間入りをしてしまったのである。

 本来ならばもっと騒がれるべき事態だが、この程度で済んでいるのは先ほどのアウロの一件があるためだろう。


(【白老侯(ヘンウィン)】め。俺を隠れ蓑にしたのか?)


 訝しむアウロの隣に、当のベルンが飄々とした態度でやって来た。


「よう。また会ったな、ケルノウン伯」

「こちらこそ。フェンニィ伯ベルン、とお呼びした方がいいのかな?」

「そんな舌が絡まりそうな言い方はやめてくれ。ベルンでいいさ。それにしても、自分がまさか伯爵なんぞになるとは思わなかったぜ」

「俺もだ」


 アウロは複雑な気分のまま頷いた。


 一方、玉座の前に立ったモグホースは再び一同を見渡し、


「では、これで論功行賞を終了とする。諸君、どうかこれからも王国のために奮励努力して欲しい」


 締めの言葉と共に、宰相は羊皮紙を畳んで懐にしまった。

 途端、幾人かの貴族が落胆のため息をこぼす。この論功行賞で名前を呼ばれなかった者たちだ。 

 彼らは未練ったらしい視線で並べられた宝物を眺め、次に表彰された者たちに嫉妬の眼差しを送った。


 特に羨望の的となったのは、首に眩いアウリカルクムのトルクを付けたアウロだ。

 王国の大敵を討ち、男爵の身から一気に大貴族へと昇り詰めた若き英雄。

 貴族というプライドの高い生き物が、この栄達を簡単に受け入れられるはずもない。


 が、他者からの憎悪には慣れっこのアウロである。

 アウロは周囲のささやき声を無視して、隣に佇む男へと尋ねかけた。


「ベルン、一つだけ聞いてもいいか?」

「なんだい?」

「モグホースは一体なにを企んでいる?」


 だが、その言葉をベルンは「さぁね」と受け流し、


「旦那の考えは俺には分からんよ。ただ、一つだけ言えるのは……あの人の敵には回らん方がいいってことだけさ」


 男の視線の先には、相変わらず人の良い笑顔を浮かべている老人の姿があった。






XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX






 即位式と論功行賞が終わった後は、すぐさま城内で宴が開かれた。


 場所はガルバリオンの任命式の際と同じ、円卓の間だ。

 ただし、今回は新王ドラク・マルゴンの即位を祝う祝宴である。

 用意された酒と食事は、アウロが見たものの中では比類がないほど豪勢だった。また、それらの料理が盛られた銀の食器も、テーブルの上の燭台に照らされて美しい輝きを放っている。


 カムリがいれば大喜びしただろうな。と思いつつ、適当に食事をつまもうと思ったアウロだが、その暇はなかった。


 なにしろ、今のアウロはケルノウンに広大な領地を抱える伯爵だ。

 他の中小貴族たちは媚を売ってくるし、逆に自分からも南部の大貴族たちに対しては挨拶回りをしなくてはならない。 

 もっとも、それだけなら大した労力ではなかった。アウロの精神を石臼の如く轢き潰したのは、むしろその後のお見合い攻勢である。


 元々、大貴族の中で未婚、ないし、許嫁のいない男というのは極めて稀だ。

 アウロの年齡は今年で二十二。健康で、私生児という以外は特に悪い噂もない成人男性である。

 これは男爵・子爵クラスの諸侯にとって、超が付くほどの優良物件だった。また、伯爵以上の大貴族から見ても余った娘をあてがい、自身の親戚筋とするには悪くない相手だ。


 そんな事情もあって、アウロはこの日だけで二十二人もの娘盛りの少女たちと引き合わされた。

 まだ結婚する気などないアウロにとっては、ひたすら断りの文句を並べ続けるだけの拷問である。

 最終的には「あいつは男色家に違いない」などと陰口を叩かれる始末だ。一時、壁際に戦略的撤退を計ったアウロは、華々しい宴会の模様を眺めながら小さくため息を漏らした。


「……はぁ」


 と、ほとんど同じタイミングで隣からもため息が聞こえる。


 横を見れば、白いワンピースを着た金髪の少女ががっくりとうなだれていた。

 アウロはその横顔に見覚えがあった。王立航空兵器工廠(アーセナル)の技師長ソフィアだ。

 ただ、今日はトレードマークのゴーグルがなく、その代わり、金の鎖で編まれたネックレスを首にかけていた。


「ソフィア?」

「あれ……アウロさんじゃないですか。こんばんは……」


 ソフィアはアウロの顔を見て、力なく微笑んだ。


「そういえば、ケルノウン伯に昇爵したそうですね。おめでとうございます」

「ああ……ありがとう。ところでソフィア」

「なんですか?」

「その、なにかあったのか? ひどく疲れた顔をしているが」


 アウロの言葉に、ソフィアは再び深々とため息をこぼした。


「アウロさん。私はですね、あまりこういう宴会に出ないようにしてるんです。作り笑いを浮かべるのは苦手ですし、おべっかを使っている時間より、魔導回路マギオニクスとイチャイチャしてる時間の方がずっと好きですから」

「お前らしいな。ならば、今日は何故ここに来たんだ」

「兄さんに無理やり連れて来られたんですよ。まぁ、新王の即位を祝う会ですから、技師長として顔を出さなきゃいけないってのもあるんですけど……」


 ぶつくさ言いながら、ソフィアは空を仰いだ。

 その下腹部から、「ぐーっ」と切ない音が響いたのは直後の事だった。


「ううっ、お腹がすきました。でも、もう二度と広間の真ん中には行きたくありません。こんな可哀想なソフィアさんに、助けの手を伸ばしてくれるジェントルマンはいないのでしょうか?」

「……分かったよ。俺がなにか取ってこよう。リクエストはあるか?」

「羊肉の腸詰めとポーチドエッグサラダ、バラ・ブリスが欲しいです。あと、できればワインも」

「あいにく、俺の手は二本しかない」


 言って、アウロは広間の中央へと戻った。


 立て続けに襲い来る貴族たちの挨拶ラッシュをかわし、テーブルの上から目的のものを調達する。

 アウロは右手に料理を盛った銀の大皿を、左手にワイングラスを二つ携えて壁際へと戻った。

 が、その時にはソフィアの隣に見覚えのない男が立っていた。背が高く、痩せぎすで、肩から黒いマントを羽織り、手には赤い水晶の嵌めこまれた杖を持っている。いかにも魔術師然とした風貌だ。


「あ、アウロさん! 丁度いいところに!」

「……アウロ? アウロ・ギネヴィウスか?」


 男は妙に薄暗い目でアウロの顔を覗き込んだ。


 年齡は恐らく三十代前半だろう。ひどく不景気そうな顔をした男だ。

 灰色のチュニックの下から見える肌は異様に青白く、艶を失った金髪がツタのようにこけた頬を覆っている。

 ちょうど、お伽話に出てくる『悪い魔術師』そのままの風貌だ。おかげで、アウロはすぐさま相手の素性に勘付くことができた。


「失礼。もしや、デュバン・サミュエル殿ですか?」

「その通りだ。はじめまして、アウロ・ギネヴィウス」


 男は居住まいを正し、ぼそぼそと聞き取りにくい声で自己紹介した。


 デュバン――宮廷魔術師デュバン・サミュエル。

 【魔導伯(ソーサラー)】デュバンの名で知られる、ログレス王国最強の魔術師だ。

 と同時に、ソフィア・サミュエルの兄でもある。アウロはあまり妹とは似ていないな、と感想を抱いた。


「先の襲撃の際にはソフィアが世話になったらしいな。私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

「ああ、いえ、当然の事をしたまでです」


 両手の塞がっているアウロは、なんとなく落ち着かない気分のままそう答えた。


 それを見たデュバンはなにを思ったか、食器を運んでいた侍女を呼び止めると、その手から空になった皿を取り上げた。

 更に、三枚重ねになった皿をワンドの先端で軽く小突く。途端、甲高い金属音が響き、銀の食器はぐにゃりと形を歪ませた。

 そうして出来上がったのは三本の足を持つ小さなテーブルだ。アウロは思わず息を呑んだ。


「……お見事」

「なに、ごくごく簡単な錬金術だ。魔道の入り口に立った人間ならば、誰でもこの程度のことはできるだろう」

「いや、無理ですよ。詠唱有り、魔法陣有りなら分かりますけど、杖で叩いただけで金属を変形させるような変態は兄さんだけです」

「私は変態ではない」


 冗談の通じない性格なのか。デュバンはぶっきらぼうに言った。


「それより、ソフィア。先ほどの話だが……」

「あっ、やめてください兄さん。その話は聞きたくないです。聞こえないー。聞こえないですからねー」


 右耳を塞いだソフィアは、もう片方の手で皿の上から、レーズンとナッツの入ったフルーツケーキ――バラ・ブリスを取り上げた。

 が、デュバンはなおも食い下がり、


「なにを言う。お前も今年で二十二だ。いい加減、嫁の貰い手を見つけなくてはならぬだろう。そうだ、ブランドル侯爵家の長男などどうだ? あれもお前と同い年だったはずだが」

「絶対嫌です! 大体、ついこの間『悪いけど俺は幼児趣味(ロリコン)じゃない』って断られたばかりじゃないですか!」


 怒りながらも、ソフィアはバラ・ブリスをやけ食いしている。

 ブランドル侯爵家の長男――というと、ジェラードのことで間違いない。

 あの男は確か巨乳好きだったはずだ。ソフィアの容姿は少し、いや、かなり彼の趣味からはずれている。


「だが、他に年頃の男がおらん。ブラッドレイ伯爵家のロゼくんも候補の一人だったが、今は領地を守るので手一杯という話だ。かといって、ナーシア殿下やルシウス殿下がお前に興味を持つとは思えんし……」

「兄さん、この話はもういいじゃないですか。私は今の仕事が気に入っています。いわば、機竜が恋人です。誰かと結婚する気なんてさらさらありません」

「いや、しかしな」


 眉を寄せたデュバンは、そこでふと気付いたかのようにアウロのことを見た。


「おお、そうだ。そういえば、アウロ殿もまだ妻がいなかったな。噂では、ソフィアと親しい関係にあるらしいがどうなのだ?」

「えっ? あ、いえ、それは……」


 ソフィアは顔を真っ赤にしたまま沈黙してしまった。


 あの夜の襲撃を切り抜けた翌日から、ソフィアはアウロに対して度々不可解な態度を取ることがあった。

 恐らく、いや、ほぼ間違いなく異性として意識され始めているのだろう。

 ただ、明確な恋愛感情は感じない。せいぜい『ちょっと気になる相手』程度だ。


「ええと――」


 他人からの好意に慣れていないアウロは、答えに窮してしまった。


 元々、ソフィアは伯爵家の令嬢だ。

 だから、男爵であるアウロとの結婚なんて話が出てくることはなかった。

 ところが、今の自分はケルノウン伯爵。つり合いという点から見ても問題ない。

 デュバンはここぞとばかりに、ずいとテーブル越しに身を乗り出した。


「兄である私が言うのもなんだが、ソフィアはいい娘だぞ。伯爵家の人間としての礼儀は全て習得している。胸と身長が乏しい以外は身体的にも健康そのものだ。どうかな? 良い提案だと思うが――」

「や、やめてくださいよ、兄さん。ほら、アウロさんだって困ってるじゃないですか」

「そうかね? アウロ殿、君はソフィアのことをどう思っている?」

「どう……ですか」


 難しい質問である。アウロは眉間に皺を寄せた。


「ソフィアのことは嫌いではありません。ただ、今のところ結婚相手として見たことはないですね」

「なに、愛など家庭を築いた後に育めば良いのだ。君にとっても悪くない話だと思うぞ。我がサミュエル家は魔導の家系。私を含め、宮廷魔術師を幾人も輩出している。政治的な力は十分だ」


 淡々と言葉を重ねるデュバンの瞳には、どこか偏執的なものがちらついている。


 アウロはそこで、ようやく一つの事実を思い出した。

 【魔導伯】デュバンは宰相派の人間だ。モグホースがこの王国に来た当初からその陣営に加わり、今では派閥の筆頭的存在となっている。

 もしアウロがソフィアと結婚すれば、彼自身も半ば自動的に宰相の一派へと組み込まれてしまうだろう。


(それは、困る)


 アウロは自らの思考が、急速に冷却化されるのを感じた。


「すまないが、デュバン殿。自分はまだ結婚など考えていません。今は陛下から賜った領地を治めるので手一杯です」

「ケルノウン半島の領土30000エーカーか。広大だな。つい先日まで男爵だった貴殿には手に余ろう。なんなら、我がサミュエル家から経験豊富な家臣たちを貸し出してもいい」

「その代わり、ソフィアと結婚しろと?」

「無論だ。親類でもない人間に手を貸すほど、私はお人好しではない」


 デュバンはにこりともせずに言った。


 サミュエル家は大貴族として古くから続く家柄だ。

 当然、ぽっと出の伯爵であるアウロとは擁する領土も家臣団も違う。

 デュバンの態度の端々からは、サミュエル家当主としての矜持が見え隠れしていた。ともすれば傲慢とさえ思える空気を、男はごく自然に、恐らくは生まれた時から身に纏っている。


 そして、アウロはこういった手合が吐き気を催すほど嫌いだった。


「……デュバン殿。あいにく、俺はソフィアを取り引きの材料に使おうとは思わない。妹思いなのは結構だが、彼女自身の意思も少しは尊重したらどうだ?」

「尊重? 十分したとも。だが、いつまでも王立航空兵器工廠(アーセナル)の技師長を続けさせる訳には行くまい。貴族として生まれた女ならば、いずれどこかの家に嫁がねばならん。そして、それはできるだけ速い方がいい」

「そうか? 貴族の妻として生きるばかりが、人の幸せではないだろう」

「実に若者らしい意見だな。どうやら、君と私の間には見解の相違があるらしい」


 デュバンは苛立たしげに、銀のテーブルを指先でトントンと叩いた。


「あ、あのっ、二人とも……」


 間に挟まれたソフィアは、険悪な雰囲気の中であたふたとするばかりだ。

 アウロは目に涙を浮かべかけたその姿を見て、ひどく申し訳ない気分になった。

 そもそも、最初は彼女の結婚について話していただけだったはず。それがいつの間にか焦げ臭い事態になってしまっている。


(まずいな。こちらとしてもさっさと会話を打ち切りたいが……)


 デュバンはプライドの高い男だ。少なくとも、自分の考えを否定されて黙っていられるようなタイプではない。


 どうにか逃げ道を探すアウロだが、救いの手は思わぬところから来た。

 壁際で睨み合っている二人に、横合いから声をかけてきた人間がいたのだ。


「ホッホッ、これはなかなか珍しい組み合わせだ。デュバンよ、一体なにを話しておるのかな?」


 妙によく通る男の声が、アウロの耳朶を打つ。


 振り返ったアウロはそこで思わず硬直してしまった。

 目の前でにこにこと人の良い笑みを浮かべているのは、胸元まで白い髭を垂らした老人だ。

 【白老侯ヘンウィン】モグホース。今のアウロにとっては、もっとも顔を合わせたくない人物の一人である。


「こっ、これは宰相様――」


 先ほどまで居丈高に振舞っていたデュバンは、たちまち主人を前にした番犬の如く身を縮めてしまった。


「いえ、そのですね。少々、妹の件で相談をしていたのです。兄としては、ソフィアの奴もそろそろどこかへ嫁がせてやりたいものですから……」


 額に脂汗を浮かべ、ぼそぼそと答えるデュバンの前で、モグホースは「なるほど」と頷いた。


「そういえば、ソフィアも今年で二十二であったな。こうして顔を合わせるのは一年ぶりかね?」

「は、はい。お久しぶりです、モグホース様」


 ソフィアはワンピースの裾をつまみ、一礼する。


 こちらも緊張のせいか顔が強張っていた。

 なにしろ、相手は王国の影の支配者だ。ほんの些細な失言が身の破滅へ繋がりかねない。

 張り詰めた空気の中、それでもモグホースはとぼけたような表情で口を開いた。


「おお、それとアウロ君。貴殿ははじめまして、かな。論功行賞で嫌というほど顔を合わせたが、きちんと挨拶をしたことはなかったはずだ」

「はい。お初お目にかかります、宰相殿」

「そう畏まらなくていい。実を言うと、わしは君のことを昔から気にかけておったのだよ」

「……どういう意味です?」


 尋ね返すアウロに、モグホースは親しみを込めて言った。


「君の母、ステラ・ギネヴィウスは私の妹モリアンと仲が良かったのだ。なにしろステラと私たち兄弟は、共に東大陸の出身だったから話が合ってね。要するに気心の知れた友人だったのだよ、わしと君のお母さんは」

「そうだったのですか」


 アウロは意外そうに相槌を打った。

 モグホースが大陸出身の人間というのはよく知られた話だ。母ステラと親交を結んでいても、別段不思議な話ではない。

 が、アウロの脳裏にはかつて耳にしたガルバリオンの台詞がこびりついていた。


 ――モグホースはステラを嫌っていた。

 ――特にアウロが産まれてからはそれが顕著になった


 この言葉が真実だとしたら、モグホースは母のことを友人とは思っていまい。

 むしろ、自身の野望を阻む邪魔者と感じていたはずだ。


 アウロの母ステラの死には、未だ不可解な点があった。

 少なくとも、ウォルテリスとガルバリオンは彼女の死に関する真相を知っている。

 ひょっとしたら、ステラは病死ではなく暗殺されたのかもしれない。そして、王の愛妾を殺害できるような人間はごく僅かだ。


「アウロ、君はわしにとって親友の息子だ。なにか困った事があれば是非、わしのことを頼って欲しい」


 モグホースは身を乗り出すと、アウロの手の平を握り締めた。

 丸みを帯びた老人の手は温かく、どこか包容力のようなものを感じる。

 だが、それは間違いなく人殺しの手だった。この男は好々爺の仮面の裏で、幾多の人間を始末してきたのだ。


(……このクソジジイめ)


 アウロは内心で罵倒の言葉を吐き捨てつつも、笑顔を浮かべて言った。


「ありがとうございます、宰相殿。何分、自分は若輩者です。いずれ宰相殿のお力を借りることもあるかと思います」

「うむうむ。謙虚だな、アウロくん。なにしろ、わしは嫌われ者だからね。てっきり、君もわしのことを嫌っているのかと思ったのだが」

「はは、ご冗談を。自分はろくに面識のない人間を嫌うほど、了見が狭い人間ではありませんよ」

「フーム、君はなかなか賢い人間のようだ。それにあのダグラス・キャスパリーグと渡り合うだけの勇気もある。……なるほど、ステラとよく似ているな」


 【白老侯】はアウロの手を話すと、感慨深そうに呟いた。


 だが、アウロは一瞬、その柔和な横顔に薄暗いものがよぎるのを見た。

 どうやら、モグホースはアウロのことを『油断のならぬ奴』と判断したらしい。

 穏やかな商人の顔など、モグホースの一面に過ぎない。かといって、この男を政治家と見るのも間違いだ。

 モグホースの本性は狡猾な策略家である。今もこの老人の脳内では、幾多の打算と深謀が渦巻いているはずだった。


「そうだ、アウロくん」


 そこでモグホースはふとなにか思いついたかのように言った。


「そういえば、君は新たにケルノウン半島の端、31000エーカーの領土を治めることになったのだったな。まずはおめでとう、と言わせて貰おうか」

「ありがとうございます」

「しかし、なかなか大変ではないかね? ざっと領地が三十倍になったのだ。ギネヴィウス家の家人だけでは、まるで人手が足りぬだろう」

「ああ……宰相様、その件については先ほども話題にのぼったのです」


 と、横から口を挟んできたのは蚊帳の外に追いやられていたデュバンである。


「なにしろ、広大な領地を治めるには多くの人員が必要です。そこで私も、我がサミュエル家の家臣を貸し出すことを提案したのですが、アウロ殿にすげなく断られてしまいまして」

「ホッホ。どうせ、代わりにソフィアを嫁にしろとでも言ったのであろう?」

「そっ、それは――」


 口ごもるデュバンに、モグホースは「良い良い」と声をかけた。


「お主が妹思いなのはよく分かっておる。が、アウロくんはそういった貴族の取り引きがお嫌いと見た。違うかね?」

「嫌い、というほどではありません。ただ、自分の都合に友人を利用しようとは思えないだけで」

「……アウロさん」


 ソフィアはちらりとアウロを見上げた。

 その瞳には、なんとも言いがたい複雑な感情がよぎっている。


 一方、モグホースは胸元にかかった髭に手をやると、


「フーム、アウロくんは人としての筋を通すタイプか。デュバンよ、どうやらお主の企ては失敗に終わりそうだな」

「ええ……その、はい」

「しかし、アウロくんが優秀な使用人を必要としているのは確かだろう。どうかね? もしアウロくんさえ良ければ、わしの方から領地経営に慣れた人材を派遣しても良いのだが」

「それはありがたい申し出ですが――」


 アウロはいかにも悩ましそうに眉を寄せた。


「宰相殿は商人でもいらっしゃる。そのお手元にある人材となれば、決して安くはないのでしょう?」

「いいや、なにしろ君はステラの息子だ。今はなき友人に免じて、支払いはなしにしてあげようではないか」


 アウロは「ほう」と呟いた。


 もっとも、相手の言葉を額面通りに受け取るアウロではない。

 モグホースの狙いはこちらの領地へスパイを派遣することだろう。

 ここで下手に頷けば、体内に毒物を抱え込んでしまう。ただより高いものはない、とはよく言ったものだ。


「アウロ殿、これはなかなか良い提案だぞ? なにしろ、宰相様が君の後ろ盾になって下さるのだ。これほど心強いものはない」

「そうですね」


 デュバンの言葉に同意しつつも、アウロは言った。


「宰相殿、お申し出はありがたい。こちらとしても是非、宰相殿のお力をお借りしたいところです」

「ホウ、では――」

「ただ、幾つか条件を付けさせて貰っても構わないでしょうか?」

「というと?」


 目を細めるモグホースに、アウロは神妙な表情で告げた。


「自分は今、妻とすべき方を探しているのです。そのため、派遣される人材は未婚の女性であるのが望ましい。勿論、年齡は十代後半から二十代前半。なおかつ領地経営に関して、経験豊富な方でなくてはなりません。更に、ある程度きちんとした家柄の出身であることが条件です」

「っ……貴様っ!」


 声を荒らげたのは、黙ってことの成り行きを見守っていたデュバンである。


 アウロの付けた条件というのは、明らかに実現不可能なものだった。

 そもそも、今のログレス王国内において女性が政治に携わること自体が稀だ。

 加えて、結婚をしていない良家の子女ともなるともう絶望的である。干し草の中から縫い針を探すようなものだ。


「こ、この恥知らずが! どうやら宰相様のお心を無にするつもりらしいな! そのような無理難題を押し付けるとは……!」

「――デュバン」


 ヒートアップする【魔導伯】に、モグホースの冷水じみた声が浴びせかけられる。

 たちまち、デュバンはびくりと身を硬直させた。深いブルーの瞳が怯えの色を宿し、モグホースを見る。


「さ、宰相様」

「なぁに、良いではないか。優れた商人というのは、顧客の難しい注文に応えることができるものだ。そして、わしはこの国で最も優れた商人だ。アウロくんが言った程度の条件ならば、造作もなく叶えられる」


 モグホースは楽しそうに笑って、白い顎鬚をぴんと弾いた。


 目の前の男に強がりを言っている気配はない。

 恐らく、モグホースの中には既に候補となるような人物がいるのだ。


「ホッホ。では期待していてくれよ、アウロくん」

「……ええ、期待しております、宰相殿」


 モグホースの態度にひどく嫌な予感を覚えたアウロだが、流石に自身の台詞を取り消すことはできない。


 表面上はにこやかに向き合う二人の間で、ただソフィアだけがひどく不安そうな表情を浮かべていた。

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